ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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はじめての依頼3

 できるだけ馬を急がせ、ユメルは治療院へとたどり着く。急ぎ足で馬を飛び降り馬を繋ぐと中に入っていった。

 今は少し聞きなれたベルの音がユメルを出迎える。店内を彼女は確認すると揺りかご椅子に揺られながらミーネは本を読んでいた。ユメルの慌てた様子に彼女は目を丸くし、その揺らしていた椅子を足で止めた。

 

「何かあった?」

「子供たちが行商の馬車に紛れて、外に出たのを見た。できれば、一緒に来てもらいたい」

「うそ!?」

 

 驚愕のあまりにミーネは本を床に落としながら立ち上がった。彼女は一瞬その本を見たが、拾う動作一つせずに奥の通路に消えていく。恐らく外にでる支度をするのだろう。

 その間ユメルは自分の手持ちの荷物を確かめていた。左腰には子供でも扱えるショートソード。右脇にナイフがある事を確認し、腰の道具袋に軽い怪我なら血を止めることも可能な軟膏が入ったままな事を手で触って確かめると自分ひとりで頷いた。

 この道具は全てバーナードから旅支度として渡されたものだった。銃程ではないがユメルもバーナードやガイアスからある程度自衛のために剣を教わっており扱えないわけでもない。――もっとも、あの町にいたころなら、剣や銃さえあれば魔物をあまり恐れていなかったが、いまではこれだけでは心もとなかった。

 できれば、魔物と会わないように、そうユメルはペンダントを握りながらシャンナに祈った。ふと、暖かな手の感触をその握った手に感じたがユメルは首を横にふると自分でも驚くほど落ち着いた声でつぶやく。

 

「――大丈夫、私一人でやってみるよ」

 

 ――きっと、助けてくれと頼んだならシャンナは助けてくれるだろう。けれど、なんでもかんでも彼女に頼ってしまえばきっと、だめになる。あの時も自分に力を貸してくれた。あれが使えるなら、きっと今よりなんでも自分はできるようになる。けど、けれどだ。それは私の力じゃない。それに、師匠も、ガイアスも、父でさえ、あんな力を持っているわけでもないのにとても強い。だから私も私の力で何かしたいんだ。

 そう、心で語りかけるようにやさし気に温もりを握り返すとすっと温もりは消え、途端に頭を撫でられた気がした。

 

「けど、もし力及ばなかったらまた助けてください。私の我が儘に子供達を巻き込むわけにはいかないので」

 

 ――がんばってね。

 そんな声がふと聞こえた気がした。ユメルは幻聴かもしれないそれに頷く。ユメルはわかっていた、もし、この力を受け継ぐなら、きっと答えを出さなければいけないのだ。あの神と対峙するか否かを。

 ――そう、我が儘なのだ、これは。でも中途半端なまま貴女の力を使いたくない。

 ユメルがそう雫に語り掛けていると奥の通路からコートを腰袋を付けたミーネが戻ってくる。急いでいたのだろうか、少し汗ばんでいる。

 

「ごめん、お待たせ! 行こう!」

「ああ。」

 

 二人は治療院から出ると馬の括りを取り、馬に乗る。どうやらミーネは馬に乗れないようでユメルが先に乗るとミーネに手を貸し馬に引き上げた。

 小柄なユメルがミーネを引き上げるのはなかなか大変だったが、足場から乗るために手を貸しただけなので子供のユメルにも出来た。

 そして、外に出るために門に並ぶが待つための時間が永遠にも感じる。ミーネは多少苛立ちを覚えているようで軽くユメルの胴に回した手の指がピクピクと動いているのをユメルは感じた。

 ようやく彼女たちの番に回るまで実際には十数分しかかかっていなかったが、ミーネは門番に矢継ぎ早に身分証を見せるとユメルに飛ばして、と口にする。

 それにユメルは頷くと、握っている手綱を一回振るい馬を走らせる。

 街道は村や別の都市国家に向かう行商と護衛の列にあふれていたため、道からずれ、草原を駆けさせる。立ち並ぶ者たちはユメル達を怪訝な顔で見ている事に彼女らも気が付いていたが、そんな事はお構いなくただ馬を急がせた。

 どの幌馬車か、詳しく覚えてはいない。だからこそ後ろの積荷に見覚えがあるものを探しユメルは確認しながら走らせていたが目的の幌馬車はなかなかみえてはこない。

 半刻程走らせ、ようやく目的の馬車が見えた、が。

 

「――居ない?」

 

 積荷の中にすでに子供達の姿はなかった。ならば道中どこかで降りたことになる。この草原のどこかで。

 軽いめまいを覚えながらもユメルは馬の手綱を引き馬を引き返させた。

 ミーネがユメルの服をぎゅっと握った。その手は汗ばんでおり、彼女が心配で胸が張り裂けそうなことはユメルにも伝わっていた。

 ――考えろ、考えろ。

 ユメルはなら、自分が落ち着かなくてはと深呼吸をしながら馬を一旦歩かせる。師匠ならどうするか、それを必死に彼女は考えた

 そしてふと、街道に目をやる。歩いている人物はおらず、全員が馬を使い移動していた。

 そこで閃きユメルは街道に目をやりながら馬を歩かせたまま進ませる。

 

「どうしたの?」ミーネが怪訝な声を隠そうともせずユメルに尋ねた。

「足跡だ、足跡をさがしてくれ。馬車から降りたなら土の街道ならそれ相応な足跡ができる。それに横の草原に入ったならば小さな獣道ができているはずだ。」

 

 ユメルが静かにそう語ると、後ろのミーネは頷き彼女もまた街道に目をやる。

 落ち着いて探すと少し戻った場所に小さな足跡が街道についているのがユメルにもわかった。つい、あった、と叫んでしまう。早く見つけてやらねば、そう心音は早まる。だがはやる心を落ち着かせ街道から草原に目をやると反対側の草むらに獣道ができているのを見つけた。

 急いではだめだと、馬を歩かせしっかりと獣道をたどるように進んでいく。

 ふと、ガイアスの事をユメルは思い出した。星降り祭の前ユメルが町の外に抜け出し、それを探したガイアスも同じような気持ちだったのかと。

 ――今度会ったら謝ろう。

 素直にユメルはそう思った。あの時の自分は根拠のない万能感に満ちていたのだと。

 ユメルが街道から外れ、しばらく獣道を通りながら馬を進ませると、街道が見えなくなったあたりで子供達の姿を見つけた。

 一人の子供が刃をつぶした鉄の剣を持ちながら誰かと戦っている。その誰かは遠くて今は良く見えないが、小柄で、両手に子供と同じような片手剣を持ち、子供のがむしゃらな攻撃を受け止めながら時折、優しく子供の体をその剣でポン、と叩いていた。

 150cm程の大きさしかないその人物と子供のやり取りを見ているとそれは剣の演練だとわかる。回りには治療院で見かけた子供が二人と、見たことのない額に一本の角を生やした少女が二人の演練を見守っている。

 徐々に近づいていくうちにその小柄な人物の様相がわかった。緑色の肌、そして尖った鼻と耳。さらに獣のような目をしており人間でないことは確かだ。その体に使い古された革の鎧を身にまとっていることから、戦いに心得があることはわかる。

 ユメルはその人物を見て驚いたように目を見開く、知人、というわけではない。

 彼女の知る限り、それは魔物だったからだ。

 

「――ゴブリン?」


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