ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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一話 貿易都市

 セレスティアとこの世界は呼ばれている。人間がこの世界で認知している場所は数知れる。それはただ今人類が生きている大陸ウーヌス大陸だけだ。その大陸にも人類は散らばった領土と、幾つかの都市国家が連なる地方地域の人類の生存権でしか生きていくことはできない。なぜなら、国がない場所とは過去、そこの人間が全て殺されて空白となったか、強大な『魔物』と呼ばれる生物が住む地域だからだ。

 この世界は過去栄華を極め、機械文明と呼ばれる一大文明を築いていた。そのころはセレスティアはもっと広く、知らない世界の果ても存在していた、らしい。

 だが、その文明は何かしらの原因で滅び去っている。そして、その過去にも世界を作ったとされる神々がこのセレスティアからいなくなったと呼ばれる『神代』の時代も存在する。

 なぜ、人類の生存域はこんなにもなくなってしまったのか、過去に何があったのか、神代とは何か、そして魔物とは何なのか、……人類が生きるための道を探すもの、探求者。それは一種の英雄のような存在であり、人々に広く受け止められる存在達である。

 

 どうやったら成れるか、それは簡単だ。探求者だと、名乗ればいい。

 もしそれを語る資格がなければいつか名前に殺され、実力が伴えば人々は英雄として歓迎する。

 そんな世界のウーヌス大陸の最北端都市国家郡『セプテントリオ地方』の片田舎にユメルの街はあった。

 都市国家と都市国家をつなぐ貿易中継都市としてスメル山脈の麓にその町は存在する。

 人々はここを『貿易都市ランス』と呼ぶ。南に三日いけば『城砦都市国家パリスタン』北に二日行けば『禁則地域への架け橋カリーヌ』が存在する。

 そのどちらも探求者を手厚く保護する軍事国家であり、探求者となるならここは夢の大地とも言われている。

 ユメルは貿易都市ランスの領主の館の一室、豪奢な家具が置かれている部屋で陶器の器でいい香りにする茶色の水を飲み黒毛の少女と語らっていた。

 

「美味しいな。さすがはスメラギコレクションの一品だ。こんなに美味しいセイロンは君の所でしか飲めないよ」

「ラトゥブラナっていう葉のお茶よ」

「そうか、覚えておこう」

 

 開いた窓から鳥のさえずりが聞こえてくる。左手を望めば、そこには貿易都市ランスの町並みが広がっており、慣れ親しんだ光景があった。東地区に存在する工業地域を見れば工房から煙があがっており、今にも金床の音が聞こえてくるようだ。西に存在する農業地域では今日もせっせと土を弄る人がおり、中央の商店街では絶えない人波が喧騒を醸し出している。だが、そんな街をさえぎるのように4メートルの石の壁が街を囲んでおり、そこから先は大草原が広がっていた。

 そうでもしなければ草原から来る『魔物』から安心して眠れないのだ。

 眩しいものを見るようにユメルは目を細めて街を見る。この光景を心に刻み付けるように。

 

「本当に街を出るの?」

「ああ、決めたんだ。自分に何が出来るか、何が出来ないのか、それを私は知りたい」

「……別れの挨拶ってわけねぇ。ちゃんと父親には話した? モヒートには?」

「父上になら、昨日許可をもらったよ」

 

そう話しながらユメルは微笑みを浮かべ、部屋の扉の脇に直立不動で立っているガイアスに視線を向けた。彼はユメルの視線を受けると返事をするように右手で左の腰に帯剣してある剣の柄をこつこつとたたく。

 その返事に満足したのかいっそう笑みを深くすると彼女は目の前のスメラギに視線を戻した。

 

「そう。……たださ、約束してくれないかな」

「ん?」

「明日の祭りまではこの街にいるって」

「ああ、そうだった、明日は星降り祭、だったな」

 

 星降り祭。

 年に一度この街で行われる一大的は祭りでその日に限って昼夜を問わず人々は飲んで歌って、食べて次の一年の安全を祈る。

 その祭りの日は山に星が落ちるような流星群が空を覆うため人々はこの日を『星降り』と呼び、『星降り祭』として慕われてきた。

 忘れてたといわんばかりにユメルは視線を村に戻す。なるほど、よく見てみれば常時より街が活気づいているのがわかる。きっと逸る気持ちに近くの事を忘れてしまっていたのだろうとユメルは自分を少し戒め、反省した。

 

「わかった。今年もまた三人で回ろう。モヒートと、私と、君で」

「ええ、約束だからね!」

「ああ」とユメルはスメラギのまばゆい微笑みにつられて笑みをこぼす。

 

 この街の領主の娘、スメラギ・アヤカ。この街の衛兵団の団長の娘、ユメル・ユーラシカ。工房街を取り仕切る親方の娘、モヒート。小さい頃から接する機会があった彼女らは当たり前のように仲良くなり、当然の如く、親友となり今日まで一緒にこの街で暮らしてきた。

 ――どう説明しようか。

 ユメルはふと今になってもモヒートに語る言葉を決めかねていた。スメラギは聞き分けよく、長い目で物事を見れる人柄のため説得には難を要さないだろうとわかっていた。きっと家を送り出す母ように見送ってくれるだろうと。

 ただ、モヒートはよく言えば情緒豊か、悪く言えば感情的だった。だからこそユメルはもしかしたら自分についてくると言いかねないと頭を悩ましているのだ。

 もっともそれは彼女の環境もあると思うが。

 

「あ、鳶」

 

 スメラギが指差す方向を見ればピャー、と鳶が鳴いていた。大空を自由に思いのままに飛びながら。その姿はどこまでも自由で縛られるものもなく、そして蒼穹をわが庭のようにしている。

 その姿に何を思ったのかユメル自身にもわからなかった、が、彼女の中に一つの答えが出た。

 思ったままに言葉をぶつけてみよう、と。

 それからスメラギの館を後にしたのは数刻太陽が動いてからだった。昔の話に話題を咲かせたり、また茶葉の話をしたり。

 今になってそれが一段と楽しく思うのはすでに心が此処から離れているからだろうか? と、ユメルはそう思った。

 

✳︎✳︎

 

 館から出た彼女は工房街へ足を運ぶために商店街の噴水広場を歩いていた。

 コツコツと革靴がレンガで出来た地面を叩き、一定の速度で歩を進める。そしてふとその足が立ち止まった。

 噴水の下に見慣れぬ男が座禅を組んでうんうんと唸りながら考えこんでいたためだ。

 祭りの日ならばそういうこともあるだろうと素通りしただろうが今は祭りの前日、そして見慣れぬ男はなんと考えこみながら水を飲むようにワインを瓶であおっているではないか。

 警備団という親を持つからだろうか、こういう厄介事を見逃せない彼女は歩みを変え、男の下へ歩いていく。

 

「こんにちは旅の方。そんなに悩まれてどうされた?」相手を刺激しないようにユメルは微笑みながら彼に言葉をかけた。

「ん? いやいやかわいいお嬢さんなんでもないよ」

「何でもないようには見えないが。私に出来ることがあるかもしれない、こう見えてもこの街では顔が利くからね」

 

 そうユメルは話しながら背後に佇むガイアスに視線を一瞬送る。

 その視線に答えるようにまたガイアスは剣の柄をコツコツと右手で叩いた。

 近くでみた見慣れぬ男は無精ひげを口の周りにはやしながら困ったように栗毛を左手で掻いている。

 その胸に短剣がしまわれていること、そして柔らかい使い込まれた皮の素材を防具として鎧にしている事を見てユメルは『探求者』か、と相手を暫定する。

 その『探求者』の男はガイアスを見て目を見開き、まいったといわんばかりに両手を広げた。

 

「わりぃわりぃ、怪しいよな、俺。でも怪しいもんじゃねえんだ。この街にちょっと野暮用があってきた探求者でさ。アルフレム・ジントニスつうんだ。お嬢さん、いやお嬢さまはこの街の権力者か?」

「アルフレムか。私はユメル・ユーラシカ。権力者か? という問いには概ね肯定だが、正解ではない。何せ私には何も権限はないのでね。ただ、誰かに顔渡しくらいは出来るつもりだ。こう見えてもこの街の衛兵団の団長の娘でね、困っている人は捨て置けないんだ」

「ああ、成るほど! 合点がいった。いや俺はちょっとスメル山脈の樹海に用があってよ。パリスタンの依頼でここに来たんだが、ちょっと道中にいろいろあって到着が遅れちまってさ。

 そんでさっきついたんだけど、スメル山脈は星降り祭が終わるまで閉鎖っていうじゃねえか。どうしたもんかって、頭を悩ましてたのさ」

 

その言葉にユメルは首を傾げながら返答を返す。

 

「待てばよいではないか?」

「いや、それがよ、星降り祭が終わるまでに確認してくれっていう直々の依頼でさ……」

「確認? ふむ……なるほど。父に招待状を書こうそれで何とかなるはずだ」ユメルはそういうと、胸元から紙を取り出し、持ち歩いているペンでそこに地図とサインを書いていく。

「こういっちゃなんだが、いいのか? 俺なんかを紹介して」

「私は、父からこう教わっていてね。探求者と村人は大切にしろと、そして一度首を突っ込んだことは決してなげだすなとね」

 

 ユメルはなんでもないという風にすらすらとそう告げ、紙をアルフレムに手渡した。

 それはこの街の地図と、父の職場までの道のり、そして紹介者としてユメルの名前が書かれた簡易的な紹介状だ。

 ユメルに差し出されたその紙をすぐには受け取らず、アルフレムは少し惚けた様子でユメルの顔を見ていたが、それも一瞬の事で穏やかな笑みを浮かべると彼女の紙を受け取って立ち上がった。

 

「出来た嬢ちゃんだなぁ。もしだが、パリスタンに来ることがあれば『その日の気分のパンシエット』って店に来てくれ。だいたいそこに厄介になってからよ」

「ん? 機会が合えば伺おう」

「ああ、そうそれと、これ、お礼にどうぞ。本当にありがとうな!」

 

 そういうとアルフレムはユメルの手のひらに乾燥した黒い実を乗せる。

 おい、これは何だ、とユメルがたずねようとアルフレムに向けるときには彼はすでにこちらを見ておらず、スタスタと案内図に従いあるきだしてしまっていた。

 手の上にある不思議なこの実をどうしたものかと熟考していると、後ろからガイアスがその実を摘んで自らの鼻先でスンスンとにおいを嗅ぎ始めた。

 

「ああ、これは子供が食べるものじゃないな」

「ん? いったいなんなんだそれは」

「ドライグランベリーのワイン漬けだよ。ピクルスに似たようなものだ。緊張したときとかに食べると心が少し落ち着く。まぁ酒の効果と口に何かを含むと落ち着くっていうそんな御まじないみたいなものだけれどな。乾し肉の一種で保存が利く非常食だ」

「ふぅん……貰っていいか? 少量の酒なら問題あるまい。私もすでにもう少しすれば十五で成人を迎えるしな」

「ああつい子供扱いをしてしまった、すまない、そうだな。ユメルが貰ったものだ」

 

 ガイアスは鎧の上からでもわかる苦笑をもらすと、乾しグランベリーをユメルの手に戻す。

 人とは好奇心の塊だ。ユメルもまだ酒を飲んだことはなかった。だからこそどんな味がするのだろう、後で食べてみようと顔を見てその心の機敏がわかるくらいにはじっと実を見つめる顔には色が出ていた。

 その実を一度腰にいつもつけている皮の袋に入れると、再び工房に向けて足を進めた。

 

 *

 

 この貿易都市の装飾品は特産品として有名だ。主な特産品はリング。金属が淡い緑の光をはなち光るその色は翡翠とプラチナを混ぜたようなやさしい色合いを放つ。精霊鋼と呼ばれる金属で、スメル山脈でしかまだ出土が確認されていない。

 この鋼は五百度を境に融解と凝固を突如行い、その扱いにくさ、そして形成の難しさから加工できる職人はこの街でも一握りしか存在しない。

 そんな鋼を自在に形成できる唯一の人物こそがここ工業地域の長、スミノフだ。

 ユメルは気負うことなく工業地域で一番大きな工房の前に立つとその檜の扉をノックする。

 

「入るぞ」

 

 その声と共に中に入ると、幾人もの職人が金槌を手に金床に置かれた緑色に発光する石をひたすらに睨み、あるいは金槌で叩いて形を形成していた。

 そんな中一番奥の窯で椅子に座りながら口にサトウキビを銜え作業する無精ひげが似合う中年がいた。

 ほかの全神経を研ぎ澄まし作業する者たちとは違い全身の力を抜いて作業をする、そんな別格の男に怖じけることなく、ユメルはすたすたと彼の下に歩いていく。

 

「作業中すまないスミノフ殿。モヒートは二階だろうか」

 

 話しかけられたことにスミノフは眉を顰めユメルを睨み、ああ?、と恫喝するが相手がユメルだとわかるとコロッと表情を変えどこにでもいる、酒がすきそうな中年の親父の顔になった。

 

「おお! ユメルちゃんじゃねえか。ああ、娘なら二階にいるぜ、呼んでこようか?」

「いや、いい、モヒートも何かしてるんだろ? 私から向かうさ。作業の手を止めさせて本当にすまないな」

「いいんだよ。俺の弟子だったらぶん殴ってるとこだがな!」

 

 とケラケラと笑いながらスミノフはさらりと怖いことをいう。もっともそれも嫌味ではなく、本当に部外者なら仕方がないという本心からの言葉だった。

 苦笑をひとつ彼にむけ、ユメルは工房の奥にある階段から二階へあがっていく。何度も来た勝手しったる家だ。ユメルからすればスミノフは親戚のおじさんのような感覚であり、実際スミノフからしてみても姪のように扱っている。

 だからこそ気負うことなくユメルは二階に上がりモヒートの部屋へと入った。

 

「これで出来上がり」

「モヒート?」

 

 モヒートは自室の大きな木製の作業机の上に幾多の機械を並べながらその中の一つを真剣に手で弄っているようだった。ゴーグルを目につけ、つなぎを身にまとい、黒い髪を短く切っている彼女は女性らしさという言葉から対角に位置する。

 だが、その華奢な体と綺麗な肌がこのような姿であっても女性を捨てていないと主張していた。

 

 モヒートはこの街で唯一の機械技師だ。

 いまや機械文明に存在した機械のほとんどを作れるものはいない。ロストテクノロジーであるそれを現代によみがえらせ、機械文明に存在した道具、そして文明の利器を復活させようとするものこそ『機械技師』と呼ばれる。父が小物を作る鍛冶師であるのに対し、彼女が機械技師であろうとその知識を昇華させたのは理由があった。

 父が大きすぎるのだ。決して手を伸ばさぬ高みに存在し、どんな技法を凝らそうと作っても父はそれを子供が玩具で遊ぶようにやさしく微笑んで「よくやった」と褒めるだけで、相手にされない。

 実際、精霊鋼も未だに加工を成功したことがなく、作る装飾品も二流、いや三流。「その年にしてはすごい」「流石、スミノフさんの子供だ」そんな言葉がお世辞であることは彼女自身が一番理解していた、いや子供ながらにしてしまった。

 

 だからこそ、父親とは関係のない機械技師に逃げた。きっかけはふとした出来事だった。壊れた拳銃をユメルの父がパリスタンから持ち帰ったときその一つをユメルがお土産として貰ったのだ。

 そしてそれをモヒートに見せたユメルはなんとか直せないかと、子供ながらに彼女に聞いたのだ。そのときは知識もなく手探りで修理を行った、錆を落とし、解体した部品を模倣し新しい部品を作り取替えて組み替える。するとどうだろう、錆びて動かなかった拳銃がスライドし撃鉄があがるようになったのだ。

 それを、本心からユメルは『すごい』と褒め称えなんども感謝の気持ちを伝えた。そこからだ、機械文明の珍しいものを弄っては直し、自力で知識を吸収していった。ユメルも機械文明の物はロマンに溢れ好きであり趣味仲間となったモヒートと日夜語り明かした。

 そしていつの間にか簡単な機械なら作れる凄腕の機械技師となった。

 

「あ、ユメルちょうどよかった。面白い機械が修理し終わったんだ!」

「ほう? 興味があるな」

 

 モヒートは朗らかに手からスティック状の機械をユメルに掲げる。その機械をユメルが見てみると機械文明の文字で録音、再生、停止などと書かれているのがわかった。

 たしか音声録音機器だと、ユメルは理解すると感嘆を漏らしモヒートに近づいていく。

 

「ほうほう! 音声は入ってたのか?」

「だからいい所にきたっていったのよ~! 今から聞いてみるつもりでね!」

「何、それは本当に幸運だった。早く聞かせてくれ」

 

 二人して目を輝かせながら心を落ち着けるように椅子に座ると二人の間の机の上にそっとモヒートが音声録音機器を横たえる。これは古来の人々の生活が録音されていることもある機械文明の建物から発見される機械であり、内容によっては一攫千金の価値を持つそんなロマン溢れる機械だった。

 もっともだからこそ赤子を扱うようにモヒートは横たえ、ユメルはそれを固唾を呑んで見守っているのだが。

 

「じゃ、再生するね?」

「ああ」

 

モヒートがゆっくりとその指を再生ボタンへと伸ばし、再生を押す。すると、ノイズと共に男の声がその機械から流れ始めた。

 

『西暦二千八十四年……日、とうとう平和が訪れる、クローンNo,25404番……ミルの永久凍結に成功したのだ。だが、我々も被爆……。この記録が残ることを願い、この建物に近づく未来の者に言葉を残す。

 絶対……はここに眠る。決して……。そしてすまない、アレは我々の負の遺産だ。シュペル……時、再び滅びが……』

 

 その言葉を最後に音声録音機器の再生が終わる。もうなんの言葉もないというのに、その部屋にはただ沈黙が下りていた。

 


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