ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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そして困難を求める5

 爆雷の音が響き渡る。3000度を超える熱量の爆発がワイバーンの口内で起こった。

 その衝撃を直接口内へと叩きこまれたワイバーンは大きく頭をのけぞらした。だが、それに衝撃を受けたのは何もワイバーンだけではない。あまりの爆発にアナスタシアとサインもまた足を止めその場に低く体制を取っていた。

 ――爆発、した?

 『水素』と『酸素』の複合作用を理解していなかったユメルもまた、あまりの光景に一瞬呆けてしまう。

 その爆発による衝撃から最初に意識を戻したのは、当たり前であるが、竜、ワイバーンであった。

 ギロリ、とワイバーンはその衝撃から首を戻しながらユメルをにらみつける。己に痛みを与えた年端も行かぬ少女にあふれんばかりの殺意をその目に宿していた。

 ユメルはその視線と目があった途端に自らの体が硬直するのを感じる。ワイバーンは決して無傷ではない、口からは血を垂らしている上、歯が数本折れているようだ。ただ、今の爆発で受けた傷はそれだけなのだ。

 動かなくては、そうユメルは直感で理解をしているが、絶対的な殺意を目の前にして足が動かない、地面についたその膝を何者かが押さえているようだった。

 ワイバーンはその足で地面を蹴ると翼を使いユメルに向かって超低空で滑空を始める。その鉤爪がユメルに向くのが誰の目にも見えた。彼女の体を無残に切り裂くまで2秒もかからないだろう。

 

「――私を無視するな、クソ蜥蜴」

 

 底冷えする冷徹な女性の声がふと、聞こえた。それは鋼鉄の鎧を着たアナスタシアの声だった。

 アナスタシアは、横を通り抜けしようとするワイバーンに向かい、一歩右足を踏み出すと体を左に回転させながら右から左へと手にもっていたクレイモアを横に薙ぎ払った。

 誰が想像できようか、普通ならばその一撃はアナスタシアの武器を壊し、腕の骨を砕く自滅であったはずだ。だが、その一撃をもって、ワイバーンの左足が深く切り裂かれると、ワイバーンは体制を崩し、ユメルの手前で地面に横倒しに倒れこむ。

 それもそのはずだ、その剣は鋼鉄製のものではないのだから。彼女が倒した本物の竜の爪をもって作られている『龍剣』だ。ワイバーン如きの鱗で防げるはずもない。

 

 その時漸く体の金縛りが解けたユメルはアイシャの手を取るとワイバーンから大回りをするようにアナスタシアの方へと駆け出した。

 しかし、わざわざ通り抜けようとする最初に傷を与えた少女を逃がそうとはワイバーンはしない。横に倒れた状態のまま大きく息を吸い込むとユメルに向かって火の息を吐き出した!

 それを、見ていたユメルは青い炎を纏い、二酸化炭素をもって壁を作ろうと意識する。だが、走ってる最中、それに目の前に迫るその炎の熱さで集中ができない。

 ――死ぬ、そんな恐怖に術の発動が邪魔された。

 だが、突如として誰かに手を取られるとその火の息の直線から逃げる事に成功した。

 手を取った人物をユメルが確認するとサインだった。彼はワイバーンの頭が未だユメルに向いたのを確認すると、彼女たちへと駆け出し、その手を取りアナスタシアの方へと引っ張りこんだ。そして彼は立ち替わるようにユメル達が来た方向へと身を投げ出すとドッチロールをしながら火の息を回避し、立ち上がる。

 

「す、すまない!」

 

 手を引っ張られ、体制を崩しながらも走る足を止めず、ユメルはサインへと言葉をかける。

 ワイバーンは再度火の息をユメルに向かい吐こうと息を吸いこみながら立ち上がる。しかしながら、それだけの時間があれば、竜殺しの騎士がその足元まで迫るのに十分だった。

 ワイバーンは、足元から自らを殺すであろう大剣の剣先が喉元に突き上げられているのを察知すると、息を吸い込みながらも一瞬にして上空へと舞い上がる。

 そして自らの足元にいた騎士へとその溜め込んだ業火の息を吐き出した!

 しかしその炎も当たることはない、アナスタシアは突き出した大剣の勢いを利用しながら前方に飛ぶと、肘から地面へと前方に勢いを殺さず回転し受け身を取って立ち上がる。

 そして、間髪入れずに彼女は左手で剣の柄に巻き込みながら握っていた紙を破り捨てる。

 途端、上空へと舞い上がっていたワイバーンの頭上を叩くように下降気流が発生し、隕石が落ちるような勢いをもって未だ燃え盛る地面へと竜は叩き落される。

 自らの火に炙られるワイバーンはその時をもって初めて悲鳴を上げた。だが、未だに瀕死の状態とはとてもではないが言えぬほど、ワイバーンは生命力に溢れている。

 近づくため、アナスタシアが水の防護膜の術府を破りすてるのと同時に、青い炎を纏ったユメルがワイバーンの瞳を狙い拳銃を全て連射する。

 先ほどの爆発の原因がわからぬワイバーンは自らを傷つけぬだろうその銃弾に過剰に反応し、翼で自らを覆い防いだ。

 だが、それは視線をふさぐ事と同意義だ。肩に大剣を背負いながら駆け出したアナスタシアが、竜にたどりつくと同時に飛び上がり翼の根本を狙い、大剣を振り下ろす。

 唐竹わりにも似たそれは、ワイバーンの左翼を一刀両断ののちに切り捨てた!

 さらなる悲鳴を上げながらワイバーンは足元へと降り立ったアナスタシアに向け体を振り回しながら尾を横に振るった。

 さすがによけきれぬアナスタシアは大剣を盾にしながら自ら衝撃の方向へと飛び下がり地面に打ち付けられる直前、今度はつま先から膝へと衝撃を受け流しつつ、五点着地を綺麗に行うと大剣を地面におろしたまま、竜をにらみつける。

 意識が完全にアナスタシアへと向いた途端、ユメルが『二酸化炭素』を利用し、ワイバーンの足元の火を全て消した。

 できたことに安堵しつつ、できなかったらどうするつもりだったのかと、ユメルは冷や汗を滴らせながら、それを行わなければいけなかった原因を見る。

 今まで潜んでいたサインがワイバーンの足元へと駆けていた。そしてサインはワイバーンが尾を振るった絶対的な隙を見、その体の下をくぐり抜けながら、アナスタシアが切り裂いた左足を両の剣を合わせながら、更に切り裂いた。

 ワイバーンの左足から力が抜け、その尾の慣性のまま、横倒しにまた倒れる。

 オオーン、と竜の泣き声にも似た悲鳴がその時初めて口から出る。

 

 アナスタシアは違和感を覚える。

 弱い、あまりにも弱すぎるのだ。最初もそうだ、一撃を貰ったからといって、我を忘れたようにこちらの存在を見落とし、『滑空』を選んだ。それは悪手(あしゅ)だ。竜の強みとはこちらの手が届かぬ絶対的な上空にある。ならば、上に飛びながらユメルへと火を吐き出すのが正解なのだ。

 それに、いちいち攻撃をされたからといって、大げさな反応が大きい。あの爆発を警戒したからといって両翼で防ぐ必要はない。

 その行動は、例えるなら喧嘩になれていない女子供のような――――

 その考えに自らが至った時、大きな影が辺りに差した。それは太陽を覆い隠した雲のようなそんな大きさの影だ。

 

「全員、散開しろ!!」

 

 そう叫びながら、アナスタシアは一度、近くの湖へと身を投げ出す。

 上空を見て確認している暇はない。サインもまた理解したのか、アナスタシアと同様に湖に一度飛び込んだ。

 しかし、戦いに慣れていないユメルは上空から聞こえる羽ばたきに視線を上にあげてしまう。

 そこにいたのは、覇者、そうとしか言いようがなかった。黒銀に光るその鱗、そして、黒に引き立たせられるその金色の瞳。その体躯は瀕死であろう目の前のワイバーンの体躯が小柄と言えるほど大きなものだ。

 そのワイバーンは降り立つことなく、ユメルを睥睨していた。そして、目を細めると大きく息を吸い咆哮を上げる!!

 ユメルの鼓膜が振るわせられる。その咆哮に比べれば、先ほどまでのワイバーンの咆哮など子犬の鳴き声だ。

 嘔吐しそうなほど頭を揺さぶられながら、だからこそユメルは理解した。これからが本番なのだと。先ほどまで相手にしていたそれは、番の戦いに慣れていない『メス』の個体であったのだと。

 そして、魔物の知識が乏しいユメルをしてみても、そのワイバーンは突然変異種であろうことが認識できる。

 ――何故なら、その翼竜は絵画の天使にも似た六翼の翼を有していたのだから。

 


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