小説書くより履歴書書かないと……。
彼らとて安易に市民を殺したりはしないだろう、家畜は安易に潰すものではないからな。だが腐った林檎は、簡単に捨てられるだろうさ。
――R・タイガン
◆
「うっわ、まじかよ良く生きてたなおまえ」
「……弘樹、いくらなんでももう10回くらいだぞ」
祝典を襲ったテロから約1か月が経ち、維摩の通う私立
しかし高校生いうのは刺激的な話題を求めてしまう年頃、何かあれば格好の話題の餌食にされるものである。そんなこんなで友人の八部弘樹にもう何度目かという同じ話題を振られ続け、流石に維摩も辟易していた。
「それに君たちもあのときどこ行ってたんだよ。彩葉と一緒に探してたんだぞ……」
「え……、いやーそれはなあ。はははは……」
弘樹は若干の含みと目をそらしつつ、引きつったように笑う。何かを隠しているかのようだが、その真意は良く読めない。しかも強引に話題をそらすように、別の話に切り替えようとしてくるのだ。
「で、彩葉ちゃんとどこまで行ったんだよ?」
「なんで彩葉のことなんだよ……。どうって、何がさ……」
「なんだよノリがワリいなあ。決まってんだろ、二人だったんだし……」
……これである。維摩が彩葉のことを気にしているのを知ってか、この友人はなにかと頼んでもいないようなお膳立てをしてくるのだ。これが親切心からやっていることであればまだいいが、この男の場合は面白がっているだけであるから度し難い。
「別に……なにもないさ。悪い?」
愉快ではないこともあり、口調がぶっきらぼうになってしまう。しかし、目の前の悪友は呆れたように肩をすくめた。こういうところは空気が読めないのか、それともわざとやっているのか本当にわからない。
「はー、奥手だねえ維摩は。ちゃっちゃとくっついちゃえばいいのにさあ」
「……余計なお世話だよ。だいたい彩葉とはそんなんじゃ……」
「だれが、何の話?」
その声に驚いて振り向くと、話の張本人がいつの間にか隣にいた。本人に聞かれていないかこわごわと顔をのぞくが、きょとんとした顔を浮かべるだけである。
「どうしたのよ、変な顔して」
「え、こいつがお前のこと――ぐふごぼハア!!」
「はっはー、何でもない何でもないよははははははははは」
変なことを喋りだそうとした弘樹にネックハンギングを極めて黙らせると、あわてて取り繕う。両手の中で友人が今にも窒息しそうであるが、維摩の知ったことではない。
((……黙れ……))
((……あぶばぶしにゅ……))
そんな様子をいつもの光景だと考えたのか、彩葉は呆れたようにため息をつく。そうしてタブレットを取り出すと、維摩達の前に差し出した。
「見てよこれ、不法滞在を撤去しようとした平和維持軍に、反体制組織が武力で抵抗したって話」
「うっわ、話し合いに応じず無抵抗の交渉団を襲撃って、あいかわらず卑怯な奴らだよな」
彩葉が差し出したのは、最近の報道がまとめられたニュース記事であった。アドヴェント政府認可の報道機関から伝えられる文章は、現地の情報を如実に伝えていた。
あの事件以来、各地の反政府勢力が結託し、テロの頻度が高まっているのである。周辺地区では通信インフラの破壊などが行われ、安否確認も取れない地域もあるという。
「でも何なんだろうねー、このXCOMって組織。各地のテロリストたちを急速にまとめているって書いてたけど」
「どうせ陰から嫌がらせするしか能のないやつらなんだろ?正義の見方にゃかなわねーって、なあ維摩」
「……あ、うん。そうだね」
弘樹からの振りに、すこし遅れて同意する。反政府組織XCOM、あの事件以降表に現れ、各地でテロ行為を繰り返す犯罪者集団である。アドヴェント政府からはその残忍さが繰り返し強調され、事実起こした事件の中には大勢の死傷者を出すものも含まれていた。その危険性は連日報道されるニュースを見れば一目瞭然だろう。平和維持軍もその活動を危険視しているようで、街中で軍備増設に伴う入隊の呼びかけが行われている。
だが、維摩はなにか引っかかるのだ。祝典のときのあの事件、報道されたのは爆破事件のみであり、遺伝子センターのことは何一つ触れられていなかった。そのことに、すこし疑問を抱いてしまったのである。
◆
その日も授業が終わり、生徒たちは何事もなく帰路についていく。それは彼らも同じであり、部活のある彩葉以外は早々に帰路へついていた。
「あのさ、実際のところ。いまの社会ってどうなんだろう」
「なんだよ唐突に、政治イキリにでも目覚めたのか?」
都内に建てられた私立校である都史多工は、市のインフラと密接にかかわる場所に建てられている。それ故遠くから通う生徒も少なくないのである。とは言えアドヴェント市内では珍しくもなく、遠くの家でありながらも昔からの親友であるというケースも少なくはない。
「そうじゃ無くてさ、ほら最近話題でしょ、反体制派のテロ」
「まーな」
「どうして彼ら、アドヴェントに反対してるのかなって」
実際のところ、アドヴェント政府ができてから人類の生活は格段に良くなったらしい。エレ二ウム技術の原子力発電に変わるエネルギー革新、遺伝子治療による不治の病の激減、二十年前に懸念されていた食料問題の解決など挙げればきりがない。アドヴェント政権下で生まれ、その元で育った維摩には、彼らが何を否定したいのかがわからないのだ。
「そりゃあれじゃね?よく聞くじゃん『無垢なる世代』って言葉」
『無垢なる世代』、2015年以降に生まれた、二十歳以下の少年少女たちの別名である。アドヴェント政府はこの呼称を差別用語として禁止しているが、戦前(この場合は2015年を境とする)当時の世代には陰でそう呼ぶものも多く存在する。
彼らはそろってこう呼ぶのだ「何も知らない、無垢で愚かな子供」と――。
「でも考えて見りゃ、俺たち当時のことなんもしらねーよな」
「うん、知っているのは大きな騒動があったってことくらいかな」
当時エイリアンの接触したときには、世界中で大きな混乱があったらしい。異星人との共存を認めない大人たちが、執拗に武力衝突を繰り替えしていたとか。その結果、人類は二十年前に大きな犠牲を払い、その傷跡は今も続いているという。
「戦前は『歴史』って科目があって、そこで昔のことを学んだって聞いことあるな。まあ、アドヴェントに代わってからは廃止になったらしいけど」
「それって、ぼくらが生まれる前の話だろ?」
教育制度も、アドヴェント政権が樹立された後、大きな見直しがあったらしい。昔には『歴史』や『古文』などの風変わりな授業が存在したらしいが、新たに制定された教育制度にのっとり、無駄な教育科目はすべて廃止されていったのだ。政府曰く、『旧来の重荷を捨て、人類のさらなる進化と繁栄を育むため』らしい。
「そうだけどさ……。なんでアドヴェントは『歴史』を捨てたんだろうな」
「え、なんでって。そんなの決まってるでしょ……?」
だが、弘樹が求めている理由は、どうもアドヴェントの公式発表ではないらしい。
「いや、そーじゃなくてさ。ほら、ゲームとかでもそうだけど、攻略本みたいなのがあったら進めるのが楽になるだろ?そういうのにも使えるんじゃないかなー、ってふと思ってさ」
「でも、人生はゲームじゃないだろ。やり直しなんて効かないし、無理があるんじゃないか?」
「そこはほら……、あれじゃん。先にやったやつから攻略法を聞いたりしたら、結構楽になるんじゃないか?」
はたしてそういうものなのだろうか?維摩にはいまいちピンとこないが、弘樹はそのたとえで納得しているらしい。
「そういものかな?」
「そうそう、絶対そうに決まってるって。そうだ、少し確かめてみよ!!」
なにを思ったか、弘樹は妙に目を輝かせる。維摩の頭に嫌な考えが浮かんだ、こういう時の弘樹は大抵ろくなことをしないのだ。
「なにをさ……」
「『歴史』だよ。ほら、先生とかに聞いたら、何か詳しいことを知ってるんじゃないかなーってさ」
気の抜けるなため息が洩れる。
「政府の指導要領ってさ、たしか教えること自体が禁止されてなかったっけ?」
「確かにそうだけど、あれたしか罰則規定とかないだろ。別に減るもんじゃないし、こっそりなら大丈夫じゃないか?」
先生にとっては大きな問題だろうと思うが、維摩は何も言えない。こういう時の弘樹は止められないのだ。そうなれば適当に付き合い、弘樹が興味を失い始めたあたりで切り上げさせるのが最善と言えるだろう。
「わかった、じゃあ明日現国の先生にでも聞いてみよう。勿論こっそりとね」
「いよーし!話の分かる親友で助かるぜ!!」
その言葉に苦笑を浮かべる。実を言うと維摩も、弘樹に言われたことが気にならないわけではないのだ。あの日、祝典会場の爆破事件から、なにか胸の内に小さな疑念が渦巻いているのである。しかし、それを問い詰めてしまえば、もうあと戻りができないような気がするのだ。
明日また、そう言って弘樹と別れて電車を降りる。いつも通りの風景だ、何の変哲もない自宅の最寄り駅。何時もは帰宅者でざわめいているそのホームが、不気味に静まり返っていた。
◆
どんよりと曇った空が、今にも降り出しそなほどに黒々としている。こういう時は昔の人曰く『雨の匂いがする』らしいが、たしかに何かよからぬ気配がするものである。
駅から学校へ向かう途中、維摩はなんども携帯電話の画面を気にしながら歩いていた。理由は簡単で、弘樹との連絡がつかないのである。電車も今日は同じではなく、タイミングが悪いことこの上ない。
「やっぱり維摩からも繋がらない?」
すぐ隣では彩葉が、同じく携帯を片手に困惑していた。無理もない、あの元気が取り柄調子者が、今日に限っては何の連絡もなく姿を見せないのだ。心配をしない方がおかしいだろう。
「うん、メールにも電話にも反応しない。学校に着ていればいいんだけど……」
しかしその期待とは裏腹に、弘樹は始業のチャイムが鳴った後も、その姿さえ見せることがなかった。担任は彼の欠席の理由を病欠と言っていたが、それにしては連絡の途絶え方が不自然すぎるのだ。
(もしかして……)
ふと、維摩の脳内に昨日の会話がよぎる。しかし、その考えを全力で頭から振り払った。まさか、自分たちの考えはあくまで『考え』だ。まだ何もやってすらもいない。
しかしそれは維摩の想像に過ぎない。実際にそれらに違反したらどうなるのかを、維摩はほとんど知らないのだ。まさか……。
そんな維摩の考えを知ってか知らずか、校内放送が教室に響き渡る。
《2年B組、紫乃菊維摩くん―繰り返します―2年B組、紫乃菊維摩くん―来客の方がお待ちです。至急昇降口まで来てください》
名指しで呼び出され、心臓が跳ね上がる。来客、いったい誰であろうか。そもそも今は休み時間とは言え、学校が終わったわけではない。しかし誰が待っていようとも、やはり呼び出しには応じるべきだろう。
昇降口までの廊下が、奇妙なほど長く感じる。廊下横の教室から聞こえる笑い声が、無意味な雑音の壁となって頭を揺らのだ。
果たして、どれだけ長いことかけてたどり着いたのだろうか。いや、自分がそう感じるだけで、実際は五分もしなかったのかもしれない。昇降口前には、当然というべきか数人ばかりの人があった。
一人は見覚えがある、この学校の教師だ。厚い眼鏡にキツめの化粧をした彼女は、それがはがれそうなほどうろたえている。
客人は三人、そして見覚えのある服装をしている。後ろの二人は赤い頭にアドヴェントの防弾スーツを着用し、代表格と思われる男は黒字に赤のマークが施された制服を身に着けている。血色の悪そうな青白い肌に、猛禽のような細長い目をした男だ。その彼が維摩の姿を見ると、鷹揚に笑った。
「やあ、君が紫乃菊維摩くんだね。私はアドヴェント治安維持局、第十一分室交渉官の、アンドリュー・ローズフェイルといいます。どうかお見知りおきを」
そう言って笑うローズフェイルの目元は、氷のように冷たくこちらを見据えている。後ろに控える兵士たちも、不気味なほどに沈黙を保っていた。
「ふむ、では先生、少しばかり彼をお借りしてもよろしいですかな?」
「え、あ、その……」
「失礼、これも公務でして。学校の方には迷惑をおかけしませんので」
「わかりました……」
丁寧な口調とは裏腹に、有無を言わせぬ威圧感を漂わせている。そんなものに一介の教師が耐えられるはずもなく、背を縮こまらせたままその場を去っていった。
彼女が去ると、場を沈黙が支配する。休み時間が終わりを迎え、教室に戻る生徒たちも、兵士の姿を見るとそそくさと逃げ散った。
重苦しい空気を打ち破ったのは、やはりというべきかこの男であった。
「さて、紫之菊維摩。君は三月一日、記念式典の日のことを覚えているかな?」
意表を突いた質問にキョトンとなる。確かに自分はその場所にいた、しかしそれがなにか関係あるのだろうか?
「はい、あの日僕は式典にいました」
「では、事件当時に君はどこで、何をして今したか?」
「えっと、事件の場所にいて。それでテロに巻き込まれてしまって……。これ、当日も詰所で言いましたよ?」
まさかその事を今になって聞かれるとも思わず、維摩は拍子抜けした気分となる。
「そうですね。では、そのときの君を証明する人間はいますか?」
どういうことだ。彼は何を言っているのか?証明もなにも、あの場所には自分一人しかいなかった。
嫌な汗が頬を伝う。なにか、なにかとてつもなく嫌な予感がするのだ。
「えっと、そのときは友達を探していて……。だからあの場所には自分一人しか……」
「なんと!なら君は君の行動を証明できる者は誰もいないと言うのですね?」
合点がいった、あるいは望んだ答えを得たかのように、ローズフェイルは手を打つ。芝居がかったその様子は、この場においては異様でしかない。しかしその異様さも、笑いよりは不吉さを誘うものである。
「紫之菊維摩くん。君は今自分に、どんな用事があって訪ねられたかわかりますか?」
「いいえ……、なにも身に覚えは」
その言葉を聞くと、ローズフェイルは口元を薄く歪める。その目は獲物を睨むようにも、憐れみを感じさせるようにも見えた。
「ふむ……、ではお答えしましょう。
――紫之菊維摩、貴殿には現在、アドヴェント平和維持法第二条一項『平和に対する反逆』の罪に問われています。当局からは重要参考人として、速やかにご同行ねがいたい」
頭を殴られたような衝撃とは、まさにこの事を指すのだろう。維摩には彼の言っていることの意味が理解できなかった。『平和に対する反逆』、すなわち目の前の男は、維摩のことをテロリストの同族だと言っているのだ。訳がわからない、自分はテロリストなどとはなにも関係はないのに……。
「な、何かの間違いでしょう?テロリストなんて、意味が……」
「すでに証言もあがっています。さて、もう逃げられませんよテロリストさん?」
後ろに控えていたアドヴェント兵達が、瞬く間に維摩を包囲する。手元にはすでに暴徒鎮圧用の電磁ブレードが握られていた。
「待ってください、話を聞いてっ……がふっ――!!」
なおも弁明しようと踏み出そうとした瞬間、背中に焼けるような衝撃が走り、同時に視界が激しく明滅した。それが背中に受けた電磁ブレードが原因だと理解するときには、維摩の身体はタイルの上に横たわっていた。
「……そこまでです、これ以上は命に関わるでしょう。彼を生きたまま確保するのか、エルダーの意思なのですから」
そう言うとローズフェイルは兵士に指示し、維摩の顔を上へ向けさせた。強引に髪を掴まれて持ち上げられると、薄く笑う彼の瞳と視線があう。
「……まったく、戦術チップというものはやっかいですね。いちいちこちらで指示しなければならないのですから。さて紫之菊維摩くん、まだここでお話をしますか?」
「……なんで、こんな……」
蚊のなくような声で告げられた問いは、憐憫の視線とともに捨てられる。
「さて、時間も押していることですし、早くいきましょう。彼をお連れしなさい」
ローズフェイルの指示を受け、兵士たちが維摩の両脇から抱えて立たせる。学校の外には、アドヴェントの護送車両が待機していた。重たい首を振り向くと、校舎の窓から生徒たちの顔が見える。遠くから表情はわからないが、きっと自分のことを話しているのだろう。
レーザー式の手錠をはめられ、兵士に引きずられて車両の後部スペースへ押し込まれる。扉が閉められ、灰色の空が見えなくなる直前、ローズフェルトがぽつりとつぶやいた。
「……あなた達は愚かですね。本当に、何も知らない」
SFだいすき
あとWoT導入済みです
頑張って更新していきますので、見捨てないでいてくれたらうれしいです。