ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 96【パラノイア】

『煙が晴れて現れたメリーさん、まさかの無傷! それどころか彼女のトレードマークとも言う鋏とは違う、大きな鎌をその手に持っています!! 聴こえて来た鳴き声から察するに、アレは、ナインちゃん……という事なのでしょうか!?』

 

「くっ、この……次から次へと妙な事ばかりしやがって」

 

「失礼しちゃう。風で斬ったり鎌になったり妙ちきりんなのはあざとイタチだけなのに」

 

『キュイ……キュックク』

 

「なんだとー?! 鏡見ろってどういう意味なの性悪イタチ!」

 

『フシャー!』

 

「この期に及んでの平常運転に、ある意味安心する」

 

 

 すわ消滅の憂き目か、とまで巡る窮地の色を、鮮やかに塗り替えるメリーの姿に歓声が空を駆ける。

 砂塵に包まれる前と後で異なるのは、保有技能【二尾ノ太刀】によって尻尾のみならず、全身を一本の鎌へと変化させたナインだった。

 或いは真打ち、とでも名付けるべきだろうか。

 

 

「安心だと? たかだか小細工で凌いだだけで、何を気を抜いてやがる……!」

 

「……フォルティ」

 

 

 しかしフォルティにとっては、手品の種の中身など最早どうでも良かった。

 メゾネの剣の力を示すことこそ信条と敷く彼からしてみれば、決定打とも言うべき一撃が通らなかったという現状を許容出来るはずもない。

 

 

(無傷。ここまでやって、まだ一撃らしい一撃すら入れられてない……そんな、みっともない話があるかよ!)

 

 

 口から零れ出る言葉の端々に、荒れ狂う感情の欠片が滲む。

 頑なに揺らがないフォルティの、崩れかけた焦燥がそこにはあって。

 そんな『弱み』から、少年はまたひとつ目を逸らして牙を剥く。

 心中に渦巻く荒い衝動に、盲目なまでに身を任せていた。

 

 

「そっちの精霊も! 俺に好きにはさせないとほざいたな……! その世迷い言、取り消させてやるッ!」

 

「世迷い言なんかじゃないの。メリーさんは本気。それを今から……たっぷり教えてあげるっ!」

 

 

 或いは、彼が己を律して耳を澄ませていたのなら。

 きっと気付けていたはずだろう。

 

 

「ほざくなぁっ!」

 

 

 戦士としての直感が鳴らす、激しいまでの警鐘に。

 

 

 

 

 

────

──

 

【パラノイア】

 

──

────

 

 

 

(……妙だな)

 

 

 

 繰り広げられる目下の闘いを眺めている内、セナトはある一点に違和感を覚えた。

 

 

(私との時では……いや、それ以外の時も。もっとアイツは愚かだった)

 

 

 愚か、といっても侮蔑ではない。

 

 セナトとナガレが戦った三回戦では、勿論ワールドホリックを用いた物量作戦を取っていたが。

 その中でも目立っていたのは、ナガレ自身も必死に攻防に参加していたのだ。 

 

 付け焼き刃の様な技量ながら機転を利かせ、波状攻撃の形を作る。

 しかしそれはワールドホリックの弱点であるナガレ自身が渦中に飛び込む危ういものでもある。

 

 

 

 だが、それがどうだ。

 

 この試合、ナガレはフォルティに肉薄どころか、ほとんど動いていない。

 泰然と戦況を静観する姿は、さながら寡黙な知将のようでもあった。

 

 

(自身の安全を確保した上での、随時戦力投入。本来ならこれが正しい。端からでも分析できるあいつの力を活かした合理的戦術────だが。"らしくない")

 

 

 サザナミナガレという男に、合理性は似合わない。

 合理性ではないの、ではなく。

 合理性を求めないタイプの男だということを、セナトは見抜いていたからこそ。

 

 

(……クク。さて、何を企んでるんだろうな)

 

 

 黒絹に隠れた耽美な唇が、艶やかに笑む。

 その動きは舌をなめずるほど露骨ではなく、興味を惹かれて仕方のない男の人間味を啄むような可愛げがあった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 舞い散る大きな鱗と血將。

 眼球の色を喪ってぐらりと傾く巨体。

 容易く父と母を食い破った蛇の顎から突き出た、赤く紅い大剣の鋭利。

 

 無惨な運命が覆った瞬間を、今でもまだ肌が覚えているはずだった。

 

 

『手荒くしてすまんな』

 

 

 頬に降りかかった蛇の鮮血の、奇妙な生暖かさ。

 背後に隠した妹の、肩を掴む手の震え。

 覚えている。残っているはずなのに。

 

 記憶の感触が、いの一番に呼び起こすのは。

 その時に触れてもいない大きな剣の、焦げ付くような、熱と力強さで────。

 

 

 

 

「せいやっ!」

 

「っ」

 

 

 辿ってもいないのに追い掛けてきた『原点』を追い払ったのは、剛と迫る凶刃だった。

 

 口内に詰まりそうな息を無理矢理飲み込んで、刈られる寸前に大剣でなんとか防ぐ。

 たまらずたたらを踏んで崩れた重心を持ち直そうとした時には、次なる一撃が待ち構えていた。

 

 

「もっかい!」

 

「ぐっ……(こいつ、鋏の時より速くなってやがる……!)」

 

 

 振り下ろしからの掬い上げ。

 大鎌の連撃の繋がりは非常にスムーズで、フォルティの反撃の機を奪いかねないほどに速い。

 

 

「やらせるか!」

 

「!」

 

 

 このままではマズイと、後ろ足を軸に強引にも思えるような力強い回転斬りを放つフォルティ。

 メリーの更なる連撃の繋ぎ目にピシャリと合わせた、見事な反撃と言えるだろう。

 

 

「甘いの」

 

「なっ」

 

 

 しかし、強力なカウンターが決まるかという寸前。

 

 フォルティの目の前で、ふわりと。

 まるで重力が一瞬姿を眩ましたかの様に、メリーの身体が宙に浮いたのだ。

 "風に持ち上げられる"。

 そんな描写が適切と云えるほどに、軽やかな浮遊は、渾身の返し刃がなぞる軌道をいとも容易く踏み越えて。

 

 

「てやぁっ!」

 

「ヅッ、ぐ、ァ!」

 

 

 お返しとばかりに繰り出されたのは、大鎌による縦の回転斬り。

 魔獣の爪の如く風を削る神速の一撃は、間に合わせの防御もろともフォルティの身体を大きく後退させた。

 

 圧されている。

 誰が見ても一目瞭然なまでに。

 たかだか得物を鋏から鎌に持ち替えただけで、こうもあっさり天秤が傾くというのか。

 

 

「ぐうっ……属性剣(エンチャント)!」

 

 

「む」

 

 

 そんなバカな話、すんなりと認めてなるものか。

 使い手の反骨心に呼応して、大剣が再び緑光を浴び、風を纏う。

 

 属性剣。

 紅い女王がもたらす魔剣士の妙技でもう一度黙らせてやるとばかりに、グレーの瞳が見えない焔を盛んに燃やした。

 

 

「あざとイタチ、お仕事! サボったら承知しないの!」

 

『キュイッ!』

 

 

 だが忘れることなかれ。

 メリーが握る銀の鎌こそ、断ち風を産み出す怪奇譚。

 柄の先の尻尾から淡い緑閃光が立ち上り、すぐさま大鎌全体をエメラルドの輝きが包み込んだ。

 

 鎌に化けるは【二尾ノ太刀】。

 ならば、鎌鼬の起源たる刃を産むのは【一尾ノ風陣】。

 内包する二つの神秘を、もう一つの怪奇たる人形少女が()り放つ。

 

 

風精霊(シルフィード)ォォ!」

 

『キュイイ!』

 

 

 地と平行に突き進むは、竜翼が巻き起こしたる緑閃光の風刃。

 地を裂いて直進するは、鎌鼬が産み出したるエメラルドの風刃。

 

 同質より産声を挙げた二つの三日月が再び衝突し合い、互いを染め合い、侵し合い……けれどやはり、形には残らず。

 

 

「っ」

 

 

 予想出来た結末だとしても、無意識に鳴らした歯軋りを抑えることが出来ない。

 拮抗するのは、経緯からすれば当然の帰結。

 だがその当たり前が、今のフォルティには何より歯痒く思えた。

 

 

「なんなんだよ、お前らは……!」

 

 

 頭の中が、竜の吐き出す焔のように、熱を持つ。

 この手にあるのは伝説。

 揺らぐはずのない、確かな力であるはずだ。

 

 

 

「負けてられないんだよ。俺は……サザナミナガレ、お前みたいなヤツに……一人で闘えもしないヤツに!」

 

 

 なのにどうしてこんなにも、アイツが遠い。

 届かない。

 

 理屈が、塞いだ耳を抉じ開けてでも叫んでくる。

 

 この決勝の舞台で、一度として剣を振ろうとしない臆病者にさえ、勝てないのか。

 それで果たして、メゾネの剣の何を証明出来るというのだろうか。

 自分が、フォルティ・メトロノームが突き進んで来た日々が、いとも呆気なく否定されているみたいで。

 

 

 

「負ける訳にはいかないんだよ!」

 

 

 

 沸き上がる屈辱を振り払うように、吼えたその時だった。

 

 

 

────"誰"の為に?

 

 

 遠いアイツが。

 小さな子供よりも後ろに立つ、あの野郎が。

 

 憎たらしい、男の口が。

 音にもならずに、そう動いて。

 

 

「………っっっ! ナガレェェェェ!!!」

 

 

 

 あの野郎を、黙らせろ。

 

 

 衝動に駆られて、吸い込んだ息が弾けた。

 

 激情に染められて、視界が真っ赤になる。

 

 壊れるほどに握った柄を引き摺って、足を動かす。

 

 アイツの元へ。俺を語る気でいるあの臆病者に。

 

 思い知らせてやらなくては、いけないのに。

 

 

 

「させないの」

 

「邪魔だぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

 

 

 当たり前のように、ナガレへと続く道をメリーが塞ぐ。

 噴火するマグマのように荒い感情のまま、フォルティが振り抜いた大剣。

 視界の中には捉えた少女、けれども心は最早彼女を捉えてすらいない。

 

 だからだろうか。

 壊れかねないほどの感情は、剣の重さには乗ってはくれず。

 噛み合う紅蓮と白銀は、互いに食い切れずに弾かれあった。

 

 

「どけよ……どけよぉ! 属性剣(エンチャント)ォ……

 

……、────?」

 

 

 何度も何度も、幾度となく立ち塞がる障害。

 それこそが譲れない事なのだと言葉なく示す少女人形。

 だったら今度こそ、跡形もなく吹き飛ばしてやると。

 

 渦巻く憤怒に負けぬほど暴風よ起これと、『紅い女王』にフォルティは願ったが。

 大剣に纏う緑の光は、先程までとは比べ物にならないくらいに弱い。

 

 

 

「な──── (しまっ、た。食った魔力が、もう……)」

 

 

 即ち、保有した魔力の枯渇。

 

 激情に駆られる余りに、手の内に対する管理を怠ってしまったが故の、痛恨の失策。

 目の前に囚われ過ぎて、他に目を向けるべき大きなモノを、フォルティ・メトロノームは見落としてしまった。

 

 

 

 

「これで、おしまい」

 

 

 ならば。

 その結末は、想像に易いほどに必然で。

 

 

「あ、ぁ……」

 

 

 頑なに握り続けた大剣が。

 信念が。矜持が。

 無力な自分が持ち続けた宗教が。

 

 

 呆気なく、手を離れて。

 

 紅い翼が、地に墜ちた。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

『決ぃぃぃぃまったぁ! フォルティ選手の凄まじい迫力の特攻、しかしメリーさんの前に届かず! 痛烈なカウンターを受けて膝をついてしまいました! これは決着の決定打となってしまったか?!』

 

 

 終わった。

 どこからともなく零れた呟きは、けれど多くの脳裏に過っていた言葉だった。

 膝をつき、手元の砂を握り締めるフォルティ・メトロノーム。

 反抗の手段を失った少年に大鎌を向ける精霊少女と、悠然と立ち続けるサザナミ・ナガレ。

 

 途中に波乱の気配を見せたものの、やはり結果は当初に描いた絵図の通りだったのだと。

 

 

『この長き戦いに終止符が、打、た……』

 

 

 

 しかし。

 

 

「さて、と……【奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)】」

 

 

 

 

 地を睨む敗者と、立つ勝者。

 描き広がるその絵図が、この戦いの終点とはならなかった。

 

 

 

「それじゃ、お疲れさまナイン。【プレスクリプション(お大事にね)】」

 

 

『…………へ?』

 

 

 

 あろうことか、ナガレは大鎌と化していたナインを労りながらも帰還させた。

 相手側の降参の宣言も、勝者判定のジャッジも降っていないというのに。

 

 

『え、あれ? これは一体、どういう……』

 

「あ、あのナガレ選手……? 勝敗はまだついてないのですが」

 

 

 その余りに不可解な行動に思わず立場を忘れたのか、実況のミリアムのみならず、ジャッジさえもが口を挟む。

 だが当の本人はといえば、分かってますとばかりに手をヒラヒラと振りながら、手持ち無沙汰となったメリーの元へと歩みを進めていた。

 

 

「メリーさん」

 

「うん。でもナガレ…………"昨日の約束"は、守ってね」

 

「分かってる。"交換条件"は、きちんと最後まで見届ける、だろ?

 でも絶対に横槍はなし。おーけー?」

 

「うん…………無理、しないでね」

 

「あいよ」

 

 

 つらつらと交わされるのは、二人だけの約束事。

 大舞台の中心に立ちながらも、幕の端で行うようなやり取りは、他のキャストの誰でさえ理解出来ない。

 ただ漠然と視界に入る光景だけが、ぼやけた情報みたく頭の中に入ってくる。

 

 

 表情を少しだけ曇らせるメリー。

 軽く頷きながら、彼女に"忌憚書"を手渡すナガレ。

 翻るスカート。遠退く背中。

 主の元から、困惑顔のレフェリーの近くへと。

 

 精霊はテクテクと距離を取る。

 見届けた主が準備運動のように一度、グッと伸びをした。

 

 

 そんな一連が、ただ漠然と目の前でおきて。

 

 目的も訳も分からなさすぎて茫然と開いていた少年の口が、なんとか説明を求めることが出来たというのに。

 

 

 

「何の、つもりだ……」

 

「今に分かるよ」

 

 

 ミステリアス。

 トリックスター。

 クリスタルサモナー。

 

 そう名前がつくほどに終始、透明で奇怪で訳のわからないこの青年が。

 くるりと反転、背を向けて────

 

 

 バカみたいにデカい声で、より一層、訳の分からないことを宣った。

 

 

 

 

「なぁ、あんた達!

 

 そーそー……観客席にずらぁーっと座ってる皆々様に聞きたいんだけどさぁ!

 

 あんたら────俺と、フォルティ。どっちに賭けた?」

 

 

 

 

 

 

 実に、悪童らしい笑顔を浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

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