ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 2【世界が陥る熱源病】

十八歳にして死んで生き返ったと思ったら、また死にかけました。

 

そんな与太なフレーズを思い浮かべるには余裕が足りない水中で、ボコンと大きなシャボン玉が目の前を浮上していく。

というより、これ俺の口から出たやつだ。

つまり俺の息だ、酸素だ、形になった生命線が無情にも俺を置いていく。

 

 

「モガッ」

 

 

反射的に口から出たヤバいの台詞は不細工な音に成り代わり、また一つ溺死へと一歩近付いた。

 

これ以上は流石にまずいと上へ上へと水を掻きながら、頭上から射し込む薄い光へと必死に泳ぐ。

丁度夕暮れ時だからか、赤黄色のゴールテープを頭から突っ切る形で何とか浮上に成功した。

 

 

「ブッハァ!!……ぜっ……ぜっ、はっ……あ、危なかったぞこれマジで……はぁっ、はぁ……」

 

 

飛び込んできた茜色と肺一杯の酸素にくらっと来ながら、細い視界で辺りを見渡す。

 

オレンジのグラデーションを受けた葉の少ない痩せた木々がずらっと並ぶ一望からして、多分森の中。

パチャパチャと水を切る腕ごと浸かる俺の現在地は、どこかの森の湖のど真ん中、であるらしい。

 

 

「……どこだ、ここ」

 

 

多分神様と顔合わせしたあの場所で初めて呟いた言葉と同じものがスルリと口から落っこちた。

 

そういえば確か、ファンタジーの世界に行ってらっしゃい、みたいな話だった気がするけど、それよりもまず。

 

 

「……寒っ」

 

 

この広過ぎる冷水風呂からあがる事の方が遥かに大事だった。

 

 

 

────

──

 

【世界が陥る熱病】

 

──

────

 

 

 

口裂け女に憧れて伸ばした髪を、キモいから切れというアキラのアドバイスに渋々ながらも従って良かった。

もしあの頃みたいなポニーテールのままだったら、溺れてたかも知れん。

 

 

「……うわ、財布……札までずぶ濡れだし。勿体ない」

 

 

あんまりスタミナに自信のないながらも何とか岸まで辿り着いた俺がまず気になったのは、ここが何処かという事より、ズッシリと水を吸って重みを増した貴重品だった。

 

 

ジーパン、ロンドン橋のモノクロプリントがイラストされたTシャツ、黒のジャケットと、服回りは漏れなく全滅。

ジャケットの右ポケットに入れてたハンカチは、まぁ別に問題なし。

 

で、ジーパンのケツポケットに入ったままの財布は勿論札まで水没してしまって、ふにゃりと諭吉さんがしょげている。

 

 

「防水タイプにしときゃ良かった……くっそぉ…………」

 

 

そして極め付けは、一週間前に新機種に替えたばかりのスマートフォンまで御臨終とくれば、心が折れそうになる。

 

異世界に来てまで惜しむものかと言われても、勿体ないもんは勿体ないと感じるもので。

ガックリとついた両腕両膝をのろくさと立ち直らせながら、顔を上げた。

 

 

「…………ん? 何だあれ」

 

 

しばらく引き摺りそうなショックは、ふと目についたモノへの疑問へ早変わり。

他よりほんの少しだけ太った枝の多い樹木の根元に、ポツンと立て掛けられてるのは青い古表紙の本だった。

 

さくさくと生い茂る低い草を、歩く度にぐちゃっとして気持ちの悪いスニーカーで踏みながら、その本を手に取ってみる。

 

 

「【Archive(アーカイブ)】……? なんだこれ、本の名前? ってか何で俺、この文字が読めてんの……」

 

 

 

ダークブラウンの表紙に金の糸で刺繍されてるのは恐らくタイトルなんだろうけど、見たことのない不思議な形をしている。

日本とは程遠い、アルファベットも違う、文字というより記号っぽい。

 

だけど何故だかスラリとその意味するところが頭の中に入ってきて、まるで自動的に翻訳されてるみたいだ。

 

 

そしてタイトルを読み上げた途端、やや遠くの方で鳥達が一斉に羽ばたいたような音も聞こえたけれども、今はこの本に集中していたかった。

ペラリと捲る1ページ目。

そこにはまたも見馴れないのに読める文字が記されてあった。

 

 

「…………『君に相応しいプレゼントについて、説明させて貰うとしよう』……ってこれ書いたの、もしかしてテラーさんか!?」

 

 

そういえばカウントダウンの途中で、本を探せと言ってたけども、まさかこの本がそうなんだろうか。

 

『まず、プレゼントというのは君の身に宿ったある能力の事だ。その名も【ワールドホリック】。タイトルにもそう書いてあっただろう? この能力の概要は、"簡単"に説明すれば……』

 

 

「──都市伝説の……再現?」

 

 

辿りたどり追い掛けていく文字を口にしたところで、突拍子もない奇妙な実感が沸き上がってくる。

まるで身体の内から灯るような淡い熱が、『ご名答』とばかりに誰かみたく応えてくれているような。

 

じわりと頬まで伝うのは、渇き切らない湖の残り水じゃなくて、芯から溢れた一筋の汗だった。

 

 

『そう、君の大好きな都市伝説──或いは、それ並びに民話や逸話なども場合によっては再現も可能だが……まぁ、まずは分かりやすく【発動条件】と三つのパラメーターの説明をして行こう』

 

 

「パラメーター……? ゲームとかの?」

 

 

『まさしく。だが、君がプレイした事のあるRPGのパラメーターとは少し違うだろうな』

 

 

それは正直胸を撫で下ろしたいとこだ。

ゲームもやるっちゃやるけど、あんまり詳しくないし。

 

 

『さて、まずは【ワールドホリック】の発動条件についてだが、それは主に元となった都市伝説の状況の再現に起因する。例えば──学校、或いはそれに類似した施設に二宮金次郎の銅像を配置し、夜中の4時44分44秒まで待てば、その銅像が歩き出す。または血の涙を流す。わかるかい、つまり君が再現を出来さえすれば──』

 

 

「都市伝説が、起こる……俺の、目の前で……?」

 

 

バサバサとさっきより近くで鳥の群れが羽ばたくと共に、ゾクゾクとした興奮が背を駆け上がる。

思わず指に力が入って、本、というより分厚い説明書の表紙が音を立てた。

 

 

『ただし、ここは異世界だ。二宮金次郎の像があるわけもないし、学校なんて施設があるかどうかも分からない。しかし、例えば君が銅を削って銅像にして、学校のような施設を自ら探すかいっそ作ってしまえば良い。そして、後は指定の時間に……ワールドホリックは発動し、きっとその銅像は歩き出すだろう。再現とはそういう事さ』

 

 

「……ん。原題に近付けろって事ね」

 

 

『その通り。そしてこれは【再現性】というパラメーターに関係する。原題に近い再現であれば高く、遠ければ低い。あまりに低ければ、そもそもワールドホリックを発動出来ない。その代わり高ければ高いほど、他のパラメーターにも補正がつく。三つの中でも一番重要と考えて良いだろう』

 

 

「……意外にシビア」

 

 

まぁ、そもそも空想を現実にするような事だし、それくらいの手間は当たり前か。

 

 

 

『次に、二つ目のパラメーターについてだが。では何故、二宮金次郎の銅像を例題に出したかというと……これも話は簡単。君が日本人であるからだ。というのも、日本で生まれた都市伝説というのは当然日本で広まり、日本で浸透していったものだ。故に、二つ目のパラメーターである親和性というものが生まれるんだよ。相性、といってもいい』

 

 

「相性……なんか、ほんとにゲームみたいだなこれ。鳥は風属性、魚は水属性みたいな感じか」

 

 

『うむ。その考え方は少しズレてはいるが、あながち間違いでもないよ。君が語った……もとい、呼び出した都市伝説との親和性の高さによって、君も制御し易くなるし、"負荷"が軽減される』

 

 

「負荷?」

 

 

『その通り。こればっかりは実際に再現してみれば分かるだろう。そして、親和性の概要として纏めるなら、日本発祥の都市伝説であればパラメーターは高く、逆に海外の都市伝説とかは親和性が低いかもしれないという事だ。もちろん、日本発祥だからと言って必ずしも親和性が高いという訳ではないし、その逆も然り。都市伝説にも個性があるからね、これも語ってみてから判断していくと良い』

 

 

「なーるほど。確かに実践してからのお楽しみって方が俺としても好み……ってか、今更だけど俺の考えずっと先読みされてるし。これもう一種の都市伝説染みた現象だろ」

 

 

『【神様】なんてものはいつの時代も安定して語り継がれるものだよ…………では最後。三つ目のパラメーターだが、これも重要な要素だからしっかりと覚えるように』

 

 

「……え? 最後? まだめっちゃページが……」

 

 

余ってるんだけど、と続けようとした瞬間だった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

今まで、本を読む合間合間に聞こえていた、鳥達が羽ばたくような音とは明らかに一線を画する、"軽やかながら重苦しい"重低音が鼓膜に届く。

 

相反した要素が釣り合った奇妙さよりも、その力強さが音の輪郭だけでも伝わる──そう、まるで大きな翼が羽ばたいてるような。

 

 

「────騎士狩りの最中に新たな獲物を見つけてしまうとは。いけないな、これは……欲が出てしまう」

 

 

「……は?」

 

 

羽ばたきに紛れた、いかにも紳士的で滑らかな口調からは想像出来ないかの様な、一言で形容するならソイツは悪魔だった。

 

真っ黒で艶めいた革の翼と、その翼と変わらないくらい真っ黒な肌に、腰回りと胸元から生えたライオンの(たてがみ)みたいな灰色の獣毛。

それだけでも非現実染みてるってのに、その顔は厳めしい雄羊だった。

 

みたいな、とか例えの話じゃなくて、そのまま動物の雄羊の頭。

それがいかにも人間臭く、頭上から俺を蔑むように見下しながら、ゆっくりと降りて来る。

 

 

「クク、見たところずぶ濡れみたいだが……湖で呑気にお遊びでもしていたのかな? だとしたらお笑い草だな。すぐそこで"砦"が落ちたばかりだというのに、それすらも気付いていないのか」

 

 

「……砦?」

 

 

いきなり現れてきて好き勝手言ってるこの悪魔の台詞を、ついオウム返ししながらも足をじりじりと後退させる。

砦が危機とか騎士狩りとか、若干気になるワードに逐一反応してしまいそうになるけども。

 

こいつ、ヤバい。

なんか目が合うだけで冷や汗が止まらない、心臓がバクバクとうるさい。

 

未知なる存在との遭遇は都市伝説好きとしては喜ばしい事態だけども、素直に喜んでいい相手じゃない事くらい俺にも分かる。

 

 

「……まぁ、前菜としよう。味付けには気をつけなくてはな」

 

 

だって、コイツの目。

丸々した金眼に、歪に走る割れたの瞳孔。

 

およそ人間のものじゃないのに、それで伝わる。

この悪魔は、俺を人間としては見ていない。

というより、人間をただの物として見ているような、おぞましさ。

脇に抱えた本の角を握る手が、無意識に震えてる。

 

 

「では、軽く」

 

 

「? ────え……ごぉぶッ?!」

 

 

悪魔が消えた、かと思えばいきなり真下から現れて、左の脇腹を蹴飛ばされた。

 

ろくな悲鳴にもならない衝撃と、電車の窓の外に流れる景色みたいな視界の早送りが、気付けば襲い掛かって来てる。

あぁ、そうか、地を這うように滑空してから、それで蹴飛ばされたと。

 

 

なんて、草花茂る大地を坂道でもないのに転がりながら、ひどく他人事な推察がぼんやりと頭の中に流れる。

 

 

激痛は、本を拾った大木に背中からぶつかった後からやってきた。

 

 

「ぃっ……ガッ、ゲッホ、ゴホッ……ぃ、い、てぇ」

 

 

「……なんだ、まだたった一発じゃないか。張り合いのない、これでは前菜どころの話ではないな」

 

 

「な、に……はァ……?」

 

 

嗚咽混じりの苦悩にひたすら頭の中を掻き乱されてしまって、鼓膜の裏でつんざく耳鳴りが大きすぎて、こっちへと歩いて来てる悪魔の言葉が全く聞こえない。

 

というか、痛みの余りに感覚が麻痺でもしかけてるのか、じわっとした痺れとガリゴリと刷り潰されるような痛みで、訳が分かんねぇよもう。

 

 

「……く、そ……」

 

 

「全く、脆くて敵わん。貴様はこの期に及んで、我ら魔族を見くびってるのか? 武器の一つも身に付けず、のうのうと水遊びとは」

 

 

「ぎっ……ぶき……武器……?」

 

 

目の奥で線香花火が延々と弾け続けてる。

風流さの欠片もないフラッシュと耳鳴りの中で辛うじて拾えた武器という言葉に何かが頭を過ぎりかけるけれども。

 

それよりも、まず。

そのドラゴンみたいな足が、俺の頭を踏もうとしてるのを、どうにか、しないと。

 

 

「……おかげで口直しが必要だ、小僧。さっさと死ね」

 

 

ヤバいと心の底から思った。

コイツ、マジで人間が敵うような相手じゃないって。

 

だから、だからな、"そこの青い髪のお姉さん"。

 

 

 

こっち来んな、隠れてろって──

 

 

 

「グルメ気取りが、聞いて呆れるわね」

 

 

「……ほう。かくれんぼは終わりか、騎士」

 

 

「勝手に一人で遊んでればいいわ」

 

 

 

けれど、そのお姉さんは折れた剣を正眼に構えて、真っ直ぐな敵意を眼差しに乗せながら、雄々しく吼えた。

 

 

 

「行くわよ、アークデーモン!!」

 

 

 

 

 


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