「要件は以上だ。期日はランスの者がここに到着するまで、だな」
「了解しました、それでは早速とりかかります」そうアレイスターに告げ、一礼し部屋を出ようとしたユメルをアーサーが呼び止める。
「魔神族の力は、根本的には魔術と変わらないよ。ただ、それがその場に魔術を行使する上で必要な『元素』がいらなくなっただけ。
だから、知らないものを作ろうとしても力は行使できない。君が一番知っている形で力を使うんだ。いいね?」
じっと、白雪の男はユメルの瞳を見つめながらそういった。
ユメルはそれに対し、こくんと頷くと視線を外し部屋の扉に向かっていく。
扉の横にたっていたアナスタシアは、彼女のその姿を確認し、片手で扉を開くとユメルの後に部屋から出ようと歩みだす。しかし、ふいに後ろから呼び止められた声に振り返るとアーサーが自分を見ていることに気が付き、足を止めた。
「何か?」
「いや、彼女はまだ若い。君がしっかり先導するんだよ」
「――了解しました」
子供にワイバーンの討伐を任せておいてどの口がそんな事を言うのかと心の中でアナスタシアは毒吐いていたが、それを胸に押さえつけ、変わらぬ表情で返答をする。
カタン、と扉から二人出ていったのを確認した領主アレイスターは、ふぅ、とため息を吐くと先ほどまでの様子から打って変わり、疲れたように執務机の椅子に腰を落とすと額に手を当てながら呟いた。
「災厄の獣を倒す上で、本当にあの子供の力が必要なのか?」
「ええ。彼女の力は重要な要素の一つでありますから」
「厭になるよ、領主というこの仕事は」
ため息を吐いたアレイスターのその意味を知るものは、アーサーただ一人だ。
**
アナスタシアはワイバーンを討伐する上で必需品があると、彼女の馬にユメルを乗せ北の探求者のための店が立ち並ぶ一角に訪れていた。
太陽はすでに頂点に座している。今日向かうとするなら、買い物を済ませたならすぐに出発しなくてはならない。そのため、いつもは重いからと外してる頭部(アーメット)をアナスタシアは装着している。
その頭部は竜を模して作られており、顔の耳があるであろう場所には黒銀に光る角が取り付けられている。
アナスタシアのその装備がそこらの騎士と異なるユニークなものであるため、まじまじとユメルは彼女を観察していた。
その視線に気が付いていたアナスタシアはふ、と笑いを漏らすと、こんこんと左手で角に触れる。
「これ、実際に倒した竜の角。その騎士の強さを表すためにこうやって装飾されんだけど、重くてしゃーないのよね」
「なんと、アナスタシア殿は竜を殺したことがあるのか!」目を輝かせながらマジマジと角を観察するユメルの頭をついついアナスタシアは撫でてしまう。
仕事柄こうして子供と接する機会がないが、アナスタシアは子供が嫌いなわけじゃない。むしろ好きなほうだ。
しかし、相手が子供であろうと軍人であるため仕事は絶対であるし、騎士、という仕事が性にあっている彼女は上官には逆らえない。
本当のところを言えば今回の任務は大反対だ。何をもって子供にワイバーンを討伐させるのか、それが理解できなかった。
竜を殺したことがあるアナスタシアでさえ、ワイバーンは油断をすればあっさり自分の命を奪うくらいには危険な相手だ、それをこんな少女を脅して依頼するなど彼女の感性からすれば言語道断、ありえないことだ。
――あの爺どもには悪いけど、私が討伐してしまうか。
そう、アナスタシアは心の中で考えている、言葉に出せばだれが聞いているかわからないため話すことはないが。
「竜が共通して危険なのはまず、一番は『息』。アイツらは喉に油みたいのを貯めててさ、喉の奥で火花を出す器官があるんだけど、その油に引火させて火の息を吐き出すの。
だからモロに喰らうと火が付いた油が体に掛かって水をかけようが、湖に飛び込もうが消火できない。アレは食らったら即死物ね。
次点で今回は鉤爪。えらく切れる爪してるから盾とかで受け止めようとか、剣で受け流そうとかしたら一瞬でダメになるし、力負けするからね。あと、これも直撃したらどんなに重装甲だろうと即死。
最後に鱗かな。並みの攻撃力じゃ岩叩いたみたいに硬くて弾かれるし、武器がダメになる。ただ、どの生物にも弱点があるように、ワイバーンは首の内側、尻尾の内側、それに翼膜と目が弱点。そこだけは柔らかいの」
馬の歩みの音を聞きながらユメルは彼女の話に頷く。そして何故彼女が大剣を好んでいるのかそれを聞いて理解した。大型の魔物であろうと剣を以て切り裂くために持っているのだと。
馬の手綱をアナスタシアが引く。
その命令によって馬が歩みを止めた場所は『魔道具』の専門店だった。安いもので500ジルは下回らない魔道具は便利であるが、一般市民にはかかわりのないものだ。
術札(じゅつふ)を筆頭に魔術の力が込められた物品を売り出しており、その性能、また手間や技術料から高価になる。
「アナスタシア殿、お金を今所持していないのだが」申し訳なさそうにユメルがそう告げるとアナスタシアは大笑いをしながら手を横に振った。
「いい、いい。後で費用で出させるし。それにワイバーンの素材って持って帰れば爪だけでも5,000ジルするのよ? なかなかおいしいでしょう」
「ワイバーンをお金稼ぎの対象として捉えるのは本当に一部だけだと思うが。すまない、恩に着る」
礼儀のいい可愛らしい子供、それがアナスタシアのユメルの印象だった。だからこそ、こんな馬鹿げた依頼で死んでほしくはないのだ。
馬から降りたアナスタシア達が店の中に入ると店内には数様々な商品が並べられている。まず目を引くものは壁に飾られている剣だろうか。『地竜のアギト』と書かれたそれは零の数を数えるのがばかばかしくなるほど非常に高価な値段をしていた。
目玉商品、恐らく売る気のないものの一つだろう。それ以外にも武器、防具の類は1万ジルを下回るものはなく、安いもので15,000ジルの火が灯るナイフくらいだ。
道具類に目を移せば、そこには棚にきれいに整頓された術札の類と、アクセサリーが置かれている。
術札は高価なものは10,000ジルから、安いもので500ジルまでと値段はまちまちであり、アクセサリーは5,000ジル前後で手堅くまとまっている印象を受ける。
あまり客は訪れないのだろうか、店内にはユメルとアナスタシアしかいない。
いや、カウンターの奥には銀縁の眼鏡が特徴的な茶色の髪の青年が本を読みながらこちらを伺っていたが、店員というにはあまりに愛想がないように見える。
しかしながら、ぼそりといらっしゃいとつぶやいていることからその男性がこの店の店主、あるいは店員ということは間違いはないようであった。
「今回のワイバーンで重要なのは、『火』をどうやって防ぐか、また、どう地上に落とすか。これはいい?」
「うむ」ユメルはアナスタシアの話に頷き話を促す
「装飾品でも火は防げるけど、今回はこれかな」そういいながらアナスタシアは2,000ジルのする術札を2枚棚から取り出した「『水の防護膜』っていう魔法なんだけど。直撃以外のブレスの火を防いでくれたりする術札ね、でもう一枚が『吹きおろし』っていう風の魔法。なんかダウンバーストとかいうのを発生させて、空を飛んでいる対象を落とせるやつだね」
その二つを二枚ずつ取り出し、カウンターの青年にアナスタシアは手渡す。
8,000ジルという非常に高価な取引であったが、林檎でも買うようにアナスタシアが札のお金を出した。
また、やる気のなさそうな声で青年は、まいどあり、とだけつぶやいているのがユメルには聞き取れる。
「他にもいろいろやろうと思えばあるのだけど、攻撃力は大剣さえあればどうでもなるからね。
攻撃魔法の『大火球』とか有名だけど、一枚8,000ジルするし、手軽な『灼熱する武器』でさえ、5,000ジルときたもんだ。
戦いの上で準備は大切だけど、準備で足が出るのは初心者でよくある事だから気を付けるんだよ」
意外と面倒見がいい人なのだな、そう心の中でアナスタシアを評しながら、ユメルはそれとは別にある事実に驚愕していた。
あの日アルフレムが使用したであろうそれらは合わせれば既に赤字であり、棚の端においてある『聖なる白火』という術札は1, 000ジルという値段をしている。
そんな高価なものを惜しげもなく使用したのか、というその事実に驚きながらふいに、彼の人の好さをまた少しわかったきがして、ふっとユメルは笑みをこぼした。