今更ペンギン・ハイウェイの映画を見て、二次創作を検索したら一件もなかったので殴り書きしました。
そのためおかしな所があるかもしれませんが、スルー出来る方のみ閲覧を推奨します。

※ペンギン・ハイウェイのその後の話なので、重大なネタバレがあります。
※書籍版の設定が一部含まれています。
※トンデモ物理学が出てきます。スルーしてください。

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さよ朝小説放置して何してんだコイツと思う方もいらっしゃるかもしれません。そしてその通りだと思います。でも!一言だけ言わせて下さい!
お姉さんとアオヤマくん尊すぎる!
そしてなぜ二次創作がないんだぁあああ!

言い訳は以上になります。
ま、まぁ短編なんでこれに関して投稿が遅れるとかはないですね(汗)
それではどうぞ。


目指した果ての、その先に

 

 

 

 

 

 

 

 カリカリという筆を走らせる音が、薄暗い部屋に響いていた。深夜は常夜灯の頼りない光が手元を照らすだけだったこの場所にも、明け方の5時を回った今となっては窓に取り付けられたブラインドから漏れる日の光が、その存在を確かに主張している。5時を回ったと気づいたのも、実際にはぼくが日の光に気づいて時計を確認したからだ。

 

「もうこんな時間だったのか」

 

 ぼくは首をひねって少しほぐした後、ゆっくりと椅子から立ち上がって背伸びした。同じ姿勢をずっと保っていたためか、反らした背中からポキポキと軽快な音が聞こえる。そのまま深呼吸して一息つき、ぼくの席から1番近い窓のブラインドを開けた。ブラインドはジャーッとそれなりに大きな音を立てて窓から取り払われ、窓は朝を告げる薄桃色の光をぼくの目に届けた。かんかん照りの日差しに比べれば弱いものとはいえ徹夜明けの疲れ目には強力な攻撃となり、ぼくは思わず「うっ」と呻き声を上げ、眉間にシワを寄せた。

 

「こうして研究に熱中して時間を忘れてしまうのは、大人の男としてスマートではないな。昨日は結局歯を磨くのも忘れてしまったし…」

 

 ぼくはそんなことをぶつくさと言いながら、他の窓にもかかっているブラインドの紐を引き、全て取り払った。それにより部屋は急に明るくなり、そしてぼくの机がほかの人のものよりも一目でわかるほど片付いていないことを正に白日の下に晒した。ぼくはそれを見て少し考えたが、結局は他にやることが沢山あるから今やらなくてもいいだろうと半ば逃げのような結論を付け、砂糖もミルクも入っていないコーヒーを飲むために備え付けの電気ケトルに水道水を入れ、スイッチを点けた。そして時計を見ると、針は5時半を指していた。

 

「ハマモトさんや教授が来るまでにはまだ時間があるな。それまでに朝食を摂って、夜のうちに書き殴ったことを1枚のノートに纏めておこう。」

 

 それに軽くシャワーも浴びなければならない。親しき仲にも礼儀あり、汗臭いままでは失礼にあたる。それは人間としてもそうだし、女性と接するというのなら尚更のことだ。それをぼくはこれまでの人生で学んだのだ。

 

「…理論も大詰め、纏まってきた。機材も揃いつつある。もう少し、もう少しで辿り着く。世界の果て(ペンギン・ハイウェイ)まで」

 

 貴女に会えるのはそう遠くないと思います、お姉さん。ぼくは心中でそうごちて、沸騰して音を立てた電気ケトルを手に取った。

 

 あれからもう15年の月日が経つ。あの日計算した三千と七百四十八日なんて、5年も前に過ぎてしまった。ぼくの口には当然永久歯が生え揃い、夜更かしどころか徹夜まで平気になった。大学に進学し、現在は大学院の研究室で博士課程後期課程を修めている。そして研究内容の重要性と世界に与える影響を鑑みて、若き天才としてこの研究者界隈で認識されつつあるのだ。

 

 

 

 齢25を数えたぼくは、自称ではなく世間一般的に言っても立派な大人になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日ぼくの町を騒がせた事件は、”海”やお姉さんに深く関わった人間以外の記憶から、速やかに消えていった。あれほど大量にいたペンギンや大きく膨張した”海”についての話題は、まるで人々がそれについて語るのを避けるかのように会話に上がらず、大きな爪痕の残った町も見る間に修復されていった。

 町に集まっていた記者はいなくなり、空を飛んでいたヘリは消え、そして何よりぼく達は”海”のあったあの平原に行けなくなってしまった。ジャバウォックの森の入り口は閉ざされたのだ。他にも、”海”の影響で物理的異常を起こしていた果てのない川は一部が消え、その他の部分は干上がって川ではなくなった。

 それらの出来事に思いを馳せていると、研究室の横スライド式の扉が開き、ハマモトさんが入ってきた。

 

「おはよう!アオヤマくん、また徹夜?」

「おはようハマモトさん。研究も佳境だからね。どうしても時間を忘れて熱中してしまうのだよ。」

「そうね、15年越しの大研究だものね。そうなっても仕方ないってものか…」

 

 午前8時。研究室に入ってきたハマモトさんは、いつも通り栗色の癖毛を揺らしながら朝の挨拶をしてきた。あのときから成長した彼女は前よりも髪を伸ばし、しっかりと化粧をしている。性格も落ち着き、今ではヒステリックに叫ぶことはない。体も大きくなり、おっぱいも存在していた。しかしぼくはそれを見てもお姉さんのおっぱいのように心を動かされることはない。

 彼女とは今でも一緒に”海”、ひいてはペンギンエネルギーについて研究している。小学校四年生からの付き合いと考えれば、15年も同じ研究を続けていることになる。ぼくはこれまでにも多くの研究をしてきたが、これ程長く続いているのはこの研究だけだ。

 コンピュータに纏めるのがどうにも好かないぼくは、いつも情報を1枚のノートの上に書き出す。そうして頭の中にさまざまな事柄を飛び回らせ、エウレカを待つのだ。今日も、先程まで徹夜で書き殴った成果を一ページの見開きに全て収める。書き終わったら、バラバラの言葉を繋げるために、眺めながらああでもないこうでもないと考えを巡らせるのだ。

 

「何か思いつきそう?」

「強引に思いつかせられるものでもないんだ。ノートを眺めて整理し、そのときが来るのを待つだけだよ。」

「うふふ、変わらないね、昔から。」

 

 ぼくが研究者になる前、それどころか小学生のときから続けているこの思考整理に、ハマモトさんが苦笑しているのが分かる。この体勢に入ったぼくの反応が薄くなることを知っているからだ。

 そのまましばらく考えていたが、結局何も思いつかなかったので体からふっと力を抜いた。その様子を見ていたのか、ハマモトさんは丁度いいタイミングでぼくの所にコーヒーを持ってきてくれた。

 

「やっぱりダメ?場の安定に関する理論は。」

「もう少しだと思うのだけどね。やはりまだ何か足りないかもしれない。」

 

 少し上目遣いでぼくを見てくるハマモトさんに、ぼくは眉間を揉み解しながら答えた。

 15年の月日が経ち、この研究についての理論は大詰めを迎えていた。周囲には新エネルギー、更にそれを生み出す場の生成についての研究と言っているが、その実態がお姉さんをこの世界に再び呼び戻すためのものだと知っているのはぼくやハマモトさんを含めほんの数人しかいない。いや、それは少し違うか。

 

 そもそもお姉さんがいたことを覚えている人(・・・・・・・・・・・・・・・・)が、ぼくを含めて数人しかいないのだ。だから、知りようがないとも言える。

 

 事態が収束した後。事件が町の人々の中から薄れていくと同時に、お姉さんの記憶も人々の中から消えていった。それはお姉さんや”海”と関係の薄かった人から始まり、最終的にはぼくとハマモトさんとウチダくん、スズキくんにハマモト先生くらいしか、お姉さんのことを思い出せなくなってしまった。父も薄っすらと覚えているようだが、時が経つにつれて曖昧なものになっている。

 

「あと少しで、あの世界の果てに手が届くはずなのに…!」

 

 ぼくはあれから15年経つ中で、年月をかけた分だけ成長して偉くなったと自負している。あの頃よりもずっと多くのことを覚えたし、あの頃は分からなかった相対性理論も理解できる。

 それでも、まだ足りない。この研究(ばんめん)詰み(チェックメイト)には、あと一手足りないのだ。

 ぼくは世界の果てのことを、ぼく達が存在するこの世界の不完全な、もしくはまだ未完成な部分だと考えた。不完全だからこそ”海”は周辺や中に入ったものに対して現実にはありえないような時空間的異常を発生させ、未完成だからこそ完成させるためのエネルギーが有り余り、周囲に放出するほどになっている、というのがぼくの考察だ。

 この考察に至るまでにも色々な失敗や勘違いがあったが、たどり着いたこの結論はどうやら間違っていなかったらしい。その証拠に、様々な装置を用いて、強力な重力場を作り出したり、磁場を発生させたり、原子をぶつけ合って砕いたりと高エネルギー且つ空間的に不安定な場を強引に作り出した結果、一瞬だけあの”海”を、ほんの小さな欠片だが作り出すことに成功した。試行回数を増やして何度も”海”を作り出すことに成功したぼくは舞い上がりそうになったが、上手くいったのはそこまでだった。どうしても出現させた”海”を安定させることが出来なかった。実験を続けるうちに実験場の空間はどんどん不安定なものになり、現れる”海”もより大きなものになっている。しかしすぐに弾けたり、竜巻のように渦巻いて消えてしまうのだった。

 

「焦っても無理なものは無理でしょ。ノートに纏めて分からなかったら、一度頭を空にして考えるのをやめる。アオヤマくんが言ってたことじゃない。」

 

 ハマモトさんがそう言って諭してくる。それはぼくにも分かっていたことだった。今までの経験上、焦っていいことがあった試しはない。ぼくはノートから目を離し、大きく深呼吸して目を閉じた。そしてお姉さんのおっぱいについて考える。すると気持ちが落ち着いてきた。昔からの習慣だが、今になっても不思議だと思う。次に目を開いたときには、ぼくはすっかり平常心に戻っていた。

 

「ありがとうハマモトさん。少し時間を置いたほうが良さそうだ。体を動かしてくるよ。」

「うん、根を詰めすぎても進まないからね。私のほうでも、色々調べておくから。」

「よろしくお願いする。」

 

 ぼくはハマモトさんに研究を進めるようにお願いし、研究室を出て大学の近くにあるジムへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼくは研究でたいへん多忙だが、時間を見つけてはジムに向かい、体を鍛えることにしている。体を動かすことに集中している間は頭の中を空っぽにできるので、考え込んでいたことから意識を逸らすのに丁度いいのだ。それに研究室に引きこもりっぱなしというのも健康に悪い。また、ぼくはいつかお姉さんと一緒に夜更かししたときに、眠ってしまった彼女をおぶることが出来るようになっていなければならないのだ。

 ぼくがいくら走っても前に進まない機械、ランニングマシーンに乗って無心で30分ほど走っていると、後ろから声が掛かった。

 

「おう、アオヤマ!久しぶりだな。しかし全く、お前は体育会系でもないのによくやるよな」

「久しぶりだね。けどスズキくん、1つ言っておくとぼくは意味のないことはやっていないよ。確かにぼくは運動系の部活やサークルには入っていないけれど、人間が生きるには適度な運動が必要なんだ。それに動いている間は研究のことを適度に忘れられるからね。エウレカを引き出すのに最適なんだ。」

「そ、そうか…。お前は変わんねーよな、昔から。」

 

 スズキくんは今来たばかりのようで、隣のランニングマシーンを起動した。そして少しの間遅い速度で体を慣らした後、ぼくよりもずっと早い速度で走り始めた。スズキくんは既に大学を卒業し、現在は警備会社で働いている。小学生の頃から体格が良く力が強かったがそれは成長してからも同じで、肉体の強靭さは幼い頃よりも更に洗練された。

 しばらくぼく達は無言でランニングマシーンの上を走っていたが、スズキくんがふと思い出したかのようにぼくに話しかけてきた。

 

「そういや、研究はどうなってんだ?”海”は、あの人とはまた会えそうか?」

 

 スズキくんはぼくの研究の本当の目的を知っている人物のうちの1人だ。彼は”海”の研究に関わっていたわけでは無かったが、プロミネンスに巻き込まれたときに”海”の影響を受けた。それにお姉さんとも、お姉さんが生み出したジャバウォックともそれなりに関係があったこともあり、あの事件のことを今でも覚えている。

 

「うん。もう手が届きそうなところまで来ているとぼくは思っている。実際に”海”を、小さなものだけれどこの世界に作り出すことにも成功した。だけどどうしてもそれを安定させられないんだ。ああ、このことはまだ発表していない機密事項だから決して誰かに話さないように。」

「わ、分かってるよ。」

 

 スズキくんはあのときハマモトさんとの約束を破って研究者の人達に”海”について話してしまったことを今でも気まずく思っているのか、顔をしかめながら後頭部をガリガリと掻いている。

 

「まぁ俺から助言できることなんてないと思うけどよ。お前はここまで全速力で駆け抜けてきたんだから、少しくらい他のことに目を向けて、時間を使ったほうが良いんじゃないのか?」

「他のことに時間を使う、か。ぼくも別にこの研究だけを進めているわけではないし、何も休んでいないわけではない。現にこうしてジムに体を動かしに来ているじゃないか。」

「あー、そうじゃなくてだな。遊びとか、そういうのだよ。ほら、ハマモトとかウチダを誘って出かけみるとかよ。」

 

 スズキくんの提案を受け、考えてみる。なるほど、確かにウチダくんやハマモトさんを誘って遊びに行くというのも魅力的ではある。だがしかし、今のぼくにはそれよりも優先すべき事柄があるのだ。それを差し置いて遊びに行くことは出来ないし、それ以外にもやることが多すぎてやはり遊びに行くことは出来ない。

 

「それはたいへん魅力的な提案だが、ぼくにはそれよりも優先しなければならないことがあるのだ。特に研究は現在非常に重要な場面に差し掛かっている。それを脇に置いて遊びに行くことは、ぼくには出来ない。」

「まぁ、強制なんて出来ねえしするつもりもねえよ。ただ、やることに押しつぶされないように気をつけろよ。」

「ありがとうスズキくん。その忠告はしっかりと受け取っておくよ。お礼と言ってはなんだけど、この研究が完了した暁には、ぼくとハマモトさんとウチダくんと、それとお姉さんと一緒に君もどこかに遊びに行こう。」

「…礼なんていい。…まぁ、期待しないで待ってるわ。」

 

 スズキくんは何故か若干顔を赤くさせ、話すのをやめて走ることに専念しだした。ぼくはそろそろ終了時間になるので、スズキくんに別れの挨拶をしてジムを出た。

 そのまま研究室に戻ろうとしたが、スマホにメールが届いていることに気づき、開く。差出人はウチダくんだった。内容は少し話をしたいので、時間があったら来れないか、というものだった。昼過ぎまでは、大学内のカフェにいると書いてある。特に断る理由もないし、研究も若干行き詰まっているので丁度いい。ぼくはすぐに向かいますとだけ返信し、足早にウチダくんの待つカフェへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウチダくんはいつもの丸メガネをかけて、コーヒーを飲みながら雑誌を読んでいた。昼食代わりなのか、赤いソースとホイップクリームのかかった食べかけのパンケーキが置いてある。席に近づくと、ぼくに気づいたウチダくんが雑誌を置いてにこりと笑いかけてきた。

 

「来てくれてありがとう、アオヤマくん。ごめんね、そっちも研究で忙しいだろうに。」

「いいんだ。ぼくは確かに多忙だが、今はちょっとばかし研究が行き詰まっていてね。何か気分転換になるものを探していたところなんだ。それで、話したいこととは一体何だい?」

「そうだね、本題に移ろうか。と言っても、これはまだ完全な証明が出来たわけではないんだけど…」

 

 そう言ってウチダくんは背もたれに掛かったリュックの中をガサゴソとまさぐりはじめた。ぼくはその間にコーヒーを注文した、もちろんブラックだ。ウチダくんは宇宙物理学を専攻にしていて、宇宙の法則とその神秘について研究している。そしてその方面から、ぼくの研究を助けてくれているのだ。ウチダくんはリュックからノートパソコンを取り出すと、ぼくの前に書類を見せた。

 

「これはまだ発表前の僕達の論文なんだけど。」

「良いのかい、ぼくに見せてしまっても?」

「うん、アオヤマくんとは研究の分野が異なるからね。それにこう言ってしまっては失礼かもしれないけど、アオヤマくんは確かに色々なことを知っているが、僕の専攻について僕よりも詳しくはないだろう?だから、触りの部分だけなら構わないと判断したんだ。」

「納得した。確かに宇宙の分野に関して、君は僕よりも優れているだろう。」

「じゃあ今回の発見について話すけど、その前に、アオヤマくんは熱力学第二法則について知っているかい?」

「もちろん。エントロピーの増大と、それに伴う宇宙の熱的死のことだね。」

 

 宇宙の熱的死とは、宇宙という閉ざされたものの中ではエントロピーが勝手に減少することなく増え続け、いずれ宇宙の中の温度・物質の密度が平衡状態に達し混沌とした状態になる、宇宙の終焉のことである。ぼくは届いたコーヒーを啜りながらウチダくんの言葉を待つ。

 

「うん、概ねそうだと言っていいね。知っているのなら話が早い。僕らの研究はそれに関することで、新しい発見をしたんだ。まぁそれも、宇宙が閉ざされた系であると仮定してのことなんだけどね。」

「それを言ったら話が始まらないだろう。それで何を発見したんだ?」

「うん、僕達は擬似的に宇宙の環境を再現した空間を作り出し、そこで行った熱量の移り変わりの実験を行ったんだ。それと同時進行で、実際に宇宙で同じことをやった。すると不思議なことが起こったんだ。」

「一体何が?」

「僕らが作った偽物の宇宙よりも、実際の宇宙での熱量の増大が小さかったんだ。それは微小な環境の違いや実際の宇宙との大きさの差、その他の誤差を取り除いても、明確に残るくらいの違いだった。」

 

 ウチダくんの予想では同じくらいの増大量になるはずだったのだろう。それが覆され、ウチダくんは大層驚いたに違いない。ウチダくんは鼻息も荒く語っていたが、少し落ち着いてその原因についての推測を話し始めた。

 

「これは、僕は実際の宇宙では何らかのエントロピーを減少させる作用が働いていると考えた。いや、反作用と言ってもいいかもしれない。エントロピーの増大の際に起こる、何らかの反作用。」

「…それでそれをぼくに話したということは、そういうことなんだね?」

 

 ここまで聞くだけでは、ほとんどぼくに関係のないことだ。ウチダくんが実験に失敗しようが、新しい発見をしようが、それは雑談話に過ぎない。しかし、これをウチダくんがぼくに話したということにこそ意味があるのだとしたら。

 

「うん、僕はこれを”海”によるものだと考えている。エントロピーの増大を抑える反作用、それを”海”が担っている。あの事件を知って”海”の不可思議な能力を体感した僕には、どうしてもそう思えてしまった。」

「それで、根拠はあるのか?」

「僕は超新星爆発を起こしたとある星を観察してみたのだけれど、明らかに一部エネルギーの小さい場所が観測されたんだ。それも球形に抉れるようにね。それまではエネルギーの拡散具合による観測の偏りだということにされていたんだけど、さっきの実験結果を受けた後じゃ、もうエネルギーの小さい場所が”海”にしか見えなかったよ。」

 

 ウチダくんは何でもないことのように言ったが、ぼくの頭は新たな情報を受けてその活動を最大にしていた。脳が糖分を必要としている。ぼくはシュガーポットの角砂糖を2つ取り出して口に入れ、ゴリゴリと噛み砕いた。

 

「つまりこの観察から言えるのは、”海”はエネルギーを放つだけではなく、エネルギーを吸う作用もあるということか。」

「その通りだよ。何か参考になればいいんだけど…。無駄な情報だったかな?」

「”海”に関する新しい知見だ、邪険にすることなんて出来るわけないよ。教えてくれてありがとう。」

「そう言ってくれると、僕も調べた甲斐があったよ。」

 

 実際ぼくはウチダくんから齎された情報を、頭の中で飛び交う言葉の羅列の中に既に加えていた。”海”についてはかなり詳しくなったと思っていたが、まだまだ知らない機能があるようだ。いずれはその全てを解明したいところだが、まずやるべきなのは、”海”を安定させてお姉さんを見つけることだ。

 ぼくの頭の中に、今までで分かっていたこと、今日新たに分かったこと、全く関係ないようなことがごちゃ混ぜになっていく。

 

 ペンギンエネルギー。

 “海”。

 お姉さん。

 ハマモトさん。

 不安定な”海”。

 ジムで運動。

 スズキくん。

 時間を使う。

 カフェ。

 ウチダくん。

 熱力学第二法則。

 反作用。

 新たに分かった”海”の機能。

 

 飛び回る言葉たちが、くっついては離れ、重なり、分解され、パズルのように組み上がっていく。そしてその速度が最大に達し、閾値を超えた途端、ぼくの頭に一筋の雷光が迸った。

 

「エウレカ…」

 

 ぼくは少しの間呆けていたが、すぐに正気に戻りノートに最低限のことをメモすると、財布から千円札を取り出して机の上に置いた。

 

「ごめんウチダくん、今すぐやりたいことができた。新しい”海”の情報をありがとう。お金はここに置いておくよ。それじゃ、ぼくは行く。またね。」

 

 言葉たちが意味のある集合体へと変わっていく。ウチダくんに失礼だということは分かっていたが、ここで話している場合ではなくなった。こうしているうちにも、脳内に閃きが走っては結びつく。ぼくは急いでハマモトさんに連絡を入れた。

 

「どうやら僕の話は役に立ったみたいだ。…今度こそ会えるといいね、アオヤマくん。」

 

 足早にカフェから立ち去り電話をかけるぼくには、ウチダくんの呟きは聞こえなかった。

 

「…あ、ハマモトさん?今すぐ○○研究室に連絡して、それといつもの機材を揃えてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1週間後、新たな機材と理論を携えたぼくはいつも”海”を出現させる実験を行う場所に来ていた。大規模な機械と様々な計測機器が置いてあるのはいつものことだが、今日は見慣れたそれらの機械とは別に新しく大きな筒のような機械が2つ置かれていた。

 

「何か分かったのよね?」

「うん。少なくとも、試す価値はある。」

 

 1週間前、突然ぼくに海外の大学への連絡を頼まれたハマモトさんは、理由を聞くこともなく速やかにメールを送ってくれた。そしてそこから機械が届くまでの1週間、研究室に篭りきりになったぼくに邪魔にならないように話しかけることもなく、実験が行われる今日まで何の質問もしないでいてくれた。それどころか、おにぎりを作って机の横に置いていってくれた。ハマモトさんには感謝しかない。

 

「ぼくはこれまで”海”を出現させるために、世界の不安定な場所を人工的に作り出していた。そして”海”はぼく達の望み通りに生成されたが、形作られるや否やすぐに掻き消えてしまった。ぼくはその原因をずっと考えていたんだ。」

「うん、それは私も聞いていたよ。でもこの前まではそれが分からなかったんでしょう?」

「そうだね。でもウチダくんから新たに貰った情報によって、ぼくの頭の中でバラバラだった言葉達が繋がったんだ。エウレカだ。」

「新たな情報?」

 

 そうか、ぼくはそれすらもハマモトさんに話していなかった。ぼくは自分の不明を恥じながらも、ウチダくんが発見した”海”の機能について説明する。

 

「”海”にはペンギンエネルギーを放出するだけじゃなく、熱エネルギーのような私達が利用しているエネルギーを吸収してしまう能力があるってこと?」

「ぼくはそう考えている。そしてそれを踏まえた上で、ぼくはこう考えたんだ。”海”を安定化させるには、”海”が出現した瞬間を狙って、エネルギーをマイナスにすればいいんじゃないかって。”海”が出現するには高エネルギーの、不安定な場が必要だけど、その後はむしろ高エネルギーのせいで”海”が不安定になってしまうんじゃないかと考えたんだ、矛盾しているけどね。」

 

 作るのに高エネルギーが必要で、出来た後はむしろそれが邪魔になる。完全に矛盾しているが、だからこそその発想は今までなかったことだ。ぼくもお姉さんという矛盾の塊を見ていなければこんな考えには辿り着かなかった。

 

「で、でも、エネルギーをマイナスにするなんて可能なの?」

「温度を絶対零度にすれば、エネルギーはゼロ。もっともマイナスに近い状態になるし、少なくとも”海”が高エネルギーのせいで不安定になることはない。でも、高エネルギーが最初からある状態からいきなり-273.15℃にするのは難しい。だからぼくは、時間を止めることにした。」

「え?」

 

 ぼくは持ち込んだ2つの機械を指差す。どちらもレーザーを出す機械で、片方はパルスレーザーを照射する。とある大学で、この2つの光線を交差させることで時間のギャップを作り出し、40ピコ秒だけ時間を止めることに成功した。40ピコ秒は1兆分の40秒、極めて短い時間だ。しかしぼくは、”海”が安定するにはそれで十分だと考えた。必要なのは一瞬でもいい安定。その時間があれば、”海”の管理者たる彼女が現れるはずだからだ。

 

「確かに、やってみる価値はありそうね。」

「そうでなければ、ぼくもやろうとは思わないさ。さぁ、実験を始めよう!」

 

 ぼくは機材を起動し、ゴウンと音を立てて動き始める機械達に胸を高鳴らせていた。この実験は、不思議と成功する気がした。なんの根拠もない、ただの勘だ。しかし間違っているとは思わない。なぜならぼくは、お姉さんに関してはお姉さん本人よりも詳しいと自負しているからだ。

 

 

 

 

 音も立てずに、出現した海が崩壊していく。

 

「34回目、失敗と。」

 

 しかし落胆はしない。元々、数を重ねなければ成功することはないと分かっていたからだ。”海”の出現した瞬間に、2つのレーザーを交差させて時間のギャップをつくる。そのタイミングは、なかなかシビアだった。幸い一度機材を設置すればトラブルが起こらない限りは人員はそこまで要らず、この場にいるのはレーザーを起動するぼくと記録するハマモトさんだけだ。他の研究室の方々には、自分の研究に戻って貰っている。

 

「ハマモトさん、そろそろ休憩にしよう。朝からぶっ通しでやっているんだ、疲れただろう?」

「そう、ね。そうさせてもらうわ…」

 

 そう言ってハマモトさんは実験室から出て行く。お昼ご飯を食べにいくのだろう。ぼくも行こうかと思った、その時だった。

 

『ーーーーーーー……』

 

 ぼくは出口に向けていた足を止める。聞き間違いかもしれない。しかし、今のは、今の声は、ただの聞き間違いで済ますことは出来なかった。

 

「ーーー!」

 

 ぼくは鞄を放り出し、実験室へと戻る。白衣を着なおし、レーザーから目を守るゴーグルをつける。そしてレーザーを照射するスイッチを手に取った。

 

「お姉さん…」

 

 忘れられるわけがない。15年の月日が経っても、色褪せることなくぼくの脳裏にこびりついている。

 機材を起動し、”海”が出現するのを待つ。ぼくは瞬きすら惜しいというほど目を見開き、その時を待った。

 

「ッ!!!」

 

 そして、今日1番大きな”海”がその形を実験室に出現させようとした。だんだんと丸くなっていく、完全に丸くなるその瞬間を見逃さないようにじっと見つめーーーーー

 

「今だ!!!」

 

 球になる瞬間、ぼくはレーザーを起動する。ブゥンと音を立てて二方向から照射されたレーザーは、文字通り光の速さで海に向かい、海を中心としてクロスした。

 

「ッ、眩し…!」

 

 そのとき、今までなかった反応が起こる。”海”は突然輝き出し、ぼくの視界を白く染める。流石のぼくも目を開けていることはできず、腕で目を隠してしまう。

 しばらく目に光が焼き付いて何も見えなかったが、音は聞こえる。しかしおかしい。止めたはずはないのに、レーザーの音も機材の稼働音も、何もしないのだ。異常を感じ取ったぼくは視力を回復させようと目をゴシゴシとこする。そしてようやく見えるようになったその視界に写ったものに、ぼくは思考を止めた。

 

 直径5mを越えようかというほどの大きな”海”が空中に鎮座していた。

 

 しかし、ぼくが驚いたのはそこではない。その大きな”海”の後ろから、ひょこりと1人の女性が顔を出したからだ。

 

 

 

 

 

 黒く長い髪に、綺麗な顔立ち。

 

「よ、久しぶりだね。少年。」

 

 相変わらず大きなおっぱい。

 

「ちょっと遅かったんじゃない?」

 

 あの頃は大きいと思った身長は、今ではぼくのほうが上だろう。

 

「なんて、こうしてほんとに会いに来てくれるなんてね。私は嬉しいよ。」

 

 なぜこの人の遺伝子は、こうも完璧なのか。その答えは結局、今日まで出ることはなかった。いや、人間ではないのだから、その答えはないのかもしれないが。

 

「それで、アオヤマくん。私の謎は解けたかね?」

 

 ぼくに向かって茶目っ気たっぷりにウィンクしながらそう問いかけてくるお姉さんは、あのときから何も変わっていなかった。

 この人に再び会えたらなんて言おうか、そのパターンをいくつも考えていたはずだったのに、頭の中が真っ白になったぼくから出た言葉は、何の変哲も無いものだった。

 

「ええ、ほとんどは。お姉さんは、変わっていませんね。」

「そういう君は大きくなったね。ヒョロヒョロだった体も、がっしりしちゃって!」

 

 ああ、そんなことを言いたいわけではない。そんな返答が欲しいわけではない。でも、お姉さんからぼくにかけられる他愛もない言葉一つ一つが嬉しいのは、これが錯覚ではないからだ。

 

「ぼくは多忙ですが、体を鍛える暇くらいは作れます。まぁ、今日からはあまり多忙ではなくなるかもしれませんが。」

「そうなの?…まぁ、なんでもいいか。」

 

 お姉さんはぼくの多忙の原因が自分にあったとは欠片も思っていないようで、不思議そうな顔をした。

 

「お姉さんに会えたら言いたいことが沢山あったはずなのですが、忘れてしまいました。」

「うーん、私もあった気がするんだけどねぇ。まぁ、これからはまたいつでも会えそうだし、そのときに思い出せばいいんじゃないかな?」

 

 楽観的な性格も、適当なところも、何もかもが懐かしく、嬉しかった。

 

「っていうか、忙しくなくなるなら丁度いいじゃない!」

 

 お姉さんは両手をパチンと合わせ、一人で納得する。そしてどこかイタズラ小僧を思わせるような笑顔で、ぼくに手を差し伸べた。

 

「それじゃアオヤマくん、私の謎を解いたご褒美だ。一緒に、海辺の街を見に行こうじゃないか!」

 

 ああ、それもぼくが提案しようと思っていたのだった。お姉さんに先を越されて少し悔しく思うのと同時に、15年前の約束を覚えていてくれたことに嬉しくなる。

 

「ええ、もちろんです。結局ぼくはあれからまだ一度も海を見たことがないのだから、お姉さんはその責任を取るべきです。」

「えー?なんて勿体無い!海は良いところだよー」

「貴女と一緒に見たかったんです。」

「…そ、そうか。恥ずかしがらないのは、昔から変わってないね。」

「思いは素直に伝えるべきだと思っていますから。」

 

 ぼくはお姉さんから差し伸べられた手を取る。お姉さんは顔を手でパタパタと仰いでいたが、すぐに笑顔に戻り、ぼくに先んじて実験室を飛び出した。

 

「それじゃあ行こうか、少年!」

「はい、行きましょう。」

 

 お姉さんは近くにあった開いてない缶コーラを掴むと、空高く投げてペンギンに変えながらそう言った。




続きは要望があったら書くかもしれません。
お目汚し失礼しました。


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