「ん? 別にいいんじゃないか?」
「……え」
騎士団の本拠地だという場所に案内され、アリスが上司だという人物に一連の流れを説明した上での上司の発言がそれであった。その言葉にアリスと共に呆けることしかアナンドはできなかった。
後ろでは途中で合流したキリトたちが状況についていけずに困っているが、残念ながらアナンドにはそちらに対応する余裕がない。
ここに来るまで、アナンドは何とか表面上飄々とした人間であるように取り繕いながら、脳内では上司を如何にして説得するかを必死で考えていたのだ。それが実際その上司に会ってみればこうもあっさりとした言葉が返ってきてしまって、考えていた物が全て意味を失ったのだ。余裕を失い呆けてしまうのも仕方のないことと言えた。
「ま、待ってください小父様! いくらなんでもそんなあっさりとマズいでしょう!?」
呆けた状態から先に復帰したのはアリスの方であった。あまりにも簡単に承諾してみせた無精髭を生やした男に、掴みかかるようにしてアリスが問いかける。
その剣幕に釣られ、アナンドの意識も復帰を果たすが、一先ずは黙り成り行きを見守ることにする。本来であればこのまま簡単にこちらの要望が通ってしまう方がありがたい。しかしそうは言っても、アナンドは単純に目の前のアリスの上司である人間がどういった理由でこうも簡単に許可を出したのかが気になっていたために静観することを決めていた。
―――欧州風の街並みにそぐわない着流し。顔には多くの傷が刻まれており、その巌のような顔立ちからは威圧感を感じるが、浮かべられた笑みと口調から滲み出る気楽さから取っつきにくさを感じさせることはない。椅子の背もたれに寄りかかりながら量産品であろう、簡素な片手剣を手の内で遊ばせるその姿からは、本当に考えなしにこちらの要望を認めたようにも見える……が、それは違うだろうとアナンドは首を振る。
あまりにも気楽な姿勢。ともすれば今すぐにその首を斬り落とせそうにも思える姿ではあるが、それは見せかけだけ。先ほどから常に、アナンドのみに対して重圧が―――剣気とでも言うべき、鋭い意識が向けられている。その圧はアナンドも気圧されてしまうようなもので、ついつい自らの口が弧を描いていたことにアナンドはしばらくしてから気づいていた。
ベルクーリと名乗ったこれだけの男が、何の考えもなしに要求を飲んだとはアナンドには思えない。そこにある真意が知りたいというその思いのみで、アナンドは自身の有利な流れを捨てていた。
「危険分子かもしれない人間を懐に引き入れるのです、もっとしっかり考えた上で───」
「はいはい、ったくお前は相変わらず生真面目だな。もっと簡単に考えてみろ」
アリスの主張を遮ってまで話していたベルクーリはそこで言葉を切る。そしてキリト、シノン、リーファを順番に睥睨し、最後にアナンドを見つめ口元を三日月形に歪めながら改めて言葉を紡いだ。
「たとえこいつらが何を企み、何をやらかそうが
「っ、それは……そうですが……」
それは挑発に等しかった。今ベルクーリはお前ら程度であれば、確実に被害を出さずに制圧できると言ったのだ。これにはもし本気で何かを企んでいたのなら、短気なやつなどは反応してしまうだろう。アリスもまた、騎士団がであればそれができると信じているし、そんなアリスのリアクション含めてそこにはきっと、ベルクーリの炙り出してやろうという意志があるのをアナンドは理解していた。
しかし同時に、アナンドはベルクーリの瞳に期待が存在することも気づいていた。お前たちはこの挑発にどう対応する?言葉にこそ明確にはされていないが、ベルクーリの瞳が確かにそう物語っているとアナンドは感じていた。
「……おい、アンタ。まるで俺達が弱いみたいな―――」
「キリト、ストップだ」
βテスターとしての自負か、一歩前に踏み出し文句を言おうとしたキリトを手で制する。それに不満げな目を向けてくるキリトを意図的に無視して、ベルクーリの方を睨む。
ここでキリトのように反発を向ければ、すぐに捕らえられることはないだろうが、警戒心が薄まることはないだろう。だがかと言って、ベルクーリが求めている対応はきっとこの挑発を受け流すことではない。アナンドはそこまで考え、どうこれに反応するかと思案する。
「……ま、そうだな。それだけ当然って顔して言えるんだ、きっとあんたらは俺らより強いんだろう」
そうやって、アナンドが挑発を流すかのような発言をすれば、微かにではあるがベルクーリは落胆したかのような表情を浮かべる。それにアナンドは逸るなよ、と内心で苦笑しながら、挑発的な笑みを口元に湛えてだけど、と言葉を続ける。
「―――だけど、そんなこと言われて引き下がるなんて男としてできるわけないよなぁ?」
そう言い放ったアナンドに、ベルクーリは目を見開いたかと思えば、一度下を向き肩を揺らし始める。やがてその揺れは徐々に大きくなっていき、声も漏れ聞こえ始めた。
「くっくっ……はーっはっはっはっは!!」
やがてそれは笑い声だと分かるほど大きくなり、ついには天を仰いだベルクーリの口からは大音量の笑い声が放たれていた。
そうしてしばし笑った後、多少落ち着いたらしいベルクーリは今度は明確に、挑発的な不敵な笑みを浮かべてアナンドを見据えてくる。
「そうだよなぁ、そりゃそうだ! ああまで言われて引き下がっちゃあ男らしくねぇ!! お前さん、気に入ったぜ。名前を改めて聞かせてくれよ」
「アナンドだ」
「オーケー、アナンドだな。……よし、アリス」
「え、あ、はい!」
「ちょっとこいつの相手をしてやれ」
そう言ってベルクーリはアリスの背を叩く。叩かれたことでよろめきながらも前に出たアリスは戸惑った顔をしてベルクーリを振り返るが、当のベルクーリはそれを無視して、アナンドを見据えたまま言葉を続ける。
「
「小父様!? 結局彼らを入団させるのですか!?」
「だってさっきの啖呵聞いて気に入っちまったからなぁ……。それに何はともあれ実力は見ておくべきだろ。制圧できる実力か否か、確認しとかないとな?」
「む……う……わかり、ました」
渋々、といった様子ながら納得を見せたアリスが稽古用であろう、刃の潰された剣を持ち、盾と共に構える。構えた姿からは未だ、不満こそ感じさせるが、それでもやるからには本気であるとその気迫を以て語っていた。
それに、アナンドとしては相手がベルクーリでないことに落胆しながらも、やることは簡単になったと模擬戦に応じることにする。ここで己の実力を見せるだけで目的であった騎士団への入団は果たせる。故に軽く流してもいいところではあった。しかしどうせやるなら全力だ、とベルクーリから模擬戦用の槍を受け取り、構える。
槍は西洋の突撃槍なものではなく、所謂グレイブや偃月刀と呼ばれる武器に近い、長い柄に短い片刃の剣が付いた形状のものだ。アナンドとしては過去の経験から、この手の槍の方が扱いやすいと何度か軽く虚空を切り裂き、軽く一回転させてみてから腰を落として構える。両手で握ると些か軽くはあったが、オーダーメイドでない以上は仕方ないと諦めることにした。
「ほら、お前らそこだと邪魔になる。こっちに来い」
「え、あ、はい!」
ベルクーリがキリトたちにそう呼びかけ、アナンドとアリスの周囲から離れていく。アナンドとアリスの間合いは、互いの得物の間合いより外。しかし互いにその立ち振舞いから、相手がこの程度の間合いであれば一瞬で詰められるような実力を持つことを理解していた。
チラとアナンド、アリスが揃ってベルクーリを見やる。それにベルクーリは頷きを返してくることから、開始の合図はないことを理解した。
アリスが重心を更に落とす。右手の盾を前へ。左手の剣は身体に隠すように構える。相手の攻撃を捌き、鋭い反撃を見舞うことを主眼に置いた構えだ。それに対し、アナンドは腰を落とすのは軽く、いつでも駆け出せるように。槍の握りもまた軽く、変幻自在に振り回せるように。速度と手数に主眼を置いた構え。
互いに睨み合い―――先に動き出したのはアナンドであった。
前へ向かって、跳躍するかのように勢い良く飛び出す。その動きから、アリスは槍の軌道を予測し、すべき対応を想定し。
「ハ―――ハッハッハ!!」
槍を地に突き刺し、棒高跳びの要領で跳び上がったアナンドに、アリスは虚を突かれる。宙で身を捻り、勢いを乗せたアナンドによる叩きつけ。それにアリスは反射的に自身の身と迫る刃の間に盾を滑り込ませ、角度を付けることでアナンドの槍を弾くようにして逸らす。日々の鍛錬があったが故に、咄嗟にできた対応であった。
そうやって槍を弾かれたアナンドは、しかしその衝撃に逆らうことなく勢いのままアリスと距離を取る。ブレーキをかけるようにして砂埃を巻き上げる両足。一度右手の内で槍を回転、地面を掠るようにすることで砂埃を追加で巻き上げ
男は格好つけてなんぼだと教わった。そして実際そうやって生きてきた。だから世界が変わろうとやることは変わらない。そうやってアナンドはいかなる状況でも自身のペースを保つ。
「Let's go, Rock'n'Roll !!」
英語であることに意味はない。またその言葉自体にも意味もない。なんとなく響きが格好いい。アナンドとしてはそれだけで充分。勢いのまま、唯一の武器である槍をアリスに投げつける。
「な、は―――!?」
「イヤッホ―――!!」
武器を捨てたようにも見えるため戸惑うアリスを無視して、アナンドは投げた槍を追うようにダッシュ。アリスの剣によってアナンドの投げた槍は宙に弾かれる。アナンドが飛び上がり、片足だけを突き出し、空中から落下の勢いを付けた蹴り―――所謂ライダーキック。仮面ライダーは男の子の憧れ。つまり格好いい。ならばやるしかない。
無論、そんな見え見えの一撃はあっさりとアリスの盾によって防がれる。そこでアナンドはそれを足場として利用。跳躍し、弾き上げられ空中から落下を始めていた槍をキャッチ。着地を狙い奔るアリスの剣を、アナンドは掌で回転させた槍で絡め取るようにして捌き、無事着地。
下からの突き上げに見せかけ、地面に槍を突き刺し急制動。アリス目掛けて砂を跳ね上げて視界を奪い、歩法で位置をずらしての突き込み。アリスが音を頼りにそれを盾で防げば、素早く持ち替え、槍をその場で回し石突で横から殴り付ける。
ステップ、回転、時に身を伏せ時に跳躍し―――アリスを中心にしてアナンドは踊るように攻め立てる。その動きには余りにも無駄が多い。ブラフにすらならないものもあった。体力の観点から言っても、アナンドがやっていることは無駄でしかなかった。だがアナンドは他者にそこを指摘されようが、それがどうしたと一蹴するだろう。
意味などない。無駄しかない。だが俺が楽しい。ならばそれでいい、それがいい。
アナンドの考えなどその程度だった。そしてまた、そうやってノッている時の自身が一番強いことも自覚していた。ついでに言えば、ここに至るまでかなり神経を使ったため、そのストレス発散も兼ねていた。そうやってこと全力での戦いにおいては、アナンドは理屈を放棄することが多かった。
対しアリスは真面目にアナンドに対応しようとし続ける。動きを読み、カウンターを叩き込もうと必死になる。そうして
故に、カウンターに主眼を置いたアリスは致命的に相性が悪く、何とか捌き、反撃を続けるが……徐々に掠ることが増えていく。そしてそれがアリスの焦りを助長し、動きの精細を欠き、悪循環へと陥っていく。
「―――アリスッ!!」
そんなアリスを見かねたのか、突然ベルクーリから鋭い一喝が飛んでくる。思わずアナンドが軽く怯み、間合いを取れば、ベルクーリからの一喝にどんな心境の変化があったのか。アリスが一度深呼吸をし、その身に纏う雰囲気が変わる。表情から焦りは消え、凪いだ湖面のような落ち着き。
何が来る、そうアナンドは警戒するが、そこからアリスに目立った動きは見られない。ならば、と再度踏み込みアナンドは間合いを詰める。正面からの、シンプルな一突き。けれど走った勢いと、全身をバネのようにして連動させたその一撃は並の速度ではない。
アリスはそれに素早く間に盾を挟み、角度を付けることで外に流れるように仕向ける。そこからアナンドはアリスのカウンターを警戒しつつも、槍を縦回転させ下からのかち上げを放つ。それに今度はアリスは左手の剣で斬り払うが、やはり反撃は飛んでこない。
いったい何を狙っているのか、アナンドはそう疑問に思うも反撃が来ないならと更に続いて今まで通り攻め込んでいく。
―――そうして、アナンドはアリスの意図を悟った。
どれだけ攻撃しても、先程と違いアリスに一撃も掠らない。その原因は至ってシンプルだった。
明らかに勝ちを捨てた戦い方。個人戦として見れば褒められたものではないだろう。しかし、アナンドにはアリスの所属を考慮すれば正しい戦い方だと思えた。
アリスのその戦いは、遅滞戦闘。ひたすらに耐え続け、時間を稼ぐことを目的とした戦い。アナンドを勝てない相手と判断し、援軍を待つ。もし援軍が間に合わないにしても、可能な限り時間を稼ぐという、個人での勝ちではなく、騎士団という組織の勝ちを見据えた戦い方であった。
「そこまでッ!!」
そうやってアリスの意図をアナンドが悟った段階で、ベルクーリより模擬戦終了が言い渡される。結果としては、引き分け。しかしこれが実戦であった場合、アナンドが騎士団を内部から崩そうとしていたことを想定したならば、充分に時間を稼げたアリスの勝ちであると言える模擬戦であった。
ああ、言い忘れてたけど、アリシゼーション組は名前が一緒で容姿も似てても性格までは一緒じゃないぞ。
育った環境が違いすぎるからなぁ……。
まぁでももしかしたらどっかの世界線では、こうやって皆普通に生きてたら素敵よな、ということで。