強化人間物語 -Boosted Man Story- 作:雑草弁士
マリオン・ウェルチの要請に従い、俺は改ペガサス級強襲揚陸艦イカロスに連絡を取り、イカロス所属のMS隊、第11独立機械化混成部隊隊長ユウ・カジマ少尉をマリオンの病室へと呼び出した。やって来たカジマ少尉は、敬礼だけして相変わらず無言であったが、流石に驚愕の感情が伝わってくる。
「……。」
「カジマ少尉。生身で会うのは初めてだと思うが、彼女がマリオン・ウェルチだ。」
「……。」
「驚くのはわからなくもない。連邦軍の諜報部員が、彼女が入院先のサイド6の病院から拉致されるのを阻止し、保護して来たんだ。」
「……。……。」
カジマ少尉は再度驚き、続けて安堵した様子がうかがえる。やっぱり電話じゃなしに直接会えば、俺の人工的ニュータイプ感覚が役に立ってくれるな。……だがやはり、なんか喋れよ。
「ゼロ……。」
「ん……そうだな。」
レイラが袖を引く。俺はそれに頷きを返し、クスコ・アル女史の方を見る。彼女もまた、頷く。
「カジマ少尉、俺たちは席を外す。2人でゆっくり話して……。うむ、話し合ってくれ。アルさん、隣室は空いてるか?……そうか。
俺たちは隣室にいるから、話が終わったり、何か用があったら呼んでくれ。」
「……。」
頷くカジマ少尉。俺たちは隣の空き室に移動した。空き室に入るなり、クスコ・アル女史が口を開く。
「ねえ、強化人間って、どういう事?兵器としての人工的ニュータイプ?」
「まあ待て。座って話そう。」
俺はレイラとクスコ・アル女史に椅子を勧める。彼女らは素直に座った。俺も適当な椅子に腰かける。
そして俺は、強化人間の概要について、ざっくりと分かりやすく、適当にあちこち省略して話した。レイラの心配そうな瞳が、俺を見つめる。
「……連邦軍にも、強化人間計画をはじめとして、ニュータイプ能力者の軍事利用を推し進める一派が存在する。ジオンよりはマシだと思いたいが……。どうだかな。俺たち、貴女たちは、そう言った連中から自身を守らねばならないんだ。
そしてあのフラナガン機関から救出された子供たち……。あいつらの誰一人として、奴らに渡してなるものか。」
「何処も、同じ……か。」
悄然とするクスコ・アル女史に、俺は慰めになるかわからないが、少しは明るい材料を提示する。
「そうでもない。レビル将軍をはじめとして、良識的な将官は存在する。強化人間計画などに端から反対のもの、一時は要請を受けて戦力欲しさに加担したが反省した人物、色々なのがいる。今のところは、彼等の庇護下に入っていれば問題無いだろう。」
「あんたは?あんたの立場は今どうなってるの?」
「先日までは俺を強化した連中から、レビル将軍たちが借り受けてる形に、表向きはなっていた。だがレビル将軍たちは、俺を返す気はなくてな。先の作戦前に、俺の所属は完全に移ったはずだ。……それでか!?」
マコーマック博士!彼は俺のデータ収集役であったと同時に、俺の見張りでもあったはず!レビル将軍に放逐されたか、自分から出て行ったか、あるいはジャミトフやムラサメ博士に呼び戻されたか……。
「ど、どうしたのゼロ?」
「急に立ち上がって……。」
「あ、いや済まん。俺の見張り役を兼ねていた、強化人間の実戦データ収集をしていた博士が、最近姿を見なかったんだ。だが、将軍派閥と強化人間を作った派閥が完全に決裂したか、あるいはそこまで行かずとも険悪になったならば……。」
「……あまり迷ってる場合じゃないか。」
クスコ・アル女史は呟くように言った。
「レイラ、いえレイラ少尉。それにゼロ中尉。わたしがレビル将軍派閥の保護下にきちんと入るには、軍属なんて中途半端な立場よりも、連邦軍に志願した方がいいと思う?」
「え、そ、それは……。わたしはそう思うけれども、ゼロ?その辺はどうなの?」
「……軍籍を持てば、何かしら強引な理屈を付けて向こうに引っ張られる事が、無いとは言えん。だが……それは今の状態でも同じ、か。そして将来軍属を離れる時が、その後々が危ない……。後で上に確認を取ってみる。レイラ経由で連絡取ればいいか?」
2人は頷いた。その後、少々の沈黙を挟んで雑談が始まる。レイラや子供達の近況を聞いたり、クスコ・アル女史がフラナガン機関に入れられる前の、貨物船カセッタ3での逸話なり……。
恥ずかしい事に、俺の武勇伝も色々話させられた。いや、レビル将軍のカッコイイ活躍や、将軍直卒部隊の活躍で誤魔化そうとしたんだが……。駄目でした。
その時、卓上の端末が鳴った。たすかった!いや、自分の活躍を事細かに訊かれるのって、これほどまでに恥ずかしいとは!いや相手が子供らだったら別に構わない。ちょっとした脚色までまじえて話す余裕もある。でもレイラ相手だと!
「はい、こちら4301号室。」
『……。』
「……喋れよ、カジマ少尉。こちらゼロ中尉だ。話は終わったのか?」
『……。』
「頷いてもわからねえよ!ああ、今から行く。……レイラ、アルさん、マリオンの病室に戻ろう。」
2人は頷くが、何か唖然としていた。……なんか変なところ、あったか?
「あれってTV画面無い電話よね?」
「無いわよ。」
……ほんとに何か変なところ、あっただろうか。とにかく俺たちは、マリオンの病室に戻る。一瞬驚いた。先ほどは憂いを湛えていたマリオン・ウェルチの表情がやわらぎ、満面の笑みを浮かべていたのだ。
「あ、ゼロ中尉。アルさんも、レイラさんも。くすくす。ユウ少尉って、面白い方ね。」
「「「面白い!?」」」
「……。」
「ユウ少尉ったら、また冗談ばっかり。くすくすくす。」
「「「冗談!?」」」
だ、誰が冗談を言ったって!?ユウ・カジマ少尉が!?いや、今何も言わなかったよね!?俺のニュータイプ的感覚にも、何も感じられなかったんだけど!!いや、ほがらかな感情ぐらいは伝わって来たけどさ!!
「……。」
「そう、お仕事が……。ちょっと残念です。また来ていただけます?」
「……。」
「ありがとう。楽しみにしてます。」
(((会話が成立してるーーー!?)))
カジマ少尉は、俺たちとマリオンに各々敬礼をすると、その場を立ち去る。
「あ、お、俺もそろそろ艦に戻らないと。」
「あ、と、途中までいっしょに行きましょ?わたしも子供たちのところに戻らないと。」
「そ、そう。それじゃ2人とも。また会いましょう?……がんばってね、レイラ。」
「それじゃ、お2人ともまた。ときどきは来てくださいね。」
俺とレイラは、マリオンに挨拶すると部屋を出た。
「ふう、カジマ少尉を呼んで、よかったな。」
「ええ。……ありがとうゼロ。わたしたちだけじゃ、こうは行かなかったわ。」
「俺がやったのは、カジマ少尉呼んだ事だけだぞ?」
レイラは首を横に振る。
「いいえ、貴方が会ってくれなかったら、マリオンは亡命申請を今も拒否してたと思う。貴方が、きっかけになってくれたのよ。」
「そんなもんか……。」
「そんなものよ。うふふ。」
その後、俺たちは雑談しながら歩いた。磁力靴で一歩一歩廊下を踏みしめる。他愛ない言葉のやり取りが、なんと言うか心地よい。エレベーターに乗り、やがてエレベーターがレイラの降りる階で止まる。
「ゼロ、わたしはここだから。」
「ああ、じゃあまた会おう。」
「ええ。またね。」
エレベーターの扉が閉じる。1人きりのエレベーターが、何か凄く寂しく感じた。
俺は部屋のベッドに倒れ込む。
「疲れた……。頭、痛え……。」
すごく気疲れした。今日は勲章の授与式だったのだ。ちなみに俺たちレビル将軍直卒部隊だけじゃない。第13と第18の独立戦隊も、敵秘密兵器である大量破壊兵器……それが「ソーラ・レイ」と言う名のコロニー・レーザーであった事は伏せられたが、それを破壊した事と多大なる戦果により、賞せられた。
レビル将軍が、1人1人に勲章を着けてやり、握手をする。……この式典の準備は、レビル将軍の副官たちが大車輪で用意したものだ。いつもは戦場に共に出ているツァリアーノ中佐だけが目立っているが、今回は他の文官寄りの副官たちの本領発揮だ。
いや、ツァリアーノ中佐も駆り出されたよ?副官は副官だし。何故か俺も駆り出された。なんかいつの間にか、俺にも第3小隊小隊長の他に、副官の1人としての肩書が付いていたのだ。
「俺をレビル将軍の相談役的な位置に置くためだってのは理解できるんだが……。俺、士官学校出てないから文官的業務はキッツい……。」
それでも、猫の手よりかは役に立ったとは思う。そんな裏方と、表彰される側の両方で大忙しだったため、今の俺は疲労の局地なのだ。この気持ちは、同じく裏方業務をこなした上で表彰式にも臨んだツァリアーノ中佐ぐらいしか理解できまい。
甘い物が食いたい……。
「マコーマック博士かぁ……。流石に呼び戻されたか。」
マコーマック博士は、俺に関する大量のデータと共に、ニュータイプ研へと急遽呼び戻された。それでその姿を見なかったのだ。レビル将軍は、そのデータの流出を危惧した。だがしかし、最初俺を将軍の直卒部隊に配属する際に、データは提供すると言質を取られているので、どうしようもない。
だが将軍が、俺の身柄返還を断固として拒んでくれたのは、感謝しなければ。……既に大きく変わってるけど、また1つ正史から大きく変わったな。だが……。ニュータイプ研は、たぶん既に何名もの被験者を確保してるだろうな。
ちくしょう。
(フォウ・ムラサメかあ。ロザミア・バダムかあ。出て来る、だろうなあ。……カミーユ・ビダンをなんとかスカウトできないかなあ。フォウ・ムラサメを任せてしまいたい。)
カミーユは、ティターンズが成立しないかぎり、ティターンズとイザコザを起こさない限り、一般人だ。一般人が逸般人にクラスチェンジするには……。いやいや、カミーユが一般人から離脱することは、彼にとって不幸じゃないか。
(駄目だこりゃ……。彼の不幸を願ってるみたいなもんじゃないか。ああ、でもなあ。0087までに、ニュータイプ保護法みたいなもん、できないかなあ。そうしないと、カミーユとかジュドーとか、実験体扱いに……は、なっておらなんだな正史では。
あの時点においては、珍しくも無かった……わけでも無いよな、ニュータイプ。軍事利用が下火になったわけでもないし。ニュータイプそのものより、強化人間の方が主流だったからか?軍事利用。)
俺は鈍った頭で、つらつらと考える。
(なんてこった。強化人間の製作を阻止しようとしたら、下手したらニュータイプが軍事利用される流れに?いや、強化人間なんて非道なんだから、それの誕生を阻止することは間違ってない。
ニュータイプの軍事利用……。ニュータイプが徴兵されたり、強制的に志願させられたりするのは避けないといけないが……。当人が望んで志願するのまでは、止めるべきじゃない。なんか、ニュータイプを守る法律を作らないといけないのかなあ。なんてこった、俺のもっとも不得意とするところじゃないか。)
頭痛がする。ヘビが頭の中で、のたうってる。ちくしょう、甘い物食いたい。俺の意識は、ゆっくりと眠りの中へ落ちて行った。ちなみに夢見も悪かった。夢の中でもガンガン頭が痛み、大空が落ちて来たりするのだ。大空と言うか、コロニー。サイド2の8バンチコロニー、アイランド・イフィッシュが落ちて来るのだ。
苦悶しつつ目覚めると、既に朝……いや、ルナ2は宇宙だから朝も何もないのだが、朝時間だった。
夢見が悪かった後は、朝からルナ2宙域で実機演習だ。第11独立機械化混成部隊を含む、イカロス隊と合同訓練と言う名の対抗戦だったりする。まあ結局、模擬戦なんだけどね。ちなみに今日はレビル将軍も参加だ。将軍、凄く張り切ってたりする。いや、表面的には凄く落ち着いているんだが。
『ふっ。ゼロ、今日は頼むぜぇ。』
「アレン中尉こそ、頼みます。」
『同じ中尉になって、もうけっこう経つのに、言葉遣い硬いぜ?』
「先任でしょうが、アンタ。』
『はっははぁ。そのぐらいでいいぜ。』
ミノフスキー粒子は散布されてないので、無線通信はクリアだ。俺たちは、レビル将軍のアレックス1を中心にしてペガサスの前面に布陣する。そして演習相手がやって来た。改ペガサス級強襲揚陸艦イカロスと、その前面に布陣する5機のMS。
「敵機確認。将軍、どう迎え撃ちますか?」
『うむ。おそらくはイカロス側は第1波を囮に、別動隊の第2波でペガサスを狙って来る。第2小隊で敵の第一波を受け止める。第1、第3はペガサス周囲に展開する。』
『了解です、将軍!』
ここでバージルから個人回線で通信が入った。
『あ、あのゼロ中尉。第2小隊3機で、相手の第1波5機を受けきれるんでしょうか。』
「おまえな……。」
『で、でも数が。』
「第2はアレン中尉率いるデリスとロンの小隊だぞ?G-3仕様ガンダム3機だぞ?信頼しろ。それに、敵本命の3機の方が怖い。だからそっちに5機残したんだ。」
そう、プレッシャーのかかり具合が違う。あの第1波にユウ・カジマ少尉はいない。……全機がRGM-79CRジム改高機動型、か。
そして第2小隊が、ジム改高機動型とドッグファイトを始める。敵も見事だが、やはりアレン中尉たちの方が一枚も二枚も上だ。撃墜された敵機こそ無いが、アレン中尉たちは1機たりともこちらへ通さない。
そして敵の本命がやって来た。凄まじい速度で、本丸であるペガサスを狙ってくる。
「……さすがだな、ユウ・カジマ少尉ッ!!」
無線は入れずに、ひとり言を呟く。遠距離の射撃で、ツァリアーノ中佐機が被撃墜判定をくらい、ラバン少尉機が左腕の小破判定でシールド使用不能となったのだ。代わりに、相手の1機のジム改高機動型が中破判定で、ほぼ戦力外になったが。あれは恐らく、サマナ・フュリス曹長の機体だろう。
何故って、かすかに「サマナちゃーん、何やってんだ!」って声が聞こえたから。いや、声って言うか思念を受け取っただけだが。そしてこちらの2機に大損害を与えたのは、先頭の1機!G-3仕様ガンダム!ユウ・カジマ少尉のプレッシャーだ、間違いない!
「レビル将軍、あのガンダム、僕が……。」
『……頼む!』
「バージル!周囲に目を配れ!」
『りょ、了解!』
残ったフィリップ・ヒューズ少尉機に、レビル将軍とラバン、バージルが向かう。だがラバンが真っ先に撃墜判定をくらった。相打ちでラバンは相手のシールドに大破判定を与え、使えなくしたが。バージルの射撃はあたらない。基本、レビル将軍とヒューズ少尉のドッグファイトだった。
おいバージル、お前に期待した役割はそうじゃない。教えちゃ勉強にならんから、教えなかったが。……!!
カジマ少尉機のガンダムは、ビームライフルをこちらに向ける。その砲身の下に装着されたレーザー発振器から、不可視のレーザー光が放たれた。俺はその、本番さながらの殺意の射線をかるがると……よけられない!?よけるとギリギリでペガサスが射程距離内!?
俺はシールドを犠牲にして、その一撃を防ぐ。シールドは大破判定をもらい、もうこの模擬戦中には使えない。だが俺は代わりに、カジマ少尉機のシールドを左腕ごと貰っていた。そして、シールドを放棄……したと言う設定で、背中のラッチに回し、空いた左手の90mmガトリングを展開する。
「やるな、カジマ少尉!」
さすがユウ・カジマだ。展開したガトリングに、ビームライフルを命中させて、左腕ごと暴発させて吹き飛ばしてくれた。いや、模擬戦だから、吹き飛んだってのも、そう判定されたってだけだよ?俺もお返しに、ビームライフルで狙撃して頭部を持って行ったが。
奴の攻撃は、避け辛い。今の射撃も、避けたらバージル機にあたる様に動いていた。ここまで芸術的な射撃能力は、さすがに俺にも無い。いや、単純な射撃技量はニュータイプ能力無しでほぼ互角だ。俺に足りないのは、その戦術眼、戦術的能力だ。敵を追い詰め、追い込むその技量。
俺が避けるだけの技量を持っている事を知っていて、避けられない、避けたらまずい攻撃をやってくる。これは……強い。そして俺とカジマ少尉機は、互いの射撃で互いにビームライフルを失う。メインカメラをやられていて、これかっ!
射撃戦闘が不可能になったカジマ少尉機は、ビームサーベルを抜き放つ。だがな、アレックス3にはまだ射撃武器があるんだよ!右腕の90mmガトリング……。
『演習終了。イカロス側、勝利です。』
……バージル。やってくれたな。
『な、何があったんですか!?』
「バージル……。最初に半身不随にしたはずの、サマナ・フュリス曹長機だ。それがペガサスの機関部に、ビームサーベルを刺し逃げ攻撃したんだよ。」
『ええっ!?』
「教えちゃ勉強にならんから、教えなかったんだが……。俺の指示は、周囲を警戒しろ、だったろう?あれを警戒、もっと言うなら墜としておけって意味だったんだ。」
『……す、すみません。』
俺は笑って言った。
「まあ訓練だし、勉強になったろ?」
『そうそう。バージル伍長、この失敗を糧にして成長してくれや。せっかく第2小隊が2機の被撃墜と引き換えに、全機墜とした事なんて気にせんでいいぞー?』
『ぜ、ゼロ中尉、アレン中尉……。え、笑顔が怖いです。』
『「そうか?」』
おかしいなあ、俺もアレン中尉もできるだけプレッシャーかけない様に、にこやか~~~な笑顔で言ってるんだがなあ。はあっはっはっは。
訓練後に、バージルがレビル将軍直卒部隊のパイロットたちにおごる羽目になったのは、言うまでも無かったりする。合掌。
落ちはバージル。ごめんよ、君以外に、いなかったんだ。