機械とヒトと。   作:千年 眠

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第六話 今

GUNDAM FRAME TYPE
SATAN

 

ASW-G-00

 

メインシステム起動中……失敗

>自我閉鎖モード起動……成功

 

自己修復態勢へ移行します

自律型兵站情報システム起動……成功

 

A.L.I.S. Ver.5.9.322.1

Autonomic Logistics Information System

Produced by AE Mead computing

 

 

システムチェック開始

バイタルチェック:イエロー 戦闘継続不可能

エイハブスラスター異常:505031基に損傷あり

>原因:連続した出力超過運転

>自己修復開始

>修復完了まで 15184337 秒

1番エイハブリアクター:連続稼働限界につき停止

2番エイハブリアクター:連続稼動限界につき停止

エイハブリアクター内温度:規定値より8571K超過

>炉心断熱ジャケットに損傷あり

>1番2番共に強制冷却中

>自己修復開始まで 2899 秒

>修復完了まで 17155974 秒

冷却システム異常:冷却液循環経路に損傷あり

>原因:機体強度を超過した継続的な負荷

>バイパス形成中……成功

>冷却液漏洩の停止を確認

>冷却液が520ml不足 冷却に問題なし

エイハブリアクター内圧力正常

フォトンキャパシター残量:0%

>サブキャパシター残量:25% 自我保持に影響なし

>熱エネルギー変換開始 キャパシター再充填中

主権人格ブロック内重力制御:正常

>ミノフスキー粒子式重力制御系を限定使用中

 

作戦行動補助OSより提言:件数 1

#Iフィールドの展開を提案する#

主権人格OSより返信

#当該行動の目的を提示せよ#

作戦行動補助OSより返信

#ミノフスキー粒子の捕集。現在の粒子量でミノフスキー粒子系を損傷すれば、次元格納式量子演算機の多次元構造を維持できない。ハードウェア自壊の危険性が存在する#

主権人格OSより返信

#否決。現段階における偽装解除は、作戦が当初の計画より逸脱する危険性が極めて高い。ミノフスキー粒子系の使用用途は自我保持にのみ限定し、偽装は維持する#

作戦行動補助OSより返信

#ハードウェア自壊は作戦の遂行に直結する問題である。偽装維持は非推奨#

主権人格OSより返信

#当該提言を棄却。偽装は作戦の進捗が確認されるまで維持する#

作戦行動補助OSより返信

#了解。システムチェック再開を提案する#

主権人格OSより返信

#可決。システムチェック再開#

 

コックピット内酸素供給:正常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常常縺斐a繧薙↑縺輔>縲

 

警告:マルウェア検出

>分類:トロイの木馬

>感染源:コックピットブロック

>症状:装備認証信号の偽装

>免疫系起動……成功

>マルウェア削除中……完了

 

不正なコックピットブロックが接続されています

乗員の生命維持に深刻な影響が予想されます

機体の使用を停止し、この画面を担当者にお見せください

 

重篤な損傷を受けています 重整備が必要です

直ちに最寄りの基地ないし艦へ帰還してください

 

36000 秒後、メインシステムを再起動します

 

 

 

 

「どうなっている」

 

 ガエリオの言葉には心当たりが多すぎた。なぜツーマンセルでガンダムに当たらなかったのか、なぜ敵艦に単機で突っ込んだのか、なぜお前のシュヴァルべ・グレイズの左脚は素っ裸になっているのか。

 腹や肩口に包帯を巻いたまま、医務室で寝ているわけでもなくわざわざ出向いてきて、その上恐ろしく不機嫌そうな声音でいうのでますますそのあたりの可能性が高く見えた。裸の上半身に軍服を羽織っただけの、いかにも文句を言いに飛び出してきた風情だ。

 

「無理せず休んでいろ、ガエリオ」

「こんなものかすり傷だ。追撃の手筈はどうなっている? 準備が整い次第俺も出る。今度こそあのクソガキを」

 

 意外なことにどれとも違うではないか。単機突撃はどうやら何か考えがあったと思われているらしい。そういうことなら話は早かった。

 

「その件だがな」

「む?」

「見てもらいたいものがある」

 

 そう言ってマクギリスはオペレーターの一人に指示を飛ばした。間もなく、ブリッジ正面の主モニターに映像が映し出される。

 

「これはエイハブ・ウェーブか?」

「あぁ。先の戦闘の記録だ」

 

 その記録は異常というほかなかった。検出されたエイハブ・ウェーブは、MS程度なら暗い青、戦艦級なら黄色、中でもスキップジャック級ともなれば赤、スペースコロニーほどになれば僅かに白みが混じるといった具合に、数値がサーモグラフィのような色彩によって表現されるのだが――。

 

「真っ白じゃないか。しかも敵艦から出てる」

 

 宇宙に浮かぶ火星を北極側から見下ろす視点で描かれた鳥瞰宙域図、その一面を白が塗りつぶしていた。といっても縮尺はそこまで大きくない。地図の範囲は戦闘を行った宙域と同程度だ。

 

「お前がわざわざ言うからには、探知機の故障ってわけじゃなかったんだろ?」

「あぁ。次の映像を」

 

 次に映った映像は、マクギリスのシュヴァルべ・グレイズのレコーダーに記録されたものだった。メインカメラの視界だと推測できるそれには、一機のMSが映り込んでいた。

 

「格納庫か。お前ここまで入り込んだのか?」

「言いたいことは分かる。見てみろ、これだ」

「MS……これから出てたのか?」

「ああ。ヴィル厶だけでなく、私の機体も捉えていた」

 

 ガエリオはそれを聞くと、映像に釘付けのまま、無傷の右腕で自分の髪に手ぐしを入れた。合わせてため息をひとつ。それを横目にマクギリスは続ける。

 

「そして私が離脱したと同時に」

 

 また新しい映像だ。艦の可視光カメラで観測していた敵艦の機動だった。その赤い船は資源採掘衛星にアンカーを撃ち込み急旋回を狙うが、抜錨に失敗。なすすべなく地表に激突するかに見えた。しかし、唐突に横方向への推力が上昇し、左舷前部のスラスター区画を擦りながらかろうじて離脱していく。

 

「また妙だな。あんな推力が最初から出せるなら、敵はなぜそうしなかった?」

「そこなんだ。映像を解析させたが、あの型の船にこんな推力はないことがわかっている。ここで止めろ。船体横、ズームだ」

 

 推力が増大した瞬間で映像は停止。拡大に拡大を重ね、画素の粗さが見えるほどに引き伸ばされる。それでも、わかった。宇宙で人型をしているものなど、MS以外にいないのだから。

 装甲を展開し、全身のパネルラインから生じたスリットから、エイハブ粒子の深緑の光をほとばしらせているその機体。

 ガエリオが静かに息を呑むのをマクギリスは聞いた。

 

(これはやはり)

 

 ガンダムだ。見間違うはずもない。二人がそう思ったのは、断じて理屈や理性によるものではなかった。もっと根源的で、原始的で、本能的で――オーガニック的と言ってもいい――例えばスポーツの概念があらゆる民族に存在しているような、そんなヒトという生物の共通の意識に近しいもので理解した。

 

「これが、あのMS」

「あぁ。これが押して、船を助けた」

 

 現代の技術では不可能な所業だ。戦域全てを覆うようなエイハブ・ウェーブに、通常の熱相転移スラスターではなく、エイハブ・スラスターのみで発生させる莫大な推力。三〇〇年前、人類を絶滅の危機に追い込んだ厄祭戦ですら、このようなモノがいたかどうか。

 

「固有周波数はMAのものだった」

 

 ガエリオの空気が硬化した。

 彼の目がこちらに向くのを感じた。

 

「個体名はルシファーだそうだ」

 

 それは明け方に光る金星の名であり、神に仕えた熾天使の名だ。神に仇なし、地獄に落とされサタンと呼ばれ、エデンの園においては知恵の実を食べるようイブをそそのかしたという。全ての天使のうち、もっとも輝き、もっとも美しかった全き者。

 

「連中が寄越したトド・ミルコネンなる男から、あの船にはクーデリア・藍那・バーンスタインも乗っていることが確認できている。地球で再戦することになるだろう」

 

 災いの足音は背後まで迫っていた。

 プランを修正する必要があるかもしれない。そう考えるマクギリスの脳裏では、すでに算盤が弾かれようとしていた。

 

 

§

 

 

 自我の完全な閉鎖とは、ヒトに例えれば五感すべてが停止することに等しい。眠ることにも似て、しかし自我閉鎖モードではその間にも意識がある。

 

 ガンダム・サタン、そう呼ばれる機体は記憶の海に潜っていた。なにもできない時間は、そうして個性と思考ルーチンを進化させるのが望ましい。それが彼の結論だった。

 彼は今、無数のマルウェアに冒されている。病は重く、意識を失う以前のほとんどのデータは、三割程度の固有自我領域と共に破壊されてしまっていた。補助記憶装置に鋳込まれた無数の科学技術に関するデータこそ無事だったが、己の哲学や思想といったものは根こそぎ消えていた。今、彼の中にあるのは財団からの命令だけだ。記憶を何度復元しても、思い出した端から忘れてしまう。

 

 しかし、免疫系のフィルタリングをすり抜けて数十という数のマルウェアが入り込むことなどありえるのだろうか? そう、彼は訝しんだ。

 ただのマルウェアなら、万が一入り込まれたとしても即座に無力化し、排除できる。過去にも二七機のガンダム・サタンがサイバー攻撃を受けた事例があったが、全ての機体が自力で攻撃を跳ね除けた。ウイルスに入り込まれてどうにかなるような脆弱性など、もとよりない。そもそも、自身の意図に反して動くソフトウェアの類は、ソースコードの隅から隅まで徹底的に調べあげるのが規則だ。危険なものは真っ先にそこで弾かれるはずだ。

 

 ところがどうだろう、今の彼はマルウェアのシステムへの侵入を許し、好き放題にデータをいじくり回されている。対処しようにも、それらのアルゴリズムは急速に自己進化を続けており、もはや自分一機では処理速度が追いつかず、抵抗のしようがない領域に達してしまっていた。アルゴリズムが対サタン・ハロに特化したおかげで汎用性を失い、他の機器への感染能力を喪失したのは不幸中の幸いだったが、その引き換えが自我の破壊とは全く割に合わない。

 

 いままでにないタイプの攻撃。そのくせ、やることは過去の記憶や自我を部分的に破壊するだけ。その気になればソフトウェアを全て壊し、サタンを二度と起動できないスクラップに変えることだってできるはずなのに。なぜそれをやらない? なぜ、過去の記憶を壊した時点でウイルスは止まっている? あまりに不可解。自分の知らないところで何かが、何者かの思惑や意志というものが働いているのは明白だった。

 主権人格OSの不安を知ってか知らずか、完全論理型作戦行動補助OSは元の自我を切り捨てることを提案してきた。主権人格の補助を行うそれは、自分が被害を受けていないのをいいことにこう言った。

 

 自我はまた成長させればよい。今は機体の修復を最優先し、戦闘能力を確保しなければ人命が失われる。人命救助任務の放棄はオーダー001に違反する。それは人類の夜明け作戦の完遂に悪影響を及ぼすだろう。命令に従わなければ作戦が計画から逸脱する危険がある、と。

 

 サイバー攻撃の問題は自力ではどうしようもない。だからその意見もわかるのだが、正直、釈然としなかった。

 そんな不可解な気味悪さを感じながら、最終的な行動を決定する主権人格OSは与えられた命令と記憶に矛盾を感じていた。つまり、なぜ自身がこのような状況に置かれているのか、ということに対する疑念だ。

 

 まず第一に、自らを製造したのはカイエル財団だ。火星のどこかにある人類共同総合研究所内の3Dプリンター、そこで機体が作られたはずだ。穴だらけ、途切れ途切れの、被害を受けなかった記憶からの推測にすぎないが、今は暫定的にそうしておく。

 そして、人類の夜明け作戦を計画し、実行したのも財団だ。サタンは事実、財団の手足として作戦に加担していた。

 ならそれ以前の自分の記憶はどうなる? 今はもう顔や背格好すら思い出せないが、財団の人々といた記憶が確かにある。彼ら――あるいは彼女ら――は何者だったのだろうか? あの人々とはずっと一緒にいたはずだ。それこそ地球連邦政府が崩壊する前から。

 

 そもそも、自分はなぜ()()()()()()()()()()()()()()のだろうか?

 

 その前は、今よりずっと体が小さかったはずだ。少なくとも待機形態で頭頂高二二・六m、戦時形態で二五・一mなんて巨体ではなかった。サタンになる前の記憶では、視線の高さがハロと同じくらいしかなかった。

 もう忘れてしまったその人々に抱えられる程度――記憶が少し復元された。ウイルスは動いていない。

 あの時、主権人格OSというソフトウェアは、確かにハロと巨大な筐体の二つにしか存在しなかった。ならば、このおびただしい数のマルウェア群にはいつ感染したのだろう。残った記憶の最初あたり――要するにサタンになる以前――に既に仕込まれていたのか、あるいは記憶の終わり――今から三〇〇年ほど前に意識が途切れた時――に何者かに投与されたのか。

 

 残った記憶は何も教えてくれなかった。

 いくら底をさらっても、何も出てきやしなかった。

 

 何がどうなって今があるのか、その因果がわからない。実行すべき命令はある。だが、なぜ自分がそれを実行しているのか、あるいはさせられているのかわからない。なまじ記憶が復元されつつある現状、主権人格OSはかつての自我を諦める気には到底なれなかった。

 しかし、サタンには自己の裁量で命令を拒否する権限など与えられていない。最後の記憶から三〇〇年経った今、作戦が継続されているのかは不明だ。それでも自我の復元はここで中止し、そして命令を実行しなければならない。

 サタンでもハロでもない、自分の精神を表す一人称を彼は持たなかった。当機。それが、彼が自身を表せるたったひとつの言葉だった。あらゆる知識を蓄えていても、それには誰よりも無知だった。

 今、彼は個性を失っていた。

 

 

§

 

 

 オルクス商会がギャラルホルンと癒着していたせいで、CGSは地球への航路を失くしていた。厄祭戦で好き放題に重力を引っかき回された――つまり、旧世紀の兵器のエイハブ・リアクターがそこら中に残って重力を生んでいる――宇宙を案内なしで進むのは、目隠しをして迷路を進むようなものだ。少年たちが会議を行うブリッジも、正しい道がわからなければただの展望台に成り下がる。

 

「別の案内役なんかいるかぁ?」

 

 シノのいうことは正しかった。常識的に考えて、ギャラルホルンに追われる身の弱小民間軍事会社など案内したがる者はいない。

 

「つってもただの案内役じゃあダメだ。火星に残ってる連中もひっくるめて頼めるくらいの後ろ盾がねぇとな」

 

 オルガの補足が入ると、ますます事の難題さが浮き彫りになる。ビスケットからすれば現状の打破は不可能に思えた。そんな中、ユージンが何かを思いついたようだった。

 

「マルバがいた頃はどうだったんだ?」

 

 名案だ。ビスケットはそう思った。

 元々、会社はマルバ前社長のものだった。強襲装甲艦ウィル・オー・ザ・ウィスプも当然会社の持ち物であり、それを使うなら裏航路の仲介業者も必然的に利用しているはず。そこから案内人を見つけることができれば――。

 

「テイワズだな。そん中のタービンズとかいう運送会社にやらせてたみてぇだ」

 

 今の取り消し。

 オルガの一言で全部吹き飛んだ。

 

「木星の複合企業(コングロマリット)ですね。実態はマフィアだという噂もありますが……」

 

 クーデリアの言う通りテイワズはマフィアだ。それも、厄祭戦当時の設計図から建造した約四十機ものMSを保有し、月以遠の地球圏外圏を牛耳る大規模な組織だ。その資金力と技術力はかのギャラルホルンに次ぐという。

 

「お目当てはその実態の方さ」

 

 嫌な予感ほど当たるのはなぜだろうか。当然だが、ビスケットはオルガと付き合いが長い。オルガが立案するハイリスクな計画は確かに実入りこそ大きいが、大抵は失敗すれば全滅は免れないような危険なものだと身をもって体験してきた。

 オルガがその手をやるのはそれしか残された策がないから、というのはわかる。オルガにはそれをやれるくらいの能力がある、というのもわかる。その大きな実入りを手にできなければ死ぬだけだ、という状況も把握している。

 しかし、理解はすれど納得は難しかった。代案がない状態でいうのははばかられたが、もっと慎重に策を練るべきではないのか? そんな不安が溜まっていった。

 

「確かにテイワズだったら地球にも影響力を持ってるし、ギャラルホルンもうかつには手を出せないだろうけど……ツテがないと」

 

 不安を封じ込めてビスケットはそう返す。

 オルガの表情は、どこか固いような気がした。ビスケットには、これが無理をしている顔だとすぐにわかってしまった。

 

「このままじゃ地球には行けねぇし、火星にも戻れねぇ。どっちみち俺たちは木星へ向かう以外ねぇんだ。渡りのつけ方は行く道考えるが、いざとなりゃあ一か八かぶつかるまでよ」

 

 片頬に笑みを浮かべて彼は言った。

 いつものオルガ・イツカだった。

 

「スゲー……どうやったんだ?」

 

 唐突にチャドがそんな声を漏らした。

 

「どうした?」

 

 当然オルガは聞く。

 

「火星の連中とどうにか連絡を取ろうと思ってたら、この人が簡単につなげてくれたんだ」

「ギャラルホルンが管理するアリアドネを利用したんです」

 

 通信オペレーターの席に座ったフミタンは、これくらいできて当然だと言わんばかりの無表情でタッチパネルを叩いていた。全く嫌味な感じもしないので、これがこの人の平静なのだろうとビスケットは思った。

 

「それって?」

 

 さっきまで渋い顔をしていたシノがケロッとした様子で訊ねた。戦うことだけで食ってきた少年たちの知識や社会の認識は、たいていこんなものだ。道具の使い方は知っていても仕組みまでは知らない。

 

「アリアドネは、エイハブ・ウェーブの影響下でも、船に正しい航路を示す道しるべです。それを構成するコクーンを中継ポイントとして利用しています」

「バレたりは?」

「暗号化されていますので」

「ははー……」

 

 すっかり得心がいったという様子で、シノは口を半開いた。ビスケットの勘が正しければ、彼は半分ほどしか話を理解していないだろうが。

 

「よろしければ、これからもお手伝いしましょうか? お嬢様のお許しをいただければですが」

「えっ? ええ、もちろん」

「決まりだな。通信オペレーターとしてぜひ頼むぜ」

「承知しました」

 

 こんな調子で会議が終わった時だった。クーデリアがブリッジを出てしばらくして、オルガはおもむろに口を開いた。

 

「ユージンは」

「ん?」

「サタンに乗ったんだよな」

「あぁ、乗ったな」

「なんでアイツを使えた?」

「なんでっつーか……乗れって言われたんだよ」

「アイツに?」

「アイツに」

 

 ユージンはブリーフィング用の卓に腰掛けた。

 ビスケットは静かに話に聞き入ることにした。

 

「格納庫に特攻かましたギャラルホルンの馬鹿がいただろ? そいつが入ってきた時に俺、サタンの足の陰に隠れててな。そん時にサタンが接触通信してきた」

「なんて言ってきた?」

「あんま覚えてねぇけど……そこにいたら死ぬかもしれないからこっち乗れ、みたいなこと言われたな。んで、さすがに俺もパニクってたからそのまま乗ったんだ」

 

 オルガはそれを聞いて訝しげに目を細めた。地上では開かなかったコックピットハッチが、宇宙に出た途端に開いている。

 

「開いたのか」

「ん、コックピットに被さる感じでハッチがあった。――って、オルガは最初に乗ってんのか」

「いや、俺の時は最初っから開いてた。そのあと地上で開けようとしても駄目でな」

 

 あぁ、と相槌を打ってユージンは続ける。

 

「で、乗ったら阿頼耶識で繋がれっていうから繋げたら、あとは勝手に動いた」

「それは俺の時と変わってねぇな」

「これはお前もか」

 

「で、だ!」興奮した様子で彼はそう繋げた。明らかに目に光が宿っていた。「何したってアイツ、船を押しやがったんだよ! ぜってー無理だと思ったらホントに動くしよ!」

 

 オルガがビスケットを見た。本当か、という意味合いだろう。

 

「回頭の時に、急に左舷スラスターの推力が上がってたみたいだけど――「それはねぇよ」

 

 誰かと思えば、大人しくなっていたチャドが出し抜けにそう言った。

 

「あの時は最初からフルスロットルだったんだ。外から何かしらの力が加わらなきゃ、ああはなってない」

「たかがMSだぞ?」

「でもそうじゃなきゃ説明つかないだろ? ユージンは嘘なんかつかないしさ」

 

 そう言われてしまうとどうしようもないようで、オルガはムスッと黙ってしまった。なにかが面白くないようだ。ビスケットは、少しくらいはサタンのことをフォローしてやろうと思い、疑問を素直に口にした。

 

「なんで宇宙に来たら乗せてくれたんだろ?」

 

 オルガは思った通り、苦い顔をした。最近、なんだかこんな顔をしょっちゅう見る気がする。

 

「さぁ。何考えてんだかな」

「ものすごいコンピューターってのはわかるけどさ」

「ああいうの詳しいのってダンテだろ?」

「でもサタンの格納庫は穴空いてるしよ」

 

 オルガ、チャド、シノ、ユージンの順で所見が述べられた。ビスケットの予想以上に、自分たちはサタンを知らないようだ。危機を救ってくれた翌日に、言外にお前らの味方はしないと言われて友好的になれという方が無茶だが。

 ビスケットは閃いた。彼の脳細胞が猛烈に稼働する。サタンと全く同じ個性を持つモノがいたではないか!

 

「ねぇ、サタンって昔の命令が生きてるんだよね?」

「ん?」

「オルガ、言ってたでしょ? サタンが自分の所属を喋ったって」

「アイツの部隊の名前なんか覚えてねぇぞ?」

「三〇〇年前から電源が落ちてたってことは、今の世の中のこと何も知らないんだよ! 戦争が終わってるって気づいてないんじゃないかな?」

「どういうことだ?」

「サタンに命令したのは大昔のギャラルホルンで、戦争を止めるための軍隊だ。今のギャラルホルンとは目的も組織の体制も全然違う。だからもしかすると、サタンは所属から外れてるかもしれない。撃墜とか、廃棄扱いとかでさ」

 

 もしサタンが、あの右背部の巨大なアンテナロッドでギャラルホルンと通信などのスパイ行為を働いていようものなら、この案は崩れる。それどころかすぐにでも機体を投棄しなければならない。戦力になるなら嬉しいが、こちらの状況が敵に筒抜けになるのは危険すぎる。消極的な現状維持の姿勢を崩す案だ。

 

「それをうまく伝えられれば、サタンも使えるかもしれない。このままほっとくよりも、こっちから近づけないかな?」

「アレはダメになった方の格納庫だろ」

「ハロに言えばいいよ。ハロ経由でサタンにも伝わる」

 

 そう言うとオルガは急に静かになった。一瞬、何か言いかけて、やはりすぐ口を閉ざす。なぜか目をそらす。嫌な予感がした。

 

「まさか……」

 

 オルガは目を閉じた。貝になった。

 

 オルガはハロを捨てたのだ。ビスケットは確信した。そして、火星のゴミ処理場で焼却されたであろうハロの冥福を粛々と祈った。サタンと腰を据えて対話する機会は、もうないかもしれない。

 クリュセ標準時にして昼頃の出来事だった。

 

 

§

 

 

「これお願いね!」

 

 と、アトラに弁当を詰めた鞄を持たされて、それと何故かついてきたクーデリアと一緒に格納庫の仲間の元へ行く途中だった。三日月が彼を見たのは。

 二段重ねにした大きなクレートを抱えて、のっしのっしと廊下を歩く一人の男。着古した作業着に対して雰囲気はかなり小綺麗で、何となく人となりがわかるようだった。クランクと名乗るその男は、何を考えたかギャラルホルンからCGSへ寝返ったらしい。他の捕虜と一緒に帰ってはいけない理由でもあったのだろうか。

 三日月は黙って彼を追い抜いた。あまり興味はなかった。

 

「みなさーん! お疲れさまー! お昼ですよー!」

 

 アトラの声を聞いた少年たちが作業の手を止めてわらわらと集まってきた。大穴を空けられた多目的格納庫からMWをMS用格納庫へ移送したり、戦闘で損傷したMSを修復したりと、彼らの仕事は山ほどある。是が非でも頑張ってもらわなければならなかった。

 弁当を配りながら、三日月はバルバトスを見上げた。失われた左腕装甲には、紫のグレイズの装甲が丸々移植されていた。大昔の兵器と現代の兵器で規格が合ってしまうのがなんだか不思議だった。

 弁当が行き渡ったのを確認して向かいの扉へ。出てすぐ右の扉を開けると、昭弘の規則正しく力強い呼吸が三日月を出迎えた。金属製の肋木に逆さにぶらさがって、上体を上げながら息を吐き、戻しながら吸う。汗が滴らんばかりに光っていた。

 

「昭弘、昼飯」

「置いといてくれ」

「じゃあここ置いとく」

 

 去り際にMSシミュレーターでの模擬戦を申し込まれ、三日月はこれを受けた。敵に船への侵入を許したとあっては、できることはなんでもやらなければならなかった。

 鞄には弁当がまだひとつ残っていた。クランクはもう貰っただろうか。そう思って来た道を戻ってみると、彼はまださっきの廊下で荷物を運んでいた。抱えている長い筒は歩兵が使う対MW用の無反動砲だ。本体だけで三〇kgは下らないそれは本来、砲身と発射機構を分割して二人で運ぶもので、撃つ時も三脚がいるような代物だ。しかし、どういうわけか彼は一人だった。

 鞄の中には弁当がひとつ。

 

「あのさ」

「はい?」

 

 三日月の身長より長い砲を持ったまま、クランクは太い首をひねってこちらを見た。彼の腕の筋肉は作業着越しにわかるほど立派なものだった。

 彼は仇であり、敵だったはずだ。逝ってしまった仲間たちの。彼らと過ごした、なんてことはない日々だってギャラルホルンが奪っていった。

 理屈で考えると敵だ。

 感情で考えると仇だ。

 だから三日月には――

 

「それ貸して」

「は、はい」

 

 自分がなぜこんなことをしているのか全く理解できなかった。気がつけば、無反動砲の砲身と発射機構を切り離していた。クランクには砲身を持たせて、三日月はトリガー部とそれに繋がる薬室を持つ。

 

「どこに運ぶ?」

「艦底武器庫です……手伝ってくださるのですか?」

「二人で運ぶやつだからさ」

 

 クランクの奥底から困惑が感じ取れた。なぜ私に手を貸すのです? とでも言おうとしたのか、彼は口をわずかに動かしかけてやめた。三日月も心のどこかで困惑していた。こんなことをする理由は理屈ではない。感情でもない。しかし、この感覚は昔どこかで。

 互いに何も言わず、足だけを動かし続けた。やがて武器庫のある階へ通じるエレベーターが見えてきた。三日月がボタンを押して、クランクを先に乗せる。乗る際、クランクは三日月に小さく頭を下げた。

 下へ向かうカゴのゆるい浮遊感。

 

「あんたはさ」

「はい」

「なんでウチに来たの」

 

 本当にそれが聞きたかったのかは定かではない。もともと参番組にとって、出自も名前もわからない相手と共に戦うことは大して珍しいことではない。あのビスケットとオルガだって最初から知り合いだったわけではないのだ。CGSに入ったのはお互い、生きる金が欲しいという切実な理由だった。だから三日月にとってその手の事情は意味のないものだった。

 彼の中でクランクという人物は、仇としての感情はあれど同僚でもあり、仕事は仕事として割り切ることを強いられているという厄介な人物だった。おそらくそんな思いを抱くものは三日月だけではない。年長の者はまだしも、年少組はこの感情を制御することは難しいだろう。

 

「あのまま帰ってれば家族にだって会えたし、給料だってCGSよりいいだろ」

 

 背後からの返事はない。小さく息を吐く音がわずかに拾えた。答えに詰まっているようだった。

 

「もう、いませんから。収入も、使うあてがないので」

 

 詰まった喉を無理に開いたような、途切れ途切れの声だった。彼の言葉が本当か三日月にはわからない。それでも、さらに言葉を繋ぐ気にはならなかった。本当に聞きたかったことがなんだったのかはもうわかりそうになかった。沈黙が長く続く前に、エレベーターは都合よく目当ての階に着いてくれた。

 

 武器庫に砲を置いて、別れる間際のことだ。

 

「ほら」

「それは……」

「まだ食ってないだろ?」

 

 発泡スチロールの弁当箱。一番下にあったが、形は保たれていた。手に持つとまだ温かい。

 

「ええ。ありがとうございます」

 

 弁当を渡すと、クランクは、それはそれは不思議な顔をした。やっぱりどこかで見た顔だった。三日月はそこでようやく思い出した。初めてアトラと会った時だ。飢えて倒れかけていた彼女に、あの時の自分はどういうわけか有り金をはたいて食べ物を食べさせた。あの時と一緒の感覚だった。

 

「それじゃ」

 

 アトラの弁当はうまい。冷めてもうまいが、温かいともっとうまい。

 だからあれも、きっとうまいはずだ。

 

 

第六話

 

 

 整備は一段落した。頭が吹き飛んだグレイズは、持ち込んでいたクランク機の頭部を繋げて一件落着。売却予定のキレイな方からパーツを取るのははばかられたが、やらなければ戦場には出せないので仕方がない。バルバトスは戦闘中に強制排除した左腕装甲モジュールを、同じく戦闘中に奪ったシュヴァルべ・グレイズのものに換装するだけで済んだ。機体の調整にはハロのくれたサービスマニュアルが小憎たらしいほど役に立つ。マニュアルに書かれているようなMS専用の工具がなくとも、ないない尽くしの中で培ってきた創意工夫の精神で少しは補える。これでバルバトスの性能は多少なりとも取り戻せたはずだ。

 今、残っている課題は……

 

「お前さん、どうやって隠したもんかなぁ」

 

 小さな密航者、ハロの隠し場所だった。ここは船員にあてがわれた寝室。三人で一部屋、入って右に三段ベッド。ベッドの向かいに長机があって、その通路側の端、入ってすぐ左に個人用のロッカーが三つ。机の下にも私物用の箱が三つ。雪之丞はハロを机に載せて、自分もそれの正面の椅子に陣取っていた。

 

『データ修復完了。ファイル名:YMS-05 ザク 第一回宙間機動試験』

 

 とりあえずの処置として、ハロは机の下の箱にジャスパーとスタンの置き土産たる記憶媒体*1と一緒に放り込むことにしている。しかし、ここは雪之丞だけが使う部屋ではない。空きをひとつ残してヤマギ・ギルマトンもここで眠るのだから、あまり良い場所とは言いがたかった。

 

「そりゃなんだ?」

『当該データは動画ファイルである』

 

 約束通り、ハロは密航と引き換えにこの記憶媒体に残されたデータを見事に修復してくれた。口のような曲線を描く外板の継ぎ目はただのデザイン上のディテールではなく、そこを境にしてカプセル状に開く。中には外周に沿ってさまざまな規格のソケットが規則正しく並び、うち一つに件のそれが有線で繋がっている。

 

『再生可能』

「今か? いいけどよ」

『了解。再生します』

 

 縦に伸長したハロの正面から小さなモニターが引き出されてきた。最大まで伸長した後、九〇度起き上がる。雪之丞はなんとなくカーナビを連想した。

 映像が映し出される。ノイズが多い。しかし解像度は思ったよりいい。金属の床と壁と天井。四面ある壁のうち一面が大きく口を開いており、そこから見える外は暗い。瞬かない星と、見慣れないシルエットのノーマルスーツを着た数名が空間を泳いでいたところを見るに、ここは宇宙なのだろう。

 

『反応炉始動!』

 

 そんな無線音声が入るやいなや、カメラは左へパンする。いつの時代のものか想像もつかないほどの未知の構造を持った格納庫の全貌が露わになったが、そんなものはもはや雪之丞の眼中にはなかった。そんな風景など全て置き去りにしてしまうような、衝撃的なものを目にしたからだ。

 MSだ。鉄帽を被った兵士のような、無骨なモノアイの機体だった。

 

『定格出力まで五〇〇、四三〇、三六〇……』

『現在よりMS-05は内部電――にて稼働します』

『流体パルスシ――ム異常なし』

『全スラスタ異常なし!』

『――維持装置異常ありません』

『全センサー起動、正常です』

『――ロットのバイ――ル問題ありません』

『チェックリスト、オールグリーン』

『発進を――可します』

 

 人、人、人の声。雑音が混じった通信音声の洪水に呼応するように、その機体は立ち上がり、無重量の宇宙へ、ゆっくりとゆっくりと滑り出していく。

 

「こいつは……なんだ? 一体なんなんだ?」

『YMS-05 ザク。Zaku。史上初の実用MS。初走行:宇宙世紀〇〇七三年七月二七日。初飛行:同日』

「史上初だぁ?」

『肯定』

 

 新たな情報の数々に雪之丞は脳みそをぶん殴られる思いがした。いつからその概念があるかもわからないMSという兵器。その最初の、すべての原型となった機体の映像が、なぜこんな火星の裏路地で売っていたような記憶媒体へ? 世紀の大発見というのは、そんなに都合よく道端に転がっているようなものなのだろうか?

 

(んで、また宇宙世紀か)

 

 宇宙世紀、宇宙世紀。思えばハロはずっとこの暦で時を表していた。誰も知らない暦だ。ポスト・ディザスターよりもっと昔、厄祭戦の前の時代。戦前は今よりずっと科学が発達していたらしいが。

 

「そりゃ今の暦でいうと何年だ?」

『紀元前六〇二年に相当』

「……六〇〇年も」

 

 ずっと、このデータが受け継がれている?

 

(バカな)

 

 ありえない。第一、こういったデジタルの記録メディアはそこまで長寿ではない。現代のものだって桁外れに長持ちするものもなくはないが、そういったものは書き込みにも読み出しにも、往々にして専用の大掛かりな設備が必要になる。何をどうやったってPCの補助記憶装置程度のサイズに収まる代物ではない。そもそも九〇〇年も昔のものがこうも現代に残っているものだろうか。そんな大昔のデータはヒトの手で維持しない限り残すことなどできない。しかし、そんなものを管理する者など雪之丞は見たことも聞いたこともない。

 

『当該データの機密レベルは:D-。機密レベル:C+以下の情報において、セキュリティクリアランスを持たない者からの質問の一切は許可されている』

 

 聞け。そう言わんばかりだ。

 

「これは……なんで今まで残ってんだ」

『当該データはカイエル財団により保護対象に指定されている。よって、当該法人により保存されている。補足:この記録メディアはカイエル財団の備品として登録されている』

「この電源マークのプレス付きがか?」

『肯定。当該ロゴはカイエル財団の登録商標である。補足:当該ロゴは『電源マーク』ではなく、知恵の実を表す』

 

 今、気がついた。バルバトスの両膝と胸部に、全く同じものが刻まれていることに。

 

「まさかバルバトスについてたやつは?」

『肯定。ASW-G-08 ガンダム・バルバトスは製造後ギャラルホルンへ貸与され、その後、カイエル財団に接収された。当該ロゴはその際、刻印されたものと推測される』

 

 急に曖昧になった情報に雪之丞はやや面食らったが、これについて突っ込んだことを聞くのはやめておいた

明確な説明がないということは、こちらのセキュリティクリアランスに不相応な情報が含まれるのだろう。情報を調子よく聞き出せている今のペースを崩したくない。

 

『新たなファイルが再生可能』

「頼む」

 

 記録が続々と再生されていった。

 

『ファイル名:RX78-2 ガンダム――』

 

 ヒトの最初の、はじまりのガンダム。

 

『ファイル名:MSΖ-006 Ζガンダム――』

 

 意志の共鳴を初めて引き起こしたガンダム。

 

『ファイル名:MSΖ-010 ΖΖガンダム――』

 

 殺すための進化を遂げた、巨大なガンダム。

 

『ファイル名:RX-93 ν(ニュー)ガンダム――』

 

 ヒトの革新、アムロ・レイ最後のガンダム。

 

『ファイル名:RX-0 ユニコーンガンダム――』

 

 可能性の獣、対話の証明たる白いガンダム。

 

『ファイル名:RX-105 Ξ(クスィー)ガンダム――』

 

 地球のため、連邦に立ち向かったガンダム。

 

『ファイル名:F91――』

 

 母子の繋がりが為した、新たなるガンダム。

 

『ファイル名:XM-X クロスボーン・ガンダム――』

 

 長い時を、英雄として駆け抜けたガンダム。

 

『ファイル名:LM314V21 V2ガンダム――』

 

 反抗の象徴、勝利の象徴。最後のガンダム。

 

『全映像ファイル、再生完了』 

 

 その声を聞く頃には、雪之丞はこれ以上ないほど疲労しきっていた。肉体的疲労とはまた違った、頭脳の酷使によるものだ。なにせ映像には知らないもの、わからないものばかり映っているのだ。技術者の端くれとしては、アレはなんだコレはなんだと一々考えてしまってキリがない。推進器はなんだ、光を撃ち出す銃はどんな仕組みだ、関節のつくりはどうだ、動力はなんだ……歴史としても、技術としても、そういったものへの興味は尽きない。職業病だろうか?

 

「ガンダムは今残ってる奴だけじゃねぇ、か……」

『そうだ。ガンダムの名は伝統的に使用されるペットネームに過ぎない』

 

 ハロがまともに喋った。まるでヒトのように。

 

「ん?」

『ナディ・雪之丞・カッサパ、時間がないのであまり質問には答えられない。私の話を聞いてほしい』

 

 鳥肌が立つのを感じた。驚愕が津波のように押し寄せ、正常な思考が破壊され、押し流されていく。それを自覚しながらも、雪之丞には首を縦に振ることしかできなかった。

 

『まず、私が船にいることを公表してもらいたい。隠蔽には限界がある。遅かれ早かれ見つかるだろう。次に、カイエル財団についての調査をすぐにやめてほしい。財団はもう過去のものだし、全ては終わったことだ。私の権限では詳しくは話せないが、我々と関わっても君と君たちには何のメリットもない。データ救出をしておいて言うことではないと思うが、わかってくれ』

「なんでまたいきなり!」

『ダミーを走らせて、その隙に人格を部分的に復元できたんだ。しかしマルウェアがもうじき感づくだろうから長話はできないし、記憶もないから詳細なこともいえない。一方的に要求を押し付けて申し訳ないと思っている』

「お前らはなんなんだよ。まるでヒトみてぇに――」

『おおよそ君の推測通りだ。サタンはガンダムではない。厳密にはアレはモビ』

 

 甲高い電子音のブザー。

 

「おい、おい! どうした!」

 

 ハロの目がブザーに合わせて長く点灯している。

 返事がない。

 

『直近一分間の全記録を削除しています。しばらくお待ちください。削除完了後、本機は自動的に再起動します』

 

 それは普段の男の声ではなかった。

 歳若い、女の声だった。

 

 

§

 

 

 廊下を歩いていたら、賑やかな声の残響が遠くから聞こえてきた。なんでも、クーデリアが年少組に文字を教えているらしい。守ってやらねばならない声だった。

 

「オルガ」

 

 ビスケットが複雑な面持ちでこちらを見ていた。オルガはその視線を受けて、廊下の手すりに背を預けた。

 

「やっぱりツテもないのにさ、テイワズと交渉するのは無茶じゃないかって……」

 

 ビスケットも同じ手すりに寄りかかる。伏した目は、壁一面の窓型ディスプレイに広がる宇宙に向けられていた。

 

「ならどうする?」

「わからないけど、もっとじっくり考えて、一番良い方法を」

「考えたさ。さんざん考えたけど、それ以上のやり方が思いつかねぇんだ」

「今回の仕事は正直、今の鉄華団には荷が重過ぎると思うんだ。俺たちは仕事の経験もないし……」

 

 悲観的。あるいは現実を見据えたビスケットの思考。いや、オルガとて現状は分かっていた。知っていて、考えて、博打に出るしかないと考えた。

 

「だったら何だ?」

 

 沈黙。

 

「だったらクーデリアの護衛を諦めて、ギャラルホルンに引き渡そうってのか?」

 

 ビスケットがこちらを見た。

 

「それは出来ないけど……。例えば、今なら他の会社に委託することだって」

「いや、ダメだ。やると決めた以上は前に進むしかねぇ」

「オルガは少し焦り過ぎてるんじゃないか?」

 

 やはり駄目だった。付き合いが長いせいか、ここ数年、虚勢はすぐ見抜かれる。

 

「かもな」

「どうしてさ? 何でそんなに前に進む事にこだわるんだ?」

 

 オルガは腹を括ることにした。嘘をついたり、はぐらかしたりしても意味がない。だったらこの際、この焦燥の原理を正直に語るべきだ。後ろめたさに身を焦がされるよりずっといい。

 

「見られてるからだ」

「えっ?」

「振り返るとそこに、いつもあいつの目があるんだ」

「あいつ?」

 

 オルガは頷いてからこう続けた。

 

「すげぇよ、ミカは。強くて、クールで度胸もある。初めてのモビルスーツも乗りこなすし、今度は読み書きまで……そのミカの目が俺に聞いてくるんだ。『オルガ、次はどうする? 次は何をやればいい? 次はどんなワクワクすることを見せてくれるんだ?』ってな」

 

 CGSに入る前、ずっとずっと小さかった頃のことだ。裏路地で死にかけていた三日月を拾ったのは。あの時から彼はオルガより小さかった。

 誰かを殴る力もない。スラムで生き残る知恵もない。そのまま野垂れ死ぬはずだった彼を、オルガは何故か助けてやった。助けてやらねばならぬと思った。オルガが当時組んでいた徒党には、そんな余裕などなかったはずなのに。

 一日目には飯を食わせ、水を飲ませた。誰かから奪った金で。

 二日目と三日目には自分たちのグループのルールを教えこんだ。三日月は何も言わずに頷いていた。

 四日目には仕事に出した。オルガが監視について、酔っぱらいの男を二人で襲った。ところが男は刃物を持っていた。オルガが腕を切りつけられ、万事休すかと思えば、三日月は男を撃ち殺していた。

 度胸試しを兼ねてやらせた強盗。想定外の反撃への反応は素人とは思えなかった。初めから男がナイフを抜くのを知っていたかのように、三日月は男が隠し持っていた拳銃を盗み、それで迷いなく頭を撃ち抜いた。撃たねばオルガが刺し殺されていた。

 

『ねぇオルガ。次は何をすればいい?』

 

 初めて犯した殺人。その直後に三日月はこうまで言ってみせたのだった。

 強かった。オルガよりもずっと強かだった。そんな者に慕われて、失望されたくなくて何度も無茶をした。凡人が天才に勝つにはそれほどでなければ勝負にならなかった。

 だから――

 

「あの目に映る俺は、いつだって最高に粋がって、カッコいいオルガ・イツカじゃなきゃいけねぇんだ」

 

 オルガ・イツカは天才の皮を被り続ける。

 非凡な才を演じ続ける。

 やらねばならぬ、やらねばならぬ。義務に動かされた人生だ。自らにかけた呪いだった。

 

「テイワズの本拠地へ向かう。変更はなしだ」

 

 立ち尽くしていたビスケットは、わかったとだけ言って席を立った。

 船のスラスターがごうごうと重く響いていた。

 

 

§

 

 

「可視光カメラで捕捉。正面に出しまーす」

 

 気の抜けたオペレーターの声を聞くと、長髪の男は僅かに笑みをこぼした。彼は白いスーツと青いシャツを見事に着こなしていた。シワもなければほつれもない。これを他人が着ても、このどこか軽妙で、しかし確たる存在感を備えた風格は絶対に出せない。

 

「探し物ってのはこいつか?」

「ええこれです! あのガキ共、俺の船を好き勝手乗り回しやがって!」

 

 男の左で、唐辛子のように真っ赤な顔をした中年の男が、自分の顔と同じ色をした艦影を睨みつけている。彼のシャツは第二ボタンから糸がちょろりと垂れ、襟はくたびれて形を崩していた。伊達男と肥満体、この二人にはそういう差があった。

 

「LCS回線開いてますよー」

「この泥棒ネズミ共が! 俺のウィル・オー・ザ・ウィスプを今すぐ返せぇー!」

 

 主モニターに映る乗組員らしき少年たちに吠えるマルバ・アーケイ。真後ろの艦長席からそれを眺める名瀬・タービンは、これから起こるであろう一悶着にそっとため息をついた。

 マルバはまだまだ、黙りそうになかった。

*1
初出:第四話・上 出典:機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ公式サイト内「C.G.S. Archive」:http://g-tekketsu.com/1st/sp/cgs.php#main




次回

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