ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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二章 エピローグ

 パリスタンの城内、領主執務室での事だ。アナスタシアは血がこびり付いた鎧でその部屋を訪れるとノックもせずに扉を開け、領主の机にワイバーンの牙をドンと叩きつけた。

 既に外は薄暗い。普段なら行わないだろう彼女の態度にもアレイスターは何も言わずにその手に牙を取ると頷くのみだ。

 

「たしかに、よくやったようだね」

「――お言葉ですが、雄の個体が変異種であると知っておられたので?」

「何か問題はあるかな? ワイバーンはワイバーンだろう」

「――――ッ」

 

 喉まで出かかった罵声の言葉をアナスタシアは飲み込んだ。この態度も十分と懲罰ものではあるが、流石に今胸に込み上げている言葉を口にすれば騎士ではいられないからだ。

 アレイスターはご苦労、とだけアナスタシアに告げるとその顔をじっと見つめる。帰っていいぞ、そう暗に告げているのだ。

 鼻でアナスタシアは深呼吸をした。そして勤めて普通に、そして、他人から見れば棒読みに彼女は失礼しました、とだけ告げるとズカズカと部屋を後にする。

 その途端、すっ、と誰もいなかった領主の背後にアーサーが現れるとその精悍な顔の顎を撫でた。

 

「犠牲者は出ませんでしたか」その言葉はとてもではないが安心の色はない。あるのは落胆(・・)の声だけだ。

「少女が死ぬ可能性の方が高かったのではないか?」

「いえいえ、子供好きの彼女の事ですからきっと身を張って先に死んでくれましたよ」

「……そうか」

「でも、まぁ、及第点ですかね。力の使い方を今後は必死に悩むでしょうし。糧とはなったでしょう」

「そうだな」、それだけ口にするとアレイスターは黙り込んだ。わざわざ変異種のいる森に向かわせた意味があるのなら、それでいい。そう彼の中で結論づけると、彼はまた机上の書類に目を通し始める。

 ――ハルジオン計画。そこには表札にそう書かれた案件が置かれていた。

 

✳︎

 

 治療院で、アルフレム達はミーネの手料理をご相伴にあずかっている。そんな食卓は晩ということもあってか子供達の喧騒に満ちていたが、ただ一人、ユメルだけは食事を口にしながらも魔法の学術書にじっと目を通しながら箸を進めていた。

 子供がやんやと騒いでいる中、ぶつぶつと難しい言葉を口にしているユメルをアルフレムとミーネは苦笑いをしながらも微笑ましそうに見ていた。

 何事も近道などないのだ。失敗して、努力して、成功して、そしてまた失敗して。

 その繰り返しで成長していく。相当ユメルは応えたようだとアルフレムは思うと食事の時は本を閉じろと口にするのも難しかった。

 現に、ミーネも注意もせず、ユメルも食事の手を止める訳でもなく、時折、ボソッと「あ、美味しい」と食事を楽しんでいるのも一因だろうが。

 しかし、ユメルは途端に食事の手を止めると両手で本を持ち、うんうんと唸り始める。

 

「先生。酸素との結合反応が『炎』となるってあるが、じゃあ元の火ってどこから来るんだ?」

「それは『火』っていう状態を熱の一種って考える必要があるの。元素の上に分子とか電子があるんだけど、それの運動エネルギーが熱、あるいは火という状態。

 ほら、乾燥した木を高速で摩擦させると火が起きるでしょ? これは物体を構成してる元素とかの摩擦の運動エネルギーが木材の発火点の温度に達して燃えてるの。

 この時、燃えるためには酸素の供給が必要になるんだけど……」

 

 ユメルは頭を捻らせながらも必死にミーネの言葉を理解する。ミーネもまた、彼女が理解できるよう時折、水で机に絵を描きながら教えていた。

 もともと、教養がある以上にユメルは頭がいい。その為、少し教えればすぐに飲み込んでしまうのだ。

 それでもきっと一人前になるには早くても三ヶ月は必要だろう。

 ミーネとユメルの魔術の談義が、熱を帯びていくなかアルフレムはふっと笑うと二人をたしなめた。

 

「ほら、せっかくの料理が冷めちまうぞ、先に食え」

「あ、すまない。師匠」

 

 あれから、頭を悩ませた末にユメルが決めた呼び方は、アルフレムを師匠、ミーネを先生、アナスタシアを師範と呼ぶことに決めた。

 似た言葉を羅列しただけのようなソレは、また全員を笑わせユメルが呼びやすいならそれでいいと話は纏まった。

 きっと、ユメルはこれから自分以上に強くなる、そうアルフレムは確信している。

 貪欲なのもそうだが、何より、彼女の目的はそうでなければ叶わないものだ。

 彼女が独り立ちする日が楽しみでもあり、少し物悲しくもある。

 ふと、あの竜人の事を思い出した。彼もそんな気分なのだろうかと。

 ――だって、コイツが独り立ちをするならきっと、あの魔物と戦うのだろうから。

 それは、人柱だ。その人柱を人々は英雄と呼ぶ。それを選んだ事を咎めるつもりもない。

 ただ、その旅の結末はきっと笑えるものであることを祈らずにはいられなかった。


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