SAO:Hardmode   作:天澄

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序章:もう一つの世界
#1.SAOという世界


茅場晶彦は悩んでいた。

 

 

 かねてより作り出したいと思っていたソードアート・オンラインは既に、完成が目前となっていた。それ自体は茅場自身、喜ばしいことだと思っている。

 

 ……しかし、である。

 同時に、茅場はそれについて大きな悩みを抱えていた。日に日に完成へと近づいていくSAO。その事実に嬉しさと共に、焦りのようなものを感じるのだ。

 

 ―――本当に、これで完成でいいのか。

 

 ゲームとしては、きっとこれはこれで正しい姿なのだろう。こんなゲームがあったら、自分も遊びたいとは思う。

 しかしこれを一つの世界と考えるのならば。幼い頃から作り出すことを望んでいたSAOという世界がこの程度で良いのか、これが自身の全力なのか、と。そう、自問自答する日々が続いていた。

 

 そんな悩みに、答えを出す転機は幾つかあった。

 例えば、SAOをリリースするにあたっての雑誌からのインタビュー。これに答えるうちに、茅場自身がどんな想いをSAOに込めていたのかを再確認できたこと。また、インタビューをしてきた記者を含め、ほとんどの人間がSAOをゲームとしか見ておらず、決してもう一つの世界とは捉えていないこと。

 あとは偶然見た、昔の夢も転機の一つだろう。幼い頃夢想した、今よりも世界観もそこに生きる人々も、何もかもが薄かったあの世界。そしてだからこそ今以上に自身の夢と希望が詰まっていたあの世界。

 

故に、茅場晶彦は再び自問する。

 

現状の内容でSAOを完成として良いのか?

 

否。断じて否。

 

 

 

そして茅場晶彦は本気を出すことにした。

 

 まず最初に疑問に思ったのは、HPの存在についてであった。茅場が作り出そうとしたのはゲームではなく、あくまでもう一つの世界である。あるいはもう一つの現実と言い換えてもいい。

 SAOを現実とするならば、人は頭を潰されれば即死すべきであり、心臓を貫かれた場合もまた然りである。

 ならばHPはいらないな、とまずはHPの存在は削除された。

 

 続いて茅場が目につけたのはソードスキルというシステムである。現実世界において経験や反射から身体が勝手に動くことはあっても、システムに補助されて身体が動くことはありえない。

 剣に限らず、武器とは己の鍛錬によって積み重ねられた技術で振るうものである。ならばこれもいらないな、とSAOの基本システムは否定された。

 

 そうして、茅場は目に付いた箇所を次々と変更―――否、あるべき姿へと修正していく。この際自重は無しだ、と思いつく限りの箇所に手を加えていった。

 無論、それは完全な独断であり、関係者たちがこの修正を認めないだろうというのは十二分に理解している。だから同時に関係者にバレないように、ユーザーの手に渡る瞬間までは予定されていた通りに稼働するSAOであるように見えるような、そんな工作も行わなければならない。

 そのため作業も誰かに手伝ってもらうこともできず、何とか特別親しい人間と茅場自身のみで、徹夜で作業するしかなかった。

 そしてその甲斐あって、裏の、とでも言うべき茅場が追い求めていた本来のSAOは完成した。……完成してしまった。

 

 ―――かくして。

 

 SAOは原典よりも遥かにハードモードに変貌したのだ。

 

 

 

 

帯刀(おびなた)憧志(とうじ)は浮かれていた。

 

 買い物の帰り道。ついついスキップで移動してしまう程度には浮かれていた。

 その浮かれっぷりが傍から見ると些かみっともないのは憧志自身自覚していたが、それでも抑えられない程度には現在左手に持つ袋に入っている物は憧志を浮かれさせる存在だった。

 実際、すれ違った人々の中でも袋とそのサイズから何を買ってきたのかを察することができた人は、納得したような表情をしたり、羨ましそうにしていたりする。

 多くの人にとって価値がある。それが憧志が左手に持つ物だった。

 

 そんな風に、道行く人に奇異の目で見られたり、羨ましがられたりしながらも憧志はアパートへと辿り着く。

 白かったであろう壁はくすみ、階段に使われている鉄材は何か所が錆びたような赤褐色と化している箇所もある。年季の入ったアパートといった様相のここは、実際建築からそれなりの年月が経っており、見た目通り老朽化した箇所もあるアパートだった。

 しかしその分家賃は安い。突然床が抜けたり、雨漏りするのではないかと不安なところもあるが、小さいながらも浴槽とシャワーが別になっていて、収納もそれなりにはある。壁が薄いのでスピーカーから音楽が流せない、という点に目を瞑れば、憧志にとって中々気に入っている物件だった。

 

 カンカンカン、と音を響かせながら階段を駆け上がる。音が響いてアパートの住民たちには迷惑かもしれない。あまり勢いよく駆け上がると階段が崩れるかもしれない。そんなことが脳裏を過ぎるが、今日ばかりは見逃して欲しいとそのままの勢いで二階まで階段を登る。

 そして速度を落とすことなく廊下を駆け抜け、自室の前へと到着する。憧志は自宅の鍵を左腰のリールキーホルダーに付けているため、慌てていてもさほど手間取ることなく家の鍵を開け、中へと入ることができた。

 リールキーホルダーを買った過去の自分に感謝しつつ、玄関先に荷物を置いた憧志は、まずは入ってすぐのキッチンの流しで手を洗う。別に常日頃から手洗いうがいを特別意識しているわけではなかったが、憧志は特別楽しみにしていた物に触れるならできるだけ清潔な状態で、と考えるようなタイプだった。

 

 手洗いうがいを手早く、けれど丁寧に済ませた憧志は玄関先の荷物を回収し部屋へと入る。六畳のその部屋は、モスグリーンのカーペットの上に洗い立ての白いシーツが目立つシングルベッド。壁際に少し大きめの本棚と、簡素な机があるだけのシンプルな、あるいは殺風景とも取れる部屋だった。

 それは憧志の趣味が少ないこと、同時に綺麗好きでもあるため、大抵の物がクローゼットに丁寧に仕舞われているのが理由だった。

 

 憧志は荷物を机への上へと置く。それから椅子へと座り、一つ深呼吸。大きな胸の高鳴りが、早く開けろと憧志を急かす。だが相手は精密機械、下手な扱いをして壊すわけにはいかない。一度落ち着いてから、しっかりとした手付きで袋からそれを取り出す。

 そうして袋から出てきたのは、人の頭ほどはある四角形の箱だ。白い背景の上には、注意書きや仕様、そして『Nerve Gear(ナーヴギア)』とその商品名が刻まれている。

 ナーヴギアを取り出した袋を畳みつつ、憧志はその箱を改めて観察する。そして仕様の箇所に『Sword Art Onlineインストール済み』の文字があることを確認し、安堵の溜息を吐く。ゲーム機だけ買って、ソフトがないのでは話にならないのだから。

 

 そう、ゲーム機。憧志の手によって箱から取り出されたヘルメット型のそれは、ゲーム機であった。

 

 2022年。技術は発展し続け、ゲーム機もまたその姿を変えた。箱型だった据え置き機から、目の前のヘルメット型へ。この形状への変化には、VR技術の実現があった。

 V(バーチャル)R(リアリティ)。日本語では仮想現実とも言うそれは、ついに仮想空間に存在する電子の肉体をユーザーのもう一つの肉体として操れる段階まで来ていた。厳密には色々あるのだろうが、少なくとも憧志はそんな認識であった。

 そもそも憧志はゲームやVRの技術に関してはさほどの興味はない。憧志にとって重要なのは、存分に身体を動かせるか否か。実家の関係で身につけた技術を持て余している憧志としては、それのみが関心の元であった。

 

 そのため、ゲーム自体はあまり触れたことがない。ゲームをやっている暇があったら、外で動いていたいタイプなのが憧志だ。

 だからゲームソフトより先に発売されていたナーブギアを今日、ソフトとセットで買ってきたし、ナーブギアを起動するにあたって説明書とにらめっこしているのも同じ理由だ。ついでに言うなら、ソフトが既にインストールされている仕様を買ったのも同じく。

 

 ゲームの正式サービス開始時刻までに余裕ができるように帰ってきてよかった、と思いつつ何とか憧志はナーブギアの起動準備を終える。あとはこれを被り、起動して、初期設定をして。

 どうにもこの手の物に疎いため難しいように思えるが、きっと何とかなるだろう。そう思いつつ憧志は説明書の通り、ベッドに移動して横になってから、ナーブギアを被った。

 

 

 

 

「―――うぉっ」

 

 突如変わった視界に、思わず声が漏れる。先ほどまで己がいた空間とは全く別の場所に放り出され、思わず憧志は周りを見回す。

 くすんだ赤が目を引く煉瓦造りの住居。大型の建物は石材が用いられており、一目でそれが特別な、何らかの意味を持つ建物であることが分かる。足元は石畳であり、すぐ傍には噴水。そして周囲がひらけているため、ここは広場か何かなのだろうか。

 全体的にパッと見は中世ヨーロッパ風。しかし違う、憧志は首を横に振る。

 よくよく見れば窓には硝子、骨組み等には鉄材が用いられている箇所が見られる。

 近代の建築技術を以て中世ヨーロッパの建築様式を再現した、といったところだろうか───生憎、建築周りに詳しくない憧志では、それを予想はできても断定することまではできなかった。

 

 とはいえ、正直なことを言ってしまえば建築様式など憧志はさほどの興味がない。早々に周囲の観察をやめ、代わりにとある人物を探し始める。

 憧志はゲームの経験がほとんどと言っていいほどにない。いくらVRで己の肉体を動かすようにアバターを動かせると言っても、それでもゲームである以上はシステムが存在する。それに対応する自信が、憧志には全くなかった。

 そのため、同じアパートに住んでいる親しい高校生に頼み込んで、何とか共にプレイしてもらえることになったのだ。大学生という年上である憧志に土下座されては、流石に高校生の身では断り切れなかったようだった。

 

 とりあえず、待ち合わせ場所はこのログインしてすぐの場所、ということになっている。だから憧志は周辺にその人がいないか、と辺りを見回し……あまりの人の多さに、思わず頭の後ろを掻く。

 当然と言えば当然なのだが、サービス開始直後ということもあってこの広場にいるプレイヤーは多い。待ち合わせ場所の設定を間違えた、と遅まきながらに思うも、今からログアウトして再度連絡を取るというのも面倒な話。

 もう少し探してみて、それで見つからなかったらログアウトしよう、と考え、憧志は再び周囲の人々を見る。

 

 やはり、思い思いのアバターを作れる、というだけあって周囲は色彩に溢れている。西洋系の顔立ちにして髪を金や赤に染めた人もいれば、東洋系の顔立ちのまま髪を奇抜な色にしたせいで違和感を感じさせる人もいる。

 ただやはりというか、アバターの男女比率は男の方が多い。SAOでは現実の性別と違うアバターは使えないようになっているので、プレイヤーの男女比は7:3ほどで男性の方が多い印象だった。それでも、初のVRゲームということで女性は意外と、予想よりは多いようにも思える。

 

 そんなことを思いながら女性アバターを目で追っていると、ある人物で憧志の視線が止まる。晴れ渡る空のような、透き通った水色の髪。後ろから見ればただのショートカットのようにも見えるが、回り込むようにして前から覗いてみれば前髪少し長めであり、中心部をヘアピンで、サイドを簡単な髪留めでまとめているのが分かる。

 少しばかり特徴的な髪型―――それに自分は覚えがあったために、片手を上げながら声をかける。

 

「よっす……確か、こっちでの名前ではシノン、だったよな?」

 

 正面の彼女の上に表示される《Shinon(シノン)》の文字を確認しながら、改めて彼女の容姿を見る。現実では少しだけ茶色がかった黒髪が水色となっているのと、現実よりも吊り目気味なの以外は基本的に憧志がよく知る少女―――朝田詩乃のものだ。

 髪色に合わせ、多少顔立ちこそ調整されているが、体格は現実とほぼほぼ変わらず憧志の肩ほどまでの身長と、猫科のような細身で引き締まったしなやかなもの。

 これで己が知る朝田詩乃のアバターでなかったら逆に怖い、そんなことを憧志が思っていると、その朝田詩乃のアバターであろうシノンより返事が返ってくる。

 

「どうも、憧……じゃない。えっと、《Anand(アナンド)》? ……事前に聞いた段階で気になってたけど、これ由来なんなのよ」

 

「ん?ネットから適当に、欧州圏の名前を拾ってきた」

 

 嘘である。実際は神話から引っ張ってきたのだが、神話由来で名前を付けたと素直に白状するのは大学生という、そこそこいい年齢の憧志―――アナンドには、些か恥ずかしかった。

 

「ああ、そうね、それくらい適当な人間だったわね……」

 

 アナンドの答え、あるいは嘘に対し頭痛がするかのように頭を抱えるシノンに、何を今更とアナンドは呆れる。

 2人の現実世界での付き合いはもう、それなりに長い。昔事件か何かで色々あったところを、親戚という繋がりから朝田家と共に暮らすことになったのが始まりだから……かれこれ六年ほどの付き合いになるのか。

 そんなことを思いながら、アナンドが過去に思いを馳せていると、シノンがアナンドを観察してくる。先ほど自分も同じようなことをしたため、文句が言い辛い、と仕方なしにアナンドが観察されていると、シノンがふと口を開く。

 

「……それにしても、あんまりリアルとイメージ変わらないわね」

 

「それ言ったらお前もだろー?」

 

 シノンには言われたくないなぁ、なんて呟きながら、アナンドは己の髪を一房摘まんで目の前に持ってくる。そこから手を離せば、錫色が視界で揺れる。

 アナンドもシノン同様、あまり容姿は弄っていない。高身長も、ガタイがいいのもリアル準拠だ。流石に髪色と、紺碧の瞳に合わせて顔には手を加えているが、それも違和感を消す程度であり、大きなものではない。

 だからまぁ、リアルがバレる可能性は高いのだが。それでもリアルの体格に近い方が身体を動かしやすいというのを聞いたのと、そもそもアナンドはオンラインゲーム慣れしていないために、そこら辺の警戒心が薄く、その結果としてこのようなアバターとなっていた。

 

「さて、っと……それじゃあ最初は何したらいいんだ?」

 

「知らないわよ。私も別にオンラインゲーム慣れはしてないし」

 

「えー、頼りにならないなぁもう」

 

「それを承知の上で頼んできたのはあなたでしょうが」

 

 確かに、アナンドもシノンがオンラインゲーム慣れしていないことは理解していた。それでも、自分よりかはまだゲームに触れている、ということで無理を言ってシノンには協力してもらっていた。

 最初はリアルの友人に頼もうと思っていたのだが、友人もゲームより外で運動、というタイプが多かったためにシノンにお鉢が回ってきた形だ。

 我儘を聞いてくれたシノンには感謝しかない、内心ではそう思いつつ、ログアウトしたら今日は夕飯を奢ってやろうと決める。

 

「……しっかし、真面目な話、これ詰んでない? もうゲーム終了? ゲーム初心者に優しくなさ過ぎるだろぉ……」

 

「ちょっと待ちなさい。いくらオンラインゲームと言っても、チュートリアルがあるのはゲームである限り共通……。ほら、あった」

 

 シノンの指示の通り、アナンドは宙で右の人差し指を振るいメニューを呼び出す。そこからも、シノンが言う通りメニューを操作すれば……できた。

 視界にチュートリアルの手順と、行くべき場所への案内が出てアナンドは一先ず安堵する。これなら、何とかプレイできそうだ、と街中へ向かって歩き出した。




そんなわけで、茅場が本気を出したら、というコンセプトのお話。
中学生ってデスゲームってキツくない??ということである程度の年齢操作とか、あとはALO、GGO編やる予定はないから、今回シノンが出たように、本来SAOにいないキャラも出てくるよ。

茅場が本気を出した結果、どんな変化が生まれたのかはまだ先だ。待ちたまえ。
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