ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 99【細波 流】

 

 

 チリンと鳴る風鈴の残響が、ふと遡る回想の始まりを告げた。

 

 

『ナガレよ』

 

『ん?』

 

 

 秋の背中に手を伸ばした夏の終わり。

 いつぞやの廃墟巡りが祟って病室に運ばれたときのこと。

 どうしようもない馬鹿達にとんでもない意地を張られてしまった後のこと。

 見舞いの品を片手に、痛い拳骨をお見舞いしてくれた爺ちゃんが、窓の外を眺めながらふと囁いた。

 

 

『おめぇ、人って字が分かるか?』

 

『……え、なに。支え合ってるってやつ? 再放送でも見たの?』

 

『馬鹿野郎、違えよ。支え合わなくたって人は立つ事くらいできらぁな』

 

『……まぁ』

 

 

 人という字は、だなんて。

 そんな手垢がついた道徳を持ち出されて、つい冷めた反応をしてしまったのはきっと。

 俺の仇討ちをしでかしたアキラ達へ、まだ消化し切れない想いがあったからだろう。

 

 

『でもなぁ、そりゃ立ってるだけよ。ただ突っ立ってるだけなら案山子で充分だ。男なら大きくならねぇといけねぇ』

 

『大きく?』

 

『おうよ、身も心も大きくだ。だがそりゃ一人じゃ出来ねぇ。一人で大きくなんのは体だけ。それじゃ心はちんまく痩せたまんまで、なーにも守れやしねぇ』

 

『……』

 

 

 もっといえば、戸惑っていたのかも知れない。

 俺なんかの為にここまでしてくれたアイツらに。

 開発計画の事故や経緯、そして都市伝説マニアな俺には、友達らしい友達なんて出来た事なかったから。

 

 じんわりと胸に広がる暖かさに、どうしていいか分からない。

 そんな、幼い戸惑い。

 

 

『必要なのは、"腕を伸ばすこと"。んで、その腕を掴んでくれるダチだ。そうすりゃ【人】は目一杯【大】きくなんのさ』

 

『……!』

 

 

 だから。

 優し気に目を細めながらポツポツと諭した爺ちゃんの言葉が、乾いた泥を恵む雨粒のように溶けて残っているんだと思う。

 

 

『ナガレ』

 

『なに?』

 

『おめぇのダチを、大事にしろよ』

 

『…………』

 

 

 記憶に夏の影が覆い被さって、優しく撫で付けられているようだった。

 

 

『言われなくても』

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

……なんて。

 流石に良い拳を貰い過ぎたのかも知れない。

 

 性格だけじゃなく脳までいっそ馬鹿になったのか。

 まぁ出来が良いだなんて言わないけどさ。

 なんだってこんなタイミングで、こんな昔の事を思い出してるんだか。

 

 

「ぜぇっ、ぜぇっ……っ、ゥぶ、っっはぁっ……あぁ、もう、しんど……」

 

「はっ……はぁっ……ぐっ、く、はぁっ……」

 

 

 肺が心臓みたいに忙しい。

 

 足元も覚束ない。

 溜まった乳酸が凝り固まって、棒みたいになってしまってる。

 案山子の方が幾分マシってレベル。

 

 

「っとに、顔ばっか……なに? 二枚目半な、俺の顔に……嫉妬でも、してんの?」

 

「はっ……馬鹿言えよ。むしろマシにして、やったんだ。感謝して欲しい、くらいだ……げほっ」

 

 

 明日になったら蜂の軍団に襲われたのかってくらいに顔が腫れ上がってんだろうね。

 もう既に左目は、ぷっくら膨れた瞼に塞がってしまってる。

 右も、普段の半分が良いところか。

 狭い視界に映る空が、弓形に削られたみたいだ。

 おまけに右耳の耳鳴りがずっと止まないと来てる。

 

 あっちもこっちも満身創痍。 

 ボクシングとかならとっくに宙を白いタオルが舞ってるだろう。

 

 

「……で」

 

「ん……?」

 

「この馬鹿騒ぎは、お前の仕業か?」

 

「げほっ、ごほっ……いいや。ここまでノッて来られるのは、俺としても想定外」

 

「そうか。まぁ……どうでもいい」

 

 

 あぁけど、感覚が正常じゃないってのに、不思議とこっちの方が肌に伝わるものがある。

 顔を腫らして睨み合う馬鹿二人を、ぐるっと囲んでバカ騒ぎしてる馬鹿な人々。

 

 勝て、だの。負けろ、だの。

 行けだのやれだの、ほんと酷い野次。

 

 どんな熱病にあてられたんだってくらいに、熱に狂った歓声。

 賭けがどうとか言い出した俺でさえ、首を傾げそうなほどの勢いだ。

 思った以上にセントハイムの国民性が祭り気質だったのか、それともどっかの誰かが煽ったのか。

 

 まぁ、確かにどっちでも良い。

 

 

「いい加減、馬鹿に付き合うのも、疲れてきたからな……さっさと倒れろよ」

 

「はは、冗談。まだまだ付き合って貰うよ」

 

「しつこい奴」

 

「そそ。細波 流はしつこい。覚えといて損ないよ」

 

 

 そうだ。むしろ良い塩梅。周りがこれなら丁度良い。

 遠慮なく馬鹿をやるなら、こういう雰囲気のが助かるってなもので。

 

 極寒に晒されてるみたいにガクつく脚で、もう一丁踏ん張ると、向こうも一歩踏み締めた。

 

 

「……ぐっ、っっと……んじゃ、続き、やろうか」

 

「フラフラの癖に、強がるな」

 

 

 一番大事なものから目を逸らして粋がってた同類だからこそ、無理矢理にでも俺のバカな我が儘に付き合わせられる。

 その点には感謝するよ。同情も。

 でも悪いが、身から出た錆ってことで諦めてくれ。

 

 

「こういう時だから、強がるんだろ」

 

「……ふん」

 

 

 身体の悲鳴なんて聞いてやらない。

 我が儘をやるなら、最後までだ。

 そう笑って、駆け出して。

 

 

(!……メリーさん)

 

 

 視界の端で、こんな馬鹿を見守ってくれてる存在を。

 

 

──此所に、居るから。

 

 

 小さな唇がなぞる言葉を、しっかりと見つけられた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 それは昨夜のこと。

 ルークスとの邂逅、過去の告白。

 

 

『……………え? マジなの?』

 

『マジマジ。頼むよメリーさん』

 

『……で、でも、大丈夫なの? あのフォルティっておにーさん、ちゃんと強いよ? メリーさんが追い詰めたからって、ナガレ一人じゃ勝てるかどうかは……』

 

『ま、だろうね』

 

 

 そして、大事な相棒の不安を受け止めた後。

 

 

 

『でも────見付けたんだよ。

 

 "どうしてもやりたい事"。

 "やっときたかったこと"。

 

 だからさ、相棒。

 俺の我が儘……聞いてくれないか?』

 

 

 突拍子もない俺の我が儘を、理由も聞かずに静かに受け止めてくれた後。

 

 

 

『…………"そっか"。分かったの。聞いてあげる。

 メリーさんの……ううん。ナガレの頼みだもんね』

 

『……ありがとう』

 

『でも……うん。一個だけ条件』

 

『条件?』

 

 

 

 ろくでもない俺と、寂しがりな彼女とで交わした、約束。

 

 

 

 

 

『私、メリーさん。やっぱり大事な時は、貴方の側に居なくちゃ…………ね?』

 

 

 

 

 

────頑張って。ナガレ!

 

 

 約束通り、守ってくれてる。

 

 スカートの端を握り締め、こっちに駆け出したい気持ちを堪えて。

 

 こんな馬鹿でワガママな俺を、見守ってくれているから。

 

 

 

「っっ、だらぁァ!!」

 

「ぐあァっっ!」

 

 

 

 なら、まだへばる訳にはいかないだろう。

 

 

 

 俺のやりたいことを。

 

 

 細波 流のやりたいことを、やり切るまでは。

 

 

 

────

──

 

【細波 流】

 

──

────

 

 

 

 

 

 

『──噂の【|精霊奏者(セプテットサモナー)】らしい、観るものを魅了してやまないような素晴らしきご活躍を……期待しておりますよ』

 

 

 期待されてるのは分かっていた。

 次は何をする。どんな精霊が現れる。

 望んでなかったとはいえ立ち回ったのは自分だ。

 

 

『それでは、ご紹介しましょう!!

 未知なる力を駆使してこの闘魔祭を勝ち上がって参りました!

 その活躍っぷりについた呼び名が【無色の召喚術師(クリスタルサモナー)】!

 サザナミ・ナガレ選手の入場です!!』

 

 

 ミステリアス。

 トリックスター。

 クリスタルサモナー。 

 勝ち進む度に積み上がっていった、サザナミナガレを表す記号達。

 けれどそれらは、『細波 流』という一人を表すモノじゃない。

 

 嵩を増す【自分(サザナミナガレ)】の看板が思った以上に増えすぎて、【(細波 流)】が埋もれてしまうんじゃないかって。

 過去が薄れてしまうじゃないかって、らしくもなく脅えた。

 

 

 

『だが、ククッ……テメェがそんな調子じゃあ"浮かばれねぇなぁ、あの娘っ子共"も』

 

 

 それでもひた隠す為に覆った意地を、まんまと見抜かれて。

 

 

『少しだけ、私はソイツらが羨ましいのかもしれない。過去としてでも、大切にされるなら』

 

 

 立ち止まりかけた夜も、寡黙ながらに受け止められて、もっかい踏ん張ることが出来た。

 

 

『下らない意地でも突っ張るのが男でしょーが』

 

 

 為すべきと思ったことを為すために。

 無い知恵搾って、無茶な真似して、ここまで勝ち進んで来れたんだ。

 

 

『貴方は、貴方のやりたいように。私も、私でやるべき事を』

 

 

 

 そして、目的を果たせた今。

 為すべきことを、為せた後。

 俺の心がやりたいと感じた"次"は、ただひとつ。

 

 

 精霊を駆る精霊魔法使いでもなく。

 

 奇譚を語る都市伝説愛好家でもなく。

 

 

──ひとりの人間。細波 流って名前の馬鹿が居るってことを、示したい。

 

 

 そんな、どうしようもない()(まま)だった。

 

 

 

『"今あんたの目の前に居るのは"、エセ精霊奏者でも、ミステリアスでも、トリックスターでも、クリスタルサモナーでも……都市伝説愛好家でもない。

 

 

 

 俺は。

 

 

 俺は……、────【細波 流】だッ!』

 

 

 

 

 

 

 

「だああああッッッ!」

 

「うおおおおッッッ!」

 

 

 

 今、この手が掴めるものは、なにもない。

 剣も、奇跡も、奇譚もない。

 ボロボロになった、野晒しな拳があるだけだ。

 

 

『必要なのは、"腕を伸ばすこと"。んで、その腕を掴んでくれるダチだ。そうすりゃ【人】は目一杯【大】きくなんのさ』

 

 

 

 だからこそ、ここからもう一回、始めたいんだ。

 いきなり大きくなれるほど、俺は強くない。

 手を取ってくれる"みんな"を期待するよりも、まずしなくちゃならない事がある。

 

 

 

 まずは、ひとりで……立つって事から始めよう。

 

 不恰好でも良い。上手くバランスが取れなくても良いから。

 

 異なる空の向こうに笑われない為に。

 

 同じ空の下で出逢ったあいつらにも、改めて。

 

 細波 流がどういう馬鹿であるかを。

 

 存分に、目一杯、知らしめよう。

 

 真新しい事ばかりの、この世界で。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 そんな、無垢とも怪奇とも取れる異邦人の心音は。

 

 果たしてどれだけの鼓膜に響くのだろうか。

 

 

 辛うじて届くのは、もはや獣染みた雄叫びと、激しく肉を傷める殴打の音。

 そこから大衆が、彼らが奥底に抱えた青き想いを理解しろというのは、題名も何も描かれない絵画を考察するようなもの。

 

 けれど、何も感じ取れない訳ではない。

 伝わるのは──熱。

 

 衝動が産み出した若い熱だけが、頭ではなく心に伝わり、突き動かし、渦巻いている。

 余計な情報など必要ないと、舞台上のみならず観客さえもが拳を突き上げ、叫んでいる。

 

 

「そこだっ、潰せー!」

 

「折れるな、まだいけるだろ!」

 

「勝てっ、フォルティ! 飲み代かかってんだぞ!」

 

「煽っといて負けるなよ、ナガレ!」

 

 

 理屈ではなく本能で。

 考えず、感じたままに。

 

 ある種、異常地帯とも呼べる有り様。

 さながら人々が織り成す複雑怪奇、摩訶不思議。

 

 

 

 

──では、少しなりとも彼を知った者達ならばどうだろうか。

 

 

 

 

 

「ちょいと押され気味じゃねーか。ここは優勝して貰わないと、俺様の立つ瀬がないんだが。なぁ、イコア?」

 

「元々マルス様に立つ瀬も何もないですけど。あと、しれっと背中に腕回そうとしないで下さいキモいです」

 

「部下が辛辣過ぎて俺様泣きそう」

 

 

 マルス・イェンサークルは、目を細めていた。

 知ってか知らずか、愉しげに舞台を見下ろし、どこか羨ましそうに。

 

 

 

『追撃のアッパーカットォォ! その威力、ナガレ選手の顎を吹っ飛ばすかの如く! しかしまだまだ倒れません! すかさず反撃のハイキック! モロに入った、これは痛い! ですがフォルティ選手も堪える! フラつきながらも再び拳を──』

 

 

 ミリアム・ラブ・ラプソディーは吹っ切れていた。

 もはやこの状況の経緯なんてどうでもいい。

 悪童の企みによって募った心労ごと吹き飛ばすべく、群衆と一体になって試合の推移に声を乗せるまで、と。

 

 

「頼むでぇナガレくん。この唯我独尊、協調性ゼロ男のハナを明かしてやれるチャンスなんや。バシッと勝ったってや!」

 

「リーダーの癖に随分器量の小さい物言いしてんじゃねェか。青ざめたお前の顔を肴に飲む酒は、さぞうめェんだろうなァおい。楽しみだぜ、クックックッ」

 

「あぁ……最っ高。あぁ、あぁぁっ、本当にどうしてくれましょうあの子達。飛び交う血、増える生傷。それを厭わずぶつかり合って……あああぁっ、そんな激しいモノで魅せられたら、昂り過ぎて溶けてしまいそうです……んんっ、んふふふふ!」

 

「……地獄絵図ですね。あっちもこっちも。ハァ……」

 

 

 ジャックことミルス・バドは呆れ果てていた。

 

 好き勝手に昂り、自ら熱に浮かされている切り札共にも。

 目を覆いたくなるほどに傷を増やして殴り合うあの二人にも。

 熱狂にすっかり取り残された哀れな正常者は、今更吹っ切れることも出来ず、ただ静かに肩身を狭めて。

 観覧席から身を乗り出すほどに、試合の推移を見つめる少女に心を配る。

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 

 ピアニィ・メトロノームは祈っていた。

 

 ともすれば、この凄惨な状況の発端を招いたのは自分なのではないかと心を曇らせる。

 自責に苛まれながら、堪えきれず目の端から小さな雫を落としながらも。

 それでも。目を逸らすことだけはしなかった。

 

 

「はは。はははっ! とんだ変わり者の変わり種だこと。何をしでかすか解らない、とびっきりのトリックスター。ねェ、ナガレの坊や。本当、貴方は一体……どこから来たのかしらねェ?」

 

 

 シュレディンガーは手を叩いた。

 

 貼り付けた顔が本来でないまま、もはやそんな自意識を彼方に捨てて。

 目下の奇怪にならうように、彼或いは彼女はありのままの口調で疑問を謳う。

 

 

 

「……勝ちを選ばず、か。利口じゃない。むしろ極まった馬鹿だろうな。だが、うん。確かに、お前らしいさ」

 

 

 セナトは静かに納得していた。

 

 着実な勝利を捨て、栄光に手を伸ばさず、挙げ句象徴的とも言える力を手放して。

 合理性の欠片もない判断で、我武者羅になって闘う背中に。

 

 お前らしいよと、 影法師は微笑む。

 眩しい者を見るように。

 

 

「…………」

 

 

 トト・フィンメルは首を傾げていた。

 

 彼の行動のひとつひとつが、理解出来ない。

 自分の時と同じくしてまた武器を捨て、傷だらけになりながら闘う理由。

 きっと事細かに説明されたとしても今の彼女に理解は出来ないだろう。

 

 だから、声も発さず、静かに終着の時まで見つめる。

 もっと周りを見渡してみろ、と彼から告げられた言葉を胸に。

 

 

 

「……本当に馬鹿ね、男って」

 

 

 エトエナ・ゴールドオーガストは嘆息していた。

 

 理解に苦しむと言わんばかりに。

 目に見えた勝ちを捨てて喧嘩を仕掛けたナガレにも。

 それに律儀に付き合っているフォルティにも。

 彼女からすれば冷めた熱にまんまと狂う、周りの世界そのものにも。

 

 チラリと横目で見た先で、はしたなく騒ぎ立てている腐れ縁に向ける視線は、輪に入れず拗ねてる子供のようだった。

 

 

 

「さぁ、やっておしまいなさい! バシッとストレート! 合間にジャブ! とどめのアッパーそこですわぁ! いっけぇ、ナガレぇぇぇ!!」

 

 

 ナナルゥ・グリーンセプテンバーは一際高く声を挙げた。

 

 他と比べて隣を歩いた時は多かったとはいえ、彼女はナガレの過去も葛藤も知らない。

 けれど、それでも良かった。

 

 自ら向かい風に立つ者を、グリーンセプテンバーは笑わない。

 いかな過去であれ、矜持に胸を張ってみせた男に、熱を重ねることを厭わない。

 仲間が賭けたものがあるのなら、価値など計らずとも良いのだと。

 

 黄金の風は────馬鹿な男の背中を押す。

 

 

 

「やれやれ。お嬢様、はしたのうございますよ。男の勝利を願う淑女らしさとは、戦いを終えた後に発揮するのがスマートですぞ。このアムソンとしましては、控え室に戻るナガレ様に駆け寄ってその頬にそっとベーゼを落とすのがベストかと」

 

「んあい!? な、ななな、なんでわたくしがそんな事を……くうっ、またからかいましたわね! 今良い所なんですの! 無粋な茶々を入れるんじゃありません!」

 

「ほっほ。申し訳ございません、お嬢様」

 

 

 そんな主に、従者アムソンは思い付いたように水を差した。

 からかいを多分に含んだ水差しなど、焼け石相手ではすぐに蒸発することなど承知の上。

 熱狂の中、ナガレの抱えてきた葛藤を察しながらも、従者は主の前に出ることを望まない。

 

 ただ好々爺とした眼差しで、若き想い達の行方を見守っている。

 

 

 

「……知ってるわよ、最初から」

 

 

 蒼き騎士セリアは、瞼を閉じた。

 

 

「意地を張って、すぐ無茶をして。貴方のそういう姿ばかり、見てきたもの」

 

 

 瞼の裏へと色濃く浮かび上がる、細波流という変わり者の姿。

 知っている。見続けている。

 

 彼自身が特別強い人間でないことも。

 意外なところで融通が効かず、子供のような意地を張ることも。

 一度決めた事から背かず、折れずに突き進もうとする意志も。

 本当は弱音くらい吐きたいはずなのに、セリアの立場を気にしてひた隠しにしようとする所も。

 

 

 ずっと、見てきたから。

 

 

「────バカ、なんだから」

 

 

 だから、せめて、終わってから。

 お礼を言うのも、無茶を叱るのも。

 それくらいはさせて欲しいと。

 

 この世界で初めて細波 流が出逢った蒼の女は。

 仕方ないなと、幼く微笑んだ。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 熱だけでなく、抱えた想いや葛藤も全て伝わる、蜂蜜色の髪を持つ少女は。

 託された奇譚書を一度強く抱き締めると、フゥと甘く息を吐いた。

 沸いた緊張を解すかのような幼い仕草は、どことなく彼女が相棒と呼ぶ男のそれと少し似ていて。

 

 そう。

 さながら、都市伝説愛好家が、都市伝説を語る時のように。

 

 エメラルドの舞台に彼を捉えて、小さな両手を広げながら、唇を僅かに湿らせる。

 

 

 怪奇譚【メリーさん】が口ずさむのは、不思議で、奇妙な……とある誰かの体験談。

 

 

 

 

「【──これは友達のお兄ちゃんの、そのまた友達から聞いた話なんだけどね】」

 

 

 唐突につらつらと言葉を発した少女に、すぐ傍で目を凝らして試合の行く末を眺めていたレフェリーが、思わず怪訝そうな顔をする。

 

 

 

「【あるところに、都市伝説が好きでたまらない人がいたらしいんだけど、ある日階段からすってんコロリンと落ちて、死んじゃったらしいの】」

 

 

 

 けれども少女の語りは止まらず、ただ一人の聴衆さえ置き去りにして、続きを紡いだ。

 さりとて彼女は語られる側、少々の余裕のなさは不慣れな証と云えるだろう。

 

 

「【それで、目を覚ましたらなぜか目の前に神様が現れて、話をしていく内に気に入られたみたいでね。

ある力を彼に与えて、剣とか魔法とかが当たり前な異世界に導いたんだって】」

 

 

 たどたどしい語り口。

 さながら何かのあらすじをなぞるように。

 

 

「【そう、異世界。なんでも、ドラゴンとかエルフとか、挙げ句の果てには魔王なんてのも居るとか。

 

 え? 彼はどんな力を貰ったのかって?

 

 その不思議な力の名前は『ワールドホリック』】」

 

 

 

 差し出すように前へと掲げた少女の両の手が、片膝をつきながらも再び立ち上がろうと吼える青年を示した。

 

 そう、これは彼の物語。

 今まさに"立ち上がろう"としている青年の物語なのだと、告げるように。

 

 

 

「【口裂け女や隙間女。

 あざとイタチに、ブギーマン。

 勿論、みんな大好きメリーさんも。

 

 そんな都市伝説達を、再現する力なんだってさ】」

 

 

 

 かつて語られた少女が知る、一人の人間の経緯(あらすじ)が語られる。

 奇妙であれど奇譚ではなく。

 熱病とするにはささやかなもの。

 起承転結のひと欠片。

 

 細波 流の、小さな真実。

 

 

 

「【信じようと、信じまいと】

 

 それは────アナタの自由だけどね?」

 

 

 

 

 だが、語られたそれは、今はまだ然したる意味を持つ事はない。

 神秘溢れる世界の者からしても、具体性に欠けた戯れ言に過ぎないのだろう。

 

 真実であろうと虚偽であろうと。

 

 

 

「それが、彼、なんですか?」

 

 

 事実、ただ一人の聴衆は、浮かべる困惑を隠すこともなく問い掛けた。

 突然語り始めた少女に対し、半ば場当たり的に問い掛けただけのこと。

 

 

 

「うん!」

 

 

 けれど彼女は恥じることなく頷いてみせた。

 

 自分にとっての大切な存在の話だったからか。

 

 流を真似る事に何かしらの達成感を得たからか。

 

 語りを聞いて貰えた事に対する喜びか。

 

 可憐な花が咲くような、満面の笑みで頷いてみせた。

 

 

 

 

「細波 流。

 

 私、メリーさんの……大事な相棒で、とっても素敵な男の子なの!」

 

 

 

 

 或いは──

 

 

 やりたい事やると告げた相棒を見つめていく中で。

 

 彼女に芽生えた……"やりたいこと"だったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 まぁ、とはいえだ。

 こんな大層な変わり者がいくら気張ってみせたって、不可能を可能に出来る訳じゃない。

 

 考えてみれば。

 いや、深く考えるまでもなく、分かりきってた事ではあるか。

 気合いひとつ、心掛けひとつで簡単に変わってくれるほど、世の摂理ってのは優しい顔をしてはいない。

 

 

 

「ぁー……」

 

「ぜぇっ、ぜぇっ……! はぁっ……くっ」

 

 

 なんせ、土台が違う。

 日本の片隅で高校生やってたヤツと、担いだ剣に潰れぬように自分を鍛えていたヤツとじゃ、パラメーターに大きな差があるのは当たり前。

 

 それでも結構イイ線まで行ったと思うんだけどな。

 

 

「……はは」

 

 

 流石に、もう限界。

 空を仰ぐように【大】の字に倒れる。

 そっからはもう、ロクに身体が動きゃしない。

 かつてない疲労困憊っぷりに、カラッカラの喉から笑い声が漏れた。

 

 

「チッ……満足したって顔、しやがって」

 

「……満足したんだよ、一応」

 

「傍迷惑なヤツめ」

 

「そそ、傍迷惑。それが俺だよ」

 

「自慢になんねーよ」

 

 

 あぁ、フォルティの言うとおりだ。

 

 最後の最後。

 我ながらとんでもないくらいの自分勝手。

 周りの迷惑なんて度外視した、我が儘有りの儘の大立ち回り。

 満足出来なきゃ嘘だろう。

 

 これで勝ててりゃこの上ないけど、そこまで贅沢を望むと天罰が当たる。

 どうせこの後、アイツからお叱りを受けるんだ。

 

 だから、これくらいが丁度良い。

 

 

「…………なんだ。案外、近いんだな、空」

 

 

 清々しいまでに、やりたいことをやりきったからだろろか。

 

 

 怖いほどに遠かったあの空が、なんだか近づいてくれた気がして。

 

 性懲りもなく────笑みを溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── サザナミナガレ選手、戦闘不能と見なします!

 

 

 

 よって、第五十回闘魔祭優勝者は……

 

 

 フォルティ・メトロノーム選手!! ────

 

 

 

 

 

 

 

 

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