ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 13【豪華絢爛そよかぜエルフ】

水と油ってよく仲の悪い関係に例える事があるけども、俺とセリアはしっかりと水と水なんだろう。

ただ各々持つ色が違うから、綺麗に混ざり合うにはある程度テコ入れってのが必要になるのかも知れない。

 

 

「……貴方はもう少し賢いと思っていたけれど」

 

 

「俺が自分で決めた事だろ。可愛い姫様のお願いは聞いてあげなきゃ男廃るし、てかセリアに馬鹿とか言われる筋合いないよ」

 

 

「……子供みたいな事を」

 

 

「子供で結構、辛辣女」

 

 

「……意趣返しのつもり?」

 

 

「心当たりでも?」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

互いに、相手の真意もろくに知らない癖に、変な意地の張り合いをしている自覚はある。

あっちもこっちも。

 

 

「……やめようか、これ。多分キリない」

 

 

「……そうね」

 

 

まぁ、それでも平行線を引きながら睨み合っても意味がないか。

 

熱しやすく冷めやすい。

自分のことを水って例えたけれども、あながち的を射てるのかも知れない。

 

セリアについてはまだ良く分からないけれども、多分、 俺と同じで変な部分で頑固な所があるんだろう。

ある意味では似た者同士。

こうしてふと冷めた時、同時に溜め息をつくくらいには。

 

 

 

────

──

 

【豪華絢爛そよかぜエルフ】

 

──

────

 

 

一日明けた今日も、不安を払うような快晴だった。

新調したらしい蒼甲冑を纏い、腰に剣をぶら下げながら穏やかな青空の下をコツコツと歩く足取りは淀みがない。

 

グリム童話の世界にあるような中世的ヨーロッパの街並みに、姿勢を伸ばした騎士の出で立ちは面白いくらいに似合っていた。

 

 

「そんで、今どこに向かってる訳?」

 

 

「ガートリアムのギルド。確か、前に説明した覚えがあるのだけど」

 

 

「そういや言ってた。ギルド……仕事探し、って事はないよな。軍資金は充分支給されたんでしょ?」

 

 

「えぇ。一言で言えば……念の為の、戦力の補強といった所かしら」

 

 

「傭兵を雇うってこと?でもそれならラスタリアかガートリアムに騎士を何人か同行させて貰えば良い気がするけど……?」

 

 

「…………」

 

 

「…………おいまさか」

 

 

肩を並べて尋ねれば、風を切っていた几帳面な足並みが少し迷いを表すかのように、一瞬乱れる。

チラリと覗いた右隣を歩くセリアの顔が、なんというか、気まずそうに薄い唇をキュッと結んだ。

 

 

「……魔王軍がいつまた侵略して来るか分からない以上、戦力をほんの少しでも削るのは得策じゃないの」

 

 

「……だから、断りましたって?」

 

 

「…………」

 

 

あぁ、こりゃ重症だわ。

ってかアホでしょ、使者の任務だってとんでもなく危険だとしても、重要なのには変わらないのに。

 

これじゃ死にたがりってラグルフさんに揶揄されたって仕方ない。

 

 

「……ちなみに、もし俺が同行しなかったらどうしてた訳?」

 

 

「……変わらないわ。金銭で傭兵を雇って、それから風無き峠に向かう」

 

 

「ワイバーンどうすんの」

 

 

「…………金銭で雇った囮が居るでしょう」

 

 

「おいマジかよ」

 

 

「冗談よ。それは最後の手段。アークデーモンに使った魔法、覚えてる? あれを使って、その隙に峠を突破するの」

 

 

「……」

 

 

冗談、それは本当にどうにもならなくなった時の最終手段ってことなんだろうけど。

 

そこまでやるか、とも。

そうまでしてでも、とも思えるのは、ガートリアムの現状がそれほど切羽詰まってるって俺が知ってるからだろう。

 

ガートリアムの国主達は今も城に缶詰めでひたすらに防衛策を練っているらしい。

魔王軍が侵略してくる以前から病に伏せていたラスタリア国王に代わって、あのテレイザ姫もその会議に参加しているくらいだ。

 

 

綺麗事だけで守れないなら、最悪、非道すら選ぶ。

セリアは、そこまでの覚悟を固めているって事なんだろう。

自分から巻き込まれてるだけの俺が責めて良い事じゃない。

 

 

「それに……ラグルフ隊長から聞いた噂なんだけれど、ガートリアムのギルドに二人組の"エルフ"が来ているらしいの」

 

 

「エルフ……あの、耳が尖ってるエルフ?」

 

 

「えぇ」

 

 

降って沸いた追加情報を聞いて思い出すのは、テラーさんの顔だ。

あの人の耳も尖ってたからつい連想してしまう。

 

それにしてもラグルフさんからの情報か。

口は悪いけど、何だかんだで面倒見が良さそうな人だよね、口は悪いけどホント。

 

 

「精霊魔法が使えるエルフであれば、ワイバーンの攻略に効果的な一手を打てるかも知れない」

 

 

「ん? セリアも魔法使えるじゃん」

 

 

「えぇ、人間の中にも魔力を編める才能があれば、魔法を使う事も出来る。けれど、使える魔法の威力はエルフと比べれば大した事ないわ」

 

 

「……そんなに違うのか。セリアの魔法も充分凄い気はしたけど」

 

 

「……一応、私は人間の中でも精霊魔法の技能は高い方。でも、エルフと比べられるとなると……正直、敵う気がしないわね」

 

 

「へぇ……それなら確かに、協力して欲しい所だ」

 

 

ガートリアムの騎兵隊にも触らぬ神に何とやらって扱い受けてるくらいの強いモンスターが相手。

それなら少しでも戦力は欲しい所だし、それが頼りになるエルフならば尚更。

 

けど、どこか怪訝(けげん)そうに形の整った眉を潜めて、セリアは景気の悪い顔をしていた。

 

 

「……何か気掛かりでもあんの?」

 

 

「……気掛かり、というか。エルフというのは、あまり人間と協力的な性格ではないの。本来なら、エルフ同士で形成した秘境とか、レジェンディア大陸の東部で暮らしてるのが大半なんだけど……それがどうして、ガートリアムのギルドに滞在しているのかが気になって」

 

 

「……もしかして、エルフって人間嫌いとかそういう感じ?」

 

 

「いえ、友好的なエルフも居るわ。勿論、ナガレの言う通り人間という種に対して嫌悪感を持ってるエルフも少なくないけれど」

 

 

「……たまたまその二人組が友好的なエルフなだけって話なんじゃない?」

 

 

「……」

 

 

エルフにも色々あるってのは分かるけど、あんまり迷いに気を取られて肝心のエルフ達がどっか行ってしまっては元も子もない。

まだ何かしら引っかかるらしく、顎に手を添えてる仏頂面を急かす事にした。

 

 

「なら、とりあえず会ってからでしょ。ほらほら、そんな眉間に皺寄せると老けて見えるよ」

 

 

「……余計なお世話よ、バカ。全く、能天気なんだから」

 

 

「はいはい、悪かったって。じゃ、さっさと行こう」

 

 

「はい、は一回。だらしがないわ」

 

 

「オカンか」

 

 

あっさりと軽口に乗ってくれる辺り、大人なだけか、単純なだけか。

まぁどっちにしろ、こういうテンポは嫌いじゃない。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

たどり着いたガートリアムのギルドロビーには、想像していた以上に人影が見当たらない。

窓ガラスから伸びた斜光が、退屈そうな待合室の長椅子の群れを照らして、より一層寂れた感じに拍車を掛けていた。

 

 

つい興味心から周りを見渡しつつ、入り口を潜って左に曲がった先にある受付へと進むセリアを追い掛ける。

そこにはデザイン的な制服を纏った受付嬢がこちらを見るなり、ペコリとお辞儀。

 

 

「あ、いらっしゃいませ……ええと、ラスタリア騎士団の方ですよね? 本日はどうかされました?」

 

 

「えぇ、その……二人組のエルフの方々が、此方に居ると耳に挟んだのだけれど」

 

 

「二人組の……あぁ、はい! それがですね、三時間程前にリコル森林へコボルト退治に向かわれましたよ」

 

 

「退治……あぁ、クエストってやつか。三時間前っていうと、丁度朝方過ぎ頃だよね。そのリコル森林って遠いの?」

 

 

「……いえ、そう遠くはなかったはずだけれど。行き帰りで一時間も掛からないくらいね」

 

 

大分前に行き違ったみたいだけど、どうやら噂の真偽は間違いないらしい。

行き帰りで一時間程度ならそこそこの近場だけども、さてどうするか。

 

というか、コボルトって確かドイツの民間伝承のヤツだよな。

で、その英語訳されたのがゴブリンっていう話だった気がするけど、レジェンディアでは別枠の扱いなのか。

 

 

「コボルトねぇ……んー、どうするセリア? 俺達も行った方が良いのかね。そのコボルトってのは良く分からんけど、もしかしたら苦戦してるかもだし」

 

 

 

「……それはないと思う。エルフともなれば、コボルト相手なら例え群れであって苦戦なんてしないだろうし。行き違いを避ける為にも、此処で待ってみるのはどう?」

 

 

セリアの反応から察するに、コボルトってのはやはりゴブリンとそう変わりない立ち位置の魔物らしい。

 

とすれば、此方から追い掛けると行き違いになるかもってセリアの意見も充分に有り得るな。

 

 

「……あ、あの、すみません。あのお二人に何か御用でも……?」

 

 

「あーうん、ちょっと助力をお願いしたくて」

 

 

「助力……です、か。うーん……大丈夫かな……」

 

 

「……何か不安に感じる事でもあるのかしら?」

 

 

一応俺の口からは使者がどうとかは語らない方が良いから、つい言葉半分な説明になったけど。

どうやら何か歯に衣着せたというか、俺が助力と言った辺りで物凄く不安げな表情をする受付嬢。

 

その反応に、ギルドに来る前の怪訝げな表情を再びセリアが浮かべた時だった。

 

 

 

「──ただいま帰りましたわ!!」

 

 

「お嬢様、余り声を張り上げますと他の方々のご迷惑になるかと。ここは淑女らしく、丁寧さと気品を織り交ぜた報告と致しましょうぞ」

 

 

「もう……いちいち口うるさいですわよ、アムソン。このわたくしの仕事ぶりを今より盛大に語ろうというのです。聴衆を惹き付ける為にも、まずは堂々たる名乗りをすべきでしょうに」

 

 

「初のクエスト達成に歓喜したいお気持ちはこのアムソン、大変心得ております。ですが、だからこそ優雅さを忘れてはなりませぬぞ」

 

 

「「…………」」

 

 

うわ、なんか凄いの来た。

ババーンと勢い良く扉を開いて登場したなんか濃い二人組に、何故だか言葉を失ってしまう。

 

 

見るからにお嬢様みたいな左右対象にクルクルとネジみたいな巻き髪のエメラルドグリーンのセミロング。

その上に、ちょこんと黒いレース付きのシルクハットみたいな帽子を被ってる。

 

爛々と輝くワインレッドの大きな瞳が、自信家な性格を物語っているような、多分同年代くらいの貴族みたいな少女。

 

 

高くもなく低くもない背丈を包む、肩ヒモタイプの赤黒カラーのフリルが多いドレスはやたらと派手で扇情的というか、胸元とかざっくり開いてる。

あと、デカ過ぎ。

正直目のやり場に困る。

 

 

そんな格好の主人の派手さを抑えるように、オールバックに纏めた銀髪と燕尾服。

とても温厚そうな夕陽色の瞳とシルバー世代に差し掛かったかのような丁寧な物腰は、まさに執事の鏡といった印象を与える。

 

彼女らの口振り、佇まいからして、お嬢様と老執事という背景がわっかり易いね、うん。

 

 

「お、お帰りなさい。クエストは達成されましたでしょうか」

 

 

「当ッッ然ですわッ!! あの程度の毛むくじゃら、このナナルゥ・グリーンセプテンバーの手に掛かればおちゃのこさいさいとゆうヤツですのよ!」

 

 

「はぁ……それで、クエスト達成の確認として、コボルト達に奪われた依頼主のペンダントをお預かりしたいのですが」

 

 

「勿論確保してありますとも!! アムソン!」

 

 

「──こちらがそのペンダントでございます。どうぞ、お納め下さい」

 

 

呆気に取られる俺達をよそに、受諾したクエストのやり取りを無駄に尊大な態度で繰り広げているお嬢様達。

 

アムソンという名の老執事が"どこからともなく取り出した"、銀細工のペンダントが受付カウンターの上に並べられた。

 

恐らくコボルト討伐のクエストを出した依頼主のものなんだろうけども……それより今、ホントにどっから取り出したんだよ。

取り出した瞬間とか、全然見えなかったんだけど。

 

 

「えーっと……はい。間違いありません! クエスト達成、おめでとうございます!!」

 

 

「──オ、オーッホッホッホ!! やりましたわよアムソン。これでまた、グリーンセプテンバー家の名を一つ上げましたわ!」

 

 

「えぇ、全くでございますな。昨日のクエスト失敗の分も、これで帳尻が合うというものです」

 

 

「んなっ、アムソン! 過ぎた事を掘り返して水を差す従者がどこに居ますか! 昨日は昨日、今日は今日。そして明日は明日の風が吹くのです!! いえ、吹かせてみせましょう、この【黄金風(カナカゼ)のナナルゥ】が!」

 

 

「……そよかぜが関の山では、とは年寄りの冷や水でありますな。ここはそっと拍手を添えるのが正解でありましょう。パチ、パチ、と」

 

 

「……アムソン。ばっちり聞こえてましてよ」

 

 

「おやこれは、ついうっかり」

 

 

「どう考えてもわざとでしょうに!」

 

 

「そんなまさか、このアムソンをお疑いになられると? なんと……お嬢様、それは心外でございますぞ」

 

 

「くっ……貴方という者はどーして人が良い気分に浸ってる時に限って要らない小言ばかり……!」

 

 

……どーしよ、これ。

 

二人組のエルフのやり取りは新手の漫才みたいで、見てる分には面白いけど。

この人達、色々大丈夫かってなんか心配になってくる。

 

 

出来れば人違いであって欲しい……けど、お嬢様も執事さんも、耳尖ってんだよね。

さっきのやり取りからしても、この二人が噂のエルフ達で間違いないんだろう。

 

 

「……どうする、これ」

 

 

「……お願い、聞かないで」

 

 

次第に声を荒げて噛み付くナナルゥとかいうお嬢様と、飄々と受け流すアムソンさんらしき老執事。

 

彼らによって繰り広げられるコメディーを前に、どうして良いか分からず仕舞い。

 

 

結局、彼女達がこっちに気付いてくれたのは、そこから更に十分ほど後だった。


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