この頃、魔法少女達の会話は3つの噂で持ちきりだ。
一つ目の噂。ワルプルギスの夜が倒されたらしい。
二つ目の噂。最近キュゥべえ見ないね。
三つ目の噂。黒のお姉さま(Soeur Noire)・・・!
魔法少女まどか☆マギカ if
そして彼女は、■■となる
-それからの話-
「撃て撃て撃て撃てーーーー!!!???」
迷彩服姿の中年男が叫び、その部下達は89式自動小銃の引金を引き絞る。標的は西洋甲冑・・・の姿をした使い魔の群れだ。使い魔は一発二発受けた程度では気付いた様子もなく歩み続け、十発二十発と受けて初めて倒れ伏す。それが、見えるだけで数十体。しかも後続がまだまだ続いて来ているのも見える。圧倒的な物量差に、自衛官達はその顔に焦りの色が浮かぶのを隠せない。
「あ、あの、大丈夫です、か・・・?」
「え、えぇ。ご安心を」
ピンク色の魔法少女が心配そうに、ドモリながらもかけてきた声に、小隊長は安心させるように返す。顔が引きつっていたり、少女同様詰まったあたり、やせ我慢なのはバレバレであったが。
「てき弾用意・・・撃て!」
言葉で安心させるのは無理と悟ったのか、小隊長は新たな命令を発し、事態の打開を図る。命令と共に撃ち放たれた06式小銃てき弾が使い魔の群れの中に飛び込み、まとめて吹き飛ばす。しかし、それで倒せたのは押し寄せる使い魔の極々一部にすぎない。
「これ以上は、無理ですわね」
「・・・ぬぅ」
藍色の魔法少女の言葉に、小隊長が呻く。そして鉄帽に片手を添えて二、三回頭を振ると、藍色の魔法少女に視線を向けた。
「・・・残念だが、今回の特殊災害に我々だけでは対処できん。・・・君達に救援を要請する」
「当然ですわ!これは本来、私達魔法少女の戦い。行くわよ、美緒!」
「はい、お姉さま!」
藍色の魔法少女・・・西園寺高音が虚空よりハルバートを取り出すと、小銃を撃ち続ける自衛官達の前にゆっくりと進み出る。
「はああぁぁぁぁっ!!!」
高音が気合一閃、横に一薙ぎすると、そのハルバートは物理法則を無視して大きく伸び、また穂先を巨大化させて、使い魔を纏めて輪切りにする。
「流石です、お姉さま!私も負けてられません!えーーーーーぃ!!!」
ピンク色の魔法少女・・・佐倉美緒が何も番えていないメルヘンチックな弓を引き絞るとピンクに光る矢が現れた。それは放たれると同時に無数に分裂し、弓なりに使い魔の群れへと降り注ぐ。
「まだまだ~♪」
引いて、放す。引いて、放す。引いて、放す。
右から薙ぐ。左から薙ぐ。も一度右から薙ぐ。
使い魔たちが、矢に穿たれて爆発し、輪切りにされて地に転がる。
その圧倒的なまでの破壊力に、今回初参加の自衛官は呆然とし、同僚に小突かれて我に返る。
小突いた方の自衛官もまた、遣る瀬無い顔をしつつも、小銃の弾倉を交換していた。
-------------!!!
「「「「!?」」」」
人には、否、生き物には決して発することが出来ないであろう咆哮が轟く。
それは自衛隊員も魔法少女も関係なく、その場にいた全ての人間の精神を凍てつかせ、動きを止めさせた。
一方的に嬲られていた使い魔たちの動きが変わり、ナニカの為に道を開ける。その隙間から現れたのは・・・馬駆る騎士の甲冑達だった。
ヒヒーーーーーーーーーーン!!!
再び轟く咆哮、否、嘶き。馬---やはり甲冑だけで、中身がないのは容易に見て取れた---があげたそれは、その姿を見なければ馬の嘶きだとは想像も付かぬほど、悪意と呪詛に満ち満ちていた。
動きを止めた人間達に対し、馬上の騎士達は一気に距離を詰めようと疾走を開始する。
ヒヒーーーーーーーーーーン!!!
三度響き渡る嘶きに自衛官達の背筋に冷たい汗が浮かび、精鋭である筈の彼らは精神を犯され微動だに出来ない。
しかし、それに対し高音は---魔法少女は不敵に笑った。
「何かと思えば、鎧のお仲間が増えただけじゃない!」
悪態一つ、再びハルバートを振るう。それを、騎士達は軽やかに飛び越えて見せた。
「つ、つつつ使い魔の分際でーーーーっ!!!」
縄跳びのように簡単に飛び越えられたのがよほど癪に障ったのだろう。何度もハルバートを振り回すが、その度に軽やかに飛び交わされる。しかしその飛び上がったところを、美緒が射ってみせた。
「お姉さま、アレは二人でやらないと無理です!」
「そ、そうね、美緒。私が浮かす、アナタが射る!」
美緒の言葉に、高音は自分が些かムキになっていたことに気付かされた。普段は頼りないくせに、こういう時だけはこの上なく頼りになる妹分だ、と心の中で褒めながら。
薙いで、射る。
駆けて、跳ぶ。
騎士達が距離を0にするのが先か、美緒が全て射ち落とすのが先か。些か分が悪い賭けだ。二人の魔法少女が眉を顰める。と、タタタタタ、という音と共に何騎かがバランスを崩して落馬し、後続に踏み潰された。
「我々も忘れないでもらおうか」
指揮官である自衛官が男臭い笑いを浮かべ、他の自衛官も親指を立てて見せる。それに少女達はキョトンとした後に飛びっきりの笑顔で答え、再び前を向いた。
「ハイ、皆でヤっちゃいましょう!」
自衛隊と魔法少女の戦いは、まだまだ終わらない。
突撃する騎馬軍団が距離を凡そ半分まで詰め、しかしその半数以上を喪失した頃だった。無数の矢が、降り注いだのは。
ーーーーーーーーーーーーンッ!
「ぐっ!?」
「きゃあぁぁぁ!!??」
高音はとっさにハルバートを振り回して自身と美緒を守ったが、遮蔽物がない結界であることも災いし、自衛官達はその矢雨をもろに食らってしまった。防弾チョッキを着用しているお陰もあって即死こそ免れたものの、全員が何らかの形で決して軽くはない傷を負った。陸上自衛隊の最精鋭である第一空挺団は、唯の弓の一斉射で甚大な被害を被ってしまったのだ。
「くぅっ!?」
状況は一瞬にして最悪。高音は口元が引き攣るのを止められない。敵の後続を見れば、すっかり無視していた徒歩の甲冑共が弓矢を手にしており、第二射を放とうとしている様子が見えた。
「美緒、後ろの弓を構えている連中を先に倒しなさい!」
「ハ、ハイ、お姉さま!?」
固まってしまっていた美緒が再起動し、弓を構えて射ち合い始める。高音は自衛官達と美緒を守ってハルバートを振るい、僅かな隙をついては騎馬達の足を掬い、比較的軽傷な自衛官達が射撃する。降り注ぐ矢の量が眼に見えて減り、高音がハルバートを薙ぐ回数が増え、美緒も時折騎馬を射始めた。しかし、全てを倒すこと叶わず-----遂に、接敵する。
「ハアァァァァaッ!!!???」
高音は咆哮一閃、騎士甲冑の騎乗槍を絡め取るように弾き、カウンターでその腕を切り落とす。自衛官達がフルオートで撃ちまくり、美緒もひたすらに射かけ続ける。しかし、得物を持っての接近戦を得意とするのは西園寺高音のみである。となれば必然として------
「ぁ・・・」
「美緒ーーーーー!!!???」
佐倉美緒は使い魔の攻撃を避けられないことを悟って呆然とし。西園寺高音は、その不可避の未来に絶叫する。
ズンッ!!!???
その時、大口径の銃独特の重い発砲音が響き、美緒を今にも切り捨てんとしていた使い魔が吹き飛んだ。
「ぁ・・・・・あぁぁ・・・」
「・・・み、美緒?美緒!!??」
美緒は茫然自失の体でヘナヘナと座り込む。駆け寄った高音は周囲を警戒しつつも美緒の肩を掴み、その無事を確かめつつも強く揺すった。
「?」
ザッザッザッ-------
どこからか、足音が聞こえてくる。
ザッザッザッザッザッ-------
徐々にその音は大きくなってくる。
これは、一人二人の発てる足音ではない。多数の人間が、歩調を揃えて行進する音だ。
ザッザッザッザッザッザッザッ-------
行進の足音が、更に大きくなる。
いつしか魔女も使い魔もその足音の方を最大限警戒し、二人と自衛官達には最低限の注意しか払っていなかった。それも仕方あるまい。今、こちらに向かって来るのは、100人以上の集団だ。
「えっ!?えっ!?えええぇぇぇぇぇっ!?」
美緒の叫び声が響く。
妹分が大いに混乱して取り乱してくれている分、逆に落ち着けている高音であったが、彼女もまた周囲の変化に戸惑っていた。なにせ魔女の結界内にいたはずが、いつのまにかどこかの庭園にいたのだから。
「いえ、違う。これも結界?・・・結界の、上書き???」
頭の中を整理するため、あえて推論を口に出す。魔女とその使い魔にとっても予想外の事態なのだろう、あちらからも動揺する様子が伝わってくる。
「オ、オ姉サマァ・・・」
「しっ。静かに!」
「ひんっ!?はっはぃぃぃ・・・」
涙目の美緒から助けを求めるような視線を感じるが、今はかまっている余裕がない。見え始めた行進してくるモノ達に、神経を集中する。
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ-------
「------は?」
魔女の結界を上書いて現れたのは、古いアニメで見たようなトランプの兵隊達だった。しかしその手に持つのはメルヘンを全否定する代物-アンチマテリアルライフル-である。それがスペードクラブダイヤにハート、横4列縦13列に並んで行進してきていたのだ。
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ-------
彼らは魔女や使い魔達から200~300mほどの距離でペラリと右に直角に曲がった。そしてその後ろからも、まだまだ行進してきている---!?
「な、ななな、何なの、あれは・・・!?」
こちらの驚きも戸惑いも無視して、4セット208枚(?)の兵隊達はペラペラと90度向きを変えて再び前を向き、射撃体勢をとる。
一列目--芝の上に伏せて、伏射
二列目--片膝を付き、膝射
三列目--半身引いて銃口を前方に向け、立射
四列目--同じく半身引いて銃口を斜め上方に向け、立射
その銃口が向かう先は、使い魔と、その遥か後方に隠れている、魔女。
ずどどどどん。
腹に響く重低音と共に208の銃口が火を噴き、先程まで自分達が苦戦していた使い魔の群れに鉛弾を叩き込む。使い魔は大口径弾の一撃で弾け飛び、その群れは端から消滅していく。高音も美緒も自衛官達も、絶句して、放心する。頬が引きつらせて痙攣させる。
マジカルもリリカルもメルヘンも、全て纏めてロジカルに駆逐されていく。
「は、はは、あはははは・・・・」
乾いた笑いが、高音の口から漏れる。しかし、戦場で放心してしまったのはまずかった。
「なぁっ!?」
「きゃぁっ!?」
すぐ近くまで接近を許してしまっていた騎士の使い魔たちが活動を再開し、高音と美緒に襲い掛かる。しかし完全に不意を突かれてしまった二人には、なんら有効な対応をとることが出来なかった。
その二人の後ろからチュイィィィンとモーターの回転音が響き------
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!
次いで余りにも大きな発砲音が間断なく響きわたる。
「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
抱きついてきた妹分を高音は思わず抱き返し、二人で悲鳴を上げてしまう。
「結界内で気を抜くなんて、随分と余裕があるのね?」
「・・・はぅっ!?」
その声に我を取り戻した高音は、妹分の前で可愛い悲鳴を上げてしまった事を気恥ずかしく感じ、未だ抱き着いてきている美緒を突き放してしまった。
「きゃっ!?」
「あら、乱暴なお姉さんね」
あ、しまった。と自分の失態に気付いた高音が美緒の方を向くと、よろめいた妹分は既に黒い魔法少女に受け止められていた。黄金の瞳が、高音を責める様に見つめてくる。
・・・・・・・・・フイッ
しばらくの見詰め合い、いや、メンチを切り合って、美緒への後ろめたさ他諸々から、高音は先に視線を外してしまった。
「ふっ」
勝ち誇ったような態度にカチンと来て再度睨み付けるが、相手は高音を無視して美緒に視線を移していた。
「あら、こんなに汚れちゃって・・・女の子は身嗜みには気をつけないと」
そういって黒いのは美緒の服を軽く叩き、襟元のリボンを整える。ギギギ、それは私の妹分だ、誰に断って手を出スカ。
「ふっ」
黒い魔法少女は高音に流し目を送ると、再び鼻で笑ってみせた。高音のデコに井桁が浮かぶ。今のは、ピキッと来た。何より美緒が頬を染めて、尊敬の眼差しで黒いのを見ているのが許せない。
「ふふっ。さぁ、これで綺麗になった。じゃあ、あとはソウルジェムも綺麗にしましょうか。」
「は、はいぃぃっ!?」
黒いのが優しく声をかければ美緒が上ずった声を返す。気に入らない。気に入らない。そんな心の葛藤に噛み締める高音を無視して、美緒のピンク色のソウルジェムに、黒い魔法少女の左指が触れる。
ィ------------ン
「「ぇ?」」
甲高い音と共に、美緒のソウルジェムに溜まった穢れが黒い魔法少女の左手に填められた紫紺のソウルジェムに吸い込まれた。そして、紫紺のソウルジェムは僅かにその色を濁しながらも、軽く発光したかと思うと元の色に戻っていた。
「「えええぇぇぇぇぇぇ!!!???」」
美緒と高音の絶叫を、黒い魔法少女は余裕の笑みでサラリと聞き流し、その髪を掻き揚げる。フワリと広がる黒い艶やかな髪に、美緒が溜息を漏らしたのが横から聞こえた。
「あ、貴方、何者なの?」
ヌググと嫉妬、そうかこれが嫉妬か、と納得しながらも、高音は誰何の声を何とか搾り出す。
「ただの魔女狩りよ」
「魔女狩り?魔法少女ではなくて?」
魔女狩りという自称に、既に危険な角度になっている眉を更に顰める。
「ええ。私は既に魔法少女ですらない、ただの二代目魔女狩り。名前はないから好きに呼びなさい。」
じゃあ、ゴk「Soeur Noire、黒のお姉さま・・・」
高音がこの上なく失礼な名前を連想仕掛けたのを遮る様に、憧憬とか尊敬とかをコレでもかと篭めた声で美緒が呼び掛けていた。
「ふふっ」
満更でもない様子で魔女狩りの少女は微笑むと、美緒の頭を撫でる。それに対し、美緒も気持ちよさそうに目を瞑る。
「またピンチになったら、私を呼びなさい」
「はい、黒のお姉さま・・・」
美緒の頭から手を離した魔女狩りは、次に視線を高音に向け、
「貴方も、よ」
そう微笑みかけると、少女は一瞬にして高音との距離を詰めるとそのソウルジェムも浄化して、忽然と姿を消した。
「-----ぇ?」
いつの間にか銃撃音は収まり、遠くからトランプの兵隊達の去っていく行進音だけが聞こえる。結界が解かれ、通常空間に復帰する。
「「・・・・・・。」」
高音は魔女狩りを自称する少女の得体の知れなさに畏怖し、背筋に冷たい汗が流れるのを抑えられず。その相方の美緒は、頬を朱に染め、トロンとした目で放心していた。
「アレが、噂の黒のお姉さま、か。」
そして黙って観察していた-少女たちの会話に参加できなかったともいう-隊長もまた、頬を冷たいものが流れるのを禁じ得なかった。
M134ミニガンを、華奢な少女が反動も重量も苦にする様子もなく軽々と扱ってみせる。ああ、なるほど、通常兵器で魔女と使い魔に対抗することは可能なのだろう。しかし、それは既存の兵器と兵士で対応しきれるものではない。
結界内の環境は千差万別であり、これまで以上の火力も必要となる。隊長に限らず、自衛官たちの頭には漫画や映画でしか見たことのないような装備が浮かんでは消えていった。
■
「そこはほら、ここに代入して・・・あれ?」
夕方の図書館。そこで鹿目まどかと暁美ほむらは、二人並んで教科書とノートを広げていた。二人が『出会いをやり直して』から、早くも1ヶ月が経とうとしていた。
あの日、二人はお互いが異なる時間軸の存在であることを理解すると、まずは情報を交換した。それは魔法少女となったお互いの褒め合い。片方が話をするともう片方が身悶え、照れ隠しに相手を誉める。それを受けた側がまた顔を真っ赤に染めて謙遜し、相方を誉める。その繰り返しで少女たちは情を交わし、世界を超えて再び『親友』となったのだった。
そしてワルプルギスの夜と暁美ほむらの、魔女達の齎した混乱が一段落して学校が再開されると、暁美ほむらはある問題に直面した。それはスーパー転校生の呼び声高い、文武両道にして容姿端麗な、魔法少女としての自身の足跡である。
眼鏡に三つ編みという彼女にとって普段の格好で登校してしまった初日の大混乱は、壮絶なものであった。まず愕然とし、次いで騒然とする級友と、その反応に涙目でプルプルと、子ウサギのように震えるほむら。まどかは何とかフォローしようとするも、周りと同様に混乱して何も出来ず。その混乱を収めたのは、珍しく早めに教室に現れた担任の言葉だった。
曰く。あら?暁美さん、イメチェン?・・・あ、もしかして今日は埃っぽいし、コンタクトは控えたの?うん、その眼鏡だと、三つ編みも似合うわね。
担任の言葉を本人ではなくまどかが何故か必死で肯定し、そのままSHRに雪崩れ込んだことで朝の騒動は終わった。その後の授業も休み時間も、どこか様子のおかしいほむらと、それを必死でフォローするまどかは周囲から不審な眼で見られながらもなんとか一日を乗り越える。そして放課後になると、まどかは余計な突込みが入る前にほむらの手を引き、慌てて街に繰り出した。当然、コンタクトを買う為であり、今後の対策を練る為であった。
「・・・う~んと、もしかして、これはこうかな・・・あ!」
二人が頭を抱えていた例題を、ほむらが公式を使って解いてみせた。
彼女達が図書館で勉強をしているのも、その対策の一環である。同じ時間軸を繰り返し、予習も復習も完璧なほむらに、長期入院を終えて退院したばかりのほむらが敵う訳がない。しかし周囲に魔法のことを言える筈もなく、結果、事情を知るまどかと二人、放課後の勉強会なのである。
「おぉ!?そっか、そうだね!やっぱほむらちゃん、頭いいよ~。私、もう追い抜かれちゃったかな?」
てへへ、とまどかは頭を掻いた。
当初はまどかが教える形で始まった勉強会も、半月と経たずにほむらが追いつき、一緒に予習復習をする形に落ち着いていた。予習復習をちゃんと行うことで、ほむらは勉強面に関しては何とか取り繕うことが出来たのだ。
運動面に関してはドクターストップで運動禁止、ということになった。元々心臓が悪くて入院していたほむらである。担当医に相談すると、むしろ体育の授業に参加したことを酷く怒られた上で運動絶対禁止を言い渡され、学校に抗議の電話までされてしまったのだ。
おかげで、運動神経抜群なのに運動出来ない可哀相な子、という称号を手に入れてしまった。
「そ、そんな事ないよ、鹿目さんの教え方がいいんだよ」
「あ、また鹿目さんに戻ってる!?名前で呼んでよ、ほむらちゃん?」
未だにどこか一歩引いたような、遠慮したような態度が抜けないほむらに、眉間に皺を寄せたまどかが人差し指を突きつける。
まどかに人差し指を突きつけられたほむらの格好は、魔法少女となった未来(?)の彼女と同じだ。眼鏡をやめてコンタクトにし、髪も下ろした。違うことといえば、つり上がり気味だった目尻が下がっている事くらいだろうか。それに加え、近寄りがたい張り詰めたような雰囲気もなくなり、むしろ小動物のような雰囲気が漂っている。このことからクラスの、いや学校の男子の注目をまた集めしまっているのが、目下まどかの悩みでもある。
「えぅ!?・・・ま、まどか、さん」
「うん、ほむらちゃん」
まどかはすぐにその顔に満面の笑みを浮かべ、名前を呼び返した。
まどか自身、魔法少女絡みの諸々に関わった結果として成績を落としており、両親には心配をかけてしまっていた。そういった事もあり、ほむらが学校の授業に追いついた後も二人の勉強会は続いている。何より二人でやれば勉強も苦痛ではなく、むしろ二人共楽しんでさえいるのだ。
「えへへへへ・・・・」
「ふふふふふ・・・・」
まどかが笑い、ほむらも笑い返す。かつて暁美ほむらの願った、ありふれた平穏な日常がそこにはあった。
◆
「今日は少し話しがしたくて来たんだ。撃つのは待ってくれないかな?」
図書館の自習スペースを見下ろすビルの屋上で、黒の少女はキュゥべえに向けた銃口はそのままに、その黄金の瞳で先を促した。
「やれやれ。随分と嫌われたものだね、暁美ほむら」
とりあえず話しを聞いて貰えそうだと解かったものの、黒い少女・・・かつて暁美ほむらだった存在の相変わらずな態度に、キュゥべえは肩を竦めた。
「私はもう、暁美ほむらではないわ」
「そうかもしれない。でも、君を差す言葉を他に持たないから、今はそう呼ばせてもらうよ」
「ふん、好きにしなさい」
「君はあの時、月の裏側で、始まりの平行世界から過去の暁美ほむら・・・魔法少女になる前の同一存在を拉致した」
その言葉に、嘗て暁美ほむらだった少女は心の中で舌打ちをした。異星人であるインキュベーターには、やはりと言うべきか、月の裏側も十分に観測圏内だったようだ。火星等に向かっている探査衛星でしか観測できなかった地球は大混乱だというのに。まあ、地球の人々が混乱しているのはまた別の理由の方が大きいのだが。
「一度は諦めた自身の願いを完全な形で叶え、また時間遡行を否定することで鹿目まどかに集まった因果の糸さえも開放した。そうして、絶望から、呪いから希望へと再度の相転移を遂げてみせたんだ」
希望から絶望への相転移。それが莫大なエネルギーを生み出すのなら、その逆もまた、莫大なエネルギーを生み出す。+から-、-から+。そのどちらへの相転移でもエネルギーを得られるのが、感情エネルギーが熱エネルギーより優れている点だった。
「それによって得られた魔力は、ワルプルギスの夜を一瞬にして蒸発させた、恒星のそれに等しい熱と圧力すら撥ね退けたんだ」
爆発の直前。一度は諦めた願いを成就させたことで魔女から再び魔法少女(?)へと彼女は反転し、具現化した絶望、魔女としての意識も希望に満たされて彼女の内に統合された。そしてその圧倒的なまでの魔力という存在だけで、彼女は核爆発の莫大なエネルギーを跳ね除けてみせたのだ。
「けれど、肉体も魔女化・・・魔力に変換してしまった君は、物質としての体を持たない、人でも魔法少女でもなく、魔女ですらない、魔力の集合体となった」
そこまで見抜かれていたか、と暁美ほむらはインキュベーターの持つ技術力に舌を巻く。
希望を振り撒く存在へと戻った彼女ではあったが、衣装は魔女の黒い物のままであった。しかしその瞳は赤から黄金色へと変化し、伸びていた犬歯も人並みに戻っている。何よりも一度絶望したことで得た能力・・・結界と使い魔は失っていなかった。
「ええ、そうよ。今の姿にしろ、意識して人の形をとっているに過ぎない」
そう言って、ほむらはその右上半身だけを魔女化してみせた。右腕が、右胸が、顔の右1/3がカチコチと機械音を鳴らす。右目が赤く染まり、黄金のままの左目と共に、感情の宿っていない無機質な視線をキュゥべえに向ける。
「希望も絶望も自分の物、か。人としての意識を保ち魔女と化した魔法少女は、地球では君とワルプルギスだけだった。でも、宇宙全体ではそれほど珍しい存在でもないんだ。でも、そこから希望へと再転移した存在は初めてだ」
同類がいないと明言されたことに、幾ばくかの寂しさを感じ、しかしそれだけの事を成し遂げてみせたのだと誇らしくも思う。
「だからこそ、解からない。君が時間遡行しない限り、君は時間遡行を始める。でも始めたからこそ、時間遡行は始まらない。今の君は、余りにも矛盾した存在なんだ」
「アナタに解からないことが、私に解かるとでも?・・・でも、そうね。暁美ほむらは、アソコにいる。ココにいるのは、時間遡行を否定する魔力の塊。それだけのことじゃないかしら?」
魔女のように呪いを振り撒いたりはしないが、魔女同様に結界を構築し、使い魔を使役する。
魔法少女のように希望を振り撒くが、魔法少女のように人としての体は持たない。
自身が何になったのか、キュゥべえも答えを持たなかったとは、少々残念だ。
「願いを叶える経過はなく、結果だけが残る。だとしたら、今の君は人の願望を叶える存在、君達が神と呼ぶ存在と等しいとも言える」
その推理には内心苦笑してしまう。この油断も隙もないインキュベーター相手に、それを表面に出すようなことはしないが。
「私はそんな大それた存在ではないわ。暁美ほむらの願い。その残照に過ぎない」
鹿目まどかとの出会いは、やり直された。だが、鹿目まどかを守る存在になるには、暁美ほむらの抱える心臓の欠陥は致命的ともいえる。それに例え健康であったとしても、己の身一つさえ、魔女やその使い魔から守ることは出来ない。その為に、願いの残り半分を叶える為に今の自分は残っている。少なくとも、暁美ほむらの名前を捨てた黒の少女はそう考えている。
「それで?そんな事を言いに来た訳ではないでしょう?」
銃口を揺すって先を促す。キュゥべえはそれに物怖じした様子もなく、瞬きを一つして再び口を開いた。
「そうだね、暁美ほむら。君にお願いがあるんだ。絶望を希望に変える術を手にした君は、無限のエネルギーを得たに等しい。君が生み出す膨大なエネルギー。それを宇宙の寿命を伸ばす為に提供してもらえないか?」
「嫌よ」
キュゥべえの願いを、ほむらは即答で否定した。
「人の感情を理解せず、利用することしかしないアナタ達に協力なんて、する訳がないわ」
「やれやれ、随分と嫌われたものだね」
予想していた答えだったのだろう、キュゥべえは軽く尻尾を振るだけで堪えた様子もない。
「フン。今までの積み重ねの結果よ。で、話というのはそれだけ?」
「いや、あともう一つだけ。僕達は最低限の監視体制を残し、この星からは撤収することにした。君に実力行使に出られては、幾ら無数にスペアボディのある僕達でも割に合わないからね」
ワルプルギスの夜との戦争を終えて地球に帰還した後、ほむらがまず最初に行ったのがインキュベーターの駆除だった。使い魔であるチェシャ猫に命じれば、後は簡単だった。停止した時間の中である個体はプレス機に挟み込まれ、またある個体は製鉄所の溶鉱炉に投げ捨てられた。キュゥべえが気付いた瞬間、地球上の全ての個体が絶命したか、避けようのない死を目前にしていたのだ。
再派遣しようとも、世界中に散ったチェシャ猫たちにそのうちの一体が見つかった次の瞬間には、地球上の全個体が殺処分されてしまうのだ。コスト意識の高いキュゥべえが諦めるのも当然と言えるかも知れない。
「幸い、僕達がエネルギー蒐集を行っている星は地球以外にも無数にあるからね」
その一言でほむらは心のうちを満たした達成感は霧散してしまったが、他の星々の魔法少女達に心からエールを送ることで誤魔化した。無論、心から応援する以外に何かをする気など、毛頭ない。
「そう。なら、もう二度とアナタの顔を見ないですむよう願うわ」
「でも、いいのかい?僕達がいなくなったら、魔法を隠蔽する存在がいなくなるんだよ?」
二日間に渡る戦闘・・・いや、もはや戦争と呼ぶべきあの一戦において、暁美ほむらは世界中から武器を掻き集めた。その目撃者も証拠も、当然山積みだ。
ある陸軍基地では、整備の終わった戦車が整備員の前から豁然と消えた。
ある飛行場では、離陸しようとしていた戦闘機が何処かへ消え、そのパイロットが滑走路上に立っていた。
ある軍港では、乗り込んでいた艦長以下全乗組員を岸壁に残し、イージス艦が消えた。
またある基地の弾薬庫では、騒動を聞きつけた基地指令以下多数の軍人が見守る前で、大量の弾薬がドコかへと箱単位でドンドン消えていった。
それらの現象が30時間以上、世界中で続いたのだ。空を飛ぶ戦闘機が急に消えれば、一般人だって不審に思う。軍用飛行場が空っぽになれば、市民団体はパニックだ。世界中のいずれの軍も政府もこの不可思議な異常事態を隠すことは出来ず、今、世界はパニックに陥っていた。
「構わないわ。進歩した科学は魔法と変わらない。私達の使う魔法は、貴方達にとっては科学の一分野に過ぎないんでしょう?」
「それは否定しないよ。でも、今の人類には早すぎるんじゃないかな?」
「それを決めるのは、アナタ達ではないわ」
隠すまでもないが、戦闘中のほむらがソコまで考えていた訳がない。しかしキュゥべえの言葉を借りれば、遅かれ早かれ、だ。いづれ通る道ならば問題あるまいと、結界の中で人知れずに頭を抱えて散々転げ回った後で、少女は開き直っていた。
「そうだね。それは君達人類の問題だ。君達がそれを越えて星々の狭間に進出する時を、僕達は空の彼方で待つとしよう」
「そうしなさい。どうせもう、隠しようもない程にバレている訳だし」
つい、開き直っている事を伺わせるような言葉を口にしてしまったが、黒の少女はそれに気付かない。突かれると痛いところをスルーできたことに、少々気を抜いてしまった事を見抜いているだろう異星人は、しかし今一度尻尾を軽く振ってそれを流した。
「それじゃあお別れだ、暁美ほむら。もし僕達にそのエネルギーを提供する気になったら、空に向かって語りかけてくれればいい」
いつでも見ているという意味を込めたその言葉に、少女の眉がピクリと反応する。
「えぇ、消えなさい、インキュベーター。私がこの引き金を引く前に」
彼女の反応に溜息をついて肩を軽く竦めてみせると、キュゥべえは何処かへと、いや星辰の彼方へと去っていった。その姿が消えるまで見送った黒の少女は、視線を図書館へと戻した。唯人では双眼鏡の必要な距離だが、そのようなものは必要ない。鹿目まどかの平穏。彼女は今日もそれを見守っていた。
■/
この頃、魔法少女達の会話は3つの噂で持ちきりだ。
一つ目の噂。ワルプルギスの夜が倒された。
あの黒い魔女狩り少女に、真っ先に狩られたんだろうね。
見滝原でスーパーセルが去ったと思ったら、世界中の飛行機や戦車の残骸が!?っていうのって、絶対それだよね・・・。
二つ目の噂。最近キュゥべえ見ないね。
それも黒いあの子が絡んでいるみたいよ。直接聞いたら、訳知り顔して鼻で笑われたんだって。
なにそれ!?感じワル!・・・そういえばあの子の連れてる猫、キモカワだよね~。私、キュゥべえよりあの猫がお供の方がいいな~。
え゛!?
三つ目の噂。黒のお姉さま(Soeur Noire)・・・!
妹系の子に慕われているヤツは要注意よ。油断していると、盗られるぞ。ピンク系の子は特にデンジャー。
何も盗られてない?いいえ、違います。盗られたのは可愛いあの子の心です。ムキーーーーー!!!
黒のお姉さまの悪口言う人なんて、嫌いですぅー。
そ、そんな、美緒、違うの、違うのよーーーー!?
ふーーーーん!
そして、世界に眼を向ければ----
武器弾薬の消滅によりアメリカの圧力が眼に見える形で消えた為、独裁国家、覇権国家は蠢動しようとし・・・それ所ではなくなった。
少数民族や自国民を抑圧してきた、自国の軍や武装警察の武器も無くなっていたのだから。世界各地で革命が起き、分離独立運動が活発化し、幾つかの国が国名を改め、また幾つかの国が蘇り、生まれることとなった。
またとある島国では、武器弾薬の大量盗難の責任をとる形で総辞職に追い込まれそうになっていた首相の孫娘が、魔法と魔法少女の事を実演付きで祖父に暴露する。祖父はその超常の力にまず驚愕し、次いで畏怖し、理解して戦慄し、そして憤怒した。世界に呪いを振り撒き、人の御霊を刈り取る存在。それに抗うのは、年端もいかない少女達。守られるべき子供が、それも女の子だけが、その命を危険に晒して戦っている。その事に佐倉首相は、激怒した。
彼は孫娘を連れて絶賛大混乱中の防衛省に直接乗り込んだ。武器弾薬を盗んだのが魔法少女であり、それで強力強大、最悪の魔女を打倒したというならば、通常兵器で魔女を打倒しうるということなのだから。そして実際に自衛官達は首相の孫娘でもある魔法少女と共に出撃し、その先で怪異を目撃し、体験し、撃退することとなる。
幾たびかの実戦を経て、戦死者を出しながらも決して人は無力ではないという戦訓を得た首相は、まず最大の同盟国に事態を知らせ。急遽開かれたサミットで一部を伏せながらも公表された事実に世界はパニックに陥り。研究者や技術者達は魔法という既知にして未知のテクノロジーに狂喜乱舞した。
魔法少女達には軍やそれに類する組織に所属する者達が付き従うようになり、その火力と軍事知識でサポートするようになった。それでも、魔法少女と共にいないと魔女やその使い魔を認識できないことに変わりなく。大人だけで対応できるようになるまでに、10年の歳月を要した。もっとも、その頃には少女達も成人していたのであるが。
そして魔女が駆逐されて減少していくと、新たな害悪が出現した。『魔獣』と呼称される、巨大な人に似たナニカ。しかしそれらは、マジカトロジーをも手中にし、新たな装備を整えた軍や警察によって駆除される存在でしかなかった。
□_ミ☆
------まどかが、死んだ。
結婚し、子を産み、醜く老いて、子と孫に見守られて、眠るようにこの世から去っていった。どこにでもいるような、普通の人間としてその人生を終えた。
友の最期を建築中のビルの屋上から見守っていた黒の少女は、眼を瞑りその冥福を祈る。胸の内を過ぎ去るのは、達成感ではなく愁傷感だった。
始まりの時間軸より来たほむらもまた、人としての生を謳歌して、数年前に静かに永久(とこしえ)の眠りに着いた。
幾度となくループして辿り着いた、最良の結果。遂に成し遂げたというのに、不思議と達成感はなかった。
「・・・ふぅ」
溜息一つ。
それと共に、自分の存在が希薄になっていくのが解かる。世界に溶け込んでいく感覚。原初の願いは完璧な形で叶えられ、魔女狩りとして存在する必要もなくなったからだろうかと、自答する。
インキュベーターを狩り尽くしたあの日以降、新たな魔法少女は生まれていない。それ以前に魔法少女になった少女(?)達も次々とこの世を去っていっている。ある者は戦いの中に。また、ある者はその希望に負けて。そして多くの者は、天寿を全うして。
人類は新たに手にした技術・・・マジカトロジーをも駆使することでその技術水準を大幅に向上させ、半世紀ほどで星界に進出した。インキュベーターとも平和裏に接触したものの、魔法少女に関連する諸々もあってその関係はお世辞にも良好とは言いがたい。
魔法少女の持つ能力も科学によって再現可能になってきており、生き残った魔法少女たちは引退して残りの人生を楽しんでいる。魔獣の駆除はそれ専門の組織が世界各地で編成されており、魔法少女が居なくてもなんら問題はないのだ。
それだけの時が経とうとも、肉体を持たない黒の少女が老いることはない。ほむらに続きまどかもしわくちゃのおばあちゃんとなって黄泉路に旅立った今でも、少女の姿のままだ。しかしその顔に浮かぶ表情は長い年月を経た者だけが至る、疲労しきったソレだった。
「・・・まどか」
先程この世を去っていった友の名を口に出す。座っていた鉄骨の上に背を倒し、横になって天を見上げる。星は街の明かりに負けて見えず、月も不在の夜空は唯ぽっかりと黒い穴のようだった。ソコに、吸い込まれるような感覚。いや、ある意味吸い込まれていっていると言っていいのかもしれない。その思いを遂げたことで目的を、強固な意志を失った彼女は、その蓄え続けた魔力を世界に拡散させていっていたのだから。
「まどかぁ・・・」
涙が零れる。寂しい。寂しい。寂しい。もはや自分は一人なのだという、孤独。それは、黒の少女を犯す最凶最悪の毒だった。
希望は成就して消滅し、絶望はなく、呪いもない。その心の内は空っぽになってしまっていた。
「泣かないで、ほむらちゃん」
その声に、眼を見開く。
黒の少女を、白い神秘的なドレスをまとい、その背に透明な翼を広げた、出逢ったばかりの頃の容姿をした鹿目まどかが、手が届こうかという距離から覗き込んでいた。
「まど、か・・・?」
「うん、ほむらちゃん」
その黄金の瞳を細めて、鹿目まどかが微笑む。
その黄金の瞳を細めて、暁美ほむらは涙を零す。
仰向けになって泣いている友達を、鹿目まどかは優しく抱きしめた。
「ありがとう、ほむらちゃん。私をずっと見守っていてくれて」
「っ!?・・・ふぐぅぅ!!!」
耳元で囁かれた友達の言葉に、黒の少女、いや暁美ほむらは声を上げて泣き出し、そして友達を抱き返した。
「私はね、すぐ隣の平行世界の鹿目まどかなんだ」
泣いて泣いて、泣きに泣きまくってやっと落ち着いた暁美ほむらの横に座った鹿目まどかは、穏やかにそう告げた。
「『この手で全ての魔女を生まれる前に消し去りたい』そう願い、魔法少女になって・・・全ての魔法少女が魔女に成る前に救った私は、遠い未来に魔女となった自分も救って願いを正しく叶えた私は、一つ上の次元の存在にシフトしたの。その私をキュゥべえは神様に等しいと言い、マミさんは円環の理って呼んだんだ」
穏やかに告げられた内容に、暁美ほむらはその目を吊り上げる。
「でも、それじゃあ貴方は唯一人、一人ぼっちで・・・救われないじゃない!」
「ううん、違うよ」
睨み付けてくる友達にフワリとした微笑を返し、鹿目まどかは言葉を続ける。
「今のほむらちゃんはこの世界の私を救ってくれて、そしてほむらちゃん自身も救った。それに、この世界の魔法少女のみんなが魔女に成らないようにって、がんばってくれたのもずっと見てたんだよ?」
ずっと見ていた。その言葉が妙に恥ずかしく、ほむらは頬を僅かに染め、視線を緩める。そんな友達の反応に、まどかは唯々微笑むばかりだ。
「そんなほむらちゃんが、魔女に成る時・・・私、止めようとしたけど、止められなかった。だから、この世界には今まで手を出せなかったんだ。だって、この世界は私じゃなくて、ほむらちゃんが、ほむらちゃんのやり方で救った世界なんだもの」
そう言って満面の笑みを浮かべる友達の顔を直視していられず、ほむらが俯き、視線を外す。
「そしてほむらちゃんも、願いを叶える存在・・・『神様』になったんだ。ただ、今までは願いを叶える為にこの次元にいたけど、その願いを正しく叶え終えた今、一つ上の次元にシフトしようとしている。そんながんばったほむらちゃんを、私は迎えに来たんだよ」
ほむらの手を、まどかがそっと握る。
「だから私は、ううん、ほむらちゃんも、一人じゃないんだよ?」
再び顔を上げたほむらに、まどかは優しく微笑みかける。ほむらも再びその目尻から涙を一筋零し、微笑み返す。
「まどかぁ・・・」
暁美ほむらの涙を、鹿目まどかはその手で優しく拭う。そしてその白いドレスをフワリと広げて宙に浮かび上がる。
「ぁ・・・」
その様子に置いて行かれると勘違いしたほむらが、右手を伸ばす。その手をまどかは優しく握った。
「・・・それじゃ行こっか、ほむらちゃん!」
「うん・・・うん、うん!」
まどかに曳かれ、ほむらもフワリと宙に浮かび上がる。
暁美ほむらの周りを紫光の粉が舞い、鹿目まどかのそれと対のデザインのドレスとなって彼女を彩る。
彼女達の周囲を祝福するように白桃と黒紫の光が舞う中、二人の体は徐々に透けるように消えて、世界に拡散していく。二人はそれらを些細なことであるというかのように無視して、ただ微笑みを交し合い、視線を絡めあったまま・・・一つ上の次元に、神々の世界へと旅立っていった。
二人が消えた後には何も残らず・・・魔女も魔獣もその存在を許されない、ただ平穏な世界のみが残されていた。
------二柱の女神たちに、祝福あれ。
fin.