ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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はじめての依頼2

 シュペルミルが神という事実よりも、ユメルはシャンナの魂がその雫の中にあるという事実にぎゅ、と首元のそれを握りしめた。

 ――彼女が今も自分を気遣っていてそして、自分を見守っている。あの日撫でてくれたその手も、渡された銃弾も、間違いなくシャンナが助けてくれたものなのだ。

 胸が締め付けられそうになる。怒ってくれた方がましだ。お前のせいなのだと、罵ってくれたほうが――やめよう。

 ユメルは自分を責め続ける事を、あの日にとどまることをやめよう、そう思った。誰も、そんなことを望んでいないのだと。

 シャンナも、アルフレムも、ガイアスも、バーナードも、スメラギも、――きっとモヒートでさえ、そんな事を望んでいない。

 『――折り合いをどこかでつける必要があるんだ。結局、生きていくならいつまでも止まることも出来ねえし、きっとそんなことをしてほしいなんて死んだ奴も思ってねえよ』

 そのとおりだと、そう思った。きっと、自分がそんなんだからシャンナは意思を託すことを今もためらっているのだろうと。

 だが、そんな中、アルフレムはシャネルに憤りを覚えたようだ。先ほどの丁寧な口調が嘘のように粗雑な言葉で彼女に言葉をぶつける。

 

「それで、その遺志を継ぐユメルを。その話を聞いた俺達に何をしろと?」アルフレムは眉間に皺を寄せ、続ける「そうか、ならそれを俺たちが倒そう、なんて言うと思ったのか?  誰かがやらなきゃいけねえのはわかる。はっきり言わせてもらう。そういうのは人柱っていうんだ。

 それを此奴に、まだ二十歳もいってねえ餓鬼に話してどうしろってんだ? こいつが、あの事で悩んでいるのもわかっただろう、そんな上でこんな話をするってことは洗脳にちけえよ、あんた」

「そう、かもしれない。けど、アレを倒す上できっとシャンナのその力は必要になるの」

「もしかしたら、シュペルミルはシャンナさんが倒したかもしれないって、そう思わないのか?」

「そんな簡単に死ぬ相手なら、封印なんてしないと思うわ。」

「じゃあ、あんたはシャンナさんですら倒せなかったアイツをコイツにどうしろってんだ!」

 

 アルフレムがバンッ、と机をたたいた。ユメルはその言葉を聞きながら、自分の言葉を告げようと思った。何かできるなら、何かしたいと。

 ユメルが言葉を発しようとした途端、アルフレムがユメルの肩を叩きその言葉を止めた。彼の顔をユメルが見ればそれは自分に対しても怒っているようにも見え、そんな表情をアルフレムにされるのが初めてで彼女はつい言葉をつぐんでしまう。

 

「――ユメル。お前、今日の朝受け取りで市場で糧食予約してただろ。馬使えるか?」

「あ、ああ」

「そうか、じゃあ馬使っていいから取ってこい」

 

 取ってきたほうがいいんじゃないか? 普段のアルフレムなら、きっとそういうだろう。

 だからこそ、この言葉は有無を言わさぬ言葉で、けれど自分を思っての言葉だとユメルはわかった。

 アルフレムの言葉と、シャネルの言葉その両方が板挟みになってユメルは何もいえず静かに俯いて頷いた。そんなユメルの様子に、一瞬アルフレムは視線を反らし、先ほどまでの怒った表情を消していたがその顔をユメルが見ることはなかった。

 ユメルがそっと立ち上がった時にはアルフレムはシャネルと向き合っており、決して口を挟める雰囲気ではない。シャネルも自分を呼び止めないことを見ると静かにユメルは部屋から出ていった。

 残された二人。シャネルは申し訳なさそうに下を向いていたが、それを許さぬアルフレムがまた言葉を続ける。

 

「お前、何をさせる気だった。ふざけるなよ。俺はあの日の説明は喜んでする、それは依頼内容だしな。アレをどうにかしないと沢山の人が死ぬのも、最悪、この世界がどうにかなってしまうっていうのも理解できる。

 だがな、ソレを年端もいかねえ餓鬼にする話じゃねえだろうが! 特別な力を受け継いだとか、そんなの関係ねえ! あの年頃っていうのはそういう『特別』とか『お前にしかできない』だけの言葉でころっと騙されちまう。それをわかってていったのか!? 

 はっきり言わせてもらう、他を当たってくれ。有名な英雄君にでも頼めばいいだろう」

「……。ごめんなさい。でも、シャンナさんの力は本当に特別で、あの神との闘いには……」

「関係ねえって言ってるだろ! 押し付けるんじゃねえ! 俺は今、アイツの事をアイツを一番に思ってる仲間に任されてんだ」

 

 確かに、子供に話す話でも、頼む話でもないのはシャネルにも分っていた。

 ――けれど、シャンナの遺志を継ぎ、力を継いだのはあの子供なのだ。たとえそれが年端のいかぬ子供だろうと。

 シャンナの力、それは他の魔神族と別格の力を持っている。他の魔神族も確かに戦闘する際は様々な色の炎を纏わせる。けれど、通常、その状態を保てるのは『5分』がいいところだ。あの状態ならば、超越した魔法を行使できる。だが消耗も激しく、必ずあの状態となるとマナの枯渇は免れない。

 だが、シャンナはあの状態を永遠と保つことができる。無尽蔵のマナ、そして絶大な威力、それは唯一神に対抗できるだろう神のごとき力。

 

「でも、きっと、私がこの話をしなくても、あの子は戦いに巻き込まれます。それだけ、特殊なんです、あの力は」

「それは俺たちが決めることじゃねえよ。アイツが考えて決めることだ。『逃げたい』って思うなら、それでいいんだ。誰かがやんなきゃいけないからって、勝手に押し付けるな」

 

 ぴしゃりと、アルフレムはシャネルに言い放つと話はもうないと言わんばかりに席を立つ。取りつく島がないとはこのことだろうか、シャネルは目を伏せながらただアルフレムを見送る事しかできなかった。

 

**

 

 ユメルが部屋から出ると、また、パンシエットに呼び止められる。

 パンシエットの顔は申し訳なさそうな表情を隠しておらず、何のことかとユメルは首を傾げた。

 

「さっき、ガイアスって人が来たんだよ。貴女に伝言を頼まれてさぁ。『私達は明日、このまま騎士と同行し、北進する。』だってさ」

「あぁ、やっぱりそうか、了解した。それで、探求者達への依頼集まりそうか? 明日の朝までに集まらなければ取り消したいのだが」

「そっちは問題ない。三人とも確保してるよ。集合は変わらず、明日の朝ここでいいのかな?」

「はい。それで頼みます」

 

 それだけユメルとパンシエットはやり取りをすると、それじゃあ、用事があるので、とユメルは店を後にした。ユメルが馬に乗って西に向かった直後、アルフレムが部屋から出てくるのだがそんな事を知る由もない彼女は言われた通り、ぱからぱからと馬を西の市場に進ませていく。

 向かう途中色々な言葉が頭を巡っていた。アルフレムのシャネルを怒鳴った言葉。シャネルの意思を継いだといわれた言葉。そして、シャンナと話したあの日の夜の言葉。

 ――『感情に正直な事ってそんなに悪いことかしら。お利口に生きる事が、いい事なのかしら。私はね、後悔して欲しくない』

 後悔しないように。後悔しない生き方を。その意味。何をすべきか、いや何をしたいか。その自分の心、それと向き合ってただただ茫然と馬を進ませていた。

 

 空は綺麗だ。あの日変わりない蒼穹を映し出していた。曇りのない晴天。だけれど、あの日みた空のよりも今は少し色褪せてユメルには見えた。

 気が付けば、市場にいた。答えは出ない。

 ――きっと、シュペルミルと戦うといったら。さすがに聞きわけのいいスメラギでも泣いて止めるだろう。生きて帰れないかもしれない。死ぬのは、……嫌だな。けど、きっと戦わないとしても、きっとどこかで後悔する。

 

「流されてるのかな、私は」

 

 そう呟きながら、ユメルは発注を行った店に向かう。さすがに手持ちで運んでくれという店は無く量をユメルに確認させた上でどこに送るかという打ち合わせと、料金の支払いのみの取引だった。

 今日の夕方の内に『その日の気分はパンシエット』に運んでくれ、と彼女は打ち合わせ購入を終える。その時あの果実の店主から心配されないくらいにはユメルはポーカーフェイスは得意だった。

 さて、戻るかともう一度探求者組合に足を運ぼうとしたところで、ユメルはふと西門に目を向ける、すると、ある光景に驚き目を見開く。

 昨日食事を共にした孤児院の子供が行商の荷台に隠れて門を通過したのだ。

 ここから西門までの距離は500m程。馬を走らせれば間に合うだろう、けれど人通りは激しく、馬を走らせることはできない。さらに、困ったことに朝方、丁度人が動き出す時間でもあり、この時間門の前には行商人達が列を作っていた。そして、列に並んだとして自分は身分証明書を持ってはいないのだ。

 

「チッ」

 

 思わずユメルは舌打ちをする。きっと子供たちは何も考えず、ただ小さな冒険のつもりで忍びこんで門から出ていったのだろう。ユメルももう少し小さな時には良くやっていたことだ。

 だが、外には魔物がいるのだ。今になるとわかる。アレがどんなに危険な存在か。そしてどんなに簡単に人の命は消えてしまうのか。

 先ほどまで悩んでいた事をすっぱりとユメルは頭の中から消し、孤児院へと馬を進めた。

 ミーネに伝えるために。


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