ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 95【死神メリー】

「キュイ!」

 

 

 白金光が去りし後、甘い鳴き声が高々と轟く。

 白銀の体躯を陽光にキラリとなぞられながら、喚び出された銀鼬は臨戦態勢とばかりに尻尾を逆立てた。

 

 

『さぁさぁ早くも戦況に変化! 熾烈な打ち合いの最中、ナガレ選手の召喚により更なる精鋭の登場です! 白銀煌めく毛並みとつぶらな瞳がとってもプリチー、しかして甘くみればそのフサフサの尻尾に隠した刃に真っ二つ! ナインちゃんのエントリーだァァァァ!』

 

 

 

「むっ。プリチーとかつぶらな瞳とか、派手な紹介文……あざとイタチの癖に」

 

「キュククッ」

 

「くっ、勝ち誇った笑い方。むっかつく」

 

「はいはい恒例のいがみ合いもほどほどにね」

 

「……だらだらと緊張感がない奴らが」

 

 愚にもつかないやり取りは、真剣味が足りてない。

 一息のウィットを挟まれても、フォルティからすればナメられてると感じるのは必然だった。

 どこまでも直情的な思考。けれども油断が欠片も見当たらない限り、彼も純然たる実力とメンタルを持つ戦士であった。

 

 

「来いよ。まとめてぶった斬ってやる。ペット亡くしても恨むなよ」

 

「安心しなよ。見た目通りが通る相手じゃないってのが嫌ってほど分かるから」

 

「キュイッ」

 

 

 見た目通りが通らない。

 そんなの言われるまでもない。

 メリーに続いてこの新たに現れた銀色のイタチが、吐き捨てた通りの愛玩動物でない事ぐらいフォルティは百も承知。

 それでも僅かに口元を吊り上げたのは、"勝算"が見えたからだろう。

 

 

「ッッッ!」

 

「くぅっ……」

 

 

 軋むほどに握り込んだ柄を振り、奇襲染みた回転斬りを仕掛ければ、やはり庇い立つようにメリーが踊り出る。

 地面が泡立つような衝撃は凄まじく、銀鋏で受け止めた少女に、一歩二歩とたたらを踏ませる程だった。

 

 

「キュイッ!」

 

「!」

 

 

 すかさず後退の隙を突かんとばかりに、フォルティが大剣の刃先を正面に構えれば、そうはさせまいと飛び込んで来たのはやはり白銀の鼬だった。

 小柄の尻尾鎌を存分に振るい、幾重もの裂撃でもって斬り結ぶ。

 

 

「ちょこまかと……!」

 

 

 まさにカマイタチの名のルーツに相応しい一陣の風。

 上下左右、小さな体躯を利用して殺到する多方向からの連続攻撃に、重い大剣で防ぐのは流石に厳しい。

 

 

「あざとイタチにだけやらせないの!」

 

 

 更に形勢を傾けるのは、ライバル視するナインだけに任せるものかと息巻くメリーの加勢だった。

 

 

「キュイ!」

 

「たぁぁぁ!!」

 

「ぐうっ、図に、乗るな……!」

 

 

 銀の鋏と鎌による、呼吸の隙間を塞ぐかのような連撃は加速し、いかなフォルティといえど切り返すには至らない。

 大剣の大きな側面を利用してのガードもこのままでは突破されかねないと判断したフォルティは、苦々しい表情のまま大きく後退した。

 

 

「ナイン、保有技能!」

 

「キュイ!」

 

 

 息つく暇をみすみす与えない。

 それこそが波状攻撃の戦術基盤だと物語るようなナガレの合図に呼応して、甲高く鳴いたナインはその場で尻尾の白刃を掲げた。

 

 

「 【一尾ノ風陣】!」

 

「キュイィィィッ!!」

 

 

 逆上がる宙返りで円を描いた尻尾から放たれるのは、エメラルドグリーンの三日月。

 地を割り進む風刃の勢いは生半可ではなく、あのセナトですら破るのに全力を用いた。

 まさにナインの必殺技ともいえるだろう。

 

 

「迂闊なんだよ」

 

 

 だが、これこそが。

 フォルティの脳裏にあった、厄介な鎌鼬に対する勝算だったのだろう。

 迫り来る風刃に対し、距離を取ることも防御の姿勢も取ることなく、構えた正面。

 

 

「────喰え、『紅い女王』!」

 

「キュイッ?!」

 

 

 フォルティの振り下ろした紅い鉄が。

 翡翠の月を紙切れの如く(むさぼ)った。

 

 

 

────

──

 

【死神メリー】

 

──

────

 

 

 

『おおーっとついに出ました! あらゆる魔法を打ち破るフォルティ選手の持つ魔食らいの剣! なんとナインちゃんのエアスラッシュさえもいとも容易く消滅させました!』

 

(……二回戦のアレか)

 

 

 ハラハラと舞い落ちる魔力の残滓を見送るナガレの脳裏に浮かび出す、二回戦での光景。

 あの時もまさに今みたく、フォルティの一撃が対戦相手の魔法を苦もなく無に帰していた。

 魔力を食らう、魔食らいの剣。

 その余りに特異な性質は、かつて最強格と云われた【紅い女王】と呼ばれる竜の翼を用いて作られた由縁からか。

 

 

「悪いが、そのペットの風程度じゃ剣の錆にもならないな」

 

「……キュイ」

 

(お嬢の魔法を基に再現しただけあって、ナインの風刃は風の魔法みたいなもの。今回はそれが裏目に出たってことか。けど……)

 

 

 気を大きくしたフォルティの挑発は、乙のが手にある伝説に対する絶対の信頼だろうか。

 風刃を容易く打ち破られたナインが無念とばかりに気弱く鳴くが、けれどナガレはどこか涼し気に返す。

 

 

「魔法が通らないとしても、それならそれでやりようは幾らでもある。形勢逆転のつもりなら早計かもよ?」

 

「……ふん」

 

 

 どこまでも飄々とした相手に、浮かぶ苛立ちもあったのだろう。

 気に食わなそうに鼻を鳴らしたフォルティは、塵を払うように大剣を振るう。

 

 しかし、ナガレの言葉を聞いても尚、フォルティの自信は崩れない。

 それもそのはずで。

 

 

「勘違いしてるみたいだが、この剣の力が……魔を食らう"だけ"だと────思ってるのか?」

 

 

 若き剣士の抱く勝算は、『魔食らい』だけではなかったのだから。

 

 

『こ、これは……フォルティ選手の大剣から、緑色の光が……?』

 

「マジかよ」

 

「キュイ?!」

 

 

 再び構えを正眼に取ったフォルティの持つ大剣。

 そこから浮かび上がった幾つもの緑閃光の輝きに、ナガレのみならずナインまでもが驚愕の声をあげた。

 いや、他ならぬナインだからこそ、というべきか。

 

 

エンチャント(属性剣)──【シルフィード(風精霊)】」

 

 

 

 何故なら、紅蓮が纏い始めた緑閃光。

 次第に剣に渦巻く"風の奔流"へと形を変えたその輝きは、色彩は。

 紛れもなく……ナインの持つ魔力そのものだったのだから。

 

 

「お返しだ、エセ野郎!」

 

「っ、ナイン! 【一尾の風陣】!」

 

「キュイ!」

 

 

 顔に似合わぬ獰猛な笑みと共に斬った空の軌跡から生まれたのは、咄嗟に再び放ったナインの風刃と同一のモノ。

 空を裂いて突き進むエメラルドの三日月が二つ。

 それらは合わさることで満ちる月になることはなく、激しい衝突と共に、新月のように姿を消した。

 

 

『ま、まさかまさかの隠し玉と言うべきでしょうかフォルティ選手! 魔法を破るのみならず、そっくりそのまま使うことも出来るとは! これは試合の行く末が分からなくなって来ましたよー!』

 

 

 魔を食らい、その魔を糧に刃と放つ、アンチ精霊魔法とも言うべき魔剣士。

 それこそがメゾネの剣の真髄なのだと、風渦巻く紅い鉄は言葉もなく雄弁に物語っていた。

 

 

「どうだよ、エセ精霊魔法使い。これでもまだ高みの見物を気取ってられるか?」

 

「……さあね。生憎、これまでの闘いが生半可じゃなかったもんで。飛び道具がひとつ増えただけ、としか思ってないかもよ?」

 

 

 寄らば斬るの一辺倒から中、遠距離へとレンジを伸ばしてみせた相手が、脅威にならない訳ではないだろう。

 事実、フォルティの見せたメゾネの剣の真髄に、冷めた目線で見ていた観客達にも少なからずの動揺が走っている。

 それでもナガレには、立ち塞がる癖に剣のひとつも手に握らない男には、挑発に挑発で返すほどの余裕が残っているらしい。

 

 

「……あぁ、そうかよ」

 

 

 その鼻につく、揺らがない態度が。

 青みがかった黒い瞳の奥の、"見透かしたような"光が。

 

 

『……そんなモンか。メゾネの剣だのと大口叩いた割には全然大したことねェなァ、小僧?』

 

 

 自分の示す力を。意志を。覚悟を。

 まるで未熟だと、鼻で笑ってくれたあの男(キング)と重なって見えて。

 

 

 ああ──気に入らない。

 心が騒ぐ。

 柄を握る手に力が(こも)る。

 痛むほど。

 

 

「だったら……!」

 

 

 メゾネの剣は、折れはしない。

 幼く無力だった自分の目にひどく焼き付いた力こそが、揺らがないものなんだと示すには、通過点(こんなところ)(つまず)いてなんていられないから。

 

 

「引き摺り下ろしてやるよ!」

 

 

 歩む道の先に立つ忌々しい青年を"見据えて"、若き剣士は勇ましく吼えた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 証明する。何がなんでも。

 鋼にも似た強硬な意志がそのまま乗ったかのような剣筋が、ぐわんと風に悲鳴を挙げさせた。

 

 

「させないっ」

 

 

 どこまでも気に食わない青年へ向けた道筋の疾走は、けれどもやはり彼の守護たる精霊によって阻まれる。

 もう何度目かの紅蓮と銀の衝突に、けれども散る火花が枯れることはない。

 

 

「くそ……鬱陶しいんだよ、お前ら!」

 

「つ、ぅっ……!」

 

 

 薙げば同じく薙ぎで合わされ、突けばギリギリを交わし、叩き下ろしは受け止められる。

 いずれにも込めた渾身が伝わっていない訳ではないのだろう。

 唾競り合いをこらえるメリーの表情は、確かに苦悩に歪んでいる。

 

 なのに、あと少しが崩れない。

 その事実が、無性にフォルティの癪に触って仕方なかった。

 

 

「使われるだけの存在が……引っ込んでろ!」

 

「大事な人の力になることの、何がいけないの!」

 

 

 道理は分かっている。

 サザナミナガレを引き摺り下ろすならば、まずは彼の召喚物である精霊達を蹴散らさなければならない。

 この手が握る紅蓮がそうであるように、ナガレを護る精霊こそがあの男の力の証左なのだから。

 

 だが、分かっていても……認められない。

 何かに頼って闘うだけの男に、届かないなどと。

 認められるはずがないのだ。

 

 

「なら……同類の力で引っ込ませてやる! エンチャント(属性剣)!」

 

「っ、ナイン!」

 

「キュイ!」

 

 

 唾競り合いの態勢のまま再び魔を解放することで、大剣が緑閃光を纏い出す。

 その予兆にナガレが咄嗟にナインへと指示を出し、持ちこたえていたメリーも刃を払って離脱しようと後方へと下がる、が。

 

 

「遅いんだよ! 【シルフィード(風精霊)】!」

 

 

 放たれた風の刃をかわすには、距離も時も足らない。

 必然と、受け止めることで防ぐしかメリーに選択肢はないだろう。

 

 

「くううっっ!」

 

 

 しかしナインの使う風刃は、あのセナトが破る為に全力を使うほどの威力がある。

 であれば、態勢も万全とはいえないメリーには防ぎ切れる道理もない。

 フォルティの放った風刃は跡形を空に溶かすまでに、少女の手に握られた銀鋏を弾き飛ばした。 

 

 

「恨むんなら、腑抜けの主を恨め……【シルフィード(これで退場だ)】」

 

「!」

 

 

 これでもう、彼女に防ぐ手立てはない。

 メリーの瞳の色彩と同じ、エメラルドの風刃。

 

 道を阻む障害の、まず一つに引導を渡す為の追撃が土を割り、砂煙を巻き上げながら一直線に迫る────その瞬間。

 

 

「はぁ……仕方ないの」

 

 

 ひどく状況にそぐわないような、メリーの落胆が零れて。

 

 

 "保有技能──【二尾ノ太刀】"

 

 

 銀色の光が、少女の手元へと疾った。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

『しょ……衝撃的な展開になって参りました。フォルティ選手がお返しとばかりに放った魔法が、メリーさんを直撃! う、どうしましょう。彼女がどうなったのかは土煙で現在確認出来ませんが…………精霊とはいえ流石に、だ、大惨事の予感が……』

 

 

 刃となった暴風が巻き上げた砂霧に、隠された先の末路。

 想像に難くない光景を想起した観客達の、固い唾を飲む音が響いた。

 

 

「哀れなもんだな、あのチビも」

 

 

 自分よりも幼い外見をした相手にかける感傷も感慨も、冷に徹した鋼の意志には残らない。

 ただ残った皮肉を牙として、魔剣士は剣先と共に向けるだけ。

 

 

「どんな気分だ、エセ野郎。お前の悠長さが、お前の油断が……この状況を招いたんだ」

 

「……」

 

「──"肝心な時に足も動かない"。そんな力の無いヤツは、ただただ失っていくだけなんだよ……今みたいにな!」

 

 

 フォルティ・メトロノームを、メゾネの剣を見くびったお前の罪だと。

 執着も執念も隠そうとしなかった彼の、一際強い叫びが響き渡る。

 

 それはまるで。

 見失った姿見に映る、自身へと向けた『戒め』のようで。

 

 

「"失う"、か……」

 

 

 けれど。

 既に会えない人達の面影を瞼に乗せた、蝶の羽ばたきのように静かなまばたきが終わった後。

 本音も願いも平静の裏に隠してきた彼が、儚く笑う。

 

 

「ひとつの事に傾き過ぎるから、肝心な時に大事な何かを見落とすんだよ、フォル」

 

「……なにを」

 

 

 それはまるで。

 見失わないと決めた鏡に映る、己へ向けた『約束』だった。

 

 

「じゃ、こっちの隠し玉も御披露目といこうか」

 

「なにを……」

 

 

 

──あーあ。メリーさん、一生の不覚なの。

 

 

 

 主の言葉に呼応するように砂塵の中から響いたソプラノに、少年の表情がさながら綻びた剣みたく歪む。

 

 

「──ドジっちゃったからって、まさか……」

 

 

 流れる風に手を引かれて、土砂が作った地上の雲がその姿を空へと溶かしていけば。

 暖かみのある月の金(ブロンド)を持つ、都市伝説の少女が膨れっ面で不満を語った。

 

 

「あざとイタチの手を借りるなんてね」

 

『キュイ、キュッキュキュ』

 

 

 

 暗雲晴れて、小さな両手に握られたるのは。

 それだけで少女の身の丈を越す、長い柄。

 柄の先に靡く、白き獣の二つ尾。

 白銀が波打つ、三日月の刃。

 

 

 それはまさしく、命を刈り取る者が握るに相応しい──【銀の大鎌】。

 

 

 

 保有技能──【二尾ノ太刀】。

 

 自らの体を鎌へと変える鎌鼬ナインの、真の髄。

 

 それを手繰るは、死亡遊戯を嗜む人形少女。

 

 

「私、メリーさん。あとおまけのイタチ。ここからはもう、おにいさんの好きにはさせないの」

 

『キュイ』

 

 

 

 フォルティ・メトロノーム。

 メゾネの剣の重みを背負うと誓った、若き剣士は知るだろう。

 譲らない者同士(水と油)が手を取り合った形の……脅威を。

 

 

 

 

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