ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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第十話 ココから始まる物語3

 シャンナが指を鳴らすと、突然彼女の姿が消える。それにユメルとスメラギが驚いたように周りを伺うと、突然誰かに手を取られた。

 手を握った人物を確かめると先程と変わらない位置にシャンナが立っている。

 

「姿隠しの魔法。動物みたいに目で相手を認識する相手から見えなくするの。声とかは聞こえちゃうから、静かにね」

 

 彼女のその言葉に二人は頷きを返す。そして、三人で手を繋いだまま、樹海に向かって走り出した。

 門を守る衛兵を横を通り過ぎ、森の中へ中へと走って行く。途中まで、誰かが二人走っていた足跡が続いていたが、その足跡は少し進んだ場所で途切れている。

 ――ガイアスがアルフレムを乗せて飛んで行ったのだろう。

 木々の切れ目から空を見れば幻想的な流星群が降り注いでいる。だが、日が落ちた夜の樹海はどこまでも不気味で、遠くを見ることもできず近くの木の陰すらおどろおどろしく感じる。

 自分の足跡すら、亡者の足音にすら聞こえ、スメラギはすっかり小動物のようにシャンナの手を握りしめていた。

 しかし、シャンナにはこの暗闇も昼間のようにかんじるのか、足取りが変わる事もない。紅いその瞳は微かに光っているようにもみえた。

 彼女の手の温もりが二人には頼もしく感じる。

 何処からか獣の鳴き声が聞こえた。ビクッとスメラギが一瞬震えるがシャンナがスメラギに微笑みかけると彼女は落ち着いたのか、微笑み返す。

 

 こんな状況だからか、石碑までの道のりはひどく短く感じた。気がつけば目の前に石碑があり、その奥は闇が広がっている。

 ユメルだけだったなら、ここで躊躇ってしまうだろう。しかし、シャンナは怖気付く事なく前へと進んで行った。

 闇が広がっている。2m先すら何があるかわからない。心なしか気温も下がり、肌寒さすら感じる。たまに吹く風が冥界の囁きにすら聞こえるくらいだ。

 どれ程歩いただろうか、時間感覚すら曖昧になる森の中、ただひたすらに前へと進んで行く。

 何も考えず、ただ手の温もりを感じ進んで行くと突然視界がひらけた。

 目の前に広がったのは見たこともない街並みだ。石造りの摩天楼、少し柔らかい黒塗りの道。道の十字路には細い鉄柱に長方形の箱が付いており、赤、黄、緑のガラスがはめられている。

 そして、ところどころの床に氷のような結晶が生えており、その結晶が紫色に光りながら辺りを染めていた。

 街の中心にはこの入り口からでも見えるほど巨大な長方形の板にしか見えないモノリスが聳え立っている。あんな高さがあるのならランスからでも見えそうだが。

 

 街に着いた時、シャンナは二人の手を離す。そして振り向くと念を押すように話した。

 

「ここは昔、カルヴァンって呼ばれてた街。今は私が封印して、この日以外は入れないの。ここのことは誰にも言っちゃダメ、いい?」

「カルヴァン……? それに、シャンナさん、機械文明から生きてたの?」スメラギが困惑した様子で尋ねるとシャンナはただ微笑むだけだった。

 

 その時何処からか、金属を引っ掻いたような喚き声とともに、爆発音が響き渡る。

 アルフレム達が戦っているのだろうか。

 シャンナがモノリスを睨みつけながら二人に言い聞かせる、私から離れてはダメよ、と。

 走り出したシャンナに必死に二人はついて行った。

 

 突然、建物の陰から黒影と呼ばれていた悪魔が現れたりしたが、やはりシュペルミルが操っていない個体はそこまで脅威ではないのか、シャンナが数秒もかからず始末して行く。

 触れれば黒影が燃え、視線を送れば突然彼女の周りに現れた輝く槍が黒影を串刺しにした。

 

 どんどんと、何処からか聞こえる戦闘音も鮮明になって行く。

 その音はモノリス周辺から聴こえてくるようだ。

 息も絶え絶えにモノリスにたどり着くと、モノリスを目の前に数十体の黒影と戦うアルフレム達と、モノリスに向かう為の100段近くの階段の上に立つモヒートの姿があった。

 アルフレムは傷の無いところを探すのが大変な程細かい擦り傷が目立ち、ガイアスはところどころ鎧を切り裂かれていた。

 まだ二人はシャンナ達が来たことに気がついていなかったが、二人の戦いを観劇していたモヒート……いや、シュペルミルがシャンナを見、言葉を発する。

 

「ほぉ! 動物どもしか既にこの世界には存在しないと思っていたが、まだ生き残っていたのか」

「……。あの時代から生きているのは私くらいよ。シュペルミル」

「最後の人類、いや、今では旧人類種か」

 

 その二人の会話に気がついたアルフレムが背後を一瞬見る。その視線の先にユメル達がいるのに気がつき、声を荒げた。

 

「何故ここに来た!!」

「私が連れて来たの。そんなに怒らないで」

 

 そうシャンナは語りながら、悠然と歩いて行くと身体から青い炎を浮かび上がらせる。その様子にアルフレムが見惚れていると、シャンナの背中に数十の槍が突然現れた。瞬間、それは矛先を黒影へと向けると寸分違わず、全ての黒影の串刺しにし、息を止めた。

 その様子を見ていた各々は呆然とその強さに硬直するが、シュペルミルは分かっていたと言わんばかりに嘲笑を漏らした。

 

「流石は厚顔無恥の旧人類よ。神から奪ったその力を己がものとして振るうか」

「貴方もまた封印してあげるよ」

「はっ。だが、遅かったな。チェックメイトだ」

 

 その言葉の終わりにモノリスに幾何学模様が浮かび上がる。初めてそこで、表情を凍らせたシャンナが今度は数え切れないほどの槍をシュペルミルに打ち込むが、階段の最上階に結界が張られているか、モヒートの身体にたどり着く事なく槍は全て分解される。

 ――何するのシャンナさん! とスメラギがシャンナに抱きつくが、シャンナは苦い顔をただ、シュペルミルに向け続けている。

 ただ呆然と、ユメルはモヒートの元へと歩き出した。そして、階段の手前で止まると、その光景をただただ見ているしかできない。

 

 煌々とモノリスが光りだす。そして、一瞬太陽のような輝きを放つと、そのモノリスは崩れ去った。

 崩れ去ったモノリスの前に立っていたのは、銀色の髪、黄金の瞳、そして、雄々しい角の生やしたモヒートだった。

 愛くるしい顔が今では、独裁者のような冷酷な瞳を宿している。見ている全てが塵芥だと言わんばかりのその目に全員が表情を強張らせた。

 だが、ユメルはそんなモヒートに声をかける。

 

「おい、頼む返してくれ。私の親友なんだ! 頼むから!」

 

 モヒートはそんなユメルを睥睨すると、はっ、と笑いながら声をかける。

 

「残念だが、もうこの身体は我の物だ。……そうだ、貴様には礼をしなければならなかったな。どうも、蘇らせてくれて、ありがとう。苦しまずに死ぬといい」

 

 シュペルミルが右手を振り下ろす、その光景がユメルにはスローモーションに見えていた。

 ――きっと、これを振り下ろされたとき自分は死ぬのだろう。

 そんな冷静な考えが頭にすら過る。だが左肩に衝撃を感じ、ユメルは横に倒れた。

 ふと振り向けば、誰かの右手が落ちてくる。その綺麗な手、そして、右肩を押さえ苦悶の表情を浮かべるのは間違いようもなく、シャンナだった。

 

「どうやって、封印を破ったのかしら」

「この日が貴様の陰日だという事は気が付いている。あとは数千年をかけて、我が力を外に漏らし、器を用意すればこれ、この通りよ」

「素直に教えてくれるのね?」

「封印をしてくれた貴様の一族には業腹なのでな。手品くらい明かしたくなるものだ。そして、楽に死ねると思うなよ」

 

 シュペルミルがまた腕を振るうが、シャンナはそれを結界を作り出し防護する。そして、呆然としているアルフレム達に向かって叫んだ。

 

「逃げなさい! 街も放棄して、逃げるの! 」

「っ! シャンナさんは!」

 

 アルフレムが彼女に問うと、ただ、彼女は笑うのみだ。

 アルフレムはその顔に視線を逸らしうなづくと、倒れているユメルを抱え、走りだす。

 ガイアスは何か言葉を探すように、少しの間だけ彼女を見ていたが、一言、武運を、とだけ告げるとスメラギを抱えアルフレムの後を追った。

 それを見送ったシャンナは静かに笑うと青い炎を更に増し、煌々と夜空を照らす。

 それを見たシュペルミルは呆れたようにため息を漏らした。

 

「何をやりたいのかわかるが、ここを封じ込めたとして、一年もあれば我は出れるぞ? 無駄死にというやつではないか?」

「貴方にはそう思うかもしれない。けど、一年もあれば、あの子達が貴方を倒すわ」

「は、戯れ言を」

「――ごめんね、モヒート。」悲しげにペンダントを掴み、シャンナは一人呟く。

 

 シュペルミルが呆れたように肩を持ち上げるとシャンナの身体を中心に黒い結晶が生え始める。それはとてつもない速さで全てを飲み込み、街の全てを結晶に包んで時間も全て結晶の中で凍りつかせた。

 


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