魔法道具専門店から出ると、ユメル達らは北門から草原へと出る。
本来、西門から出たほうが件の森には近いのだが、街中で馬を歩かせるくらいなら草原を走らせたほうがいいとの判断からだった。
だから、パリスタンから出た途端、アナスタシアは馬を手綱を振るい馬を走らせた。
西の森に向かい駆けている途中、丁度森に入る直前の草原でボブゴブリンとオークの少女が岩の上で食事を取っているのが見えた。
「あれは、サインとアイシャ殿か?」ふと、ユメルと視線が合った二人が驚き立ち上がりながら大きく手でバツ印を作っているのが彼女には見えた。
「アナスタシア殿、彼らの前で止まってくれないか?」
アナスタシアは一回ユメルを見て、手短にね、とだけ告げると彼らの前で馬を横にし止める。
目の前に止まったユメル達にサインは近づくと二人に向かい深く腰を折る。
「お二方とも、非常に助かった。ありがとう。
しかし、この森に何の用で? いまはワイバーンが移り住んでいるが」
「やはり番の事だったか」そうユメルは納得しながら、頷き「私達はそれを討伐しに行くんだ」
そのユメルの言葉にサインは目をまん丸く見開くと、喉の奥で唸るような声を出し、後ろのアイシャを見た。
そして、一度頷くとユメル達に向かい今度は膝を折った。
「折り入って頼みがある。俺もそれに同行させてほしい」ユメルとアナスタシアが互いに視線をあわせ怪訝な表情を浮かべる。そんな二人に向かいサインは言葉を続け、
「この森は俺たちが漸く渡り歩いて見つけた安全な場所だったのだ。
ここに移り住むまで当てのない長い旅を続けた。運良くここを見つけられたから良かったものの、次はアイシャが無事かどうかわからない。
お二方があのワイバーンを討伐してくれるというなら、旅をする所用はない。
それに、ワイバーンの巣も、森の詳細も俺はわかる足手まといにもならないはずだ」
「危険よ? それに、貴方の身は私は守れないけれど」アナスタシアが真っ直ぐにサインを見て言うと、
「元より承知、俺たちの住処の事だ、何もしないという事はありえない」
アナスタシアは彼の身なりを見ると、わかった、とそう告げる。使い込まれた皮の鎧、それに二刀の剣を見て、戦力にはなるだろうという判断からだ。
ゴブリンは力が弱いと認識するものは多い。間違いでもないが、必ずしもそれは正解ではない。
ゴブリンは蟻と同じだ。小さいからこそ印象はないが、その実二倍の体重の重力を持ち上げられる力を持つ。
ましてやボブゴブリン、少し大柄であるサイスは竜人程でないにしてもそれに近い筋力は有している。
ユメルは二人の会話を聞きながらも、サインの後ろ、アイシャを見ていた。
アイシャは不安げにサインを見ており、その両の手を少し合わせながら何か言いたそうに口を開いては閉じている。
そしてユメルは優しくそんな彼女に語りかける。
「――アイシャ殿はどうしたいのだ?」
「わた、私も、行きたい」
「アンタねえ、遠足じゃあ……」アナスタシアが咎めるようにユメルを見た。そんなアナスタシアにユメルは頭を下げる。
「すまない。勝手な判断だと思う。しかし、戦えぬアイシャ殿を残すより、連れて行ったほうが良いと私は思う。
それに、アナスタシア殿。私の事を守ろうとしてくれてるのは感じている。けれど、私は自分でワイバーンを倒すと決めたのだ。
だから、私は守らなくていい」
ユメルは顔を上げるとじっとアナスタシアに視線を合わせ、見つめる。
アナスタシアはそんな彼女の視線にため息を少し吐くと、今度はアイシャに視線を向けた。
「アンタ、命の保証はできないわよ」
アイシャはわかっていると言わんばかりにゆっくりと頷きを返すと、彼女もアナスタシアから視線を逸らさない。
アナスタシアは今度は盛大にため息を吐くと、馬から降りる。
「わかった。じゃあ四人で行きましょう。
馬は目立つから此処で放置。軍馬だし、ま、大丈夫でしょ」
「すまない、俺からも感謝する」
サインもアナスタシアに頭を下げると、アナスタシアはいいって、と言いながら手を横に振る。
ユメルも馬から降りたのを確認したアナスタシアは馬の頭を撫で、少し此処でまってて、そう言うと馬の頭をポンと叩いた。
馬はわかっているのかゆっくり歩き出すと近くの草を食み始める。
「じゃあ、行こうか」
アナスタシアが歩き出すのを見てユメルは申し訳無さそうなアイシャに近づいてその手を取った。そしてアナスタシアの後方を歩き出すと優しく彼女に語りかける。
「少し前、わたしの、そう親のような人からこう言われたんだ。
感情に正直なことが本当に悪いことなのか、利口に生きる事が本当に良い事なのか? 私は貴女に後悔して欲しくないと
自分がそう思ったのなら恥じることはない。」
「でも、感情に正直になって後悔したら? 例えば、着いていかなきゃよかったって」
そんな二人のやり取りを聴きながら、サインも彼女らの殿を歩き出す。
まだ、もう少しは開けた平原だ。会話を注意する必要はない、そう思いながら。
「そうだな、私もそうしなきゃ良かったと思った事もある。
けど、多分、自分が納得できない答えというのは、もっと後悔すると思うんだ。
例え選んだ事で後悔したとしても、自分が選んだからこそ、認められるし、前に進める、そう思うよ」
あまりアイシャと変わらない歳に見えるユメルのその言葉は何故か含蓄に富んでいて、そして、素直にアイシャは頷きを返す事が出来た。
どんな経験をしたのだろう、とアイシャとサインが気になりつつも問えない中、アナスタシアは前を向きながら二人の話に口が強く閉じるのを感じていた。
ランスの滅亡、そして、守り神の死亡、力の継承。それを知っているからこそだ。
――大丈夫、今回は後悔なんてさせないから。
そう、心に思いながらも、口にすればそれは軽い言葉のような気がして、アナスタシアはただただ、自分の手を握りしめていた。