序章
蒼穹には鳶が鳴き、隠す物のない太陽が力強く芽生える草木に降り注ぐ。
何もない大草原に背を預けながらつかむことの出来ない大空へ手を伸ばす少女がそこにはいた。
「やはり此処から出よう」
そう綺麗な声で少女はつぶやいた。彼女の金色の髪は緑風に擽られ宙に波を作り出す。その繊細な髪からそこらの田舎娘といえど、いい家の出だと言うことは誰の目にもわかることだ。
この世界、セレスティアの片田舎に住むにしてはとてもではないが綺麗な身なりをしていた。だが、ただの夢見る少女でないことは彼女の腰に皮のホルスターで収まっている拳銃から判断が出来ることだ。それは古い文明に失われた利器の一つ。今では再現はされているものの古来の力は失われているといわれているもの。
少女は反対の手をギュッと手を握り締め、自分のほうを向けその手を開くとそこにはひとかけらの草が収まっている。
そして手を開いたことによって、彼女の手におさまっていた草は風にさらわれ、どこかに消え去っていった。
「ここにいたか、ユメル」
ふと重低音のバスの声が少女を鼓膜を打つ。その声に誘われるように視線を向けるとそこには黒いプレートアーマーを着込んだ長身の人物が佇んでいた。そしてその背中に生えている竜の翼が彼が竜人であることを物語っている。人型をしているがその鎧を取ればそこにいるのは二足歩行の竜だ。人の何倍もの力を持ち、何倍もの生命力を宿す存在、畏怖と尊敬を集める存在である。
「なんだもう見つかってしまったか」
そう長い髪を風に遊ばせながらくつくつと少女は笑う。
「探す身にもなってほしい。ここらへんは魔物も近寄らない街道の近くだからいいものを。襲われたらどうするんだ」
「そのときはコイツで何とかするさ」そう話しながら腰の拳銃をコツコツとユメルは指先でたたく。
そんな彼女の態度にため息を一つ、竜人はついた。そのため息には取り越し苦労をしてしまった疲れと、そして、多少の彼女への呆れと、愛情が篭っている。
そんな彼のため息にくつくつと再びユメルは笑うと、冗談をいうように言葉を続ける。
「なぁ、ガイアス私は村を出るよ」
「スメラギやモヒートが止めるんじゃないか? それに……」
ここにいれば何不自由しないだろう、そういいかけた彼の言葉をユメルは言葉を被せて止める。
「それじゃあ駄目なんだ。ガイアス、竜人は三百を超える年月を変わらずに生き、何よりも平和と安然を求めることは知ってる。だけどね、私たち人間は五十になれば死に、自由に生きられる時間も十五から二十の後半迄だ。そこからはきっといろんなしがらみに捕らわれてただ、子供のために生きるんだろう。父や母のように」
そこでユメルは一旦深呼吸をし、言葉を捜す。ガイアスは彼女にとってはもう一人の親のような存在だから。彼女が生まれたときには傍にいてずっと自分を守ってくれた。だからこそ、ありったけの言葉で、真実を、本心を語りたい、そう思っているのだ。
「それを悪いことだとは思わない。私もいつかきっとそうなりたいと思っている。だけどね、きっとずっとここにいて母や父に甘えていては私は何者にもなれないんだ、ガイアス。私が自由に生きられる十と幾年、私は私を確かめたい、試したい、何が出来るのかを知りたいんだ」
そこで再びユメルは深呼吸をする、自分の言っていることを自分で確かめるように、その思いを飲み込むように。
「だから、村を出るよ」
「……そうか。だったら出る前に挨拶をしなきゃな、皆に。親父様には私から話しをしておく。
あの人も昔はこの世界を知りたいと旅をしていた『探求者』だった。きっと駄目とは言わないさ。」
「ああ、聞いた事がある。きっと血は争えないんだろうね」
「ユメルは親父様に昔から懐いていたしな」
「訂正を要求する、今も懐いている」
そう草原で語りながら二人はくつくつと笑う。
ガイアスが同行しようとしていることにユメルは何の疑問も抱いていない様子だった。それもそうかもしれない。生まれたときから彼はユメルに剣を捧げ、ユメルと共にあり、ユメルを守ってきたのだから。なぜ彼がそこまでユメルを愛しているのか、それを聞いた事はない。きっと自分から聞くこともないとユメルは思っている。
――だって、そんなことをする必要もなく、彼は共にあり、私はこの騎士と共に居たいと思っているのだから。
少女は竜人に起こされ、その竜人の左肩に腰を乗せ座る。大柄な竜人と人間の少女だから出来る事だ。
こうして名前もない大草原から彼女の決意は始まった。
この世界、セレスティアの果てを見た者はまだ誰もいない。過去の失われた機械文明、消え去った神代の神々の謎、そしてこの大陸、地方の場所ですらまだわからないことが多い。それらすべての謎を求め、探求し、解き明かすもの、それが探求者だ。彼らは過去の遺跡で発見された記述で財産を持ったものも、強大な魔物と呼ばれた生物を倒し、名誉を元に国王となったものも、そして何も得られず、野山に屍を晒したものもいる。
だからこそ、ユメルはそんな世界で自分を試したいとそう思った。自分は何者になれるのか、何者にも成れないのか。