卍解しないと席官にもなれないらしい。   作:赤茄子 秋

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10,250文字
 


57話 散王

 

 ウルキオラ達の思いを背に、萩風は駆けていく。向かっている麒麟殿には弱々しくもまだ息のあるリルトットと、それにトドメを刺しに向かうユーハバッハの覇気を感じる。今更そこで彼にとっては羽虫と言っても良い実力差のリルトットを狙う理由は分からない、ただ萩風はそれも含めて止めに行くだけだ。

 

 だが、馬鹿正直には行けない。

 

「カワウソ、今のお主では勝てんぞ。どうする気じゃ」

 

 天狐は問いかける。一刻も早く駆け付けねばならないと考える反面で、負けられない戦いへ挑むのに策を練られる余裕が作れないと焦りがある。リルトットとは短い付き合いではあるが、情もある。そしてここで命を天秤にかけられて、急げない萩風ではない。

 

 だからこそ、思考の代行を彼女が行う。

 

「異界を創れば他を巻き込む事は無い、創れてしまう事には突っ込まんが……それでどうする」

 

 ウルキオラ達を巻き込まない為に、そして周りを気にせず戦う為に萩風は異界を創る気でいた。世界の創造など到底無理な事なのだが、世界という空間についてジェラルド戦や霊王関係の話と理解が深まってもいる。ウルキオラや浦原喜助、天狐の話を聞いて自分で試してみれば創れる事は分かっている。

 

 三界を創造した霊王と同じ力だろう、ただそれが出来て喜ぶ余裕はない。萩風とて代案を浮かぶ迄の時間で敗北後に空間を意識して触ってみれば触れられないものを掴めてしまい、霊王に並ぶ偉業を行使できてしまう事が分かってしまっただけなのだ。

 

 ユーハバッハは時々、萩風に対してのみ何かを感じていたがそれに賭けてみればそんな事が起きてしまったのだろう。なぜこんな事が出来るのか、なぜ『思い付いてしまった』のかも分からない。

 

「アレを使えても、勝てる事は無いぞ」

 

 そしてこれだけで埋まる程、力の差は狭くない。だからこそ最後の手段を使う事は決まっているのだが、それだけでは全てを賭すには世界という天秤は重過ぎる。

 

 全ての可能性を統合すれば、萩風は自分の力の全てを文字通り行使した事にはなる。それによる副作用も理解しているが,それを出し切る事しか出来ないだろう。ユーハバッハと渡り合うには、それは必要だ。

 

「もはや奴には全てを見られておる、その自覚も妾にはある」

 

 ただ、天狐の表情は暗い。萩風も戦いに向かう為に走っているが,敗色濃厚な事から目を逸らさせる為にも走る事に意識をしている。全てを出し切り、ウルキオラよりも足りない知恵を絞った所で妙案は出ないのだから仕方ない。そこが、萩風カワウソの限界だ。

 

「だからこそ、耳を貸せ」

 

 だからこそ、彼らは2人で1人の死神になのだが。

 

 ☆

 

 狐の尾が消え、顕現した存在は片腕を使えないはずだ。全力と言っても完全な力ではない、しかし霊圧だけでもユーハバッハに並んでいる事実もある。

 

「速いな、この私を上回るか!!」

 

 ユーハバッハと萩風の殴り合いは、力で勝るユーハバッハを速度で勝る萩風が翻弄する形で進んでいる。10秒が限界とは本人から語られていたが、この永遠にも感じられる濃密な時間は10秒であっても十分な時間だろう。

 

「だが、見えている!」

 

 だが、届かない。ユーハバッハが睨み付ければ、萩風は足を貫かれ体制を崩し地面を転がり回る。だが即座に治癒したようで、そのままユーハバッハへと直進して行く。最初のうちは陽炎の操作もしていたようだが、今はその余裕を感じられない。故に直進、小細工無しの純粋な力をぶつけに向かう。

 

「ふははは!! まだ動くか、もはやただの獣だな!!」

 

 ただユーハバッハを穿とうと振るわれる爪は、届く前に別方向からやって来る力の奔流に押し流されて届かない。白い髪は自身から飛んでいく血で所々赤く染まり、反対に顔色は青白く染まり始めている。能力の限界なのだろう、だがまだ最後の力を振り絞って向かい続ける。

 

「この世界を守るか、犠牲の上で成り立った紛い物の世界を!!」

 

 狐が腕を振るう、そして今度は掠っただけとは言えユーハバッハが鮮血を流す。忌々しいという目で自身の能力に迫る存在を見ると、それ以上のダメージを送り返す。

 

「っ!!?」

 

 だが、次はその異次元からの攻撃を回避した萩風の回し蹴りが大地を砕く踏み込みをしながら振るわれる。それを受け止めるが、押し出されていく。意識を自己の維持に向けられなかったのか、途端にユーハバッハから霊子が霧散するがすぐに収束させられる。ただ追撃をする萩風の手は止まらない、しかし今度は穿たれる腕を掴み取る。

 

「そうか、そうか!! だが、そこに辿り着くには遅過ぎた!!」

 

 萩風を蹴り払う、萩風も足で受け流そうとしていたみたいだが流し切れずに地面を跳ねさせられながら吹き飛んでいく。ここが異界では無く霊王宮であればウルキオラ達には容易に被害が及んでいただろう、それだけ二人の戦闘範囲が広く力が撒き散らされている。

 

「物言わぬ獣と成り果てた貴様には届かぬだろうが、教えてやろう」

 

 だが、ユーハバッハには余裕がある。萩風は徐々に理性を失い、今はただ闇雲にユーハバッハに襲い掛かるだけだ。ただ獣の勘でユーハバッハにダメージを与え、ユーハバッハからの攻撃を避ける事もある。

 

「この世界にある全ては、私が奪う為に存在するのだ!!」

 

 だが、限界は近い。

 

「片腕でよく戦った、貴様が霊王の生まれ変わりか何かと言われても納得がいく。ならばそれも、取り込むと決めたぞ!!」

 

 萩風がこの力を解放して10秒なぞとうに過ぎた、理性無き獣の鋭い勘を持っているが、その鋭さ故に後が無いことも勘付いている。だが最後の一振りのつもりか、残っている霊圧を右手に凝縮し始める。

 

 同様に、ユーハバッハも右手に力を溜め始める。萩風の刺し穿つという意志に敬意を示しながら,宣告した未来を見せる為に溜めている。

 

「私の胸を貫くのだったな。さぁ、最後にしようか」

 

 大気が震えるほどの圧力、それがどちらも右手に集中されている。どちらが合図をしたわけでも無いが、両者は同時にその右手を心臓を穿とうと差し向けた。

 

 ☆

 

 轟音の後に、静寂がやって来る。この世界ですらひび割れてしまうのでは無いかと思う程の衝撃の後、世界の震えが収まる。そして──

 

「カワウソ、お前は私の前に立った最後の脅威であった。未知であった、特記戦力にしていればお前の事は『未知数の怪異』として表していたかもしれぬな」

 

 ユーハバッハの右手には、胸を貫かれて息絶える寸前の萩風が居た。

 

 死神でありながら、死神ではない何か。底知れぬ存在としてユーハバッハは知っていれば警戒としていたのかもしれないが、その障害は今取り除かれた。玉藻舞姫の維持をしているが、抵抗する力は残っていないのかユーハバッハの腕を掴む力は弱々しい。

 

 そしてそんな萩風に、ユーハバッハは語りかける。

 

「カワウソ、私にお前の未来を見えなかった理由は2つある。1つは貴様が萩風カワウソだけではなかったからだ」

 

 萩風カワウソの中には、萩風カワウソではない魂魄が紛れ込んでいる。それと同化した事で萩風カワウソとして見ていた運命に淀みが生じ、本来起こると考えていた未来と差異が生まれていた。これが萩風にトドメを刺せず、生きていた理由なのだろう。

 

 だが、それだけではない。それだけならば運命を見間違えるだけであり、見えなくなるわけではない。本命は、もう一つの理由だ。

 

「そしてもう1つが、貴様の力は霊王の力と共鳴するからだろう」

 

 萩風カワウソは霊王に最も近づいた死神だ、その力は欠片ではなく全身にある。元は死神の体ではあったのだろう、しかし死神としての体では脆いと言える程に過酷な修練で体は壊され続け、死の瀬戸際を感じる時があっても治癒しては壊していく。徐々に修行に慣れていけば、そこには死神の要素だけで耐えられる体はなかったのだろう。その上の次元の存在へと変わっていった。

 

 そしてユーハバッハは、その変異した体に気付いている。

 

「共鳴したその力は、一時的にとは言え霊王の欠片と同等に至る。それが私の未来を曇らせた、だが──お前は最後の最後で、全ての可能性を統合してしまった」

 

 見えない未来があったのもそれが理由だ。萩風カワウソは常にとはいかないが、霊王の力に呼応して力を膨張させている瞬間があったのだ。そしてその瞬間だけは、ユーハバッハは感じ取る事が出来なかった。

 

「お前に共鳴した可能性だけを統合する力があれば、私は敗北していた。だがもう、私には貴様の可能性を辿り共鳴した未来すら見通せる」

 

 しかし、先に気付いたのはユーハバッハだった。これは知識の差なのだから仕方ない、萩風も獣の勘で攻撃を当てる未来を引き当ててはいたようだが、それでは遅かった。今はどれだけ共鳴を起こそうとも、萩風の攻撃は他の萩風の可能性を伝って読み取られてしまう。

 

「さらばだ、カワウソ。私を阻んだ最後の死神よ」

 

 最後に、ユーハバッハは左手に力を込める。萩風を終わらせる為でもあるが、その左手に宿した力で根こそぎ萩風カワウソという存在を奪い取る為だろう。もはや、避けようのない運命に萩風は力無く顔を向ける事しか出来ない。

 

 ただ、最後の力を振り絞っているのか。はたまた何かに気付いたのか、口を動かす。

 

「そうか……」

 

 何を紡ぎ出すのか、最後の時に遺言を残したいのか。ユーハバッハはそれに耳をやりながらも全てを奪い取る準備を進めている、もうこの貫かれた存在が終わる未来は見えているのだから最後の言葉ぐらい興味はあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カワウソに、()()()()()()

 

 しかし、彼女は最後に笑いながらユーハバッハの腕を力強く握り締める。だが間違いなく、今この瞬間に命を落としている。眼から光が消え、握り締めた手は弛緩し、崩れ落ちる。ここまで見えていた、力尽きる寸前に腕を握りしめて何かを笑いながら呟き死ぬまで、だがそこから先は見えていない。

 

 見る必要が無いのだから、見なかっただけだが──

 

「まさか……っ!!?」

 

 ユーハバッハは、即座に能力を再使用しようとするがそれは遅かった。それよりも早く、自身の胸を貫く黒焦げた左腕が目に入ってしまうだろう。

 

 瞬間、その腕はひび割れユーハバッハを穿つ灼熱の刃へと変わっていった。

 

 ☆

 

 ユーハバッハと再度相対する前まで、時間は遡る。麒麟殿まで、直通で駆けていけば早いのだがユーハバッハが空間の霊子を支配している影響により、空を駆ける事が出来ない。急ぎはする、だが逆に天狐が策を伝えるのに十分な時間が作れていた。

 

 彼女は聡明だ、勘も良い、そして器量もある。だからこそ、萩風の思考における参謀官は彼女である。そして、その彼女以上の案を萩風は得られないことを知っている。

 

 だが──

 

「妾は、見捨てろ」

 

 今回だけは、彼女の策に否定から入らざるを得ないだろう。しかしそんな萩風の気質を何百年も共に過ごしてきた事もあり、反論の間も与えずに芽を摘みとる。

 

「奴は勝利の瞬間、能力を解く。どのような達人であろうと勝利の瞬間だけは隙を晒す、奴も例外ではない。その隙を晒したからこそ『落日』も当たった」

 

 ユーハバッハは絶対的な存在だ、霊王を取り込みその力は想像を軽く超えた怪物に成り果てている。いくら萩風が卍解を超えた力を使おうと、追いつけないほどの差があるだろう。

 

 そして、ユーハバッハは自身が絶対の存在であると誰よりも認めている。ならば隙など無いと思うが、逆に隙だらけになるのだ。敵を殺した瞬間を知ると、必ず慢心をする。萩風もわざと一度殺されたがその時は後にウルキオラ達が合流する未来まで見られていたので、気づかれたのだろう。だが、戦闘が終わったと考えた瞬間の──勝ちを確信させた瞬間ならば、隙は出来る。だからこそ、卍解を折ったと確信させた瞬間に攻撃は通った。

 

 全知全能の視点はユーハバッハ自身、勝利を確信させれば勝機はある。ウルキオラの案である見られていない未来を探した上でダメな時の最終手段にはなるが、萩風達としては『見られていない未来を探すよりも見つけられる』方が早いと感じている。

 

 ならば、勝ちを確信させた瞬間を狙うべきだろう。

 

「同じ手は使えん、単純な力押しでも勝てん。なら、妾を切り捨てろ」

 

 真の目的はその瞬間を狙う事、そして見られていない未来を模索するように戦う事だ。

 

 だが、その瞬間を作り出すにはその材料が必要となる。即ち、囮の確実な死だ。

 

「それは……」

 

 案としては、確実に勝つ為に考える価値がある。玉藻舞姫の能力では景色は偽れても鏡花水月のように人を完全に別人や死体に見せる事は出来ない。

 

 だからこそ、萩風は躊躇う。他に方法があるのではないかと、彼にとっての彼女はなくてはならない存在であるのだから。

 

 そして、そんな心情も天狐は分かっている。

 

「お主が生まれ落ちた時から、妾には主が見えていた」

 

「曖昧な意識ではあるがな」と、天狐は言うがその言葉はまるで赤子をあやすかのように優しい。今迄萩風に対して母親のように接してきたわけではないが、今の彼女は覚悟を決めた者として導く仕事を残している。

 

「主が力を求めたのは、女子にもてはやされるなどという軟弱なものに見えるが──孤独を恐れていたからなのを、妾は知っておる」

 

 萩風カワウソが生まれ、育ったのは流魂街──ではない。そこから更に外れた僻地、80区の更木なぞよりも遠く治安など人が居ないせいで存在しない場所。そんな場所に生まれ、人恋しく生きてきたのを知っている。家族を求め、護廷十三隊はその彼が帰る場所となった、そして彼は友を、家族を害する者の為に戦う。孤独を恐れた魂は、いつしか死神として後を追う者達を引っ張る程に成長している。

 

「もはや主に、恐れる者は無い。帰る場所も、家族として寄り添える者もおるじゃろう」

 

 だからこそ、彼女は彼の求めているものがもう手に入っているのを知っている。あえて横から恋慕の情を抱いている者を指差したりはしなかったが、そんな事をしなくても彼を支える者は多い。萩風カワウソに自覚は薄くとも、彼の周りに居たい者がいるのだから。

 

 ならば、その全てを無にする存在には必ず勝たなければならない。

 

「隊長なのじゃろう、時には命を選択する。その最初の選択じゃ」

 

 自分の手で、頭で、覚悟で、選ぶ。自分と最も過ごしてきた斬魄刀を、己の意志で死を受け入れる。友を失った萩風は、それ以上の喪失を感じるのは考えるまでもないだろう。

 

 他に方法があれば良いのだが、それ以上の案は無い。

 

「必ず勝て」

 

 そこから、天狐は話さなくなった。これを別れの言葉と決めていたのか。最後の瞬間、2人の間に言葉はなく、ただ見送られていく事になる。それが、萩風カワウソという死神が初めての家族を失った瞬間であった。

 

 ☆

 

 爆炎が、内側からユーハバッハを焼き焦がし弾け飛ばせる。萩風カワウソという霊王に最も近しい存在の左腕全てを捧げた犠牲破道は、ジェラルドを屠った一撃よりも範囲や威力も高い。

 

 闇は炎で焼かれ消えると、一部の残った闇が呻き声をあげながら生き残ろうともがいている。しかし、萩風もそれにトドメを刺すだけの力は残っていない。

 

 だが、最後の瞬間だからとユーハバッハに対して餞別として何が起きたのかを知らせる。

 

「俺が……改弍に、装衣と号令をかけるのは、その方が正……と思ってるからだ」

 

 萩風は肩先から無くなった左腕の傷口を押さえて、ユーハバッハに対して語りかける。ただ所々声に力が入っていない、喋ることすら難しいのだろう。むしろここに立てているだけ、褒められるぐらいだ。ただ、まだ萩風は言葉を紡ぐ。

 

「天狐は別の魂魄、だから玉藻舞姫に力を残しておけば一時的にでも俺だけ離れられる。だから……俺は、あんたに勝てた」

 

 萩風が装衣と号令をかけたのは、着脱が出来るからである。日番谷はそれを真似て号令をかけているので、これが出来るかはわからない。それに、これが改弍特有の能力ではなく萩風達特有の能力かどうかなのかも分からない。ただ敵が1人に見えるが中身が2人である事迄は認識していたユーハバッハでも、2人になられてしまっても気付く事は出来ない。気付けなければ、未来を見えていても変わらないのだから。

 

 後は陽炎の中で、その時──天狐が殺される瞬間を待つだけだ。何度も助太刀しようと心は急いたが、その度に彼女の意思迄も殺すわけにはいかないと、彼は耐えて仕留めたのだ。

 

 でなければ、勝てなかった。

 

「カワウソ、貴様は……!!」

 

 亡霊が闇を纏って叫んでいる。ただ萩風に近づくには自分の存在が消えないように保つ事に精一杯のようで、攻撃の余裕は無いらしい。しかし、その嘆きはどうやら失望したかのような言葉にも聞こえる。

 

「私の世界を阻んだ、生と死の無い世界はもうやって来ない! 貴様は世界から、恐怖を消す事を拒んだのだ!!」

 

 ユーハバッハにとって、この戦争はただの憂さ晴らしではない。真なる目的、世界を作り直すというものが彼の中であった。霊王を元から取り込むつもりはなくとも、生と死の無い世界──楔が存在しない世界を求めていた。それを知る者はいないだろう、しかしそれは萩風に阻まれた。

 

「ユーハバッハ、あんたは」

 

 全てを使い、全ての障害を破る。その目的の為にのみ前進して来たのだろう、だからか──萩風は、その真意を見てしまう。驚きに満ちた眼で、そんな事でここまでの事を成してしまうのかと分かってしまう。

 

「ただ、死ぬのが怖かっただけなのか」

 

 萩風の目には、死を間近にして恐れ抗いもがき苦しむ闇の塊がある。誰よりも死を与えて来た存在の最期に、萩風は目をやる。

 

 ユーハバッハは元は目も見えず口も開けない何も持たない暗闇から生まれた存在だ。その意味では、誰よりも死に近かった存在だ。誰よりも死を恐れても仕方ない、いつ消えてもおかしく無い存在であった。だがそれは他者に与え奪い形で補われていく事により、ユーハバッハは誰よりも高位な存在として君臨していた。

 

「誰よりも強いあんたは、誰よりも死を恐れた。だから捻じ曲げたかった」

 

 そして死から誰よりも遠くなったはずの彼だからこそ、この瞬間を作りたくなかった。本来ならそんな事を考える方が解決策もないのだから無駄と言っても良いのだが、誰しも起こる死という終わりを捻じ曲げる力も方法もユーハバッハにはあった。

 

 だが、それは阻まれた。

 

「俺も怖い、でも死んだからと言って──俺が残してきた事が消えるわけじゃない」

 

 萩風カワウソでなくとも、護廷十三隊の隊長になったとしても、死は恐れるものである。だがその恐怖に抗い立ち向かえるからこそ、後に人は着いてくる。そして先頭を歩む誰かが亡くなろうと、その誰かの意思を引き継いだ者が前を歩く。

 

 人も死神も死ぬ、だがその意志が殺される事は無い。真なる意味で死ぬ事はないのだ。紡いできた意志が残り、必ず後世に繋がれていくのだから。

 

「俺とあんたで違ったのは、背負っている者の重さだけだ」

 

 だからこそ、彼も隣にいた彼女を背負っている。今はこの空間の中で、残骸すらも鉄屑として消え去ろうとしている彼女を。存在が消えようと、彼女の残したものが彼の中に残り続けている。

 

 だからこそ、もはや己の恐れる孤独なんてものは彼にはない。死を恐れる心も、無い。

 

 だが、それを聞いてもユーハバッハにはまだ疑問が残る。

 

「1つだけ分からん、貴様はなぜ……この世界を創った?」

 

 ユーハバッハとの分断だけならば、態々自分も不利となるこの空間を作った理由だけが分からなかった。霊子が霧散するこの世界による影響で現にユーハバッハは自身を保つ事が出来ず死を待つのみになっているが、そうならなければ作る意味もない場所だ。

 

 何故、ここまで見通せたのか疑問だったのだが。

 

「あんたは殺しても死なない、そんな気がしたからだ」

 

 萩風カワウソは、そんな予感があったから作った以外の言葉は出てこない。しかしそれが答えとして一瞬だけユーハバッハが固まったかと思えば、それが何を意味するかを理解してしまうと途端に世界に響く程の大声で笑い始める。

 

「ふ、ふははは!! そうか、お前にも……見えずとも感じる力があったのか!!」

 

 その言葉を最期に、ユーハバッハが散った。闇を撒き散らし、その存在感が一気に薄いものとなった。ここまでになれば自力で復活する事も無いだろう、時間が解決してくれる。

 

 だが、同時に彼も崩れ落ちる。

 

「俺も、背負い過ぎたのかもな……」

 

 この空間に長時間、それも最後の一撃に全てを注いだ彼には力は残っていない。まだやらなければならない事はいくつも頭の中をよぎっていくが、その思考は暗闇の中に落ちていく。

 

 ただ、彼女だった鉄屑の一部を握りしめて。

 

 ☆

 

 闇が散った、王が散った。ユーハバッハの最期は、そんな瞬間だっただろう。この空間の霧散の力は抵抗した程度ではどうにも出来ない、それを創った本人だからこそ萩風は知る。だからこそユーハバッハが弾け存在が希薄となり、勝ちを確信し全てが終わったと感じた彼の緊張の糸は切れ、意識を失った。

 

 どんな者でも勝ちを確信した瞬間は大きな隙を晒す、そして萩風も例外ではなく、それを望んでわざと存在を希薄化させた者がいる。

 

「素晴らしい、素晴らしいぞカワウソ!!」

 

 ユーハバッハは、自身にやられた事をやり返しただけに見えるがそうではない。実際にユーハバッハは僅かであっても残っていた力を手放し、死を演出した影響で死にかけてはいる。たたユーハバッハの自我を維持する程度の力は、残していた。

 

 だがこのままではユーハバッハは死ぬ、自力での脱出が困難なのは確かな事だ。空間に閉じ込める事すら計算内だったのかもしれない、そもそも今の状態で脱出できても霊王宮を出る力すら残っていない。

 

 だがその全てを解決する方法が一つだけある。

 

「私は諦めん、お前の体を奪えば……世界を変えられる!」

 

 萩風カワウソ、その全てを奪えばユーハバッハは復活出来る。それも本来の実力どころか、霊王を取り込んだ時に少し劣る程度まで回復した状態になれるだろう。何故なら、萩風カワウソはあの胸を貫いた瞬間にユーハバッハを消し飛ばすと同時に、奪い取っていたのだから。

 

「いくつか私から奪ったお陰でな! 未来を見る力を失おうとも、十分に私は力を取り戻せるだろう!!」

 

 霊王の力が萩風に満ちている。本来の彼の力とその欠片の力は合わせてみれば十分過ぎる力が宿っている。ユーハバッハの取り込んだ力の7割程度を持っていかれたが、それだけでも世界を作り直す分には問題ない。

 

「貴様は霊王と同じ滅却の力を宿していたな、ジェラルドを殺したのも納得だ。その血は私と異なれど、滅却師の力を宿すに十分過ぎるだろう!」

 

 だが、ユーハバッハが受けた致命傷はただの業火ではなかったので、未来を見る力が滅却されてしまっている。あの一刀火葬はただの鬼道ではない、もはや彼固有の力だ。そして萩風カワウソ達にジェラルドが倒された事をユーハバッハは知りはするが、彼の中にあった力を接収出来なかった違和感もこれで納得がいく。

 

 恐らく、ユーハバッハの自身に回帰させる仕掛けを焼却したのだ。だからこそペルニダは左腕がユーハバッハの元に行かず、ジェラルドも魂を焼却され心臓はユーハバッハ以外の誰かに回帰しているか、どこかを彷徨っている。

 

 だが、そんな事はどうでも良い事だろう。重要なのは、今からこの力を手にし、下界の掃除後に世界を創造する事だ。

 

「死を受け入れた貴様ではなく、死を恐れた私の勝ちだ!!」

 

 ゆっくりと、それでいて着実にユーハバッハの闇が萩風に近づいて行く。自分の自我を形成する余裕も無くなって来てはいるが、十分に萩風カワウソから奪いとる時間はあるだろう。この空間もユーハバッハ程の存在であっても溶かしきるのに時間はかかる。

 

「お前に敬意を示し、姿形はそのまま貰い受ける。そして、私は生まれ変わ……っ!!?」

 

 だがそれは、突如として自分を貫いた閃光により阻まれる。

 

「な、なぜ……!?」

 

 あり得ない、この空間には萩風とユーハバッハしか居ないはずだ。なのに何故、自分の体に『滅却師の矢』が刺さっているのか。それも高密度、ユーハバッハを仕留める為にしても並の星十字騎士団の放ったものではない。だがそれを放てるような滅却師は全員死んでいるはずだ、それをユーハバッハは分かっている。

 

 だが、その答えは背後から声を掛ける。

 

「悪いな陛下」

 

 振り向いたユーハバッハに見えたのは黄金色の空間に開いた黒い穴、そしてその中にいる3人の部外者。1人は金髪の少女で矢を番ているが片足が無く、それを支えるように赤髪の少女が肩を貸している。そしてもう1人の少年が空間に穴を開ける事を維持している。それぞれが誰かは知らぬが歯牙にもかけていなかった者達だ、戦局を動かせるような力を持つ者達ではなかった。

 

「そいつには、借りが多過ぎる」

 

 だが今この瞬間だけは、ユーハバッハを阻む最後の──萩風カワウソを守る最後の砦となれる。

 

「リルトッ……!!!」

 

 リルトット・ランパードは亡霊に最後を与える為、回帰した左腕の力だけではなく、自信に宿ってしまった新たな加護を力にした矢を放った。ただでさえ自身の維持に精一杯であったユーハバッハという存在は、自身の子孫の滅却の力に滅び行く。最期に目にしたのは1度として気にかけた事もない少女がたどたどしく、寝転んだ男を連れて行く瞬間だった。

 

 1人の滅却師によって始められた戦争は、その子孫であり裏切り者となった1人の滅却師の少女に矢を向けられた事で終わった。運命の中に混ざり込んだ異物は、その最後を迎えるのはまだ先になりそうである。





 リルトットが居ないルートだとユーハバッハに体を奪われた後に下界で卯ノ花や砕蜂といった知り合いを曇りに曇らせた挙句に最後は藍染惣右介と黒崎一護に討ち取られ、遅れてやって来た虎徹勇音にその最後を見られて終わり、更に後からやって来た零番隊に死体を回収されるという感じになります。黒崎一護は英雄になって色んなキャラにも見せ場が出来るし、萩風は皆んなの記憶に残ってめでたしめでたしルートです。

とりあえず、もう少しやったら終わりです。お付き合いください。
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