SAO:Hardmode   作:天澄

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#13.騎士団での日々Ⅲ -Case of Shinon-

 ―――構える。引く。放つ。

 

 チ、と舌打ち一つ。想定より数センチズレて当たった矢に、シノンは苛立ちを隠さない。

 ()()()()()()。それはもはやシノンにとっては当然のことだ。むしろ、動かぬ的に対し当たらないのであれば、シノンは容赦なく才能がないか努力不足だと吐き捨てただろう。

 しかし現状ではあくまで当たるだけ。狙った通りの軌道にはならない。それは技量不足などではなく、偏に身体の作りこみが甘いが故であった。

 狙い通りであれば確実に的の中心を射抜く。その確信がシノンにはあり、またそれは師匠に相当する人物に保証されていることでもあった。

 だからあとは弓を引いても一切のブレを起こさないだけの肉体を作り上げるだけ。ただただ純粋な努力が要求されるだけだった。

 

「……それだけの技量があって、未だ不満そうにする者など貴殿の他にそうはいないだろうな」

 

「思った通りになっていない以上、納得がいかないのは当然でしょう」

 

()()()()()()()()()()()()()、と言っているのだ」

 

 シノンの師匠にあたるデュソルバートが、呆れたような顔で的の方を指さす。それに釣られ、改めてシノンが的の方を見れば、そこには的の中心部かあるいはそこから数センチだけズレた位置に刺さる大量の矢があった。

 弓の修練に励むようになって約半年。それだけの期間で、ということを考えれば才能があるにしたって充分な結果。しかしそれでもなお、シノンは首を横に振る。

 

「足りないわよ、こんなんじゃ全然足りない。実戦で自分も相手も動くようになれば精度は落ちるし、それに全部思い通りの位置に矢が飛ばないようじゃまだまだだから」

 

「……我が騎士団でもそこまでできるものは居らぬ。我でさえも射った矢全てが思い通りになることはない。それが普通なのだ」

 

 そこで言葉を切ったデュソルバートは幾らか逡巡した様子を見せる。言うべきか言わざるべきか―――目を伏せ、悩んでいるのが見ただけで分かる様子のデュソルバートであったが、やがて意を決したのかシノンをしっかりと見据えて言葉を放つ。

 

「貴殿は些か……高みを見据え過ぎている節があるように見受けられる。一体貴殿のその眼の先には何が……否。誰がいるのだ?」

 

 デュソルバートの問いに、シノンは思わず溜息を吐く。それは面倒なことを聞かれた、というよりも傍から見てわかってしまうほどに焦っていた自分に対する呆れからくるものだった。

 何と答えるべきか、今度はシノンがしばしの間逡巡する。別に話せないような内容ではないが、他人が関わってくる話であるために流石に即断は下せない。それでも相手は自らの師匠だ。あまり隠し事をするのも気分がよくない―――シノンは素直に理由を話すことにする。

 

「……アナンド、っていたでしょう」

 

「ふむ、珍しくベルクーリがべた褒めしていた青年か。何やら随分な才があると」

 

「そうね、才能があるわ。そしてそれを活かすための努力もしている。私が目指すのは、彼よ」

 

 隣に並び立つため、最低限アナンドの動きについていくだけの実力がシノンには必要だった。だからシノンは一般的な基準においての実力者では満足ができなかった。

 再び弓に矢を番える。狙いを定める必要はない。構えた段階で、否、そも標的を見据えた段階でシノンには矢の軌道が見えている。故に、射れば当たるのは必然。

 

「しかし我が見た限りアナンドという青年も実力者ではあれど、飛び抜けて強いわけには見えなかったが……」

 

「ええ、そうね。確かに彼が()()使()()()()()()()()。普通に強いだけ」

 

 けれど、とシノンは現実世界での一幕を思い出す。彼が振るう刀の軌跡。脳裏に焼き付いて離れない美しきあの光景。

 自身が放ち、的へと突き刺さる一射など比にもならない。もっと圧倒的で、もっと美しい。求めるのはそんな一射。

 

「……けれど、彼が本気の時。刀を使った時。彼は言っていたわ、絶対に自分の攻撃は当たるし、相手の攻撃は当たらないと。そしてそれを私は事実だと思っている」

 

「彼の青年が本気を出せばそれだけの実力があると?」

 

「そうね、多分ベルクーリさんも、あなたも勝てないと思うわ。そしてその上で、まだ足りないって言ってたのよ」

 

「俄かには信じ難い……が、仮にそれが事実だとするならば、何故彼は槍を使っているのだ?」

 

 至極、当然の疑問ではある。もっと上手く扱える武器があるならそれを使った方がいい。それは誰だって思うことだろう。

 シノンは構えた弓を下ろしつつ溜息を吐く。思い出すのは、同じ疑問をシノンがアナンド本人へぶつけた時のこと。

 

「『折角の機会に同じもん使い続けてもつまらないだろ』って。あとは一度宣言した以上、それを貫いた方が格好いいだとか、ここぞって時に出した方が格好いいとも言ってたわね」

 

「それは……また随分と」

 

「はっきりと馬鹿だって言っていいと思うわよ」

 

 頭痛がするかのように頭を抱えるデュソルバートに、シノンは容赦なく自分が感じた所感を言う。実際、アナンドが言っていることは完全に舐めている、としか言えない内容だ。実際そこにあるのは格好つけだけだ。命がかかる状況下で格好つけを貫くなど馬鹿がすること。

 一応、曰く一層ではまだカタナもどきとしか言えないものしかなかったりする、というのもあるそうだが、主な理由は結局格好いいからに尽きるらしい。

 

「だけど……馬鹿だけど格好いいのよ。絶対にブレない、自分がしたいことを貫く。だからひたすらに格好いい。私はそんな姿に憧れたし……追いつきたいと思った」

 

「……なるほど、貴殿の内に彼の青年は随分と鮮烈に刻まれているらしい」

 

 呆れたように、デュソルバートは息を吐く。アナンドも、それを追いかけるシノンも馬鹿だと自覚はしている。自覚した上で止まる気のないことを理解したが故の、デュソルバートの溜息だった。

 しかしやはり、とデュソルバートはこのままではいけないと首を横に振る。

 

「貴殿は高みを見過ぎて、自身がどこにいるかを正しく把握できていない。いつか足元を掬われそうなのだ」

 

「それは……」

 

 言わんとすることは、シノンにも分かる。シノンだけに限らず、他のキリトやリーファといった騎士団に同時期に入団したメンバーは基本的に鍛錬ばかりの日々だった。加えて、妙な時期での入団だったために同期が他にいない。結果、実力を比べる相手がいないのが現状だった。

 指導も見込みがある、ということで部隊長であるデュソルバート直々だ。そういえばそもそも、休憩室や食事時ぐらいしか他の騎士団メンバーとろくに関わっていなかったことを、シノンはここで初めて自覚した。

 これは心配されて当然だ、とシノンは自らに対し思わず呆れる。今後は鍛錬に集中し過ぎずある程度他人とコミュニケーションを取る必要があるか、と思わず思案した。

 

「……というか、ひたすら鍛錬をやってた私が言うのもあれだけど、私に話しかけようとした人はいなかったの……?」

 

「貴殿は鍛錬中、気配が鋭く尖るからな……圧が強くて話しかけようにも話しかけられない者が多かったようだ……」

 

「そこまで……そこまでだったの私……」

 

 自覚していた以上の有様に、シノンは頭を抱える。どうにも騎士団のメンバーと話す際、どこか余所余所しいわけだった。これ、考えてた以上に改善に気を遣わないといけないな、とシノンが苦慮しているはぁ、と呆れの溜息を吐いたデュソルバートが一つの提案をしてくる。

 

「……一度、模擬戦をやってみるか。貴殿自身の実力を把握はすべきであるし、この騎士団では模擬戦はある種のコミュニケーションでもある。いい機会だろう」

 

「そう、ね……お願いするわ」

 

 シノンが提案を承諾したのを受けて、デュソルバートが模擬戦相手を探しに去っていく。その間、何をして待つかとシノンは考えて、やはり鍛錬に結論が行き着く。

 無論、デュソルバートに対して言ったことは全て本音だ。ただ、このアインクラッドにおいての生活で、シノンが出来る暇潰しが鍛錬しかない、というのも鍛錬ばかりしている密かな理由であった。

 なにせアインクラッドにはスマートフォンやゲーム機といった娯楽品がない。基本的にプレイヤー陣が生活しやすいようにか、建築様式や服飾に関しては妙な発達具合のある場合もあるアインクラッドではあったが、娯楽に関しては、残念ながらそうではない。

 一応、小説などならあるが、それにしたって訓練場に持ち込むようなものでもない。現在は更衣室の方に置いてあるため、デュソルバートを待つ間に取りに行けるわけでもなかった。

 すると必然、生活の大半を訓練場で過ごすシノンが時間を潰す手法として選ばれるのは鍛錬となってしまっていた。

 

 弓を持ち上げ、矢を番え、弦を引き、目標を見て―――放つ。

 

 その一射で脳内の理想の一射と、現状の肉体で放てる一射を擦り合わせる。故に続けて放つ二射目は的の中心を穿つ。

 下手に今の感覚を染み込ませれば肉体が出来上がってから、その肉体で放てる一射と誤差が出るために普段はやらないことであったが、模擬戦一回程度であれば癖として染み込むことはない。

 故に三射、四射と的の中心部からのズレを数ミリ単位まで落とした射撃を行っていると、つい先ほど聞こえたばかりの溜息が聞こえてきて、シノンは後ろを振り返る。

 

「貴殿は……いや、もはや何も言うまい……」

 

「あははは……」

 

 デュソルバートには呆れられ、そのデュソルバートが連れてきたらしい模擬戦相手は困ったように笑っている。

 これ、さては大分残念な女として見られてるな? とシノンは何となく理解しながらも、しかし事実であるとも理解しているために文句は言えない。いや、だって実際のところ寝て起きて、食事をしたらあとはひたすら鍛錬しているだけの女とか普通嫌だろう。少なくとも、シノンが男であったら異性とは見れないと思っていた。

 

「とりあえず彼が模擬戦の相手だ」

 

 そう言ってデュソルバートが紹介してくれた相手と、簡素な自己紹介と握手を交わす。一応、過去に食堂などで簡単なコミュニケーション程度ならとったことがある相手であったが、それはそれ。こちらの都合に付き合ってもらうのだから、とシノンは改めて丁寧に挨拶しておくことにした。

 それと同時、シノンは相手の体格と手持ちの武器からその戦闘スタイルをざっと確認する。全身鎧越しで些か分かり辛いが、体格はいい。けれど関節部から見え隠れする筋肉の付き方。そして盾と片手剣という組み合わせから受けて流し、そこからカウンターを叩き込むタイプだろう、と当たりを付ける。

 そもそも、SAOが現実準拠になった段階で基本的に受けて耐える、という戦闘スタイルは成立しなくなっている。人間同士ならともかく、獣などの一撃を人間の肉体で鎧越しでも耐えるのは難しいからだ。

 故に、盾と片手剣の組み合わせであれば十中八九、受けて流すことを主眼においている―――というのが、この騎士団での教えだ。

 

 騎士団とは組織だ。アリスがアナンドとの模擬戦で体現してみせたように、個人での戦いではなく組織での戦いになる。故にそこには体系化された戦いのノウハウが存在している。

 そしてそれを騎士団に入団した以上、シノンたちも座学や実践を通して叩き込まれている。相手を確認した段階で、その装備や立ち振る舞いから相手の戦い方を予測するための知識もそれに該当する。だから相手もまた、シノンの姿を確認した段階で戦闘スタイルの予測をしているだろう。

 

「今回は、どちらかが降参するか、あるいは我が勝敗がついたと判断するまで戦ってもらう。異論はないな?」

 

「大丈夫です」

 

「構わないわ」

 

 互いに距離をとって構える。相手は右手に剣、左手に盾。左半身を前とした、予想通りの防御の構え。ただしその重心は深く落とされていないために、シノンが弓を主武装としていることから間合いを詰めようとしていると予想できる。

 対しシノンは、弓を下に向け、矢を番えるのみ。シノンにとって矢は射れば当たるもの。ならばわざわざ構えて射線が読めるような状態にしておく必要はない。開始と同時に弦を引き矢を放つ、速射の構え。

 心に乱れはない。所詮模擬戦、緊張する要素はない。けれどやるならば勝つ―――何故なら、その方が格好いいから。強い意志を乗せたシノンの眼光が相手を射抜く。

 

「―――始めッ!!」

 

 朗々と告げられた合図と同時、シノンは矢を放った。




各キャラ毎に日常のバリエーション用意すんの面倒だな?
とはいえ後はシノンもう一話と、アナンド書いて一層攻略本格化ですよ。

そんなわけでランキングから消えてモチベがガタ落ちしてたわ、すまんな。
我はモチベのために感想と評価と支援絵が欲しいぞ!!

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