機械とヒトと。   作:千年 眠

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第三話 HALO

『オルガ・イツカ。獲得した捕虜について提案が存在する』

 

 オルガは困惑した。目の前のボールの正体を暴かねばならぬと決意した。オルガには機械がわからぬ。オルガは、火星の兵士である。参番組をまとめ、敵と殺し合って暮して来た。それゆえ未知のものに対しては、人一倍に敏感であった。

 

「……なんだこれ」

「オルガ行くよ……なにこれ」

 

 三日月も困惑した。だが彼にとっては正直どうでもよかった。危なくなければ。それと、薬で眠った壱軍連中を叩き起こしに行くのを邪魔立てしなければ。

 

『当機は、ASW-G-00ガンダム・サタンと共通の人格データを有するパイロット総合支援ユニット『ハロ』』

 

 それは紛れもなくハロだった。バスケットボール大の黄緑色をした球体型のボディ。ピンクがかった紫色のつぶらな瞳。口のようにも見えるカーブを描いた継ぎ目。パタパタと可動する耳のような腕部収納ハッチ。

 これ以上ないほどにハロだった。惜しむらくは、喋り方が滑らかすぎて若干ハロらしくないという所か。

 

『ハロからオルガ・イツカへ、提案が存在する』

 

 オルガは一般常識に沿って考えることを放棄した。依頼主を天下のギャラルホルンが狙ってきたと思えば、喋るMSに乗ることになり、果ては喋るボールに話しかけられる。これでは今までの常識なんてクソの役にも立ちやしない。

 

「なんだ?」

『先の戦闘で獲得した捕虜の解放』

 

 それを聞いてオルガは眩しいものでも見たかのように目を細めた。昨日の戦闘のことだ。クランクと名乗る男をコックピットごとグレイズから引っこ抜いたまではよかった。襲撃の理由をうまいこと聞き出せるだろうと、オルガは楽観的に構えていた。

 

「あー……お前がひっくり返して回った奴らか」

『肯定。現在の施設では収容不可能』

 

 そう、MW隊の追撃に向かったサタンは、決してギャラルホルンの兵士を殺さなかった。

あろうことか、撤退中のMWをマニピュレーターで持ち上げて、()()()()()()()()()()()()()

 スピードスケーターのような低い姿勢でホバーしつつひょいひょいとMWをひっくり返して回る姿はまさしく変態。そしてサタンが通った後には、ひっくり返ったカブトムシのようにもぞもぞともがくMWの群れが。凄惨な戦場をそこそこ見てきたオルガでも、別ベクトルから正気度を削られる光景だった。

 

「まぁそうだな。聞くこた聞いたし明日には放すつもりだ。にしてもなんであんなことしたんだ?」

『当機の任務はMA(モビルアーマー)の殲滅及び人類の保護。殺人は当機の運用目的に反する』

「なるほど……。じゃ、俺らはもう行くからな」

 

 人類を守ることが任務とは言っても、MSは殺しの道具だろうに。オルガには、サタンはどこか矛盾した存在に見えた。しかしそれは、命をつなぐために命をなげうつ自分達と何が違うだろうか。いや、きっと同じだ。

 

『オルガ・イツカ。クランク・ゼント二尉への面会許可を申請する』

「ん? あぁ。いいけど何すんだ?」

 

 本来なら壱軍の許可がいるところだが、いいだろう。反乱はすでに九割は成功している。CGSのトップはすでに参番組隊長であるオルガと言っていい。

 

『事情聴取を行いたい』

「そうか、あのおっさんはそこの奥な。おいライド! 聞いてたな! 面会だ!」

 

 了解っす! という元気な声が聞こえる中、ハロは予想以上の快速で奥へ奥へと転がっていった。見張りのライドが当然のように受け入れた辺り、参番組の連中はハロの存在を知っているのだろう。なんだか、若干置いていかれた気分だった。

 

「行こう」

「おう」

 

 さて、仕事だ。ここからが肝要だ。オルガはクランクの部屋の先、さらに奥へ進む。たどり着いたのは、オルガを始めとした参番組やヒューマンデブリの仲間達が散々殴られたあの部屋。もっとも、立場は完全に逆転したわけだが。

 部屋の前には参番組の主要な面々が既に集まっていた。ユージン、シノ、そしてビスケット。オルガは彼らの視線に頷くことで返すと、その錆び付いた扉を開ける。

 

「おはようございます。薬入りの飯の味はいかがでしたか?」

 

 虐げられてきた者達の反逆と粛清劇が始まる。

 大人達の物語は終わり、彼らの物語が始まる。

 ここが、この瞬間が、彼らの爆心地([G]round zero)だ。

 

 

 

 

 

 

 クランク・ゼントは火星を知らない。クランクは純粋な地球人だった。若い頃はそこそこ鳴らしたものだったが、歳を取るにつれ肉体の衰えを感じ始め、やがて火星という辺境の地への異動を自ら志願した。

 知らぬがゆえに、火星の人々への偏見もない。ヒトはみな平等に人権を持つべきと信じている。クランクはいわば、平等主義者と言えるのかもしれない。いや、不平等と理不尽がまかり通る現実を肌で感じたことがないだけと言うべきか。

 

『クランク・ゼント二尉』

 

 一人を収容するには広い部屋の隅、そこへ無造作に敷かれた一枚のアルミブランケット。彼はそこへ座り込んでいた。

 

「……ボール?」

『当機は、ASW-G-00ガンダム・サタンと共通の人格データを有するパイロット総合支援ユニット『ハロ』』

 

 突如現れた謎のボールに警戒を強めるクランク。彼の心情などつゆ知らず、ハロは無機質に言葉を繋げる。

 

『貴官へ質問が存在する』

「私には守秘義務がある」

『現在は宇宙世紀何年にあたるか』

「……なんだと?」

 

 宇宙世紀などという言葉をクランクは知らない。厄祭戦後の人間が、人類史から抹消された忌まわしき時代(黒歴史)など知るはずもない。知っていていいはずがない。

 

『復唱:現在は宇宙世紀何年にあたるか』

「待て待て、そういう意味ではない。宇宙世紀とはなんなんだ?」

『宇宙世紀、Universal Century。人類が生活の場を宇宙へ拡大した際、西暦より改元された歴号。西暦二〇四五年、サイド1宙域への第一号コロニーの建造開始と同日、首相官邸ラプラスにて改元が宣言された』

 

 クランクは理解できなかった。厄祭戦が人類を絶滅寸前に追いやった。そしてギャラルホルンが世界の平和を維持し、四つの経済圏が世界を統治している。それが知っている歴史の全てだからだ。サイド1、首相官邸ラプラス……初めて聞く言葉だった。

 

「今はP.D.(ポスト・ディザスター)三二三年だ。宇宙世紀とやらで何年かまでは分からない」

『了解。次の質問へ移行する。貴官はガンダムサタンというMSを認知しているか』

「いや、知らん。そのようなガンダムフレームは存在しないはずだ。少なくとも私は知らない」

『了解。次の質問へ移行する。MA(モビルアーマー)は現在稼働しているか』

MA(モビルアーマー)……初めて聞く言葉だ。わからないな」

『了解。次の質問へ移行する……』

 

 そうしていくつもいくつも質問が繰り出されていった。

 質問はいづれも、ギャラルホルンの機密事項や今回の襲撃に触れるものではなかった。それどころか、誰でも知っているような事柄ばかり。貨幣は何を使っているのか、火星を統治しているのはどこなのか、現代のエネルギーはどうやって賄っているのか、人口はどのくらいか、などなど……なぜそんなことを聞くのか分からないようなものばかりだった。

 

『全ての質問が終了。虚偽:未検出。ご協力ありがとうございました』

 

 ご丁寧に礼まで述べるハロ。クランクに警戒心はもう残っていなかった。あるのはただひとつ。

 この人物は何者なのか、という疑問だけだった。厄祭戦以前の失われた六〇〇年間を知っているのに、現代のことは何一つ知らない。そのくせ、一介の民兵組織に属している。考えれば考えるほど正体がつかめない。少なくとも、生身の代わりにこんな妙なボールを使って話しかけてくるあたり相当な変人か用心深い人物だと思われるが。

 

 礼を言ったっきり背(顔?)を向け、そそくさと出ていこうとするハロ。

 

「ま、待ってくれ。質問をしてもいいだろうか」

『了解』

 

 ハロはクランクの言葉に驚くほど素直に踵を返した。普通の兵士なら、捕虜の質問など聞くはずもないというのに。

 

「兵士として戦っている子供を何人も見た……彼らは、なぜ戦っているんだ?」

『選択肢が存在しないためと推測される』

「……強制されている、ということか?」

『否定。職の選択肢は存在しない、という意味である。彼らは教育を受けておらず、識字能力を持たないことを確認。よって、PMCの戦闘員として就労するほか選択肢は存在しない』

 

 火星と地球の凄絶な格差。クランクとて教育を受けた身、知識としては知っていた。しかし現実とはかくも重いものか。かくも残酷なものか。

 

「……どうにかならないものだろうか。今からでも勉強を教えて……そう。例えばあなたのような大人が」

『拒否』

「なぜだ?」

『人命救助目的以外、当機が彼らに干渉する義務は存在しない』

「……あなたに人の心はないのか?」

『データベースに存在しないため、回答不能』

 

 なおも言い返そうとしたクランクは、いつの間にか自らが熱くなってしまっていることに気づき、口をつぐんだ。自分の善意が、全ての人間に受け入れられるはずがない。他人に押し付けていいはずもない。クランクは自らの言動を恥じた。

 

『最後に報告が存在する。当施設の少年兵らが、正規兵らへ武装蜂起した。それに伴い貴官らの身柄は明日、解放される』

「……そうか」

 

 解放。原隊へ復帰するのが普通だろう。しかし。

 正義を執行する者になりたくて、クランクはギャラルホルンへ入隊した。弱きを助け、強きを挫くために。

 それが実態はどうだろう。組織の腐敗に理念の形骸化。弱きを助けるどころか、弱いものから搾取を繰り返し、肥え太っていく上層部。

 搾取され、やせ細った火星から生まれるストリートチルドレン。彼らはこうして、少年兵として戦うことでしか生きられない。それ以外の生き方を知らないし、知っていたとしても学のなさ故に、できない。

 

『補足:当施設の通信端末よりギャラルホルン中央ネットワークへアクセスした結果、貴官はKIA(戦死)認定を受けていることが判明。報告終了』

 

 ハロはその言葉を最後に部屋から出ていった。

 戦死。それはつまり、自分から申し出でもしない限り、存在しない人間になったことを意味する。

 クランクは狭い視野の中で、ひとつの答えを出した。

 

 

 

第三話 ALO

 

 

 

 参番組が引き起こした反乱。それにより会計担当のデクスターや整備士の雪之丞など、ごく一部を除くことごとくの大人たちがCGSを去った。時刻は現在午前九時。幾分か静かになった基地に、ドアを荒々しく開ける音が響く。

 

「おいオルガッ! お前辞めてく壱軍に退職金くれてやったんだって!? なんで――」

 

 応接スペースの椅子へオルガが。そしてその隣にデクスターが。そして……その向かいのソファベンチにクランク・ゼントはいた。

 

「……は? え、ちょっギャラホ……えっ……?」

 

 敵のMSパイロットが、さも当然のようにそこにいる。怒り心頭と言った具合に飛び出してきたユージンは、その光景を理解出来ずに完全に固まった。

 

「では、あなたがここへの就職を志望した理由はなんですか?」

「はい! 私は以前、ギャラルホルン火星支部実働部隊として御社を襲撃した際、少年兵が戦闘に参加している光景を目にしました。彼らが社会へ復帰し、健康で文化的な生活を送ることができるよう、共に働きながら精一杯支援したいと思い、御社への就職を志望しました」

「具体的にはどのような支援をしていこうと考えていますか?」

「はい!私は――」

 

 面接中だった。これ以上ないくらい面接中だった。オルガが質問し、デクスターが面接内容を逐一タブレットに入力していく。

 正直言って意味がわからない。確かに今朝身柄は解放した。奴らは自由の身になった……はずなのだが、なぜクランクがここにトンボ帰りしてきたのかユージンには全く理解できない。いや、多分ユージン以外にも理解できない。

 そうやって固まっている間にも時間は過ぎていく。オルガの微妙にオラついた敬語と、ギャラルホルンの制服に身を包んだクランクのクソ真面目な回答が絶妙なシュールさを産んでいた。ツッコミ不在の恐怖がそこにあった。

 

「これで面接は以上です。待合室でお待ちください」

「はい。ありがとうございました。失礼します!」

 

 フリーズしている間に面接が終わった。クランクは椅子から立ち上がると一礼し、ドアの前でも一礼。そしてドアの敷居をまたいだ後にも一礼と、完璧な作法で退出していった。ユージンは行き場をなくしてただ一人、ドアのすぐ右に張り付いていた。完全に空気に置いていかれていた。

 

「ふー、やっぱ慣れねぇや……で、なんだって? ユージン」

「いやなんだってじゃねぇよ! 退職金……じゃねぇ、今のおっさんギャラルホルンだろ!?」

 

 ユージンの極めて常識的かつ正当な抗議。オルガはさてどう言ったらいいものかと、社長室の派手な壁に視線をさまよわせた。

 

「いや、もうギャラルホルンじゃねぇって話だ。死んだことになってんだと」

「おいおい信じんのかよ? スパイの可能性だって――」

「その心配はねぇ。ハロ、どうだ?」

「あるじゃねぇか……ハロ? うぉっ!?」

 

 突如テーブルの下からコロコロと這い出てくるは、昨日からここにいる謎のボール。黄緑色の珍妙なそれは、パタパタと無意味に腕部収納ハッチを開閉させながら、

 

『声紋分析完了。虚偽:未検出』

 

 その見た目に反して、渋い大人の男を思わせるバリトンボイスで喋ってみせた。死ぬほどミスマッチだった。

 

「そういうわけだ」

「そういうわけって……そもそもこいつが嘘ついてたらどーすんだよ。てかこれなんなんだよ」

『当機が虚偽を発言することは禁止されている。補足:当機は、ASW-G-00ガンダムサタンと共通の人格データを有するパイロット総合支援ユニット『ハロ』』

「……」

 

 ユージンは黙りこくった。そして己の目頭をそっと抑えた。

 

「どっからツッコみゃいいんだこれ」

 

 オルガにもその気持ちは痛いほどよく分かった。オルガは心の中で同情した。負けるなユージン。激流に身を任せ同化するのだ。

 

「……で、なんで壱軍に退職金なんか払ったんだよ?」

 

 ユージンは、ひとまずハロの事は置いておくことにした。気になる事も言いたい事も山ほどあるが、とりあえず今は一旦、我慢する。

 

「あいつらがここを辞めてどんな動きをするかは分からねぇ。信用に傷を付けられねぇようにな。俺たちがやるのはまっとうな仕事だからよ」

「口止め料って訳か?」

「そうとも言うな」

 

 確かにユージンには思慮が浅い部分はあるかもしれない。しかし、その地頭は決して悪いわけではない。それどころか、頭は非常に切れるほうと言っていいだろう。オルガの言葉に隠された意味をすぐに読み取る程には。

 

「あのおっさん雇うのか?」

「それは今から決めるとこだ。俺の一存で決める訳にはいかねぇからな。ビスケットとシノが」

 

 オルガがそう言ってドアに視線をやると――

 

「終わったって? “社長”さん」

「ユージンもう来てたんだ」

「シノ、社長はやめろ社長は。ケツが痒くなる」

「ヘヘッ」

 

 まるで示し合わせたかのように二人は現れた。

 

「よ!」

 

 そしてトドまで。そういえばこいつは残っていたっけと、参番組の四人は今になって思い出した。正直うさんくさいので、何かやらかす前にさっさとクビにしたいが、そういうわけにもいかないのが難しい。

 

「何でお前が」

「おいおいヒドいなぁ社長さん、仲間じゃねぇか。新入社員雇うんだろ? だったら人事部長の俺の意見も聞いといた方がいいと思うぜ?」

 

 全く嬉しくないウインクまでくれながらトドはそうのたまった。

 

「じゃ、人事部長殿はどうお考えで?」

 

 オルガがそう返す僅かな間に、デクスターはタブレットから全員の携帯端末へデータを送信。ハロを除いたこの場の全員へクランクの情報を共有した。言葉数が少ないせいで影こそ薄いが、やはりできる男である。

 そして端末に表示された情報に素早く目を通したトドは、いつもの昼行灯っぷりが嘘のように落ち着いた口調でこう言った。

 

「MSの操縦も整備の仕方もある程度知ってるようだし……ほー、植物学専攻ねぇ。ここじゃ植物学は関係ねぇが、腐っても大卒だ、学もある。教官にしてもいいし整備士にしてもいいし事務だの会計だのをやらせてもいい。ギャラルホルンであの歳まで現役張ってたってこた、それだけ勤務態度も良けりゃ実力もあるってことだ。まぁ俺達みたいなゴロツキ集団に馴染むかとか諸々は別として、人材としちゃ花丸くれてやっていいぐらいだ。十分雇っていいだろうな」

 

 オルガら参番組は密かに驚愕していた。今までトドといえば、ハエダだのササイだのにくっついて一緒にわめくだけの金魚の糞という印象程度しか抱いていなかったが……存外、やる時はやる男らしい。

 

「なんだよ? ちょっと真面目に仕事しただけだろ? なんでそんな顔すんだよ?」

「いや」「別に」「え?」「い、いえ」

 

 参番組全員が綺麗に目を逸らした。

 

「あ、ハーイ」

「……おぉ。なんだシノ?」

 

「あのクランクっておっさん、昨日俺達を襲った奴なんだろ? いいのか?」

「……そうだな。確かにあいつは元ギャラルホルンだ。仲間を殺した奴らと同じだ」

「だったら――」

「それでもだ。うちにMSをイジれる奴はいねぇ。バルバトスもグレイズも素人整備でいつまで保つかわからねぇんだ。少しでもできる奴がいるんなら、この際構わねぇさ」

 

 しばしの沈黙。ややあって、ビスケットが口を開いた。

 

「僕はそれがいいと思う。MSの知識がある人は絶対に必要になるだろうしね。ギャラルホルンに睨まれた以上、MS戦は間違いなく起こる。多少のいざこざを我慢してでも雇わない手はないと思うよ」

 

 賛成へ一票。

 

「俺も賛成だ。年少組は騒ぐだろうが……今は少しでも地面を固めておかねぇと、事を起こす前に中から崩れちまう」

 

 ユージンも、デメリットを承知でクランクの雇用に賛成した。これでトドを入れれば賛成は三票。続いてシノ。

 

「俺は……んー、やっぱりヤダな。お互い様ってのはまぁ分かるけど、そんな簡単に割り切れねぇよ。ゴタゴタ承知で今無理に雇わなくてもいいんじゃねぇかな。だって、MSの整備が出来るやつくらい探せば他にもいるだろ?」

「すごい……シノがちゃんと考えてる……」

「ビスケットお前ひでぇなおい!」

 

 珍しい反対意見が出た。いい事である。賛成が三、反対が一。

 

「デクスターはどう思う?」

「私ですか? そうですね……今すぐ決める必要はないと思っています。三ヶ月ほど試用期間を設けて、それから改めて正式に採用するかどうか決めては?」

「クビにするにしろ、三ヶ月もあれば最低限必要な知識と技術は身につく、か」

 

 賛成派、反対派双方の意見を取り入れた折衷案。美味しいところだけを吸い取ることも出来る。先延ばしといえばそれまでだが、それは現実的でもあった。

 

「まぁその辺が妥当か」

 

 オルガはそう結論付けた。

 はっきり言って、今のCGSに人材を選り好みしている余裕はない。使える物は使う、程度の消極的な採用だ。

 

「お前らはそれでいいか?」

「まぁ三ヶ月だけってなら」「ああ」「うん」

「じゃ、決まりだ」

 

 かくして、クランク・ゼントはCGSへ与することとなった。それがどのような結果をもたらすのか、今は誰にもわからない。

 

 そして会議が円満に終わりかけたその時、

 

「そうそう、もうひとつお話があるんですが」

「なんだ?」

「お金がないです。具体的に言うと、このままではあと五ヶ月で会社は倒産します」

 

 特大の時限爆弾が投下された。

 

「んで、俺達はギャラルホルンをメタクソにやっちまった。ここはもう狙われちまってる」

 

 そしてトドが駄目押しの一言を放つ。反乱は成功こそしたものの、問題はなおも山積みである。このままでは真っ当な仕事をするどころかストリートチルドレンに逆戻りすることは想像に難くない。

 

「そこでだ! 俺にひとつ考えがある」

 

 トドはいつも通りニヤリと笑った。ああ、汚いことを考えている顔だ。

 

「いいか? ここを襲ってきたのは積み荷であるクーデリアがいるから。そうだろ社長?」

「まぁな」

「そこでだ。まずこっちからギャラルホルンに呼びかけて、金と引き換えにお嬢さんを引き渡す。俺達がやらかしたことはぜーんぶマルバのせいにしちまえば、俺達は綺麗な身分のまま、カネだけがどっさり残る。で、あとはそのカネを元手にやってきゃいいって寸法よ」

 

 トドの言い分は、会社を存続させるという意味では正しいといえた。無駄なリスクを犯さず、最小の犠牲で最大の利益を得る。大人の賢いやり口というやつである。取引相手がギャラルホルンであるということを除けば、の話だが。

 

「そう上手く行くと思うか? 俺達は余計なことを知りすぎちまった。俺がギャラルホルンだったら、自分の弱味を握ってる奴らに金なんか払わねぇぞ。それこそ取引に応じるフリして殺す。死人に口なしってな?」

「そうならないようにするためのMSだろ?」

「真っ向から潰しに来るとも限らねぇだろ、奴らだって馬鹿じゃねぇ。それこそこの辺りの会社なんかに圧力かけて俺らを干からびさせれば、倒産してバラバラになったところを一人一人狙い撃ちだ」

 

 オルガはクーデリアを渡すつもりなど毛頭ない。捕虜によれば、今回の襲撃にはギャラルホルンの利権と政治が深く関わっているらしい。

 状況が状況だ。クーデリアを渡したが最後、口封じに殺される。オルガにはその確信があった。

 

「じゃどうしろってんだよ社長さんよ?」

「クーデリアの護衛任務を続ける」

「おいおいマジで言ってんのかよ!」

 

 トドからしたら大問題だ。せっかくガキだらけの会社に取り入って上手いこと甘い汁を吸ってやろうと画策していたというのに、これでは自分も死んでしまう。トドは保身のために必死に頭を働かせる。

 

「お嬢さんのバックにゃノブリス・ゴルドンが付いてるって話だ。報酬はキッチリ出るし、何よりそれ以外の道はねぇ。MS同士の殺り合いならまだやりようもあるしな」

「ノブリス・ゴルドンが……だったら資金的にはひと息つけるね」

「やるしかねぇ、か……」

「ああ、新生CGSの初仕事だ。気ぃ引き締めて行くぞ」

 

 利権と思惑が渦巻く嵐の中へ、彼らは巻き込まれてしまった。もはや戻ることは叶わない。

 孤児たちよ、前へ進め。命の華が散る前に。

 

 

 




次回
このい地で

2021/05/21 一部描写を修正
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