ココから始まる英雄譚   作:メーツェル

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第七話 星降り祭3

 アルフレムとガイアスが目を覚ましたのは昼頃だった。気を使ったのだろうか、スミノフの姿もなく、ユメル達を既に出かけた後だ。

 ガイアスがユメルを探しに行くと鎧を着込み出て行くのをアルフレムは見送った後、せっかくならば祭りを楽しもうと工場区を見回る事にした。

 

 工場区では数多くの工芸品が売られている。それのどの調度品を見ても、淡い翡翠の輝きを放つ宝石のようなもので、とてもではないが、普通の調度品と比べても値段が一桁ほど違う。

 流石にパリスタンに流れている妖精鋼の調度品と比べれば大分安い値段ではあるが、店主への土産で買う値段ではないなと、眉を顰めて買うこと無く通り過ぎる。

 しばらく見て回るとスミノフが開く露天を見つけた。

 アルフレムは彼と目が合うと昨晩の礼を言うために頭を下げる。

 

「昨日は一宿ありがとうございます」

「いいのよ、ユメルちゃんが言うにはアンタにはウチの娘が世話になったんだろ。

 全く、この時期に森に行くとは困った奴だ。同行してくれて助かったよ。感謝してる」

「こちらこそ、モヒートさんは素晴らしい機械の知識をお持ちで感服するばかりでした」

 

 雑談をしながらアルフレムは彼の露天の品を見る。その途端、その値段に軽い目眩を覚えた。

 ――たっけえ!! 俺の依頼料の5回分以上するぞこれ!!

 そのアルフレムの様子に軽く笑いながら、スミノフはこれならどうだ、と、端に並べられた唯のアクセサリーを勧める。

 今度は逆にその安さに驚く。

 素材は精霊鋼ではなく、ただの銀だが、そこら辺の店先で見る値段の半分もしていなかった。

 だが決して粗悪ではない。逆にデザインやその精巧さに驚いたくらいだ。

 綺麗な円のリングが三つ連なるペンダント。三日月に猫が座っているイヤリング、そして幾何学模様の描かれている指輪。どれをとっても繊細で綺麗な作りをしている。

 

「値段一桁間違えてません? これ」流石に怪訝に感じたアルフレムがスミノフに尋ねる。

「いや、露天に並べる値段は各々の工芸士が決めるもんだ。この工芸士はこの値段が妥当だと言って並べた。

「ん、これスミノフさんのじゃないんです?」

「はは、ウチの娘のだよ。……若いから焦らなくていいのに、思うような工芸品が作れないってこの手の物は祭りの時にしか作らないんだ。

 いくら俺や兄弟子達が上手だと心から言っても、アイツの目が良すぎる、小さい頃から俺のやつばっか見てて、それを作ろうとしてこけるんだ」

「……わかるな、その気持ち」

「これアンタの目にどう見える? 」

「売れ残っていた事に驚きました。

 精霊鋼じゃないって言っても、このデザインでこの値段はちょっと安すぎます。素直に綺麗ですね、これ三つ全部頂いても?」

 

 その言葉が嘘ではないとスミノフはわかると、疲れたように愛想を崩した。

 その彼の様子をアルフレムは怪訝に思う。

 

「いや、悪い。アンタのような旅人がそう言うなら俺は親バカじゃないって事だ。できればよ、その言葉、ウチの娘にかけてやってくれないか?

 アイツ、頑なに自分には才能がないって思い込んでてよ……、俺が餓鬼の時なんてこんな綺麗な円作れなかったってのに」

「もちろん。これは勿体ない、他人に贈っても恥ずかしくないものだ」

 

 アルフレムはお金をスミノフに手渡すと彼からモヒートが作ったアクセサリーを紙袋に詰めて受け取った。

 それを受け取りながら、少し昔を思い出していた。自分が故郷から逃げ、探求者となったのも、自分より優れた弟が側にいたからだ。

 自分と比べてしまい、その差に歴然とする経験は理解出来るものだった。

 

「この後、何処に行くんだアルフレムさんは」

「特に決めてないですね、とりあえず、街を見て回ろうかなと」

「なら、ウチの守り神様に一度ご挨拶してけよ」

「守り神、魔神族の人がいるんですか?」

「あぁ、シャンナ様っていうんだが、中央区を中心に進むと突然森があって、その中にいらっしゃるから迷う事はねぇよ」

「へぇ。たしかに、魔神族の方がいるなら、挨拶した方がいいですね、またここに来るかもしれないですし」

「そういう事だ」

 

 その後スミノフと他愛のない話を多少した後、アルフレムは工場区を後にした。

 中央区は工場区以上の喧騒に満ちている。食事処などは道行く人に飲み物を配り、普段店の中で物を売っている骨董店などは、街道で出店を行なっている。

 日が少し傾いた頃にアルフレムは中央区の森にたどり着いた。

 道は森の中へと続いているものの、森に向かう人は殆ど見かけない。

 一人、二人老人等が入って行くくらいだろうか。

 アルフレムは変わった魔神族だな、と思いつつ森の中に足を進める。

 

 パリスタンに在中する魔神族は各々屋敷や神殿にいる上、ある一定の信仰を人々から得ている。

 あまりそういうものと関わらないアルフレムも一度は足を運んだことがあるくらいには街では著名な場所だ。パリスタンの彼らは魔神族ということをステータスにし、庇護をする代わりに信仰や供物を求める。

 よく言えば慈愛心にあふれた連中だが、悪く言えば、自分を神だと言っている偉そうな連中、それがアルフレムの認識だ。

 実際、色々な場所を回ったが何処にいっても似たような魔神族だったし、嫌いではないが好きにもならない者たちだった。

 

 数十分程歩き森を抜けると小さく開けた場所に木造りの家と、その庭に並べられた豪華な料理の数々が見える。

 先客に老夫婦がおり、テーブルの前に立っている銀髪の美女に向かって頭を下げて拝んでいた。

 何故かその魔神族は拝まれながらも、困った表情をし、言葉を老人に送る。

 ――病気はよくなりましたか? ――よかった、薬が効いて。お孫さんの為にも長生きしてくださいね。

 その会話は医者と患者のようなものであり、魔神族が人と話す内容にしては違和感をアルフレムは覚える。

 そして、老夫婦に彼女はお茶とテーブルの上にある食事を皿に取り分けて渡そうとするが、老夫婦は恐縮したのかお茶だけ受け取ると再度礼をして帰っていった。

 その時の表情がどこか寂しげで、アルフレムはまた、変わったやつ、という印象を抱く。

 先客がいなくなるとアルフレムは彼女の前に立ち一礼をしようとするが、それをシャンナに止められる。

 

「いいですよ、そういう事しなくて」

「はぁ……?」

「見ない顔ですね、私はシャンナって言います、お名前は?」

「アルフレム・ジントニスと言います、探求者でこの街に寄りましたのでご挨拶をしようかと」

「あ!! 貴方がアルフレムさんですね! ユメルから話を聞きました、どうもあの子らがご迷惑を」

「ふ、まるで自分の子供みたいな言い方ですね……、あ、失礼しました」

 

 一度アルフレムが砕けたように話すと、シャンナが嬉しいのか笑みを深める。

 

「そういう風にもっと砕けて話してください。あ、お腹減ってません? 料理配ろうと色々作ったんですが、作りすぎちゃって……」

 

 その言葉にアルフレムがテーブルに視線を送ると、結構な量の料理が残されていた。全力で自分が食べたとしても、換算三人は必要だというくらいに。

 なら、とアルフレムも笑う。

 

「まだ朝から何も食べてないんですよ、ご相伴に預かってもよろしいですか? 」

「どうぞ! お皿用意しますね、全部食べても構いませんから!」

 

 嬉しそうにシャンナが笑うと、椅子に座ったアルフレムの元に洗いたてのお皿と、フォークを用意する。

 

「ユメル達がここに来たので?」

「えぇ、つい二時間程前まで居たんですが、ガイアスが来てから、何処か行きました。確か西をぐるっと回って帰るって言ってたかな」

「なんていうか、失礼なんですが、自分、魔神族って聞くとお高く止まってる連中ってイメージがあったんですが、シャンナさんを見てたら印象が変わりました」

 

 アルフレムがフォークを受け取り、唐揚げを刺して口に入れると、その美味さについ言葉を漏らす。

 こんなに美味しい料理は食べたことはないと言えた。気になり色々な種類の食べ物を口に運ぶが、そのどれもが舌を喜ばせる。

 

「見ていて気持ちいい食べっぷり」くすくすと食事はしないものの、同じテーブルに座ったシャンナが笑う。

「いや、これすげぇうまいっす! 店で大枚叩いてもこんなの食えねえや! いやぁ! シャンナさんと結婚する人が羨ましいわ!」

「ふふふ、ありがとう。

 私は、そうやってだれかに自分の料理が美味しいなって笑う誰か顔とか、誰かとただ話す事が好きなんです。だから、魔神族とかそんなの気にしないでくれた方がうれしいですよ」

 

 そのシャンナの微笑みに年甲斐もなく面を食らったような表情をアルフレムは浮かべた。

 そして、また明日ここに来ようと思うくらいには、居心地のいい人だと思う。

 だが、アルフレムも男だ、美女が笑っているのをじっと見つめていられる程女に慣れをしておらず、しどろもどろになりながらも次の話題を探すのだった。

 

「そういや、あー! シャンナさんってモヒートの工芸品見たことありますか?」

「それがねぇ」少し拗ねたように彼女は口を尖らせる「見せてって言ってもいっつも今度ってはぐらかされるのよ。まだ一度も見たことないわ」

「そうなんですか? 」アルフレムは腰の袋を漁ると先程買った工芸品を取り出す「これ、誰のだと思います? 」

「すっごく綺麗! 猫ちゃんとか、この連なったリングとかデザインもいいわ! ……もしかしてモヒートの?」

「ええ、私も一目惚れして買ってしまったんですが、一つ余分に買ってしまったんですよね。よかったら一つどうです?」

「んー……、まって」そう彼女は言うと手を一回叩く。するとその手に革財布が現れた「お金は出す。自分で買ったって言いたいもの。幾らかしら」

 

 ふ、とついまたアルフレムは笑ってしまった。本当に人柄がいいとそう思ったから。

 だから、彼も安くしたりなどせず買ったままの値段を告げる。

 

「10ジルです」

「ん? 安くしなくていいよ? 原価と変わらないじゃないそれ。」

「嘘ついたりしておりません、本当に10ジルです。これ、モヒートが付けた値段らしいんですよ」

「うっそー! 安すぎだって、そこら辺の銀工芸なんてデザインわけわからないのでも80ジルとかするのに!」

 

 おどろきながらもシャンナは硬貨を取り出すとアルフレムに手渡す。

 そして迷わずネックレスを選ぶとすぐその首て掛けた。

 

「ふふ。こんなに可愛いのにー」

 

 銀の輪のネックレスとその髪の色が見事にマッチし、とても神秘的な装飾品に見える。

 それから、アルフレムは探求者の冒険譚をシャンナに語りきかせながら食事を楽しんでいると、気がつけば夕焼け時だった。

 まだ空の明るさが、落ち切っていないと言うのに、すっと、一本の流れ星が空に描かれると、延々とそれに続き星が降り注ぐ。

 その幻想的な様子を見ながらアルフレムは呟いた。

 

「何故この流れ星はここ周辺でしか見えないんですかね」

「ふふ、なんでかしらね。幻想的で綺麗だけどね。……」

 

 ふと、悲しげにシャンナが星を見ていたのをアルフレムは気がついたが、尋ねる事は出来なかった。

 それは、聞ける雰囲気でもないというのもあるが、突如としてシャンナが立ち上がった事がもっともな理由だ。

 

「ど、どうしました?」

「――魔物、魔物が街に現れてるわ! それも壁の中!」

「!」

 

 アルフレムも立ち上がると、自分の手持ちの装備をたしかめた後、シャンナに声をかける。

 

「どっちです!?」

「北区! これは――、ユメルの家!?」

 

 突如として走り出したシャンナに続くようにアルフレムも全力で走り出した。黒い種のことを思い出し、彼女らが無事であってほしいと祈りながら。

 


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