機械とヒトと。   作:千年 眠

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第二話 ディアボルス・エクス・マキナ

『当機はASW-G-00 ガンダム・サタン。現在の状況確認が必要』

「……は?」

 

 MSが喋った。

 

『復唱:現在の状況確認が必要』

 

 復唱:MSが喋った。

 

「どういうことだ?」

『当機はネットワークへの接続に失敗したため、現在の状況が把握不可能。要請:口頭ないし圧縮会話による現在の状況説明』

「いや、そういうことじゃねぇ。なんで喋れんだよお前」

『当機はパイロット:アグニカ・カイエルの自我データを基幹プログラムに使用した、自己学習・自己進化型AI/Cを搭載する試作型MS。パイロット・AI/C間のコミュニケーション機能が存在するのは当然』

 

 自らの予想を大幅に上回る展開に目を見張ることしかできない。こういう時は雪之丞に聞くに限る。

 

「お、おやっさーん!」

「なんだぁ! オルガ! なんで起動してんだぁ!?」

「こいつおかしくねぇか!? 喋るぞこいつ!」

「喋るだぁ?」

 

 雪之丞も全く知らないようだ。どかどかと義足を鳴らしてこちらのコックピットへ突っ走ってきた。

 彼の目に映ったのは中央ディスプレイ。そこには起動処理を完全に終了したことを示す文字が躍っていた。

 

「オルガ、おめぇなんかやったか?」

「いや、そこのボタン押したらいきなり」

『肯定。推定個体名:オルガは当機の起動スイッチを押下した』

 

 ガンダムサタンの一言は雪之丞に電流を走らせた。ハッと息を呑んだきりフリーズしてしまう雪之丞。

 

「押したって……今までこいつが動いた記録はねぇ。動力替わりのジャンクだったってのに。ってか、こんなMS聞いたこともねぇ」

『否定。以前当機は、一〇〇時間に及ぶ第六四六回自我データオーバーホールを行っていたため、事実上起動が不可能な状態にあった。補足:高性能AI/Cを搭載したMSは当機以外存在しないため、当然と言える』

「なるほどなぁ……」

「おやっさん、どういうことだ」

「こいつは自分で自分を点検してたんだ。んで、なんで前に起動しようとしてダメだったかってぇと、ちょうど点検と時間がカブってたからってわけだ」

『その推論を支持』

「なるほど? 今は動くのか?」

『肯定。全ブートプログラム遂行済み』

 

 潰えるかに思えた希望は再び大輪の花を咲かせる。

 二機のモビルスーツがあればギャラルホルンの撃退もありえるはずだ。正直サタンと名乗るこの喋るMSは信用できないが、いまはこれしか頼れるものが無い。

 

「よし。いけるってよおやっさん」

「ああ。繋いじまえ」

 

 阿頼耶識のコネクタを接続。流れ込む膨大なデータにオルガは顔をしかめ――

 

「ん? 来ねぇ」

『拒否。パイロット以外の搭乗は原則不可』

 

 カシュッという音とともに阿頼耶識のケーブルが吐き出される。

 

「おい、できねぇってどういうことだ!」

『当機はギャラルホルン正規軍、第一MS大隊所属の総指揮官専用機体。パイロット:アグニカ・カイエル以外の隊員が許可なく搭乗することは出来ない』

 

 向かいではもうガンダム・バルバトスが立ち上がっている。これ以上時間がない。

 

『オルガ、早く』

 

 三日月が外部スピーカー越しに急かす。ぐるぐると回転を続けるオルガの頭が導き出した答えは――。

 

「アグニカは死んだ。今は俺がパイロットだ!」

 

 強引にも程がある大嘘で反論を無理やりねじ伏せることだった。今、この妙な機械と言い争いをしている暇はない。

 

『了解。アグニカ・カイエルをMIA認定。貴殿を臨時パイロットとして登録。氏名を入力されたし』

 

 手早くディスプレイに「ORGA ITSUKA」と名を打ち込み、阿頼耶識によってガンダムと繋がる。それでも情報は未だ入ってこない。

 

「おい」

『当機は自身のAI/Cにより完全自律行動が可能。よって、パイロットによる操縦は必要ない。しかし、現在当機はIFFの故障により敵と味方の区別がつかない。要請:阿頼耶識システムを通じた敵機の手動指定』

「おっ、おう……」

 

 二基のエイハブリアクターが轟々と唸る。

 視界には大量の情報が現れては消え、ハッチはカミソリが入る隙間もなくぴったりと閉じた。

 今まで乗ってきたMWとは根っこから格が違う兵器なのだと、オルガは確信した。これなら勝てる、とも。

 一切の拘束から解き放たれた悪魔は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「網膜投影スタート」

『要請:作戦目標の提示』

 

 立ち上がったガンダム・サタンが言う。オルガはそれに笑みを深くし、

 

「現在襲撃中のギャラルホルンの殲滅だ!」

『了解。オペレーティングシステム、通常モード起動。ガンダムサタン、作戦行動を開始します』

 

 巨大な機械の足が動力室の地を踏みしめる。

 

「よし! ヤマギ、3番から出すよ!」

「えっ、でもあそこは出口が塞がって……」

 

 ビスケットの指示に困惑するヤマギ・ギルマトン。

 

「あそこが一番戦場に近い!」

『そんぐれぇ俺が吹っ飛ばすさ』

『機体の制御権はこちらにあるため、その言い回しは不適当』

『そうこまけぇこと言うなよ。なぁ?』

 

 いちいち細かいサタンを置いて、三日月のバルバトスとオルガのサタンは完全に起動した。戦えるのだ。まだ。

 

『ミカ、お前が先行してくれ。武器を持ってんのはバルバトスだけだ、俺のサタンじゃMSをやるのは厳しい』

『うん』

「ハッチ解放! いつでもどうぞ!」

 

 ビスケットが二機へ叫んだ。

 錆びついた金切り声を上げながら上昇していくMSリフト。

 心臓の鼓動がうるさいくらいに大きい。

 平気だオルガ。この作戦はきっと上手くいくさ。そう自身に言い聞かせながら、リフトに乗せられて地上に、闇の向こうに消えていくバルバトスを見送った。

 

「なぁ、サタン。勝てると思うか?」

『敵勢力規模が不明なため、回答不能。しかし、当機は非武装状態における対MS近接格闘プログラムを学習済み。対MS戦であれば勝率は高い』

 

 サタンに励ましの言葉の類は期待しない方がいい、か。

 オルガはそう独ごち、戻ってきたMSリフトにサタンを載せた。

 

「行くぞ、サタン!」

『了解』

 

腹をくくり、発進のゴーサインを出した。

 

リフトが上がっていく。待つにはあまりにもじれったい。

 オルガはリフトの音が止むと同時に、その眼を開いた。

 

『ASW-G-00 ガンダム・サタン、出撃します』

 

直後、強烈なG。ガンダムフレームタイプ特有の大出力から生み出される莫大な推進力にオルガは歓喜した。

 三番ゲートから差す光がどんどん近づき、突破。青い空、赤茶けた大地。

 

 ガンダムが、大地に立った。

 

 そして目の前には深緑のMS。それはこちらの姿を確認すると、慌ててバトルアックスを引き抜こうとして――

 

 巨大なメイスを横っ腹に叩きつけられた。バルバトスの一撃を食らい、倒れ込んだそれは二度と動かなかった。

 

「よし、あの緑のMSと茶色いMWは敵だ」

『既に認識済み。口頭での伝達は不要。……敵モビルスーツ解析完了。機体名:EB-06 グレイズ。パイロット名:オーリス・ステンジャ。生命反応無し』

 

 サタンが目をつけたのは、今しがた叩き潰された機体の奥、その右に立つグレイズだ。

 装甲の隙間をX線スキャンすることで計測したフレームの摩耗率から、それがベテランの駆る機体だと即座に見抜いた。

 

『ガンダム・サタンからガンダム・バルバトスのパイロットへ』

「三日月・オーガス。で、何?」

『当機は三日月・オーガスから右の機体を攻撃する。要請:ターゲットの分散』

「わかった。それじゃ」

 

 短い会話も、戦場では致命的な隙となる。案の定、左のアイン・ダルトン機がバルバトスに一二〇mm弾の洗礼を浴びせる。しかしバルバトスは重力をものともせずひらひらと舞い、避けてみせた。

 阿頼耶識ならではの回避プログラムにない生物的な動きに、アインはいらだちを募らせた。

 一方サタンはその場から動かず、じっとカメラアイでクランク機を睨みつけている。

 

「サタン、動かねぇのか?」

『敵機モーションプログラム読み取り完了。無力化作業開始。補足:通信を傍受』

 

『クランク二尉!』

『アイン! 貴様は援護だ!』

『あ、はい!』

『げっ、また来た!』

 

 敵機だけでなくユージン達の通信までもが聞こえてきた。オルガは外部スピーカーを使って慌てて後退を指示する。

 

『お前ら聞こえるか! ここは危ねぇ、みんな一旦下がれ!』

 

 下がれ、と言い切る前にクランクのグレイズがサタンに襲いかかる。

振り下ろされたバトルアックスを半身になることで回避。それは武器と装甲が擦れ合う音が聞こえる程に紙一重のものだった。

 斧を降り抜いた姿勢を戻そうとするグレイズ。そこに叩き込まれるは、リアクター二基分の威力が乗った膝蹴り。単純計算でグレイズの二倍のパワーが篭ったそれは、いくら最新鋭の機体といえどダメージは避けられない。

 グレイズが空に浮いた。空中の無防備な胴体へ、頭部六〇mm機関砲の対MS徹甲炸裂焼夷(HEIAP)弾が突き刺さる。

 たたらを踏むグレイズ。いっそう大地を踏みしめるガンダムサタン。その手には今しがたグレイズが振るっていたバトルアックスを握っている。形勢は逆転した。

 

『当機はギャラルホルン所属、ASW-G-00 ガンダム・サタン。命令:速やかな戦闘行動の停止と武装解除』

 

 ガンダム・サタンが無機質に言った。

 

『こちら……ギャラルホルン火星支部所属、クランク・ゼント。それはできない。こちらからも聞こう。貴官はギャラルホルン所属と言ったな。所属部隊と階級は?』

『当機はギャラルホルン火星方面軍第一対MA師団第一MS大隊一番機、ガンダムサタン』

『ギャラルホルンにそのような部隊はない。そのような機体の記録もな。そんな嘘で私を騙せると思ったか?』

『否定。当機は真実を述べている』

 

 クランク機は腰部のライフルを抜いた。

 

『論理的会話は不可能と判断。無力化作業再開』

 

 サタンも斧を構えることで返す。

 

 両者の間に緊張が走る。先に動いたのは――サタン。

 ブースターを吹かし間合いを急激に詰めつつ、ほとんど手首のスナップだけで斧を投擲。対してクランク機は被弾に動じず、ライフルの銃口をサタンへ向ける。

 そして引き金を……引けなかった。サタンは向けられた砲身を手でつかみ、上へひねりあげたのだ。サタンは空いた右手でクランク機の胸部装甲をつかみ、背負い、放り投げた。

 クランク・ゼントは空を飛んだ。背中からの衝撃の後、モニターには一面の青空が映る。クランクには何が起きたのか全く理解できなかった。

 サタンは止まらない。大地へ倒れたクランク機の胴体を踏みつけ、胸部装甲を手で引き剥がす。そして無防備になったフレーム内部に手を突き入れ――

 

「なっ!?」『クランク二尉! おのれ!』

 

 機体からコックピットブロックを引きちぎると、機体の傍らへそっと転がした。

 

「殺さねぇのか?」

 

 オルガは困惑した。自分は確かに敵を殲滅しろと言った。もちろん中のパイロットも殺すつもりで、というか助命など一切考えずに。

 それが戦場では当たり前のことだ。オルガ自身それは経験してきた。

 

『オルガ・イツカ。この機体のパイロット、クランク・ゼント二尉は、この状況下で最も階級の高い士官である。提案:捕虜身分としての身柄拘束』

 

 不可解な行動にようやく納得したオルガ。と言ってものちに捕虜の扱いがわからず、捕虜本人に捕虜の扱い方を教えてもらう羽目になるのだが……それはまだ彼の知るところではない。

 アイン機はバルバトスの猛攻を受けて中破していた。あのまま行けば仕留められるだろう。が、アイン機はMW隊と共に撤退していった。

 

「そうか……そうだ、今はそれよりミカを助けに行かねぇと」

『ガンダムサタンから三日月・オーガスへ。状況はどうか』

『ん。今追いかけるとこ……あっ』

『三日月・オーガス、どうした?』「どしたミカ?」

『ガス切れた』

 

 タダのガス欠。思わず何か深刻なトラブルを予想したオルガはほっと息をついた。何しろ初めてのMS戦だ。何が起こってもおかしくない。

 ギャラルホルンの部隊は撤退した。壱軍の連中もじき帰ってくるだろう。勝手にMSを動かしたり、逃走車両に照明弾を撃たせたりとかなり好き勝手したので、殴られるのは確定だろうが。

 

『申請:敵残存兵力の追撃許可』

「あぁ、許可する」

『了解』

 

 それでも俺達は生きている。勝って、ここにいる。

 生き残った者達は、つかの間の平和と生の実感を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

ギャランホルン 火星支部 第三地上基地 MS格納庫

 

 

『何? 失敗しただと!?』

 

 モニター越しにヒステリックな叫び声が響く。コーラルが宇宙にいてよかった。アインはそう、改めて思った。生で会っていたら殴られていたかもしれない。

 

「指揮官であるオーリス・ステンジャ二尉とその隊員クランク・ゼント二尉が死亡。七割の兵とグレイズ二機を失い、やむをえず撤退した次第であります」

『ふざけるなっ!』

 

 とりあえず背筋を伸ばしてそれらしい格好をとっておく。コーラルの説教など聞きたくなかった。やたらと長い上に意味も薄い。その点、クランク二尉はよかった。簡潔でわかりやすい上、何より愛がある。

 

『ファリド特務三佐がこっちに着くのはいつだ?』

『はっ。二日後には』

『いいか! それまでになんとしてでもクーデリアを捕らえろ! そして戦闘の証拠は全て消せ! 相手ごと全て!』

「……了解であります」

 

 この人でなしめ。誰のせいでクランク二尉が殺されたと思っている。アインは心の中で毒づいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 頭の芯をギリギリと握り締められているような痛みが残っている。目の前のモニターは何も映していない。リアクターの轟音もしない。火星の冷たい風が体を撫ぜる。

 

「あぁ……?」

 

 三日月・オーガスは自分が未だにコックピットにいることに気づいた。そうだ、確かサタンと一緒に逃げていく奴らを潰していって……そのあたりからだ。覚えていないのは。

 

「目ぇ覚めたか?」

 

 雪之丞の声が上から降ってくる。鼻の下を手で拭った。乾いた血の粉がぱらぱらと剥がれた。鼻の穴が片方、固まった鼻血で詰まっている。

 

「ぐ……」

「おおちょっと待て。おめぇが気ぃ失ってる状態じゃ、こいつとのリンクが切れなかったんだよ」

 

 雪之丞は阿頼耶識の情報伝達ケーブルを外していく。カチャカチャという金属音がやけに耳に刺さった。

 

「何人死んだの?」

「参番組は四二人。一軍は六八人だ。おめぇは……おめぇらは、よくやったよ」

 

 コックピットを出て辺りを見渡してみた。基地のそこらじゅうで働く兵士達がアリのようだった。夕方の火星は涼しくて、少し肌寒かった。

 ガンダムの下にはオルガの姿。いつもの姿がそこにあった。

 とん、と火星に足を着く。

 

「おつかれさん、ミカ」

「オルガもね」

「俺はなんもしてねぇよ。やったのはコイツだ」

 

 そう言ってオルガはバルバトスの隣の、トリコロールカラーだというのにいささか地味なシルエットのそれを顎でしゃくった。

 今初めて気づいたが、サタンの右背中には黒くて大きなアンテナロッドが生えていた。

 こんな頭頂高を越えるほどに大きなアンテナ、何に使うというのだろう。やはり指揮だろうか。いささかスペック過剰な気もする。

 

『否定。オルガ・イツカは敵MS無力化後も当機に搭乗し、ユージン・セブンスタークに替わり指揮を執り続けた。推奨:休息』

「いや、俺はまだ休めねぇ。ちょっと、な」

 

 すっかり打ち解けた二人(?)を尻目に、三日月は基地へ歩き出す。事後処理が山ほどある。休んでいる暇はない。

 見覚えのあるトラックが止まっていた。見覚えのあるクリーム色の頭も見えた。アトラ・ミクスタだ。

 

「あっ」

「あれ? アトラ。……ああ、配達か」

「う、うん。あの……三日月」

 

 アトラは不安げだった。戦闘があったのを聞いたのかもしれない。

 

「何?」

「あのね……平気?」

「うん。ありがとうアトラ。今ちょっと急いでるからあとでね」

 

 三日月は平気だとはあえて言わなかった。

 ろくに調整もされていないMSに無理やり乗ったのだ。その危険性は計り知れない。平気だなんて言っておいて万が一の事態が起きてはアトラに申し訳が立たない。

 それに、仲間が大勢死んだ。少し前までシノと仲良く話していたダンジもその四二人の戦死者の中に入っている。三日月は表にこそ出していないが、その心は誰よりも荒れ狂っていた。

 

「あっ……うん!」

 

 アトラは自らの軽率な言動を後悔した。

 

(バカだな、私。平気じゃないのわかってたのに……)

 

 去っていく三日月の背中が、アトラにはひどく遠くに見えた気がした。

 

 

 

 

第二話 ディアボルス・クス・マキナ

 

 

 

 

 戦闘のために持ち出した山積みの物資がいくつも放置された、CGSの一室。クーデリアはガラス張りのそこから、黒い袋に詰められていく少年兵の死体を見ていた。

 

(彼らは……私のせいで……)

「お嬢様」

 

 クーデリアは聞きなれたその声にはっと顔を上げた。

 

「あっ! フミタン? どこにいたの? 心配したの……あっ」

 

 力なく垂れた右腕を抑えているフミタン。しかしその表情はどこまでも平静そのもので。

 

「ああ、お気になさらず。かすり傷です。それより、申し訳ありませんでした。非常事態の場合はまず一番にノーマン様に連絡をと命じられておりましたので」

「……お父様はなんと?」

「大層心配していらっしゃいました。すぐに戻ってくるようにと」

「あっ……それはまだ……。今回の地球行きは秘密裏に行われるはずでした。ですがギャラルホルンの攻撃は間違いなく私を狙ってのもの。そしていつもは私の活動に反対しているお父様が今回に限って……考えたくはありませんが……」

 

 クーデリアの頭には最悪の想像が浮かんでいた。父は私をギャラルホルンに売ったのではないか。そんな想像が。

 

「お嬢様」

「わかっています。ただ私はそれを確かめてからではないとお父様のもとへは戻れません」

「わかりました。ですがここに残る意味も無いでしょう」

「それは……」

「まだいたんだ」

 

 その声は銃声のようによく響いた。三日月がそこにいた。

 

「……あ、三日月。あの……先ほどは守って頂き、ありがとうございました」

「そういうのはいいよ」

「あっ……でも、私のせいで大勢の方が」

「マジでやめて」

 

 三日月の鋼のように冷たい声がナイフのように突き刺さる。クーデリアは息が詰まるような心持ちがした。三日月は目を合わせもしない。

 

「たかがあんた一人のせいであいつらが死んだなんて。俺の仲間を、馬鹿にしないで」

 

 三日月は無数にあるうちのひとつの箱を抱えると、それ以上何も言わずに部屋を出ていった。クーデリアはここでも、二の句を継ぐことができなかった。

 

 

 

 

 

 

「てめえ!」

 

 薄汚れた狭い部屋の中に殴打の音が響く。ハエダの拳がオルガの顔に突き刺さる音だった。

 オルガの後ろには参番組代表のユージン、シノ、ビスケット、昭弘が控えている。

 

「ぐ……!」

「よくもコケにしてくれたな! 俺たちを使って……」

「一軍の皆さんが挟撃作戦に向かう途中不幸な事故で敵の攻撃を受けたことは聞きましたが、それが俺らと何の――」

 

 さらに重い殴打の音。倒れるオルガ。

 

「しゃあしゃあとうたいやがって! ああっ!? なんだ? その目は! 貴様らも殴られてぇか!」

 

 完全に堪忍袋の緒が切れたハエダが参番組へ怒鳴り散らす。参番組も、壱軍も、我慢の限界を超えつつある。

 

「俺、だけで……良いでしょう」

 

 鼻血を垂らしたオルガがハエダを睨みつけて言った。

 

「あぁ、そうかよ、じゃあ!」

 

 そうして始まったのは、ハエダを初めとした壱軍メンバー数名でのリンチ。殴る蹴るの一方的な暴力が奏でる音は、部屋の外、その廊下で話を盗み聞きしていた少年兵達にも聞こえるほどに凄惨なものだった。

 皆一様に拳を握り締め歯を食いしばり、今にも爆発しそうな自らの感情を必死に抑え込んでいた。

 

「けっ! 面白くもねぇ。あとで今回の損害調べて持ってこいよ!」

 

 呻き声のひとつもあげないオルガに折れたのか、ハエダ率いる壱軍達は捨て台詞を吐いて部屋から立ち去っていく。

 

「くっ……!」

 

 痣だらけの体を引きずるようにオルガが体を起こす。

 

「オルガ」

「くっそ! あいつら許せねぇ!!」

「ペッ! そうだな、許せねぇ。……ちょうど、良いのかもな」

 

 皆の怒りの声に、オルガはどこまでも冷徹な黄金色の眼差しで笑い、そう言った。

 

 場所は変わって、スクランブル発進用にMWが野ざらしに並べられた広場。

 

「俺たちがCGSを!?」

 

 ユージンはオルガの発言を聞き間違いだと信じたかった。

 

「前にお前も言ってたろうが、ユージン。ここを乗っ取るってよ」

「そりゃそうだが、この状況でか?参番組の仲間も何人も死んでる!」

「マルバも相当なクズだったが、壱軍のヤツらはそれ以下だ。あいつらは俺たちの命をまき餌ぐらいにしか思ってねぇ。それにあいつらの頭じゃすぐに商売に行き詰まる。そうなりゃますます危険なヤマに手を出す。俺たちは確実に殺されるぞ」

「かといって、ここを出ても他に仕事なんてないし」

 

 ビスケットが諦めたように語る現実がオルガの話をより補強する。

 

「選択肢はねぇってことか……」

「お前はどうする?昭弘」

 

 MWの上にしゃがみこんでいた昭弘に聞く。ヒューマンデブリたる彼は、至って興味がなさそうだった。

 

「俺らはヒューマンデブリだ。自分の意思とは無縁でここにいる。上が誰になろうと従う。それがあいつらであろうとお前らであろうとな」

「ふっ……んじゃ、そうと決まれば早速作戦会議だな」

「三日月は呼ばなくていいの?」

 

 やる気満々のユージンの言葉。ビスケットはおそらくここにいるオルガ以外の皆が思っているであろう疑問を口にした。

 

「おお、忘れてた」

 

 オルガの間の抜けた声にユージンら四人は呆れ返った。

 

「忘れてたって……」

「ミカがもし反対するなら、お前らには悪いが今回は中止だ」

「はあ?」

「オルガ?」

「まぁそれはないがな。俺が本気ならミカはそれに応えてくれる。確実にな」

 

 オルガはそう言うと、いつもの癖で右目を閉じた。

 

 そして場所はまた変わり、二機のガンダムが佇む基地の外れ。

 

「ミカ」

「ん? ははっ、色男になってんね」

『打撲痕を一三箇所確認。うち四箇所から内出血。推測:数名からの殴打もしくは蹴りによるもの。推奨:警察を初めとした法執行機関への通報』

 

 MWから太いホースをバルバトスへ繋いでいた三日月は、オルガの痣だらけの顔を見てそう揶揄した。サタンはこの組織の内情を知らないらしく、まぁ普通の反応だ。

 

「いや、警察なんかに言いつけてもなんも変わんねぇよ。俺達の言い分なんか聞きゃしねぇ。それに……」

『何か』

「慣れてっからよ、こんぐらい」

『オルガ・イツカ、貴官が民兵組織の非正規兵であることは他職員から説明を受けているため、理解している。しかし、現状況の静観は非推奨』

「ああ、わかってるさ。なんとかする……にしても、『貴官』なんて言われるとくすぐってぇな」

 

 サタンの無機質な音声は、オルガにはどこか温かく感じた。機械に感情なんてないのに。

 腐った大人の毒気にあてられてそう思ってしまったのかもしれない。オルガにとっては、自分達にまともなことを言って、まともに扱ってくれる存在はありがたかった。

 

「で、どうしたの? オルガ」

「実はな、やってもらいてぇことがある」

 

 オルガの真剣な口調に何かを感じ取ったらしい三日月は、ホースを繋ぐ手を止め、オルガの前へ立った。

 

「お前にしかできねぇ仕事……話聞く前に受け取るか?」

 

 オルガの持つ拳銃を見るなりすぐに受け取った三日月に、オルガは苦笑した。

 

『推奨:依頼内容の確認』

「これから聞くんだって」

 

 それはいつの間にか仲良くなっていた二人(?)への笑みでもあったのかもしれない。

 

「でもどっちにしろ、オルガが決めたことならやるよ、俺」

「そうやってお前は……」

「え?」

「いや、サンキューな」

「それで、仕事って?」

「あぁ。CGSを――乗っ取るぞ」

 

 そう言うと、オルガは凶暴な笑みを深くした。




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