鬱蒼とした山の中を子供らを抱えながら二人は走り抜ける。少し進んだ所で、背後が神々しく光り輝いたのがわかった。だが、アルフレムもガイアスも足を止める事はない。
しかし、抱えられていたユメルには、背後の光景が鮮明に脳裏に焼き付いていた。青く輝く炎の柱。そして、その柱が黒く染まり、結晶のようなものが辺り一面を覆うように生え始めた。それは一瞬の事だ。一瞬の後に結晶は先程の街全体を覆った。
あ、と呆けた声しか口からは出ない。首元の雫を握りしめると、さっきまではただの石コロのようだったのに、今は淡い翡翠の輝きを放ち、その中に蒼い炎な揺らめいていた。
――死んだのだ、彼女が。そう理解すると嗚咽のような声がとめどなく溢れ出す。
そんな中必死にユメルは考えた。何故、自分はあの場所に彼女に連れて行って貰ったのか、――何も知らないで全部が終わるのが嫌だったから。
もしかしたら、自分を置いてシャンナは走っていけば、あんなことにもならず、シュペルミルの封印も解ける事はなかったかもしれない。
だが、彼女はそれを選ばなかった。脳裏に言葉が反芻される。
――感情に従う事がそんなに悪い事なのかしら?
きっと、最初からシャンナはモヒートを殺す気だったのだ。だが、それをユメル達の知らない所で完結させるのが嫌だったのだ。
酷く甘い考えだ。けれど、それがいけない事だろうか。
きっと、彼女はこうなった事に後悔していない。この場所に自分を立ち会わせた事に後悔していない。
泣き叫びたい、懺悔したい、もう動きたくない、そんな思いもユメルの中にある。
だけど、それよりも何よりも、自分が一番嫌なことは今自分が何もできない事、そして、子供を理由にこうして二人に迷惑をかけること。
だから、ユメルは泣きながら、後悔しながら考えた。今、何が自分に出来るか。
周囲に気を配る。そして、空を観察する、その時異変に気がついた。空から一つ、流星群から外れた星が、だんだんと近づいている事に。
「ガ、イアス!! アルフレム殿!! 空から星が降ってくる!」嗚咽を抑え、叫んだユメルの声にアルフレムが反応する。
「はぁ!? ……、おいおいおい、まじかよ、アイツ、そんな事も出来るのかよ!?」
驚き叫んだアルフレムとは対照的にガイアスは落ち着いて星を観察していた、そして、自分を落ち着けるように淡々と話す。
「見る限り、あと二時間、二時間でランスに激突すると見積もられる」
「二時間?! ここからだと全力で走っても街にたどり着いて、残り一時間がいい所だぞ!?」
ユメルは深呼吸をし、心を落ち着かせていく。何もできないのが嫌だ。泣きわめくのは、これが終わってからでも出来る。
頭にランスの街並みの地図を思い浮かべた。今からたどり着くのは北門だ。
全員を誘導し、逃げるためには、人手が足りない。衛兵の力を借りなければならない。それが出来るのは自分だけ。
その上で、東、西、中央から、南に流し、南門から全員を草原に流さねば隕石によって全滅する。
「ガイアス! 街にたどり着いたらまず私は本部に向かう。ガイアスは先行して、東区の避難誘導を。アルフレムは、スメラギを連れて領主館に向かってくれ!」突然凛とした声で話し出したユメルにガイアスは歯を噛み締めながら、
「ユメル……、了解した。それと、モヒートもシャンナ殿も守れなくてすまない」
「……、俺は領主館でいいんだな?」
「あぁ、避難させるには衛兵それと、領主両方の力が必要だ。スメラギ、父上の説得は出来るな?」
「う、うん」
「頼んだ。ガイアス、落ち込むのは後にしよう。私も、ガイアスの言いつけを守らなくて、すまない」
子供が大人に迷惑をかけるのは、当たり前の事だ。それが分かっているからこそ、ガイアスもアルフレムもその子供を助けられなかった事、そして、自分もまた、何もできなかった事に歯がゆさを感じていた。
さらに、どうだ。たった一人の子供が、泣き叫びたいのも、落ち込みたいのも、全部押し殺して必死に大人になろうとしている。
――それは、自分達が頼りない大人だからだ。
一時間で、全員を逃す事など夢物語に近い、けど、子供がそれを実現させるために必死で考え、そうしようとしているのだ。
なら、大人である自分達に出来る事はそれを現実に変えてやる事だ。
アルフレムもガイアスも、そう、同じ事を考えていた。そして今できる事は足を止めない事、苦しくても、止まりたくても、必死に北門を目指す事だ。
ガイアスと、アルフレムが目が合う。そして考えている事は同じだった。
――きっと飛べば、ガイアスの方が早い。
だからこそ、アルフレムは抱えていたユメルをガイアスに手渡した。
「先に行け!! すぐ追いつく!」その行動にユメルは驚くと、
「おい! 一人でこの森を抜けるのは危険だ!?」
「……了解、アルフレム殿、魔物にやられるなよ」
「はっ、もともと一人で活動するのにはなれてるっての!」
一度うなづくと、ガイアスは翼をはためかせ、森の木々の上から北門に飛んで行った。
アルフレムはそれを見送りながら、立ち止まらずただ、北門に向けて走っていた。
――犠牲はもう十分だ、ここから誰も殺させねぇ、俺も、街のやつも。
もともと探求者として一人で活動していたのだ、流石に夜遅くに森を走り抜けた経験はないが、こんな事で根を上げていたなら、きっと探求者は名乗れない。
そんな思いを胸に彼は一人森を走った。