ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 18【食べてすぐ寝ると】

「……なんとか、陽が落ち始めるまでには間に合ったか。あーもう、足の裏がなんかすげぇ違和感ある」

 

 

「…………確かに、少し疲れたわね。けれど、難問はここからよ」

 

 

「だらしがないですわね。あの程度の森で音をあげないでくださいまし」

 

 

「はぁ、アムソンはともかくナナルゥさんまでそんな余裕な顔されると立つ瀬ないね、こっちは。森に入る前は絶対途中で『疲れましたわー!』とか駄々こねると思ったのに」

 

 

「ホッホッホッ、残念ながらお嬢様は幼少期、それはもう野生児の如く森の中を駆け回っておりましたからなぁ」

 

 

「へぇ、意外」

 

 

「あ、アムソン! 余計な事は言わなくて宜しいですわ!」

 

 

足場の悪いリコル森林を抜けた先で、ようやく見えてきた風無き峠。

そこは峠というよりも、荒々しい岩肌が目立つ渓谷と評する方が近いのかも知れない。

 

 

赤褐色の荒々しい岩肌と面積の少ない緑、透き通った水面が流動的に揺れる河川といい、日本の風景にはあまりみられない光景。

 

だが一番に注目するべきところは、リコル森林を通過する時に感じた他の生き物達の気配の薄さだろうか。

 

 

「……ここに居るんだよな、ワイバーン」

 

 

「えぇ、間違いないわ。さっき戦闘したコボルトを覚えてる?」

 

 

「そりゃ忘れないけど……コボルトがどしたの」

 

 

「コボルトは日光を好む習性があるのだけれど、何故か陽が当たるには樹木が多いリコル森林に居たでしょう。恐らくは、彼らも風無き峠に住み始めたワイバーンに追いやられたのよ」

 

 

「……魔物同士でもそういう事ってあんだね。同じ魔物からも避けられる、か……ここ最近でワイバーンの株上がりっぱなしだなぁ、悲しいことに」

 

 

「…………此処まで来て今更怖じ気ついてられませんわ。ワイバーンなどという野蛮な生き物は、このわたくしの飛躍の為の踏み台にして差し上げますわ!」

 

 

一番ワイバーンの名前にビビってたはずの人の台詞とは思えないけど、今はその前向きな姿勢は素直にありがたい。

 

正直、編み出したワイバーン攻略法の全てがきっちりハマるなんて思っちゃいないし、それ故につい気が抜けた時にいちいち不安を抱えてしまう。

けど、ナナルゥさん達が今ここに居るって事は俺の立てた作戦を信用してくれてるって意味でもある。

 

なら、不安がってる場合じゃない。

 

 

「……行きますか」

 

 

ガートリアムの騎士部隊ですら手を焼く脅威が住まう、風の無い峠。

いよいよ、その侵入口への一歩目を踏み出した。

 

 

 

────

──

 

【食べてすぐ寝ると】

 

──

────

 

 

 

「もっかい確認しとくけど……ワイバーンの巣は峠と峠を繋ぐ長い橋、つまりは峠の頂上付近にあるんだったよな」

 

 

「えぇ。ついでにおさらいしておくけれど、ワイバーンの特徴としては、優れた嗅覚と、嗅覚ほどではないにしろ聴覚も発達している。その代わり、目はそこまでのようね。だから基本的には狩りをするのは陽が落ちるまでで、夜間には巣に戻るそうよ」

 

 

「でしたら、今は丁度夕刻。ワイバーンはもう巣に戻り始めているかもしれませんわね」

 

 

ナナルゥさんの言う通り、現在は峠を昇り始めて一時間過ぎた辺りで、遠目に見える太陽がゆっくりとその姿を茜色の水平線に沈めていく時間帯。

夕陽に焼かれた峡谷の岩肌さえ朱々と染め上げられて、その岩石の凸凹が作り出す立体的な影の明暗は単純に美しい。

 

影の黒と、夕焼けの朱が織り成すグラデーションは自然が作り上げた絶景とも言えるだろうけど、観光気分に浸るのを、残念ながら警戒心が許してはくれない。

 

足場のコンディションも良くない細々とした崖道を進みながら、深く息を吸った。

 

 

「みんな。段取りはもう、頭ん中に入ってるね」

 

 

「えぇ」

 

 

「勿論ですわ」

 

 

「同じく。この老骨、ナガレ様の期待に応えるには少々腰が悪ぅございますが……同時に年甲斐もなく胸が踊りますぞ」

 

 

「年甲斐もなくって言うけど、アムソンさんの"異常"な収納魔法のおかげで旅の日程をこんなに縮めれたんでしょ。これが俺とセリアだけだったら……多分まだリコル森林の入り口辺りで四苦八苦してるとこだし」

 

 

「全くね。風無き峠のワイバーンが満腹になるほどの食糧を"丸々仕舞っておける"領域を持った収納魔法だなんて、一芸にしても特化し過ぎだわ」

 

 

「ホッホッ、左様でございますか」

 

 

セリアやナナルゥさんの話では、通常収納魔法というものは、初歩的な魔法であるとはいえ、魔法を扱える人間では精々剣の一、二本を領域に収めるのが関の山。

それはエルフという魔法特化の種族であっても、あまり大差がないらしい。

 

 

「…………よし、開けた場所に着いた。ナナルゥさん、ここら辺でならどう?」

 

 

「……上に架かる橋元まで、余計な岩場が少ないですわ。ここからなら問題なく、わたくしの風で餌の匂いを届かせれますわよ」

 

 

「陽も、もう落ち始める。アムソン、ナナルゥ。準備をお願い出来るかしら」

 

 

つまり、例えば長い昇り道の途中にある広々とした足場の面積を埋めかねないほどの"巨大な肉塊"を収納しておける領域を持ったアムソンさんの魔法は、充分規格外だ。

 

例の冒険者達は、ワイバーンが満足するほどの容量の餌を夜の内に何度も往復しながら運んだらしいが、その工程がたった一人のエルフで賄えるんだから、とてつもない。

これは、一刻も早くセントハイムに行きたい俺達にとって非常にありがたい存在と言える。

 

 

「……では、いきますぞ。お嬢様、宜しいですかな?」

 

 

「スゥ──フゥ……構いません、ドンと来いですわ!」

 

 

今からするべき、ワイバーン突破の第一工程は、言ってしまえば『釣り』と似てる。

 

まずは、餌。

 

 

「【コンビニエンス(こんなこともあろうかと)】」

 

 

 

──ズシッ……

 

 

冬眠に備えて狩りにいそしむワイバーンを釣る為の餌は、その正面に立てば視界を覆い兼ねない肉塊で出来た小山。

その場で食さず、ワイバーンが巣に持ち帰るであろうくらいにセリアが調整して調達した、牛三頭分の肉塊をアムソンさんが空間から放る。

 

 

「……【シルフィード(風の精霊よ)】」

 

 

そして、丹精込めて用意した据え膳の存在を、ワイバーンにより確実に届ける為の竿と糸。

 

風を得意とするナナルゥさんにそれを託し、風を操作して峠の上部にあるというワイバーンの巣へと餌の匂いを運んでやれば。

 

 

 

「……っ、この大翼の羽ばたき──来ましたぞ」

 

 

「よし、急いで離れよう」

 

 

エルフの大きな耳じゃなくても聞こえるくらいの、大きな翼の羽ばたく音。

その威圧感と音量の鈍さは、あのアークデーモンの羽ばたき音とは、まるで比べ物にならない。

 

 

「きっ、来ましたわよ……」

 

 

 

鳥肌が立つ。

 

例の冒険者の話を受付嬢から聞いていて、本当に良かった。

風無き峠のワイバーン……それは標準とされるワイバーンの中でも一際大きいって話だったけど。

この羽ばたく音だけでも、それが想像以上に大きいフォルムを嫌でも連想させた。

 

 

多分、ワイバーンについての話を聞いてなかったら、顔が青褪める所の話じゃなかったろうね、きっと。

 

来た道をなるべく静かに、かつ急いで下りながら、障害の大きさに震える手を強く握る。

 

 

──ギャアオゥゥウ!!

 

 

 

 

澄ませた耳が掴む状況。

ワイバーンのモノと思われるけたたましい雄叫びと共にガップリと爪が肉を掴む微かな音、そしてもう一度大きく翼を扇いで風を切る音が遠退いていく。

 

 

「……ナガレ様。特殊なる技能のお手並み、しかと拝見させていただきますぞ」

 

 

「……ん、任せて」

 

 

これで下準備は整った。

あとは釣った魚をまな板に広げるだけだ。

その魚が暴れない事を願って、俺達もまたワイバーンの巣を再び目指し始めた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

高ければ高いほど、満天にさんざめく星々の壮麗さがより増して見えるレジェンディア大陸の夜空。

風も吹かない高き岩山の頂近くから見上げれば、スパンコールのギリシア神話達は紺碧のページを舞台にして、物語を紡いでいる。

 

いにしえのロマンチズムに浸れる為の材料はこれ以上となく揃っているのに、すぐ傍の現実は冷え冷えとした現実が転がっていた。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

ワイバーンは耳が良い。

だからなるべく物音を立てないようにという共通認識があるから、俺達は誰一人として口を開いていないけれども。

 

もし仮に音にしても許されるのであれば、俺は思う存分叫びたい。

 

 

……風無き峠のワイバーン、めっちゃデカいんですけど。

 

 

「…………竜種ってかもうドラゴンじゃんアレ」

 

 

赤い肉片を食いちぎるワニみたいな強靭かつ鋭い牙の並びに、全体的に刺々しい深い青色の竜鱗から覗く禍々しい金色の瞳。

その爬虫類的な眼孔に睨まれれば、井の中のちっぽけな蛙の気持ちが心底分かるだろう。

 

 

翼も尻尾もとんでもなく大きく、もしガートリアムの防衛戦にこのワイバーンが居たらと思うと心底ゾッとする。

目測した全長三メートル弱の飛竜は、岩場の陰からこっそり覗き見るだけでも、戦意を喪失させてくれた。

 

 

「……なんだっけ。ゴブリンFランクで、ワイバーンがCランク、とかなんとかのヤツ」

 

 

「……ギルドが発行してる、魔物の討伐難易度の基準の事ね。それぞれに応じたランクが設定されていて、FからE、D、C、B……と上がっていくに連れて討伐の難易度も比例していく」

 

 

「そうそう、それ。でさ……確かアークデーモンもCランク相当って話だった気がするけど…………あの存在感、絶対Cランクどころじゃないだろ」

 

 

そうげんなり言いつつ、現在巣らしき骨山でお食事中のワイバーンをそっと指し示す。

俺達が用意した餌を大層ご満悦そうに貪っているからか、こそこそっと話すぐらいならワイバーンの耳には入らないらしい。

 

 

「……まず間違いなく、Bランク相当ですわよ。というか、あの大きさ……下手したらAランクに手が伸びるかもしれませんわ」

 

 

「……Aランクって、騎士団が相当数の部隊を投入してやっと対処できるレベルだったよな……うわぁ」

 

 

「……うわぁ、じゃありませんの! い、い今更怖じ気つかれても困りますわ!」

 

 

「お嬢様、お静かに。気付かれますぞ」

 

 

幸い、ラストスパートとばかりに肉塊を貪っているからか、ナナルゥさんの声は気付かれなかったようだ。

 

元々ヤバい相手ってのは嫌でも分かってたけども、こうしてその存在感を目にすればどうしたって怖じ気づいてしまうもので。

この場に居る誰もが、その表情を緊張に強張らせてしまっている。

 

それほどの相手、それほどの脅威。

 

でも、確かにナナルゥさんの言う通り、そんなの今更って話だよな。

 

 

「……っ、ナガレ」

 

 

「……!」

 

 

セリアの引き絞ったような、か細い声に誘われてもう一度、巣に居るワイバーンの姿を目視する。

 

たっぷりと用意した餌を平らげた大喰らいは、久々のご馳走にさも満足そうに底冷えする低い一鳴きを挙げると、ゆっくりとその翼を畳んでいく。

これ以上余計なエネルギーの消費はしたくないと言わんばかりに、食い終わったらさっさと寝る姿勢へ。

 

 

そのどこか人間味溢れる生態は少し可愛らしいとも思うが、その傍らを通り過ぎようものなら、容赦なくワイバーンは予定外の狩りをするだろう。

 

 

「【奇譚書を此処に(アーカイブ)】」

 

 

 

だから、こっちも遠慮なく。

この千載一遇の好機を、逃さない。

 

恨むなら、みすみす教訓を説かれるような、だらしのない我が身を恨んで貰いたい。

 

 

「【教訓とは、過去の様々な体験から基づいて、二の(てつ)を踏まないようにと願われて生まれるものが多い。そして、この一節もまた、過去の悲惨な体験──第一次世界大戦中の、ある村に起きた悲劇から生まれた】」

 

 

切り出した語り口がいつもとは違うのは、メリーさんやブギーマンとは再現する焦点が異なるから。

 

 

「【その村は牛を飼育し、牛を食し、革を剥ぎ、その牛の頭蓋骨を祠に飾るという風習があった。だが当然、戦争中につきまとう食糧難という問題から逃れられる術にはならない。次第に食糧も底をつきだし、飢えに苦しむ事となるが、それでも彼らは肉を食べて飢えを凌ぐ】」

 

 

都市伝説と一口に言っても、その生まれ方というのは正に様々である。

政治への不満だったり、悲惨な背景だったり、差別的な意識だったり、取るに足らない憶測が膨らんでしまった結果だったり。

 

 

「【だが、果たしてその肉は牛の肉だったのだろうか。剥いだ革を、代わりの肉に被せただけではないのか。例えば夜、一番始めに横になってしまったモノの肉ではないだろうか──なんて、真偽はさておいて。今もなお、ある一節が教訓として使われている】」

 

 

では、この一節はどういう場合か。

それは結構単純。

 

元々ある些細な教訓に、"有りもしない残酷な背景"を添えることで意味合いを肥やしたもの。

言ってしまえば、蛇足であり、尾ひれ。

 

まさにスタンダードな都市伝説の形と、俺は捉えているんだけども。

 

 

 

「【食べてすぐ寝ると、牛になる】」

 

 

今までワールドホリックで再現して来たのは、メリーさんやブギーマンといった、象徴(シンボル)的存在。

 

今回再現する、この誰もが耳にしたことのある一節は──現象"そのもの"。

 

 

それが果たしてどこまで再現されるのかは、はっきり言って未知数だけども。

 

 

どうしたってワクワクするこの高揚を抑えきれない。

投げた賽の目がどう出るか、楽しみで仕方ない。

 

 

「【World Holic《ワールドホリック》】」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

まぁ、そんなお気楽かつ変態野郎に対する罰なのかも知れないな、この状況は。

 

 

「……聞いていた話と、違うじゃありませんの……!」

 

 

「いえお嬢様、全くもって違うという訳ではありますまい。とはいえ、危機的状況には変わりませんが」

 

 

「……食べてすぐ寝ると、『牛』になる…………牛、と言えば牛なのだけれどね」

 

 

結果だけで言えば、成功とも言えるし、失敗とも言える。

 

どっちつかず。

信じるか信じないかは、みたいな投げ遣りっぽい感じとかまさに都市伝説らしさがあって良い、と言いたいとこですけども。

 

 

「ブモォォォォオ!!!!」

 

 

これは正直、ちょっとピンチかも知れない。

 

 

 

「牛はッ、牛でもッ…………討伐難易度『B』ランクの──ミノタウロスじゃありませんのぉぉぉ!!!!」

 

 

「マジでゴメン」

 

 

やっぱね、うん。

ワールドホリックって一筋縄じゃいかないわ。

 

 

 

______

 

 

 

【食べてすぐ寝ると牛になる】

 

 

 

・再現性『A』

 

・親和性『B』

 

・浸透性『D』

 

 

・発動条件

 

『対象が食事を終え、すぐに寝転がるか、そのまま就寝した場合のみ発動』

 

 

 

元々は太りやすくなる、病気の誘発を防ぐ為の教訓からそっと尾ひれがついて、そこから怪談として仕上げる為に【第一次世界大戦のとある農村】という背景をつけただけのもの。

当然その都市伝説的怪談はネット上に作られたデマであり、その怪談自体の知名度も高くない。

 

メリーさんやブギーマンなどの再現とは別種の再現の為、効果を発動するには毎回条件をクリアしなくてはならない。

ただ、その効果はある意味チート級。

 

 

 

 


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