ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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第十三話 ココから始まる物語-終

 爆炎に包まれた悪魔が鳴く。ただの魔物ならば、これで終わるだろう。しかし、アルフレムはこの巨大蜥蜴はこれだけで死ぬ事はないと確信をしていた。

 だからこそ、ガイアスに再び呼びかける。今から使うのは次に高額の術札だ。武器に火の力を付与し、灼熱した武器が相手を切りさくという物。武器に対してもある一定のダメージを負わせてしまうのが難点だが、生物相手にこの術は非常に効果的だ。

 ガイアスが意図に気がついたのか、アルフレムの隣に降り立つ。その途端アルフレムが術札を破り捨て剣に貼り付ける。

 すると、ガイアスの剣が灼熱を帯びた。それを確認したアルフレムが手短にガイアスに告げる。

 

「効果が無くなるのは五分程度。その後その剣は研がない限りなまくらだ。上手く使ってくれ」

「了解した」

 

 火を霧散させた悪魔は所々灼け爛れさせながらアルフレムを睨みつける、そして彼に向かいその幾百もの触手を伸ばした!

 だが、アルフレムが後ろに下がるのと同時にガイアスが前に出、その触手を剣で切り裂いていく!

 

✳︎✳︎

 

「お、おとーさん……、おかーさん……」

 

 スメラギの家は無残にも倒壊し、その原型を残していない。もしかしたら生きているかも、等という淡い期待は庭先で倒れる衛兵の死体、そして、侍女達の無残なバラバラ死体に打ち砕かれている。

 ただユメルはスメラギの背中を撫でる事しか出来ない。ガイアスの様に悪魔に対峙するだけの力も無ければ、アルフレムの様な即応性もない。

 無言で、スメラギの背中を撫でながら、ユメルは魔神の雫を握りしめる。

 ――シャンナさんのような力がわたしにも有れば。こんな悲しみも、こんな無力感も、なかったかもしれないのに。

 ユメルがそんな思いを胸にペンダントを握りしめると、暖かな、そして、見知った手の温もりが返された気がした。

 

「シャンナさん……?」

 

 そして手のひらをみれば、その手に青い炎が揺らめいていた。その炎は渦をまいて収束していき、そして、淡く翡翠色に輝く一発の銃弾になる。

 ――これは、お守りだから、そう話していた彼女の声が蘇った。

 なんと言葉に表していいかわからない。胸が熱くなる感覚を覚える。涙が出そうになるが、今は泣く時じゃない。

 ユメルは銃弾を弾倉に込めた。この一発は、あの人が貸してくれた力の一部。

 弾倉を一発しか入っていない方へと交換する。

 けど、きっとこれで十分。

 

「あああああっ!!」

 

 ユメルは引き金を悪魔に向けて引いた――拳銃から青い炎が飛び出る。その炎は徐々に槍の形を取り、悪魔の首に突き刺さる。

 トドメにはならない。それどころか、ユメルは拳銃が手の中で砕け散ったのを感じた。

 ――Vooooo!! 悪魔が首の槍を抜こうと悶え苦しみだす。

 そんな悪魔の隙を突いてガイアスが飛翔した。

 ガイアスは体当たりをするように、その焼けた剣を槍の隣に突き刺す! 手で蝿を握りつぶすようにガイアスに悪魔の手が迫るが、ガイアスは槍に足をつけるとその槍を蹴る勢いを利用し、剣で悪魔の首を横に切り裂いた。

 青い鮮血が辺りに飛び散る。悪魔が震える様にたたらを踏むのを見ながらガイアスは上空に飛翔した。

 そして急降下をしながら、彼は悪魔の脳天にその剣を突き刺す。それがトドメだったのか、悪魔は前のめりに倒れるとピクリとも動かなくなる。

 ガイアスが怪訝な表情でユメルを見る。

 ――さっきのは……?

 だがユメルも訳が分かっていないのか、自分の手を呆然と見ていた。その手には既に何も残ってはいない。だが、雫の中の青い炎は少し輝きを増した様に感じる。

 ユメルは今は感じないその炎の温もりを思い出す様に手を顔に押しつけた。もう、限界だった。止め処なく涙が溢れる。だが、泣き崩れたいのは我慢し泣きながらも言葉を続ける。

 

「スメラギぃ! 泣き、たいのは、お前だけじゃない!! 立て、立てよ!! まだスメラギにしか、出来ない事があるだろ! スメラギが、避難の声明を叫んでくれないと、残っちゃう人が、いるかもしれないだろ!!」

 

 感情がぐちゃぐちゃだった、泣きたい、泣き止みたい、立ち止まりたい、そんな暇はない、友人に優しくしたい、けど、泣き崩れたいのはこっちも同じだ。

 崩れた感情のままにスメラギの襟首を掴んでユメルは立たせる。

 自分よりも酷い顔で泣いている。ユメルを見て、スメラギは驚きと共に泣き止んだ。ユメルがこんなに泣いているのを始めてみたのだ。

 言葉を返す元気は今はスメラギにもない、だけど、親友の言葉には答えたい。だから、歯を噛み締めながらもスメラギをうなづいた。

 ユメルは手を離す、今度はスメラギはちゃんと自分で立ち自分を泣き止ませようと深呼吸を繰り返していた。

 

 そんな二人のやり取りを見ながら、アルフレムとガイアスは居た堪れない思いしか抱けない。

 子供が大人になろうと背を伸ばしている。それはこんな状況ではなければ、可愛らしいものだ。けれども、こんな状況下だからこそ、痛々しい。自分たち大人が頼りないという事なのだから。

 立場ももちろんあるかもしれない。けど、自分たちがもっとこんな状況を変える事が出来れば子供達に頼らなくても良かったはずなのだ。

 延々と浮かんでくるその負の連鎖の考えを二人とも打ち切った。そう、子供が前を向いてるのに、立ち止まる事など出来ないのだから。

 

「ユメル。スメラギはガイアスに空を飛んでもらう事で各場所に声を届けてもらう方がいいと思う」気持ちを切り替え、アルフレムが提案するとユメルはそれに頷いた。

「衛兵団の、本体は、東回りで避難勧告を出す。だから、アルフレム、私と一緒に西回りで行くぞ」

 

 ユメルも親友が泣き止んだのを見て落ち着いたのか、深呼吸をしながら冷静に言葉を続ける。

 ガイアスはその作戦に追加するように、上空を見上げながら告げた。

 

「あと、一時間ないくらいだ。ここから急いで南門まで40分程。戦闘や寄り道はもう無理だ」

「……分かった、その旨を伝えながら足を止めずに対処していこう」ユメルは落ち着いたのか冷静に返した。

「では、スメラギ殿、背中に」

 

 落ち着きを取り戻したスメラギを背負うと、ガイアスは飛び立っていく。それを見たアルフレムもユメルを背負おうとするが彼女は首を横に振った。

 

「私はまだ体力がある。だがアルフレム殿はもう膝が笑っている。各々走ろう」

 

 その言葉にアルフレムは苦笑を浮かべた。事実、もう足はつりそうだ。息は多少戻ったものの、身体があまりいう事を聞かない。

 

「すまねぇ」

「……いや、貴方が居てくれて、本当に良かったと思ってる。だから、生き延びよう、共に」

 

 そのユメルの言葉に面を食らった様にアルフレムは顔をしかめると、ああ、とだけ返事返した。

 ユメルが先導するように走り出す。普段なら子供に負ける事は無いが、アルフレムは足がもう千切れそうな程痛かった。

 だが、我慢だ、とアルフレムはあまり服用してはいけない薬を袋から取り出し、飲み干す。

 強力な鎮痛剤だ。しばらくすれば痛みも無くなるが、中毒性がある上後で治療院送りになるのは避けられないだろう。

 だが、そんな先の心配は生き延びてからだった。

 走りながらユメルが叫び始める。

 

「衛兵団団長の娘、ユメルだ!! 全員、南門へ逃げてくれ!! 頼む! 急いで南へ逃げてくれ!!」

 

 叫びながら西区の農業区を走って回ると、やはり残って居たのか、家から顔を出す者たちが少し見かけられた。

 本当なら、足を止めて説明したい。けれど、時間がそれを許さない。

 だから彼女は血の味を喉から感じながらも足を止めずに叫び続ける――頼む、南門へと逃げてくれと。

 その言葉に反応した数人は身ひとつで逃げ出したり、馬を駆って逃げたりと苦労が結ばれたが。

 ある数人はその様子を見送りながらただ、玄関に立っているものもいた。

 

「頼む逃げてくれ! 街が消えるんだ! 頼む!!」

 

 そんな彼らを見ながらユメルは叫ぶが、彼らは、悲しげに首を振る者も居れば、ユメルに謝罪するように腰を折る者も居た。

 それを見ながらもユメルは叫び続ける。何人助けられたのか、何人見捨てたのか、数えては居なかった。

 気がつけば、南門へとたどり着いており、人がもう疎らにしかいない。

 赤く染まりつつある空を見ながらただ必死に二人は走った。

 ――間に合わないかもしれない。

 その考えが頭を過ぎった時、二騎の馬が前方から駆けてくる。馬に乗っている人物を見れば、ユメルの父と、衛兵隊の者だった。

 彼らは円を描きながらターンをし、ユメル達の横をに並ぶと同時に、二人を引き上げる!

 ユメルは小柄なのもあり父に抱き抱えられる形で回収されるが、大人のアルフレムは横ばいの状態で馬に跨り、つい、危ねぇ! と叫びながら姿勢を変えていた。

 走るよりも圧倒的に早いスピードで馬は駆けていく。二人はそんな状況で漸く落ち着いたのか、背後を振り向いた。

 背後では大きな星が街に勢い良く激突をした。

 馬は衝撃波に煽られ、たたらを踏むが倒れる事なく進み続ける。

 街が消えるのが鮮明にユメルの目に焼きついた。赤い空、上がるキノコ雲、吹きおこる強い風……。

 

 

 

 ――私の冒険の始まりは、こんな夜だった。

 

 

 

 

 


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