「Well……excuse me―――」
「はい? どうしました?」
「―――ああ、うん、そうか、そうだったな……」
見た目からつい、とアナンドは後頭部を掻く。アナンドの目の前には、件の金髪の騎士然とした少女がいる。その姿はやはり、アナンドからすると欧州圏の人間に見え、ついつい英語を使いそうになってしまうのだった。
存外、というかやはりというか。どうやら自分も平静とは程遠いらしい、とアナンドは自嘲する。表面上こそ冷静に見えるよう努めているが、その内心ではアナンドも緊張はしているのだ。
もちろんそれは、見知らぬ人間に話しかけることに―――ではない。アナンドほどの歳になれば、見知らぬ他人と話すことなど何度となく経験している。今更その程度で緊張などしない。
では何にアナンドは緊張しているのか。それは偏に、自分の行動が他三人の少年少女に多大な影響を与えることを自覚しているからだ。
結局、黒髪の青年―――キリトのその姿はあくまでアバターであり、与えられた鏡により元の姿に戻ったキリトはシノンと歳もさほど変わらないような少年だった。そんなキリト含めた三人が、アナンドの行動如何で死ぬ可能性すらある。
一番の年上が動揺や不安を表に出せば、それが年下に伝播し状況が悪化するのは目に見えていた。故にアナンドは不安を精神力で押さえ込み虚勢を張ることでキリトたちに安堵感を与えようとしていたが、それでも完璧に、とだけはいかなかった。
「あー、とりあえずお嬢さんは騎士サマ、という認識でOK?」
「間違ってはいませんが……」
「そいつぁよかった」
そもそもそこが違えばアナンドの計画は全て無に帰す。思わず大袈裟に安堵の溜息を吐いてしまいながら、更に必要条件を満たしているかを確認するためアナンドは質問を重ねていく。
「だったら、君が所属する騎士団みたいな、この街を警備する組織みたいなのもあるかい?」
「それでしたら、まさに騎士団が存在しますよ」
「BINGO! そういうことなら少し話があるんだ、時間は取れるか?」
アナンドが思わず指を鳴らしながらそう問いかければ、アナンドのリアクションに驚きながらも少女はしばし考え込んでみせたあと、頷きを返してくる。
それにアナンドは礼を告げ、一先ず簡単に自己紹介を済ませることにする。名前と共に右手を差し出せば、彼女もまた黄金の籠手を外して対応してくれた。
「―――アリス・ツーベルクです。先程話した通り、騎士団の一員をやっています」
「よろしく頼むぜ、ツーベルクさん」
「アリスで結構ですよ。ツーベルクでは些か堅苦しいでしょう?」
そういうことなら、とアナンドは彼女のことをアリスと呼ぶことを決める。そうして最低限のコミュニケーションの準備を済ませた二人は何にせよこの場所は話し合いに向いている場所ではない、とアリス先導のもと場所を変えることにする。
その際に、アリスは先程街の外で救った男性と、アナンドはキリトたちと一時的に別れを告げ、アリスとアナンドの二人きりでの行動に移る。アリスと二人でその場を去る際に、βテスターだったらしい男性にやけにアナンドは睨まれたが、必要経費としてアナンドは諦めることにした。
「……よかったのですか、ご友人を置いてきてしまって?」
「まぁ、あんまり大人数で話すのも面倒だろ? 落ち着いて話すなら、少人数の方がいいってもんさ」
加えて、別行動にした理由は他にもある。現状、βテスターの男が街の外でフレンジーボアに追い込まれていたことで迂闊にも街の外へ単独で出る者は減ったが、それでもその現場を見ていない人間や、自分なら大丈夫という根拠のない自信に突き動かされる人間もいる。
アインクラッドを百層まで攻略するにあたって、その戦力の総数が減ってしまうのは好ましくない。故に、アナンドはまず自分たちの今後の生活の糧の確保。キリトたちは他のプレイヤーたちの説得という形で役割分担することにしたのだった。
「とりあえずは喫茶店か何か、そういう場所に案内してもらえるか?話し合いをするなら何か喉を潤すものがあった方がいい」
「そういうことでしたら一軒、近場にいいところがあります。そちらに参りましょうか」
アリスからの問いにオーケー、と端的に返し進路を変えたアリスに変わらずアナンドはついて行く。アナンドもこの街の構造をゲームとしてのこの世界での活動で簡単には把握していたが、ゲームのようにマップがあるわけではない状況。加えて、ゲーム開始初期では利用する理由のない喫茶店の場所など把握していなかった。
しかしだからと言って、大人しくついて行くだけなのも時間が惜しいところ、とアナンドは考える。現状だと打つ手は多ければ多いほどいい。何事も効率的に行いたいところ、と思い、移動中から話を始めておこうと口を開こうとして。それより先にアリスより言葉が発せられる。
「……疑問なのですが、先程街の外にいた男性然り、あなたやそのご友人然り。見覚えがないのですがどこか別の街からいらっしゃったのですか?」
出鼻をくじかれる形で言われた言葉ではあったがしかし、その内容自体はアナンドからすれば目的の話題に繋げられるため、悪い内容ではないと気を取り直す。とはいえさて、どう話を繋げていくかと思案しながら人気が少な目の、街の奥まった方へ向けて路地を曲がる。
「私は職業柄、ある程度街の皆さんを把握していますが、どうにもあなた方には見覚えがなく……」
「まぁ当然だな。実際、俺らはこの街の住人じゃあない」
「やはりそうでしたか……」
そうやって言葉を交わしながらもアリスはどんどん道を進んでいく。進めば進むほど徐々に、徐々に人気は減っていき、目立った建物も減って塀ばかりの風景にあたりの様子は変わってきていた。
「……なぁ、本当にこっちの方に喫茶店なんてあるのか? どう見ても人っ子一人いなさそうな場所なんだが」
「大丈夫ですよ、元々人気がない方に向かっていますから」
「は―――」
―――刹那、金色が閃く。
寸でのところで仰け反り、何とかアナンドはその一閃を躱すが、体勢を崩し後ろへと倒れ込んでしまう。地面に尻をぶつけた痛みに思わず顔を顰めながら、慌ててアリスの方を見ればそこには鞘に収めたままとはいえ、自らの騎士剣を振り切った姿勢のアリスがそこにはいた。
「……躱しましたか。できれば今の一撃で昏倒させておきたかったところですが、仕方ありませんね」
そのまま、アリスは剣を下ろすことなく構えを取る。いくら鞘に収められているとはいえ、先程の勢いの剣をくらえば怪我は免れられない。先程の発言的に、アナンドのことを気絶させるのが目的であることが推測できるのでそれだけの勢いで剣を振るうのは理解できるのだが、剣を振られた側であるアナンドからすれば堪ったものではない。
アナンドは慌てて右手を前に突き出し、情けなくも後ろへと後ずさりながらアリスへと静止の声を投げかける。
「ま、待て待て! 何で急に襲われなくちゃならないんだ! 別に俺は悪いことは考えてない―――」
「安い芝居は結構。そちらが誘い込まれていることを理解した上で付いて来てたのは既に理解しています」
「……おーっと、マジかよ」
アリスの言葉に、アナンドは慌てている演技をやめ、苦笑しながら肩を竦める。それから、アリスが構えているのも気にせずズボンに付いた砂を払いながら呑気に立ち上がった。
それに対し、アリスは仕掛けることもなく、ただ構えるだけに留める。それは自身の方が有利な状況故か、それともアナンドのことを警戒してか。
「いやぁ、オニーサン的には結構上手く演技してたつもりなんだけどなぁ。どーしてバレちゃったかね」
「演技に関しては極自然でしたよ。ただその染み付いた体捌きまでは誤魔化せない。ある程度の実力者であればわかることです」
その答えに、あーやだやだ、これだから武人は、とアナンドは首を横に振ってみせる。それから、それを言ったら自分もだけどな、と自虐を挟みつつゆっくりと歩いて路地の塀へとその背を預けた。
「まー、一応最初に言っておくと、悪いことは考えてないってのは本当だぜ?」
「……こちらを騙そうとした男の言葉を信じろと?」
「疑うのも分かるが、これに関しちゃ本当だよ。ただただ単純に、騎士というあんたの立場的に、善良な市民として関わった方がいいと思っただけだ。ま、結果は逆効果だったがね」
くつくつと笑うアナンドに、アリスが思わず顔を顰める。まぁ人が真面目に話しているのに笑われたら苛つくだろうと、アリスの様子にアナンドは理解を示す。とはいえそれを謝るつもりは毛頭ないようだったが。
「悪いけど、こっちとしてもあんまり手段を選んでられる状況じゃないんだわ。どうしても頼みを聞いてもらう必要があったからな」
「生憎ですが、悪に加担する気はありません」
「だぁから別に悪いことは考えてないって言ってるでしょうが。信じるかどうかはともかくとして、一先ず話だけでも聞いてくれよ」
それを聞いたアリスが剣を下げるのを見て、アナンドは思わず安堵の溜息を吐く。それに関しては演技などではなく、心の底からのものであった。
―――実際のところ、アナンドにそこまでの余裕はない。
そもそも別に騙す気はなかったのだ。下手に実力者であることを伝えて相手方に警戒されても面倒だから、と黙っていたら隠されたと思われて、結果として結局警戒心を抱かれてしまった。
そして一度抱かれてしまった警戒を解くというのは難しい、というのをアナンドは知っている。予想外の事態にどうしようか悩んだアナンドだったが、そこでならば、とアナンドはその警戒心を利用することにした。
「まぁ察してると思うが、あんたが助けた男と、あとは俺が一緒にいた連中な。あれ、ちょっと訳ありでな」
そこからアナンドは自分たちが置かれた状況をアリスへと説明していく。とはいえ、ゲーム云々など言われても理解できないだろう、とそこら辺はボカシてのものだったが。
現実世界ではなく、あくまで別の遠い土地。アナンドはうっすらと覚えていたアインクラッドの設定から、遠い昔にアインクラッドが元々存在していた地上に住んでいた民、ということにして魔法か何か、原因は不明だが突然連れてこられたのだ、と説明した。
「地上……。昔話に出てきてはいたけれど……俄には信じ難い話ですね」
「まぁ信じなくてもいい。突拍子もない話だしな。ただ現状、俺達は住む家もなく、金も共通かもわからない状況なわけだ」
そこで、とアナンドは宙で揺らしていた右人差し指をアリスへと向ける。ここで説得を間違えれば、アナンドたちは住む家どころか食事すらままならなくなる。故にそれ相応の緊張感があったが、それをアナンドは精神力で噛み潰し、表向きは不敵な笑みを浮かべて言葉を発する。
「俺達を騎士団に入団させて欲しい」
「……は?」
「ああ、もちろん、全員ってのは無理っていうのは分かるぜ。なんせ人数が多すぎる。だから俺と、その仲間たちだけだ。できれば、他の連中に仕事の斡旋をしてもらえたら助かるけどな」
呆けるアリスを無視してアナンドは要求を押し付けていく。アリスが頭の中で処理し切る前に、通せるだけ要求を通してしまおうという魂胆だった。
正直、アナンドとしては自分たちだけでも衣食住を確保できればいいのだが、それではアインクラッドの攻略に問題が生じてくる可能性が高い。他のプレイヤーたちへのフォローも仕方なしに要望に込めていた。
「一体、何を企んでいるのですか」
「企んではいても、悪いことじゃねぇって。こっちは衣食住を確保できて、身の潔白を証明できる機会を得られる。あんたらは騎士団として怪しい連中の一部を手元で監視できる。そこまで悪い話ではないと思うぜ?」
まぁ強いて言うなら、騎士団側の利益が少ないということか、とアナンドは内心でだけ付け足す。手元で監視できると言えばプラスのようにも思えるが、敵かもしれない人間を懐に招き入れるのだ。加えてアナンドたちには給料を払う必要まで出てきて、経費も関わってくる。常であれば断られてもおかしくない要求だった。
だからこそ、アナンドはアリスの警戒心を煽れるだけ煽ったのだ。自分たちでしっかりと監視しなければ危ないのではないか。そう強く思わせておくことで、この要求を飲ませやすくするのがアナンドの目的だった。
「で、どうだい? 結論は?」
「……私だけでは、判断しきれません。上司の方に掛け合ってみないと」
「オーケー、じゃあその上司ってやつのところに案内してくれよ」
「……わかりました」
まぁ妥当なところか、とアナンドは多少の落胆はありつつも納得する。理想形としてはアリスから了承の言質を取ることであったが、拘束された状態ではなくあくまで対等な立場で騎士団の責任者と対話できるなら上等な部類である、とアナンドは考えていた。あとはその上司とやらを納得させられるかどうかだけが問題点だった。
ようやく剣を収めたアリスがアナンドを案内するため歩き出す。それをアナンドは緊張感を誤魔化すため、口元に笑みを浮かべながら追いかけた。
書いてたら主人公が割りと悪者感強めになった……。
まぁこんな主人公もいいよね!