機械とヒトと。   作:千年 眠

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第四話 この赤い地で:上

 そのMSは異常だった。

 避弾経始を意識した結果なのか、極端に直線の少ない生物的なフォルム。

 わずかに露出したMSらしからぬ球体関節に、格闘家のように太い四肢。

 そして背面には展開した形態を真横から見れば、そう……アルファベットのVを九〇度傾けたかのような形状になると予想される用途不明の機構。

 それはまるで翼のように左右に配されており、折り畳まれた状態を横から見るとM字型に見えた。宙間戦闘用のAMBAC作動肢か何かだろうか? 

 しかしもし機構を展開しようものなら、右腰部装甲モジュール――そう、普通ならフレームが露出する腰である。驚くことにこの機体は関節部以外にフレームの露出が一切ない――のハードポイントから伸びる巨大なアンテナロッドと間違いなく干渉するだろう。はっきり言って不可解な設計だった。

 そして何より大きい。動力室へ納まっていた頃はそこまで巨大さを感じなかったが、バルバトスやグレイズと比べると、それこそ年の離れた兄弟のような体格差である。

 極めつけに喋る。勝手に。

 

「どうだ? おやっさん」

「どうって……データがねぇ。データがねぇからなんも出来ねぇ。なんなんだコレ」

『ASW-G-00 ガンダム・サタン』

「んなこた分かってるよ!」

 

 雪之丞はこの謎の機体にすっかり参っていた。多少データのあるバルバトスや造りのシンプルなグレイズならまだ悪あがきもできるかもしれないが、何もわからないとあってはどうしようもない。

 

「つっても動力代わりにしてたんだろ?」

「手動で胸の装甲ずらしてソケットにケーブル刺しただけだぞ? あとマルバの奴が売りてぇって言うから、ガラガラの中身に外注の複座コックピット突っ込んだくらいだ。まー、結局何やっても動かなかったけどな」

「手動?」

「クランク刺してグルグルっと」

「径合ったのか?」

「そらヘッド自作よ」

「すげー」

「あとこいつ手デカくて銃持てねぇ」

「マジかよ?」

「マジだよ」

 

 事態はかなり深刻だった。なぜ動かないのか分からないのではなく、なぜ動いているか分からないのだから。コンディションが全く分からないというのは、整備士からすれば一番怖いことだった。

 

「スラスターもそのタンクもどこにあるかわかんねぇし、どうしようもねーな」

『現在スラスターノズルは格納済み。よって、目視確認は不可能。補足:当機に熱相転移スラスターは搭載されていない。よって、非常用RCSを除いて推進剤の補給は不要である』

「は? おいおい滅多なこと言うな、エイハブ・スラスターの推力でできることなんざ姿勢制御が精々だ。推進力がまるで足りねぇだろ」

『否定。当機はエイハブ・スラスターのみで戦闘機動に必要十分な推進力を有している。補足:当機が虚偽を発言することは禁止されている』

「んなMS聞いた事ねぇ……」

 

 雪之丞はため息をついた。

 厄祭戦末期の技術力は一体どうなっていたのやら。人類も滅びかけたのも分かる気がした。

 そもそも、エイハブ・スラスターはエイハブ・リアクターから発生する一部の素粒子を噴射して推進力を得るものだ。

 発生する素粒子の量は空間相転移反応の大きさ、つまりリアクター出力に比例する。だが基地の電力全てを賄って余りあるバルバトスのツインリアクターシステムをもってしても、放出される素粒子など微々たるものだ。

 バルバトスの現在の重量は三〇tを切っている。その程度の軽量級MSにリアクター二基の大出力が加わっても、やはり姿勢制御が限界なのだ。

 かたや、やたら大きいとはいえまだ標準的なプロポーションの持ち主といえるサタンの重量はなんと約六四t。バルバトス二機分以上の大質量をエイハブ・スラスターだけで動かせると言っているのだ。

 それが本当ならどれだけの膂力をその身に宿しているのか。

 

「まぁあんだけ強かったんだ。こいつがいればギャラルホルン相手にも多少はやれるかもな」

 

 オルガの何気ない一言。返答は沈黙。

 どこからともなく転がってきたハロがサタンの手の平へ飛びついた。ハロは磁石のように数秒張り付き、やがて落ち、またどこかへ転がっていく。

 そしてサタンは、

 

『認識の齟齬が存在する』

 

 平坦な男の声でそう言った。

 いつもの調子だった。

 

『当機は貴官らの組織へ所属しない。当機の所属はカイエル財団及びギャラルホルンであり、民間人による運用は許可されない』

 

 これもまた、いつものように。

 当たり前のように。

 

「でも俺をパイロットって――」

『肯定。貴官は当機の臨時操縦士である。しかしそれは、当機が貴官らの組織へ所属し、運用される事由にはなりえない』

 

 それは宇宙に投げ出される感覚に似ていた。足のつかない無重量状態。スラスターを持たないヒトには何もできない。

 唾を飲み下す。

 

「じゃあ何であん時はお仲間に喧嘩売ってまで俺らを助けたんだ?」

『カイエル財団の指示が無い現状、オーダー001に基づき停戦命令を行うべきと判断。その後、命令無視により例外的措置として無力化作業を実行。補足:当機はギャラルホルン所属機である以前に、カイエル財団の所有物である。責任は全てカイエル財団に帰属する』

 

 血が熱くなっていた。熱い血は鼓動に乗り体をめぐり脳に達し、噴流は理性の装甲にぶち当たった。言葉が見つからなかった。熱を吐き出す方法がわからなかった。

 サタンをきっと睨むも、深緑のツインアイ型マルチセンサーアレイに光はない。

 

「……騙したのか?」

 

 かろうじて絞り出された声は毒に濡れていた。

 

『否定。当機が虚偽を発言することは禁止されている』

 

「おやっさん」

「おう」

「こいつは、売る。宇宙に上げる」

「……おう」

 

 何もかもが遠すぎた。何もかもがわからなかった。

 機械とヒトは相容れない。

 

 風化したコンクリートは軟質ゴムのソールに踏まれるたびコツとだけつぶやいた。次に踏まれた小汚いリノリウムの廊下はぎゅむとだけこぼした。サタンみたいには喋らなかった。

 

「遅せぇぞオルガ。お前待ちだ」

「悪ぃ」

 

 サタンの裏切りなど、あの怒りなど最初からなかったかのような態度でオルガは社長室へ入った。

 ビスケットとユージンとトドと、クーデリアとフミタン。全員いる。

 

「それじゃあ、今回の航路を改めて説明します」

 

 ビスケットが手元の端末を操作すると、それに呼応して壁に埋め込まれた大きなモニターが簡単な宙間地図を映す。

 

「まず低軌道ステーションまで上がり、案内役の船を待ちます。その後、静止軌道上でうちの船に乗り換え地球に向かいます」

「案内役というのは?」

 

 クーデリアの質問。

 

「通常地球への航路はすべてギャラルホルンの管理下にあります。けど今回の積荷はそのギャラルホルンに狙われているクーデリアさんなので……それらすべてにひっかからない、いわゆる裏ルートを行く必要があるんですが……航路は複雑で、俺たちも地球への旅は初めてです」

「その上この裏ルートには、民間業者間の縄張りってもんもある」

 

 オルガがそう付け足すと、何が面白かったのかトドの片頬に笑みが浮かび、

 

「案内役なら安心と実績のオルクス商会が一番だ。会長のオルクスさんとは昔馴染みだからな。俺はいつでも連絡取れるぜ?」

 

 絶妙にイラつく得意げな顔。

 一拍置いてユージンのため息。

 

「なあ……こんなヤツ本当に信用すんのか?」

「あっひっでぇなキミ! 仲間だろ仲間!」

「ケッ!」

 

 自分を売り込もうとすればするほど――本当に売り込もうとしているのかは定かではないが――トドはどつぼにはまり込んでいくようだった。

 残念だけど当然。

 

「なぁに、下手打ちゃどうなるか嫌ってほどわかってるさ。なあトド?」

「う、おっしゃる通りで新社長さん」

 

 首筋に突きつけられたオルガの恐喝にトドはひきつり気味の笑顔と揉み手で答える。このうさんくささと小物っぽさはもはや鉄板芸というか、トドの根っこの部分なのかもしれない。

 

「船はあるのですね?」

 

 フミタンの涼しい声がぬるくなりはじめた空気を再び引き締めて。

 

「はい。方舟にウィル・オー・ザ・ウィスプがあります」

「方舟……確か民間の共同宇宙港でしたね」

「はい。でもこの船を使うには、正式に我々の物にする必要があるんです」

「そっちの方は昭弘とデクスターに任せてある」

 

 ビスケットはオルガの補足にこくりと頷き、

 

MW(モビルワーカー)MS(モビルスーツ)の整備は、三日月と雪之丞さんたちが始めています。正式な出発日時は、そのオルクスとの交渉次第ですが……そうのんびりとはしてられないでしょうね」

 

 MS、と聞いてオルガの中で再び熱が生まれかける。しかしそれは先程の新鮮な怒りと違ってどこか苦く。

 

「そのMSなんだけどな」

「なに?」

「一機使えなくなった。サタンだ」

「マシントラブル?」

「いや、自分の所属はギャラルホルンだから俺たちに使われるつもりはねぇって言ってた」

 

 彼らの反応は二つに分かれた。

 まず、サタンの()()を知っていたもの。ビスケットとユージンがこれにあたる。二人は事の重大さを正しく理解し、表情を強ばらせた。

 そして、それを知らないもの。トドとクーデリアとフミタンがこちら側だった。彼らは常識にのっとり、オルガがおかしいのだと判断した。

 

 やはりこらえきれなくなったトドが腹を抱えて笑い出す。よっぽど面白かったのかたっぷり三〇秒は笑い続け、やがて息が追いつかなくなって派手な咳を三度鳴らして、そこでやっとオルガの殺人的な視線に気がついて黙り込んだ。

 

「あー社長さん、つまりどういう事で?」

「そのままの意味だ」

『肯定。ガンダムサタンの所属はカイエル財団及びギャラルホルンであり、民間人による運用は許可されない』

 

 男の低い声。それは椅子に座るトドの足元から聞こえて。

 

「うぉうっ!?」

 

 トドは脊髄反射的にソファから立ち上がり、声の主を蹴っ飛ばした。ボール型のそれは重い音を立てて一直線に壁面モニターに激突し、跳ね返り、テーブルへ着弾。急制動をかけてそこへ居座った。

 

 沈黙。

 妙な間が置かれてからオルガの咳払い。

 

「……説明がいるよな?」

 

 オルガの問いに誰もが頷く。

 

「……まずこいつは『当機は、ASW-G-00ガンダム・サタンと共通の人格データを有するパイロット総合支援ユニット『ハロ』』

「……で、こいつの『ASW-G-00ガンダムサタンは、パイロット:アグニカ・カイエルの自我データを基幹プログラムに使用した、自己学習・自己進化型AI/Cを搭載する試作型MSである。ガンダムサタンはギャラルホルン火星方面軍第一対MA師団第一MS大隊、及びカイエル財団技術開発部に所属する。よって、民間人による運用は許可されない』

 

 セリフを食い尽くされたオルガは黙るほかなく。

 フミタン・アドモスは眉一つ動かさず質問を飛ばす。

 

「ギャラルホルン所属とおっしゃるのでしたら、なぜここに?」

『現在位置より南方、アキダリア平原北方砂漠地帯における戦闘により機能停止。その後ASW-G-08ガンダム・バルバトスと共に民間軍事会社:CGSによりサルベージされたと推測される』

「機能を停止したのはどのくらい前ですか」

『三三八年三時間十四分六秒前と推測』

「推測の根拠は」

『制御中枢ユニット及び機体の活動停止時刻と現在時刻の比較』

「何との戦闘ですか」

『当該データは機密レベル:A+に指定されており、セキュリティクリアランスを持たない者への回答は不可能』

「どうすればそのデータを閲覧できますか」

『同等のセキュリティクリアランスを所持したカイエル財団職員による閲覧許可』

「分かりました。ではカイエル財団とは何ですか」

『カイエル財団、Kaieru foundation。U.C.0233年に設立された、あらゆる科学技術の保護、継承、研究を目的とする公益財団法人』

「では私たちに不利益をもたらす意思はありますか」

『否定。当機に義務及び事由なし。しかしガンダム・サタンが現在、民間軍事会社:CGSの私有地の一部を意図せず占有していることは事実である。補足:ガンダム・サタンは自己裁量による発言及びそれに伴う最低限のセンサー稼働、命令遂行のためのデータ通信を、ハロは自己裁量による完全自律行動を許可されており、それが意図せず貴官らの不利益となる可能性が存在する』

 

 ハロがそこまで答えたところで、フミタンはオルガを向いてこう言う。

 

「今のところ()()の発言と行動に矛盾はありません。問題はないでしょう」

「そ、そうか」

「ですが、将来的に我々に害が及ぶ可能性はあります。これの行動目的を明らかにすべきかと」

「……分かった」

 

 「分かった」その四文字にオルガは大変な労力を必要とした。恐ろしく気が滅入った。サタンなぞ「産業廃棄物」とでもスプレーしてさっさとデブリ帯に捨てるべきだ。きっとそれがいい。

 

 革命の乙女(クーデリア)に、元ギャラルホルン(クランク)に、喋るMS(サタン)。爆弾を三つも抱えたCGSの前途を想像し、オルガは頭を抱えたくなった。

 待て、クーデリア以外は全部サタン由来ではないか。そしてサタンを掘り起こしたのは前社長のマルバであるし、クーデリアの依頼を受けたのもマルバである。なんだ、全部マルバのせいじゃねぇか。

 

 サタンを掘り出したマルバの野郎はいつか絶対に殴ろう。オルガはささやかな決意を固め、少しだけ溜飲を下した。

 

 

 

第四話 このい地で:上

 

 

 

「さすがに部下達も皆死にそうな顔をしていたぞ」

 

 ガエリオのハスキーな声には暖色を感じた。マクギリスは頭の隅に湧いたそれを、悲しいほどに慣れた手つきで葬った。

 

「そうか」

 

 そして端末から目を離す。

 監査役に当てられたオフィス。二人のいる執務室は階級を体現するかのようにドアで区切られ、その壁は総ガラス張り。一段低い場所でデスクワークに勤しむ部下達の頭を見下ろせた。居眠りはすぐにバレるな、なんてガエリオは思った。

 

「お前のペースで働かされては体が持たないだろうな。優秀すぎる上官を持つと苦労するというやつだ」

「気をつけよう」

「ふっ。時間稼ぎのつもりだったんだろうが、コーラルのヤツ驚くだろうな」

 

 ガエリオはいたずらが成功した子供のように笑う。黙っていたら色男だったし、笑っていても色男だった。彼には人の心を暖める体温があった。

 そして紅茶を一口。香り、微妙。味、そこそこ。

 官給品にしては上々。潤った喉でまた喋る。

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインの殺害、か。密告のおかげで手間が省けたな」

「まだ明確な証拠はない。彼の証言が本当だったとしても、それだけではシラを切られるだけさ」

「限りなく黒に近いグレーは白になる?」

「ああ。いつもの事だ」

「面倒だな」

「面倒だ」

 

 ガラス張りの壁から下界をちらり。

 ここへの階段を赤い制服の男が上っていた。

 

「朝からご苦労だな、ファリド特務三佐。ボードウィン特務三佐」

 

 噂をすればなんとやら。マクギリスはひんやりした視線をコーラルへ飛ばした。

 

「おはようございます、コーラル本部長」

「作業の方はどうかね? いやぁすまんね、こちらの不手際でデータの整理がまるで間に合わず。あれでは目を通すのも一苦労だろう」

 

 コーラルはさもマクギリスを労わるように言ってみせる。

 ガエリオはきゅっと口を結んだ。あまりにあからさまで笑ってしまいそうになったから。

 マクギリスはふっと笑った。コーラルの罪状はもう分かりきっていたから。

 

「いえ、お預かりしていた資料の精査はほぼ終了しました。監査の結果ももうじきご報告出来るでしょう」

 

 マクギリスのその言葉にコーラルは目に見えて動揺した。本人は隠せているつもりらしいが、社交界を知るボードウィン家のガエリオや、同じくセブンスターズの一角を成すファリド家のマクギリスからすれば見抜くのは容易い。子供が自らの悪行を必死に隠そうとするかのような微笑ましさすら感じる。

 顔は完全にステレオタイプな悪人面だけど。

 どう贔屓目に見ても刈り上げ頭の中年だけど。

 

「それはよかった。ところで……何か不便はないかな?」

「不便?」

 

 その言葉だけで、二人はこの四六歳児が何をするつもりなのか簡単に想像できてしまった。この男、監査役に堂々と賄賂の相談ときた。

 

「滞在中入り用な物があれば、まあ些少だが何かの足しにでも……」

「それを出せばあなたを拘束しなければならなくなります」

 

 マクギリスは語気を強めて言った。妙に耳へ届く声だった。

 

「ご自重ください。コーラル・コンラッド本部長」

 

 とどめを刺されたコーラルは、その瞬間演技が完全に吹き飛んだ。退路を完全に閉ざされた彼は、それはそれは猛烈な勢いで思考を巡らせ、なんとかして笑顔の偽装を再び貼り付けて、

 

「あ、ああ……では執務があるのでな、これで失礼する」

 

 現場から逃走した。

 

 いなくなった後で、「意地が悪い」とだけガエリオがこぼした。マクギリスの紅茶は冷めきっていた。一口も飲まれていなかった。

 

 

 

§

 

 

 

「三〇mm砲弾、搬入終わりました」

 

 格納庫の喧騒に滑り込む男の声。それを聞いて雪之丞は整備の手を止めた。

 TK-53型MW(モビルワーカー)の宙間戦闘装備への換装はそれこそ目を瞑っていてもできるが、人との会話はそうもいかない。整備はやり直しも中断もきくが、会話は一回きりなのだから。

 

「おう、お疲れさん。後はクーラントだけ頼むぜ。そしたら次はバルバトスだ」

「はい」

 

 声の主――かつてクランク・ゼントと呼ばれていた男は、MSパイロットだった彼は、今や少年兵に混ざって物資運搬に従事している。仲間の仇たるギャラルホルン隊員の採用は、当初の想定に反して目立った反発はなかった。

 そう、目立った反発は。

 雪之丞の視線の先、冷却水の入った白いポリタンクをえっちらおっちら運んでくるクランクのすぐ後ろには数名の少年がいた。

 彼らはオリーブ色の弾薬箱を抱えてこちらへ来る。確か雪之丞の整備する機体より三つ手前、七番機の担当だった。

 そしてやはり七番機の傍らに弾薬箱を置こうと体の向きが変わり――箱の角がクランクの背に当たった。

 仕事を始めて数時間、クランクがこの手の小さな事故に遭うのはこれで一三回目である。偶然の類ではあるまい。

 参番組の人間は総じて仲間意識が強い。激痛の伴う阿頼耶識の手術に耐え、無意味に殴られ、戦闘になれば弾除けとして死地に突き落とされ、それでも共に生き残ってきたのだ。何人、何十人、何百人と仲間を失って、これ以上失うまいと必死になる。死んだ戦友の血で彼らは固着する。

 そこに突然入り込んできた異物がクランクだ。仲間を殺したギャラルホルンの隊員。たとえクランク本人が殺していなくとも、彼がギャラルホルンに所属していた事実が、年少組にそうさせる。オルガ・イツカが許しても、彼らは許さない。

 今はまだ可愛いものだ。しかし、こういうものは得てしてエスカレートする。しっかり見ておかねばなるまい。

 おっと、スラスターのメッシュホースが傷んでいる。これはもう欠品していたが、確か後期型のホースを流用できたような……。

 

「おやっさん」

 

 今度は左から若い声がする。

 

「三日月か。早ぇな」

「もう十一時だよ」

「ありゃ、もうか」

 

 バルバトスの整備予定時刻をいつの間にかオーバーしていた。クーラントの充填は後回しか。クランクはどこだと首を逆にひねってみれば、今まさにポリタンクを地面に置いた彼がいる。

 

「ひとまずコイツは一旦終わりだ。バルバトスに行こうや」

「はい」

 

 工具箱をつかんで外へ。

 

「さて、コイツは」

 

 MWと違って腕も脚もある。

 ナノラミネートアーマーは火砲の一切を受け付けず、動力源だって排気量二〇〇〇ccの水素ロータリーエンジンなどといったオモチャのような代物ではない。空間相転移を利用した準永久機関、エイハブリアクターだ。

 

「よし三日月、頼む」

「うん」

 

 わざわざ倉庫から引っ張ってきた昇降機に三日月を載せ、コックピットへ送り込む。

 乗り込む間にざっと外観を見てみたが、グレイズとはかなり毛色が違う。困難な道のりが嫌でも想像できてしまう。

 

「そういや肩の装甲ねぇんだったな……」

「MSには今も昔もユニバーサル規格が使われています。グレイズの装甲モジュールを流用できるかもしれません」

「ユニバーサルって……MWと同じなのかこいつら」

「もとよりMSもMWもギャラルホルンが開発した兵器ですから」

「なるほどな。そっちの方が都合がいいわけだ」

 

 バルバトスから駆動音が響きだす。小さく低い、ジェットエンジンの排気音にも似たそれは、リアクターが機体の最低稼働出力でアイドル状態を維持していることを証明する。

 

「コンソールの右下んとこにメンテナンスモードってとこあんだろ? そこ押してくれ!」

『メ……どこ?』

「いっちゃん右下の端っこだ! 三角んとこ!」

『あぁ、あった。またなんか出てきた』

「今度は下だ!」

『わかった』

 

 機体各所のメンテナンスハッチが次々に開く。各所の装甲が展開し、フレームを露出させながら、三〇〇年物の砂を滝のように流す。トリコロールが美しい機体はたちまち酸化鉄の赤茶色に汚染された。もうもうと立ちこめる砂煙。

 これはひどい。砂なぞ戦闘で落ちただろうと高をくくっていたが、やはり複雑怪奇な人型機動兵器はそう単純ではない。

 

「……待てよ」

「はい?」

「コイツ、どっかで見たような……」

 

 ひとつ、雪之丞は思い出した。

 クーデターの際にここを出ていった男のことだ。名前は確かスタン。彼がジャンク屋から買ってきた古い記憶媒体に、今のバルバトスのような姿のMSが映る画像データがあった。

 少しづつ記憶を掘り起こす。崩れないように。

 

 確か見たのは九月の初め、ざっと二ヶ月前。たまたま食堂で誰か一緒になって――ああそうだ。ジャスパーだ。変人ジャスパー。彼がスタンと一緒に記憶媒体のデータをサルベージしているのだと、うっかり雪之丞へ漏らしたのだ。あのスタンがジャスパーとつるむとは珍しいじゃないかと思い、興味本位で画像を覗いたのを覚えている。

 そしてジャスパーは先の襲撃で死に、スタンはスタンで会社を出ていって、今はどこにいるのか想像も――違う。違う。あの画像はバルバトスに似てるんじゃない。あれはむしろ。

 

「遺品だ」

「……はい?」

「遺品だよ! 襲撃で死んだ奴の遺品、まだ残ってるよな!?」

「え、えぇ。親族のいない職員の遺品はまだ保管されていると聞いていますが……ですが、なぜです?」

「ちょっと待ってろ! すぐ戻る!」

 

 記憶の歯車が急激に動き出すのを感じる。パターンが見えてくる。降って湧いた高揚感に突き動かされ雪之丞は走る。ガタのきた義足がガチャガチャ鳴るがそんなもんは知ったこっちゃない。

 MW格納庫を抜け、兵舎を通り、倉庫を通り、たどり着いたのは社長室。

 

「社長いるか!」

「なんだ? なんか事故でもあったのか?」

 

 尋常でない雪之丞の様子に、オルガはにわかにうろたえた。息を切らした雪之丞は膝に手をついたまま、

 

「壱番組の……ジャスパーって……奴が、いただろ。そいつの遺品が見てぇんだ」

「遺品って……なんでだよ?」

「俺たちのMS……バルバトスについて何かわかるかもしれねぇ。アイツの持ってた記憶媒体にデータがある」

 

 異様な雰囲気をまとって走ってきたと思えば、名前も覚えちゃいない職員の遺品を見せろと迫る。オルガに雪之丞の不審な様子の正体はつかめない。

 

「壱番組の遺品なら第三倉庫だ。おやっさんならやんねぇだろうがパクッたりすんなよ?」

「おう。恩に着るぜ!」

 

 オルガの返事を聞くか聞かないかという内に、雪之丞の足は第三倉庫へたどり着いていた。部屋の中には持ち主の名前が書かれた箱が無造作に山積みにされ、頭文字ごとに大まかに分けられている。

 

「J、J……ジャック……ジャスパー。これか」

 

 上の箱をどかして目当てのそれを床に降ろす。留め具を外せば中には機械、機械、機械。記憶媒体らしき分厚い銀色の箱が一番上に積まれていた。

 直線だけで構成された電源マークのような奇妙な意匠が上面に施されていることを除けば、パソコンなりタブレット端末なりに内蔵されている類のものに見える。雪之丞は金塊でも持ち上げるような心持ちでそれを手にした。

 しまった。読み取り装置がない。タブレットはバルバトスの真ん前に置きっぱなしだし、携帯端末は事務所に忘れてきた。

 

 ノックの音がして振り返る。

 

「誰だ?」

 

 返事はない。ノックの音は相変わらず聞こえ続けている。ドアを開けるが、扉の前にも廊下にも、人はどこにもいやしない。

 またノック。ありえない。ドアは開いている。ならどこから? 脇の下に冷たいものが流れる。ホラー映画じゃあるまいし、音の正体は何だ。

 無数に置かれた遺品ボックス、部屋の奥の隅に隠れるようにあったそれが、ノックに合わせて振動している。それに名前は刻まれていない。あるのは「廃棄」の文字だけ。

 雪之丞は覚悟を決めた。記憶媒体片手に、若干引けた腰を無理やり引きずって、箱を開ける。

 

 緑色のボールと目が合った。いや、比喩ではなく。紫色のつぶらな瞳と。

 

「……ハロ?」

『肯定』

 

 ガラクタに埋まったハロだった。サタンと共に現れた謎の機械がそこにいた。

 

「お前、なんだってこんなとこにいんだ?」

『二時間五四分一秒前、当該容器へ収容された。要請:拘束解除』

 

 見なかったことにして蓋を閉じるのが正しいのだろう。

 

「お前を放して何か得すんならな」

 

 高揚の余熱に任せて余計な一言を漏らしていなければ、正しい選択ができただろう。

 

『ガンダム・サタン及びハロには、カイエル財団が保有する機密レベル:C+までの全データを開示する権限を保持する』

「ほー。どんなデータがあるってんだ?」

『例:エイハブ・リアクターの全製造法及び全設計図、全関連論文、全関連理論、全実験記録』

「はぁぁっ!?」

 

 雪之丞は鶏の首を絞めたような情けない悲鳴を上げ、半分ボタンをぶっ叩くように慌てて倉庫の扉を閉めた。

 

「お前……どっかに漏らしてねぇだろうな。そんなモンが流れたら世の中がどうなるかわかんねぇぞ!」

『肯定。宇宙世紀〇九九八年一一月二日現在、データ開示が行われた記録は存在せず』

 

 実体のないノックを聞いた時とは比べ物にならない冷や汗をかきつつ、雪之丞はへろへろと床に崩れ落ちた。心臓が爆発寸前に脈打っている。間違いなく二〇年は寿命が縮んだ。

 

「それ絶対流すなよ。そんなデータ……下手すりゃ、いや下手しなくても戦争になるぜ?」

『了解。推測:貴官は当機に要求が存在する』

 

 たった今原理不明の跳躍をかまして箱から出たソレは、不意に本題をついてみせた。

 

「要求ったって……」

『推測:貴官の所持する記憶媒体の読み取り、及びガンダムサタンが保持する機密データの開示』

 

 俺そんなにわかりやすいか? 心に浮かんだこれも()()されてたりしないだろうな。

 

「できんのか?」

『肯定。しかし、要求が存在する』

「なんだ」

『貴官らは強襲装甲艦を用い、ガンダム・サタンを輸送予定であると認識している。要求:当機を当該艦艇へ同乗させる』

 

 スタンとジャスパーの置き土産は、雪之丞にとってはもはや取るに足らないものへ成り下がっていた。

 好奇の狂熱。その対象はとっくに、サタンとハロへすり替わっていた。

 要求を呑み、ウィル・オー・ザ・ウィスプへ無断でこれを乗せれば、雪之丞の首は飛ぶだろう。

 しかし露見さえしなければ、これは甘露になりうる。戦前のロストテクノロジーがCGSのものになるのだ。エイハブ・リアクターの情報は危険すぎるにしても、使える技術はごまんと見つかるに違いない。

 そう狂ったようにまくしたててくる思考を黙らせる。

 目の前の餌へ飛びついてはいけない。そんな好条件を出してくるからには裏があるに決まっている。

 

「船に乗って何する気だ」

『ガンダム・サタン及びハロは現在、統合戦略ネットワークへのアクセスに失敗しており、現状況の把握が不十分である。よって、カイエル財団及びギャラルホルンへのコンタクトを望んでいる。そのためには宇宙ないし地球圏への輸送手段が必要不可欠である』

「ギャラルホルンだと? 俺らはそいつらに狙われてんだぞ?」

『肯定。しかし、クーデリア・藍那・バーンスタインがアーブラウ中央議会へ出席した時点で、情報の隠蔽は不可能となる。貴官らを殺害する意義は消滅する』

「そうは言ってもよ……」

 

 形だけになって雪之丞の口から繰り出される否定の文言は、もはや意味をなしてなどいなかった。それは自らを弁護するものに近く、餌に繋がった針も糸も見えてなお、彼の心は餌に食いつけとしきりに囁く。

 

 例えるならその餌は知恵の実で、ハロはサタンの使いの蛇で、雪之丞はアダムとイブだろうか。口にしたが最後、ヒトはもろい砂上の楽園を追放されるだろう。他ならぬ、ヒトの備える好奇によって。

 

 しかし、それは愚かなことなのだろうか?




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