兄より優れた妹しかいねえ!   作:フクブチョー

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11th shot 師弟か親子か友人か

 

 

 

 

 

 

5月中旬。ゴールデンウィークが終わり、あらゆる種目で高校総体、通称インターハイへと繋がる予選大会が始まる時期。バドミントンも勿論例外ではない。横浜文化体育館でも今日、神奈川県予選大会が実施されている。選手や監督、家族や友人、その他諸々の関係者達がひしめいている。予選1日目に女子二回戦までが実施され、翌日に男子二回戦までが執り行われる。翌週土曜日は予備日でオフ。男女共に決勝は日曜に行い、インターハイ出場者が決まる。

 

人数の多い予選は各コートで一斉に行われ、選手によっては休みなしで動きっぱなしになる過密スケジュールだ。

 

各所でゲームが始まり、体育館内は一気に騒がしくなる。地元では有名な強豪が気合いの声を張り上げ、応援団がさらに大きな声を出す。選手の名前を呼ぶ人。ナイスとプレーを褒める人、様々だ。

 

しかしその一方で、優勝候補の一角、芹ヶ谷薫子のコートが異様な盛り上がりを見せる中、羽に愛された少女が静かにその異才を研ぎ澄ます。

 

その様子をホール二階、大きな柱の影から見つめている一人の美女がいた。女性にしてはかなりの長身。スタイルもいい。キャミソールと呼ぶにはあまりに飾り気のない薄着のせいで、優美な曲線がハッキリと浮き出ている。背中まで伸びた艶やかな黒髪を大きなリボンで纏めていた。

 

普通に考えれば観戦者の一人。しかしその美人は一般人と呼ぶにはあまりに風格のある女性で、近寄りがたいオーラを放っている。事実、他の一般客は彼女を避けるように距離をとっていた。

 

しかしそんな中、周囲の空気を読まず、悠然と歩く男がいた。若い。歳は二十歳を迎えるかどうかというぐらいだろう。くすんだ金髪に翡翠色の瞳を宿した美青年。切れ長の目は知性の輝きを秘め、ソリッドなスポーツグラスが彼の怜悧さを引き立てている。纏う雰囲気は鋭い。大柄な女性が放つオーラを切り裂くかのような鋭利さだ。彼も只者ではないという事は歩く姿からでもわかる。

 

普通じゃない美女Aと只者ではない青年Aの距離がほぼゼロになる。示し合わせたかのように二人の男女は同じ姿勢で試合会場に視線を向けた。

 

「なんだ。来てたのか。久しぶりだな、有千夏」

「…………やっぱりあんたも呼ばれてたか。背、少し伸びたんじゃない?推」

 

師弟と呼ぶにはあまりに気安く、親子と呼ぶにはあまりに似ていない。そんな二人が、再会した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土日を利用した短期合宿。部員同士はそれぞれのやり方で関係を深め、そして別れの時を迎えている。

 

それは部員以外も例外では無い。大柄な青年コーチが差し出した大きな手を、益子推も取っていた。

 

「全日本、頑張れよ」

「ご存知でしたか」

「松川さんに聞いた」

「ああ、なるほど」

 

酒の席で話にでも上がったのだろう。部外者のあの人がなぜあの席にいたのかはよくわからないが、その辺のコミュ力の高さは流石アキさんだ。伊達にあの有千夏の友達をやっていない。

 

「…………北小町にも面白い素材いるじゃないですか」

「ああ、才能あるとは思ってたけど、まさか羽咲があれほどとは思わなかった」

「俺が言ったのはそっちじゃないんですけどね」

 

チラッと目を向ける。視線の先にはバスの窓から顔を出している唯華ちゃんと話しているスタイルの良い少女の姿があった。

 

「…………荒垣?」

「立花さん」

 

握った手に力を込める。

 

「才能ってのは台風に似ています。本人はただバドミントンをプレイしているだけ。中心は穏やかなのに、周囲を巻き込み、さらい、吹き飛ばす」

 

その風に負けまいと踏ん張るもの。風の強さに誘われて興味を惹かれてしまうもの。潰されるもの。様々な被害を巻き起こす。

 

自分は吹き飛ばされた。木っ端微塵にされた。以来あいつ以外の何も見えなくなってしまった。

 

「お前が言うなって思われるかもしれませんけど…」

 

バツが悪そうに頭をかき、視線を伏せる。一度目を瞑ると今度はしっかりと立花と向き合った。

 

「立花さん。競技である以上、勝利を目指すものですし、そのために行動するのは当然です。ですが、綾乃ちゃんを勝利のためだけの道具にはしないであげてください。彼女に、競技へのリスペクト、そして選手へのリスペクトを教えてあげてください。俺のような選手にはしないであげてください。強くなるだけでは、勝利を求めるだけではきっといつか後悔する日が来ます。俺が貴方と戦った時のように」

 

自分が勝つ事以外何も考えていなかった。多くの選手を蔑ろにし、世話になった人の恩を仇で返し、未来ある若い才能を幾つも潰した。俺も吹き飛ばした。

 

「高校生は激動の時代。まだ眠っている種や停滞している才能もその中にいるかもしれない。その子たちを育ててください。綾乃ちゃんにバドミントンって面白いんだってもう一度教えてあげてください。俺のように、バドミントンを復讐の道具にさせないであげてください。お願いします」

 

手を握ったまま、深く頭を下げる。実際に会って、話をしてみて、よくわかった。悪い意味で綾乃ちゃんは中学の頃から何も変わっていない。幼すぎる精神性、母親へのコンプレックス。他者への依存癖。年齢を重ねるごとに薄くなっていくはずのモノが何一つ変わらず残っている。それらは良く言えば純真無垢だが、無垢故に悪い方向へ舵を取れば引き返せなくなる。全日本ジュニアの綾乃ちゃんは凄まじかった。インターハイを取り、海外で転戦し、経験を積んだ俺に本気を出させた。あの時の彼女の目には何も映っていなかった。

 

インハイの俺とほぼ同じ目だった。唯一の違いは復讐心が俺より薄いという事くらいだろう。

 

未だ彼女にある有千夏に捨てられたという誤解。コレが復讐心に変わる可能性はある。事実俺はそうなった。無論、誤解させても仕方のない行動をとった有千夏が一番悪いし、そこまで部活動のコーチにすぎない立花さんに求めるのは酷かもしれない。しかし今綾乃ちゃんの周囲にいる人間であの子を任せられる人は立花さん以外いなかった。

 

「益子…」

「俺の連絡先です。綾乃ちゃんに関して相談があるならいつでもどんなことでも連絡してきてください。簡潔にですけど、有千夏──綾乃の母親がやった事も、何を考えて行動したかも書いてあります。参考にしてください」

「…………ああ」

「本当に、色々すみません。よろしくお願いします」

「あ、頭を上げてくれ。別に生意気とか思ってない。心からあの子達を心配しているってのはわかってるから」

「…………すみません」

 

様々な意味がこもった謝罪の言葉だったのだが、恐らくこの人には半分も届いていないだろう。優しくて、懐が深くて、思いやりのある人だから。

 

「お兄ちゃん」

 

背中を軽く引っ張られる。黄金を溶かしたかのような煌くプラチナブロンドのロングヘアの美少女が不機嫌そうに眉を顰めていた。

 

「バス出るって。帰ろ」

「…………ああ、わかった。では立花さん。よろしくお願いします」

「…………ああ、任せろ」

「アキさんも色々お世話になりました。またどこかで」

「ええ、全日本の予選が終わったらまた取材させていただきます。その時はよろしく」

「はい、勝ち抜けたら」

「そこは心配してないわ」

 

握手を交わし、バスへと向かう。蜂蜜色の髪の美少女も後ろに続く。立花さんと話すアキさんの声が少しだけ聞こえた。

 

「コニー、綾乃ちゃんとは話せたか?」

「まあ、話したい事は大体ね。残りはインターハイで。バドで語るわ」

 

目の奥が光る。いつもは精神年齢10歳児だが、バドが関わると一気に一流の目に変貌する。『デンマークの不沈艦』の異名が伊達でなくなる。鋭くありながら純粋かつ希望を見据えている、コニーのこの目が推は好きだった。

 

───有千夏はどうなんだろうな

 

「お兄ちゃん、コレあげる」

「苦手な味を食べてもらう、の間違いだろ」

 

席に座り、隣に腰掛けてきたコニーからお菓子を受け取る。押しつけられたハッカ味の飴の匂いがわずかに鼻から抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿が終わり、フレゼリシア女子バドミントン部には日常が戻っていた。朝練をこなし、学業に勤しみ、放課後に本格的な練習に励む。学生として、そして選手として自身を磨いていく。

 

振り返ってみれば、恐らくこの時間が最も楽しい時だろう。大会に向けて取り組む準備の中で、仲間と笑い、仲間と苦しみ、少しずつ強くなっていく。輝かしい未来を信じ、ただラケットを握っていられるのは、今だけに許される彼女達の特権だ。祭りの本番より準備のほうが楽しいとはよく言ったものだ。

 

ずっとこの時間が続けばいいのに。

 

短い間だが、懸命に今を生きる彼女達を見てきた推は心の底からそう思う。信じ、信じられ、支え合い、切磋琢磨する姿は怨嗟の中で青春時代を過ごした彼にとって眩しく、少し羨ましかった。

 

───だが、そんな夢物語はあり得ない。永遠に続く時間などない。何にでも終わりがある。

 

「ラストォっ!!」

 

そして終わりとはいつも唐突にやってくる。バドミントンの試合の平均時間はワンセット約12分。つまり最短で約24分。最長でも36分程度で試合は終わる。たった36分の為に彼女らは3年間を注ぎ込んでいる。

3年もの時間が36分で泡と消えるかもしれない。あまりに儚い。だからこそ美しい。

 

「みんな集合!」

 

そしてそれは俺も例外ではない。別れもまたいつも唐突だ。

 

「えー、以前から報されていたように、明日から推さんが出張で練習に参加しなくなります」

「あ、そうだった!」

「えー!?もうそんな時期?」

 

いきなり長期いなくなって部員を混乱させない為、報告はしていた。丁度神奈川遠征が終わり、帰ってきた頃だ。しかしそれも一ヶ月以上前の話。密度の濃い今を生きる彼女らにとって、5日前すら朧げだというのに、一ヶ月前など遥か昔。憶えていられなくても不思議はない。

 

「…………お兄ちゃん、どこに何しに行くんだっけ」

 

コニーも同様らしい。コイツは特にうるさいから一週間前にもう一度言ったんだが。まあそれだけ充実した毎日を送っている証拠だろう。

 

「また神奈川に。BWF、世界バドミントン連盟のイベントに召集された」

 

若手の有望株が中心に呼び出されている。日本のみでなく、海外からもBWF所属の選手が呼ばれているらしい。

 

「BWF?まさか呼んだのはヴィゴ?!」

「直接じゃないが……突き詰めればまあそうだろうな」

「やっぱり!あんな見た目サギのジーさんの言うことなんて聞く必要ないじゃん!てゆーか聞かないほうがいいって!」

「そうもいかないのが今の俺の立場なんだよ。俺の所属は一応BWFだし」

 

BWF強化選手として登録されているからこそ、推は世界の大会に参加でき、練習場所も問題なく確保できている。世界大会を回る上で通常、最も困るのが資金面。しかしBWFの支援を受けている推は高校を卒業して以来、その手の苦労をした事はなかった。

強くなればなるほど、戦うステージが上がれば上がるほど、バドミントンは自分だけのものではなくなる。これは学生のうちでは経験しない試練だろう。ただラケットを握っていればいい身分じゃなくなるとはそういうことだ。多少体調が悪くとも、気が進まなくともラケットを握り、シューズを履かなければならない。

 

いずれ俺の胸ぐら掴んで縦揺れさせるこの天才少女も、それを知る日が来る。そう遠くない未来、デンマークという一国のバドミントンの全てがその肩にのし掛かり、ファンが増え、国中から期待され、誰もが納得するプレーを求められる。

 

───だから俺はコニーに期待もしてるが、同じくらい心配もしている。

 

いや、コニーだけじゃない。綾乃ちゃんや唯華、そして──泪。

 

孤独と重圧が常にのし掛かる。何をしていてもバドミントンが頭から離れなくなる。競技者として生きるというのはそういうことだ。葛藤、不安、プレッシャー。それらは全て懐に収め、目線は前を向け続ける。競技者として生きている限り、この拘束からは逃れられない。これはもうほとんど『呪い』だ。煉獄の炎にじわじわと焼かれ続けていく感覚に近い。炎から逃れる方法は勝ち続け、頂点に昇る──いや、避難するだけだ。

 

才能がある、ということが幸福とは限らない。未来ある若者を一つの道に縛りつけてしまうのもまた才能。

 

───才能を天からの祝福(ギフト)という人もいるが……仮に祝福か呪いか答えろと言われれば、俺は後者。

 

だからコニーや唯華ちゃんをこの道に進ませてしまう事に、俺はいつも少し抵抗がある。みるみる強くなる彼女達を見て、嬉しいと思うと同時に少し辛い。強くなればなるほど俺たちにかけられる呪いもまた強くなる。

 

───だから俺が先に行って地獄の様子を見てきてやらなければいけない。それがこいつらを強くしてしまった、俺の最後の責任。

 

「お前がいずれ俺と同じ道を歩くかはわからない。だがその場合、先に道を作ってやってたらお前も幾分歩きやすいだろ?」

「…………私のために行ってくれるの?」

「みんなの為に、行ってくるよ」

「ぶー!」

「推さん、お気をつけて」

「ありがとう。唯華ちゃん」

 

コニーの手を解き、唯華の頭を一度撫でると、一歩前に出る。

 

「まずは謝らせてくれ。もうすぐインターハイ。三年生は最後の大会だ。恐らく君たちの予選を直接応援する事は出来ない。短い間とはいえ、コーチを務めた人間があまりに無責任だと自覚している。今までよくしてもらった恩を仇で返した。本当に、すまない」

 

深く頭を下げる。その行為に部員全員が動揺した。推を無責任だなどと思う人間は誰一人いなかった。今までずっと的確な指導をしてもらった。基本優しく、時に厳しく、親身になって練習に付き合ってくれた。短期間だがこの人のおかげで強くしてもらったのだ。恩の貸し借りでいえばこちらがはるかに大きい。

しかし推は知っている。どれだけ練習を重ねようと、どれだけ合宿でいいプレーをしようと、実力全てを大会で発揮することがいかに難しいかを。

 

練習で出来たことが試合でできないなんてザラもザラ。練習は本番のように、本番は練習のように。コレはどの競技でも言える鉄則。試合で練習の半分のパフォーマンスを見せてくれる選手なら、監督やコーチにとってその選手を充分に信頼に値する。現実は3分の1も実力を見せられるかどうかだ。

 

その手助けをする存在こそが指導者。緊張で視野が狭くなる。後がない不安で硬くなってしまっている。そういった不確定要素を取り払い、実力の120%を引き出す為に選手をノせる事が本番におけるコーチの最大の仕事。

バドミントンにタイムアウトはない。ルール上、インターバルとセット間しか監督やコーチはアドバイスできない。作戦や攻略法を教えるにはあまりに少ない機会。指導者が選手にしてやれることなど僅かだろう。だがそれでも0と1の差は凄まじい。トーナメントは一回負ければ全て終わる。コーチがその場にいられないという事は選手にとって大きな損失だ。

 

「君達なら勝てる、なんて事は言わない。試合とは何が起こるかわからない。予選で当たる相手がいずれ世界に名を轟かせる大器な可能性だって充分ある。大会中、敗北の足音が君達から消える事は恐らくないだろう」

 

ゴクッと数名が息を飲む。分かってはいた事だが、彼が述べた可能性がリアルなイメージとなって彼女達を襲った。

 

「それでも、一つだけ確実に言える事がある。君達は、ちゃんと強いって事だ」

 

コレはお世辞でも何でもない。日本の高校女子バドミントンは推の目から見ても本当にレベルが高い。その中でも彼女らは間違いなく上位10%内に入っている。

 

「みんな最初はただシャトルを追いかけて打つだけで楽しかったと思う。俺もそうだ。バドミントンが楽しいから今まで続けてきた。でも、ずっと続けていると楽しさの種類が変わる。人と競うのが楽しくなったり、圧倒して勝つのが楽しくなったり、ギリギリの勝負が楽しくなったり、それは人によって様々だ。だが共通している事が一つだけある」

 

そういった勝負を楽しく思えるようになる為には、強さが要るということ。

 

「君達はその強さをもう既に持っている。やるべき事を見失わず、ちゃんと自分のプレーが出来れば、コートの中には楽しさがある。君達が試合を楽しく思えているなら、それはちゃんと練習通りの実力を発揮できている証だ」

 

自分の状態が良いのか悪いのか。判断するには相当の経験が要る。試合中は視野も狭くなり、余裕もなくなる。余裕がなければ楽しさなど感じる事は不可能だ。

 

「せっかくのトーナメントだ。辛くきつい山登りだと思ってたら損だろう?この夏をかけていく、各々の楽しさを探す旅だと思って欲しい。俺からは以上だ」

 

頭を下げる。ほぼ同時に拍手が起こった。

 

「唯華ちゃん、後を頼むよ。特にコニー」

「お任せください。全国大会には来られるんですよね」

「日程上は。全日本の予選と本戦は少し空く。でもBWFのエキシビジョンとかに出なきゃいけなくなる可能性もあるから、絶対とは言えないけどね」

「わかりました。勝ち進んで待ってますから。心置きなく頑張ってきてください」

「ありがとう。君の心配はあまりしてないけど、怪我にだけは気をつけてね」

「了解です」

「あと、知らない物々しいおっさんとかにもついてっちゃダメだよ」

「──?何ですかそれ」

「俺の取り越し苦労ならそれが一番なんだけどね」

 

困ったように眉を顰めて笑う。いつもの凛々しい彼と違うその苦笑は唯華の背筋にゾクリと寒気を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今はコニーといるわけね」

「アンタの代わりにな」

 

時間は戻り、神奈川体育館。試合を観戦しながら、かつての師弟はお互いの近況報告を行なっていた。

 

「だいぶ一人前に近づいてきたじゃない。ま、貴方は元々セルフコントロール上手かったからそこまで心配してなかったけど」

「…………いい反面教師に恵まれたからな」

「皮肉?耳に痛いわね」

「そりゃあいい。もっと言ってやろうか」

 

といっても、この皮肉は自分も傷つける諸刃の剣なのでこれ以上は言わない。あまり苛めると反撃を喰らう。

 

「全日本、どうなの?」

「どうと言われてもな。まだ始まってもいないし。まあコンディションは良いよ。かつてないほどにな」

「大丈夫。貴方は国内レベルで敵はいないから。少なくとも予選は保証するわ……そういえば貴方なんで予選から出なきゃいけないの?実績でいえば……」

「俺の日本での実績はインハイ優勝くらいしかない。それも全日本に出場する選手達はほとんどが俺よりキャリアは上だ。全日本ジュニアで優勝してれば違ったんだが、俺あれ最高でベスト16だったし」

「…………そういえばあれ、世界ランキングには加算されなかったわね。日本ランクはグッと上がるけど」

 

だから推の日本での知名度は低い。バドミントン界のみで言えばそこそこだが、一般大衆からはほぼゼロだろう。それに推はまだユースの代表。今年からようやく日本代表に昇格できる身だ。実績では予算を免除されるクラスの選手には到底敵わない。なら実力で覆すしかない。それには全日本で現日本代表達を倒すのが最も手っ取り早い。

 

「だから俺の心配はしなくていい。そっちこそどうなんだ?綾乃ちゃん、調子良い?」

「…………あんま見てない」

「───そっか」

 

気持ちは分かるからこれ以上は何も言わない。俺も泪の試合を直視して冷静に観戦できるかと言われれば分からない。母と兄とでは感情は違うのだろうし、安易に分かるとも言わないが、後ろめたさという点では近しいものはあるだろう。

だから代わりに俺が見てやる。そして相変わらずだ。鉄壁のディフェンスを誇っており、じりじりと相手を圧倒していた。あまり派手さは無い。しかし試合の中で急速に成長している。氷の氷柱ほどの小さな隙や死角を的確に突いていた。アレが試合中に見える人間が日本に一体何人いるか。綾乃はそのレベルにまで自身を同一人物へと戻していた。

 

「───でも気になる選手はチラホラいるね。あの同じユニフォームを着た短髪の子とか」

「…………ああ、渚ちゃんか」

 

有千夏の視線を追えば、誰のことを言っているのかは分かった。170を超える高身長に打ち出される力強いスマッシュ。合宿の時にあった迷いというか躊躇というか、なんとなく堅い印象も消えている。この辺は指導者の賜物だろう。流石は立花さん。名選手が名コーチとは限らない。が、理論派の選手ならその傾向は少なくなる。

立花さんは理論派だ。それに立花さんは渚ちゃんと同系統。高身長パワー型だ。悩みも共有しやすかったのだろう。しかしそれでも選手の悩みとは千差万別だ。渚ちゃんのスランプも立花さんとは似て非なるものだったはず。それをこの短期間で解消し、能力を伸ばした。立花さんは選手としてだけでなくコーチとしても優秀な人だ。自分も指導をする立場となり、改めて彼に尊敬を覚えた。

 

「知ってたの?彼女」

「フレ女の合宿で見た。有千夏の好きなタイプだな」

「貴方もでしょ」

「まあね」

 

一回戦が全て終わる。総じて順当。実力がある方が勝利するとは限らないのが試合、緒戦は特にソレが顕著だが、少なくともこの一回戦はそれは起こらなかった。

 

「…………時間だ。そろそろ行くか」

「ええ。推、エスコートをお願いできる?」

「それでは僭越ながら」

 

肘を軽く曲げる。躊躇いなくその肘に有千夏は手を掛けた。思ったより重く体重を預けられた。

 

 

 




原作完結!師走が始まり、現実がクソ忙しいですが、何とか最後まで書き切りたいです。それまでにヒロイン決めなきゃなぁ。令和元年ももうすぐ終り、皆さんも忙しくなると思いますが、拙作を息抜きにしていただければ光栄です。それでは感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でもいただければ幸いです。
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