ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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一章 エピローグ

 ランスから南の草原で避難民は焚火を焚き、身を寄せ合っていた。全員が疲れたように下を向き、地面に座り込んでいる。衛兵たちもまた違わぬ表情を浮かべているものの、彼らは淡々と人数を数え、被害を調べていた。

 食料を持ち出せたものは少ない。明日の食料すら全員に回らないだろう。

 生き残った何人が南のパリスタンに避難する上で脱落するか、頭を悩まさずにはいられなかった。

 そんな中、ユメルもまた一つの焚火を囲んでいた。表情は魂が抜けたようにひどい顔をしている。その焚火を囲むのは痛みに身をあまり動かせないアルフレム、この中で一番まだ気力があるガイアス、友人に寄り添い、また、全員と同じように下を向くスメラギ、そして、衛兵団の団長、ユメルの父であるバーナード・ユーラシカだった。

 全員が鎧を脱ぎ捨てており、苦悶の表情を浮かべている。

 

「問題は南に向かうとして、体力が持つのかどうか、そして、食料の問題だな。急いで出たせいで、まともに食料は持ち出せてねえ。それに、女子供がその上で行軍に耐えられるかが心配だ。脱落者は避けれないだろうな。魔物を相手にするにしても 、衛兵に食料が回らなければ戦うこともままならん。」バーナードが顎髭を撫でながら、状況を確認するようにつぶやく。

「そのことなんですが、先遣隊を派遣させ、パリスタンに救援を……、いや、最短でもそれじゃあ救援に1週間はかかるな」アルフレムもまた自らの体の痛みに耐えながら意見を述べる。

「厳しいですな。明日は馬を何頭かつぶした上で狩りを行いましょう。また、食べられる草等を探しながら進むしかないでしょうね」

 

 ガイアスが疲れた頭でそう考えを述べていると、ユメルは一切表情を動かすことなく、ただ茫然と地面を見ながらぼそりとつぶやく。

 

「その両方をやればいいんじゃないか。……アルフレム、それにスメラギと私、ガイアスで馬を走らせパリスタンへ。それと並行的に狩りを行いながら足を進めればいい。2日程、救援がくるまでの時間を詰められるだろう」

 

 そう呟いた彼女の言葉に頷きながらも、バーナードはかける言葉が見つからなかった。死んだ瞳をしながら火を木の枝でつついている娘に話す言葉が見つからないのだ。

 状況はある程度、ガイアスから報告を受けていた。シュペルミルという存在、隠された古代都市、そして死んだ守り神。

 そのすべてにユメルが深くかかわっている。いや関わりすぎているといってもいい。

 この場で何も話さず自閉的になってしまうのも無理はないことだった、けれど、この娘はあきらめたような顔を浮かべながらまだ考え続けている。

 子供がやることじゃないだろう、そう思う。しかし、その意見がひどく正しいのも確かだ。

 

「よし、じゃあユメルの案で行こう。難民の統率は俺が責任をもって行う。今日は疲れたろう、ゆっくり休んでくれ」

 

 あまりにかける言葉が見つからな過ぎて、バーナードは立ち上がり、逃げるように難民たちの元に向かった。もっとも、彼も考えがまとまらないのは理由がある。

 ――ユメルの母が避難途中に魔物に襲われ、死亡したのだ。彼が難民たちを先導している時、目の離れた場所で、守れず、無残に。

 誰のせい等とは言えない。ユメルの言葉はあの時も正しかったし、家族を守って逃げることは衛兵団の団長としてはありえない。前線に立ち、難民を避難させるのはひどく正しい行動だった。

 けれど、その結果は一番大切な最愛の妻の死亡という事実を持って現れた。

 だからこそ、ユメルもまた父にかける言葉は見つからない。

 ユメルは父がいなくなって漸く、涙を目に貯めると手で顔の半分を覆いながら、頭を掻いた。

 

「なぁ、私がやったことは間違えてなかったのか? あの時はあれが正しいと思ったが、もっと、もっとやりようがあったんじゃないか? 私が森を調べなければ、モヒートはあんなことにならなったし、シャンナは死ぬことはなかったんじゃないか? なぁ、なぁ。……私のせいだといってくれよ。なんで誰も私を責めないんだよ……」タガが外れたように嗚咽と慟哭が漏れる。

 

 アルフレムとガイアスはただただ、焚火を見つめていた。顔を見られなかった。

 だが、言葉を探すように息を吸うと、アルフレムは自分の考えを話し出す。

 

「何でお前を責めるんだよ。何が間違ってたんだ。あの黒い種の危険性が多少なりともわかってたのは俺だし、森に同行を許可したのも俺だ。

 それによくやったよ、お前は。町の人を半分以上あの状況で逃がすなんて、俺のガキの頃じゃできなかった。俺もお前の案が最善だと思ったんだ。お前は間違ってねえし、誰にもわからねえよ、こうなるなんてよ」

 

 膝を抱えてユメルは蹲る。今度はスメラギがそんな彼女の背中を撫でていた。そして疲れた顔で笑うと、ユメルに言葉をかける。

 

「私はあの状況で何もできなかった。あの状況でだれかを助けようとああやって行動できたユメルはすごいんだよ?」そんなスメラギの言葉にガイアスも続けた。

「……、私は、あの状況で全員が全力で行動したから、こんなに助けられた命があると、そう思う。見捨てることも出来ただろうし、家族だけ連れて逃げれば、もっと簡単だっただろう。

 けれど、それを選ばなかったのはユメルの美点であり、誇るべき事だ。誰も責めることなどできぬよ」

 

 ユメルは優しい言葉をかけられれば、かけられるほど、剣で体を刺されるようだった。

 自分が思ってしまうのだ、もっと、いい方法があったんじゃないか、自分がでしゃばらなければ、もっと何かあったんじゃないか。自分があんなことをしなければ、こんなことにもならなかったんじゃないか。

 この感情は止めることはできない。全員の言うことも正しいのかもしれない、けど失ったものが多すぎるのだ。泣いているだけじゃ、何も進まないのも、これは答えのない考えだとも理解していた。

 ――だが、今だけは、今だけは嗚咽を漏らしても許してほしい。明日、明日になれば、また立つから、今だけは。

 

 ユメルは頭をだれかが撫でた気がした。それは間違いようもなく、銀髪のあの人の手だと思う。

 けれど、顔をあげれば、それは消えてしまいそうで、その温もりを感じながらただただ、闇夜に嗚咽を響かせ続けた。

 


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