神の花嫁   作:塩崎廻音

2 / 2
後編

 里に戻った俺は、じいちゃんに今回の結果を報告した後、蔵の書庫に入って疲労時に術を使った場合の副作用について調べていた。

 

 今回の任務で遭遇した奇妙な妖魔に関してはじいちゃんも警戒心を露わにしていたが、これに関しては未熟者の俺が出る幕はない。調査するにしても、対策をたてるにしても、とーじのおっちゃんなどの実力者たちが集まって対応を考えるだろう。俺は、とりあえず今日見た者を報告しただけで終わりだ。

 また、あやめが倒れたことに関しても、本人が「疲れていただけ」といって聞かないのでそれ以上の追及ができなかった。一応、しばらくあやめの任務は無くなるようで、じいちゃんから休息に務めるようにという正式な辞令が下った。

 

 ただ、俺はあやめの「疲れただけ」という言葉を信用していない。あいつは、妙に頑固で意地っ張りなところがある。それに、やはり疲れが溜まっているからといってあれだけで倒れこむのは不自然だ。何か、隠していることがあるのではないかと睨んでいる。

 医者にも聞いてみたが、疲労時に術を使ったくらいで倒れた人は今までいなかったらしく、あまり役立つ意見を聴くことはできなかった。

 

 そんなわけで、あやめが倒れた原因がどこにあるのかを調べようと、蔵の書庫にきて色々と文献を当たっているのだが…

「とはいえ、どこを調べりゃいいんだか」

 なかなか成果が上がらない。

 この蔵の書庫自体はけっこう使っている。部屋にも術式の指南書はおいてあるが、より高度なものを探そうとすると、置いてあるのはじいちゃんの書斎だったり兄さんの部屋だったり。もちろん言えば借りられるが、じいちゃんは里長だし、兄さんたちは里の主力として忙しい。そうなると、自由に出入りできる書庫はこの蔵のものしかないのだ。

 ただ、普段使っているのは書庫の中でも術式制御関連の本が置いてある部分だけ。今探しているような術の副作用なんかが書かれた本は読んだことがないため、どんな本を読めばいいのか分からないのだ。

 

 大規模な術を使うときの負担がどんなものか、疲労が術式制御に与える影響などは調べることができたが、疲労時に大規模な術を使って倒れるという現象に関しては、有用な情報が得られなかった。そもそも、疲労時に無理をして術を行使すること自体があまり推奨されないので、そういう事態を想定した理論が残されていないのだ。

「こんな田舎の里にある本じゃなあ…」

 つい、そう言ってしまう。倉敷の里はこの辺ではそこそこ力のある退魔師の里だが、遠くの地方にはもっと大きな里があると聞いているし、その里の退魔師は倉敷の退魔師よりずっと力があるらしい。

 前に一度だけ、遠くから旅をしてきた退魔師に会ったことがある。その退魔師は、自分の里では「落ちこぼれ」だったため修行のために色々な地方を旅しているといっていたが、それでも倉敷の村の誰よりも強い退魔師だった。

 

 とにかく。そういう情報が書いてありそうな本は大体目を通したつもりだが、役に立つ情報は得られなかった。

「んがああぁぁぁ、くそ、どうしたもんかなあ…!」

 読んでいた本を机に投げ出して、椅子の背にもたれかかる。勢いよくもたれかかったので、脚が少し浮いてガタリと音が鳴った。集中力が切れた頭は若干の靄がかかったようで、うまく思考がまとまらない。

――そもそも、分かったからって何ができるわけでも…

 頭を振って後ろ向きな思考を打ち消す。何もできなかったとしても、あやめに何が起こっているのか知っておきたい。ずっと一緒の幼馴染。大変な時も、一緒にいたい。

 

「…ん?」

 椅子の背にもたれかかったまま視線を横に流すと、書架の中に一冊、妙な本が見えた。いや、本というよりはほとんど単なる紙束のようなもので、親指の太さくらいの厚みの束が、簡単に紐で留められている。

 思わず椅子から立ち上がり、その本に近寄る。明らかに異質なその本は、おそらくこの村で作られたもの。そうであれば、倉敷や桜坂に関する内容が書かれているかもしれない。

 手に取ったその本は、ザラザラしたあまり質の良くない紙でできていて手触りがよくない。それに、裏表紙の近くの紙は相当古いが、表紙近くの物は新しい。明らかに、順次つぎ足されている感じだ。

 そして、その表紙に書かれた題名は…

「桜坂の歴史!」

 予想通りだ。

 

 表紙をめくるとまず桜坂の家系図が書かれている。数頁に渡るその家系図には生年、享年などの細かい情報が書かれており、歴代の桜坂の巫女がどんなふうに世を去ったのかが一望できる。その家系図を見てまず目についたのは、

「…みんな、享年が、若い」

 桜坂の巫女のほとんど全員が、若くして世を去っているということ。妖魔との戦いで矢面に立つ桜坂の巫女であれば、その戦いの中で若くして力尽きることは考えられるが、基本的に退魔師として優秀な桜坂の巫女がこうも全員戦死するだろうか?

 

 嫌な予感に突き動かされるがまま、本の内容を読み進める。最初の方は近年の桜坂の家訓の変化や、行事の実施結果などがまとめられているだけで、大した情報は書いていない。あやめに関係する情報も、まだまとめられていない。

 

 だが、読み進めていくうちに嫌な予感は現実となって現れてきた。

 近年の比較的平和だった時代よりさらに前、妖魔との戦いが活発だったころの記録までさかのぼると、桜坂の巫女は決まって早死にで、その死因の多くは『衰弱死』だった。妖魔と最も多く戦っていた時代でさえ、桜坂の巫女は若いうちに戦死ではなく衰弱死している。

 そして、決まって現れる記述は「戦闘後に突然倒れ、そのまま衰弱していった」というもの。今のあやめの状況に符合している。

 

 さらに読み進める。本の最後の方は、桜坂の巫女の興りについての記述があり、初代の巫女が神との契約により力を得た伝承が書かれている。

 妖魔による人々の被害に心を痛めた初代の巫女は、桜坂の地に祀られていた荒魂と契約し、妖魔と戦う力を得た。荒々しく力強いその神は、巫女に妖魔を滅する強大な力をもたらした。しかし、神の力、しかも荒魂のそれを身に宿しすことは、優秀な巫女である初代の巫女であっても危険なものであった。

 人の身に余る強大な力を宿した桜坂の巫女は、その身の内の荒々しい力により命を削られていく。妖魔との戦いに明け暮れた初代の巫女が没したのは二十歳になるよりも前。第一子を生んだ直後であった。

 

 それが、桜坂の巫女が代々短命である理由で、おそらく今回あやめが倒れた原因。あやめは、内なる神の力により傷つき体調を崩した。このまま戦い続ければ、あやめも若いうちに死ぬことになるのだろう。

 

 あまりの衝撃に思わず、本を手から落としてしまう。簡単に紐で留められただけの本は、床に落ちた衝撃でばらばらになる。でも、今はその本のことを気にする余裕がなかった。

――桜坂の巫女は、身に宿す神の力により短命になる。

 それは、絶望的な事実だった。妖魔の攻撃でも一時的な病気でもなく、あやめが桜坂の巫女であるが故の宿命。つまり、それはどうやっても避けることができない結果であるということ。

 

 あまりの動揺に座り込む。揺れる視界の端に、取り落とした本の一頁が入り込んでくる。そこには、何代目かの桜坂の巫女が世を去った際の里の様子が記述されていた。

 桜坂の巫女の死に嘆き悲しむ里の人々。早くして神のもとに召された彼女のことを、やがて誰が言い出したのか、「神様の花嫁になったのだ」と、そう称した。どの巫女も、その花盛りに神のもとへ召されるから、『神の花嫁』。かの巫女たちは、神に愛されたからこその短命なのだと。

 それは、敬愛する巫女を失った自分たちの嘆きを慰めるための方便だったのかもしれない。だがそれは、現実を見れば揶揄としか言いようがない。神に愛されたから、早世する。そんなことを、誰が望むというのか!

 

「…ふざけるなよ」

 憤りの言葉が口をつく。恨むべきは、桜坂の過酷な運命か、それを良しとする里の風潮か。

 もう一度拾い上げた本を読み返しても、早世する巫女を助けようとした形跡は見つからない。無辜の人々を救う代償として寿命が縮むくらいは当然だと、それが桜坂の巫女の宿命だと、誰もがそう言っているような気がした。

 思い出すのは、両親が死んだあの時のこと。里の人々は、天晴だと、倉敷の人間としての務めを立派に果たしたのだ言った。だがそれは、使命のために死ぬことが当たり前だと言ってるようだった。

 同じだ。両親の死を使命を果たした当然の結果だといって受け入れることも、桜坂の巫女が力の代償に早世するのを宿命だと諦めることも。

 

 感情のままに足が動き出す。向かう先は、じいちゃんの書斎。この時間なら、じいちゃんは書斎で仕事をしているはずだ。

 問いたださなくてはならない。あやめの死を、桜坂の巫女の運命を当然のものだと思っているのかと。あやめの死が、当然だと思っているのかと。

 

 おそらく、この里の誰もが言うのだろう。桜坂の巫女であれば、その運命は当然であると。ならば。他の誰もがあやめを救う気がないのであれば。

 

 俺が、あやめを救わなければならない。

 

***

 

「それで、拓海、話とは何だ?」

 そのすぐ後、俺は書斎でじいちゃんと向き合っていた。やはりここで仕事をしていたじいちゃんは、最初は仕事の邪魔になる俺を追い出そうとしたけど、俺の顔を見るとやりかけていた仕事だけを済ませて、俺の方に向き合った。

 緊迫した空気。じいちゃんは、俺がどんな話しをしようとしているのか、大体察しているようだった。

「あやめの、桜坂の巫女の寿命のこと」

「…そうか。やはり、それを知ったのか。あやめが倒れた後に色々調べているようだったから、いずれ知るだろうとは思っていたが…」

 俺の言葉を聞いたじいちゃんは、重々しくため息をついた。

「それで、桜坂の巫女のことは、どこまで知った?」

「多分、だいたい。桜坂の巫女の興りと、神様とも契約で力を得たこと、その力の大きさで短命になったこと」

「なるほど。確かに、だいたい全てを知ったようだな…」

 そう言ったじいちゃんは、少しの間何かに迷うように沈黙し、そして咎めるよな口調で、

「それで、お前は何を言いに来た?よもや、退魔師としての使命などくだらない、あやめを解放しろなどというつもりはあるまいな?」

 そう言った。その剣幕に、少しひるんでしまう。

 倉敷の一族らしからぬ落ちこぼれの俺。倉敷の使命を重視するじいちゃんからすれば、その義務を果たしていない俺は恥ずべき存在。その俺が、桜坂の巫女のことを知ったといって、こうしてじいちゃんに話をしに来た。じいちゃんからすれば、歴代の巫女と同様に命を削るあやめを哀れみ、それを咎めに来たようにしか見えないだろう。じいちゃんの懸念はもっともだ。

 でも、俺は少なくとも、

「…倉敷の、退魔師としての使命がくだらないなんて、言うつもりはないよ」

 そう言った。予想外の返答に、じいちゃんの表情が驚きに変わる。

 

 退魔師の使命に疑問を抱いているわけではない。無辜の人々を守るために興り、生きてきた倉敷や桜坂の生き方は、確かに尊いものだと思う。だって、それによって救われた人がたくさんいるはずだから。

 そんな俺の返答に疑問を深めたらしいじいちゃんは、探るよな視線を俺に向け、

「では、何が言いたい。桜坂の巫女の宿命を知ったが、その使命を否定するつもりはない。そうであれば、最早語るべきはないはずだが?」

「いや、そんなことはないでしょ。使命を受け入れるのと、あやめの死を受け入れるのは話が別だ」

「…退魔師として、人々の盾となって死ぬことも務めのうちに入る。そこに納得ができないということか?」

「ううん、そうじゃない。退魔師は時には死ぬことも仕事のうち。それは分かってる」

「では、何が不満だ?」

 じいちゃんから感じる圧が強くなる。俺の真意を量り損ね、警戒しているのだろうか?

 だが、俺はそんなじいちゃんからの重圧を押し通って、

 

「退魔師の使命に不満はない。でも、退魔師は死ぬのが当然だという認識は受け入れられない」

 

 そう、自分の思いを伝えた。

 それは、俺がずっと抱えていた違和感だ。

「退魔師として、任務のために死ぬことがあるのは分かる。でも、それは自分の命を使ってでも貫きたい理念に殉じた結果であって、死ぬのが当然だから死ぬわけじゃない。そうでしょ?」

 力のない人々であっても退魔師であっても命の価値は同じ。退魔師だけが、使命のために死んで当然だなんて、そんなはずはない。

 だけど、村の人たちは言う。退魔師だから、立派に指名を果たして死ぬのは当然なんだと。それが退魔師に生まれた者の定めなんだと。おそらく、これから死んでいく退魔師たちにもそういうのだろう。もちろん、あやめに対しても。

 でも、そんなのはあんまりだ。だって、それじゃあまるで、俺たちは死ぬために生まれてきたと言われているようなものだ。

 

 俺の言葉に、じいちゃんは戸惑うような表情を浮かべ、

「それは、死にたくないということか?」

 そう言った。

「そりゃあ、できれば死にたくはないけど。でも、そういう意味じゃないよ。ただ、退魔師だから使命のために死んで当然って思われたくない」

「……」

 じいちゃんは、こちらに聞こえるほど深いため息をつく。そして、どこか疲れたような表情で、

「では、お前が言いたいことというのは…」

「あ、ごめん。話しがずれたから、今のは言いたいこととはちょっと違う」

「…?」

 その言葉が意外だったようで、顔に疑問符を浮かべるじいちゃん。そんなじいちゃんの様子をおかしく思いながら、俺はこう言った。

 

「あやめを死なせない方法、じいちゃんなら知ってるんじゃないかって」

 

「……はは、退魔師の命を知らず軽んじるようになった里の皆を糾弾するのかと思えば、そうか、、そういうことか」…」

 そう言って、じいちゃんは笑う。それは、何か愉快なことに対する笑いではなく、自嘲に近い笑みだった。

「思えば、儂も昔はお前のように考えていたはずだが。いつの間にか、里の空気にすっかり染まっていたか…」

「じいちゃん?」

「いや、なんでもない。なりたくない大人になっていたことにいまさら気づいた阿呆がいただけのこと」

 じいちゃんは、それよりも、と姿勢を正し。

「拓海。お前が人の命を大切に思う優しさを身に着けていたこと、嬉しく思う。お前のその優しさを、決してなくさないようにしなさい」

 そう言った。その表情は、どこか俺のことを羨むようでさえあった。

「…はい」

 そう返答する。おそらく、じいちゃんの言葉がとても大切なものだと、気付いたから。

 

 

「…桜坂の巫女が長く生きる方法はある」

 俺の返答に満足したのか、じいちゃんはそう言った。それは、俺が何よりも求めていた言葉だった。

「…!本当に?!一体、どうすれば…」

「別に難しいことはない。桜坂の巫女がその身に宿す荒魂の力により傷つくというのであれば、その力を使わなければいいだけのこと」

「…え?それだけでいいの?」

「ああ。そもそも、桜坂の巫女のすべてが短命なわけではない。現に、数代前までは比較的妖魔との戦いが少なかったから、巫女は他の人間と同じように天寿を全うしている」

 

 それは、意外といえば以外で、当然といえば当然の事実。確かに、本に書かれていた情報では、桜坂の巫女の命が削られるのは身に余る力を使うことが原因だし、家系図でも数代前は長生きだったのを見ている。

 つまり、あやめを戦いから遠ざければ桜坂の巫女の宿命からも遠ざけられるということであって…

「ただ、もちろんこのことは、あやめは全て承知している。そのうえで、昨日倒れるまで巫女の力を行使したわけだ」

 しかし、じいちゃんは続けてそう言った。

 考えてもみれば当然か。自分の力がどういうものかを知らずに振るうものがいるはずもない。そして、あやめは気弱なわりにものすごく強情で、桜坂の巫女としての生き方に誇りを持っている。その先に逃れえぬ死があると知っていようが、早々止まるようなタマではない。

 

「お前が考えるべきは、どうやってあやめを説得するかだろうな」

「うん。分かってる」

 じいちゃんの言葉に頷く。

 あやめの強情さからして、桜坂の巫女の使命を捨てさせることはできないだろう。ただ、そこまでする必要もないだろうとは思う。

 あやめがあそこまで無理をするようになったのは、最近の妖魔が活発に活動するようになったため。現状、里の退魔師の手が足りていないことから、優秀な退魔師であるあやめの負担が増えている。それを解決すれば、あやめが出張る必要はなくなる。

「俺が強くなって、あやめの出番がなくなるようにすればいい」

「…ま、今のお前にできるのはそれくらいか」

 本当は俺だけじゃなくて、里の皆の力でそれを実現すべきだが、一介の退魔師に過ぎず落ちこぼれな俺にはそこはどうしようもない。

「儂としても桜坂の巫女をむざむざ死なせるつもりはないし、これまで以上に里の退魔師の訓練には力を入れる。だが、結局はあやめに替わるだけの力を持った退魔師が増えなければ、意味はない」

「うん。それも分かってる」

「…励めよ、拓海?」

 じいちゃんの言葉に頷いて、書斎を出る。今までになく、心が晴れやかだ。

 

 使命だなんだと悩むより、あやめを守るために力をつけるというほうが、ずっと単純だ。もっと早くに気づけばよかったと思う程に。

 

 廊下を吹き抜ける風が、頬を撫でる。

 その風の涼しさでも、俺の高ぶりは冷めることはなかった。

 

***

 

 見張りの男が、その影に気づいたのは偶然だった。

 

 すぐ近くに来るまで全く気配を感じなかったその影は、まるで生き物の気配を感じさせないままに里に近づいてくる。

 直感的に、それが悪いものだと気づいた。あれは、妖魔だ。あれは、里を害するものだと。

 

 警鐘を鳴らして襲撃を退魔師たちに伝える。今は討伐任務が多く里に退魔師はほとんど残っていないが、相手が一体であれば問題はないはず。

 そう思っていたその男は、直後に信じがたい光景を目にする。

 

 一体だけで近づいてきたと思ったその妖魔が、瞬く間に増えていく。地面から、どんどんと新しい妖魔が姿を現し、何十体もの軍勢となって里に進撃してくる。

 

 男は血が凍るような恐怖を感じ、その脅威を伝えるべく声を張り上げた。

 

***

 

「くそッ、よりによってこんな時に…!」

 妖魔襲撃の知らせに、急ぎ現場へ向かう。半人前の俺は任務外の出撃義務はないが、今はそうも言ってられない。何せ、最近の妖魔の活発化により里の退魔師がほとんど出払っているからだ。現在里にいるのは、俺以外にあやめ、とーじのおっちゃん、最近印可をもらったばかりの和馬、あとは半人前の俺以下の見習いばかり。まともに戦力になるのが俺を含めて四人の状況で、戦線から離れているわけにはいかない。何せ、見張りの知らせによれば敵は数十もの大群。頭数はほんの少しでも欲しいところだ。

 

「拓海、現着!ぅおらッ、攻勢術式:爆光!!」

 俺が戦線にたどり着くと、既に戦っていた三人は押され気味だった。数を頼みに三人を押し込み、里の手前の柵まで迫る妖魔の大群。状況を確認するための時間を稼ぐべく、妖魔の群れにめがけて『爆光』を叩き込む。

「ッ!来たか、拓海。って、うおぁッ!!」

 俺の姿を横目に確認したとーじのおっちゃんは、しかし俺の放った爆光の規模に思わず後ずさる。ちょっと、俺も予想していなかったことだが、いつもより術式の威力がかなり大きい。といっても、お決まりの暴走ではなく、制御下に置かれた状態で火力が上昇しているのだが。

 俺としても多少火力が上がったくらいで三人を巻き込むような雑な制御はしていないが、俺の術のショボさを良く知っているとーじのおっちゃんにしてみたら、急に火力が上がった爆光は驚きだったようだ。

 

「すんません、とーじのおっちゃん!でも、とりあえず状況を!」

「…いやまあ、いきなり調子が上がってて驚いただけだし、問題ない。それより、今の状況だが」

 そのまま、簡単に状況説明を受ける。といっても、複雑な状況ではない。里の北の方角から、数十の妖魔の群れが里へ向けて進行。駆け付けたとーじのおっちゃん、あやめ、和馬で応戦したものの、敵の多さに徐々に押され、里の手前まで押し込まれている、といった感じだ。

「一体一体は大したことがないんだが、数が多いってのとちょっとした傷はすぐに回復しちまうってことで、打ち漏らしがどんどん寄ってくるからな…」

「昨日交戦した妖魔と同じ奴みたいだ。動きは単純だけど…」

「最終的に『威光』で消し飛ばしましたが、『鎌鼬』を受けた後すぐに、無傷の状態まで回復していました」

 近くで息を整えていたあやめが、そう補足する。とーじのおっちゃんはその言葉にうなずくと、苦々しい表情で、

「だとすると、強めの術で完全に消し飛ばす必要があるってわけだ」

 と言った。そこまでの威力の術は、連発が効かないものが多い。状況は、今だ回復の目途が立たなかった。

 

 そうこうしているうちに、再び妖魔の群れが迫ってくる。爆光はタメがいるから早々使えるものでもなし。速射のきく『攻勢術式:炎弾』で応戦するが、一体ずつ倒しているのでは、なかなか手数が足りない。

 先ほどまでよりはマシといえど、四人がかりでもわずかに押されていく。それに…

「…さっきからだいぶ倒してるど、多分これ、減ってないんじゃ?」

「ああ、見間違いを期待してたんだが、おそらく奥から新手が増えてやがる」

 最悪すぎる。ただでさえ押され気味なこの状況で、無限に増える敵。こちらの体力も無限ではないから、状況は絶望的だ。特に、体力も霊力も少ない和馬はすでに苦しそうだ。

 

「ああもう、爆光!」

 炎弾を連発する裏で準備していた爆光を、半ば破れかぶれに打ち込む。二つの術式を同時に扱う技術は、昨日までは全く使えなかったもの。こんな状況でなければ、自分の成長に踊りだしたいほどであるが…

 妖魔の群れの真ん中に炸裂する爆光。強烈な衝撃と炎熱で十体以上の妖魔が消し飛び、妖魔の包囲網に大きな穴ができる。爆風がこちらまで吹き付け、思わず目を閉じる。

「ッといっても、この数が相手じゃ…」

 目の前の相手は減っても、すぐに増えて意味がない。それでも、何十秒かは息をつけるか?

 そう思っていた俺の目に飛び込んできたのは、爆光を打ち込んだ直前とほとんど変わらない妖魔の包囲網。

「そんな…!これでも、ダメなの?!」

 悲鳴のような叫びをあげるあやめ。俺も、渾身の一撃が無意味であったことに、軽くめまいを覚える。

 

 その時、俺の頭に一つの疑問がよぎった。

――包囲網の修復が早すぎる。

 

 迫りくる妖魔の群れは、数こそ多いが動きが遅い。歩く程度の速さで進んでくるだけなので、この数が相手でもまだ押し切られずに済んでいるのだ。

 だが、先ほどの爆光を打ち込んだ際、妖魔の包囲網には大きな穴が開いた。そして、その穴が修復されるためにはかなりの時間がかかるはずだ。いくら無限に敵が増員されたとしても、奴らの移動速度では、包囲網の再展開は容易ではない。

――つまり、あいつらは奥から増えたんじゃなくて、あの場所に「湧いてきた」ってことだ。

 

「とーじのおっちゃん、多分あいつら、奥から来てるんじゃなくて、宙から湧いてる」

「…ものすごい大群が後から迫ってくるんじゃなくて、何かからくりがあるってことか?」

「うん、もしかしたら」

 もちろん、大群である上に瞬間移動能力を持った敵までいるって可能性もある。だが、何か仕掛けがある可能性に気が付くと、妙に気配が薄いことや奇妙な回復能力が気になりだす。

 

「なら、こいつはどうだ?攻勢術式:鎌鼬!」

 昨日は一時的に吹き飛ばしただけで終わったその術を、再び繰り出す。但し、今回は風刃を複数降りだすことで、妖魔をばらばらに切り刻む!

「っておい!その術は効かなかったって話じゃ……!!」

 俺の術式選択に非難の声を上げたとーじのおっちゃんが、目の前の光景に思わず声を失う。

 鎌鼬の風刃によってばらばらに切り刻まれた妖魔は、そのまま動きを止めるでもなく、肉片から再生するでもなく。ばらばらの破片が寄り集まって、再び元の形へと戻っていく。よく見れば、その断面は血肉が一切見えず、土塊や石が覗く非生物の物だった。

「なるほど、土人形だったってわけだ…!」

 思わず、と言った感じでとーじのおっちゃんがそう言う。

 単純な動き、薄い気配、再生能力。分かってしまえばなんてことはない。この群れは、妖魔の群れではなく、妖魔が作り出した傀儡人形の群れだったのだ。

 

 そして、その瞬間、昨日感じた視線にも得心がいく。あの視線は、昨日の傀儡を操っていた妖魔本体の物。おそらく、近隣の退魔師の実力を傀儡を通して見極め、今日の襲撃の準備としたのだろう。昨日の俺たちは妖魔を討伐したと思い込み、まんまとその策略にはまってしまったのだ。

「だが、いると分かれば…!」

 探査術式を発動し、近くの森を探る。昨日視線を感じたことから考えると、おそらくこの妖魔は操る傀儡を目視する必要がある。そうであれば、本体は今もこの近くの森からこちらを見ているはずだ。

 

 なおもこちらに進む傀儡人形を吹き飛ばしつつ、森の中を探る。

「…見つけた!」

 妖魔の群れの進行方向から三時の方向。この戦場を横から俯瞰する位置に、本体の妖魔は陣取っていた。

――嘗められたもんだ。それで隠れたつもりか?

 こちらの劣勢に油断したのか、潜伏用の隠ぺい術すら使わずにいる妖魔に、若干の苛立ちを感じる。だが、おかげで簡単に妖魔を見つけることができた。

 

「おっちゃん、本体を見つけた。そっちに向かう?」

「ああ勿論、と言いたいが、こっちも抑えとかなきゃならん。二手に別れることになるが…」

 言いよどむ、とーじのおっちゃん。今でさえこの戦場は押され気味、そこで二手に別れれば、一気に里まで押し込まれかねない。だが、本体を放置して戦いを続けてもじり貧。

「…仕方ない、拓海、あやめ、本体を討伐してこい」

「いいのか?二人で行くと、こっちがだいぶ手薄になるけど…」

「つっても本体を倒さないことにはどうしようもない。それに、一応奥の手がある」

 そう言ったおっちゃんは、懐から何かの丸薬を取り出した。

「うちの一族の秘伝で、短時間だけ霊力を数倍に引き上げる効果がある。一応これで、ちょっとの間あいつらを押しとどめることができるはずだ」

「おお!すごい、それがあれば、確かにこっちはなんとかなるかも…?」

「とはいえ、俺一人が数倍の力を出してもきついかもしれんし、そもそも効果は持って十数分、余裕はねえ。だから、とっとと本体を片付けてこい」

「了解。任せてくれ」

 そう言って、あやめとともに走り出す。

 後ろで爆発的な霊力の高まりを感じ、とーじのおっちゃんは本気を出したことを感じる。

 和馬も、ヘロヘロになりながらももう少しだと気合を入れなおしている。

 

――おっちゃん達の頑張りを、無駄にはしない。

 そう誓って、俺たちは妖魔の潜む森へ突入した。

 

***

 

 その妖魔にとって、退魔師はちょうどいいごちそうだった。大抵は良い暮らしをしているから食いでがあるし、何よりその霊力を取り込むことで自身の能力が増強されることを知っていたからだ。

 

 何人もの退魔師と戦い逃げ延びてきたその妖魔にとって、退魔師と戦うことはもはや慣れたものだった。大抵の退魔師は、作り出した傀儡を妖魔だと思い込んで、それを倒せば油断する。そこを襲えば、簡単に退魔師を始末することができた。そうやって倒した退魔師の霊力を取り込んで、その妖魔は着実に力を伸ばしていった。

 

 やがて、その妖魔は気付いた。自分を倒しに来た退魔師を返り討ちにするだけでなく、そいつらをわざと逃がして里まで「案内」させれば、よりたくさんの退魔師を食うことができるのではないかと。

 

 妖魔のその思い付きは、もちろん最初のうちは上手くいかなかった。里に戻った退魔師は連携して傀儡の群れに立ち向かうので、大量の傀儡で攻め込んでも倒しきれないのだ。

 

 だが、妖魔はその経験を生かしてさらなる知恵をつけた。里に退魔師が固まっているのが厄介なら、散らしてやればいい。退魔師は妖魔が現れれば討伐に繰り出す。だから、、自身の傀儡をあちこちで発見させ、そこに退魔師をおびき出せば里は手薄になる。あるいは、おびき出した退魔師を個別に倒してもいい。

 

 そうやってさらなる力を身に着けた妖魔。だが、妖魔の食欲は収まることを知らない。

 そして、今日もその妖魔は、退魔師の里を襲う…

 

***

 

「ねえ、大丈夫なの?」

「…大丈夫って、なにが?」

 本体の妖魔が潜む森を進む最中、あやめがそう言ってきた。とっさのことでとぼけたような返しをしてしまうが、あやめが問うてきた内容は大体察しがついた。

「何って、この後の戦いのこと。今日はずいぶん調子が良いみたいだけど、あれだけの傀儡を操るような妖魔相手に、ちゃんと戦えるの?」

 あやめの疑問はもっともだ。妖魔が使う術の規模は、基本的に妖魔自身の実力に比例する。数十体の傀儡人形を作り出しそれを操る妖魔の力は、兄さんたちやあやめを超えている可能性がある。半人前の俺がいたところで、足手まといになると言いたいのだろう。

「…確証はないけど、多分大丈夫だ。少なくとも、自分の身を守ることくらいはできる」

 本当は、「あやめのことも守ってやる」くらい言いたいが、生憎そこまでの自信はない。

 

 そんな俺の返答を聞いたあやめは、短く一回嘆息して、

「…分かった。信じてあげる。でも、危なくなったら逃げてね?」

 そう言った。完全に戦力外だと思われているのが悲しい。

「了解。危なくなったらな」

 だから、言い訳するようにそう返したのは、ちょっとした意地だ。

 

 実際のところ、妖魔本体との戦いはかなり厳しいことになる予感がしている。妖魔自身が強いというのもあるが、一番の問題はあの傀儡人形だ。里を襲う傀儡は動きが遅いが、昨日の戦いを鑑みるに本来の動作はかなり早い。数十の傀儡を操っているために動きが鈍くなっているのであればまだマシだ。もし、本体から離れているがゆえに遅かったのであれば、妖魔と戦う際には昨日以上に素早い傀儡を同時に相手しなくてはならない可能性もある。

――もしそうなら、せめて傀儡くらいは抑え込まないと、勝ち目がない…

 あやめは一人で妖魔を討伐するつもりみたいだが、妖魔の実力があやめに匹敵するなら傀儡まで同時に対処する余裕はなくなる。ならば、傀儡の対処は俺がやらなければならない。

――いずれにせよ、逃げる気はさらさらないけど。

 さっきはああ言ったが、結局はそう言うことだ。あやめを戦いから遠ざけたいなら、こんなところで逃げている暇はない。

 

「…いた」

 あやめが、目当ての妖魔を発見した。狒々とでもいうべき大猿のような妖魔は、こちらに気付いているようでニタニタとした表情でこちらを見る。

「一気に決める!」

 妖魔を確認したあやめが、そう言って術式の準備を始める。初撃から大技を打ち込み、一気に勝負を決める気だ。

「攻勢術式:神風!」

 暴風が槌となって妖魔を打ち据える。周囲の木々までもを一緒になぎ倒した破壊の一撃は、過たず妖魔を押しつぶした。

 暴風に巻き上げられた土砂が土埃となって視界を奪う。この一撃を受ければ、高位の妖魔であってもただでは済まないはずだが…

「…そうじゃないかと思ったけど、これだけじゃダメか」

 ぽつりとあやめが呟く。

 砂煙に紛れて姿こそ見えないが、妖魔の気配は消えない。今の一撃を、どうにかして凌いだのか。

 

 やはり、一筋縄ではいかない。その事実を再び確認した俺は、さらなる攻撃を加えるべく、術式を起動した。

 

***

 

「くそッ、攻勢術式:鎌鼬!」

 投げ込まれる大木を切り刻み、直撃を回避する。

 妖魔との戦いは、予想よりもはるかに苦しい展開となった。

 

 予想していた展開は、妖魔が操る傀儡人形を何とか抑え込んで、その間にあやめが妖魔本体を打ち取るというもの。傀儡人形の性能いかんによって展開は変わってくるが、おおむねそんな戦いになると考えていた。

 

 だが、戦いが始まるとすぐに、その考えが甘かったことを思い知らされた。妖魔の能力は、傀儡人形を作り操るものではなかったのだ。

 妖魔の能力の本質は、土や木を自在に操るというもの。土人形を傀儡として操る術は、擬態のためにその能力を応用したものに過ぎなかったのだ。

 

「攻勢術式:あずさ弓!」

 あやめの放った光の矢が、妖魔の操る土の壁に阻まれる。

 妖魔の能力の最も厄介なところは、土木を操るのに要する時間がほとんどなく、攻防ともに間断なく行われるということ。こちらが放った術式を後出しの防壁で防がれ、さらに返しの一撃を打ち込まれる。こちらも防御術式で防いではいるが、二対一でなければ手数が足りずにとうに敗北していただろう。

 

「ギギ、ゲッゲッゲ…」

 こちらをあざ笑うかのような声で鳴く妖魔は、軽々とあやめが放った術を防ぐと、背後の巨石をこちらに打ち込んでくる。身の丈より大きな直系の巨石は、食らえばぺしゃんこに潰されてしまう。

「防御術式:防護壁!」

 巨石を阻むように防壁を展開。霊力を多く籠めたその防壁は巨石をしっかりと防ぎ跳ね飛ばすが、その防壁を見た妖魔は次々に石と木を打ち込んでくるため、なかなか防壁を解除できない。

――この防壁に閉じ込めて、圧殺するつもりか?!

 次々に打ち込まれる攻撃に危機感を覚えるが、防御に手いっぱいで防壁を破壊されないようにこらえる以外の行動がとれない。

「…拓海、そのまましばらくこらえて」

 あやめがそう言って、次の攻撃の準備を始める。おそらく、『威光』で防御ごと消し飛ばす気だ。

「分かった。でも、そう長くはもたない」

 そう答える。正直、間断なく打ち込まれる攻撃を『防護壁』で防ぎ続けるのはしんどくて仕方ない。霊力を籠めて強化しているが、もともと防護壁はそんなに強力な防壁ではないのだ。

 

 妖魔の繰り出す連撃を、耐える。耐える。耐える。

 繰り出される土木の砲弾は、次第に密度を高めていく。こちらが防御に専念していることを悟った妖魔が、自身の防御に割いていた力までも攻撃に割り振っているのだ。

 強烈な連撃に防護壁が軋む。既に、防護壁はいつ破壊されてもおかしくない。

 

「あやめ、まだか?!」

 思わず、あやめに声をかける。『威光』の発動のため深く集中したあやめは、こちらの呼びかけには応じない。妖魔の攻撃は激しさを増し、最早砲弾に視界を埋め尽くされ妖魔の姿すら見えない。

 

 ついに、防護壁の耐久力が限界を迎える。宙に展開された光の防壁に皹が入り、砲弾に打ち崩された防護壁が砕け散る、その瞬間。

「拓海、横に避けて!攻勢術式:神の威光!!」

 あやめの言葉に、素早く横に避ける。砕け散った防護壁を突破し、あやめに迫りくる土と木の砲弾。しかし、それはあやめが放った『威光』に飲み込まれて消滅する。

 砲弾を消し去ったそのままに妖魔すら飲み込む『威光』の一撃は、その射線の全てを破壊しつくして空に消えていく。

 体に打ち付けるような爆音と、それが終わった後の静寂。

 『威光』の光が収まった後には、妖魔の体は散り一つ残さず消え去っていた。

 

「終わった…?」

 全てが消え去ったその光景を見て、あやめがぽつりと呟く。やがて、その体はふらりと揺れて、地面に倒れこむ。昨日と同じ症状だ。

「おい、あやめ!大丈夫か?!」

「…うん、ちょっとフラフラするけど、一応平気」

 慌ててあやめに駆け寄って声をかける。あやめは、少し辛そうにしているが何とか大丈夫そうだ。

 そんなあやめの背中を、ゆっくりと撫でる。そうすると、荒くなっていた呼吸が、ゆっくりと落ち着いていく。

 

 しかし、桜坂の巫女の宿命を知ってしまった今となっては、あやめのこの消耗ぶりが痛ましい。命が削れていく様を見ているような気分になってくる。

「…あやめ、やっぱりしばらくちゃんと休んだ方が…」

 そう言いかけた、その瞬間。

 

 背後の茂みから飛び出した狒々のような妖魔が、あやめに襲い掛かってきた。

 

「んなッ!」

「…!防護壁!!」

 予想外の事態に、思わず硬直してしまう。あやめはとっさに防壁を展開するが、妖魔が振るった腕はその防壁をたやすく打ち破り、あやめの体を弾き飛ばす。

 

「攻勢術式:炎弾!ッ、あやめ!」

 炎弾を打ち込み妖魔を引き下がらせ、あやめと妖魔の間に割り込む。

 なぜ、と疑問符が頭を埋め尽くす。この妖魔は、さっきあやめが打ち込んだ『威光』で消し飛んだはず。

 

 一拍置いて、何が起きたかを理解する。

――身代わりか…!

 おそらく、土木の砲弾の連撃で視界が埋め尽くされた、あの時。あやめが準備していた『威光』の予兆に気づいた妖魔は、その場に自身の身代わりとなる土人形を作成し、茂みの中に身をひそめたのだ。

 威光を打ち込む際、俺にもあやめにも余裕はなく、妖魔の姿を詳しく確認できなかった。だから、土人形でそれらしく形作られた妖魔の身代わりに気づくことができなかったのだ。

 

 炎弾を避けて後ろに下がった妖魔は、しかし恐るに足りないというように両手のひらを宙に向け、その能力により周囲の岩石を浮かび上がらせる。あやめが打倒された今、俺とこの妖魔との一対一。先ほどの戦いでは二対一でも押されていた。もはや勝ち目はない。

 

 妖魔が、ニタリと醜悪な笑みを浮かべる。自身が今まさに葬らんとする退魔師に向けた、嘲りの笑み。

 そして、妖魔は手のひらをこちらに向け、岩の砲弾を撃ち出す。その動作が、やけにゆっくりと見えた。

 

 反撃の一手を打たなければいけない。

 防御術式?間に合わない。

 横に飛んで避ける?背後のあやめが死ぬ。

 

 そう、あやめだ。

 この状況で妖魔の攻撃を受けそこなえば、俺だけじゃなくあやめまで死ぬ。

 いや、そもそも、この妖魔に敗れれば二人とも死ぬことになる。

 

 嫌だ。死にたくないし、それ以上に死なせたくない。

 あやめを、この気弱で強情な幼馴染を守りたい!

 

***

 

 かつて、妖魔がこの世に現れ始めたその時代、妖魔がもたらす危機から無辜の人々を守るため、退魔師が現れた。ある者は友好的な妖魔との契約によって、あるものは神から授かった力によって、あるものは極限まで鍛え上げられた心身によって。

 退魔師の興りは各地に様々な種類があり、その力の源も血族によって様々。ただ、どの退魔師にも共通した事実が一つだけあった。

 

 それは、その力が誰かを守るための物であったということ。

 

 その起源が違えど、人々を守るという意志だけはどの退魔師も持っている。その気高い意志により、退魔師は人の身に余る怪物、妖魔と戦う力を得ることができた。

 

 退魔師は、人々を守る意志と力の結晶たる存在である。そして、その理念は現代の退魔師にも脈々と受け継がれている。今となっては退魔師として当たり前の使命としてのみ意識され、明確な理念ではなくなったとしても。

 

 だから、どの退魔師も、守りたい人を強く意識したときにこそ、その力を最も発揮することができるのだ。

 

***

 

 その瞬間、思考がさらに加速し、身の内から霊力があふれ出すのを感じた。そして、今まで発動が間に合わなかったはずの術を、この加速した時間の中で瞬時に構築できるようになったことを、無意識のうちに理解した。

――いける!

 

「攻勢術式:鎌鼬!」

 一息の時間で発動した無数の鎌鼬が、妖魔の放った砲弾をバラバラに切り刻み、吹き飛ばす。

 

 そして、砲弾の先に姿の見えた妖魔に、追加の一撃を繰り出す。今度は、ちゃんと姿を確認している。身代わり人形には騙されない。

「攻勢術式:炎弾!」

 突然の攻勢に驚いたらしい妖魔は一瞬硬直し、放たれた炎弾を避けようとするが間に合わない。炎弾から逃れ損ねた右腕に着弾し、根元から吹き飛ばす。

 

「ギ、ギガァァァアアアアアアアア!!」

 妖魔は悲鳴を上げ、転がるように横に避ける。先ほどの動作で分かったが、おそらくこの妖魔が能力で土木を操る際、腕を振るって軌跡を指定する必要がある。だから、片腕を奪えば操れる量は半減する。

「ギエエエエエエエエエ!」

 妖魔が残った腕を振るい土の壁を作り出すが、思った通り先ほどまでの壁より小さく薄い。続けて連続で放った炎弾を防ぎきれず、妖魔はさらに吹き飛ばされる。

 

「終わりだ。これで、決める」

 吹き飛ばされた妖魔は起き上がって逃げ出そうとするが、片腕を失ったせいか動きが鈍い。好機だ。ここで、完全に勝負を決めてやる!

 

「防御術式:防護壁」

 妖魔が逃げようとするその先に防護壁を展開し、逃げ道をうばう。さらに、

「複数展開ッ!」

 妖魔を囲むようにさらなる防壁を作り出すことで、妖魔を閉じ込める。昨日の焼き回しのような光景だが、今回は上部の穴もふさぎ逃げ場は与えない。

 こちらの意図を悟った妖魔は、慌てて自分の周りに土の壁を作り出そうとするが、そんなものは無駄だ。

 妖魔を閉じ込めるこの防壁は、さらにこちらの攻勢術式を内に閉じ込めることで増幅させる作用もある。延焼を恐れて使用できなかった爆発系の術をこの中に閉じ込めて発動すれば、密閉された空間で圧縮された爆炎と衝撃で、妖魔を木端微塵にすることができる。その威力の前では、多少の防御壁など無いも同じだ。

 

「攻勢術式:爆光!」

 いつもよりさらに霊力を込めた爆光を発動する。閉じた防壁の中で荒れ狂う爆炎はそのうちのすべてを焼き尽くし、しかし、防壁の外には一切の被害をもたらさない。

 

 そして、爆炎が晴れたそのあと、そこには黒く焼けつぶれた妖魔の体だけが残っていた。

 

 今度こそ、すべて、終わった。

 

***

 

「…?あれ、私……?」

「あ、あやめ、気が付いた?」

 妖魔との戦いが終わった後。俺は、妖魔に殴り飛ばされたあやめの介抱を行っていた。と言っても、とっさの防御のおかげで大したケガもなく気絶していただけの様だったので、膝枕で寝かせて気が付くのを待っていただけだったが。

 意識が戻ったあやめは、膝枕されている自分の状態に気づいて赤くなったが、さすがにすぐ起き上がることはできなかったらしく、しばらくはそのまま横になっていた。そのあやめの頭をなでると、あやめは気持ちよさそうに目を細めた。

 妖魔との戦いが嘘のように、穏やかな時間が流れる。

 

 しばらく時間が経って、十分に回復したらしいあやめは、俺の膝から頭を離して起き上がった。そして、少し申し訳なさそうな顔をして、

「たくちゃん、ごめんね。私、肝心な時に何もできなくて…」

「何言ってんの。あやめは、むしろ頑張りすぎなんだよ」

「…そうかな?」

 そう言った。その表情は、討伐すべき妖魔に打ち倒され、最終的に守る対象だと思っていた俺に逆に守られた申し訳なさのようなものが浮かんでいるように思えた。

 

「でも、私は桜坂の巫女だから、皆を守らなきゃいけないのに…」

「それは、最近のあやめが頑張りすぎて調子が悪かっただけでしょ?」

「…ちょっと疲れたくらいで、退魔師の使命を投げ出せないよ」

「まったく、真面目だ強情だとは思ってたけど、本当に極めつけだな…」

「だって…」

 

「桜坂の巫女の宿命のこと、知ったよ」

 

「え…?」

 その言葉がよほど予想外だったのか、あやめは目を見開いてびくりと固まった。

「神の力が強すぎて、戦いすぎると体に負担がかかるんでしょ?だから、今日もあんなに調子が悪かった」

 実際、あやめの状態はかなり悪かったんだと思う。昨日の時点でも戦いの後に倒れこんだのに、今日の襲撃で長く防戦を行った後に本体との決戦。さっきは必死で気付かなかったが、今日のあやめは術の発動も遅いし、威力もずっと低かった。

「…知っちゃったんだ。でも、それでも私は戦わないといけない。皆を守らなくちゃいけない。だって、それが桜坂の巫女の使命だから」

「知ってる。あやめがその使命を投げ出さない、強情な奴だってことも」

「だったら…」

 あやめの表情は、ほとんど泣き出さんばかりだ。強情で、まじめで、だから、こんなにも追い詰められている。

 

 だけど、俺はもう決めた。強情で、まじめで、気弱で、甘えん坊なこの幼馴染を絶対に救うんだって、そう決めたんだ。

 だから、その言葉は自然と口からこぼれ出た。

 

「俺があやめの代わりになるよ」

「え?」

 あやめは、その言葉に再び固まった。

「あやめよりずっと強くなって、あやめが戦う必要がなくなるくらいに任務をこなせば、もう桜坂の巫女の宿命に付き合うことはないでしょ?」

「いや、そんな簡単な話しじゃ…」

「それに、里の皆をもっと鍛えて、皆でもっと強くなれば、桜坂の巫女がいなくても大丈夫になる」

「ええと…」

 

「あやめがみんなを守りたいっていうなら、俺はあやめを守りたい。っていうか、絶対に守るから」

 

「…ふふ、なにそれ?」

 その俺の宣言に、あやめはふわりと笑みをこぼした。どちらかというと突飛なことを言い出した幼馴染に思わず笑ってしまったという感じだったけど、さっきまでの使命に追い詰められたような表情よりはずっといい。

 

「…いや、笑わないでよ」

「ムリムリ、笑っちゃうよ。だって、ずっとみんなを守ってきた桜坂の巫女を守るだなんて。逆じゃない」

「逆じゃない。だって、ほっとくと死んじゃうでしょ?」

「まあ、そうだけど。でも、あのたくちゃんじゃな~、落ちこぼれだしな~」

 そう揶揄うように言ってくるあやめに、思わず反論する。

「いやいや、あやめは見てなかっただろうけど、今日の俺はかなり凄かったんだからね」

 

「知ってる。頑張ってたもんね、たくちゃん」

 

 その返答に、今度は俺が驚かされる。あの時のあやめは、気絶していて見ていなかったはずだが?

「…さっき、起きてたの?」

「ううん、今のは、今までの全部に対して。成果が出なくても、周りに色々言われても、たくちゃんが頑張ってたのは知ってるから。今日それが、報われたんだよね」

 そう言うあやめの表情はいつになく優し気で、思わず気恥ずかしさを覚えた俺は、あやめの顔を見れずにそっぽを浮いてしまった。

 

 そんな俺の様子を見たあやめは、再び揶揄うような雰囲気になって、

「でも、今日の妖魔を倒したくらいで私の変わりはムリかな~。今日は調子が悪かったけど、いつもの私ならあの妖魔くらい倒せるし…」

 なんて言ってくる。ちょっとムッと来た俺は、気恥ずかしさも忘れてあやめの方に向き直り、

「まあ、そうだろうけど。すぐにもっと強くなるし…」

「うん、期待してる」

 そう言ったあやめは、俺の顔に自分の顔を近づけて…

 

 唇に、柔らかい感触。

「待ってるから。私が神様のところに連れていかれる前に、私を守れるようになってね、たくちゃん?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。