ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 11【ラスタリアのテレイザ姫】

宝の地図のように丸めた紙を脇に、願掛けついでにギザギザの十円玉を握り締めて、残念ながら十四段しかない階段を駆け上がる。

 

 

射し込んだサンセットに染まる廊下を、上履きの音が落ち着きなく乱反響。

ブレーキをかけるように滑り止めたアクリル床の小さな埃が舞い上がって、夕陽を浴びてキラキラと光った。

 

 

空き教室への扉を開けば、柄悪く制服を着こなした噂の同級生達が、なんだなんだと眉間に皺寄せて俺を睨んだ。

 

 

『……大河アキラって居る?』

 

 

『……何だお前』

 

 

『うおデカッ……えーと長身に、赤い髪……うし、聞いてた通りの強面だなっ』

 

 

『…………本当になんなんだお前』

 

 

『……あっきー、こいつアレだよ。C組の変人』

 

 

『……変人?』

 

 

『あーそうそう。オカルト好きの変態って噂のイカレ野郎だとか』

 

 

校内一の不良と名高い大河アキラと、友達らしき友人がそれぞれ男女で一人ずつ。

 

いかにも訝しそうに眺められつつ、軽く息を整えながらつかつかと不良グループの近くに歩み寄り、テーブルの上に丸めていた長紙を広げた。

 

 

オカルトだったら何でも良いって思われてるのは心外だけど、一応頼み事をしに来た訳だし、訂正させるのは後で良いや。

 

 

『おい変人、てめぇ何しに──』

 

 

『細波 流。これ俺の名前ね。まぁ別に変人でも良いけど、事実だし。そんな事より、ちょっと協力してくんない?』

 

 

『……はぁ? おいこら変人、いきなりなにナメたことをほざいてんだ。つか、お前…………なんだ、どっかで……?』

 

 

『……ん? あ、これ……【こっくりさん】とかゆーやつじゃなくね?」

 

 

『え、あ、ホントホント。えぇなにー? 変人、まさかウチらとこっくりさんやりったいって事ぉ? うっは、意味分かんない』

 

 

『察し良いね、写メ娘。話が早くて助かる』

 

 

『誰が写メ娘か』

 

 

スマホをポチポチ弄り、何故かテーブルの上の長紙を写メしつつケラケラ笑って女子は実に察しが良い。

 

では早速本題に入ろうと、何か不思議そうな顔で俺を見てる大河アキラの前に立ち、いざ。

 

 

『みんな、結構怖がって一緒にやってくんなくてさぁ。学校一の不良グループなら、ビビる心配もないだろうし』

 

 

『……おい変人、まさかマジで俺達と』

 

 

『そそ。こっくりさんやってみたいから手伝ってくれ、大河!』

 

 

後の親友との、初めましての事だった。

 

 

 

 

────

──

 

【ラスタリアのテレイザ姫】

 

──

────

 

 

 

懐かしい夢だと思う。

まるで死に際の走馬灯みたいで嫌だけど、同時に懐かしさからつい頬が緩んだ。

 

 

「んん……っ、くぁぁぁ……」

 

 

濁った泥みたいな意識が、鮮明な白幕に晴れていく。

寝かせていた上半身を起き上がらせて、ぐぐっと身体を伸ばしながら、ボケーっと三秒間の沈黙。

 

 

「あれ、此処どこ?」

 

 

何かここ最近で良く口にする迷子の台詞が、薄明かりの室内に響いた。

滑らかな白い壁と、肩までかけられていたシーツの布擦れ音が、疑問符をより連ならせていく。

 

 

装飾のない部屋のベッドからヨロヨロと起き上がれば、反動を引き摺るかのように身体が重い。

反動……あ、そっか。

ブギーマンとの親和性が全然合わなくて、オーバースペックを無理矢理再現し続けたら気絶したのか。

 

 

「……」

 

 

とりあえず、ベッドのすぐ側に置いてあったアーカイブを開いてみる。

 

 

────

No.002

 

【ブギーマン】

 

・再現性『D』

 

・親和性『E』

 

・浸透性『S』

 

────

 

 

「そりゃ気絶する訳だ……」

 

 

極端過ぎるステータスに、もはや失笑もわかない。

けど、悲しいことにある意味予想通り。

 

力なく本を閉じた時、ガチャリと戸を開けて室内にセリアが顔を出した。

 

 

「……目が覚めたのね」

 

 

「割と良い夢見れたよ」

 

 

「そう。確かに、貴方の寝顔は呆れるほど呑気だったわ」

 

 

「まさか涎とか垂れてた?」

 

 

「…………はぁ」

 

 

腕の中に収めていたポットみたいな陶器とコップを、ベッドの傍の小棚に置きながら浅い溜め息。

なんかこいつの心配するだけ無駄だったみたいなニュアンスだけども、減るもんじゃないから良いじゃない。

 

 

「そんで、ここは?」

 

 

「ガートリアムの兵舎。気絶しただけの貴方を、他の怪我人と一緒に寝かせる訳にはいかないから、ここを借りたの」

 

 

「気絶しただけとは失礼な。結構頑張った結果と言いますかね……」

 

 

「……だから、余計に貴方の寝顔の呑気さを見て、馬鹿馬鹿しくなったのよ」

 

 

「……辛辣」

 

 

「辛辣で結構よ」

 

 

いやホント、思ったより心配してくれたみたいで申し訳ない。

呆れ調子のままポットの水をコップに注いでくれるセリアに、受け取りながらも軽く頭を下げる。

 

ただ、その折に何とも気難しそうというか、美人ながらも仏頂面が多い彼女にしては珍しく奥歯に物が挟まったような、微妙な雰囲気を感じるのは気のせいか。

 

 

「どしたの?」

 

 

「……いえ、貴方は貴方で、これから自分の心配をするべきだと思って」

 

 

「……なにその意味深な感じ。ちょっと身構えんだけど」

 

 

気のせいじゃなかったみたいで。

 

小棚のランプの淡い光が、陰をつくりながら首を斜に構えるセリアの藍色髪に、光る波を描いている。

まるでどう言葉を選ぶべきかを迷っている彼女の波打つ心模様を表すかのようで、ベッドから降り立たそうとする俺の身体が、嫌な予感にぶるっと震えた。

 

 

「体調に問題がないのなら、とりあえず……付いてきて貰えないかしら」

 

 

「……どこに?」

 

 

「──テレイザ姫殿下の元よ」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

切れ端に金の刺繍が施されたブルーカーペットの、靴越しの足触りだけでもうなんか高級感が半端じゃなかった。

 

装飾過多のドレッサーと、見るからに高くつきそうな大きなベッド。

ほこり自ら、この部屋に居着くのは場違いと退出したくなりそうな部屋のアンティークチェアに、彼女は腰を下ろしていた。

 

 

「目を覚まされたのですね。御加減はいかがでしょうか」

 

 

「……え、はい。ご機嫌麗しゅうございますです……」

 

 

お姫様というジャンルがそのまま形を為したような、ふわふわのピンクブロンドと薄紫の瞳、身綺麗さを一層演出する白いドレス。

 

多分、14から16くらいの年齢だろうか。

幼さのまだまだ残る愛らしい顔立ちとは裏腹に、丁寧かつスラスラと述べられたご挨拶。

思わず意味の分からない言葉遣いになる俺から一歩下がって控えていたセリアが、痛ましそうに頭を押さえたのが見なくても分かった。

 

 

「そう畏まらなくとも結構ですよ。私はテレイザ・フィンドル・ラスタリア。お好きなようにお呼び下さい」

 

 

「……お気遣いどうもです。自分は細波 流で……お、お好きなようにお呼び下さいませ……」

 

 

「では、ナガレ様と。フフフ……セリアの教えてくれた通り、面白い殿方ですね」

 

 

「は、はぁ……ありがたき、幸せ?」

 

 

な、なんだこの妙にむず痒いというか、変に居心地が悪いというか。

こうも絵に描いたようなお姫様に(うやうや)しくされれば、逆にどう対応するのが正解か分からない。

 

 

「それで……セリアが言うには、俺に何か用があるとか」

 

 

「用という程ではありませんが、少しばかりお話を聞かせていただきたいのです」

 

 

「話……あぁ、もしかしてワールドホリックについてですかね?」

 

 

チラリといつの間にかテレイザ姫の傍に控えるように立つセリアへと目を向けると、彼女は静かに瞑目するだけ。

 

ここへ向かう道中で、俺が丸一日近くも眠ってしまっていたという話を聞いたから、てっきりセリアが俺について何かしら説明してるもんだと思ってたけど。

 

 

「あの【四つ足の者】も、貴方の能力によるモノだとセリアから聞きました。勿論、その能力についてもそうですが……聞けば、ナガレ様はこのレジェンディアとは異なる世界から来訪されたとか」

 

 

「来訪とゆーか……まぁ。あ、能力についての説明とかした方が良いですかね? ちょっとややこしいんですけど」

 

 

「いいえ、今すぐでなくとも構いませんよ。というより、そういった事情も込みで、ナガレ様について色々とお話を聞かせていただきたいのです。貴方が宜しければ、ですけどね」

 

 

「……俺に、ついて?」

 

 

「はい。いかがでしょう?」

 

 

なんというか、魔王軍の襲撃にあって国を追われた姫様にしては随分と余裕があるな、とも思えるけども。

俺に興味がありますと、ひいては俺の能力、即ち都市伝説について興味がありますという事ではないだろうか。

 

シルクの手袋に包まれた両手を合わせて、期待の眼差しでもって此方を見上げるテレイザ姫。

 

いやうん、これは仕方ない。

こんな可愛い姫様に興味を持たれたんならね、しっかりきっかりお話を聞かせてやらねば男が廃るでしょう。

俺という人間を語るなら当然、都市伝説についても色々とお話しなくてはなるまいよ、うむうむ。

 

 

「勿論、喜んでお話致しましょうとも!」

 

 

「フフ、よしなに」

 

 

別に都市伝説について語りたくって仕方ないって訳じゃないから、だからセリア、そんな白い目向けるの止めようか。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「ふむふむ。それでこの銅貨に導かれ、こっくりさんなる精霊が代弁してくださるんですね」

 

 

「精霊かどうかははっきりと言えないけど。最初に話した通り、きちんとした手順を踏まないと人を害する危険性も充分あるし」

 

 

「なるほど……確かに私達の世界に於いても、高位なる精霊との対峙には礼節ある手順を踏まねば、その者の怒りに触れてしまうとされています。異なる世界でも、その辺りは変わらないものですね」

 

 

「やっぱある程度共通するもんだね。国は違えど似たような伝説、伝承なんてゴロゴロあるし。ングング」

 

 

「ナガレ……テレイザ様の前で、はしたないわ」

 

 

「構いませんよ、セリア。ここは会食場ではありませんし」

 

 

丸一日眠ってたせいもあってか、大人しくしてくれない腹の虫を聞き付けたテレイザ姫が、侍女に用意させてくれたサンドイッチ。

レタスはシャキシャキ、ハムやチキンも丁度良い味付けで、伸びる手が止まんない。

 

というのも、テレイザ姫が当初の印象と違ってフランクな人だから、いつの間にか緊張が取れて、ついでに敬語も取れてしまったという側面も関係している。

 

その度セリアが嗜め、テレイザ姫がまぁまぁと諭す、そんな構図がすっかり出来上がってしまった。

 

 

「……そういえば、俺の話……というか都市伝説の話ばっかりしてた訳だけど。俺もちょっと疑問というか、色々と聞きたい事があるんだけど、どう?」

 

 

「はい、構いませんよ」

 

 

聞き上手なテレイザ姫のおかげで随分弾んだ話も一端区切り、今度はこっちから尋ねてみる。

にっこりと頷くや否や、侍女代わりとして奉仕に務めるセリアが淹れた紅茶を一口飲むと、テレイザ姫は姿勢を正した。

 

 

「んじゃ、遠慮なく。えーっと……ずばり聞くけど、俺の扱いって今どうなってる? 正直、割と危険人物というか、今こうして呑気にお茶飲んでるより……拘束されて牢屋に連れ込まれていてもおかしくないと思うんだけど」

 

 

「…………なるほど。確かにナガレ様のおっしゃる通り、貴方の超常的な能力を危険視する者も居ます。ガートリアムの中にも……無論、ラスタリアにも。しかし同時に、ナガレ様のお力によって救われた兵も居ますし。何より、この度の防衛戦はナガレ様の介入がなければ魔王軍に押しきられていた可能性も充分にありました。そうですね、セリア?」

 

 

「……はい。私も途中から防衛戦に参加した身ではありますが、同盟軍の旗色は良くなかったと言わざるを得ません」

 

 

「ですので、貴方を頼るべき援軍……中には救世主として見立てる者も居るのです」

 

 

「……きゅ、救世主…………でもそれって、逆を言えば、災いの種とも見られてるって事か」

 

 

「そうですね……どちらも、まだ少数の意見ですが」

 

 

救世主か、災厄の種か。

まだ、というのはいずれその両極が数を増していく可能性も否定出来ないという意味でもある。

数が少ないというのも、昨日の話だからだろうし。

 

身から出た(サビ)とはいえ、どっちにしても厄介な立場に変わらない。

 

 

「……つまり、俺が今こうして呑気にお茶してる理由って、どう扱っていいか分からないからって事か」

 

 

「ユニークな方だと思っていましたけど、察しの方も良いのですね。正直、ガートリアムの上層部でも意見が割れていますし、かといって拘束などして下手に刺激するのも良くない、と」

 

 

「慎重に為らざるを得ないから…………あぁ、じゃ、テレイザ姫って要するに……"俺の監視役"?」

 

 

「──フフフ、もうバレちゃいましたね。正確には、ナガレ様が災いの種となるかどうかの目利き、という所でしょうか」

 

 

あぁ、そういえば目が覚めていきなり姫様と対談なんて妙な展開だなと思ったし、セリアが俺自身の心配をした方が良いって零した意味にも納得出来る。

というか、言ってしまえば俺に対する尋問役って事なんだろうけど、それって一国の姫様がやるべき事なのか。

 

そこら辺は何かしらあるんだろうけど、とにかく確かなのは、このテレイザ姫はただフランクなだけのお姫様ではないって事だろう。

 

 

「そんで、俺はテレイザ姫のお眼鏡に適ったって考えても?」

 

 

「はい。といっても、元々セリアからナガレ様の印象について聞いていましたからね。杞憂は必要なさそうだな、と。フフフ」

 

 

「ひ、姫殿下……」

 

 

「ほっほう。それはそれは、詳しく聞かせて貰いたいもんですなぁ」

 

 

「ナガレ、あまり調子に乗っていると後が酷いわよ」

 

 

「はいはい、悪かったってば」

 

 

「セリアとナガレ様、随分相性が宜しいのですね。お二人のやり取り、どこか微笑ましいです」

 

 

セリアって普段が生真面目な分、からかうと結構面白いんだよなぁ。

不満顔を隠そうともしない彼女の冷たい視線に肩をすくめれば、テレイザ姫がクスクスと笑う口元に手を添えた。

 

そういえば、セリアってテレイザ姫とどういう関係なんだろうか。

姫と仕える騎士って感じにしては、堅苦しさがないというか、テレイザ姫がセリアにかなり気を許しているというか。

 

 

そんな何気ない考えがふと横切った時だった。

スッと佇まいを正し、いつからか引っ込めていた王族の気風をそれとなく纏ったパープルアイが真っ直ぐ俺を見つめている。

 

 

「ナガレ様……ナガレ様に、ひとつお願いがあります」

 

 

「お願い?」

 

 

「……姫殿下?」

 

 

決して無垢ではない少女の、真っ直ぐな懇願。

 

素であって、素でない。

矛盾しながらも真摯な印象を残した表情は、どこか年不相応なもので。

 

 

 

 

 

 

「……そのお力を一時、私にお貸しして下さいませんか?」

 

 

 

 

 

_______

 

 

【人物紹介】

 

『テレイザ・フィンドル・ラスタリア』

 

 

ラスタリアの王女。

身長148cm、年齢は15歳。

ピンクブロンドと薄紫の瞳、小柄でスマートな体型。

 

絵にかいた様なお姫様の様な外見と物腰だが、交流を深めると意外にもフランクな性格をしている事が分かる。

好奇心も高く、ナガレの語る都市伝説について年相応に目を輝かせていた。

 

成長期に入っても膨らまないAサイズの胸元を気にしているという噂がある。

しかし、その事実を確認出来たものは一人たりとていない。

 


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