ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Ever Tale

「────と、そんな風にして闘魔祭という舞台には幕が降りた訳だ」

 

 

 パタンと綴じた本の表紙を、撫で付ける手つきは穏やかだった。

 

 僅かな反響を生む室内の造りは、図書館の様相でありながらどこか無機質さを感じさせる。

 ページに栞を挟むささやかですら耳を澄まさずとも届く、無音の空間。

 

 コツコツと鳴る革靴が歩むのは、チェスの盤面に等しいデザインのアクリル床。

 淀みない足取りがやがてピタリと止まった先は、アンティークの長机。

 

 

「さて、まずは起承転結のひとつと言ったところだが」

 

 

 手に持った本を几帳面に片付いたテーブルの上へとおいた『彼』は、もっともらしく眼鏡の中心をカチャリと整える。

 長く伸びた紫の髪に、エルフのように尖った長耳。

 

 かつてここで言葉を交わした変わり者は居らず、人影はただ一人。

 彼の名は、テラー。

 細波 流に神と名乗り、彼を異世界へと送り、奇譚書を託した存在だ。

 

 

「ここは語り手として、感想を尋ねてみるべきなのかな?」

 

 

 堂に入った独り言でも神たる身ならば似合いそうなものではあるが、ここに居るのは数えた影の数通りではない。

 

 

『────』

 

 

 語り手が感想を促したのは、長机の奥に鎮座した物体。

 土星の輪のようなリングを周囲に巡らせた、玉虫の羽色に染まった大きな地球儀だった。

 

 

「そう、感想さ。抱いた感嘆、憂慮、疑問……ひとつくらいはあるのではないかな?」

 

『──』

 

 

 人一人が容易に収まるその球体が、さながらテラーの問いに応えるように、淡く発光を繰り返す。

 

 だが、その現象は比喩ではない。

 球体が緑光に瞬く度に目を凝らせば、浮かび上がる影が見えるだろう。

 長い髪に、細身の身体。

 一糸纏わぬままに膝を抱え、胎児のように眠る一人の女性の影が────そこにはあった。

 

 

「ふむ、どうにも不服そうだね。彼の行動が、というよりは彼の理由がどうしても掴みかねる、といった所かな?」

 

『────、──』

 

 

 テラーの促しに、球体の女性が選んだ回答は、疑問だった。

 細波 流という若き青年の物語を、さながら現代の義務教育たる国語のように読み解き、俯瞰する二つの影。

 そこに、一体どれだけの意義と必要性があるのか。

 それはまだ、彼らにしか分からないこと。

 

 

「『何故、彼はあんな馬鹿な真似をする必要があったのか』……そこが解せないと。まぁ、利口であればあるほど腑に落ちない事もあるだろう。だが、その問いは根本からしてズレているな」

 

『────?』

 

「そもそも、"必要"などないのさ。決勝のアレは、彼にとっての為すべき事、ではない。単にやりたいと感じたからやったまで……馬鹿な真似とは得てしてそういうものなのだよ」

 

『────』

 

 

 球体の女性の疑問に対し、テラーはいよいよ教師の様にコツコツと足音を響かせ、教鞭を振るう。

 決勝においての彼の行動には、整合性などない。

 問題を解くための公式自体を間違えているのだと、語り手は静かな笑みを零した。

 

 

「フフフ。男の意地。矜持。開き直り。新しきを生きるとして彼が選んだものは、おおよそロジカルとは言いがたい。だが、理屈に従って生きる人間は意外と少ないものだ。もっと原始的な感情で動くということを……君も識っているだろう?」

 

『──────』

 

「だからそう気落ちする事はないさ。間違いや過ちなど、人でも神でもするものさ。それに……彼の真意に辿り着くには、まだ語っていない"過去"があるからね。問いかける者としては少々、意地が悪かったかな」

 

『────!』

 

「これも語り手の特権さ。そう責めてくれるなよ」

 

 

 不服を訴えかけるみたく強く明滅する球体に、薄い悪びれを示しつつ、テラーは眼鏡を掛け直した。

 

 

 

 

「とても、単純な話だ──【クーリエ】。

 

"創愛の女神"たる君の本領とも言えるかもしれないね。

 

確かに彼は色々と理由付けをしていたし、そのいずれもが本当だ。しかし、もっと奥の根本。その実は、案外シンプルだったのだよ」

 

 

『──』

 

 

 語るのは、ささやかな種明かし。

 いつかのかつて。

 夜の間際。底深き沼のすぐそばで交わされた静かな告白。

 

 

「惚れた女に……『そんな馬鹿なお前が好きだ』と言われたから。

 彼は、今でもそれを貫いているってだけの話だよ。

 かつての────今では異なる空の下、だとしてもね」

 

『──────』

 

 

 世界を動かすほどの大それた誓いじゃない。

 叙情詩にあるような神聖なやり取りでもない。

 傷を抱えた男女の、慰め合いと言えばそうだろう。

 

 でもそれもまた、細波 流が無茶をするに足る理由だったのだ。

 

 

「愛なのか、恋なのか。それともそれ以外なのか。定かではなく曖昧だとしても、大事なモノなんだよ。細波 流にとってはね」

 

 

 異なる空でも。異なる世界でも。

 もう会うことはない、としても。

 

 

「実に複雑怪奇な……『人間らしい』と、そう思わないかい?」

 

『────』

 

 

 それが流れ続けていた者の、未だ留まり続ける意志なのだと。

 

 語り部は人間臭く、静かに笑いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて。それでは余韻収まらぬ間に、続きと行こう」

 

 

 

 

 

 斯くして、ひとつの幕が降りる。

 

 けれどもあくまで一区切り。

 

 

 

 

 

『テレイザ様、斥候より報告です!

 魔王軍に、動きあり!』

 

『……雌伏は終わり、ですか』

 

 

 

 息を潜めた動乱も。

 

 

 

『……つまらぬ茶番よな、奇術使いよ。しかして、賢しさを捨てるというのなら、それはそれ。余の駒とする価値は充分よ』

 

 

 

 影を引く思惑も。

 

 

 

『さあて、サザナミナガレとやら。どんな面なんじゃろうのう』

 

 

 

 新たなる接触も。

 

 

 

『……ナガレ』

 

 

 

 交わされた約束もまたいずれ。

 

 

 

 

 

 

 物語はまだ一区切り。

 

 

 

 

────さぁ、細波 流。君の物語を綴ると良い。【ワールドホリック】に幸運を。

 

 

 

 

 

 席を立たれぬようお願いしたい。

 

 

 

 

 

────行き場を失った物語に、エピローグを。

 

 

 

 

 

 

 題目はまだ、続くのだから。

 

 

 

 

 

────約束みたいなモノだよ。

 

    君と、"彼女"のね。────

 

 

 

 

 

 

 

 

Holic.3 【Crystal Summoner】 ─ Curtain call.

 

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