正直な話をすれば、リーファにはやる気……モチベーションというべきものがない。
それはある種至極当然の話で、剣道の練習よりもキツい鍛錬を何故やらなければならないのかという話になる。
元々リーファは兄であるキリトと一緒に遊べるから、という理由だけでSAOを始めており、この世界への特別な思い入れもない。現実世界に帰りたくはあったが、何故自分たちがやらなければならないのか、きっともっと強い人がいつか解決してくれるだろう―――というのが、リーファの本音だった。
日々の鍛錬後の、割り当てられた自室。騎士団もそう大量に宿舎に部屋があるわけではない。四人部屋でありプライバシーも何もない部屋。そもそもこんな状態では何かに集中できるわけはなく、加えて日々の鍛錬の疲れから何かする気も起きない。
必然的に特に行動を起こすこともなく、自然と意識が落ちるまでベッドの上で考え事をするのがリーファの日課だった。
考えるのはとりとめのないことばかり。ただしそのどれもがマイナス方向への思考だった。
なんでこんなところにいるのか、どうして鍛錬をしなければならないのか。別に努力が嫌いなわけではない。状況的に仕方がないことも分かる。それでもリーファはどうして自分たちが、という思いが拭えなかった。
リーファとしては兄と共に普通に過ごせればそれでいいのだ。だから正直なことを言えば、別にこの世界に囚われようと、兄と一緒なら別に構わないとすら、少しだけだが思っていた。
もちろん、両親や友人に会えなくなるのは寂しい。だからそれを本気で思うことは流石にない。ただちょびっと、そう、ほんのちょびっとだけ兄と二人きりで過ごすのもいいかなぁ、なんて思ったりもしたが、思っただけで堪えている。
だからまぁ、正直な話、リーファは惰性で騎士団の鍛錬に参加していた。兄がやると言っているのだから、まぁ自分もやるかとその程度。
結果として騎士団入団から数ヶ月。同時期に入団した四人の中で一番リーファが伸びが悪かった。それ自体には特別思うことはない……が、兄にどう思われているかだけは少し、気になっていた。
それでも、逃げ出さずに騎士団での鍛錬を続けているのは、リーファ自身の性格もあった。自分が成長することは嫌いではないし、やると言ったことを途中で投げ出すのは性分ではない。
モチベーションあるかどうかとやるかやらないかはまた別の話。リーファはそこそこ真面目な性格だった。
はぁ、とリーファは溜息を吐く。思考はまとまらないし、眠気も来ない。規則正しい生活を送っていたために、日々のルーティンとして寝ようと思えば寝ることはできそうだったが、どうにもそんな気にもなれなかった。
そのためリーファは少し散歩をすることを決め、簡素なベージュのカーディガンのようなものだけを寝巻の上から羽織る。茅場晶彦が気をつかったのか、当然のように現代の衣服に近いものが存在しているのが、リーファは少しだけ不思議な感覚を覚えていた。
寝ているルームメイトを起こさないよう、静かに部屋を出る。ルームメイトとは特別親しいわけではないが、一緒に辛い訓練を乗り越えていれば連帯感も生まれるというもの。流石に寝ようとしているルームメイトを起こしてしまわないように気を遣うくらいはするのだった。
冷えた廊下を一人リーファは歩く。どうやらアインクラッドにも四季はあるようで、今は冬の終わり。流石にカーディガン一枚では寒かったか、と少しだけリーファは後悔する。
けれどその冷え方が思考を冴えさせてくれるような気もする。数ヶ月も経っているのだ、いい加減に本気でやるのかどうかを決めておくべきだろうから、丁度いいような気もする。
最近、ベルクーリがリーファを見る目が厳しくなってきているような気がしているのだ。多分、内心を見抜かれているだろうとリーファは思っている。本気でやらないならば教えてくれているベルクーリ達に申し訳ないところもあるのだ。
アナンドやキリト、ベルクーリを始めとした騎士団の面々が明確な意思を持って動いてる以上、リーファは自身の中途半端を認めることができなかった。
リーファは宿舎の廊下から、外へ通ずる扉をくぐって外に出る。宿舎は女子棟と円形の広場を挟んで反対側に男子棟があるという構造をしている。リーファはそこで、少しだけ考え事をしようと思っていた。
―――しかしどうやら、そこには先客がいたらしい。
ベンチに座る体格のいい男二人と、月明りの下で素振りを繰り返す小柄な人影。ベンチに座る二人はともかく、素振りをする少年をリーファが見間違えることはない。キリトがそこで鍛錬をしているようだった。
「いやぁ月明かりの下で飲む酒は美味いなぁベルクーリくん!!」
「特に一人頑張っているやつの前でだとなぁ、たまんないよなぁアナンドくん!!」
「お前ら覚えとけよ、覚えとけよほんと……!!」
何やらキリトが煽られているようだが、まぁこの騎士団で生活していればよく見る光景だ。隙を見せれば即座に他の連中が寄ってたかって煽り始める。ほんとこいつらいい性格をしていると思わせる光景だった。
ここで生活するのは真面目なアリスとかユージオの場合大変だよなぁ、とリーファはぼんやりと思う。
予想外の光景に場所を変えるか、と思うもリーファはこんな時間にキリトが特訓をしていたなど知らず、少し気になるところもある。そのためしばし迷ったあと、隠れるようにしてキリトたちの方へと近づいていく。
「……まー、真面目な話あいつもよくやるよなぁ」
「騎士団に入団してからずっとっスからね。根性ありますよ」
キリトは愚直に素振りをし続け、それをベルクーリとアナンドが見守りながら会話する。どうやらおふざけは終わりでキリトは鍛錬に集中し始めたため、ベルクーリたちはキリトに聞こえない声量で話し始めたようだった。
リーファとしては、こんな時間にキリトが努力を重ねていたのが意外であったし、そもそも何かにここまで打ち込んでいるキリトを、現実世界でゲームに対してしかリーファは見たことがなかった。
「俺があんくらいの時は友人とバカやってただけだったなぁ……」
「俺だって……あっ、いや……どことも知れぬ山に放り出されたりしてた……」
随分と酷い幼少期生活を送っている、とリーファはアナンドに呆れつつ、その視線はキリトから逸らさない。
延々と同じモーションを繰り返すキリト。しかしその姿は騎士団入団前とは見違えるようであり、体幹のブレももはやなく。ゆっくりとした素振りでありながら、一回一回の動きにほとんど差異がない。
仮に今の自分が同じ速度で素振りをしてキリトと同じレベルの素振りができるか―――そこまで考えて、リーファは少しだけ情けなくなる。いくら筋力などがリセットされたとはいえ、単純な経験量であればリーファの方が上だったはずなのだ。
「アナンド、キリトの坊主がどうしてあそこまで頑張る理由って知ってるか?」
「確か妹のためって照れながら言ってましたよ。俺がちゃんとあいつを守るんだーって」
―――その話に、リーファの思考が止まる。
「おーおー、リーファの嬢ちゃんのためか。いいお兄ちゃんなことで」
「詳しい事情は知らないっすけど、結構気にかけてるみたいっすよ。……で、そこら辺どうなのよリーファちゃん?」
「……え」
思考が止まっている状況下で、更に突然振られた話に完全にリーファの反応が送れる。それにアナンドとベルクーリが苦笑するのを見て、慌ててキリトも気づいているのかと、リーファはキリトを注視する。
「安心しろ、キリトは気づいてない。自分の鍛錬に集中してる状態だ」
アナンドの言葉の通り、キリトは黙々と剣を振り続けており、リーファのことに気づいた様子は欠片もない。その事実に安堵しつつ、思わず気づいていながら特に何も言わなかったアナンドたちへ、リーファは非難がましい目を向けてしまう。
「悪い悪い、盗み聞ぎなんかしてたからつい、な」
それを言われてしまうとリーファとしてはどうしようもない。先に勝手に盗み聞きし始めたのはリーファの方だ、非は確かにリーファの方にあった。
「気になるのは分かるから攻めるつもりはないよ」
「だけど代わりに、ちょっと嬢ちゃんに聞きたいことがあるんだわ」
そう言ったベルクーリは口元に笑みこそ浮かべているが、その眼は至って真面目なものだ。何となく今から何を言われるのかをリーファは察するが、それに対する明確な答えをリーファは持たないためにそれを止めることはできない。
「―――嬢ちゃんはいつになったら答えを出すんだ?」
「それ、は……」
少しだけ考えよう、と思っていたところでまさか答えを出さなければならなくなるとは思っていなかったために、リーファは答えることができない。しかしこうしてベルクーリに聞かれてしまった以上は答えないわけにはいかない。
「今は基礎の段階だが、もうすぐお前たちも実戦に出す。流石に実戦を半端な覚悟でやらせるわけにはいかないからな。俺だってお前らを死なせたくねぇ」
実戦。その言葉にリーファは身が竦む。今日までの鍛錬で騎士団の仲間が街の外でモンスターと戦う姿をリーファは見ている。思い出されるのは、帰ってきた仲間の傷。地面へと落ちていく、鮮烈な赤。
その傷は多めに血が流れただけで、実際は深い傷だったわけではないが、それでもリーファの記憶に強く刻まれていた。あんな風に傷がつくかもしれない場所に行く。それは確かに中途半端な覚悟で行く場所ではない気がしてリーファは―――
「これはリーファにだけは言うなって言われてるんだけど」
リーファが一つの結論を出そうとした時。リーファの方を見ずに、キリトを見つめるアナンドが口を開く。
「俺、ちょっと気になったから聞いたんだよ、何でキリトは頑張れるんだってな。今だって、こうしてこんな時間にまで秘密の特訓するほどだ、気になるに決まってる」
そこで言葉を切ったアナンドは呆れたように、けれどどこか慈しむかのように息を吐く。それからゆっくりと、キリトが言っていたという言葉を話し出した。
「『俺にも色々あってさ、リーファとこうして過ごせるだけでも嬉しい。だけど俺が本当に欲しいのは、現実世界でリーファと笑って過ごすことなんだ』……だってよ」
「お兄ちゃんが、そんなことを……」
呆然と呟くリーファを見やることなく、言うべきことは言ったとアナンドは素振りを続けるキリトを見つめるだけでそれ以降は完全に口を噤んでしまう。
代わりにアナンドから引き継ぐようにして、ベルクーリがその口を開き再び問いかけてくる。
「さて、嬢ちゃんにもう一度聞くぜ。今のを聞いた上で、嬢ちゃんはこの後どうするんだ?」
騎士団に残るか、否か。本気で戦う覚悟を決められるかどうか。リーファは自らに問いかける。少なくとも、キリトは腹を決めた、リーファのために。
ならば自分は、兄のために命を懸けられるか。先ほどまでであれば、リーファは間違いなく騎士団をやめていた。今だって、迷っている。当然だ、誰だって傷は負いたくない。
現実世界に戻れないのは寂しいが、兄と二人であれば生きていけると思っていた。だけど、兄は現実世界でのリーファと平和に過ごすことを求めていた。それをリーファは知ってしまった。
そして、自分が求めるものは何なのか。それを自らに改めて問いかけ。そうして自然と出てくる答えは。
「―――お兄ちゃん!」
素振りを続けるキリトをリーファは呼ぶ。来てたのか、なんて驚くキリトは周りが見えなくなるほど集中していたようで、リーファはそれに思わず苦笑した。
それからリーファはゆっくりとキリトへと近づき、二刀流の練習用だろうか。地面に置かれていた剣を持ち上げ、笑顔でこう言った。
「私も、一緒に素振りしていい?」
今だってまだ、実戦は怖いし、どうしてそこまでしなきゃいけないのかとは思う。けれどキリト言っていたという求めるものがリーファにとってもどうしようもなく素敵で。そしてそんな未来のためにキリトが傷ついてしまうかもしれないのが怖くて。
ならばせめてもう少しだけ。そうしてリーファは覚悟は決められずも、もう少しだけ頑張ることを決めた
皆が皆、そう簡単に覚悟を決められるわけがないよね、というお話。
しかしリーファ……ブラコンが過ぎる……。
正直リーファちゃんというか直葉ちゃんってここまでブラコンでいいんだっけ?と思いつつキャラは濃い方がいいのでそのまま続行。
これで初期メンバー四人の覚悟は決まったので、徐々に一層攻略に動いていくぞ。