ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

15 / 113
Tales 15【淑女が帽子を取る前に】

「馬鹿げてますわ。なんですの、そのワールドホリックだなんてデタラメな魔法は……第一、アーカイブとやらは魔導書じゃありませんの?」

 

 

「いえ、一概に言われる魔導書とは別物であるようですぞ。召喚魔法の亜種、というべきものでしょうか。ううむ、しかし……ナガレ様のその能力は、いわゆる伝承や説話まで再現出来るという事。このアムソン、そのような特殊性を持った魔法など初めて耳にしましたぞ」

 

 

やっぱりというか、エルフが『魔法』に長けているという事は同時に魔法の知識も深いんだろう。

 

だからこそ、ワールドホリックがレジェンディアに現存するどの魔法にも該当しない、つまりは異端的なモノであると直ぐに理解してくれた。

 

 

逆に言えば、すんなり信じがたく受け入れがたい能力だと思われているということで。

胡散臭いのも都市伝説らしくて良いじゃない、と前向きに受け入れていい状況じゃないね、これ。

 

 

「……じゃ、証明する為にも喚んでみますか」

 

 

「……なんですの、その薄い箱。何かのマジックアイテム……にしては魔力が通ってませんわね」

 

 

「え、そういうの、見るだけで分かっちゃうもんなの?」

 

 

「と、当然ですわ! わわ、わたくし程のエルフともなれば、このくらいの魔力探査なんて朝飯前! もう食べましたけど!」

 

 

「……朝の前だろうが昼の前だろうがどっちでも良いけど、ナナルゥさんも凄いのな」

 

 

「へ!? あ、まぁ……す、凄い……? わたくしが、凄い…………」

 

 

「……どしたのナナルゥさん」

 

 

「ナガレ様、お気になさらず。久しくなかった喜びを噛み締めてるだけでございますので」

 

 

「はぁ……じゃあ、喚びますんで」

 

 

論より証拠。

 

ゴソゴソとジャケットから取り出したるスマートフォンを一目でマジックアイテムではないと見抜いたナナルゥさんの鑑定眼は、少なくともあのアークデーモンより優れているらしい。

それだけでも凄い事なのは事実なんだから、そんな噛み締められても困る。

 

 

さて、都市伝説を証明するなんて状況のそもそもがナンセンスだけれど、彼女らの助力はなんとしても得たい。

 

でないと……"峠まで大量のワイバーンの餌を運ばなくては"いけなくなる。

そんなめんどくさい羽目は出来れば避けたい。

 

 

「メリーさん、今良い?」

 

 

──プルルルルル

 

 

「!?」

 

 

間髪入れずに鳴り響くコール音に不意を打たれたのか、ナナルゥさんの身体がビクンと跳ねて、アムソンさんの目が険しく細まる。

 

それにしても早いレスポンス、メリーさんも暇だったのかも。

 

 

『私メリーさん。ナガレ、ご用はなぁに?』

 

 

「メリーさん、ちょっと今から再現しても良い?」

 

 

『もちろん! 最近喚んで貰えなくて寂しかったし、メリーさんはいつでもウェルカム!』

 

 

「はは、了解」

 

 

最近といっても二日ぶりってくらいだけども。

そういえば都市伝説のストーリー的に、メリーさんって寂しがり屋なのかも知れない。

 

 

「【奇譚書を此処に(アーカイブ/Archive)】」

 

 

 

曖昧な笑みを浮かべつつ、早速アーカイブを開いて、唱える。

正面のお嬢様が、息を飲む音がした。

 

 

 

「【World Holic】」

 

 

 

 

 

────

──

 

【淑女が帽子を取る前に】

 

──

────

 

 

 

 

「私、メリーさん。初めまして、長いお耳のお姉さんと長いお耳のお爺さん」

 

 

「………………」

 

 

「これが、ナガレ様のワールドホリックでございますか。成る程、これは確かに召喚魔法にも通ずる所がありますな」

 

 

真っ黒なボロボロドレスのスカートの裾をひょいと摘まんで、軽やかなソプラノを静寂の中に流し込んだメリーさんの登場に、エルフといえど流石に驚きを隠せないようで。

ナナルゥお嬢に至ってはぽかんと口を開けながら唖然としてる。

 

 

「私メリーさん。ナガレとセリアは何を飲んでるの?」

 

 

「……これ? これはハーブティよ」

 

 

「ハーブティ、つまり今はお茶の時間ね。紳士淑女の嗜みなの」

 

 

「俺ので良かったら一口飲んでみる? 旨いよ」

 

 

「ありがとうナガレ、いただくわ」

 

 

試しにと軽い気持ちでティーカップを差し出せば、にこりと笑いながら一口。

元がフランス人形という背景からか、その所作の美しさは紳士教養のない俺とは比べるまでもない。

 

というか都市伝説なのにお茶とか飲ましていいのか、これ。

もしかしたら、菓子とか普通に食べるのかも。

 

 

「おっと、驚きの余り名乗りを忘れるとは、ご無礼をお許し下さい。どうぞ、アムソンとお呼び下さいませ、メリー様」

 

 

「私メリーさん。よろしくね、アムソン。あと私はメリーさん」

 

 

「重ね重ね失礼致しました、メリーさん」

 

 

「うむ、よきにはからえなの」

 

 

「そんな物言い、どこで覚えてきたの」

 

 

「……マイペースぶりは主人に似たのかしらね」

 

 

「うっさいよ」

 

 

流石は物腰や気配りだけでも一流と分かるアムソンさん。

明らかに不可解な現象を前にしても、戸惑いをあっさり心に仕舞い込む辺り、まさに執事の鏡。

すんなりと正しい呼ばれ方をされたのに満足したのか、それともハーブティの美味しさ故か。

俺の膝にふわりと乗っかってカップを啜る彼女はご満悦と言わんばかりに笑顔を咲かせていた。

 

 

さて、執事は納得してくれたみたいだけど、主人の方はどうだろうか。

 

 

「…………ってないですわ」

 

 

「……ん? どしたのナナルゥさん」

 

 

「──っ、ナガレ!! 貴方、なってないですわ!」

 

 

「……え、俺?」

 

 

「……?」

 

 

「貴方以外に誰が居ると言うのですか!」

 

 

どうもなにも、俺に対して滅茶苦茶怒ってらっしゃった。

鼻息を荒げながらずいっと詰め寄られる拍子に、メリーさんもビクッてなって、零れたハーブティの一滴が太腿を濡らす。

 

 

「……あの、俺なんかしたっけ?」

 

 

「なんかした、ではありません!! ワールドホリックだがワーカーホリックだか知りませんけれど、仮にも貴方に仕える者……つまりは従者、しかもそんな可憐な娘に"みすぼらしい格好"を晒させるなんて、主人失格ですわよ!」

 

 

「…………あっ」

 

 

「私メリーさん。ナガレ、私の格好、なにかおかしいの……?」

 

 

あーそうか、そういう事か。

都市伝説がどうこうなんて関係なく、ナナルゥさんはメリーさんのボロボロな服装とか、煤に汚れてるとことかに怒ってるのだろう。

 

ヤバい、考えが足りなかった。

冷静に考えれば、ナナルゥさんみたいな少なからず美意識とプライドがめっちゃ高そうな人に、メリーさんを見せればこうなる事も想定できて然るべきだ。

 

年端もいかない美少女にボロボロのドレスを着せたままの性格の悪い主人。

つまり俺はナナルゥさんにこう見られてしまったと。

主人として、一人の淑女として、彼女が怒るのも無理はない。

 

「ナガレ、そこに正座なさいな! わたくしが主従とはそれぞれどういう心構えをすべきか、徹底的に教えてさしあげますわ!!」

 

 

「や、これには事情がありましてですね……」

 

 

「お黙りなさい! ナガレ! 耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれですわ! 良いですか、主人にとって従者というのは言わば己のが身と同じなのです。従者の身嗜みとはそのまま主人の身嗜みと同義。であれば従者の身嗜みを身綺麗に整えるのも主人というものの責務であり──」

 

「私メリーさん。ちょっと長い耳のお姉さ──」

 

 

「貴女もです、メリー! せっかく美しい外見に生まれたのなら美しく着飾るのも淑女の役目でしょうに!」

 

 

「え、わ、私メリーさん。私はメリーさん、ちゃんと呼んで……」

 

 

「──良いでしょう!! この際、我がグリーンセプテンバー家に代々伝わる教訓をみっちりたっぷりぎっちぎちに! このナナルゥ・グリーンセプテンバー自らが叩き込んで差し上げますわよ!」

 

 

「「……はい」」

 

 

「……止めなくて良いのかしら」

 

 

「あぁなったお嬢様はなかなか収まりませぬからな。セリア様、お茶のおかわりはいかがですか?」

 

 

「ありがとう、いただくわ」

 

 

椅子から床へと正座させられる俺とメリーさんを尻目に、悠々と紅茶を飲むセリアの薄情っぷりが心に染みる。

 

というかね、やっぱこの人ある意味凄いって。

あのメリーさんですら大人しく従わざるを得ない、この迫力。

 

ナナルゥさんの外見が凄い整ってるだけに、剣幕もまたとんでもなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……本当に、そんな現象が起こせますの?」

 

 

「絶対とは言い切れない。都市伝説って依り代自体が曖昧であやふやなもんだし。けど……成功したら風無き峠の突破も簡単でしょ?」

 

 

「それは……そうですけども……むっ、メリー。顎の所の汚れがまだ残ってますわよ」

 

 

「……私メリーさん。ナナルゥはメリーさんに対するリスペクトが足りないの。メリーさんはメリーさん、間違えちゃ駄目」

 

 

「レディ扱いはきちんと身嗜みを整えてからですわ!」

 

 

「私メリーさん。私メリーさんなのに……」

 

 

とりあえず俺の能力についての説明と、風無き峠突破の為のプランを説明した結果。

半信半疑であることを拭い切れはしなかったものの、一応の納得は得られた。

 

というか、お嬢様の関心はメリーさんにあるみたいで、エプロンドレスを着替えさせるのは諦めたけれども、顔に煤を付けたままというのは譲れないそうで。

強引にハンカチでメリーさん自ら汚れを拭き取らせるまでクドクドと説得し切ったのだから、やっぱこの人大物だよ。

 

勿論、それもメリーさんにとってのアイデンティティじゃないのという俺の危惧も、細波なんかに留まらない荒い波で流されましたとさ。

 

 

「……アムソンは、特に意見とかしなくても良いのかしら?」

 

 

「このアムソン、どうあってもお嬢様の執事でございます。最終的に決断するのは、やはりお嬢様でなくてはなりません」

 

 

「……なるほど」

 

 

「セリア様こそ、不安は粒々とありながらも特に反対されないようですな。ナガレ様とは良き信頼関係を築いていらっしゃるようで」

 

 

「そう、でもないと思うけれど」

 

 

「おや、これは年寄りの冷や水でしたかな。差し出がましい真似をしてしまいました、申し訳ありません」

 

 

あっちはあっちで、任務の道連れと主人をそれぞれほったらかしだし。

まぁそれはさて置き、やっぱり万が一戦闘になる備えも考えてこの主従とは契約を結んでおきたい。

 

 

「私メリーさん。もう綺麗になったの」

 

 

「……まぁ、ギリギリ合格点ですわね。本来なら髪も櫛を通して、ドレスも変えておきたいところですが……」

 

 

「この服はお気に入りだから着替えたくない」

 

 

「もう、美意識が足りませんわね! 折角綺麗な顔に生まれたのだから、従者としても淑女としても美を磨く事を怠ってはなりません。それがグリーンセプテンバー家訓の六条目ですの。良いですわね、メリー」

 

 

「私、メリーさん……ちゃんと呼んで」

 

 

「良いですわね、メリーさん」

 

 

「そう、私はメリーさん。ナガレ、なんかどっと疲れたの」

 

 

「よしよし。アムソンさんにお茶淹れて貰いなよ」

 

 

相当疲れたのか、汚れのついたハンカチを掴みつつ、ふよふよと力なく茶席まで浮いていくメリーさんを見送って、目線をナナルゥさんに向け直す。

 

綺麗好きなのか、それとも純粋に淑女は淑女らしくあるべきという観念が強いだけか。

一仕事終えた後みたいに満足気に微笑む彼女に、いよいよ交渉のラストスパートへと切り込んだ。

 

 

 

「……で、どうする。俺達に協力してセントハイムまで一緒に付いて来てくれる?」

 

 

「そう、ですわねぇ……ガートリアムに居続けるよりは、大国まで行くのもやぶさかではないんですけども」

 

 

ネックは、ワールドホリックの不確かさ。

けれどこればかりは、今までのワールドホリックとは"少し違う分類の再現"だから俺としても絶対上手く行くとは言い切れない。

だからそこに関しては信じて貰うしかないんだけど。

 

 

……ちょっとニンジンでもぶら下げてみようかな。

 

 

 

「……もしこの任務が成功したら、きっとナナルゥさん達はガートリアムやラスタリアの人達にめっちゃ尊敬されるんだろうなぁ……」

 

 

「……!」

 

 

「なにせラスタリアのテレジア姫直々の要請だし、危険性の高い任務を達成するのに協力してくれた……いいや! 二人の協力がなければそれはもう突破なんて無理だったってなれば……当っ然! ナナルゥさんの知名度はうなぎ登りにズバババーンと上がるんだろうなぁきっと、うんうん」

 

 

「ち、知名度うなぎがズバババーン!!!?」

 

 

「ガートリアムの危機を救った気高きエルフ、ナナルゥ・グリーンセプテンバー……いい響きだと思わない?」

 

 

「気高き……エルフ……………………うへへ」

 

 

「私メリーさん。でもナガレの話だと活躍するのはナナルゥじゃなくてアム──ふがふが、もごご」

 

 

「おっとメリーさん、それ以上はいけない。それに従者の功績も主人の功績だからね、オーケー?」

 

 

「もーごー」

 

 

危うく水を差すところだったメリーさんの口を慌てて塞ぎながら、世の中には分かりやすい突っ込み所があっても突っ込まない事も必要なのだと教える。

 

間延びした返事と共に頷くメリーさん、素直で宜しい。

 

 

そして、何かと名声を欲していた素振りが多かったナナルゥさんは、面白いぐらいにぶら下げた餌に夢中になってる。

なんかうへへあははとかにへら顔を浮かべてらっしゃるのが、ちょっと怖い。

 

 

そして、最後の一押し。

 

 

「……まぁそれでもワイバーンが怖いってんなら仕方ない、他の冒険者をなんとか探して──」

 

 

「──お待ちなさい!!」

 

 

なんとか探して、みる必要はなくなりましたとさ。

高らかな宣誓と共にビシッとなんか気高そうなポーズを決めてるお嬢様、ぶら下げてニンジンはもう彼女の腹の中でございますね、うん。

 

 

「グリーンセプテンバーの家訓が四条、『身を整えるのは大事な務めであれど、地に平伏す者に手を差し伸べる時は、汚れを気にせぬ者であれ』──良いでしょう。貴方達がどぉぉぉぉしてもと言うのならばこのナナルゥ・グリーンセプテンバーが協力してさしあげますわっ!」

 

 

「うん。どぉぉぉしても助けて欲しいから、お願いします」

 

 

「オーッホッホッホッホ!!! お任せなさい! 例え竜種が相手の難題であろうとも、わたくし達にかかればちょちょいのちょいでございますわ!!」

 

 

「いや助かるよホントあざーす」

 

 

「私メリーさん。ナナルゥ、ちょろいの」

 

 

こうして臨時ではあるものの、風無き峠を突破する為のパーティが結成された。

 

エルフのお嬢様、ナナルゥ・グリーンセプテンバーとその執事アムソン。

 

不思議と、この二人とは長い付き合いになりそうな予感がした。

 

 

 

______

 

【人物設定】

 

『アムソン』

 

グリーンセプテンバー家につかえる老執事。

艶のある銀髪をオールバックに整えた夕陽色の瞳を持つ。

その物腰や温厚な物言い、常に一歩引いた立場から発言する姿勢と時にはしっかりと諌める所などなど、ナガレにまさに執事の鑑と評されるほどのエルフ。

 

しかしエルフの中ではろくに魔法を使えない落ちこぼれであり、唯一使えるのは収納魔法と呼ばれるサポートマジックのみ。

だが、その収納出来るスペースと量は、一般の魔法使いとは比べものにならないほど広く大きいので、利便性が非常に優れている。

 

 

【補足】

 

コンビニエンス(こんなこともあろうかと)

 

収納魔法と呼ばれるサポートマジック。

魔法によって構築した別の空間に物を収納出来る。

加えて、収納した物質はその時の状態が固定されるという事もあり、非常に便利な魔法。

 

空間の広さは個人によって決まっており、普通は鎧一つを仕舞っておける程度。

収納出来るものには条件があり、生きているモノは収納不可。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。