強化人間物語 -Boosted Man Story-   作:雑草弁士

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エイガー、ラスト・シューティング

 ィユハン曹長機、ジム・キャノンⅡが、ようやく主力火器であるビームキャノンを、左腕を失ったノーマルのドムに命中させる。そのドムは上半身の上半分をえぐり取られ、地面に仰向けに倒れた。

 さすがに部隊の最大火力、ビームキャノンの威力だ。ドムは残った右腕を盾にしてなんとかしようとしたが、その右腕ごと吹き飛ばされた。コクピットからパイロット……おそらくリィ・スワガーだな。それが這い出して来る。

 だがそのィユハン曹長のジム・キャノンⅡも、シールドを失って左腕が黒く焦げている。ドムのジャイアント・バズにやられたのだ。いや、ジャイアント・バズの直撃を、敵弾命中したシールドをとっさに廃棄する事であの程度の損傷で抑えたのは、ィユハン曹長の技量が高い事を意味している。

 

「ちっ……。どうしたもんかな。」

 

 突然割り込んで来たエイガーのガンダム・マドロックは、レンチェフのグフに向けてその大火力を行使している。レンチェフのグフもまた、ガンダム・マドロックに目標を変えて全力で接近戦を挑もうとそちらに前進していた。

 

「あちらは任せるか……。危険にならん限り。1-1、1-2、俺たちは他の小隊を支援に回るぞ!」

『『了解、1-0!』』

 

 その時、俺は指示のミスに気付いた。馬鹿か俺はっ!!

 

「いかん!ミデア改各機は、離陸してこの空域を一時離脱してくれ!」

『こちらミデア改1番機、了解!なれど……少しだけ待ってくれないか。今までろくな整備なしで長距離飛んだから、この子のエンジンがゴネてやがるんだ。』

『こちら2番機、了解!だが……1番機と同じく!』

『4番機!まだ被弾箇所の応急修理中です!飛べません!』

 

 3番機と5番機だけは、離陸して現場を離脱していく。だが、キシリアを乗せた1番機が動けないのはまずい。シロー中尉たちに期待するしか無いか。離脱するミデア改3番機に銃撃を開始したザクⅠを狙い、ビームライフルで撃つ。そのザクⅠは、胸から上を吹き飛ばされてひっくり返った。

 そして未だ飛べない1番機に、数台の装甲兵員輸送車が突進するのが見える。なんか地球連邦軍の装甲兵員輸送車に見えるが、ジオンの紋章がペンキで描かれてるな。鹵獲品だろうか。だが、勇敢だが愚かだ……って、誰の台詞だっけな。でもそんな感じだ。だって、1番機は3機のガンダム・ピクシーが護ってるんだぞ。

 MS用マシンガンと頭部バルカン砲合計9門が火を吹き、装甲兵員輸送車は、ある車両は横転し、ある車両は火に包まれ、瞬時に全滅した。炎上した車輌から、火だるまの歩兵が這い出して来る。地獄絵図だ。

 

「熱い、熱い!たすけて……。」

「あああぁぁぁ……。」

 

 シロー中尉は、だが動じていない。通信モニターに映る彼の顔は、厳しく顰められてはいるものの、平常心を保っている。彼は、恋人と娘、そして部下たちのためなら地獄へ落ちる覚悟ができているのだろう。悪い意味での甘さが払拭されている。……良い意味での甘さまで失われてないと良いんだけどな。

 レンチェフが叫ぶ。さっきからこいつは、オープン回線にしっぱなしなのだが、忘れているのだろう。最初は俺たちを威嚇するためだったのだろうが。

 

『失敗、撤退だとぉ!?ゲラート少佐、だが……くっ、了解!!』

 

 レンチェフ機のグフが急ぎ後退し、倒れたドム・フュンフの隣に来るとそれをひっくり返す。コクピットハッチが開き、パイロット……たぶんソフィ・フランだろうが、銀髪の女が飛び出した。それを傍らに乗りつけた戦闘指揮車が拾い上げる。

 レンチェフは、グフ左手のマシンガンを連射しつつ、次にドム・トローペンの傍らまで行ってそれをひっくり返した。だがそれは、大きな隙になる。レンチェフのグフは、狙いすましたガンダム・マドロックのビームキャノンで撃ち抜かれ、胸部と頭部を消し飛ばされた。

 え?俺たちは見てただけかって?んなわけ無い。俺とレイラは第2小隊の支援に入ったし、ィユハン曹長は特異な機動で第3、第4小隊を釘付けにしていたザクⅡ2機のうち、陸戦型の方を遠距離の射撃で撃破していたんだ。

 

『……!』

「今だ、ユウ!」

『……。』

 

 ユウのジム・カスタムは、俺の射撃をシールドを犠牲にして防いだグフ改良型の片方を、ジム・ライフルで穴だらけにして倒す。……ユウの実力なら、こいつらが2機がかりでも楽に始末できていたはずだ。やはりユウにはアレックス級の機体を配備できるよう、再度上に掛け合おう。

 もう1機のグフ改良型は、レイラがマリオンと協力して沈めた。これで残るは、ザクⅡ後期生産型ただ1機。……!?

 

『あの時とは、立場が逆になったな……。』

「き、貴様……。あの時、だと?」

『なるほど、貴様は覚えていない、か。だろうな。貴様にとっては、よくある事……しょっちゅうやっていた事の1つでしかなかったんだろう。

 だが俺には……。サカキ、みんな、俺は……。』

 

 うわ、マドロックがビームライフルを、グフの残骸から這い出して来たレンチェフに付きつけてる。いつの間にか、周囲では戦闘が一時中断していた。マシンガンの残弾が切れたザクⅡ後期生産型は、ヒートホークを抜いたまま、凍り付いている。味方のMSも、頭部がマドロックを向いている。

これは、やばいか?だが……。俺はオープン回線と外部スピーカーで声をかけた。

 

「そこのガンダムタイプ、マドロック、だな?」

『なんだ?止めるつもりか?』

「……マドロックって事は、エイガー少尉……いや、今の階級は知らんが。エイガー……。」

『止めても、無駄だぞ……。』

 

 エイガーの声は、平板だった。だが俺のニュータイプ感覚には、奴の感情が手に取る様に感じられる。奴は揺れ動いていた。

 

「……止めはしないさ。撃てよ。そいつに恨みがあるんだろ?この場の責任者は俺だ。見逃してやるよ。」

『感謝する。』

 

 だがエイガーはなかなか撃たない。俺はニュータイプ感覚で、エイガーの殺意の感覚を注意深く計っていた。くそ、頭が頭痛で痛い。

 そして奴の指がトリガーを押し込もうとした瞬間、俺はぽつりと言ってやった。

 

「そいつと同じ様な人間になりたいならな。撃て。」

 

 エイガーは凍り付く。俺は追い打ちをかける。

 

「殺したいんだろ?いいぞ、見て見ぬふりをしてやるから。撃て。」

『……!!』

「撃て、エイガー。撃て……。

 撃て、エイガー!!」

『うあ、あああ、あ゛あ゛あ゛ーーー!!』

 

 エイガーは撃った。……大空に向けて。

 ガンダム・マドロックのラスト・シューティング場面が見られるとは思わなかった。曇り空に、ビームが吸い込まれて行く。そのまま、ガンダム・マドロックは凍り付いた様に動かなかった。

 ……レンチェフが、嘲笑っているのが感じられる。いいさ、好きなだけ嘲笑えよ。だがな、俺たちが勝者で、お前は敗者だ。

 

『……こちら、ゲラート・シュマイザー少佐。「闇夜のフェンリル隊」隊長だ。降伏を申し入れる。部下たちには、どうか寛大な処置を願う。』

「それは今後の裁判次第だな。既に南極条約は失効しているが、捕虜の扱いはそれに準ずる扱いがなされる様に連邦法と軍法で決まっている。故に、その通りの扱いをしよう。」

『感謝する……。』

 

 だがこいつらの国は、既に無い。戦争も、もう終わっている。つまりこいつらは、ゲリラとして扱われる事になる。裁判の判決は、きつい物になるだろう。

 お、マリー曹長から連絡だ。

 

『こちら0-0、1-0……ゼロ少佐。連邦軍オデッサ基地、第378採掘基地所属の防衛部隊、第2歩兵隊から通信です。要請にあった捕虜を受け取りに来た模様です。

 ですが、敵のMSやその残骸に関しては輸送手段を持っていないので、我々のミデア改の協力が欲しいそうです。』

「……やむを得ん、とは思うが。アーロン・アボット少佐を出してくれるか?相談する。」

『少々お待ちください。』

 

 お、離脱したミデア改3番機と5番機が返って来た。では……お?

 

『隊長!エイガー中尉!ようやく追いつきましたよ!』

『前衛役の部下を置いて、全速力でホバー移動なんて!何考えてんですか!』

 

 見ると、2機のジム改がのしのしと歩いて来るのが見える。その後ろには、戦闘指揮車1台とMSトレーラーが3台。

 あ、ジム改は機動力を犠牲にして、増加装甲を施してある現地改修機だな。なるほど、前衛装備だ。本来、あのジム改が前に立って、ガンダム・マドロックの火力を存分に活かすための盾役になるんだろうな。

 でも、今更来てどうすんだこいつら。

 

 

 

 今、俺たちはオデッサの中央基地PX飲食スペースで、ちょっとした宴会をしている。まだ任務完了したわけじゃないが、強敵に1機も墜とされずに勝利したのだ。これぐらい良いだろう。

 

「少佐、さきほどは失礼いたしました。……それと、ありがとうございました!」

「ん?エイガー中尉か。気にするな。それよりお前も食え。これ、美味いぞ。」

「はっ!いただきます!」

 

 エイガーは、ちょっと硬さはあるものの、最初に感じた憎悪や、それによる心の歪みは感じられない。なんとかなったみたいだな。

 ところでエイガー隊は、ここら辺でジオン残党が危機的状況に陥っているときに颯爽と現れてその危機を救って回る、「闇夜のフェンリル隊」を追跡していたんだそうだ。だがその時、レンチェフのオープン回線での通信の叫びを聞いて、エイガーが怒りのあまり暴走して単独で特攻。部下たちはそれを必死で追ったと言うわけだ。

 エイガーが暴走して、ある意味良かったな。ターゲットの「闇夜のフェンリル隊」殲滅にまったく関与できなかったとしたら、面子が丸つぶれになるだけじゃなく、上から叱責くらってたぞ。

 ちなみに、最初に倒した野盗同然の奴らの根拠地と、「闇夜のフェンリル隊」が臨時基地として使っていた廃墟の2ヶ所には、既に手入れが入っており、整備兵などが捕まったそうだ。その上で、野盗同然のやつらの根拠地からは、MIA扱いされていた連邦の補給部隊の面々とか、周辺の街から攫われた女性とかが保護されている。

 ここでウィリアム整備長が溜息を吐く。

 

「だけどなあ……。ィユハンの奴のジム・キャノンⅡの左腕、特にマニピュレーター部分。あとウェンディ嬢ちゃんのジム・カスタムの右脚部。全とっかえだ。けど、パーツの手持ちが無ぇ。この基地には、ジム・カスタムとジム・キャノンⅡは配備されてねえ。全部ジム改だ。

 いやいやいや、責めてるわけじゃねえよ。戦闘記録は俺も見せてもらった。整備の参考にな。あの化け物だらけの敵を相手に、よくあんだけの損傷で済ませたよ。ただな、左手やられたィユハン機はともかく、ウェンディ嬢ちゃんは脚が手に入るまで、出撃不能だ。ィユハンも、できれば出撃見合わせてくれや。」

「そっか……。聞いての通りだ、ィユハン曹長にウェンディ伍長。」

「はぁ……。了解です、たいちょ。」

「すいません、MSの操縦が下手で……。」

 

 いやウェンディ伍長はよくやってると思う。ただ周囲が、ことに第1、第2小隊の隊長が化け物なだけだ。それと比べてもらっちゃ困る。第3も非常に安定して高いレベルにあるしな。ウィリアム整備長の話は続く。

 

「それよか、今はなんとかなるけどよ、ユウ中尉が機体にかけてる負担の方が問題だ。全体的に、少しずつ疲労が溜まってやがる。あと数戦したら、完全オーバーホールが必要だ。……ユウ中尉には、アレックス級の機体が必要だぜ。個人的には整備としては、アレックスは気に入らんがな。

 たいちょ、何とかならんか?」

「上に掛け合ってはいるんだ。だがちょっとばかり、芳しくない。」

「……。」

「ユウ、俺はいい、じゃない。整備長が本気で言ってるんだ。これは中隊全体としての問題だ。」

 

 ため息を吐いて、整備長は肩を落とす。俺は再度、上へ掛け合う事を決心しつつ、プリン・ア・ラ・モードを口に運んだ。……美味い。

 

 

 

 ドラゴン・フライ連絡機が滑走路に着陸する。それから、少々背の高い痩せ型の人影が、パイロットに先んじて急ぎ降りて来た。その人物は、滑走路脇に露天駐機しているミデア改1番機に向かって歩いて来る。

 

「ようやくお帰りですか、アボット少佐。」

「おや、ゼロ少佐にレイモンド少尉。」

 

 敬礼して来たアボット少佐に、俺とレイラは答礼を返す。俺は徐に、彼に問いかけた。

 

「……どうでした?「闇夜のフェンリル隊」の尋問結果は。いえ、話せなければ聞きませんが。」

「……成果は、ありましたよ。」

「そうですか。まあ、1番機に押し寄せた歩兵部隊がいましたからね。前のやつらが物資狙いだったのに比して、奴らの狙いがキシリアだったのは間違いありません。

 奴らは俺たちがアラビア半島近辺に入ったあたりで網を張っていたんじゃないんですか?で、取り逃がしかけたのを、あの前の野盗どものおかげで俺たちが足止めされたんで、間に合った……。」

「……ノーコメントで。」

 

 ふむ。となると、俺たちの飛行ルートがキシリアを奪回したい連中に、漏れている事になるなー。こわいなー。くっくっく。

 

「で、お願いがあるんですが。」

「なんですか?」

「諜報部のルートで、次の大規模基地であるベルファスト基地で、ジム・キャノンⅡの左腕パーツと、ジム・カスタムの右脚パーツ、取り寄せる様に要請していただけませんか?あと、ジム・カスタムのC級D級消耗パーツ一式。

 本来であれば俺たちは、インドシナ半島での掃討作戦に参加する予定だったので。そう言ったパーツ類は向こうに全部揃ってるはずだったので、手持ちが少ないんですよ。弾薬類は、この基地で都合していただけましたけどね。」

「その程度でしたら……。了解です。あとでこの基地の通信室を使わせてもらって、要請しておきます。いえ、今から行ってきますよ。」

 

 アボット少佐はレイラから必要部品群の明細書を受け取ると、本部棟の方へ行くバスのバス停へと歩いて行った。うん、オデッサ基地広いから、路線バスのバス停あるんだよ。

 

「……やれやれ。」

「あの人、狸ねえ……。貴方が言った通りだとすれば……。」

「まず間違いない。わずかに……。」

「わずかに感情が動いたものね。そのぐらいは、わたしでも分かるわ。」

 

 2人揃ってため息を吐いた後、俺たちは連れ立ってミデア改1番機へと帰って行った。

 

 

 

 俺たちが乗るミデア改の5機編隊は、その後特に攻撃を受ける事無く飛行を続けていた。今はちょうど、グレートブリテン島とアイルランド島を隔てるアイリッシュ海の北側、ノース海峡を渡っている。って言うか、海の上がいちばん怖い。

 俺たちのMSは全機、海上では役立たずなのだ。RX-78と比べてRX-78NT-1が唯一劣る点が、水中戦能力がまったく無い事だったりする。最大の泣き所だ。ようやく陸地の上に到達し、ほっと息を吐く。ベルファストまでは、あと一息だ。

 

「そう言えば、レイラはベルファスト基地の宇宙港警備隊のMS隊に所属してたんだよな?」

「ええ。わたしの他に女の子は2人だけだったから、仲は良かったわね。わたしが亡命者でも、気にしないでくれたわ。もっとも、そういう人ばかりじゃなかったけどね。でもせいぜい毛嫌いされる程度で、嫌がらせとかはされなかったけど。」

「そうか……。」

 

 俺は、隣に座るレイラの手を、強く握りしめた。レイラも握り返して来る。その体温が、暖かく感じられた。

 ……俺たちは、第1小隊では士官だってことで、区切られた部屋使ってるんだよ!?もしィユハン曹長やマリー曹長、ウィリアム整備長とかに見られたら、さすがに恥ずかしいよ!?うん。

 いや、士官学校の卒業式で、衆人環視の中でキスした奴が何言ってるのか、と思うだろうがな。ははは。




今回のメインは、たぶんエイガー中尉。彼はぎりぎりで思いとどまりました。撃ったら撃ったで、それはそれで……。後味悪い終わりになったでしょうねー。
はっはっは(乾笑)。
で、アボット少佐。何考えてるかは、わかる人には簡単にわかるかと。まあ、そう言う事です。

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