SAO:Hardmode   作:天澄

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#15.騎士団での日々Ⅴ -Case of Bercouli-

 突く。薙ぐ。手元で槍を一回し、柄で目の前の空間を叩く。

 槍における基本的な動作を幾度となく繰り返す。仮想の敵と打ち合うのでもなく、ただ淡々と動きを肉体に刷り込ませていくように。

 

 SAO内に囚われたことで、アナンドだけに限らず、全てのプレイヤー達の身体能力は一定値に統一された。アバターのデザインによって多少の差はあるようだが、それも些細なものだ。

 日頃から軽い運動しかしていない人間であれば強化、ある程度鍛えている人間からすれば弱体と言える身体能力の変化。それは茅場晶彦による、スタートラインの統一の一環であった。

 

 その結果としてアナンドは肉体の弱体化を受けている。本来であればあり得ない程の瞬間的、かつ大幅な肉体の弱体化。

 必然として、それに技術が追い付いていない。技術とは肉体の成長と共に磨いていくものだ。技術を磨こうとすれば、必然その技術に必要な肉体の部位は酷使され鍛えられていく。

 そのため妙な鍛え方をしない限り、技術は常に肉体に合わせたものになっているのが基本だ。そしてそこから更に己の肉体へ技術を最適化させていくのが修行というものである。

 

 だが今はその基本が成り立たない状態となっている。肉体が一気に弱体化したことで、鍛えられた肉体で振るうことが想定された技術では今のアナンドの弱体化した肉体に対応できないのだ。

 故に幾度となく基礎を繰り返し、技術の再調整を行う。過去の肉体に調整された技術を、今の肉体へと適応させる。

 

 頭の頂点から足の指先に至るまで、あらゆる箇所を意識的に動かし一撃一撃を放っていく。その一撃は遅く、傍から見るとただ手抜きの訓練をしてるように見えるかもしれない。

 しかしアナンドの身体には大量の汗が流れ、肉体にはかなりの疲労が溜まってきている。それも当然のこと、武器というものは威力を出すためにそれ相応の重さがある。そんなものをゆっくりと振るえば、それを支える肉体には負荷がかかる。水が大量に入ったバケツを持って、胸元から正面へと地面と平行にゆっくり動かすのは誰だって辛い。それと同じことだ。

 加えて、ただ動かすだけでなくそこに細かい肉体の制御があるのだ。普段生活するだけでは使わないような筋肉まで利用することもあり、その負荷はただ遠目から見るだけでは理解できないものがあった。

 

「……ふむ」

 

 とはいえ、この騎士団という場所にそれが理解できないものは少ない。強いて言うなら、入団直後の新人くらいのものだろうか。

 入団試験の時期は既に過ぎた後であるし、アナンドたち以降、特殊な事情で妙な時期に入団したものもいない。故に、座学や日々の訓練からアナンドの鍛錬の意味を理解できないものはいなかった。

 

 それ故、アナンドを見つめるベルクーリには、他の騎士団メンバーとの軋轢という心配はない。そもそも、騎士団ともあろうものが、私情で連携を乱すことに繋がるようなことをするなどないと、直接指導してきたベルクーリには確信があった。

 けれどベルクーリは思案する。見つめる先では、アナンドが一通り動きを確認し終えたのか、武器を下ろし一息ついている。

 そしてそこに駆け寄ってタオルを渡したり、意見を交換し始める他の騎士団メンバーを見て、ベルクーリはよし、と納得の声を漏らした。

 

「アナンド!」

 

 ベルクーリが声を張ってそう呼びかければ、アナンドが周囲の人間に申し訳なさそうに断ってからベルクーリの方へと歩いてくる。

 アナンドは基本的に礼儀正しく、鍛錬に真摯に取り組む。しかし遊ぶ時には全力でバカになることもできる人間で、関わっていて楽しく信頼できるタイプでもある。

 理想的過ぎて、逆に苦手とする者もいるだろうが、その数は少ない。それを理解しているからこそ、アナンドは立ち回りやすいように日頃からそういった振る舞いを心掛けているようだった。

 

「随分うちに馴染んだみたいだな?」

 

「ま、そういう風にやってますしね。……それを見抜いた上で乗っかってきてるやつもいるから、若干怖いんだが」

 

 顔を背けながら冷や汗を流すアナンドに、ベルクーリは思わずくつくつと笑う。そこには上司であるベルクーリに対して敬語を使いつつも、どこか素が出てきていることに対する若干の可笑しさもあった。

 

 騎士団の仕事は大雑把にまとめるのであれば治安維持になる。それは街に寄ってくる魔物を討伐するだけではなく、街中にいる犯罪者の取り締まりも含んでいた。

 そのため人の本性や嘘を見抜く技術、というのは必須となる。座学から実践まで、その訓練にもしっかりと時間が割り当てられている。騎士団でも上位の人間であれば、どこかある程度平和なところで育ったであろうアナンドの仮面を見抜ける人間は少なくなかった。

 

「そんな深く考えんなよ。そうやってお前の仮面を見抜ける人間なら間違いなく、お前の奥に悪意がないことは見抜いてるからよ」

 

「そこまで見抜かれてるってのが、どうにも居心地悪いんですがねぇ……」

 

 アナンドの物言いに、ベルクーリは肩を竦めることで応じる。誰だって心の奥を見抜かれているような気分は嫌だろう、という理解はあったが、同時に職業病のようなもの故に諦めてくれという意思による受け答えだった。

 どんな相手だろうと、治安維持のためになら疑ってかかる。その癖が騎士団の上位の人間であればあるほど染み込んでいた。

 

「さて、ちょいと提案なんだがな」

 

「何ですかね」

 

 ベルクーリの言葉に、アナンドが小首をかしげて応じる。なんとも気の抜けた対応だが、元々騎士団自体がそこまで常日頃からきっちりとした組織ではない。無論、有事にはしっかりと統制されている組織だが、平時であればそれなりに気の抜けた、オンオフがはっきりしているのがこの騎士団だった。

 

 とりあえず、ということでベルクーリはアナンドを連れて訓練場を出る。それはこれから指示するのは頼みではなく騎士団の仕事としての命令であり、決定事項なのだから移動しながら話した方が早い、という判断だった。

 

 騎士団の訓練場は、金属の打ち合う音や団員の掛け声などが周囲に響く、ということもあって周囲に住宅は少ない。緊急時、街のどこにでも行けるようにと中心部にこそあれど、人気という観点で言えば閑散としている方だった。それでも、中心部ということで知覚には主要な施設も多く、少し歩くだけで商店街へと辿り着くのだが。

 

「それで?商店街に連れてきたのはどんな意図があるんスかね」

 

「何、お前に関しちゃ実力も十分だしな。座学も最低ラインは超えて、それなりの量を叩き込めた。いい加減、仕事をさせるべきだと思ってな」

 

 軽く笑みを浮かべながらアナンドの肩を叩いたベルクーリは、そのまま商店街の人混みの中へと紛れていく。歩法、人々の視線、体の揺らぎ――多くのものを利用して、ベルクーリは気配を人混みにへと溶かし込んでいく。

 ベルクーリはそれなりに目立つ見た目をしている。鍛え込んだ肉体に、精悍な顔立ち。人々に覚えられるのには十分な見た目であり、事実ベルクーリは騎士団の主要人物として街の人々にその姿を覚えられていた。

 そんなベルクーリが、誰にも認識されず商店街を闊歩する。異常な光景であるはずのそれが、気配が薄れたためにアナンドには当然の光景であるように見えていた。

 

「……っと、こいつだな」

 

 アナンドにすら若干認識が曖昧になってきた頃。ベルクーリが一人の男の手を捻り上げたことで、周囲の人々が驚きと共にベルクーリの存在を知覚する。

 そうして何事か、と一瞬慌てたような仕草を見せた後、誰もがなんだ騎士団か、と口々に呟いて日常へと戻っていく。それにこれが騎士団の存在するこの街では当然の光景なのか、とアナンドは驚きつつベルクーリへと駆け寄る。

 

「いいか、俺たちの治安維持にはパトロールの仕事もある。そしてそのパトロールには二種類あるんだわ」

 

 はぁ、という気の抜けたアナンドの返事を確認したベルクーリは、手を捻り上げていた男の腕に木製の手錠をかける。男は特に抵抗する様子もなく、ばつの悪そうな顔をしているだけであり、拘束するのはそう難しいことではなかった。

 しっかりと暴れないように手錠がかけられていることを確認しつつ、ベルクーリは一つは、とアナンドに自分たちの仕事を解説していく。

 

「一般的にパトロールって思われているもの。分かりやすく騎士団の人間がうろつき、犯罪者たちに存在を知らしめることでそもそも犯罪を抑制するパトロール」

 

 おもむろにベルクーリは男のポケットへと手を突っ込む。そしてそこから取り出された手には、この世界の通貨であるコルが握られていた。

 ベルクーリが一番近くの果物屋に売り上げを数えさせれば、果物屋が計算が合わないと首を傾げ始める。そしてそれは、ベルクーリが握っていたコルと合わせるとちょうど帳尻が合う額だった。

 

「んで、もう一つが今回のような犯罪者を捕まえるためのパトロール」

 

 コルを果物屋へと渡し、お礼としてリンゴ二つをベルクーリは受け取る。そのうち片方をアナンドへ投げ渡しつつ、ベルクーリは自分の手元に残った方のリンゴへと齧りついた。

 美味いな、と呟いたベルクーリはコルを盗み出したらしい男を連れて騎士団本拠地、そこにある留置場に向かって歩き出す。今回ベルクーリの仕事は犯罪者を捕まえることであり、事情聴取などは担当ではない。故に、その部署へと引き渡すために移動していく。

 

「気配を消して、人々に混じって。バレないように犯罪者を現行犯で捕まえる。そういうパトロールが、今日お前にやってもらうもんだ」

 

 留置場に着いたら、手続きを済ませて事情聴取担当へと引き継ぐ。リンゴを齧りつつアナンドへ説明しながらというベルクーリの態度に、事情聴取担当は呆れつつもいつものことだからと大きなため息を吐いただけで手早く作業を終わらせてくれる。

 

「基本は座学で叩き込んだ通りだ。できるな?」

 

「ま、やってみますよ」

 

 ベルクーリの問いに肯定で返したアナンドを連れて、再びベルクーリは商店街へと訪れる。そして先ほどのベルクーリのように、人混みへと紛れていくアナンドを見送る。

 

「悪くはない。ない、が……」

 

 落第だな、とベルクーリは自らの気配も周囲へと溶かしながら心の中で評価を下す。

 アナンドのそれは、確かに周囲に紛れることはできていた。事実周囲の人間はアナンドを特に気にした様子はない。長身でそれなりに筋肉質、そして整った顔立ちと周囲の目を引くのに十分な要素が揃いながらも誰も目を向けないその光景は、ベルクーリにも異様に見えた。

 それでもベルクーリは落第点をアナンドに与えていた。確かに、一般の人間の目は誤魔化せているかもしれない。しかし、犯罪者相手となれば別だ。

 

「そら、逃げたぞ」

 

 一人、アナンドに若干の違和感を覚えたのか、そそくさと目立たない程度の速さでその場を離れていく。その男の姿を記憶したベルクーリは、別口で男を捕まえる算段を立てつつ、アナンドの様子を分析する。

 

 ――まだまだ、溶かし方が甘い。

 

 紛れ込み切れてないのだ、とベルクーリは溜息を吐く。一般の人間相手であれば十分なレベルで気配を周囲に溶け込ますことができている。しかし犯罪者は警戒心から、周囲をよく観察している。そのため、一般人よりも違和感に敏感なのだ。

 中途半端に民衆に紛れれば、犯罪者たちはどこか違和感を感じとる。そしてその違和感を感じ取れるような犯罪者たちは、少しでも違和感を感じてしまえばその警戒心から即座に撤退の判断を下す。

 その判断は実に早く、今回のようにアナンドが気づかないうちに離脱してしまうのだった。故に落第点。こりゃ一緒に行動することもできないな、とベルクーリは呆れる。

 

 この技術の厄介なところはこうして実地で試さなければ、どこまでの精度かわからないことだ。騎士団内では、団員の元々の気配が強すぎるために、最初から紛れる必要が存在しない。故に溶かし込む、というのが微妙に練習しづらいのだ。

 戦闘力も大事だが、騎士団に所属する以上はこういったパトロールなどのための技量も必要になる。これは一旦アナンドを連れて帰り、みっちり扱いてやらなければならないな、とベルクーリは頭を掻いた。




アナンドくんは高スぺ描写多かったけど、何でも完璧にこなせるわけじゃないやで、という趣旨のお話。
予定ではもう一話挟んで、一層攻略本格スタートかなぁという感じ。

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