SAO:Hardmode   作:天澄

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#2.SAOという世界Ⅱ

 ―――桐ヶ谷和人、アバターネーム《Kirito(キリト)》にとって、この世界は初めての場所ではない。

 

 目の前に広がるヨーロッパ風の街並みも、そこを行き交う人々も、現実では中々お目にかかれない光景でありながら、キリトにとってはもはや馴染み深い光景と言えた。

 それでも、この胸の高鳴りが消えることはない―――仮想空間故、偽りであるはずの、けれどそれでも美しく感じる人の営みを眺めながら、キリトはそう独り言ちる。

 

「―――なぁに黄昏れてるの!」

 

「おわっ、っとと」

 

 キリトが一人、感慨深いものを感じている中、突然背中を叩かれ、慌てて体勢を整える。幸い、今の一撃はさほど威力は高くなく、簡単に持ち直しながらそういえば今回は一人ではないのだった、今更ながらに思い出す。

 

「……あのなぁ、す……じゃなかった。リーファ、いきなり叩くなっての」

 

「ぼーっとしてるお兄ちゃんが悪い!」

 

「お前、オンゲでお兄ちゃんは……いや、まぁいいか」

 

 別に本名を呼ばれるわけではないし、とキリトは文句を言うのをやめる。そこには同時に、妹とこうして一緒に遊べるという事実に対する喜びもあったからだ。

 キリトのリアルの家族については、色々ある。大元はキリトが桐ヶ谷家と血縁でないことにあるのだが……だがそれも、高校生にもなって何時までも気にしているわけにはいかないことである。

 桐ヶ谷夫妻から不当な扱いを受けたわけではなく、むしろそれなりに愛を注いでもらっている自覚もあるキリトは、中学生時代はともかく、高校生になってからは素直に家族として接するようにしていた。

 そして今回のこれも、その一環。どこかぎこちなさの生まれてしまった兄妹関係を、再び無邪気だった幼い頃のようにということで、二人でこのSAOを遊ぶことにしたのだった。

 

 妹の直葉―――《Leafa(リーファ)》の分のSAOを用意できるかどうかは賭けであったが、キリトとリーファ、どちらの運が強かったのか。あるいは両方の運が合わさったのか、初回ロット一万本でありながら何とかこうして、無事に二人でSAOにログインできている。

 その事実がキリトには無性に嬉しく、βプレイに参加した身でありながら、SAOの世界を新鮮な気持ちで味わえる一因となっていた。

 

「それにしても、リーファは随分と見た目を変えたな」

 

 リーファの全身を見ながら、キリトはポツリと呟く。

 身に纏う衣服は、全プレイヤー共通の初期装備で些か味気ない。しかし陽の光を反射する、ポニーテールにまとめられた金糸のような髪。観察するキリトを見つめ返してくる、鮮緑の大きな瞳。

 元々、妹でありながら可愛いとは常々思っていたキリトだったが、SAOのアバターではイメージがガラリと変わって、美しい少女になっている、と内心だけで思う。

 

 そんなキリトの思考を知ってか知らずか。リーファは見せつけるようにして、その長い金髪をたなびかせながらその場で一回りしてみせる。

 その動作によって、周囲の男連中の注目を集めていることに気づかないのだから、この妹は心配になる、とキリトは思わず苦笑した。

 

「折角いつもとは違う自分になれるんだから、普段できない格好にしなくちゃ勿体ないでしょ?」

 

 それは一理ある、とキリトはリーファの言葉に頷いて返す。ここは現実世界とは別の、もう一つの世界なのだから、普段できないことにチャレンジするというのは、キリトも大いに同意できることだった。

 

「そ、れ、にー……。お兄ちゃんも、歳の割に低い身長と、童顔っていうコンプレックスを変えてるんだから、文句は言わせないよー」

 

「おまっ、それは……!」

 

 否定できない事実に、キリトは閉口せざるを得ない。実際、リアルよりも背を高くし、目を小さく、切れ長のものに変えている。β時代はリアルでの知り合いがSAO内にいなかったため気にしていなかったが、こうしてリーファに言われて初めて、リアルと比べられると結構恥ずかしいということをキリトは知ったのだった。

 

「―――だぁー! くそ! とっととSAO進めるぞ!」

 

「あ! 待ってよお兄ちゃん! チュートリアルっぽいのとかどうするの!?」

 

「βテスターだった俺にそんなのは要らないよ! ほらついてこい!」

 

 いい反論が思い浮かばなかったキリトは、勢いだけでそのまま、街の外へと向かって走り出す。慌てて追いかけてくるリーファから放たれた愚問に、βテスターがいるのだから、と呆れながら大声で返した。

 ちょっと強く言い過ぎたかな、と思いつつ、キリトは街中を駆ける。後でリーファには、リアルで……はSAOを買ったばかりでお財布の中身が怪しいので、SAO内で何かを奢ってやろうと決める。

 だがそれも後で、だ。今はただ、早く街から出てフィールドに出たい。

 

 口元が弧を描くのを自覚する。足が軽く、どこまでも走っていけるような気分になる。

 リアルではキリトは、インドア派であるためこうも軽やかには走れない。だけどこの世界でなら、ステータスさえ振っていれば簡単に成長できるここでならば、どこへだって行ける。何であっても目指せる。

 心の命じる衝動のまま、キリトは街の外へと踏み出した。

 

 

 

 

 大きく広がる穏やかな草原。宙に浮かぶ不思議な小島。

 見渡す限り緑の大地で、キリトは敵と相対する。目の前で気炎を吐くのは青黒い体表を持つ、豚、あるいは猪と呼べる生物。

 赤い瞳は真っ直ぐとキリトを捉え、次の瞬間には地を蹴って突進してくる。その動きをキリトはしっかりと見極めて、大きく余裕を持って横にズレることで回避する。

 そして振り返り、再度猪―――エネミー名《Frenzy Boar(フレンジーボア)》と相対する。

 

 キリトはβテストで既に、このエネミーとは戦ったことがある。どころか、通常ポップする雑魚敵であるために何度も狩っていた。

 しかしだからこそ、β時代と違う動きをされたらダメージを負ってしまうかもしれない。少なくとも、初期レベルである現状では、キリトは無茶をする気にはなれなかった。

 

 再び、突っ込んできたフレンジーボアを、反撃のことは考えずに一定の距離を保って回避する。そのまま通り過ぎていったフレンジーボアに、目立った動きはない。

 

 ―――そろそろ、いいかな。

 

 キリトは内心でそう呟くと同時、左の足元にあった手頃な石を踏んで、弾くことで宙へと放る。続いてそれを右足で蹴飛ばし、石がフレンジーボアへと当たった。

 何のスキルの補正もないため、ドット単位でしか削られぬフレンジーボアのHP。だがそれでいい、そこに目的はないとキリトは笑みを浮かべる。

 石を当てられ怒ったフレンジーボアが、()()()()()()()()()()()()()()()()()キリトへ向かって再度突進を敢行してくる。

 その予定通りの行動に、キリトはタイミングを合わせて跳躍。空中で右手に握る片手剣を後ろへ引き絞る。その瞬間、片手剣から発せられる燐光。

 それはSAO最大のシステム、ソードスキルが発動準備に入ったという証左であり、事実フレンジーボアがキリトの真下を通ったその時。システムの補助を受け、右から左へと水平に剣閃が奔る。

 

 プギィ、とフレンジーボアが情けない悲鳴を上げる。それを聞きながら、キリトはソードスキルを当てた反動を利用して滞空。その時間を利用し、ソードスキルを放ったことによる技後硬直をフレンジーボアの攻撃が届かない空中でやり過ごし、自由に動ける状態で地上へと戻る。

 反撃を喰らい、怒り狂った様子のフレンジーボアを見れば、残りHPが一割もないことが確認できる。故に、怒りのままに突進してきたフレンジーボアを、横に一回りすることで回避しつつ、同時に斬撃。フレンジーボアのHPをゼロにする。

 電子の欠片となり散っていくフレンジーボアを一瞥し、視界に映るログをチェック。しっかりと経験値とドロップ品が入っていることを確認して、キリトは正式サービス開始後初の戦闘を、危なげなく終えた。

 

「わー……凄いね。リアルのお兄ちゃんからは考えられない動きだった」

 

「うっさいよ。褒めるならちゃんと褒めてくれ……」

 

 ごめんごめん、と手を合わせて謝ってくるリーファの頭を、キリトは呆れの溜息を吐きながら小突く。今の立ち回り、それなりの練習の上に成り立っているのだから、純粋に褒めてもらいたいところだった、とキリトは少しだけ嘆いた。

 ただまぁ、それはそれとして、今のでβ時代から腕はそこまで落ちていないことが確認できた。期間が空いたため、全く落ちていないわけではないが、しばらくやっていれば取り戻せる程度ではあるように思う。

 

「―――――い―――」

 

「……ん?」

 

 リーファに基礎を教えている間に調整すればいいだろう、と思っていると、どこからか声が聞こえてきたような気がしてキリトは思わず首を傾げる。

 空耳か、とリーファにも何か聞こえなかったか問えば、返ってきたのは聞こえた気がする、との答え。

 声をかけられるほど、β時代に人と親しくなった記憶はないのだが―――そんな風に思っていると、遠くから徐々に、声をかけてきたであろう人物が見えてくる。

 

「―――おーい! そこのお二人さーん!!」

 

「……あれ、多分俺たちだよな?」

 

「周りに他に人いないしそうじゃない?お兄ちゃんのβテストの時の知り合いとかじゃないの?」

 

 リーファの問いに首を横に振ることでキリトは答える。仮にβテスト時とアバターの容姿を変えていたとしても、わざわざ走り寄りながら声をかけてくるほどの知り合いは、やはりいた記憶がない。キリトとβテストでそこそこ親交があった人物は、こんな風に駆け寄ってはこない性格だ。突然後ろに湧いて出た方がよっぽどそれらしい。

 だから、少なくとも今こちらに駆け寄ってくる、赤髪の青年はキリトが知らない、あるいは親交が薄い人物となる。

 

「……はっ……はぁ……すまん、こっちから声かけといてあれだけど、息整うまで待って……」

 

 初期ステータスでは、街の外でそれなりの距離を走ってしまうと現実同様に息切れをおこしてしまう。おそらく隠しステータスとしてスタミナがあるのだろうが、なんてβ時代には言われていたが、終ぞその存在の確証と、どのステータスからスタミナ値が算出されているのかは分からなかった。

 そのため、ゲーム内とはいえ目の前の青年が息が整うまで待って欲しい、というのは充分キリトには理解できる話だ。何せβ時代、初期レベルの時にキリト自身も調子に乗って動き過ぎて息切れをおこし、雑魚モンスターにいい様にあしらわれた経験があるからだ。

 

 キリトたちはしばし、青年の様子を観察しながら待つ。肩口まで伸ばされた少し薄めの明るい紅の髪に、真紅のバンダナ。切れ長の目に顎には無精ひげ。所謂二枚目、と言われるような外見の青年だと、キリトは思う。同時に、それを言ったら自分のアバターもか、と自嘲もした。

 

「……っと、悪い、待たせた」

 

「別に、構わないよ。ゲームなのにそうやって体力が尽きれば息が切れるのは凄いよな」

 

「ほんとになー。俺ぁ正直現実と変わらないように思うぜ。……ああ、とりあえず、俺はKlein(クライン)だ。よろしく」

 

 言葉と共に差し出された右手を握り返しつつ、キリトも自らの名前を告げ、それにリーファも続く。そんなクラインの姿に、害意は無さそうだ、と判断を下す。

 所詮ネットゲーム。こちらが情報を漏らさなければリアルで害は出ないだろうが……今回に限っては、リーファ、妹がいる、とキリトはチラリとリーファを見る。リーファは、SAOでは少し珍しい女性ユーザーだ。自身の魅力に対し無自覚なところがあるし、自分が男どもから守ってやらなければならない、とキリトは思っている。だから寄ってくる男どもは必ず一度、しっかりと見極めようとも決めている。

 その点、このクラインという男に関しては、リーファに見惚れる仕草こそあったが、下卑た下心のようなものは感じられない。見惚れていたのに関しては、リーファが美人なのは男として同意できるところであるから、キリトは目を瞑ることにした。

 

「それで、何で声をかけてきたんだ?」

 

「ああ、そうそう! いや、遠くから見てたんだけどよ、あんたさっき随分派手な動きをしてただろ?だからもしかしてβテスターなんじゃないか、と思ってな」

 

「βに参加してたのは俺だけだよ。リーファは違う」

 

「あたしは今日が初めてなんだ」

 

「いやいや、一人でもβテストを経験してる人がいるならありがたい!」

 

 そう言ったクラインは、パンッ、と大きな音を立てて両手を合わせ、キリトに対して頭を下げてくる。

 

「頼む! 俺に戦い方を教えてくれ! どーにもここら辺の猪すら苦労して……。俺もあんたみたいに格好良く戦えるようになりたいんだ!」

 

 その切実な声に、キリトは思わず苦笑する。何せキリトも男の子。格好良く戦いたい、というのはよくわかる話であったし、実際さっきの動きは妹の前で格好付けたかったところもあるのだから。

 気持ちはよくわかる―――ならば、同じ男として、断る理由はない。ここまで話した感覚で嫌いな人間というわけでもない。むしろ己に正直で好ましいぐらいである、とクラインについて、キリトはそんな風に思っていた。

 

「そういうことなら、元々リーファにも教える予定だったし構わないよ。まぁさっきのは所謂魅せプレイで、すぐには教えられないけどな」

 

「戦い方を教えてもらえるだけでも充分ありがたいさ。リーファちゃんも、初心者同士一緒に頑張ろうな」

 

「うん、クラインさんよろしくね」

 

 正直、手早くレベリングして攻略に勤しみたい思いはある。けれど、こうして初心者にレクチャーする、というのもネットゲームの醍醐味だろう、とキリトは二人の教導に励むのだった。




リーファちゃん登場。遠慮なくALO、GGO関連も出してくよ。

とりあえずはこんな風に各話毎に視点を点々としながら進めていこうかな、って考えてる。
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