───ルベリオス。大聖堂のさらに奥に位置する玄室。
そこには2人の人間がいた。
一人は
中庸道化連のボスであり、冒険者組合のギルドマスターである男。
元勇者であるグランベルの情報から、曰く究極の決戦兵器である、玄室にて眠る『勇者』を手に入れようとしていた。
もう一人はアッシュ・グレイル。
アスティの配下であり、自らの復讐のために動く覚醒した勇者。
彼女は主であり師であるアスティに突然連れてこられ、混乱する頭に必要な情報を教えられていた。
(突然現れたけど、なんなのかな、こいつ?)
ユウキとしては、勇者を手に入れられる絶好のチャンスだったのに、突如現れた乱入者のせいで、そのチャンスを逃すことになった。
今も仲間が時間を稼いでいるが、いつルミナスが戻ってくるかもわからない状況。一刻も早く、勇者を手に入れる必要があった。
一方アッシュは、アスティに『思念伝達』で目の前のユウキの情報を与えられていた。
その情報は、アッシュを動かすのには十分なものだった。
(こいつは、戦争屋を知っている。なら、半殺しにして聞き出す)
目的は決まり、あとは行動するだけ。アッシュは、懐に潜ませていた鳥籠────相棒のレジーを、大鎌に変形させた。
「って、いきなりかよ!」
ユウキは戦う姿勢を見せることなく、勇者が眠る聖櫃に向けて走り出し、聖櫃を解除すると、すぐさま勇者を抱えて逃げ出した。
正体もわからない敵だが、ユウキはどのような者であろうと勝てる自信があった。だが、それは一対一での話だ。
(近くにルミナスもいるし、時間は掛けられないからね。さっさと逃げるに限る!)
流石に、正体もわからない敵に時間をかけ、ルミナスと戦う羽目になるのはごめんだった。故に逃走。場所を変えるために、移動する必要があった。
「逃がすか───!」
だが、それを許すアッシュではない。一気にユウキに近づき、大鎌を振りかぶった。
「うわ、危なっ!」
ユウキは一瞬早く身を屈み、すぐに背を向けて走り出した。
あの僅かな一瞬で、ユウキはこの
(
ユウキには
この体質があるからこそ、ユウキは誰であろうとも勝てるという自信があったのだが……それにも例外がいる。
例えば、ただただ
つまり、力技で戦う相手に、ユウキの体質は無意味なのだ。
(まったく、面倒だな───)
だが、だからと言って戦えないわけでも、ましてや勝てないわけでもない。
ユウキには
これを使えば勝てる───そうユウキは考えていた。だが、勇者を抱えながらの戦闘は、無理があるとも考えていた。
(今は逃げに徹してやるよ!)
絶対に勝てるという自信、それがあるからこそユウキは余裕な態度を崩さずにいられるのだ。
───普通の相手であれば、それでも問題なかったのだろう。
アッシュが大鎌を振るう────たったそれだけの動作だ。
「ぐぁ!?」
だが、ユウキはその攻撃を避けることが出来ず、肩に喰らう羽目になった。それは何故なのか、ユウキにはすぐにわかった。
(こいつ、わざと遅くして──!?)
そう、先ほどの攻撃は、勇者を抱えていても避けられる程度の速さだった。
だからこそ、アッシュを軽く見ていた。この程度でしかない、と。
だが、アッシュは最初の攻撃を当てるつもりはなかった。
むしろ、避けてもらい、油断させるためのものだった。確実に次の攻撃を当てるために────
ユウキは攻撃を喰らい体制を崩すが、すぐに立て直した。だが、その隙を見逃すアッシュではない。
一気にユウキとの距離を詰め、大鎌を下から掬い上げるようにして振りかぶった。
(流石にまずいかっ!)
ユウキは勇者を運ぶことを放棄し、武器を取り出してアッシュの攻撃を防ぐ。しかし───
「ぐっ」
アッシュの攻撃を防ぎきることが出来ず、ユウキは大きく吹き飛ばされることになる。
(これは、僕も本気を出したほうがいいかな───)
幸い、ある程度離れることは出来たし、とユウキは本気を出すことを決断する。このままでは勝てないと踏んだのだ。
ユウキは、今まで押さえていた力を全身に駆け巡らせ、自らの肉体を改造し始めた。
人間から仙人へ、仙人から聖人へと────
ユウキが変化を終える───その前に、アッシュは行動していた。
「聖槍、限定解放」
アッシュの持つ大鎌が、変化を遂げる。黒く染まっていた大鎌は槍へと変わり、純白に染まる。
その槍は、形だけなら騎乗槍と呼ばれる類いのものだった。だが、その槍の纏う雰囲気は神々しさを感じさせた。
アッシュが槍を振り抜くと同時に、槍は周りのエネルギーを集め、霊子に変換すると、槍の周囲を回り始めた。
ユウキは、この段階ではまだ余裕を保っていた。例えどのような攻撃が来ようとも、
ユウキの自己改造は、そう時間が掛かるわけではない。むしろ、数秒で完了できるほどに早く終わるほとだ。
────だが、今回はその数秒が、ユウキの命運を分けることになる。
「───第一の牙」
そう言い、アッシュは槍を振り抜いた。そして発生したのは、白く細い光線────
(そんなもの、効かないな!)
ユウキは避けることなく佇む。スキルと魔法を組み合わせたのであればともかく、これはスキルだけのもの。ユウキに効く攻撃ではない────と。
光線がユウキに命中し、そこから痛みを感じるまではそう思っていた。
「──っ!?」
ユウキの
それどころか、光線は未だにユウキに
まるで、意思を持つ獣が、食らいついた敵に牙を食い込ませるように、さらに深くダメージを与えてきているのだ。
(そんなのありかよっ!?)
「くそっ」
ユウキは理解した。少なくとも、あの乱入者のスキルの正体がわからなければ、自分に勝ち目はない、と。
(身体能力まで負けているとは思わないけど───不気味だな。まるでリムルさんと戦っているみたいだよ)
ユウキはすぐさま腕を振り払い光線を消滅させると、勇者を回収しようと目を向け────その勇者が、起き上がろうとしているのが見えた。
(かなり厳重に封印が施されてたってのに、自力で封印を解いたっていうのか……?)
そして、次の瞬間、ユウキは理解した。グランベルに化かし合いで負けたことを────そして、ここにいては死ぬことを。
勇者を黒い粒子が覆い、黒い鎧衣────聖霊武装に変化すると、一振りの細剣を召喚し、それをアッシュに向けて振り抜いた。
「くっ───」
アッシュに向けて振り下ろされた黒い閃光。それをアッシュは、槍で打ち払うことで防ぐ。だが、完全には防ぎきれず、ダメージを負うことになった。
その隙を突き、ユウキはすぐさま逃走した。
(厄介事は、押し付けるに限るね!)
あの勇者は、制御がどうとか、そんなことが言える相手ではない。例え聖人にまで進化させたユウキでも、勝てる存在ではないとわからさせた。
「な、待っ───く、邪魔です──!」
アッシュは逃すまいとユウキを追おうとするが、再び放たれた閃光に足を止められる。
「───レジー!」
『そろそろ出番だとは思ったぜ!』
そしてアッシュは、ユウキを追うことを諦めた。目の前の存在は、自分が全力を尽くしても勝てるかわからない相手───いや、エネルギー量では負けているので、格上の存在。
そんな相手に、余所見をする暇などない。幸い、相手が究極能力を持ってなさそうなのが救いだが────やはり、アッシュの手に余るのは違いない。
「戦いながら、場所を移す」
『
「わかってる───!」
だから、大聖堂にいる魔王たちの協力が必要だ。アッシュが攻撃される危険性はあるが、それは後になってから考えたらいい。
アッシュはそう考えていた。ある程度、勇者の攻撃を防ぐことはできるが、それも全てではない。何処かで動かなければいけないことだ。
(師匠───手助けは、いりません)
何処かで見ているであろう師に、そう伝える。
アスティであれば、勇者を押さえ込むことなど容易いことだろう。
だが、それでは駄目だ。
今回、アスティがいきなりこの場所に転移させたことに不満はある。だが、未来を視ることが出来る彼女のことだ、急がなければいけない事情でもあったのだろうと、納得している。
アスティを信頼して、信用して、尊敬しているからこそ、納得している。できるのだ。
だからこそ、そんな師匠の無茶にも応える。復讐の機会を与えてくれるように計らってもくれて、弱かった自分を、ここまで育ててくれた。
だから、この恩を返したい。そして、証明したいのだ。
私は強くなったのだと────もう決して、大切な人を失うことはないのだ、と。
「だから、これは私が止める」
『アッシュ、わかってるとは思うが───』
「うん。今は誘導。なんとか出来るって言うのなら、任かせる」
魔王たちに、これを止める手段があるのであれば、任せる。出来ないのであれば、倒すのみだ。
こうして、アッシュの戦いが始まった。全ては、自分が大切な者を守れる力を持つことを証明するために──────
戦いの場は移り変わる。魔王たちのいる場所へ──────