SAO:Hardmode   作:天澄

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#10.今、できることはⅢ

 キリトは目の前で行われた模擬戦が信じられなかった。

 

 キリトにはβテスターとして他者より先にゲームとしてではあるがこの世界を経験していることに密かな優越感を持っていた。そして同時に、そこから来る強さへの自負もだ。

 正直な話をすれば、アリスという騎士に助けられていたβテスターを見ても、自分だったら何とかできた、と思っていたところがないとは言い切れなかった。それが根拠のない自信であるとは自覚しつつも、その気持ちは捨てきれなかった。

 だが、そんな自信、あるいは慢心はアナンドとアリスの戦いを見てあっさりと失われた。

 

「……二人共、凄かった」

 

 凄い? そんなものでは済まない。

 リーファの呟きに対し、キリトはそんなことを思うもそれを口にする余裕はなかった。βテストのSAOでも、対人戦は存在していた。だからキリトは人間同士が剣で戦う様子を見るのは初めてではなかった。しかし、と声を掛け合うアリスとアナンドをキリトは見やる。

 二人はキリト達が合流した時のギスギス感が幾らか薄れたように見える。模擬戦を通し、互いに何か思うところでもあったのか。アリスの方はまだ些かつっけんどんなところがあったが、それでも互いの反省点などを話し合っているようだった。

 

 そんな和やかな二人が見せた模擬戦。それは今の二人の穏やかさとは裏腹に、キリトがβテスト時に見た対人戦とは次元が違うものだった。

 派手さではソードスキルのエフェクトなど、過去キリトが見た対人戦の方が上だった。けれど、たった今行われた二人の戦いはそもそもキリトでは理解が及ばない。

 剣戟の応酬は早すぎて目で追うことも一苦労であり、見えたとしても仮に自分がその戦いに混じったとして対応できるか、と問われればできないとしか言えないものだ。できたとして正面から受け止める程度。見て、予測して流し避けるなどキリトにはできそうにもない。

 それに派手さに欠けると言っても、アナンドに関しては動きが大きく、またアリスの動きは堅実さから来る美しさがあった。それこそ、キリトたちがβ時代にやっていた戦いなど所詮ゲーム内でのお遊びに過ぎないように思えてしまうほど。

 

 ―――悔しい。

 

 思わず、キリトは拳を握り締める。現実の自分自身に強いコンプレックスがあったわけじゃない。家庭環境で色々あったが、それでもキリトなりにそれは乗り越えた。だからゲームの世界に逃げ込むほどではなかった。

 それでもゲームの世界はキリトにとって特別だった。キリトが他人に対し胸を張って自慢できる、数少ない得意なものだったからだ。

 βテスターとしての経験と、過去のゲームの経験。得意なものを活かせるこの世界なら―――そんな風にキリトは思っていたのだ。

 それが同い年ほどの少女と、聞いた話によれば初めてまともにゲームをやった青年に、自分とはかけ離れた実力を見せつけられてしまった。

 もはやゲームと言えないとはいえ、元々は自分の得意な分野で負けたという事実が、キリトはどうしようもなく悔しかった。

 

「……湿気た面してんな、坊主」

 

 そんなキリトの頭に、大きくてゴツゴツとした硬い掌が置かれる。声をかけられるという予想外の事態に思わずその掌の持ち主を見れば、そこにはその厳つい顔に似合わない、優しげな笑みを浮かべたベルクーリがいた。

 いきなりのことに思考が止まるキリトに対し、ベルクーリはキリトの頭に掌を乗せたまま視線をアリスとアナンドの方へ向け、口を開く。

 

「悔しいと思えるなら、坊主は上等な部類だよ」

 

「え……」

 

「アリスは、才能の塊だ。あの歳であそこまで上り詰めるやつはそうはいない。それにあのアナンドって奴も、才能とそれ相応の努力を重ねているのは分かる。そんな連中を見て心折れずに、悔しいと思えるならお前は見込みがあるよ」

 

「あ……えっと……」

 

 言葉が出なかった。まさかそんな言葉をかけられるとは思っていなかった。

 ベルクーリはアリスの上司らしい。ならばアリスよりも実力は上であり、キリトの実力を見抜けないとは思えなかった。

 それでも、キリトはベルクーリの言葉を素直に信じることができなかった。悔しい、負けたくない。そんな気持ちはあれど、同時に本当にアリスやアナンドほどの強さになれるのか、キリトは自信が持てなかった。

 そんなキリトにベルクーリは苦笑し、突然質問を放ってくる。

 

「しゃーねぇ。坊主、お前さんいくつだ?」

 

「え?」

 

「年齢だよ、年齢。今いくつなんだ」

 

「えっと……十六、ですけど……」

 

「それなら―――ユージオ!!」

 

 ベルクーリが声を張り上げ、誰かを呼ぶ。その声量はとてつもなく、キリトはビリビリと空気が震えるのを感じ取り、少し離れていたアリスやアナンドでさえ突然のことに驚いていた。

 そしてそんなベルクーリの大声はどうやら、キリト達がいるアリーナのような形状をした模擬戦場の外にも届いたようで、建物とその外を繋ぐ通路からコツコツと靴音が響いてきた。

 

「ベルクーリさん、毎回大声で呼ぶのやめてくれませんかね……」

 

「人伝で呼ぶよりこっちの方が早いだろ?」

 

「それやられる度に他の部隊の人から温かい目で見られるんですよ……」

 

 亜麻色の髪を揺らしながら現れたのは、キリトやアリスと同い年に見える少年だった。目尻の低い、緑色の瞳が特徴的な優しげな目をしたその少年は、照れからか顔を少し赤くしていて同性ながらもキリトは可愛らしいタイプの少年だな、と思う。それでも、目算ではキリトよりも気持ち背が高めであるため、キリトとしては若干癪なのだが。

 ユージオと呼ばれた少年は先程まで鍛錬か何かをしていたのか、稽古着を着て軽く汗をかいているのが分かる。そんな彼をいきなり呼んで、ベルクーリは何を考えているのかとキリトが訝しんでいるといきなり、頭に乗せられていた掌でバシバシと頭をキリトは叩かれる。本人は軽くのつもりなのかもしれないが、キリトからすれば威力が高すぎて言葉を発せないでいる間にベルクーリは勝手に話を進めていく。

 

「それでユージオ。ちょっとこの坊主と軽く模擬戦やってくれ」

 

「えっ」

 

「はぁ……まぁ構いませんが、新人ですか?」

 

「そんなとこだ」

 

「え、ちょっと!?」

 

 予想外の展開にキリトの思考が追いつかないうちに、あれよあれよと模擬戦の準備が進められていく。

 ユージオは何の躊躇いもなく模擬戦場の中心部へ移動し、アリスやアナンドたちも何の疑問もなく邪魔にならないようユージオよりも更に模擬戦場の奥、建物の端の方まで移動してしまう。終いにはキリトへ頑張れと声をかけていくくらいだった。

 それにキリトが戸惑っていると、ベルクーリに無理矢理模擬戦用の片手剣を握らされ、そのまま模擬戦場の中心へと押されてしまう。キリトはそれに抵抗するが、残念ながら力が違い過ぎて意味を為さなかった。

 

「ほら、いい加減腹括れ」

 

「そういう問題じゃ……!?」

 

「あはは……うちの上司がごめん。でもこうなったらベルクーリさんは止まらないから、諦めた方が賢明だよ」

 

 そう言ったユージオの顔は余りにも哀愁が漂い過ぎていて、説得力が強すぎた。彼も苦労しているのだな、と理解すると共にそんな彼の時間を奪うのも申し訳ないとキリトは抵抗するのを諦める。

 それを確認したベルクーリは満足そうに頷くと、簡単に模擬戦のルールを説明していく。と、言っても明らかに勝ち負けが付くか、ベルクーリが止めるまで戦うというシンプルなものだ。特別覚えるものがあるわけではなく、すぐにユージオ、キリト共に了承の意を示す。

 

「ユージオは坊主と歳が一緒、多分才能もそう変わらない。うちに入団したのも数カ月前だ」

 

「………………」

 

「ま、頑張れよ」

 

 ベルクーリの言葉に、キリトはようやくこの模擬戦の目的を悟る。つまり、ベルクーリはこう言っているのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 そういうことなら、とキリトはようやくこの模擬戦に本腰を入れる覚悟を決める。

 模擬戦用に渡された刃の潰された剣は、馴染むというほどではないが、握っていてもさほど違和感はない。インドア派のキリトには少しばかり重い気もしたが、キリトの持ち物である初期装備だった剣に比べれば軽いのでまだマシと言えた。

 それからキリトは、一体どうやって構えるべきかと悩むが、結局知識のない自分ではすべき構えなどわからないと諦め、SAOのβ時代にしていた構えに落ち着く。右半身を後ろに、切っ先を地面に向け少しだけ腰を落とす。β時代、キリトは手数と速度を重視していたため、動きやすさを優先した構えだった。

 それに対し、ユージオはシンプルに長剣を両手で握り、正眼に構える。キリトはそんな構えを、妹がやっている剣道でよく見たな、となんとはなしに思う。キリト自身はもう昔に剣道をやめてはいたが、妹の応援で試合自体は何度も見ている。記憶からあの構えから放たれる基本的な剣の軌道を思い出しておき、それへの対応を考えておく。考えたところで実際にできるかは微妙であったが、それでもやらないよりはマシだろうという考えだ。

 

 そんな風に準備していれば、ユージオが何かを確認するようにベルクーリを見るので、キリトも釣られてそちらを見ればベルクーリから頷きが返ってくる。武人ではないからか、キリトにはその意図がいまいちわからなかったが、先程のアナンドとアリスの試合を思い出し、多分、試合を始めていいということなのだろう、と気を引き締める。

 睨み合い。キリトがただ動けないのに対し、ユージオはきっと動かないのだろうと予想を立てる。盾がないことから、純粋な防御型ではないだろうが、先手を取るタイプではないのかもしれない。キリトはそう考えながら、自ら攻めるかを悩む。

 相手がカウンターを得意とするなら自分から飛び込めば餌食になるだけだろう。しかし、かと言って相手から攻めてきた場合、ペースを握られて待っているのは同じく敗北だろう。キリトは実戦の経験がなくても、ゲームの経験からなんとなくその程度であれば想像することができた。

 しかし、そこから最良の選択が何なのかを選ぶことはできなかった。故にキリトは、自分の性に合っている方を選ぶことにする。

 

 すなわち―――突撃。

 

 どちらにしても負ける未来が見える。ならばせめて、より抵抗できる方をキリトは選ぶことにした。

 身体が重い。思うように走ることができない。ゲームのSAOに比べ、現実に則した環境ではこうも全速力で走ることは難しかったかと思いながら、キリトは剣を引き絞る。

 今のSAOではソードスキルは使えない。それでも、キリトが知っている強そうな剣の振り方など、ソードスキルしかない。ならば、と記憶にあるソードスキルをなぞるようにして、キリトは身体を動かしていた。

 

「おぉッ―――!!」

 

 単発水平斬り、ホリゾンタル。システム的な補助がなければ、本当に何の変哲もないただの水平斬りだが、キリトは普通に剣を振るうよりかはまだ早く、強く振るえたような気がした。

 身体の後ろから、右を通って左へと抜けようとする剣。キリトなりの精一杯の一閃。

 

「――――――」

 

 それを事も無げに、ユージオは涼しい顔で一歩下がって、長剣をキリトの片手剣に添えるようにして受け流す。ユージオによって進路を調整された片手剣は地面に向かって流れていき、虚しく空を切る。

 対しユージオは受け流しに利用した長剣を手首で返し、斬り上げへと繋げる。自らに迫ってくる剣。それを特におかしく思うこともなく、当たったらやっぱり痛いのかな、なんてキリトはなんとなく眺める。

 キリトとしては正直、予想通りの結果であり、特に不思議な状況ではなかった。だから呑気に寸止めとかしてくれないかな、なんて何となくユージオの方を見て。

 

 それより奥。心配げな顔でキリトを見るリーファと目が合った。

 

 その顔立ちは金髪に合わせて欧州系のものへ変わっているというのに。どうにもキリトには家族と仲違いした時の、リーファではなく桐ヶ谷直葉の心配げな顔とダブって見えた。

 

「―――妹の前で、兄貴が無様な姿を見せられないよなぁ!!」

 

 裂帛。同時、キリトは反射神経のみでユージオの長剣を捉え、その腹に咄嗟に左拳を叩き込む。

 寸前で軌道が逸れるユージオの長剣。驚きに目を見開くユージオの隙を突くように、キリトは右手に握る片手剣をユージオの顔目掛け突き込む。

 偶然とはいえ、放たれたキリトの今できる最高の一撃。そしてその一撃は―――あっさりと顔を傾けたユージオの頬を掠ることすらなく通り過ぎていった。

 

「僕の勝ちだね」

 

「ああ……俺の、負けだ」

 

 咄嗟に出た一撃故に、その後のことを何も考えていなかったキリトの首筋にはいつの間にか復帰していたユージオの長剣が添えられており、もはやキリトには抵抗の術は残されていなかった。

 完全な敗北―――自信など、もはや欠片も残っていなかった。……けれど、それでもまだキリトの心は折れていなかった。

 最後の一瞬。確かにキリトは自分よりも実力が上であるユージオの剣をその目で捉えていた。そしてそれに、無策とはいえ今の実力でも対応することができた。そこにキリトは自らが強くなる余地を見出していた。

 強くなれる環境がある。明確な目標となる実力者がいる。同じ程度の実力から強くなったという実例がいる。

 ならば自分は強くなれる、なってみせる―――キリトは敗北に悔しさを感じつつも、妹と共に現実世界に帰るという未来のために覚悟を決めた。




我らがキリトくん、スイッチオン。
圧倒的ヒロインのユージオくんも仲間に加わったし、これは勝ちましたわ、風呂行ってくる。
そんなわけでいい加減序章も終わりが見えてきたよ。
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