目の前に広がる光景は、まさに夢の世界のようであった。いや、事実、ここは夢の中なのだから、当然ではあるが。空にプカプカと浮かぶパステルカラーの風船。町中に鳴り響くトランペットの音。その軽快な音を聞くと、耳が心地よい。音を辿って歩いていくと、大通りへと出る。そこにいるのは、沢山のぬいぐるみ達。うさぎやくま。ねこにひつじ。色々な種類。そして、楽器を弾いていたり、見ていたりするのは、ぬいぐるみ達だ。
目の前に広がるファンタジーな世界は、絵本からそのまま飛びだしたようだった。演奏が終わり、周囲から拍手が聞こえてきて、次第に大きな嵐となる。俺も、それに便乗しようと手を前に出して気がつく。自分もぬいぐるみになっていることに。白い毛に包まれた腕は、とてもふわふわだった。
こんな夢を見ると、誰だって気持ちが良くなるだろう。テストやら、人間関係やら、現実世界のしがらみを全部ほっぽり出してファンタジー世界に来ることが出来るのなら、俺は何かを犠牲にしても構わないだろう。
しかし、俺の夢は他の人とは違った。突然、目の前が真紅に染まる。俺の白い毛も同様に染まっていく。右手にはしっかりと握られた包丁。そして足元には、胸を一突きされぬぬいぐるみが一匹。多分、死んでいる。誰が見ても、俺が殺したとわかるはずだ。
包丁から滴り落ちた血の一滴が地面に落ちてポチャンと音を立てると同時に、周囲から悲鳴があがる。逃げ惑うぬいぐるみ達。俺はその姿を見て耐えられなかった。この、殺人衝動を前にしては。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
俺は吠える。そして、次の獲物へと視線を向けた。
暗転
ピピピピピという目覚ましの音で、俺は夢の世界から帰ってくる。気分は最悪。原因はもちろん夢だ。でも、多分普通の人とは考えが違うだろう。なぜか。理由は夢で一人しか、いや、一匹しか殺せなかったからだ。あの夢を見て、俺と同じ感想を持つものはいないだろう。もしいたら、世も末だ。
俺は、何度もあの夢を見ている。初めて見たのは小3の夏。お手伝いで、初めて包丁を握った日。ただたんに、料理を手伝っただけではあるが、その行為によって、俺の殺人衝動は活発になっていった。始めは1週間に一回あるかどうか程度の頻度だった。しかし、最近は毎日。でも、それがありがたい。なぜなら夢で殺さないと現実で殺してしまいかねないからだ。
余談ではあるが、俺の夢では凶器として、包丁しか出てこない。もちろん、種類までは統一されてないが、絶対に包丁だ。多分、あの日の影響であろう。
俺はこの夢と共に生きていく。この夢のお陰で俺は真っ当な人間を装い、この世で生きていられるのだから。
しかし、最近はこの関係が崩れつつある。最近はいつも夢の中で一人か二人しか殺せなくなってしまった。理由は恐らく、成長と共に想像力が豊かになり、その世界をより詳しい部分まで想像してしまうようになったからだ。殺す前の前置き、例えば先程の演奏のようなものに時間を多く取られるようになってしまったからだ。そのせいで、俺の殺人衝動は限界に来ていた。
二階にある自室からリビングへと下り、朝食を食べ始める。両親は朝早くから仕事なので、基本会うことはない。昔は悲しかったが、今はありがたい。最近は会うと殺してしまいそうになる。これが一番だ。そう思いながら、再び膨らみ始めた殺人衝動な何とかパンやコーヒーで流し込む。
俺はそのままポケットにカッターの入っ た学ランを来て、学校へと向かう。学校でもただ生活するのに一苦労だ。カッターを持っていくのは、最悪の場合、体育館倉庫へと向かい、人の代わりにマットを裂くためだ。これで、多少は衝動を抑えられるはずだ。
その日の学校は、特に何もなく、平和に終わった。もちろん、俺はしものこ事を考えて悶々としていたが、ひとまずは安心出来そうだ。
そして帰り道、俺は閑静な住宅街へと足を踏み入れた。ここにはほとんど人が住んでいない。廃墟も多い。丁度真ん中辺りまで進むと、口論のような声が聞こえてきた。近付いてみると、そこにいるのは筋肉で全身を覆われた男と、口の悪さで有名なクラスメイトの女だった。始めは二人で言い合いをしていたが、次第に男が黙ることが多くなる。論破されているんだ。しかし、危ない。彼の頭には青筋がたくさん。キレているのは間違いなかった。
そして、その時は訪れる。ついに男が、女に襲いかかった。住宅街に響き渡る女の悲鳴。
悲鳴。
そう。悲鳴。
その声が、引き金となってしまった。溢れ出る殺人衝動。震える手。そしてその手が、カッターを握った瞬間、俺は男に向かって走り出した。胸を一突き。強い力で抵抗されるが、それも一瞬のこと。男はすぐに死んでしまった。しかし、そんなことはどうでもいい。俺はすぐに女へと目を向けた。次の獲物だ。もう一度女は悲鳴をあげるが、この住宅街では効果が薄い。逆に、俺を興奮させるだけだ。
ブスリとこちらも胸を一突き。こちらはそれほど抵抗なく、即死。
俺は初めて人を殺した。今の感情といったらもう、最高としか言いようがなかった。溢れ出る幸福感。俺はこのために生きているんだと感じられる瞬間だった。
俺はもう一度カッターを強く握った。そして、空へと吠えるのだった。新たなる獲物を求めて。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
完