「私はもう、あなたの言葉に惑わされたりしない。キュゥべえ、いえ、インキュベーター」
迷いを振り捨て、少女は異星人を睨みつける。
「私は、私の友達を信じるよ。ほむらちゃんは、勝つって約束してくれた。勝てるんだ、って言ってくれた」
そう言い切る声には、もう、一切の迷いは無かった。
「だから、私は。ほむらちゃんに守られている私だけは、何があってもほむらちゃんを信じてあげなくちゃ」
そう断言した少女は、しかし。
胸の前で両手を組むと、自分の信じた魔法少女の無事を祈り、眼を瞑った。
魔法少女まどか☆マギカ
そして彼女は、■■となる。
-決戦、見滝原市-
「私がやってきたこと、全部、無駄だったのかな・・・・・・?」
思わずその口から零れ落ちた、諦観の呟き。その一言を契機に、暁美ほむらの瞳から涙が溢れ、零れ落ちる。
鹿目まどかが信じた親友は、だがしかし、瓦礫に潰されたその片足と同様に、その黒鉄の信念をも圧し折られようとしていた。
「ひぐっ・・・ぐすっ・・・」
魔法少女になる前の、無力だった頃のように。
魔法少女になりたての、無知だった頃のように。
ただただ暁美ほむらは泣き尽くす。
諦観と孤独が彼女の心を徐々に絶望へと染め上げていき、その左手の甲に填められたソウルジェムもまた急速に黒く濁っていく。
---あぁ、このまま魔女になって、すべてを滅茶苦茶に壊してしまうのもいいかもしれない。
かつてまどかと二人、ワルプルギスの夜を紙一重の差で打倒したときと同じことを考える。
しかし今、彼女の横に鹿目まどかはいない。
孤独。
唯一人であるという愁傷が、暁美ほむらに自覚させた。
心の深遠、闇の奥底で『ソレ』が、生れ堕ち、目覚める瞬間を。
『ソレ』は心の闇の奥で深紅の瞳を爛々と輝かせながら、囁いた。
諦めちゃいなよ、と。
心にやけに響くその一言に、暁美ほむらはただただ嗚咽を漏らし続けることしかできない。
その様を見て、『ソレ』は瞳をわずかに細めると同時にその口を三日月のように大きく歪め、暁美ほむらに毒を流し込む。
死んじゃいなよ、と。
その一言で、心が、折れた。
疫病神は、死ななきゃ、と。
その一言で、確固たる覚悟が、砕け散った。
「いぃやああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!????」
その艶やかな髪を掻き乱して天を仰ぎ、叫ぶ。
心は黒く黒く、絶望に埋め尽くされていき、思考はグチャグチャ。
非力な自身に絶望し、要目まどかに因果の糸を束ねてしまった己の所業に絶望する。
何たる無能。
何たる害悪。
存在すべきでない悪。
生れ落ちたことこそが、罪。
唯一人の友達との約束一つ守れぬ無能。
その友達に莫大な因果を背負わせてしまう存在悪。
生まれたことがこの宇宙に対する冒涜であり、友をつくろうなどとは何たる大罪!
黒く染まる心の中、要目まどかへの罪悪感が掻き乱された思考を手放すことを許さない。
魔女と成り果て、宇宙の延命にほんの僅かでも貢献すれば、せめてもの贖罪になるのだろうか?
そんな胡乱な思考までするほむらを、赤い赤い瞳は愉快気にニヤついて深遠の奥底から見つめる。
「っ!?」
そこで彼女はある一つの可能性に気づいた。思わず眼を見開き、息を呑みこむ。
---魔女になる。希望から絶望への、相転移。
それは、あのインキュベーターが宇宙の延命という途方もない目的を達する為に目をつけたエネルギーだ。
それを使うことが出来れば---。
分の悪い賭けだ。
魔女に堕ちる鹿目まどかの悶絶する顔を、絶叫を思い出すと、顔から血の気が失せていく。手に掻いた汗が、この上なく不快だ。
それでも、ワルプルギスの夜を打倒するにはそれしか手段がないのなら---鹿目まどかを守れるのなら、戸惑わない。
もう、まどかと話すことは出来ない。
まどかと共に過ごすことは出来ない。
それでも、あの子を、あの子の日常を守れるのならば------。
たった一人の『ともだち』を守れるという一欠片の希望を胸に。
たった一人の『ともだち』にもう二度と会えない、という絶望に、暁美ほむらは、その魂を、差し出そう。
その決意に、『ソレ』は愉快気にその相貌を歪めた。
魔法少女が魔女に堕ちる時、魔法少女が魔女に成り果てるという知識の有無に係わらず、魔法少女は本能で拒絶する。
絶望を撒き散らし人を食らう化物、邪悪な存在へと生まれ変わるのだ。
それを知ろうと知るまいと、その堕落は年端も行かぬ少女に受け入れられる筈がない。
だが、万が一それを受け入れたら?寛容し、むしろ望んだら?
ピキリ、と乾いた音を立てて、まだ黒く染まりきっていないソウルジェムに一筋の大きな罅が入った。
「っ!?あっ、うあぁぁぁ!!!」
その魂、存在の根幹に入った致命的な亀裂に、耐え切れず声が漏れる。
いきなりの醜態を、『ソレ』は拍子抜けしたように嗤う。何たる無様、と。
罅がソウルジェム全体に広がり、黒い黒い瘴気が溢れ出すと共に押し寄せる無力感に、涙が溢れる。
その魂に走る激痛に、鼻水が垂れようとも拭う余裕などない。
「イヤ亞ぁア阿!!?????」
顔は涙と鼻水、唾液でぐちゃぐちゃだ。しかしそれでも、どんなに不様を晒そうとも・・・最後の『希望』は手放さない。
否、その魂を犯す絶望も呪いも手放しなどしない。
『ソレ』は魂の奥底で影絵のような輪郭を形作りながら、その決意を嗤う。さぁて、どこまで耐えられるのかな、と。
「わルッPuるっギスっ!!」
ワルプルギスの夜を呪う。
「いiぃイんQベータぁぁあ!!!!」
インキュベーターを呪う。
「市ね!氏ネ!!悉く死に尽くせ!!!躯と化せ、炭と化せ、灰と化せ!!!無様に無残に死に晒セ!!!!」
その顔を狂気と憎悪に歪め、禍々しく、邪悪な祝詞を謳いあげる。
だが、その呪いを周囲に振りまいたりなどしない。
この呪いは、この手で、目の前の理不尽・・・・・・ワルプルギスの夜に、叩き込む!
その意思に応じるように、ソウルジェムから溢れ出した黒い霧は霧散することなく、暁美ほむらの周りを漂う。
そしてその心の内ではついに形を得た邪悪なる意思が、殺せ殺せ、殺し尽くせ、とほむらに囁きかけた。
「撃ち殺す!切Ri殺す!刺し殺ス!!!撲殺し爆殺シ塵芥にしテくレル!!!」
叫ぶ。負けない。負けない!負けない!!
絶望したくらいで、負けてなんてやるもんか!!!
黒い霧が再びほむらの左手に集まり、ひとつの形をとり始めた。
黒い黒い、しかしその中に確かな紫紺の輝きをも宿した、グリーフシードの形を。
「ぐぅ・・・ああぁaぁおlァあ------っ!!!???はっはっはぁっ!!!!」
最期に一つ咆哮をあげると、乱れた息を整える。
孤独と絶望、呪いは彼女の心の中で具現化し、諦観に導こうとする。
それでも。鹿目まどかが無事である限り、彼女は諦めない。
だがしかしその想いすら、暁美ほむらの闇はクスリクスクスと、嘲笑うのだった。
いつの間にか瞑ってしまっていた目を開け、その赤い瞳で瓦礫に押しつぶされたままの右足を見る。
「ふぅ・・・はぁっ!」
溜息を付くと共に右足を再構築し、掛け声と共に振り上げる。
それだけで瓦礫はワルプルギスの夜めがけ、一直線に飛んでいく。
「アハハハハハハハハハハッ!!!!!」
しかし魔女に届く前に炎に包まれたかと思うと、一瞬にして灰も残さずに燃え尽きてしまった。
チッと舌打ち一つ、しかしこの程度の攻撃が届くなら苦労しないかと、一人納得する。
そして相変わらず逆立ちして嘲笑し続ける敵の姿を一瞥してから、ほむらは自分の状態を確認し始めた。
その身にまとった衣は黒く染まり、彼女がもはや魔法少女ではないのだと主張している。
潰された右足は再生したので機能に問題はない・・・が、再生したスネの半ばから先は機械と化し、もはやこの身が人ではないことを如実に表していた。
そして、左手。ソウルジェム、否、グリーフシードが填め込まれた左手もまた、手首の辺りから発条仕掛けのそれと化し、チクタクと音を発てていた。
「そう。これが完全に魔女に堕ちた時の私の姿という訳ね。」
異形と化した手足から己の結末に思いを馳せ、彼女は呟く。
しかし同時に一つの疑問が湧き上がる。異形に変化しきっていないのは、何故なのだろうか、と。
魔法少女が絶望したとき魔女に成りさがる事を知っていて、進んで魔女に成ろうとしたからか?
或いは、全てに絶望しきった訳ではないからなのか?
まったく持って、解からない。しかし、人の心だけでなく、体も失くさずに済んだのは嬉しい誤算だ。
なにせ、新しい体の動かし方に慣れる必要もないだから。
そして肝心要の魔力は、途方もない量が彼女の中に漲っていた。
むしろこちらの方が彼女の意思を消し飛ばしてしまいそうなくらいだ。
なるほど、インキュベーターが宇宙の延命などという途方もない目的のために目をつけるだけのことはある。
どんなに黒く禍々しかろうと莫大な力であることに変わりはないが、インキュベーターの手段を選ばぬやり口には厭きれるばかりだ。
最後に自身の能力を確認する。
試しに時間を停止してみると、問題なく世界は停止し、その能力に問題がないことを確認できた。
左手に装備した盾型の砂時計に視線を向ければ、魔女化に伴ってか、些かデザインが変化していた。
運命を捻じ曲げて束ね、時を繰り返した結果の迷い子である彼女を示すように砂時計はウロボロスの円を描き、砂は循環し尽きることはない。
砂時計の周り、盾その物もまた、歪んだ正円といった風情である。
眺めていれば楕円に見え始め、それを認識すれば更に歪み歪んで見えてくる。
その歪みは視覚から三半規管、脳を精神を、やがては見る者の運命をも歪めて破滅に追い込む。
彼女の原初、望みの闇を象徴する呪物であった。
(それだけではないぞ)
心の内なる魔女が上機嫌に囁く。魔女に堕ちたことで得た二つの能力。結界構築と、使い魔作成。
その使い方は口にするまでもなく、理解できた。
(魔法少女など、魔女の幼生体に過ぎぬ。結界を構築し獲物を捕らえ、絶望に濁った魂をすする事こそが魔女の愉悦よ。
絶望に負け思考を放棄し、異星人共にその力の大半を奪われた連中ですら、如何ほどの力を誇るかはよく知っているだろう?)
「ええ、そうね。その通り。この力で、今度こそワルプルギスの夜を打倒する」
左腕から視線を外して眼前敵を睨みつけ、その新たな力をいかに使うか思考する。
最初に考えたのは、ワルプルギスの夜を結界内に閉じ込め、周囲への被害を抑えることだった。
(ノン。アレのバカ魔力の前には身動ぎ一つで引き千切られる。アレが結界を張らないのは、自身の魔力の揺らぎに耐えられるほど強固な結界の構築は割が合わんだけだ)
「では、使い魔は?」
(魔力を捏ねれば、簡単にできるさ。追加コストはかかるが、手持ちの魔法を与えることはできる。あまり知能は与えられないから、複雑な命令を与えられないのが玉に瑕だがね)
「知力を与えすぎれば独立した魔女となってしまう、という訳ね。」
その通り、という心の声を聞き流しながら、それではどのような使い魔を作成するかと、頭を捻る。
元より攻撃力が不足している自分では、攻撃力の高い使い魔は作れない。ならば---
「Making Familiar spirits!The Cheshire Cats!!」
叫びながら、その左手を横に振るう。それと同時に無数の猫たちが現れるとすぐに消え、またすぐに現れる。
ある猫はミサイルに乗り、またある猫は戦闘機の背に乗って。
「キシシシシシシッ」
猫たちは普通の猫であれば浮かべないであろう邪悪な笑顔で、ワルプルギスの夜に突撃する!
ミサイルが、機銃弾が、そして燃料を満載した戦闘機そのものがワルプルギスの夜に着弾し、その暴威を開放する。
「アハッアハハハハッアハハハハハハハハハハ!!!!!」
一切回避せずにその攻撃を受け止めながらも、ワルプルギスの夜はその笑いを止めない。
猫たちには、時間停止による擬似瞬間移動能力を付与した。しかしこの猫たちだけでは尚も火力不足だ。ならば、どうする?
(使い魔を作るには、人の魂を核とした方がより良い使い魔が作れる。丁度いい。あそこの学校に避難している連中を使おうか)
「そう、それnっ!?」
今、自分は何を考えた!?極めて自然に人を殺そうと考えていた自身に、暁美ほむらは戦慄する。
(おや、残念)
内なる魔はちっとも残念そうでない口ぶりであった。
なるほど、コレが魔女かと、殺人を一瞬とはいえ抵抗なく受け入れていた自身に戦慄する。
溜息一つ、自らを律する。人の心を失わない為には、人を殺してはならない。
それになにより、目的を忘れるな。鹿目まどかの平穏を守るためには、この街は可能な限り守らなくてはダメだ。
左腕の砂時計の中を漁り、グリーフシードを片手で掴めるだけ取り出す。呪いが限界まで溜まった物が殆どで、綺麗な物は一つとしてなかった。
しかし、蓄積した呪いの量など関係ない。これから使うのは、グリーフシードそのもの。魔女の、いや、少女の魂そのものなのだから。
「Making Familiar spirits!Soldier of Cards!!!」
呪文を紡ぎ、左手を横に振るう。
グリーフシードが砕け、少女達の魂魄が剥き出しとなる。その魂魄を贄として、使い魔を作り出す!
一陣の風が去ると同時、大隊規模の使い魔が、トランプの兵隊が、暁美ほむらの前に整然と整列していた。
時間停止能力は持たず、されど暁美ほむらの持つ全ての戦闘、戦術、戦略の知識と経験を持つ、産まれ立てにして歴戦の軍団だ。
「猫たち、武器を!」
その声に応えるように、チェシャ猫は新たな仲魔達の前に現れては消え、武器を配布する。89式自動小銃やM16、ロケットランチャー等の個人携行火器から、戦車や自走砲、自走対空砲等の戦闘車両、更には航空兵器まで。
兵隊たちはそれらを手に取り、また搭乗していく。近代兵器の使い方は、生まれた時から知っている。
F-15Jが大通りを駆け抜けて離陸し、戦闘車両が展開を始める。
ジェットエンジンの吐き出す熱で緩くなったアスファルトは、自走砲のタイヤで大きく凹み、戦車のキャタピラで捲り上げられていく。
それらを何ら鑑みることなく、銃器を手にした歩兵達も駆け足で展開を開始する。
その使い魔たちの動きを確認するように眺めていたほむらは、視線をワルプルギスの夜に戻し、そして吼えた。
「ワルプルギス。---絶望如きに負け、呪いに飲まれたアナタなんかに、負けてなんてやるもんか!!!!」
対空砲が、多連装ロケットが一斉にその身に秘めた暴力を開放し、大量の砲弾と無数のロケットが魔女に殺到する。
爆炎と轟音と煙がワルプルギスの夜を覆い隠すが、攻撃中止を命ずるようなことはしない。
魔女がいるであろう黒煙に向け、戦闘機が対空ミサイルを全弾撃ち放ち、更には機関銃を打ち込む。
戦車もまた、乗用車を押しつぶして無理やり上空への射角を通すと、その主砲弾を叩き込む。
しかし、その圧倒的な暴力をその身に受けてなお、ワルプルギスの夜は---それらを嘲笑うかのように、無傷なまま煙の中からその姿を現した。
「アハッアハハハハッアハハハハハハハハハハ!!!!!」
笑う。嗤う。哂う。
ワルプルギスの夜から何条もの黒い光が伸び、戦闘機を撃墜し、戦車を撃破する。
更には黒い光から表れた魔法少女もどきが、戦禍を拡大しようと周囲の兵士たちに襲い掛かる。
しかし彼らも一方的にヤられるような、優しい存在ではない。小銃で迎撃し、銃剣で切り結び、砲撃で応戦する。
「キャハハハハッ!!!!」
魔法少女もどきの放った一撃で自走砲に大穴が穿たれ、一瞬の間を空けて爆発する。
「キャハッky!!!!????」
自走砲を撃破した魔法少女もどきは、ダイヤの歩兵が放ったRPGで上半身を吹き飛ばされた。
そのダイヤもまた、他の魔法少女もどきの放った魔法で消滅する。
ダイヤを討った魔法少女もどきが、クラブの歩兵達が放った大量の小銃弾を受けて地に叩きつけられる。
しかし、数多の風穴を穿たれながらも放たれた一撃で、クラブ達は打ち砕かれた。
「?・・・・・・ッ!!!???」
そして満身創痍の魔法少女もどきは、ハートに優しく投げ渡された手榴弾を受け取ると首を傾げ、次の瞬間には両腕と顔を吹き飛ばされて倒れた。
-----パh汚ぉ乎オ嗚O怨!!!!!!!!
使い魔である象の群れが、常人が聞けばついつい首を括りたくなるような狂気を孕んだ絶叫を上げ、突撃する。
小銃弾をその分厚い皮膚で受け止め、自走砲を、対空砲を、戦車をも踏み潰す。
車両部隊の一角を壊滅状態に追い込み、更に侵攻しようとする象の群れに対し、別の戦車部隊が立ち塞がってその主砲を斉射する。
-----ッ!!!!!!!!
腹に響く重低音と共に解き放たれたAPFSDSを近代戦においては至近距離といえる距離から受け、車両部隊を蹂躙した象の群れが掃討される。
戦車の火力を脅威として認めたのだろう、他の象たちだけでなく、魔法少女もどきも戦車を破壊しようと殺到する。
AK-47が、G3が火を噴き、されど魔法少女もどきの展開する布にフワリと受け止められる。
その布の防御を、アンチマテリアルライフル---NTW-20が魔法少女もどきごと貫く。
しかしその影から接近していた近接型の魔法少女もどき達が、剣を、槍を、斧をその手に襲い掛かる。
トランプの兵隊達は銃剣で応戦するも、近接戦に特化したモノ達に一方的に蹂躙されてしまう。
その魔法少女もどきの一人にクラブが無手で踊りかかると、胴を輪切りにされながらも組み付く。
そして胸に括りつけた対戦車地雷で自爆して果てた。
切り捨てられ、地に伏せたダイヤが、スペードがもどきの黒い足に組み付いて動きを阻害し、RPGで纏めて吹き飛ばされる。
-----Pぁ牡ォ悪o苧お穏!!!!!!!!
トランプ兵達が近接戦に忙殺された隙を突くように、象の群れが再び突撃する。
その象の足元に対戦車地雷を抱えたスペードが特攻しようとして、遠距離型の魔法少女もどきに地雷を狙撃され果てる。
象達を再度迎撃しようとした戦車部隊もまた、遠距離型魔法少女もどきの大規模魔法をその分厚い装甲で耐えるも、視界を遮られた。
そして象達は戦車部隊を蹴散らし鉄屑に変えていく。
その勢いのまま、象達はワルプルギスの夜を撃ち続ける対空砲陣地に襲い掛からんと爆走する。
対する87式自走高射機関砲を操作する兵達は、素早くその砲口を象達に向け、再びその暴威を開放する。
一瞬にして象達はミンチとなるが、空への攻撃が止んだ隙を突くかのように飛来したビルが、対空砲をまとめて押し潰す。
「ウフッウフフフフフフフフフフフ!!!!!」
それは魔と魔の、絶望して世界を呪った少女達と、絶望してなお理不尽に抗う少女の戦いだった。
砲と獣の叫びが、魔法少女もどきの嘲笑とトランプの兵隊の鬨の声が木霊する戦場が、見滝原の地に出現していた。
暁美ほむらは戦場から僅かに離れたビルの屋上にいた。
戦場を見下ろすその表情は、苦々しいものだ。
武器弾薬は猫たちが世界各地の軍事基地やテロリストの拠点から調達してくるので、不足はない。
だが、しかし------
「そう。まだ足りないというのね。」
火力が足りない。
兵士が足りない。
(戦況は未だ不利。だが、今の貴様ではこれ以上使い魔を増やすことはできんぞ?)
あいも変わらず愉快そうにニヤつく声を無視し、眼下を見つめたまま思考する。
このままではこれ以上使い魔を増やすことは出来ない。
貯蔵魔力は存分にあるものの、出力が足りない。タンクが大きくても、蛇口が細すぎる。
そして、使い魔を作り出す為の贄-グリーフシード-も足りない。
自身の左手を見る。手首までだった魔女化は、肘近くまで進行していた。
魔女に堕ちてからというもの、放出量は徐々に増加してきている事からも、どうすれば良いのかは分かり切っていた。
「---まどか」
一言、友達の名前を呟く。
それだけで、覚悟は決まった。
「っ!!??」
心の箍を緩める。張りつめた精神を緩める。
それを待ちわびていたかのように、絶望が、呪いが、諦観が、暁美ほむらの心を押しつぶそうと波濤の如く押し寄せる。
(クフッ!クフフフフフフッ!)
影絵のような輪郭に真っ赤な瞳と不気味なまでに大きな口しか持たなかった影が色を持ち、暁美ほむらと瓜二つの姿を形作る。
だが、病的な青白さ直前の、破滅的に美しい白い肌と、見つめたモノ全てを破滅に追い込まんと爛々と輝く瞳が両者の違いを何よりも物語っていた。
(諦めなさい、暁美ほむら。アナタでは、あの魔女を打倒することはできないわ)
囁かれた言葉に、気力を更にゴッソリと抉り取られ、全てを投げ出し諦めたくなる。
「まどかっ!?」
それを友達の名前を再度叫ぶことで、耐える。再び折れかけたボロボロな心を奮い立たせ、再構築する。
涙が零れるのも気にせず、荒い息を整える。
「ぜっ、はっ、はあっ・・・・・・っ!」
息を整えながら左腕を見ると、肩まで侵食は進み、チクタクという耳障りな音がよく響く。
右足も見てみれば、太腿はそのほとんどが魔女のそれと化していた。
しかし、自身の未来を切り捨てたほむらにとって、姿形などどうでもいい事だった。
(おや残念、堪えたか)
最大放出魔力量は大幅に増加した。貯蔵魔力量も増えたのは、希望から絶望への相転移がより一層進んだ為だろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。使えるモノが増える分には、何の問題もない。
ならば次は、グリーフシードの調達だ。
「猫たち!」
その一声でほむらの前にチェシャ猫たちは横一列に整列すると、にゃにゃにゃと報告を始めた。
見滝原近辺に存在する、魔女達の居場所と性質、その能力を。
見滝原からほぼ直線状に魔女の居ないエリアがあることが気になるものの、特別注意の必要な魔女は居ない。
ニヤリとその口を魔的な角度に吊り上げ、内なる魔女そっくりの笑みを浮かべる。
「いいわ。ついでにこの辺り一帯、キレイに掃除しちゃいましょう」
そう口にすると、暁美ほむらはビルの屋上から姿を消した。
------その顔に浮かべた笑みが、内なる魔女とそっくりであった事など露知らず。
そして魔女を狩ったほむらが見滝原に帰る度に夢幻の軍勢はその数を増やし、大隊は連隊となり、旅団は師団となる。
世界中から掻き集められた古今東西を問わぬありとあらゆる兵器が、その生まれ持った暴力を遺憾なく発揮する。
------かくして、戦闘開始から、ワルプルギスの夜襲来から30時間が経過した。
日付が変わり、日が再び昇り中天を過ぎてなお、その戦争は休みなく続いていた。
ワルプルギスの夜も弾と弾が掠め合うような飽和攻撃を休みなく受け続けてはまったくの無傷とはいかず、僅かながらもそのドレスに焼け焦げた痕をつけ始めていた。
そしてなによりも。ワルプルギスの夜は市街地から工業地帯を通り越し、港湾地帯を越え、海上まで押しやられていた。
魔法少女もどき達が魔法を打ち放ち、象たちがその足で踏み潰し、兵士達を蹂躙せんとする。
しかしチェシャ猫という最高の兵站を持ち、また幾ら倒されようとも際限なく補充され、増加し続けるトランプの軍勢に徐々に押され始めていた。
「ここまでくれば、遠慮する必要もないわね」
海上に出たワルプルギスの夜を遥か上空10,000mから見下ろしながら、暁美ほむらは一人語る。
「B-52ストラトフォートレス!大型爆撃機の特攻を、その身で味わいなさい!!!!」
(30トンの爆弾と17万リットルの航空燃料を満載。デカブツ、貴様でもこれは喰いきれまい!)
黒い大きな、巨大な『死の鳥』が、その背に乗せた少女の命を受け、巨体に見合わぬ素早さでその機首を一気に傾け、降下を開始する。
エンジン出力は全力全壊。後の事など考えぬ最大出力で、常ならば必死で抗う重力をも味方につけて、安全基準など無視した、その鳥が生れ落ちてから体験したこともない速度で、たった一人の少女の希望と絶望を載せて駆け抜ける。
「(クタバレ、××××!!!!!!)」
今までほむら自身口にした記憶も無い、たった一人の友達が聞けばドン引き確実な暴言を吐き捨て、B-52をワルプルギスの夜に突き立てる!
「アハッアハハハハッアハハハハハハハハハハ!!!!!」
それに応えた訳ではないだろうが、ワルプルギスの夜はより一層大きな嗤い声をあげる。
そして、反転、立ち上がり・・・・・・素早くも華麗な、ワルツでも踊るような動きで、B-52を回避してみせた。
「そんなっ!!??」
(ばかなっ!!??)
B-52とワルプルギスの夜が衝突する直前に転移したほむらは絶句する。
回避されたB-52が海面に突き立ち、これまでにない大規模な爆発を起こし、巨大なきのこ雲を生み出した。
その衝撃波が陸に到達するよりなお早く、ワルプルギスの夜は港に降り立ったほむらへと襲い掛かる。
「っ!?戦闘機部隊っ!!!」
それを時間停止能力を駆使して何とか避けると、使い魔を、戦闘機部隊を差し向ける。
「アハハハハッアハハハハハハハハハハ!!!!!」
しかしF-15やSu-35、F-22さえも、魔女のダンスに翻弄されて引き離され、魔女と魔法少女もどきによって撃墜されていく。
地上部隊もまた標準を合わせられず、その尽くがかわされてしまう。
「アハッ!アハハハハッ!!!アハハハハハハハハハハ!!!!!」
無駄な足掻きだと嘲笑うかのように、ワルプルギスの夜の笑い声が響き渡る。
暁美ほむらはその顔を憎悪に歪め、天空を舞い踊る魔女を険しい顔で睨み付ける。
しかし、その口元には不敵に不遜な笑みを浮かべていた。
(避けた)
「避けた」
口元が緩むのを止められない。
(アレは、避けるのか?)
「そう、避けるの?あなたにとっても、爆弾と燃料を満載したB-52は、避けねばならない存在なのね!!!!」
少女の口が更に更に釣り上がっていき、美しくも醜悪な、邪悪な角度を形成する。
「(フッ・・・フフッ・・・・・・ウフフフフッ!!!!!アッハハハハハハッ!!!!!!!!!!)」
ワルプルギスの夜のそれが染ったかのように、暁美ほむらもまた、その長く伸びた犬歯がを見せ付けるように声を上げて嗤う。
魔女達が互いに互いを嘲り嗤う声が、昼間だというのに薄暗い見滝原市に響く。
------魔女達の宴(サバト)は、まだまだ終わらない。
「兵士達よ、そこを撃て!」
暁美ほむらが、何もない中空を指し示す。何の疑問も抱くことなく、彼女の使い魔たちは火砲を集中する。
「あそこを撃て!!」
また違う場所を指し示せば、即座にその場所へと銃弾を、砲弾を、ロケットを、ミサイルを叩き込む。
「ここを撃て!!!」
そして彼女が自らの胸を叩けば・・・・・・当然と言わんばかりに、即座に全ての砲口が主人に向けて咆哮する。
「アハハハハハハハハハハ!!!!!」
そして2回の砲撃を軽やかにかわした鋭敏にして強大な魔女は、小さき魔女に背後から襲いかかろうとし・・・・・・弾雨に自ら飛び込んだ。
「魔女に堕ちれば、やはり論理的な思考能力はなくなる」
時間停止能力をもってして当然の如く回避したほむらは、無事な右手で髪をかきあげながら呟く。
侵食は左肺はおろか咽喉にも及び始め、もはや言葉を口にするのもツライ。
しかし脂汗を流しながらも、自らに言い聞かせるように優位性を口に出し、己を鼓舞する。
(ワルプルギスの夜。アレの時間を止めようとしたら、周囲2㎞は完全に静止させねばならぬ)
それは、この決戦で判明した距離。極至近距離であっても暁美ほむら本人ならなんとか動ける。だが、使い魔はもちろん、乗物の類は無理だ。
本人のみが、何とか動けるのだ。個人が携行できる爆発物では、ワルプルギスの夜に致命的なダメージを与えることはできない。
半径2,000m。その距離が、遠い。
だが、それでも。たかが絶望如きに、希望を捨てた女如きに、負けてなんかやるもんか----!!!
「兵隊共(ソルジャーズ)!」
掛け声ひとつ、使い魔たちの指揮をとる。
ソコだアソコだアッチだコッチだ打て撃て討て!
魔法少女もどきに妨害されながらも、彼女は指揮をとる。
F-4が撃墜され、タイフーンが特攻し、F-5が撃墜され、Su-27が撃墜され、Mig-31が特攻する。
M163対空自走砲が進行方向を遮り、チーフテンがその主砲を叩き込む。
その圧倒的なまでの機動性に翻弄されながらも、ワルプルギスの夜を追い立てていく。
そして、ついに----
「消えなさい、ワルプルギスの夜!」
再び海上まで押しやられたワルプルギスの夜に向かって、B-52やTu-160、B-1、更にはB-2といった大型爆撃機が、全方位からの特攻をかける。
「アハッアハハハハッアハハハハハハハハハハ!!!!!」
完全に包囲されてもなお狂笑するワルプルギスの夜は魔力の炎で迎撃し、数多の機体をまとめて薙ぎ払い、包囲網に穴を穿つ。
しかし1/4を一瞬にして焼き尽くして穴を開けられようとも、別の機体が瞬時にその穴を埋めていく。
そして3桁近い機体を撃墜しながらも、ワルプルギスの夜は群がる大型爆撃機の群れの中にその姿を消した。
そして---
閃光
きのこ雲
衝撃波
爆音
ワルプルギスの夜。
「アハハハッアハッアハハハハハハハハハハ!!!!!」
響き渡る耳障りな笑い声に、暁美ほむらは唇を噛む。血が流れようと、気にする余裕などない。
しかし、勝機は掴めた。
ワルプルギスの夜は当初の反転状態に戻っており、また身に纏う豪華絢爛なドレスはボロボロ。
髪飾りも半分吹き飛び、足元の歯車もまた大きく欠け、罅割れていた。
そして何よりも、胸には穴が穿たれ、そのグリーフシードが-----
「----------ッ!!!!????」
息を呑む。
顔が引きつるのが分かる。
(何だアレは?何なんだアレは!!??)
生れ落ちてよりその口元より嗤いを消さなかったほむらの内なる魔女ですら、驚愕のあまり取り乱す。
(・・・・・・これが、ワルプルギスの夜の正体。ああ、なるほど。強い筈だ。最強な訳だ。こんな化け物相手に、唯の魔法少女が唯一人で足掻いても無駄というものだ)
今まで常に強気だった声が、驚きを隠せず上擦る。
取り繕う余裕などないし、その意味もない。暁美ほむらもまた、目を、口を震わせ、思考を停止していた。
「そん、な」
何とか口から出たのは、意味もない言葉。
背筋を震わせる暁美ほむらの見つめる先、ワルプルギスの夜の胸に穿たれた穴からは------大量のグリーフシードが、その姿を晒していた。
ワルプルギスの夜は、多数の魔女の集合体であるという説は以前からあった。
しかし今、ワルプルギスの夜の胸に収まっているグリーフシードの数は、十や二十どころか、数百は優にある。
もしかしたら、千を越えるかもしれない。
(はてさて、それでは、その数多の魔女の集合体であるワルプルギスの夜に唯一人で抗しえている私は、数多のグリーフシードを贄として使い魔を作成し、打倒しようとしている私は、どれほど凶悪な魔女と化すのだろうね?)
その言葉に、前回のループで見た、魔女と化したまどかの姿を思い出す。
Kriemhild Gretchen---最強最悪の魔女。
もしかして、私は------
「困るよ暁美ほむら。希望から絶望への相転移。その膨大なエネルギーを個人の願望の為に使うなんて」
思考を遮るように、インキュベーターが彼女に話しかけてきた。
いつもコイツは唐突に現れる。けれど、ほむらは、今だけはそれに救われたような気がした。
「希望も絶望も、私のモノよ。アナタ達とは希望を叶える代わりに魔女と戦う契約はしたけれど、感情エネルギーを渡すような契約はしていないわ」
「それにしても暁美ほむら。人としての思考を失わずに魔女と化す。それを成し遂げた魔法少女は君で2人目だ。驚愕に値するよ」
インキュベーターは尻尾を軽く振って反論を黙殺し、言葉を続ける。
それもいつものことだと受け流そうとして、だがその言葉に引っ掛かりを覚えた。
待て、今、コイツは何と言った?人の心を失わずに魔女になった魔法少女ハ、二人目だト言ワなかッタか---?
「ワルプルギスの夜。彼女もまた、人としての知性を、理性を捨てずに魔女となった存在だ」
「っ!?」
断言されたその答えに、思考が再度フリーズする。
「魔女狩りの魔女。両親を魔女に殺され、許婚に捨てられ、弟妹を守れず、己の無力に絶望して・・・・・・それでも、世界は美しいと断言した」
「そして魔女となった彼女は、魔女を狩り、グリーフシードを取り込んで力を増していった」
「でも、グリーフシードを取り込むということは、魔女たちの絶望と呪いも取り込むということだ」
「それに、彼女は耐えきれなかった。当然だよね。一人の人間が、千を超える魔法少女の絶望を背負える訳がない」
「・・・・・・それでも彼女は絶望を狩り、世界を祓い清めようとした。その意思は、決して間違えなんかじゃない!」
反射的に、反発するように断言する。
「いいわ、彼女は私が討つ。そしてその遺志は私が継ぐわ」
「それは不可能だ。魔女というのは本来、希望から絶望、呪いへの相転移エネルギーを抽出した、残り粕なんだ」
「千分の一、万分の一のエネルギー・・・・・・魔力しか残らない通常の魔女になったワルプルギスだって、会話が成り立ったのはほんの数ヶ月だけだ」
「その後もしばらくは魔女だけを狩る魔女として活動していたけれど、1年と経たずに魔法少女を襲い始めた」
「魔法少女はいずれ魔女になるのだから、彼女の目的を考えればそうそう間違ってもいない」
「まぁ、魔力の強弱で索敵する彼女には、魔女と魔法少女の見分けが不可能になってしまったのだろうけど」
「そして、全てを無差別に襲い始めるまでそれほど時間はかからなかった」
「そうなれば君達が知るワルプルギスの夜・・・・・・結界を必要としない大型魔女の完成さ」
「でも、暁美ほむら。君はほぼ100%のエネルギーを、絶望を、呪いを自分の中に無理やり押し込んだ」
「今だって、少しでも気を抜けば思考を放棄してしまいそうなんだろう?」
言葉が出ない。インキュベーターの言うとおりだ。魔女に堕ちた時に具現化した心の闇。
弄んでいるのか強引に侵食しては来ないが、虎視眈々と隙を伺っている様を隠そうともしなかった。
いや、アレは暁美ほむら自身の闇だ。お互い、隠し事などできないのだろう。
現に今、インキュベーターの言葉に大いに心を乱している彼女を無言で観察しているのだから。
「君が完全に魔女と化したとき、ワルプルギスの夜を越える災いとなるんだ」
「宇宙の寿命を延ばすことに協力しなかった代償が、この星を滅ぼす魔女の誕生という訳だね」
そしてその言葉が、トドメだった。
「---そう。そう、なの。もう、ダメなのね」
諦めの言葉が零れる。
暁美ほむらの、継接ぎだらけの心が、砕けた。
(クフッ!クフフフッ!クハハハハッ!!!???)
魔女が、堪らぬと、愉快だと嗤う。
肉体の魔女化が一気に進み、右足から腰へ、左胸から右胸へ、左首から左顎へと広がっていく。
(ああ、そうさ、そうだとも!街も人も犬も猫も異星人も魔女も魔法少女も、全て壊しちゃえ!)
(街を守ろうなどするから苦戦する!理性も知性もない、異星人の絞り粕如きに苦戦する!)
(全て全て壊し尽くしちゃえば良いのさ!!魔女の軍勢?よかろう、我が兵隊が有象無象の区別なく灰燼としてやろうじゃないか!)
(破壊こそが魔女の本懐!破滅こそg「それでも、私は!!!!!!」
魔女の言葉を遮るように叫び、その眼を見開く。
その真紅の瞳で、ワルプルギスの夜を睨み付ける。彼女の事情を知った今となっては、これまでの恨み辛みも薄れてしまった。
でも、だからこそ、彼女にもここで引導を渡す-----!!!
元より未来は捨てたのだ。
鹿目まどかと、もう会うことはない。
鹿目まどかと、もう言葉を交わすことはない。
鹿目まどかと、もう触れ合うことはない。
------そんなコト、魔女に堕ちると決めたあの時に、既に解り切っていたコトだ。
今更、何を戸惑う必要があろう?
「暁美ほむら。君は-----」
「黙って見てなさい、インキュベーター。私はアナタの言葉なんかで折れはしない。彼女を葬り、そして逝くわ」
大きく息を吸って、再確認した覚悟と共に、言の葉を吐き出す。
「猫たち!状況報告!!」
インキュベーターの居た場所に、使い魔の猫たちが現れる。
猫たちが停止した時間の中でインキュベーターを屋上の隅から蹴落とす様子も見えたが、気にする訳がない。
にゃんにゃにゃにゃんと告げられる内容は、芳しいものではなかった。
先程と同様の攻撃をするには、大型爆撃機が足りない。
攻撃機で補おうにも、それもまた誘導に使い切って足りない。
地上部隊も使い魔同士の戦闘もあって損耗が激しく、使えるなら半世紀以上前、第2次世界大戦時の物ですら使い始めている始末だ。
艦船部隊など、9割方漁礁になってしまった。
残された兵器で彼女達を葬れそうなのは----『核』しかなかった。
夕焼けが眩しい。
ワルプルギスの夜の弱体化に伴い、見滝原を襲ったスーパーセルも弱まり、雲に切れ目が出来ていた。
空が、海が、そして見滝原の街が赤く染まる。
逢魔ヶ時。
魔女達の終わりには、相応しいように思えた。
「魔女狩り刈り雁借り刈か莉!」
「嫌いキLaイ大機雷!!」
「市ね詩ネ氏寝誌値Meんナ死ンじゃゑ!!!」
「蚊る華流刈るCal魔女は狩ル!!!!!」
左耳が魔女のそれとなったことで、ワルプルギスの夜のあげる笑い声に含まれた、魔女の言葉が解かった。
しかし、インキュベーターの言うとおり、既に正気でないことが解かっただけだ。
いつ魔女になったのかは知らないが、千を超える魔女を狩った彼女は、もう楽にしてあげなくてはいけない。
散々苦しめられ、辛酸を舐めさせられた相手だというのに、その事情を聴いてしまった事もあり、どうにも親近感を覚えてしまう。
(ふん、安い同情などするな。あれぞ我が怨敵。貴様が今ここにいる原因なのだということを忘れたのか?)
魔女に堕し遂に現界しようという所を邪魔されたからか、不機嫌そうに内なる魔女は棘のある声で釘を刺す。
それすらもほんの僅かな微笑を口元に浮かべて流し、口を開いた。
「★ШФ◇!!」
結界展開、と叫んだつもりだったが、咽喉は人の言葉を発っしてはくれなかった。
夕焼けに見とれた僅かな間に、完全に変質してしまったらしい。
だが魔女の力を用いるには、魔女の言葉が相応しかったようだ。
展開しようとしたそれよりもより強大な結界が展開され、三度上陸したワルプルギスの夜とその使い魔達を取り込み、更には彼女達の時間を停止して拘束する。
そこは巨大な振り子時計が中心に浮かぶ、不毛な砂漠だった。
インキュベーターの言葉で魔女への堕落が深まったお蔭というべきか、ワルプルギスの夜を結界内に閉じ込め、拘束するだけの魔力は得られた。
だが、これからやろうとすることにはなおも魔力が足りない。
(あぁ、良いだろう。あぁ、良いじゃないか。堕ちろ堕ちろ。更なる闇に触れ、諦観に沈め)
魔女の言葉に、もはや反抗する気持ちも気力もない。
諦めからくる穏やかな気持ちが、暁美ほむらを終わりに導く。
もう、暁美ほむらと要目まどかの時が交わることはない。
もし、交わるとすれば、それは、理性を失った私が魔女として要目まどかを襲うとき。
そこに思考が至ると共に絶望が一気に暁美ほむらを侵食し、闇に染める。
「ΘΣ*□$Ж!!!!????」
かつて暁美ほむらだった魔女の口から、絶叫があがる。
彼女の心が侵食されるにつれ身体もまた、呪いに貪り食われていく。胸も腰も魔女のそれとなり、更に腹と右腕、左足を侵す。
(絶望しろ。私は望みを叶える事は出来なかった。役立たずな私は、消えるしかない)
心が擦り切れ、磨耗しつくして消えていく。
それでもまどかを、たった一人の友達との思い出を拠り所に、圧倒的な絶望の中、ホンの一欠片の希望を燃やす。
「йΩ♯◆£б+!!!!????」
右腕も左足も発条仕掛けの魔女と化し、顔も醜い機械と化す。
「@¥■◎&☆Э≡ΠК-------」
そしてゼンマイ時計の部品で作った人形のような姿と化した暁美ほむらは、チクタクと機械音を全身から鳴らしながら、ゆっくりと崩れ落ちる。
しかし倒れ臥す直前、四肢に何本ものワイヤーが絡まって彼女を助け起こし・・・否、ゆっくりと引き寄せ、結界の中央、巨大な振り子時計の中央に張り付けた。
それこそが、時の魔女へと堕落した暁美ほむらの成れの果て。
------Alice
性質は迷走。
決して己の望む結果に辿り着けない、時の迷宮の魔女。
トランプの兵隊を使って戦争ゲームに興じ、戯れに街を灰燼と化す孤独な魔女。
一緒に遊ぶ友達を探してチェシャ猫をお供に時の止まった世界を彷徨う。
彼女の孤独を癒す友達が現れたとき、彼女は倒れるであろう------。
『くふっ!くはっ!!くははははははははは!!!あぁ、なんという魔力!あぁ、なんというバカ魔力!?あの異星人共が態々地球まで来るのも納得だ!』
四肢を拘束されているというのに、アリスは上機嫌に笑い、叫ぶ。
彼女は自ら動くタイプではないから、動けないことなど気にしないのだ。
だからこそ、暁美ほむらの足掻きを上機嫌に見続けられたのである。
(馬鹿笑いもいい加減にしなさい)
『生れ落ちてより今の今まで心の内に潜み続けたのだ、少しくらい構うまい?』
アリスは上機嫌に、それに対し内なる少女は逆に不機嫌に会話を交わす。
(もう、十分笑ったでしょう?)
『せっかちなヤツめ。だがまあ、アレも放置できぬか』
時を止められ、動きを停止したワルプルギスの夜に視線を向ける。
時間停止の結界を軋ませ、打ち破ろうとしている魔女に、早急な行動の必要性を理解した彼女は、その莫大な魔力を持って行動を開始する。
(そういうこと。・・・・・・始めるわよ?)
『あぁ、そうだな、終わりを始めよう。この戦争の終わり。魔女狩りの魔女、ワルプルギスの夜の終わりを』
迷走の魔女が、無力の魔女を見つめる。
---無言。
万感の思いをその視線に乗せて、しばし見つめる。
『停止せよ』
そして、呪を口にする。その言の葉を受けて、結界にかかる重力が、『停止』した。
『停止せよ』
再び、同じ呪を口にする。法則に従い、地球との同期を、『停止』した。
『・・・・・・・・・加速せよ』
今度は異なる呪を口にする。それにより周囲の空気が、『加速』する。
3つの呪い、魔の法則によって、一瞬にして二人の魔女とその使い魔達ごと結界が打ち上げられる。
いや、違う。地球の自転と公転に置いて行かれ、100kmに及ぶ大気の層を擦り抜けたのだ。
大気圏を突破し、静止衛星軌道を越えていく。
初めて経験する無重力の中、身動きの出来ない自身とワルプルギスの夜の周囲を、核弾頭に乗った猫たちが包囲する。
そして威力もマチマチな核弾頭を、計算して配置していく。弾き飛ばして逃がさないように、最大威力を発揮する為に。
核弾頭の起爆装置である爆縮レンズ同様の理屈で、熱と圧力を余さず使い尽くす為に。
月軌道に差し掛かった時、核弾頭の配置も終え・・・・・・彼女は地球を仰ぎ見た。
もう、見滝原は見えない。日本列島も見えない。それでも、そこがまどかの住む、青い星だということだけは解かる。
『(---。)』
友達の名前を口にしようとして、思い留まる。
魔女の言葉では、友達のこれからの人生を呪ってしまうように思えたからだ。
鋼の瞼を閉じ、まどかとの思い出を反芻する。
クラスメイトとしての出会い。
魔法少女としての出会い。
戦いの記憶。
日常の記憶。
別れの、記憶。
そして、覚悟の、記憶。
瞼を、ゆっくりと半分だけ開ける。
一つの可能性に、気付いた。気付けた。
『アハッ---------あぁ、そうか。そうすれば』
穏やかに微笑む。
微笑めているのかなと、他愛も無いことを考える程の余裕が心に生まれる。
(今の私なら、できる)
『あぁ、そうだ、そうだとも。今の私なら------できる』
ガラスの瞳を輝かせ、迷走の魔女が身動ぎする。
秒針に張付けられた左腕を、強引に前に出す。
分針に張付けられた右腕を、力任せに前に出す。
両腕を拘束するワイヤーが、その身を構成する歯車に食い込む。
それでもチクタクと両腕を前に出し、ワイヤーを引きちぎる!
『次元回廊、展開!!!!』
アリスの声に応えるように、その眼前に時間を遡行する時の、平行世界間を移動する為の空間が出現する。
時の魔女はありったけの魔力を込めた左腕を大きく振りかぶると・・・・・・その空間を全力でぶん殴り、叩き割った。
「っ!!??」
その先に居たのは、インキュベーターと、鹿目まどかの亡骸に泣きつく、赤い眼鏡の、三つ編みの少女。
---------------暁美ほむら
無知で無垢な、唯の、人間の、少女。
時の彼方を彷徨う魔女、アリスの原点。
驚きの表情で固まるかつての自分の襟元を右手で掴み、世界の理を超え、この世界に引き寄せる。
「ひっ!!??」
何が起きたのか理解できないのだろう、脅えた様子で震えている。
その眼を睨む。
「ぃっ、いやあぁぁぁぁ。。。。」
泣きながら弱弱しく首を振る。
嘗ての自分は、こんなにちっぽけな存在だったのか。
力もなく、知識もなく、その覚悟も貧弱なものだ。
いや、だけど。だからこそ。
だからこそ------唯人である彼女の友達には、相応しいのかもしれない。
「きゃあぁぁぁ・・・・・---」
チェシャ猫が暁美ほむらの襟首を咥え、時の狭間を翔けて消えた。
肩の力が一気に抜けていくのが解かる。
心を覆い尽くさんばかりだった孤独も諦観も絶望も焦燥も、まるでどこかに消え失せたかのよう。
あぁ、でも、嘗ての自分に嫉妬してしまうのだけは、しかたあるまい。
『ふふふっ」
笑みが零れる。
あぁ、なんて、なんて今日は------死ぬには、良い日なんだろう!
その日その時、月の影で・・・・・地球上に存在した全ての核兵器が、その力を世界に示した。
「きゃっ!?」
暁美ほむらは体育館の床にそのお尻を打ち付け、悲鳴を上げた。
「痛たたた・・・・・・」
涙目でお尻をさする。
いったい何が起きたのか、サッパリ解からない。
鹿目さんが死んじゃって、キュゥべえが話しかけてきたと思ったら、魔女が---
「ほむら、ちゃん?」
「ぇ?」
その声に、思考が止まる。信じられない。幻聴?
恐る恐る、眼を開く。
膝立ちする女の子の足が見えた。
ゆっくりと視線を上げていく。
見滝原中の、制服のスカート。
見滝原中の、制服の上着。
そして、鹿目さんの、心配そうな顔。
「鹿目、さん?」
「う、うん?」
鹿目まどかは、困惑したような、それでも心底心配している様子で、首を傾げてほむらを見ていた。
「ふ、ふええぇぇぇぇ」
声が震える。涙が零れる。
「ふ、ふええぇぇぇぇん!!??」
あ、私、泣いているんだ。
「え!ちょ!?えええぇぇぇぇ!!!???」
友達に抱きつく。
もつれるように倒れると、まどかの胸に顔を押し付け、泣きじゃくる。
「生きて!生きていてくれたのね!!!!」
ワタワタと手を振っていたまどかは、その一言で何を悟ったのか、優しい微笑を浮かべると---友達の背に手を回し、抱き返した。
「っ------!!??」
ほむらがビクリ、と身を強張らせたのが伝わってくる。
口元が緩む。
何か様子が変だけど、無事に帰ってきてくれた友達には、この言葉を送らないと。
「おかえり、ほむらちゃん」