#11.騎士団での日々 -Case of Kirito-
キリトは自らの身を包む鎧の重さに思わず首を傾げる。元々、βテストでもコートなどの軽量な装備を好んで使っていたキリトだ。騎士団の装備の中では軽量な方とはいえ、服の下には鎖帷子、上からはチェストプレートなど経験したこともなかった。
というか重い。凄く重い。アナンドたちとの軽い検証で分かったことであるのだが、どうやら基本的に握力などの筋力は同じくらい、体格でいくらかの補正がある程度のようだった。そこら辺は現実世界での身体能力で差が出ないように、という話なのだろう。
それでも、とキリトは左隣に立つアナンドの後ろ姿を見る。その姿はキリトと同じく防具を着こんでいるはずなのに、その重量を気にした様子がない。曰く、経験の差だ、ということらしい。重いものを身に纏っている際の上手い身体の動かし方を知っているかどうか、それで結構楽さが変わるらしい。昨日、キリトとほとんど同じ筋力量でありながら、アナンドが武器を自在に使えていたのはそういうところがあったらしい。
「さて、今日からお前たちには早速訓練に入ってもらう。騎士団に所属する以上はとっとと使い物になってもらわないと困るからな」
一先ずキリトたちに指示を出しているのはベルクーリだった。なにやら後々、個々の適性に合わせて部隊は変わるそうだが、それでも現状では訓練内容は一律のもののようだった。
「さて……アナンド。お前は今から何するか予想付いてるだろ。ちょっと見本がてらやってみろ」
「見本が必要なものとは思えませんけどねぇ……。ま、了解です」
そう言ったアナンドは訓練場の中を、壁に沿って走り始める。そのペースはジョギングというには些か早い気もするが、とりあえず長時間……一、二時間程度走ることを想定しているペースにキリトには思えた。
「ま、やることはシンプルで、アナンドが今やってるようにこの訓練場をひたすら走り続けるだけだ」
その言葉に、キリトとリーファがそんな簡単なことでいいのかと首を傾げる。しかしそれに対し、シノンは途端に死んだような顔になっていた。
走るだけの鍛錬に、一体何故そんな表情をするのだろうか―――そう疑問に思っていると、シノンの様子を見たベルクーリがクツクツと笑いだす。
「お前、察したな? まぁ確かに、この三人の中じゃあシノンの嬢ちゃんが一番マシだったしな。経験があるんだろ?」
死んだ表情のままシノンが頷いて返せば、やっぱりなとベルクーリが納得を見せる。そしてそのまま、口元に笑みを浮かべたまま鍛錬の目的を話し始めた。
「昨日見せてもらった限り、全体的な鍛え方が甘い甘い。身体は出来上がってねぇし、体力もかなり無さそうだ。その癖して妙に剣を振るうことに慣れてたりしやがる。なんつーか、ちぐはぐなんだよなぁ……」
それは仕方のないことだった。シノンの事情はキリトは知らないが、キリトはβテスト時代の感覚。リーファは剣道で培った技術がある。しかしこの世界で肉体が変わったために、それを行うための筋力諸々はリセットされているのだ。ちぐはぐなのは当然の話だった。
とはいえそんな話をベルクーリにしたところで信じてもらえるわけがない。プレイヤーは数だけはいるため、総員で説明すれば納得せざるを得ないかもしれないが、そこまでする理由がない。そんなわけで、ベルクーリには地上出身だ、というアナンドの嘘の話を通したままだった。
「……まぁそういう細かい話はいいか。んで、だ。何をするにしても、剣を振るうにしても、槍で薙ぎ払うにしても。全ての基礎は体力と下半身だ!よって何はともあれお前らには足腰の作り込みと、体力を付けてもらわなきゃならねぇ」
ベルクーリはそう言いながら、自身の腰を叩いてみせる。足も太く、がっしりとしていて鍛錬の賜物なのだろう、というのは何となくキリトにも分かるのだが、生憎とインドア派であったキリトにはアナンドやリーファが言う、体幹云々は全く分からないのだった。強いて言うなら、立ってても一切身体は揺れないのだな、程度ならわかるくらいだろうか。
「じゃあその為に何をすればいいか?
ベルクーリの説明に思わずなるほど、と声を漏らす。考えてみれば、現実世界でだって学校の運動部などは必ず走り込みをやっている。科学が発展した現実世界においてそれをやる、ということは科学的にもやはり走り込みというのはいい鍛錬法なのだろう。
キリトはスポーツ科学には詳しくないため確証はなかったが、それっぽいしどうせ何を言おうが走らされるのだから、そう思い込むことで自らを納得させるのだった。なんせキリトは立派なインドア派。納得感でもなければ走りたくなどなかった。いや、やっぱり納得できても走りたくはない。欠片も素敵な鍛錬だとは思えなかった。
「御託はここらでいいか。そしたらとっとと走ってこい。昨日の動きから何となくは体力がどんなもんか把握してるから、俺が納得できないペースだったら蹴っ飛ばすぞ」
「あの、どのくらい走るんですか?」
ペース云々の話が出たために、どんなペース配分にすればいいのか考えるため、キリトの口から自然とそんな質問が漏れる。それに対し、やけにいい笑顔を浮かべたベルクーリは、こんな答えを返したのだった。
「今日俺がいいって言うまでずっと」
キリトとリーファの表情もまた、シノン同様死んだようになった。
―――鍛錬一週目。
本当にキリトたちは走り続けるだけだった。丸一日、休憩は食事と睡眠時のみ。それ以外はひたすらに走らされた。
止まっても、転んでも即座に叩き起こされ走らされる。少しでも体力が付いても、即座にそれが見抜かれペースアップさせられるため余裕なんて生まれはしない。
無論、そんな状態ではろくに食事も喉を通らなかったが、それで初日の夕飯を抜いたら翌日地獄を見たため、以降キリトは無理矢理にでも三食欠かさないようにしていた。
ある種拷問とも取れる鍛錬だが、強くなることを望んだのはキリト自身。逃げ出すわけにはいかないと、必死で鍛錬をこなしていった。
―――鍛錬二週目。
二週も走ってくると、いい加減コツというものが見えてくる。それは慣れ、とはまた別でどういう走り方であれば如何に体力の消耗を抑えられるかが分かってくる。ベルクーリが言っていた効率的な身体の運用方法とは、こういうことを言っていたのだろう。
そしてそこまで来ると、身体に鎧を纏って動くのにも慣れてくる。むしろ鎧を着ていないと動きに違和感を感じるほどであった。
強くなった、という実感はないが、成長の実感は明確にある。これなら頑張れそうだ、とキリトは気合を再度入れた。
―――鍛錬三週目。
そして再びキリトは死んだ。
三週目からは場所を変えての走りこみ。騎士団が保有する鍛錬場の一つ。急激な丘や、ぬかるみ。そういった足場の悪い環境を再現した鍛錬場。三週目からの走り込みは、そこで行われることとなった。
当然の話ではあるのだが、上り坂に下り坂、そうやって環境が変われば適切な走り方も変わる。今までとはまた違うリズムでの走り方が要求され、体力の消耗と転ぶことが再び増える。
既に身体は傷だらけ、大きな怪我がないだけで満身創痍と言えるような状態だった。それでも、キリトの心が折れなかったのは、守らなければならない存在が傍にいたからだった。
―――鍛錬、四週目。
足場の悪い環境での走り込みに慣れるのは比較的に早かった。最適化された動き、というものを一度知ったために、二度目はそこそこ早かった。
それでも、三週目は全て使い切り、四週目途中でようやくという形ではあった。だがその甲斐あって、ベルクーリから普段より早く走り込みの終わりが告げられる。
「………………」
「おうおうおう、そんな疑うような目で見るなよ、照れるだろ」
「とか言って次はひたすら素振りとかじゃないんですか?」
「お、正解」
「えっ」
何とはなしに言ったことがあっさりとベルクーリによって肯定されてしまい、言葉を失う。そんなキリトに、ベルクーリは見てみろ、とどこかを指さす。
思わず条件反射でそちらを見れば、そこにはひたすら無言で槍を振るうアナンドがいた。
キリトがアナンドを指さす。
ベルクーリは大きく頷いた。
キリトは思わず天を仰いだ。
「つっても、ここからはそれぞれ別の得物での鍛錬になるからな。アナンドとキリト、リーファに関しちゃうちで預かるが、シノンだけは別部隊だ」
そう言ったベルクーリは手招きをし、一人の男性を呼び寄せる。鎧を着こんだ長身の男はしかめっ面であったが、流石にそれで初対面はマズいと思ったのか右手で額を揉み解してから、改めてキリトたちへと向き直る。
「初めまして、我はデュソルバート。シノン、貴殿の鍛錬に関しては今後我が面倒を見ることになった」
「あ……えっと、よろしくお願いします」
「うむ。ではベルクーリ、彼女は預かるぞ」
「あいよ。……あいっかわらず真面目というか、堅苦しいやつだな……」
シノンを連れて別の訓練場へと去っていくデュソルバートを見送りつつ、ベルクーリが呟く。確かに、堅苦しそうで自分とは合わなそうだ、とキリトはデュソルバートのもとに配属にならなかったことを密かに安堵する。
とはいえ、ベルクーリの鍛錬もキツイのには変わりはない。それはこの一か月間でよくわかっていたことだった。
そのため、この後から本当にひたすら素振りをさせられるのは目に見えている。今のうちにキリトは何とか呼吸を整えておくことにする。
「さて、っと。それじゃあ確認だ。リーファはロングソードで問題ないな?」
「あ、はい、大丈夫です。こないだユージオさんが使ってたくらいので問題ないです」
「オーケー、あっちにあるから、担当のやつから受け取ってこい。……そんで、キリトに関してだが」
そこで言葉を区切ったベルクーリが右手で頭を掻く。キリトとしてはβテスト時に使っていたのは片手剣であったし、これからもそれを使う予定だったのだが何か問題でもあったのだろうか。そんな風に訝しげにベルクーリを見ていれば、あー、いやな。とベルクーリが言葉を漏らす。
「……お前、二刀流やる気はないか?」
「え?」
「以前のユージオとの模擬戦。お前、咄嗟に左手も使ってただろ。もしかしたら向いてるかもしれないと思ってな」
予想外の提案に、キリトは少しばかり呆ける。βテストではシステム的な補助が失われるために二刀流はできなかった。そのため完全に二刀流、という発想は失っていたが、よく考えてみればここにはもうシステムは存在していない。それはβテスト経験者のキリトからすればデメリットのようにも思えたが、なるほどしかし。考えようによっては、二刀流のようにできなかったこともできるようになったとも取れるのだった。
だがしかし、とキリトはそこで考え込む。二刀流というのはかなり難しいことをキリトは知っている。幼少期のことではあるが、剣道で一度だけ二刀流をキリトは体験したことがあった。もはや記憶が薄いが、そもそも両手共に剣を思う存分振るえる筋力が必要になるし、両手が互いの邪魔にならないように、そして相乗効果を生み出せるように動かさなければならず頭も使う。いきなり提案されて、はいそうですか、とできるものではないというのがキリトの認識だった。
「まぁ、お前さんが危惧するところも分かる。実際二刀流ってのはクソ難しいからな」
そんなキリトの悩みが顔に出ていたのか、それは仕方ないことであるとベルクーリは腕を組んで何度か頷いてみせる。しかしその上で、ベルクーリは指を一本立てて、だが、と言葉を発する。
「お前の才能を踏まえれば、努力しなければいけない量は増えるが、それでも他の連中が仕上がる頃にはお前も二刀流で戦えるようになるだろう」
「俺に、それだけの才が……?」
「人一倍じゃ足りない、それ以上の努力は必要だがな。どうする、決めるのはお前だ。もしやるんだったら俺は一切の容赦はしない。だがその代わりに一刀流よりも強くなれることを保証してやる」
キリトは考え込む。けれど、ほとんど答えは出ているようなものだった。だから考えるというよりは、自分自身への確認作業。本当に自分は覚悟ができているのか否か。
数秒―――自身への問いかけを済ませたキリトは真っ直ぐとベルクーリを見つめ、答えを口にする。
「俺に―――二刀流を教えてください。俺はもっと、強くなりたい」
「テメー自身が決めたことだ、弱音は許さねぇぞ?」
「弱音を吐くつもりはありません」
だって少なくとも、自分たちの命まで背負っているはずのアナンドは全く弱音を吐かなかった。
キリトはそこそこ聡いと自負している。だからこの世界に囚われてから日が経ち、ある程度冷静になったことであの日、アナンドにどれだけの責任がいっていたのかも理解はできていた。それでもアナンドは決して弱音を吐かなかった。
身近にそんな格好いい男がいるのだ。ならば、同じ男として負けてはいられない。だから決して、自分が決めたことには弱音を吐かないとキリトは決めていた。
「はっ……いい覚悟だ。あとはしっかりと結果を出してくれよ」
「はいッ!!」
―――騎士団での日々は、まだまだ始まったばかり。
キリトくん、無事二刀流ルートへ。とはいえシステム補助なしの二刀流とかクッソキツイので、キリトくんはかなりの努力をしなければならないのだ……。
そういやデュソルバートくんって素顔の描写あったっけ?
覚えてねぇし、確認も面倒だからぶっちゃけ適当に捏造しちゃうつもりなんだけど。
と、まぁそんな感じでしばらくは騎士団での日常よ。