施しの英雄    作:◯のような赤子

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MERRYのせいで苦しんだよ(メリークリスマス)

まずはお詫びを。
前回眼で殺させると言いましたが、どうしても文字数がエライ事になったのと、一区切りしないとこの流れは違和感があると感じ、このままでは投稿すらしないと思ったので、取りあえずイヴの今日に一話更新しておきます。

ほぼ内容は考えてあるのですが…少しやることが多すぎて、明日また投稿できるか保証はできません。
年内だけはお約束します(これだけは絶対です)
それではカルナさんの生き生きとした姿、とくと堪能あれ。






農家とは是、即ち

四又に別れた切っ先が、鋭く大地に突き刺さる。だが男はそれで満足しない。

確かな目的を持ち、次へ、その先へと、どこか使命を帯びたかのように、地面を掘り起こしていく。

 

 

「――ご老公、この程度で良いだろうか?」

 

 

そう言いながら上着を脱ぎ、ベストとシャツを泥塗れにして振り向くカルナ。その手にはもはや彼にとって馴染み深い、鍬が握られていた。

 

ここは弥々がカルナに頼まれ連れてきた、とある農家の畑だ。

着いた途端、カルナはその帝釈天が与えたスーツが汚れる事も気にせずしゃがみ込み、早速土に触れ感激した。

 

『空気を含み、羽毛のように軽い。しかし根付いた作物は、これならば例え、インドラが起こす嵐であっても耐えうる程に深く根を張っている』と。

 

 

「いやいや、充分だ。助かり申した使者殿、歳を取るとどうしても、畑を満足に耕す事が難しくてのう」

 

 

そう礼を告げるこの老狐(・・)…そう、彼は人の姿をしているが、弥々と同じ宇迦之御魂神の眷属にして妖狐なのだ。

この京都には、様々な妖怪が存在する。それは種族の話ではなく、人と歩む事を決め、(つが)いとなった者。魑魅魍魎蔓延る魔都と呼ばれたかつてのように、今も夜の闇に紛れ、畏れを集め力を欲し、弥々達守護者により陰陽師に変わり討伐される者。

 

そして…遥か昔、古の京から今代までこの地を見守り続け、年老い妖怪としての力を失った者(・・・・・・・・・・・・)――老狐は完全にこの定義に当てはまり、彼は老い先短いその生を、豊穣の神である宇迦之御魂神の眷属らしく、農家として生きる事を決めた。

 

だが人として生きるということは、ただでさえ悠久の時に奪われた、その妖怪としての力を失い、より人に近づくということ。

老いた人間とそう変わりなくなった彼では先も言ったように、一人で畑を満足に耕すことも難しく、ならばオレが耕そうと、この素晴らしい土を腐らせるのは農家にあらずとカルナはこうして普段から、異空間にインドラから授かった槍と共に納めてある自らの鍬を取り出し、汗水流していた。

 

 

その間、ここへカルナを連れてきたイッセー曰く、ドエロイ姉ちゃんこと弥々はというと――。

 

 

「……はい?」

 

 

唖然としていた。

確かに畑を見せてほしいとは言われた。だがそれは為政者などにおける、生産性云々を学ぶものだとばかり思っていたのに…。

 

 

【このような『盆地』という環境は昼夜の大きな寒暖差を生み、それにより、甘く美味な作物が実ると聞いたが、本当だろうか?】

 

【ほぉ、若いの。オメェさん、中々良い所に目を付けるやないの】

 

 

まさか出会った瞬間、この一族でも長命にあたる彼と農家談義に会話を弾ませ、そのまま畑をどうにかしてほしいと冗談(だと弥々は思いたい)で頼んだこの老狐に言われるがまま、どこからともなく鍬を取り出し何時間も耕すことになろうとは…っ!

 

 

(まさか…あの手はまさか、こうして槍ではなく、鍬で形成されたと!?嘘だと言ってくださいまし!使者殿!?)

 

 

勿論カルナのタコや肉刺は、日夜クシャトリヤとして励む修練の賜物である。

だが弥々は、どこかフラつくような仕草のままカルナに普段の職業を聞く。

 

 

「あの…使者殿、失礼ながら普段はどのようなお仕事を?」

 

「――?見れば分かるだろう、農家だ」

 

 

美しい、京都が誇る技術でこしらえた織物が汚れる事も忘れ、弥々が地面にガクリと膝を着いた瞬間であった。

無論、弥々は別に農家を馬鹿にしているワケではない。だがしょうがないではないか。彼女は幼い頃から生まれついたこの地を守らんと、男を作り子を成す事もなく、日々宇迦之御魂神の名を穢さぬよう、修行に明け暮れていたのだから。

 

暗い影をその美しい横顔に差したまま、項垂れる弥々を放置し、ようやくカルナの傍まで来た老狐は笑いながら、再び感謝を伝える。

 

 

「ほっほ。いやぁ、ありがたやありがたや。これも豊穣の神、宇迦之御魂神が運んできてくれた縁かのう」

 

「こちらにも、素晴らしい縁を運ぶ神はいるのだな。我が父もそうだ。素晴らしい縁をオレのような、不出来な息子へ与えてくれる」

 

 

まるで神々を父に持つ(・・・・・・・)かのような、この人間(・・)の言い方がひどく彼のツボに入ったのか、これは愉快と言わんばかりに老狐は大口を開けてカラカラと笑う。

 

 

「カカッ!流石は天帝が寄こした使者だ!剛毅な奴は嫌いではないのでな、気に入った!使者殿、儂の畑を代わりに耕してくれた礼や。今夜(うち)に泊まってくださらぬか?」

 

 

それに対し、カルナは是非と答えた。まだまだ聞きたい事が山ほどあると言い、二人の時代と国を越えた農家は互いに固い握手を交わし、カルナは弥々にそれでいいか?と聞くも、彼女は今だ、現実へと戻ってきていない。なので――。

 

 

弥々(・・)

 

 

カルナはしゃがみながら、この時初めて弥々の名を呼ぶ。だが弥々はそれに気づかず、瞳のハイライトをどこかへやったまま、「宇迦之御魂神様申し訳ありません…弥々は今一度、一から修行を積み重ねとうございます…」とブツブツ呟くままだ。

 

カルナとしては彼女が正気に戻るまで、このまま待つつもりだ。しかしこの場には、足腰が弱っているであろう老狐がいる。なので肩を揺すろうと、手を伸ばすが…その手はピタリと、肩先で止まる。

 

 

(…穢れに満ちたこの身体が、彼女に触れて良いものだろうか…?)

 

 

今は身に着けたトヴァシュトリ神手製のカフスがあるため、カルナの英雄としての武威と父から授かった膨大な魔力。その身と同化している【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】。そして衣となって彼に纏わりつく、穢れが衆目に晒されることはない。だがそれ等が無くなったワケではなく、あくまで見えないだけであり、今もカルナには生前自らが手にかけ、屍とした者達の嘆きが聴こえている。

 

以前、破壊神シヴァが彼と交わした『呪いを解く』という約定を守った際、彼はこの穢れも払おうとし、しかしカルナはそれを断っていた。

 

 

【これは呪いではなく、オレが積み重ねた業にして咎だ。何より彼らの嘆きをオレが聞かずして、誰が耳を傾けるというのか】

 

 

だが今は、この穢れが彼を悩ませている。

どうしたものかと悩んでいると、カルナの後ろから皺嗄れた大声が辺りに響く。老狐の声だ。

 

 

「これ弥々!いつまでそうして呆けておるつもりや!いい加減にせんと、使者殿が困っとる!!」

 

「へ?…あ、はいっ!」

 

 

ようやく現実に戻った弥々にホっとしつつ、カルナは先程決まったこの老狐の家に宿泊したいと彼女に告げる。

それに対し、弥々はどこか遠慮するような仕草を見せ。

 

 

「その…よろしいのですか?」

 

 

眉根を寄せつつそう聞く理由は、目の前に畑が広がるこの古く煤けた家(・・・・・・)が理由だ。

相手は須弥山の使者ということで、弥々はこの京都で悪魔達の経営していない、こちらの手がかかった最高級のホテルを一応予約し、美しい女中をたくさん用意して持て成そうとしていた。

 

 

「構わない。寧ろオレとしては、こちらの方が生家を彷彿とさせ、落ち着く」

 

 

どれだけ素晴らしいか、どれだけ女が美しいかを彼女が説明しようと、カルナはこちらで一夜を過ごす方が、遥かに有意義だと言って聞かない。

 

 

「…儂が聞いた限りでも、かなり若ぇのには堪らんと内容だと思うが…オメェさん、欲ってのが無いんかや?」

 

「何を言うか、御老公。オレほど欲に塗れた咎人など、そうはいない」

 

 

驚く老狐に、そう返すカルナ。その言葉に弥々はどこか、安堵(・・)していた。

 

 

安堵(・・)…?何故私は…そのように感じたのだろうか…)

 

 

いけない(・・・・)気付くな(・・・・)。――緩んだ心の蓋を再び閉じ、弥々はホテル側に連絡を取る。

その様子を見て、久方ぶりの客人だと老狐は嬉しがり、カルナの肩を強く叩きながら、早く家に入ろうと言う。

冬が近いということもあり、外は寒く、すでに太陽が沈もうとしていたのだ。

 

 

「っ伯父御殿!その方は、天帝が遣わした使者です!そのように叩かれるのは…」

 

「なぁに、これも農家同士のたしなみだ!使者殿、弥々に儂が作った京野菜を調理させるゆえ、楽しみにしておいていただきたい!」

 

 

殿方に手料理を振る舞うなどと、弥々が口をパクパクとさせるがこの老狐。もはや逃がさんと言わんばかりに弥々を強引に家へと連れていくではないか。

 

 

「良いやないか!前みたいに儂に酌しておくれや」

 

「何百年前の話ですか!」

 

「儂からしたら、つい最近や!いやぁ、こりゃ今夜の酒は旨いやろうなぁ」

 

 

話を二人が盛り上げている間、カルナはただそこに立って沈みゆく太陽を眺めていた。

 

この国に入ってからというもの、父スーリヤの気配は薄まり、代わりにどこか、己を試すような視線が日輪より放たれている。

この地にも、己が父とはまた違う太陽神が存在することは理解している。それでもカルナにとってはやはり、今も沈みゆくあの灼熱に輝く日輪は、尊敬する父に変わりない。

 

 

「本日も務め、感謝致す。どうか明日も、我等をその威光で照らしたまえ――我が父、太陽神スーリヤよ…」

 

 

 

 

 

 

昔ながらの土間作りの厨房で弥々は一人、調理を始める。

男性に料理を振る舞う事など初めてではない。八坂の屋敷では、何かあるたび宴会が始まり、女はそこで、料理を作り配膳することが決まりだったからだ。

 

着物の裾を帯で止め、白魚のような美しく、しかし烈士としての修行のせいで、どこか無骨な印象を与える手を晒し、クツクツと煮立つ吸い物の味付けを確認する。

 

 

「…これでいいのかしら」

 

 

味は中々だと言える。だが今夜持て成す相手は馴染みの顔ではなく、ましてや舌が違う異邦人(・・・)なのだ。

味付けは薄くないか?でも濃すぎると身体に悪い等々――弥々が一人悩んでいると。

 

 

「本当に手伝わなくて良いのか?これでも幼い頃から、母の手伝いをしていたと自負があるのだが」

 

 

土間と居間を分け隔てる暖簾の奥から、カルナがやって来た。

その姿はダークスーツにあらず、老狐が貸し与えた着流しを身に付けており、そこから覗く胸元と鎖骨は、この生娘同然である妖狐にとっては刺激が強すぎたのか。

 

オレンジ色にその場を照らす室内灯のおかげで分かりにくいものの、弥々は顔を真っ赤にさせながら口をパクパクさせ、「厨房は女の城」だと何とかカルナをこの場から追い出すことに成功した。

 

再び一人となった厨房で、ホッとしつつも思い出すのは先程のカルナの姿だ。

 

女性からしても、羨ましい程に白い肌。細く風が吹く度に靡く髪に隠されたうなじはきっと、それ以上に白いのだろう。身体もまた、女性のように細いが…あの身体に抱きしめられ、耳もとであの蠱惑的とも取れる声で、名を囁かれれば…――。

 

 

クツクツと、煮立ったと自己主張する鍋の音に、そこで思考が中断され、彼女は居間へと出来上がった料理の配膳を始める。

 

蓋をしつづけたその思い――それを自覚する瞬間が、確かに近づいていた――。

 

 

 

 

 

 

「――馳走になった。色は薄いにも関わらず、これほどの深い味わいを見せる料理など、今まで食したことがない」

 

 

米粒一つ残さず、カルナは作り手である弥々に感謝を伝えるべく、深々と頭を下げる。

 

 

「いえ、このような家庭料理など…あちらに行けば、更に美味な食事を用意できましたのに…」

 

「いや、飾らぬ家庭の料理こそ、最上の持て成しだ。この素晴らしい素材を提供してくれた貴方にも、感謝を」

 

「カカッ!いやはや、手前は本当に良く出来た御仁だ!ご両親はさぞや、鼻が高いでしょうな」

 

 

「まぁ飲みねぃ」と老狐が言えば、弥々が酌を注ごうとカルナに近づく。だがそれに対し彼は首を振り、「酌など不要」だとカルナは弥々から酒の入った器を受け取る。その際、二人の手が僅かに触れ合い弥々が頬を染めるのだが…タイミング悪くと言うべきか、この時を待ってましたと言わんばかりに、老狐はカルナに話しかける。

 

 

「さぁて、楽しい時間の始まりやな!若いの、早速やが、最近の機械農業をどう思う?儂としては、昔ながらの農耕の方が良いと思うんやが」

 

「ふむ、では語るとしよう。オレとしては――」

 

 

そこから老狐は止まらなかった。やれ最近の若いのは根性がないだの、やれこの生娘を嫁に貰えと始める前から飲んで出来上がっていた(・・・・・・・・)彼は言い、弥々が時折合いの手を入れ、顔を真っ赤に染めたりと、賑やかな時は過ぎ…気づけば飲み過ぎたのか。老狐はその場でイビキを掻き寝ており、このまま放置するワケにゆかぬと結局この日、弥々は一夜をカルナと同じ家で過ごすハメになるのだが…何も特になかったことなど、説明するまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

朝――再び日輪が、この地を朱色に染める頃。弥々は微かに聴こえる物音で、目を覚ます事となる。

 

 

「んっ、…何の音…?」

 

 

寝ぼけている為か。上着を羽織ることなく弥々は、胸元が見えそうな程肌蹴たままの襦袢姿で、その何かを振るう音の方へと足を進める。

 

そこは畑の前であり、見すぼらしい…一目で素人が作成したと分かる木槍を振るう、着流し姿のカルナがあるではないか。

 

 

「――ふっ!ハァ…ッ!!」

 

 

鋭く前方に槍を突き出し、時には足を振り上げそのまま流れるような動作で木槍を振るう。

揺れる着流しが彼の動きに続くように後を追い、流す汗は、朝日を浴びて朝露のように光を反射する。その様子はまるで、神々に捧げる神楽舞の如く。

 

そんなカルナの姿を見て、弥々はかつて、戦乱の時代の中駆けた武士の姿を…時に自分達妖を退治し、その首を持って武勇を掲げた【英雄】と呼ばれた者達を思い出した。

 

 

「美しい…あの当時を思い出すのう」

 

 

それは起きて来た、この老狐も同じらしい。朝焼けの眩しさに目を細め、だがそれだけで無いと分かる一言が、肌蹴た胸元を正しつつも、その添えられた手が離れる事の無い弥々の心情と重なる。

かつてこれほどの鋭さを見せ、しかし美しい舞を見た事が今まであっただろうか…。

 

 

「む…すまない。どうやら起こしてしまったようだ」

 

 

寝起きの無防備な姿に表情を変えることなく、カルナは日輪を背後に抱えながら、こちらを見据える二人に一言謝罪する。そのまま動きを止め、木槍を異空間へ戻そうとするが――。

 

 

「許しをいただけるなら使者殿。もうしばし…手前の修練を、見させていただきとう存じ上げます」

 

 

その言葉に、再び木槍を手に取りカルナは鍛錬を再開する。

 

『やはりあの手はこうして出来たのか』――神域とも称される、カルナのあまりの美しい舞を前に、弥々は自分でも気づかぬまま、その頬を伝うは一筋の涙。

 

 

「…日輪を背負いし御子か」

 

 

老狐の呟きと共に吐かれた息は、朝焼けに照らされまるで燃えるように輝く。いや、事実燃えたのだ(・・・・・)

ほぼ閉じられた瞼を見開き、動作の一つ一つをまるで食い入るかのように見つめる。しかしその視線は弥々とは違い…どこか初代と似た色(・・・)を見せていた――。

 

 

 

鍛錬を終え、朝食をいただいた後もカルナはしばし、この老狐の家にいた。というのも、農家を見たいと言ったカルナの要望に、もっとも応えられるのが、この老狐のもとだったのだ。無論、他にも妖怪でありながら、農作を営む者はいる。だが彼がその筋でもっとも経験豊富であり、カルナも役に立てるならと昨日に続き、老狐から指導を受けながら、農業に精を出し――結果それは夜になるまで続いた。

 

 

二日も同じ家に世話になるわけにはいかない、大変世話になったとカルナは老狐に告げ、今はこうして夜の京都を人の少ない路地の中、二人は今度こそ弥々が用意した宿泊先へと足を運んでいた。

 

 

「…本当によろしかったのですか?あれほど精を出しておきながら、報酬はその程度など…」

 

「いや、これほど素晴らしきものを受け取り、申し訳ないのはむしろオレの方だ」

 

 

眉根を潜め、申し訳なさそうに呟く弥々にそう返すカルナの手には、これまた見すぼらしい、とても今着ているスーツに似合わぬボロい麻で出来た袋が持たれていた。

その口紐を緩め、中から出て来たのは数種類の種。これらはあの老狐が自分の所でも是非育ててほしいと、カルナに分け与えたものだ。

 

どこか嬉しそうな雰囲気に絆され、弥々もまたクスリと笑いながら、その手に持たれた麻袋は何かと問いを投げかける。

 

 

「母がオレに渡してくれた物だ。これの他にあと2つある」

 

 

『貴重品を無くさぬよう』――初代から受け取った煙管も、今手に持つ分とは違う袋に大事に保管されてある。これ等は全て、養父が木槍を作ってくれたように、養母が手作りで彼に与えたものだ。

 

 

「何度か手伝おうとした事がある。だが母の手付きを見様見真似でしようとも、何度も解けてはその度に、母はこうだと見せてくれた。オレにはその様がまるで、魔法のように見えた」

 

 

「こうするんだ」とカルナは歩きながら、母の手付きを思い出しつつ編むような仕草を見せる。その様子があまりに眩しく、そして尊いものに見えた弥々は、思わず母親のような気持ちでカルナを見守る。

 

 

「御身は、ご両親を愛しておられるのですね」

 

「あぁ、愛している」

 

 

言葉少なめに、そう返す。

暖かい方なのだなと、三度彼女が笑みを浮かべていると――カルナは続ける。「だがそれだけではない」と。

 

 

「オレを捨てた(・・・)実の母、顔も知らぬ、母を孕ませた父。彼らもまた、オレという存在を産み出してくれた、尊い存在だ」

 

「え…それは……どういう…」

 

「オレが先程言った父と母、彼らとは血の繋がりも何も無い。本来赤の他人であるオレを、しかし彼らは自らの子として育て、そして慈しんでくれた。実の母もそうだ。いらぬなら、殺してしまえばよかった赤子をこうして誰かに託す為、身体を冷やさぬようにと柔らかな厚手の布で包み、川へと流してくれた。なら充分だ。オレは充分に…授かり(・・・)を受けている」

 

 

…信じられないことだった。

これほどに高潔な方が、まさかそれほど壮絶な生まれを持っていたとは…恨んでいいはずだ、殺したいと思っていいはずだ。獣ではない、彼は人として生まれ、また産んだ存在もまた人だ。しかしこの男は、「彼女にも事情があり、生きてほしいと望んでくれただけで満足だ」とそう言い放った。産んでくれただけで感謝だと…。

 

そして…次の一言。次の一言で、彼女はこの誰よりも不運に見舞われ、しかし恵まれた者の義務として、他者に還元せねばと考える、施しの精神(・・・・・)を持つこの男の正体にようやく気付く。

 

 

「それは我が父(・・・)スーリヤ(・・・・)もそうだ。彼が素晴らしき縁を運んでくれたおかげで、素晴らしき男と出会い。こうして異国の地へと、足を運ぶことができた」

 

 

『スーリヤ』とは確か、この国の最高神である天照大神と同じ、インド神話に登場する太陽神であったはず。同じくインド神話における神々の王…インドラ(帝釈天)と不倶戴天の間柄であり、その関係は彼らの子へと受け継がれ…世界三大叙事詩と名高い【マハーバーラタ】では、この御仁と同じような生を受けた英雄がいたはずだ…――。

 

 

「まさか…御身はまさか…っ」

 

 

“転生”と呼ばれる現象がある。

人類史に名を残し、後世において英雄と呼ばれた者達は、そのアク(・・)の強さから他者となろうと記憶を受け継ぎ、時には数世紀も離れた子孫ですら、人々を魅了し纏め上げる英傑となる事を、彼女は知っている。

だが…この武勇、この立ち振る舞い。何より今の時代では決してありえない、この高潔に過ぎる精神。これらが果たして、ただの記憶を受け継ぐだけの者や子孫に、真似できようか?

 

【俺達が駆けたあの時代は、間違いではなかった】――あぁ、今ようやく、彼がこう呟いた意味が理解できた。

 

 

「貴方様は…カルn…――ッ!?」

 

 

目の前を歩く、【施しの英雄】の名をようやく口にしようとするが…それは突如ぬるりとした感触と共に発生した(・・・・)()により遮られる。

 

すぐさま弥々は、八坂が攫われた際護衛の任につき、そして深い傷を負って戻って来た、鴉天狗の話を思い出す。曰く、「気づけば霧に包まれていた」と――その為これが、御大将を攫った敵の攻撃であると気づき、抵抗をみせようとするが…。

 

 

(場所が…悪すぎる…ッ!?)

 

 

霧が発生したのは弥々達が、なるべく人目につかぬようにと選んだ小路。つまりは生垣を挟んだすぐ隣は、裏の世界を一切知らずこの地に住まう一般の家。今この瞬間では、人払いの陣は間に合わず、霧を払うには、彼女の攻撃は炎を基本とした火力や見た目が派手なものしか無く、それはカルナもまた同じ。

 

 

「中々の策士と見える。これでは無辜の民を巻き込みかねん…か」

 

 

それは貴方もだと、弥々は言いたかった。

恐らく狙いは己であり、どうか今すぐ逃げてほしいと。しかしカルナは首を振り。

 

 

「敵を前に背を晒すは武に生きる者の恥であり、クシャトリヤにあらず。何よりお前一人を置いてなど、できようもない」

 

 

『置いて行けない』――このような状況で、不適切だと理解はしている。が、弥々は顔が赤くなるのを我慢できず、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

「…背中は任せます」

 

「それはこちらの台詞だ。せいぜい邪魔にならぬよう、立ち振る舞わせてもらおう」

 

 

笑みがより一層濃くなっていく。しかししょうがないではないか。

何故なら彼女はこれより、人類史にその名を刻んだ大英雄(・・・)と肩を並べ戦おうとしているのだから――。

 

 

 

 

霧が二人を包む。

その先で待つのは果たして蛇か鬼か…――否。

 

 

待つのは陶酔に浸り、痴れた夢しか見れぬ者達。是、即ち英雄に非ず。

 

 

ならば…――武器など不要。

 

 

 

 

さぁ、真の英雄を括目せよ。

 




いざ他県の方言を書こうとすると難しいのなんの(汗
違和感やこ(↑)こ(↓)違うよという箇所があればよろしくお願いします。

一応言っておきますが、老狐はカルナさんの正体に気づいたわけではありません。
ただその姿を見て、感嘆を漏らしたみたいな感じです。

次回は本当に眼からビームするよ。
京都編も一応あと3話くらいで終わる予定です。

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