ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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そして困難を求める

 アレイスターはユメルの表情を見るとふ、と笑った。それが理解不能でユメルはこの場の恐怖などを忘れ怪訝な表情を彼にぶつける。そんなユメルから視線を外した彼は後ろに立っているアナスタシアの顔を見ると、彼女の名前を呼んだ。

 

「君がこの子に同行しろ。多少手を貸しても構わない。もし危険ならばアナスタシアが倒してくれ」

「倒す、というのは構いませんが。この子を守り切るというのは実力によりますが厳しいと思いますよ」

「別に強制というわけではないんだ。これを受けて自分の身すら守れないならそれまでだったということだ」

 

 アレイスターはそういいながらユメルを見た。子供でもワイバーンの恐ろしさは親から聞かされている。口から出される岩を溶かす炎。巨大な体躯から繰り出される鉄を穿つ鉤爪、そしてその生命力。翼を捥いだとして彼らは死にもせず、死ぬまで抵抗を続けるという。

 ユメルは手元の紙に視線を落としながら考える。きっとここが分水嶺(ぶんすいれい)なのだろうと。力を使い誰かを助けるならばこれくらい倒せなければあのシュペルミルなど倒せはしない。だが、この力を使わず生きるというのならコレを断り関係のない場所で生きればいい。

 ――モヒートの顔が一瞬ユメルの脳裏をよぎる。自分が至らなかったせいで犠牲にしてしまった親友。もともと、シャネルの言葉にも頷くつもりだった。しかし、アルフレムが自分を思ってああいってくれた事も理解はできる。深呼吸して、考えた。自分がなにをしたいか、どうなりたいか。

 そして、それはずっとユメルの心の中で騒ぎたてているのだ。誰かのため、村のため、それも多少はある。ただ、あの日と同じようにまた三人で笑いたい。

 ――モヒートを助けたいんだ、私は。

 あの状態を死んだ、そう切り捨てるなら簡単だったけれど、そんな簡単に切り捨てられることはユメルにはできなかった。両親と同じくらいの時を一緒に過ごした親友だから。

 

「――やります」だからこそ、ユメルは頷いた。

 

 とん、と誰かに背中を叩かれた気がする。ユメルの胸の中に暖かい何かが入ってくる感触を感じる。そして、それと同時にある映像が脳裏に沸き上がった。

 

**

 ――それはずっと、一人で森でただ孤独に過ごしていた誰かの光景、ただ誰かが訪れたとしても一言、二言しゃべれば帰ってしまう。木はだんだんと成長していくけれども、ただ孤独が心を占める。

 同種族は時折訪れるが、彼らも途方もない時間に生きている。少し話したら、次に来るのは数十年後か。

 長く生き過ぎた。そう呟く自分の声が聞こえた。

 そして幾星霜(いくせいそう)、木が枯れて、緑がまた生え、また枯れて。

 ふいに金色の髪の青い瞳が綺麗な少女が現れる。その子は無邪気に自分に話しかけてきた。迷い込んだのか聞こうとして、突然その子のお腹が大きく悲鳴を上げた。

 ふ、とつい笑ってしまい、すぐ作れるサンドイッチを手渡すと小動物のようにかわいらしく食べるのだ。それを見つめていると、少女は不意に食事をする手を止め、自分の顔をまじまじと見るのだ。どうしたの、そう聞こうとした言葉は先に彼女の言葉でかき消される。

『さみしいの?』

 それは、私がずっと思っていた事で、知っている人も誰もいないこの長い生はまるで生き地獄のようで。だからつい子供だというのに頷いてしまった。寂しいと。

 少女は頷くと、サンドイッチを慌てて食べ、どこかに走り去ってしまう。――ああ、また一人か、と立ち上がる気も起きずにそのまま座っていると、不意にまた少女が現れた、今度は二人増えている。

 二人の少女は私のこの姿に畏怖を覚えたのか、木の陰に隠れて近づこうとしなかったが金髪の彼女はまた私に近づくと朗らかに笑いこういうのだ。一緒に遊ぼう、と。

 それからの日々は白い紙に色彩を垂らしたように色鮮やかで、長いとおもった数年が矢の如くすぎていった。

 自分に子供がいたら、こんな感覚だったのだろうか。

 星が降る夜の日、大きくなった金色の少女が何か自分に言いづらそうに食事をしているのに気が付いた。

 わかっていた、いつかこの子達も出ていくのだと。その時は笑顔で送ろうとそう決めていた。

 だけど、だからこの長い生に色彩をもたらしてくれたこの子に私は自分の分身を渡そうとそう決めていた。でも、正直に言えば多分恐縮して受け取ってくれない。だから少し誤魔化して。

 ――ねぇ、聞こえてる?

 私は、あの時戸惑ってしまったんだ。モヒートを殺すことを、貴女を泣かせることを。そんな考えで、アイツがどうにかできるはずもないのに。だから、あれは私のせい。思いつめる必要はないの。

 貴女にこんな形で何かを託すのは心ぐるしい。私がやらなきゃいけないことを貴女が決意してしまったそのことをふがいないとすら思う。

 私は、貴女に自由に生きてほしい。旅をして綺麗な景色を見て……。

 だからね、夢はあきらめないでほしい。今更何言うんだって思うだろうけど。それは私の願いだから。

 これからは助けられないけれど、一緒に私もいるから。

 貴女は、死なないでね。

 

**

 

 その光景が終わった時ユメルは辺りを見るが、どうやら一瞬の事だったらしい。特に景色に変化はなかった。見たその光景にユメルはぎゅっとまた雫を握りしめる。中を見てももう青い炎はない。

 けど、ユメルは泣くことはなかった。あの夜、もう前を向くと決めた上、胸の中にシャンナの温もりを感じるのだ。一緒になった、そう感じる。

 

「ふむ」それを見ていたアーサーが不意に唸る。

「そうか。なら、できるというのなら、やってもらおう。君がこの依頼を成功させた暁には、騎士として取り立てて――」そう話すアレイスターの言葉を頭を横に振ってユメルは否定する

「いいえ、今後協力もします。依頼があれば引き受けましょう。けど、私は騎士ではなく、探求者になりたいのです」

 

 怯えていた少女が酷く落ち着いた言葉で自分の言葉を否定したことにアレイスターは驚愕を隠そうとしなかったが、ユメルの表情をみてまたふっと彼は笑った。

 

「そうか、それでもいい。なら、この依頼が終わった暁にはお前に探求者としての身分を与えてやる。依頼を受けてくれるというのなら、別段変わりがないしな」

「ありがとうございます」

 

 アレイスターのその返答にアナスタシアは小さな声で呟いているのがユメルの耳には聞こえていた。へぇ、あの偏屈嫌味爺が折れることもあるんだぁ、と。

 

 

 

 


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