あ、メディアじゃないか。
ちょうど良かった。今、マスターが何処にいるのか知ってるかい。
……なるほど、トレーニングルームだね。
ありがとう、メディア。恩に着るよ。
それじゃあ、またね。
え、ちょっと待ちなさい?
どうしたんだい、いきなり呼び止めて。
顔色が悪いよ。大丈夫かい?
キュケオーン食べるかい?
いらないの?それは残念だ。
そんなことはどうでもいいだって?
さっきから、ずいぶんと慌てているね。
__怪我をしている?
ああ、この血糊のことか。
何でそんな物を塗っているのかだって?
ふふふ。
それはとても簡単な理由だよ。
__マスターに心配してもらうためさ。
……なんだい、その可哀想な人を見る目は。
ちょっと!ため息つかないでよッ!!
あ~~っ!今、バカって言ったなッ!!
自分の師匠をバカって言ったなッ!!
酷い奴だな、きみは!!
そうか、そうか。つまりきみはそういう奴だったんだな!!
いいじゃないか!別に。
私だって、マスターに甘えたいんだッ!!
マスターに心配されたいんだッ!!
マスターに触れ合いたいんだッ!!
マスターに看病されたいんだッ!!
私だって乙女なんだよ!
夢見る年頃なんだよ!
いいじゃないか!!
え、もうそんな歳じゃない、だって!?
失礼なことを言うね。
きみみたいな年増と一緒にしないでくれたまえ。
ん?……痛っ!痛い痛い痛い痛いッッ!!
止めて!
謝るから!謝るからっ!!
●
あ~~、酷い目にあった……。
まぁ、とにかく、私はマスターに会いに行くから。
え、どうせ成功しない、だって!?
きみは何を言っているんだ。
どこからどう見ても完璧な作戦じゃないか。
あの『ペニーワイズがオススメ』してくれた作戦なんだよ。
……っ!?
どうしたんだい!メディア!
顔が真っ青だよ!?
早くこのキュケオーンを食べるんだっ!
え、いらないの?……そうか。
ペニーワイズと何処で知り合ったかだって?
うーん。長い話になるけど、いいかな。
やっぱりいい?
そんなこと言わず聞いてくれよ、メディア。
手短に頼むって、メディアは我が儘だね。
……っああ!行かないで!
頑張って、手短に話すから!
__それじゃあ、えーと……。
少し前に、マスターのためにキュケオーンを作ったんだ。勿論、愛情を込めてね。
そのキュケオーンをマスターに持って行ってあげたんだけど、断られたんだ。
どうやらマスターはもうご飯を食べた後らしかったんだ。
まぁ、しょうがないさ。
確認しなかった私が悪いんだからね。
けど、まあ、ショックだったね。
私の愛を受け取って貰えなかったんだから。
私の硝子の心は傷つき、上の空になっていたんだ。
だからだろうね。
私は気付けなかったんだ。
帰り道。その廊下に『亀裂』があることに。
私は転んでしまった。その亀裂に躓いて。
そのせいで、キュケオーンを手放してしまったんだ。
冷えたキュケオーンが宙を舞う。
__壁に空いた穴の中にすっぽりと入ってしまったんだ。
私はキュケオーンの後を追って、穴の中を覗いてみたんだ。
けどそこには何もなかった。
真っ暗な闇が広がっているだけ。
キュケオーンのキの字も見当たらない。
仕方ない。
そう見切りを着けて帰ろうとしたその時、声がしたんだ。
__『やあ、キルケー!』ってね。
穴の中を再び除き込むと、暗闇の中からぬるりとピエロが這い出てきたんだ。
キュケオーンまみれのペニーワイズがね。
これはいけない!と私は思ったよ。
何てったって、彼の顔面にキュケオーンをぶっかけてしまったからね。
きっとカンカンに怒っているに違いない。
すぐさま私は逃げようとしたんだ。
私が走り出そうとした瞬間、
__『待てやッ!?』
大声で呼び止められたんだ。
私はビックリして振り返った。
そこには、憤怒の表情を浮かべたペニーワイズが。
って、思うじゃん。
違うんだよ。
彼はちっとも怒っていなかったんだよ。
それどころか、こちらを歓迎するような笑みをしていたんだ。
え、怒りが一周して笑顔になっていただけだって?
そんなことないよ。みんなが思っているよりもペニーワイズは良い奴なんだよ。
私の相談にも乗ってくれたからね。
●
__『そんな悄気た顔して、どうしたの?』
ペニーワイズは初めにそう聞いてきた。
気が動転していた私は、つい、話してしまったんだ。キュケオーンまみれにした負い目もあるからね。
私は胸の内にあるものを吐露した。
__マスターが最近素っ気ないこと。
__マスターがあまり私を使ってくれないこと。
__マスターがキュケオーンを食べてくれなかったこと。
__マスターが他のサーヴァントとばっかり、いちゃついていること。
ペニーワイズは聞き手に徹して、時折頷いていたよ。
意外にも、彼は聞き上手だったんだ。
そうして話が終わった後、彼がこう言ったんだ。
__『マスターと仲良くできるオススメがあるんだけど、どうかな?』
ってね。
そう言うなり、彼は懐からある物を取り出す。
そう!この血糊さ。
まぁ、私も最初は理解出来ずにいたけどね。
困惑している私をよそに、彼は語り出す。
__『押してダメなら、引いてみるべきさ』
__『この血糊を全身に塗りたくるんだ』
__『そうすれば、弱った自分を演出できる』
__『マスターはきみを心配するはずだ』
馬鹿げてるよね。
確かに彼の言う通りにすれば、マスターは心配してくれるだろう。
けど、そんなずるい手は使いたくないんだ。
あくまでも、私は正攻法でマスターを虜にしたいんだ。
それに、ペニーワイズは悪性サーヴァント。
現在進行形でカルデア内の要注意人物にされているからね。
いくら私だって、無条件で信じたりしないよ。
きっとこのオススメは罠に違いない。騙されんぞ、ってね
奴は訝しがる私を知ってか知らずか、楽しそれに話を続ける。
__『おーぅ、マジで疑っているって顔だね』
__『確かに、この作戦が上手くいく保証はない』
__『けど、成功すれば、マスターに看病してもらうことができるかもしれない』
__『マスターと触れ合える、甘い一時を過ごせるぞ』
ペニーワイズは何度も私を誘惑した。
何度もね。
けど私は聞く耳を持たなかった。
だって、血塗れだよ!血塗れッ!!
そんなのヤンデレヒロインみたいじゃないか!
私は超絶美少女!可憐で清楚なメインヒロインなんだからねッ!!
……神話級負けヒロインが何を言ってるんだ、だって?
それこそ何を言ってるんだきみは。
私がそんな不名誉な名で呼ばれてるわけないじゃないか!
まぁ、いいさ。話を続けるよ。
数々の誘惑をはね除けた私に対し、ペニーワイズは笑みを崩さなかった。
まるで、自身の勝利を確信しているかのようにね。
けど、オススメを断固として拒否する私にしびれを切らしたのか、ペニーワイズが穴の奥に帰って行ったのさ。
そう!勝ったのさ!!
あの、ペニーワイズにっ!!
誰も勝つことの出来なかった彼にッ!!
ふふふ。
どうだい、メディア。
凄いだろう。
崇め讃えても良いんだよ。
……え、じゃあ何で、血糊を使っているのかだって?
実はアイツ、帰る際に血糊をぶっきらぼうに投げ捨てて、あることを呟いたんだ。
__『看病してもらえたら、マスターにキュケオーンを、「はい、あ~~ん❤️」されたかもしれないのに……』
ってね。
その言葉を聞いて、私に稲妻が走った。
だって!「はい、あ~~ん❤️」だよ!
「はい、あ~~ん❤️」ッ!!
マスターにキュケオーンを、「はい、あ~~ん❤️」されるなんて、最ッ高ォォォォーーッのシチュエーションじゃないかッ!!
人生に一度あるかないかの、ビッグイベントだよッ!?
下手したらレアプリズム……いや、聖杯なんかよりも価値があるんだよッ!!
え、ずるいことはやりたくなかったんじゃ、だって?
知るか!そんなこと!!
恋愛戦争は勝ってなんぼなんだよ!
まぁ、アイツの作戦を使うのは癪だけど、そんなのは些細なことだ。
これでマスターは私の……ふふふ。
いや~~、ペニーワイズさまさまだね。
ん?宝具は本当に使われなかったのか、だって?
もお、心配性だね。メディアは。
安心して、私は何もされてないよ。
勿論、血糊も確認したけど、魔術的なものは何もなかったよ。
私は大魔女だからね。その辺は抜かりないよ。
それじゃあ、私はマスターのところに__。
……そんな神妙な顔をしてどうしたんだい、メディア?
やっぱり止めたほうがいいだって?
何を今さら、大丈夫だって。私は何も__。
__それこそが、奴の策略だって!?
何を言ってるんだ。
宝具を使われてないから死にようがないじゃないか。
あ、ちょっと!血糊を落とそうとしないで!
なんだよもお、全く。
ん?どうしたんだい、鷹がキュケオーンを食らったような目をして。
後ろが何だって?
……。
ナイチンゲール?
どうしたんだい、ナイチンゲール?
滅茶苦茶恐ろしい顔をしているけど。
__なに、治療が必要だって?
一体だれが?
え、私だって!?
ああ、この怪我は……その……何と言うか、怪我のようで怪我じゃないんだ。
__え、支離滅裂な発言、頭の治療も必要だって!?
失敬な!いたって私は正常だ!
あ、ちょっと!銃をこっちに向けないでっ!
止めて!洒落になんないよっ!
メディア!助けて!!
……っああ!逃げないで、メディア!!
キュケオーンあげるからさっ!!
メディア!
メディアァァァァー一ッ!!
キルケーは殺された。
治療するために殺されたのだ。
__『死んではいません。治療するために殺しましたが』
__体はキュケオーンで出来ている
材料は大麦で、味付けはミント
幾たびのキュケオーンを食べて完食
ただの一度も欠食はなく
ただの一度もお残しはない
彼の者は常に独り食卓でキュケオーンを食べる
故に、その生涯に意味はなく
その体は、きっとキュケオーンで出来ていた