浅葱色の橋   作:ひさしろ

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浅葱色の橋

「ん?見知らぬ女の子が」

コンビニで買った昼食を携え事務所に戻ろうとする俺の目に、

ちょこんと座り込んで塀にもたれかかる小さな影が映る。

まだ小学生から中学生といったくらいだろうか。

どこか幼さが残る少女が、塀の陰でしゃがみ込んでいた。

うだるような暑さが去ったとはいえ、まだ熱を帯びている空の下で、

膝を抱えて俯いている少女の辺りに、親御さんらしき人の姿はない。

「こんなところでどうしたの?親御さんは近くにいる?」

この辺りは人通りもそれなりにある。放っておいても大問題にはならないだろうが、

万が一もあるしな、などと考えながら俺は少女に声を掛けた。

彼女は、はっと顔を上げこちらを見ると、少し寂しそうな表情をして、

何も言わずにまた俯いた。

返事がないとはいえ、声を掛けてしまった手前、このまま放っておくこともできない。

どうしたものかと頭を掻いていると、

「そなたー、どうかしたのですかー」

と、ひょっこり小さな女の子が背後から声を投げかけてくる。

俺はうわっと声を上げ振り返ると、そこにはよく見知った女の子が立っていた。

「なんだ、芳乃か。びっくりしたよ」

跳ねる鼓動を撫でて落ち着かせながら言うと、

「そんなに驚くものではありませんよー」

と、芳乃は柔らかく微笑んだ。

 

 

「ふむー、迷子ですかー」

一連の事情を俺から訊いた芳乃は、少女のことをじっと見つめ、難しそうな顔をする。

「とりあえず、このままにもしておけないからって事で、これから警察に電話をしようと――」

そう言いながら、ポケットの中の携帯電話を取り出そうとする俺の袖を、芳乃はきゅっとつかんで止めた。

「それならばー、わたくしがこの子の親探しをいたしましょー」

そういって微笑む芳乃。そうだ、彼女は探し物をするのが得意だったよな。

「ありがとう。じゃあ、一緒に探そうか」

俺が芳乃の頭にポンと手を置いて言うと、芳乃はふふー。と笑いながら、俯いていた少女の手を取り歩き出した。

 

 

「―――で、どうしてここに来たんだ?」

芳乃が少女の手を引いてやってきた場所。それはテレビ番組の収録をしているスタジオだった。

様々な機材の向こうでは、今まさに我が事務所のアイドルであるニュージェネレーションズの3人が撮影を行っている。

まさか、この撮影をしているスタッフの中に親御さんがいるのか?

俺は一通り顔ぶれを見渡した後、小声で

「なぁ芳乃、それでこの子の親御さんはどの人なんだ?」

と尋ねた。すると芳乃はきょとんとした顔で

「はてー?この中にはおりませぬよー?」

と、さも俺が不思議なことを言ったかのように返してくる。

「この子の親を探しに来てるんだろ!」

周りの迷惑にならない程度の小声で、言葉に力をこめると、

「まぁまぁー、旅路に寄り道はつきものですよー」

芳乃はそう言って両の手を重ねた。

川のせせらぎのように緩やかでいて、また、浮かび上がる水泡のように掴みどころがない。

彼女の魅力でもあるそんな一面に、珍しく振り回される形となった俺は呆気にとられてしまった。

「それにほらー」

芳乃はそう続けると、少女の方へと視線を流す。

そこには、宝石のようにキラキラとした目でアイドルたちを見つめる少女の姿があった。

それは、紛れもなく、自分の知る何人もの女の子たちが昇って来た階段の”1段目”だと感じた。

「アイドル、好きなのかな?」

俺が少女に問いかけると、少女はぶんぶんと首を縦に振った。

思えば、この業界に入って、いろんな仕事をしてきたけど、

女の子たちの”1段目”を目の前で見る機会なんて滅多に無くなっていた。

なんだか嬉しくなってしまった俺は、

「それじゃ、もっといろんなとこ観に行こうか?」

と、少女に提案していた。少女は、とても嬉しそうに頷いた。

 

 

 それから、3人でいろんなところを回った。

ラジオの収録現場、握手会、はたまたレッスン場まで。

ステージでキラキラ輝いているアイドルの子たちが、

何度も同じ箇所を出来るまで繰り返している様にまで、

少女は目を輝かせ、時に息を飲み、そして歓喜していた。

そんな少女のそばで、芳乃は自分の知っていること、覚えたことを少女に話したりしていた。

芳乃にひとまず任せても大丈夫そうだな。

そう思った俺は、長らく事務所に戻らずにいたため一報を入れようと、建物の外へと向かおうとする。

それに気づいた芳乃が遠くから

「そなたー、どこへ行くのでしてー」

と声を掛けてきたので、電話してくると一言残して扉を閉めた。

 

 

 電話を終え、二人の元へ戻ろうとドアノブに手をかけると、小窓の向こうで芳乃が俺を待っているのが見えた。

ドアを開いて芳乃のもとへと歩み寄るが、一緒にいた少女の姿が見当たらない。

「あれ、芳乃。あの子はどこ行ったの」

そう問いかけると芳乃の背後から少女がひょっこり顔を出す。

すっかり芳乃に懐いたのかな。そんなことを思っていると、

「そなたー、勝手に居なくなってはだめですよー」

と、芳乃がぎゅっと手を握ってくる。

「ごめんごめん、事務所に電話してたんだ」

そう言って謝った後、

「今ちひろさんにも確認してきたんだけどさ、君、親御さんが見つかった後、うちの養成所に通わないか?アイドルに興味あるみたいだし。幸い、まだ空きはあるみたいなんだ」

と、芳乃の隣で袖を握っていた少女に提案する。

アイドルを夢見た女の子は、その道中に、いろいろなものと戦うことが多い。

そんな中で、夢半ばで道を外れて行ったり、立ち止まってしまったりと、所謂挫折を経験する女の子も少なくない。

そんな時、俺たちがしっかりと手を差し伸べて、女の子たちが夢見たステージへ立つ手助けをしてあげたい。

俺はそんな思いもあって、少し興奮気味に少女に話を持ち掛けた。

少女は、一瞬嬉しそうな顔をしたが、少し困ったように芳乃の袖をぎゅっと握って、俯く。

「ごめんごめん、突然こんなこと言われてもびっくりしちゃうよな。でも、約束だ。君が夢に向かって頑張りたいというのなら、俺が必ず道を作るよ」

そういって俺が微笑むと、少女も一呼吸置いてから小さく頷いた。

そんな俺たちの様子を見ていた芳乃が時計を確認し、

「それではー、そろそろ参りましょうかー」

と、握った手を引いてくる。

「次はどこへ行くんだ?」

そう俺が問うと、芳乃は振り返って

「彼女の帰るべき場所ですー」と言った。

 

 

 ガタンゴトン。俺たちは電車に揺られる。

向かいの窓から射し込む斜陽が、がらりとした車内を通り抜け、俺たちをじんわりオレンジ色に染めた。

ちらりと隣に座る芳乃の顔を見ると、彼女は優しげに、それでいてどこか物憂げに、ちょこんとそこに座っている。

普段からどこか浮世離れした雰囲気を持っている芳乃だが、こうして見るとなおさら神秘的に見える。

都心からどんどんと離れ、黄昏の中へと進んでいく車両の中、

重く響く車輪の音を聞きながら、俺はただ窓の向こうの暮れゆく空を眺めることにした。

 

 

 電車を降り、少女の手を引きながら芳乃が連れてきたのは、一つの小さなお寺だった。

まっすぐ伸びた石畳を歩いていくと、少し先に住職さんの住まいと思われる建物が見える。

あぁ、もしかしてここのお寺の子なのかな。そんなことを思いながら俺はすぐ後ろをついていくと、

芳乃はその建物の少し手前で突然方向を変え、もう一方へと延びる石畳を歩いていく。

「あれ?芳乃、どこへ行くんだ?」

 そう尋ねるも、芳乃は何も答えず、そのまま少し進んだ後に

「こちらですー」

と、踵を返して俺のほうを見上げた。

「ここは・・・」

芳乃が俺たちを連れてきた先は、寺に併設された小さな墓地。

その中の一つの墓石の前で、芳乃は立ち止まったのだ。

「え、どういう・・・」

俺が困惑していると、芳乃は少女の頭を撫でて

「彼女は、もうこちらの世のものではないのですー」

と、信じがたい言葉を口にした。

「芳乃、たちが悪いぞ、そんな冗談を言うだなんて・・・」

そういって俺が少女の手を取ろうとすると、するりと俺の手はすり抜け、虚空を掴んだ。

「えっ・・・」

途端に信じ難い状況が現実味を持って襲い掛かる。

芳乃が幾度となく少女と接してきたので気にも留めなかったが、確かにここまで俺は少女に触れることがなかった。

言葉を交わさぬのも、恥ずかしいのか、はたまた見知らぬ大人が怖いのかなんて考えていた。

「で、でも俺、霊感とか、そういうのないし」

動揺の色を溢れさせながら俺が言うと、

「おそらくー、わたくしの傍にいるあいだー、ほんの少しだけそのようなものに触れる力を得たのでしょー」

と、芳乃が答えた。

「さてー、そろそろお見送りをせねばなりませんねー。ご安心をー、この先の旅路はー、きっとお月様が照らしてくれましょー」

そういって芳乃は少女に向き直ると、手荷物を俺に預けると、

「神楽の鈴も煌びやかな衣装も今は持ち合わせておりませぬがー、どうかー、お許しをー」

そう言うと、芳乃は目の前でひらひらと舞い始めた。

以前は巫女やかんなぎのようなことをしていたと聞いていたが、神様に捧げるでもなく、大勢のファンの前で見せるそれでもなく、

一人の少女のためにひらひらと、音もなく、どこか儚げに名もなき舞いを踊るその姿に、ただ俺は目を奪われた。

芳乃が舞い終わった頃には、少女の姿は初めからなかったかのように、そこから消えていた。

 

 

 その後、俺たちは線香を貰ってきて、二人で少女の眠る墓に手を合わせた。

まるで陽炎を見ていたかのように、太陽とともにどこかへ消えてしまった少女との出来事を、目を閉じながら思い返した。

 少女は、病気だったらしい。線香を戴く際に、住職さんから伺った。

なんでも、小さいころから入退院を繰り返し、友達と元気に遊ぶこともままならなかったそうだ。

そんな彼女が、自宅や病室での数少ない楽しみにしていたのが、キラキラ輝く衣装に包まれたアイドルの映像を見ることだった。

いつか元気になったら、私もアイドルになって、かわいい衣装を着て、歌って踊るんだとよく話していたそうだ。

しかし、その夢が叶うことはなく、少女の人生には無情にも幕が下ろされた。

誰も悪くない、仕方のないことかもしれない。そう思いつつも、それを聞いた俺は無意識に奥歯を噛みしめてしまった。

 

 

 墓を離れ、陽の落ちた駅までの道を、芳乃と二人で歩く。

いつのまにか姿を見せていた月を見上げ、俺は立ち止まる。

「そなたー、どうかしましたかー」

それに気づいた芳乃も立ち止まる。

「・・・芳乃って、幽霊とかも見えたんだな」

月を見上げたままで、俺は言う。

「本来は神様と語らうのが務めなのでー、生業とする方々には遠く及びませぬがー。多少はー」

芳乃はいつも通りの調子で返す。

「なぁ芳乃、俺、ずっと考えてたんだ。あの子に悪いことしちゃったかなって」

俺は胸の内に抱えていたものをぽつりぽつりと漏らす。

「アイドル目指して頑張ってみないかって、約束だって、簡単に、何にも知らずに言っちまった。きっと彼女も、それが叶わないことを知っていた。それなのに――」

「そなたー、違いますよー」

いつの間にか目の前まで歩み寄っていた芳乃が、俺の手を取って言う。

「そなたはー、皆を支え、正しき道へと歩ませてくれますー。少女が憧れたみなみなもー、わたくしもー、そなたが導いてくれたからこそこうして在るのですー。

そなたが導いてくれたからこそー、わたくしはふぁんの皆々を導くことができるのですー。」

芳乃は、握りしめていた俺の手を優しくほどいて両の手で包んだ。

「あの少女もまたー、そなたの差し伸べた手に救われたからこそー、新たな道を歩むことができるのですー。

大きな河の流れを行くのはー、己が力だけでは難しいものー。そなたとわたくしでー、立派に橋を架けてみせたのですよー」

そういって芳乃が微笑む。俺は込み上げてくる熱いものを大きく深呼吸して飲み込んだ。

「よし、帰ろう!」

そう言って、また歩き出した。

「ふふー、共にー」

月明りが、二人の背中をそっと押した。







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